輪廻変生   作:猗窩座ァ!

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上弦の壱

 

累が死んだ。家族ごっこがしたいと言うから、わざわざ私が累に発現した血鬼術を分割して「家族」とやらに分け与えてやったというのに。使えない奴め。手間以上に役目をこなせとは言わないから、せめて手間分は役に立て。具体的には例の鬼狩りの手足を一本捥ぐとか。

 

十二鬼月の最下位、下弦の陸であるとはいえ、曲がりなりにも最精鋭の一枠。一年ほど前に下弦の伍が欠けた事もあり、随分と短いスパンでしばしば入れ替わる下位の下弦にさしもの穢も苛立ちが募る。

だが、累の目を通して見たあの呼吸────似ても似つかぬ程にお粗末極まりないものではあったにせよ、あれは日の呼吸に通じる代物だった。やはりあの因縁の系譜は受け継がれていたのだ。

 

絶対に逃がさない。油断も慢心も一切不要。必ず殺す。その為の布石として、鬼殺隊の柱共よろしく短期で入れ替わる下弦の下位三鬼のうち、最後の一体を囮として用いる事を決める。下弦の肆、魘夢(えんむ)。何かしら上弦に伍するものを持つ下弦上位三鬼────準上弦とは違い、その気になれば幾らでも補充できるのが下位三鬼だ。十二鬼月に列する程にまで上り詰めた事は評価に値するが、所詮はその程度。換えが利くなら予備ではなく下弦を使う。十二鬼月というネームバリューは鬼殺隊に対する餌として十分に効果があるのだから。

 

「精々私の為に役に立て、魘夢」

 

もし柱と戦って生き延びたなら、その時は多少扱いを変えてやろう。

まあ、無理だろうが。

 

 

 

 

 

人の消える汽車、『無限列車』。派遣された鬼殺隊士を含めると()()()以上が忽然と消息を絶った場所である。解決の為に派遣されたのは鬼殺隊最高戦力、九人の『柱』の一人。炎柱(えんばしら)煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)。そして『ヒノカミ神楽』の手掛かりを求めて煉獄を訪ねた炭治郎と、その仲間の我妻(あがつま)善逸(ぜんいつ)嘴平(はしびら)伊之助(いのすけ)の計四名。

柱の任務に巻き込まれる形となった炭治郎達を襲ったのは、十二鬼月・下弦の肆、魘夢。

夢に引き摺り込む血鬼術を用い、甘言で籠絡した人間すら列車と融合する為の時間稼ぎとした上で食い殺そうとする魘夢を奇跡的に死者無しで倒した炭治郎達だったが、その歓喜と安堵はすぐさま砕かれる事となる。

 

────べべん

 

澄んでいるのに悍ましい琵琶の音と共に、炭治郎の鼻に突然強烈な腐臭が届いた。炭治郎が今までに遭遇した強力な鬼は全部で四体。元凶である鬼舞辻穢、下弦の参・戯骸、下弦の肆・魘夢、下弦の陸・累。千年もの間人を食らい続けていた鬼舞辻は別にしても、他三体も炭治郎からすれば明らかな格上、死の象徴だった。

しかし、今のこの匂いは────その三体を遥かに上回る程に濃い。そしてその中でも嗅ぎとれる程に深い殺意の匂い。知らず、炭治郎の歯ががちがちと鳴った。感情を音として捉えられる程に耳の良い善逸も、必死に耳を押さえて蹲っている。

 

じゃり、と足音が鳴った。腐臭の根源が姿を見せる。

紫の袴下に黒の袴という簡素な服を身に付け、腰にはまるで生きているように脈打つ鞘に納められた刀を差している。長い黒髪を後ろで纏めたその容貌には三対の赤眼が並んでいて、その中央の一対の眼に刻まれた字は『上弦』『壱』────。

 

「………貴様が」

 

刀を構え、前に出て新手の鬼────()()()()に向き合った煉獄を()()し、ぽつりと何かを呟いた上弦の壱は炭治郎に向かってその刀を振るった。否、炭治郎は刀を向けられた事すら分からなかった。気付いた時には炭治郎の目と鼻の先で火花が飛び散り、煉獄が刀を振り抜いた姿で炭治郎の横にいた。上弦の壱は右腕を刀の柄に、左腕を鞘に添えている以外は何も変わっていない。

 

