大ショッカー戦闘員の黒の服は闇に紛れやすい。骨格を象った白い模様が、本物の骸骨のように黒の中に浮かび上がる。
カブトのクナイガンが閃けば、断末魔を残して骸骨が崩折れた後に、闇だけが残るように見える。
融合崩壊の現象は一旦停止したものの、九つの世界は中途半端に融合し、融合した部分もあればまだ融合していない部分もあるという、非常に不安定な状態に陥っていた。それがすぐに何かを引き起こすというわけでもなく、見た目には穏やかなものだったが、この隙に進行してくる大ショッカーの兵は後を絶たなかった。
カブト――天道総司は手際よく戦闘員を片付けていくが、その合間に彼はちらちらと余所見をしていた。
「あいつは……本当に、危なっかしい」
その視線の先にいるのは勿論電王だった。
類稀な身体能力を有する天道からすると、良太郎は何故戦っているのかが不思議なレベルだった。
見殺しにするのも後味が悪いので、何かあればすぐ助けられる体勢は作っているつもりだが、良太郎はよろつきながらも意外と善戦を続けている。それは天道からすればあくまで、倒されていない、という意味に於いての話だったが。
少し離れた前方で炎が帯を描いた。響鬼の鬼火だ。あの男がきっちり戦ってくれるのであれば、天道の負担も減るし、いざという時手一杯で良太郎を助けられないという事もなさそうだった。
暫くこうして交戦が続いているが、戦闘員は減る気配もなかった。その時。
「行くぜ行くぜ行くぜーっ!」
雄叫びが辺りに轟いた。随分と柄の悪い声だが、どこかで聞き覚えがあるようなないような。思い出せず天道は、魚の小骨が喉にひっかかり取れないようなもどかしさを感じた。
「えっ……」
電王が動きを止めた。
「何をしている、動け!」
駆け寄ろうとするとその前に電王は周囲の戦闘員達に取り囲まれ見えなくなる。
温存していたあれを使わなければならないのだろうか。立ち止まり呼ぼうとすると、電王の周囲の囲みが割れた。
戦闘員達を蹴散らしているのは電王だ。だが、形が微妙に違う。そして、良太郎は今やっと、よろよろと立ち上がった。
ひとしきり戦闘員を踏みつけると、知らない電王は、持っていた剣を右の肩に乗せて、歌舞伎役者のように見栄を切った。
「へっへっへ。俺、参上!」
そのポージングに、カブトはおろか、周囲の戦闘員達も、どうリアクションを取っていいものか困ったらしく、身動ぎもしなかった。
「えっ、何で、何でモモタロスがここにいるの?」
一人良太郎だけが、何やら動揺したように知らない電王の方に駆け寄り、あたふたとしている。
「は……? お前、良太郎……? 何でだ? 良太郎はここに居んだろうが」
知らない電王の方も、そんな良太郎をまじまじと見つめていた。
「そうだよ、良太郎だよ。まさか追いかけてきたの? どうやって?」
「追いかけて……? あんま訳分かんない事言うんじゃねえ、なんかこう……難しい事言われると頭が痛くなる」
二人が噛み合わない会話を続けている間に、周囲も自分を取り戻す時間が出来た。戦闘員達が再び、二人の電王へと襲いかかっていく。
「よし良太郎、話は後だ。いいか手前等! 覚悟しな! 俺は最初から最後まで、クライマックスだぜ!」
そう宣言して、知らない方の電王が再度戦闘員達の群れに斬り込んでいく。
そして、良太郎は、カブトの眼前で、突然鎧が体から外れ、空中で組み替えられて再度装備された。
「な、何事だ! どういう事だ野上!」
流石の天道も度肝を抜かれる。目の前に立った青い電王は、デンガッシャーと呼ばれる電王の武器を、長い竿へと組み上げた。
「いいのかい、僕にそれを聞いて。言葉の裏には針千本。それでも良ければ、僕に釣られてみる?」
「…………何を言っているのか全く意味が分からん」
斜めに立って首を傾げ、気取ったポーズを取った電王らしきものは、竿を構えると、やはり戦闘員達の群れへ突っ込んでいった。
その動きは、先程までの良太郎とは比較にならない。動きもいいし戦い慣れている。リーチを活かして、戦闘員達を寄せ付けず捌いていた。
「……まあ、いいか。あまり心配はなさそうだ」
良太郎ばかりに構っている訳にもいかないし、今の動きであれば自分の身は自分で守れるだろうと思われた。
