輪廻変生   作:猗窩座ァ!

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物語の始まり

 

寒い。雪山の中を歩く穢は、至極当然にそう思った。鬼の身体はこの程度の低温環境では鳥肌も立たないが、それでも寒さという信号だけはご丁寧にも伝えてくる。

わざわざ穢が雪山を登っているのは、鬼を配置する為だ。廃刀令を経てなお鬼殺隊は鬼の討伐を辞めず、どうやってか政府の目を掻い潜って動き続けているらしい。もし政府に接触するならば、政府要人を鬼に見張らせていた価値があったのだが。

そんな職務に熱心な鬼殺隊を相手に、適当に鬼を作っていたのではすぐに討伐されてしまう。既存の鬼の行動範囲と極力重複せず、かつ発見の遅れる人里離れた地が望ましい。今回足を運んだのは、この山奥に炭焼きを生業とする一家が家を構えているという話を耳にしたからだ。もし好立地なら適当に鬼に変えようと考えながら進めば、なるほど確かに一軒だけ家が建っている。随分と都合のいい立地だ。

 

扉を容赦なく蹴破り、中に侵入する。女三人に男三人。随分と数が多い。大人は女一人だけ。他は全て子供だ。もし父親がここに居ないなら、とも考えたが、これから作る鬼に狩りを教えるいい教材になる。敢えて放置することに決めた。取り越し苦労ならそれはそれで問題ない。

子供に指示を出そうとした母親をいの一番に殺し、次いで突然の事態に混乱しているらしい娘と息子を一人ずつ殺す。長女らしき娘は未だ呆然とする弟を抱え、穢の横をすり抜けようと突撃した。自分を肉壁に、せめて弟だけでもといったところか。その咄嗟の判断力と度胸が気に入った。こいつを鬼にしようと決め、敢えて体をずらして逃げ道を空けて背後から弟共々貫いた。娘にだけ丁寧に血を注ぎ、琵琶の音と共に現れた襖の奥へと身を沈める。見慣れた惨状から視線を離すと同時に、穢を呑み込んだままに襖が音もなく閉じて消え去った。

 

 

 

 

 

鳴女を側近として重用してからというもの、穢は己の拠点を無限城と定めている。縁壱という超級の特記戦力の実力を身を以て知ってからはより顕著で、それまで個人的に進めていた自身の細胞の研究やその為の資料などを無限城に集中させるようになった。

それでも情報収集の為に外で活動することは必須事項で、外に出るときには姿形をこまめに変え、一度外部での活動を打ち切ったら数年単位で外には出ないという徹底ぶりだった。それだけ縁壱が穢に刷り込んだ衝撃と恐怖が強い事の証明でもある。

 

今現在、穢は浅草で孤児院を営んでいる。鬼殺隊の目を欺くコツは極めて()()()に働くこと。孤児を食ったりはしないし、孤児を送り出した先が不自然に襲撃ばかりされたりもしない。この時代において十分に高度な教育を施し、有力者・権力者の養子として選ばれやすくする。そして養子として選ばれれば、その繋がりを利用して関係を深め、情報なりコネなりを得ていく。浅草という地を選んだのは、堕姫を配置した遊郭が近いからだ。遊郭や酒場といった場は口が軽くなりやすい。情報収集にはうってつけと言えた。

 

子供たちを引き連れて夜の浅草を歩く。昼は日の光が、夜は街灯の光が照らし出す『眠らない街』。急速な発展の代償か、混沌とした様相を呈している地故に相応の危険が伴うので、ある程度成長した子供だけを選抜して連れ回っている。日の出と共に起き、日没と共に眠る生活から脱した近年は、穢に近現代の時代が訪れたのだと実感させる。人混みの中ではしゃぐ子供たちを宥めつつ歩みを進めれば、突然肩を掴まれた。

 

「────鬼舞辻、穢………!」

 

はて。内心で穢は首を傾げた。何故穢の本名を知っているのだろうか。少なくとも孤児院を先代の経営者から引き継いで経営し始めてからは、一度たりとも本名を名乗った覚えはないのだが。

肩を掴んだのは少年だった。珍しい色の髪が目を引く。忌々しい継国縁壱と、その兄の黒死牟がこの髪色だったか。日輪刀特有の、藤の花とは違う忌避感を伴った鋼の匂いから鬼殺隊の一員であることは分かる。己の障害たり得ないが、どうやって姿すら知らない筈の穢を見つけ出したのかは探らねばならない。

────と、そこまで考えたところで子供たちが控えめに穢の手を引っ張った。

 

「せんせー、おともだち?」

「『おにーちゃん』なの?」

 

どうも子供たちはこの鬼殺隊士を、自分達の知らない孤児院の『兄』と認識したらしい。鬼殺隊士の方は愕然とした顔をしている。穢が誰かと共にいる事は考えなかったのだろうか。

 

「いいえ、この子は私の友人でも、あなたたちの『兄』でもありませんよ」

 

ねえ?と鬼殺隊士に尋ねる。連れている子供の一人を抱き寄せ、その首に見せつけるように、かつさりげなく手を添えた。この子供が死ぬぞ、と暗に示した形になる。気付かないほど馬鹿ではなかったようで、取って付けたように「知り合いに似ていた」と述べたが、その顔が何とも言い難い表情だったのは指摘した方が良かったのだろうか。もしや嘘をつく事に慣れていないのか。

 

「では、私達はこれで」

 

追ってくるな、という無言の威圧は届いたらしい。苦虫を口いっぱいに頬張って丁寧に咀嚼したような顔で、さようなら、と返してきた。酷くか細く、漸く搾り出したような声だった。

視線を剥がす刹那、風で鬼殺隊士の被っていた頭巾が脱げる。その耳にぶら下がる耳飾りが目に入った瞬間、穢の脳裏をかつてのトラウマが(よぎ)った。

 

────日輪の描かれた花札の耳飾り。

 

────継国、縁壱。

 

かの鬼殺隊士に興味など一切なかった穢の脳内を、純然たる殺意が席巻した。日の呼吸に連なる者、その可能性。四百年前に尽く断ち切った筈の可能性が、今、穢の目の前に現れていた。

 

「(────殺さねばならない)」

 

表面上は穏やかに子供たちを誘導しながら、内心は狂騒のさなかにあった。殺さねばならない。日の呼吸は、その系譜は、何をもってしても必ずや絶やさなければならない。

 

「(鳴女、鳴女、戯骸を私の許へと呼び出せ。今すぐにだ)」

 

────先ずは下弦を送り込むとしよう。それで失敗したならば………次は上弦を送る他あるまい。

 

「名も知らぬ鬼殺隊士よ。貴様は殺す、絶対にだ。日の呼吸は、その系譜は、絶たねばならないのだから」

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