「何故少年を狙った」

「私の……目的は、もとより……その子供の首……故、狙ったまで」

 

上弦の壱が再度動く。今度は炭治郎にも僅かながら理解できた。()()()()()だ。抜刀の加速で斬り、即座に引き戻して納刀。その繰り返し。ただそれだけなのに、その速度、威力、精度、何もかもが正しく人外。戯れのように繰り返される単調なそれのみで、守るべきものを背としているとは言えども柱たる煉獄を容易く追い込んでいく。

負けてしまう。あのままでは、煉獄は死ぬ。肩を並べて戦うだけの技量を持たない炭治郎でも、容易に想像できてしまう未来だった。そして、今のままでは近いうちに現実となるだろう。下弦の陸に一歩届かず、下弦の参相手では終始翻弄された。あくまでその程度でしかない炭治郎が加わった所でどの程度変わるというのか。誤差にもなるまい。それでも、炭治郎は魂ごと押し潰すような重圧の中で震えながら刀を手に立ち上がった。

 

「来るな!待機命令!」

 

それを押し留めたのは、他ならぬ援護を受ける当の本人だった。

 

「余所見とは……余裕だな」

 

月の呼吸 壱ノ型 闇月(やみづき)(よい)(みや)

 

そこに上弦の壱の攻撃が襲いかかる。今までと同じく抜刀術による攻撃だが、()()による身体強化に加え、三日月に似た無数の大小様々な斬撃が新たに付随する事でそれまでの攻撃とは一線を画したものとなっている。

明らかに上昇した速度と威力で迫る斬撃。矛先となっている煉獄はそれに冷静に対処した。

 

炎の呼吸 弐ノ型 (のぼ)炎天(えんてん)

 

鬼が呼吸を用いるという事態に目を見開きこそしたものの、横薙ぎの一閃を上にかち上げて逸らす事に成功する。それでも、舞い踊る三日月が煉獄の体を細かく傷つけた。

 

月の呼吸 参ノ型 厭忌月(えんきづき)(つが)

 

炎の呼吸 肆ノ型 盛炎(せいえん)のうねり

 

続く三日月型の二連撃に対し、渦巻く炎のような攻撃で煉獄はそれを捌いた。

 

炎の呼吸 伍ノ型 炎虎(えんこ)

 

月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月(しゅかのろうげつ)

 

煉獄の反撃を上弦の壱は三連撃で相殺────否、付随する刃でやはり煉獄を切り刻んでいく。技そのものの攻撃は捌ききっている筈なのに、半ば一方的に煉獄のみが傷付く。それは相手が再生可能な鬼だからではない。上弦の壱は煉獄の動きを完璧に見切り、回避した上で戦っている。

 

「諦めろ……お前では……私には、勝てん」

「うむ!そうだろうな!」

 

煉獄は鍔迫り合いに持ち込んで斬撃を封じながら、上弦の壱の言葉を至極素直に受け入れた。煉獄は炭治郎を狙った初撃をやり過ごした時点で、既に理解していた。

 

月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍(げっぱくさいか)

 

無数の横薙ぎが()()()で繰り出される。煉獄は跳んで躱すも、やはり細かな傷は防げない。出血は呼吸の応用で止められる。鬼殺隊に属する以上、痛みには慣れている。それでも怪我をしている時と万全の時ではどうしても動きに差が出てくる。動きの鈍った瞬間を見逃す程上弦の壱は甘くない。いずれ斬断される事は想像に難くなかった。

 

「先にも述べた通り……私の目的は、そこの子供の首……其奴さえ殺せれば、ここは退こう」

 

それは命の交換だった。ただの一隊士と、柱を交換しようという持ちかけだった。見逃す代わりにそこを退け、という。

 

「────断る!」

 

だが煉獄は頷かない。

鬼殺隊は鬼の被害者の遺族を主として構成された組織だ。当然ながら、助けられた恩に報いる為に属する者もいれば、金の為に籍を置く者などもいる。理由は様々だが、煉獄の場合は鬼殺の剣士の名門・煉獄家の長男として生まれたからだ。いわば生まれた瞬間から鬼殺隊に属し、その命を燃やす事は決まっていた。煉獄の心の柱は、今は故人の母が煉獄の幼い時に口にした言葉だ。

 

『弱き人を助ける事は、強く生まれた者の責務です』

 