カブトもクナイガンを構え直すと、再び戦闘員達の只中へと斬り込んでいった。
***
散発的に各地で起こっている大ショッカーの侵略に対処する為、ライダー達は出払っているようだった。
海東を伴ってユウスケが士が寝かされている部屋へと入ると、何故か剣崎一真がベッドの横に座っていた。
「剣崎……何でここに」
「誰かこいつを看てやる人間が必要だろう。それに……」
言葉を切って剣崎は、ユウスケの後ろに立つ海東を、厳しく睨みつけた。
「俺はそいつを信用していない。お前は、あそこで何をしていた?」
「気付いてたんだ」
「はぐらかすな、答えろ」
「それを今から士に話すんじゃないか。あんたに話してやるつもりはない」
海東は薄く笑ったままで、剣崎の事は相手にしていないように見えた。だが、剣崎も退かなかった。
「悪いが、俺はこのままここに居させてもらう。お前が何か変な動きを見せたら、即座に叩き潰す為にな」
「ふん、アンデッド如きが大きな口を叩く」
「海東!」
叫んで、士が体を起こしていた。
「いいからさっさと話せ。怪我人の寝てる前で喧嘩なんておっ始めてくれるなよ」
「やあ士、良い様だね」
「お前もな」
二人は目を合わせたが、海東はふん、と鼻で笑うと、肩を竦めて、部屋の奥に置いてある椅子を引き、剣崎一真が座っている窓側と向い合う形で、ベッドの脇に椅子を置いて、座った。
「そうだ、その前にもう一つ教えてあげよう。君達は、この世界が光夏海の世界に酷似していたのが大層不思議だったようだけど、これは別に変でも何でもない」
「……どういう事だ?」
「生まれたばかりの世界は、皆こういう姿なんだよ。ここからライダーが生まれて、そして世界が変化していく。光夏海の世界も、ライダーがいなかったろう? あれは生まれたばかりだったからさ」
「それなら話が違うだろう。世界が安定した後に融合するんじゃなかったのか。生まれたばかりの世界はまだ安定してないって事だろ」
「普通はね。彼女の世界やこの世界が融合を始めた時に、二つの世界に共通して存在していたものは何だ?」
「……俺か」
海東は頷いた。ふっと眉を寄せ、やや苦しげな顔をして、士は目を伏せた。
「まあ、それだけが原因ではないと思うけどね。今まで生まれたばかりの世界が融合するなんて事はなかった。別の要因によって早められてるって考える方が自然だよ。どうせ君もあいつにやられたんだろう」
「お前もか」
「そうだよ。そこのアンデッドさんはやられてもすぐ治るみたいだけど、僕は人間なんでね、傷がなかなか治らない」
剣崎は無表情で、海東を見つめ続けているだけだった。特に反応はない。
剣崎への好感はあまりないものの、その見下した物言いにむっとしてユウスケが口を挟もうとしたが、それを士が目で制した。
「あいつはねえ、君が見つからないから開発されたんだってさ。色々と改良したんだって自慢されたよ」
「そうらしいな」
「大ショッカーは、そうまでしてディケイドを必要としている。ディケイドとディエンドが何故出来たのかを、聞きたいかい?」
「ああ、是非聞かせてほしいな」
士が頷くと、海東は得意げに笑って語り始めた。
ディケイドは、『全ての仮面ライダーの力を使いこなし、仮面ライダーを倒す力を持つ者』のコンセプトのもと開発された。
その試作品を完成させたのが、一人の研究者だった。
彼は、仮面ライダーになりたいと本気で考えていた男だった。所謂マニアで、仮面ライダーの情報なら知らない事は何もない。故に、そこからコンセプトが生み出された。彼こそが、誰よりも各ライダーの力を使いたいと考えていた。
ディケイドが仮面ライダーの力を使いこなす為に、各仮面ライダーのデータが収められたカードを使い、そこから情報を引き出して力を行使するという機構が組み込まれたが、計算していなかった現象が確認された。
ディケイドの動力機関として採用された、クラインの壺から溢れ出す無尽蔵のエネルギーが、平行世界を創り出していたのだ。
更に、別に研究が進んでいた、次元を超え別の世界へ渡る力も組み込まれた。
だがディケイドが作り出した世界は不安定で、地球を模しただけの、生物も植物も何もない空っぽの世界が生み出されては、融合し合って崩壊し、すぐに消えていくだけだった。
