輪廻変生 作:猗窩座ァ!
それは満月の夜だった。淡い月の光の下で対峙する、鬼と人。一方は鬼の首魁・鬼舞辻穢。もう一方は呼吸の開祖・継国縁壱。鬼と鬼狩りが顔を合わせた以上、殺しあう以外に道はない。
「そこの鬼、名は」
「………鬼舞辻穢。貴様の名は」
「継国縁壱」
「鬼狩りか」
「然り」
ただの確認だった。穢は先日傘下に加えた巌勝から縁壱の事を聞いていたし、縁壱は己の特殊な視界によって眼前の鬼が他と隔絶した力の持ち主であると見抜いていた。
縁壱が刀を抜くと同時に、穢も準備として血鬼術を発動させる。しかし縁壱の刀を目に映して、久しく感じていなかった忌避感────命の危機を本能的に感じ取った。
穢が横に全力で跳び退る。瞬間、先程まで頚があった位置を日輪刀の刃が切り裂いていった。避けきれなかった腕が斬られ、血がどろりと流れ出す。再生が遅い。まるで
血鬼術・
縁壱の視界が黒一色に染まる。音も、匂いも、肌の感覚も、何もかもが閉ざされた。
「これは………」
血鬼術・
一切の感覚を奪われた縁壱に、有刺鉄線状に変化した穢の血が迫る。単純な殺傷能力は勿論のこと、始祖の鬼の血であるため、この攻撃を受ければ最悪鬼化する。囲い込むように伸ばされた血の棘が、縁壱を串刺しにしようと一息に詰め寄った。
しかし突き刺さる寸前、日輪刀がその全てを斬り捨てる。戦闘開始前に発動させた『心を読む』血鬼術────
穢は剣士の善し悪しなどよく分からないが、少なくとも巌勝は優秀だと思っている。その巌勝が自信を失くす程の才気とは如何程かと思っていたが、これは無い。これと比べては、あらゆる剣士が有象無象に成り下がる。剣才など持ち合わせていない穢がそう思うのだから、なまじ優秀なだけに間に広がる差をより正確に理解出来てしまった巌勝が鬼へと変じることを選んだのも理解出来る。この時代、生まれの順は絶対的だった。もし逆の順で生まれていたなら、巌勝は鬼にはならなかったろう。そう思えばいっそ感謝すらしたくなる。
縁壱が穢のいる方を向く。その目には何も映っていない筈なのに、視線が交わるような気さえした。
勘だけを頼りに、縁壱は穢と斬り結ぶ。血鬼術による炎弾も、水刃も、雷槍も、何もかもを勘と技量のみで捌き、一つもその身に届かせない。擦り傷にすら至らない。頚への一撃だけは死に物狂いで防ぐも、その度に穢の身体を斬り捨てていく。
やがて縁壱も思考を読まれていることに思い至ったのか────遂に
「(あ、これやば────、)」
穢は咄嗟に血鬼術で肉体を硬質化。両腕を刃の軌道を遮るように配置すると共に、全力で離脱を開始した。縁壱の一閃は他の剣士ならば一方的に日輪刀をへし折る程の強度を誇る両腕をするりと両断し、両腕よりも桁違いに硬い筈の穢の頚すら半ばまで断ち切った。
しかし頚を落とすには至らず、穢は今まで受けた痛みとは比にならない強烈な激痛に顔を歪めた。同時に血鬼術の制御が狂い、縁壱の感覚を奪っていた黒暗行が解除される。頚の傷の治りが遅い。口からも血を吐きながら、穢は終始無表情を崩さない縁壱の顔を正面から見据えた。
「………何故私の頚を斬ろうとしない?ああ、まさか兄の事が聞きたいのか?」
縁壱は答えなかったが、僅かに目を細めたのが穢には分かった。
「先に言っておくがな、私は強制などしていないぞ、提案しただけだ………鬼にならないか、とな。応じたのは奴の方だ。人を食ってでも生き延びたいのだと、弟が殺したい程に憎いのだと語ってな………私の血をまるで干天の慈雨を得たかのように啜っていた。お前は奴を人の側に留める
ひたすらに無表情だった縁壱の顔が、憤怒に染まって歪んでいる。怒りのままに振るわれた刃が穢に迫り────
べべん!
────それよりも早く、琵琶の音と共に虚空から現れた襖の奥へとその身を滑らせ、穢は姿を消した。
穢は瀕死だった。普段の縁壱であれば、あの襖が現れるよりも速く穢の頚を断てた筈だった。
継国縁壱の双子の兄・継国巌勝、或いは頂点に至る為に全てを捨てた悪鬼・
穢は以降、縁壱の死を確認できるまで鳴女の管理する無限城から出ようとはしなかった。そしてその死が黒死牟によって確定されたのち、その象徴たる『日の呼吸』を滅殺せんと全霊をもって駆け回る事となる。