煉獄はその言葉を忘れた事も、違えた事も決して無い。鬼殺隊の柱たる煉獄は強い。そして背に庇う三人や無辜の民は、煉獄に比して弱い。ならば彼らの命を守る為に己が命を賭ける事に何の不足があろうか。

煉獄は己の生存を諦めた。ともすれば誰にも看取られずに命を落としたり、鬼へと堕ちて嘗ての朋友へと刃を向けるような事態に陥る事も、鬼殺隊では決して無いとは言えない。そんな中で、()()()を守り、その生き様を後進へと示して死ねるのだ。無辜の民に害を為すとは言え、元は人であった存在を斬り殺している身でありながら、なんと恵まれた死に様だろうか。

 

「俺は俺の責務を全うする!ここに居る者は誰も死なせない!」

 

煉獄の啖呵に、上弦の壱は僅かに目を細めた。

 

「……そうか────ならば、()く死ね」

 

月の呼吸 陸ノ型 常世孤月(とこよこげつ)無間(むけん)

 

炎の呼吸・奥義 玖ノ型 煉獄(れんごく)

 

縦横無尽に入り乱れる斬撃の結界を突き破るようにして、煉獄は突撃した。大きな土煙が上がる。

 

────上弦の壱は、健在だった。

 

肩も脇腹も足首も、傷がない場所など存在しないのではないかと思わせる程に煉獄の全身に大小様々の傷が付いている。特に酷いのは胸で、体を半ばまで断ち斬るようにして上弦の壱の剣が肉体に埋もれている。手に持つ日輪刀は半分程の長さになっており、離れた場所に切断された日輪刀の刃が転がっている。上弦の壱は煉獄の斬撃を躱すように身を傾けていて、そのせいで刀を思うように振り切れなかった事が煉獄の命を僅かに繋いでいた。

ごふ、と煉獄が血を吐き出す。

 

「……見事な……一撃、だった」

 

掛け値無しの賞賛であったが、まるで遥か高みから見下ろすような口振りだった。かちゃり、と煉獄の手に残る日輪刀が音を立てる。

瞬間、折れた日輪刀が振るわれた。

 

「ぬ、う、おぉ………!」

 

頚へと向けて死力を尽くして振るわれた日輪刀は腕を掴む事で止められた。しかし同時にまだ煉獄に突き刺さったままの刀を握る上弦の壱の腕を煉獄がもう一方の腕で掴み、拘束した。

────東の空が、白む。

 

「……日の出、」

 

上弦の壱の目が夜明けの予兆を映し、抵抗が強くなる。しかし煉獄は離さない。傷口を刀で抉られようとも、苦悶を零しながらも手に籠める力を緩めはしない。

明確に苛立った様な顔をした上弦の壱は、日輪刀を握る煉獄の腕を()()()()()。そのまま反対の腕も手刀で半ばから引き裂き、刀を引き抜く。

その目が、炭治郎を見据えた。

 

月の呼吸 参ノ型 厭忌月(えんきづき)(つが)

 

迫る剣閃。死を覚悟した炭治郎を、死に体の煉獄が突き飛ばす。縺れるようにして倒れこむ二人から逸れた凶刃は周囲を無為に切り裂いて終わった。

日光が辺りを照らす。炭治郎が頭を上げた時、上弦の壱の姿は既になかった。

 

 

 

 

 

「────殺せなかったか」

「返す言葉も……ありませぬ」

「構わん、過ぎた事だ」

 

無限城の一室で薬品を弄る穢の側に、跪いた黒死牟が侍る。釣り餌(魘夢)に引っかかった中に()()が居た為に急遽黒死牟を送り込んだのだが、どうも足りなかったらしい。生存を度外視すれば、柱ならば手を抜いた黒死牟にもある程度追い縋れるという事が分かっただけでも良しとすべきだろう。黒死牟なら大丈夫と判断したのは穢自身であったのだし。

 

無限城を辞した黒死牟を脳裏に描きつつ、その黒死牟から運良く生き延びた少年を思う。人間を使えば、その名前や家族構成は割と容易に特定できた。

 

「………竈門、炭治郎」

 

情報では、いつぞやに鬼を作る為に襲撃した炭焼きの一家の長男だった。あの後、一日程度でも留まっていれば。そう思わないでもないが、致し方ない。

 

「………名前は覚えた。必ずや屠ってやろう」

 

そう、如何なる犠牲を払ってでも。

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