輪廻変生   作:猗窩座ァ!

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下弦の参

 

呼び出された鬼、戯骸。その左目には『下参』と刻まれており、十二鬼月の一席に名を連ねる事が窺えた。浅草近辺に腰を据えていた鬼────朱紗丸(すさまる)矢琶羽(やはば)に命を下して例の鬼殺隊士を追わせていたが、どうも隠蔽された先に痕跡が続いているとの報告が上がっている。戯骸の合流を待ってから襲撃するように命じたが、はて。単に隠されている程度ならば隠蔽などという言葉は使うまい。更に穢の知覚能力で把握した二体の位置からして、その付近には広場しかなかった筈だが。

………まさか、血鬼術だろうか。

 

「………尻尾を出したか?珠世(たまよ)

 

穢の支配から逃れた鬼。二百年以上、穢の追跡から逃れて反抗し続ける異常個体。あの耳飾りの所有者と、珠世が邂逅した。穢を討つためなら何でもする産屋敷が珠世と組んでいない可能性は低い。ならばあの鬼殺隊士が穢と接触して穢側が追っ手を放った事も産屋敷の知るところとなるだろう。鎹鴉(かすがいがらす)とか言う伝令代わりの珍妙な鴉までいる事だし。

 

矢琶羽と朱紗丸には共に居るであろう『逃れ者の鬼』を捕らえるように改めて命じ、戯骸には件の鬼殺隊士を殺すことを課した。

人の良い孤児院の経営者を演じる以上、縋ってくる子供たちを無下には出来ない。珠世が居るならば、出来れば己が身で乗り込みたいものを。笑顔の下に激情を隠しながら、戯骸の視界と己の視界を連結し、穢は観戦に徹する構えを示した。

 

 

 

 

 

炭治郎を招いた珠世とその助手・愈史郎(ゆしろう)の隠れ家に、三体の鬼が襲来した。珠世の生み出した鬼である愈史郎の血鬼術によって隠されていた屋敷が、一切の遠慮呵責の無い攻撃に晒される。

 

「日輪の花札の耳飾りを付けた鬼狩り………貴様か」

 

堪らず出てきた炭治郎を見据える、肺が腐りそうな程に重苦しい匂いを纏った鬼。その左目に『下参』という文字が刻まれているのを、炭治郎は嫌にはっきりと認識した。匂いから判断するに、今までの鬼とは格が違う。

 

「俺は十二鬼月・下弦の参、戯骸。鬼狩り、貴様の命を貰い受ける」

 

鬼殺隊士として日の浅い炭治郎は十二鬼月という言葉の意味がわからない。それを察した珠世が語るに曰く、鬼の首領・鬼舞辻穢の直属である最精鋭の鬼。下弦の参とは下から数えて四番目であり、十二鬼月全体で語るのであれば()()()()()()部類だという。

伴って現れた二体の鬼は外に出てきた炭治郎よりも屋敷の中に興味があるようで、炭治郎には目も向けない。炭治郎も戯骸以外に目を向ける余裕はないので、ある意味ありがたかった。ただ、その分珠世や愈史郎が危険に晒されるとなれば忸怩たるものがある。

 

日輪刀を構えて隙を探す炭治郎に対し、戯骸はあくまで自然体。先ずは炭治郎の力量と出方を見定めようとするかのように、じっと炭治郎を見据えていた。

じゃり、と音を立てて足下の土が踏みしめられる。次の瞬間には炭治郎は飛び出し、首に通る『隙の糸』目掛けて刀を振るった。

 

水の呼吸 壱ノ型 水面斬(みなもぎ)

 

しかし当たる瞬間に戯骸の姿が消え、疑問の声を溢す間も無く腹に衝撃が走った。飛び込む時に倍する速度で壁に衝突した炭治郎を、足を振り切った姿で戯骸がつまらなさそうに見つめている。

戯骸は意識の隙を突こうとする炭治郎の意識の隙を逆に突き、死角に滑り込んで消失。それに咄嗟に対処されるよりも速く蹴撃を叩き込んだのだ。

戯骸の腕がめきめきと軋み、中から白色の脇差程度の長さの刀を生み出した。それは骨だった。自身の肉体をある程度自由に操作可能な鬼といえど、ここまで可能とは思えない。ならばあれが戯骸の血鬼術。

骨の脇差を構えた戯骸は、態勢を立て直した炭治郎に高速で詰め寄る。

唐竹割り、足首狙いの斬り払い、そのまま斬り上げ、返して袈裟懸け、頭と胸と腹を狙って突き三連。反撃しようとした炭治郎の刀を柄で打ち払い、流れるように横薙ぎ一閃。炭治郎は後方に下がって躱すも、横薙ぎに隠れて投げられた骨のクナイが三本飛来する。それを炭治郎が打ち払う間に戯骸が再度間を詰め、連撃。

 

型を出す暇もない。反撃を試みる隙もない。炭治郎に許されるのは、ひたすらに命を刈り取ろうとする刃を避けることのみ。

だが、戯骸にとっては相手が避ける事に徹するだけでいい。身体能力で人を遥かに凌駕する鬼の攻撃を躱すには、少なからず呼吸法による身体強化を挟む必要がある。そして呼吸法を使うだけで、練度による差こそあれど呼吸器系へのダメージと体の疲労は積み重なっていく。対して、鬼に疲労や負傷という概念はない。互いに決定打には至らずとも、こうしているだけで差は顕著に現れる。

無理をせず、じわじわと追い込むのが戯骸の戦い方。使えるものは全部使って、いかに己に有利な戦況を整えるかを追求する事で、これまで戯骸は生き残り、下弦の参にまで上り詰めた。

それはまるで狩りのよう。囲い込まれた獲物は、決して己では逃げられない。外部から横槍を挟まない限りは。

 

途端にぴくりと何かに反応した戯骸は、素早く体を地に伏せた。その直後、戯骸の頭があった場所を禰豆子の足が唸りを上げて通り去る。戯骸の視界の奥で、禰豆子が鬼であることを知った穢が眉を顰める。矢琶羽や朱紗丸と対峙する珠世を含む二体に加え、これで逃れ者の鬼が三体目。自身の支配から抜け出す鬼がいる事は決して愉快な事ではない。

逃れ者の鬼を全員捕らえ、件の鬼殺隊士が死ぬのが最良。しかしいたずらに戯骸をせっついて得意とする戦術を崩させるのは穢の望むところではないし、何より存外に粘る。少なくとも回避に専念すれば戯骸の攻撃を捌ける何かを持っているらしい。

それに、もう夜明けが近い。

急遽命令を変更し、矢琶羽と朱紗丸には珠世とその従者の腕を持って来させる。呪いを外した手法が気になるし、従者の方に至っては何となく穢の作る鬼とは根本から微妙に異なっている気がするのだ。単純に興味を惹かれる。

 

命を受けた矢琶羽が、朱紗丸の手鞠を血鬼術で操って半ば囲うように攻撃に晒し、その間隙を縫ってさらに血鬼術を発動する。

矢琶羽の血鬼術は力のかかる方向、つまりベクトルの向きを自在に操作するもの。逆回転同士のベクトルを珠世達の腕に干渉させ、まるで絞られた雑巾のような挙動の後に二人の腕を力任せに捩じ切った。昨日までの矢琶羽では力不足から出来なかった芸当で、命令遂行に際して予め穢に血を注がれていた事から血鬼術の能力が格段に上がっていた。

引き千切られた二人の腕は鋭角に曲がりくねった軌道を描きながら、朱紗丸の手の中にすぽりと収まった。

一方で鬼の不死身にあかせて特攻を続ける禰豆子の四肢を斬り捨てながら炭治郎の相手も続けていた戯骸は、矢琶羽と朱紗丸が穢の命令通りに腕を得た事を確認し、僅かに白み始めた東の空に目を向けると、二体を引き連れて去っていった。

 

 

 

 

 

珠世達の腕を受け取り、戯骸を元の配置に戻した穢は身の振り方を考えていた。見つかった以上、遠からず腕利きの鬼殺隊士が派遣されるだろう。羽虫程度の相手に纏わり付かれるのは不愉快にも程がある。従業員の中から子供たちに人気のある者を代わりの経営者に据え、適当な理由をつけてここから去る事を決めた。数年に一度、様子見をしに訪れれば問題あるまい。時が経てば穢がここに居たことなど忘れていくだろう。

 

次いで、呪いを介して全ての鬼に命を下す。穢の記憶から映像を引き出し、容貌を伝えていく。

 

『────この鬼狩りを見つけ次第殺せ』

 

血の繋がりを通して黒死牟の殺意が急激に膨れ上がったのを感じながら、送り込む上弦は決まったなと一人呟いた。

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