既に試作品は制式採用される事が決まり、多くの研究者による共同研究に段階が移っていた。
研究者達は考えた。『元となるデータ』があれば、ディケイドはきちんとした世界を創り出す事が出来る。
そしてその世界が融合崩壊する際のエネルギーを利用すれば、オリジナルの世界へ渡る力を得る事が出来るかもしれない、と。
大ショッカーは、オリジナルの平行世界の組織が母体となっていた。彼らはふとした事から次元を渡る方法を開発し、自分達の世界の他に、オリジナルと言うべき世界がある事を知り、その世界を欲していた。
試作品を開発した研究者も勿論まだ開発には加わっていた。だが彼の興味は、別の事へ移っていた。
彼には恋人が出来た。仲睦まじく、彼らは結婚を約束していた。
やがて、ディケイドが世界を構築する為のデータを取り出す人間が集められた。集められた人間を眺めて、彼は愕然とした。
そこには、彼の恋人がいた。大ショッカーは彼の忠誠を試す為に、わざわざ彼女を捕らえていた。
彼の目の前で頭蓋を鋸で割られ、取り出された彼女の脳や、他の者のそれから、データが抽出された。
かくして、ディケイドは中身のある世界を創造する能力を得た。
彼は怒り狂った。表向きは悲しみから立ち直った風を装ってディケイドの開発を続け、密かに装着者を限定するコードと、そして、ディケイド自身が装着者を生み出すコード、ディケイドの目的を変更するコードを書き加えていた。
それを知った大ショッカーは彼を抹殺しようとしたが、彼は逃げ延び、大ショッカーに抵抗する組織で、持ち出したディケイドのデータをもとにディエンドを作り上げた。
ディケイドが世界を創り出す当初の目的は、大ショッカーに忠実な世界を作る、というものの筈だった。だが彼はそれを、ディケイドがあるべき世界を探す為に世界を創り出す、と変更していた。
ディエンドに書き込まれキーとなったデータが何だったのかは、出奔先で作られた為、大ショッカーに属するアポロガイストは勿論知らない。
だが、後日彼の出奔先の抵抗組織を壊滅させた際、捕らえようとした彼の行方を尋ねたところ、彼が死んだと、それだけを聞いたという。
「その開発者の名前を聞きたいかい」
「勿体つけずに教えろ」
やや苛ついた様子で士が告げると、海東はにやりと笑って士を見た。
「鳴滝士、っていうんだってさ」
***
思いもよらない名前を耳にして、士は怪訝そうに海東を見つめていた。
「そうだ、あの人はディケイドを憎んでいる。だからディエンドを作り、今また君を抹殺しようと暗躍していた」
横で聞いていたユウスケも、流石に驚かざるをえなかった。
「ちょっと待て、鳴滝っていうのはあの鳴滝さんなのか」
「……君には話してないんだけどな。そうだよ、あの鳴滝さんさ」
「だって、死んでるって」
「まあ、大ショッカーの幹部の話だし、鳴滝が死んでるっていうのもそいつが人伝に聞いた話だしね。どういう事なのかは分からないよ」
話はこれで終わり、と告げて海東は話を切ろうとしたが、士が口を開いた。
「待て。鳴滝の名前は」
「君と同じ字だよ」
「どういう事だ」
「さあね。『仮面ライダー』になりたかったんじゃない?」
「じゃあ、俺はあいつって事なのか」
「……君は君だろう。あの人じゃない」
その答えに、士は続ける言葉を失った。海東にそんな事を真顔で言われるとは思わなかったし、分からない事がまた増えてしまった。
海東はそんな士を見てにこりと笑うと、さて、と声を上げて椅子を立った。
「どうだい、凄い情報だっただろ。これで貸し借りはチャラだよ」
「……お前に貸しを作った覚えはない」
「君はそう思ってても、僕にとっては借りだったのさ」
確かに返したよ、と明るい声で言って、海東は手を銃の形にして、士を撃つ真似をした。そしてそのままドアへと歩いていく。
「待て海東、これからどうする気だ」
「僕は僕でする事があるのさ。約束通り君らの邪魔はしないから安心してくれたまえ」
言って海東は背中を向けると、そのまま部屋を出て行った。
残された士とユウスケは、何か口を開く気にもなれず、それぞれにやや俯いて考え込んでいた。
「……小野寺ユウスケ、こいつを見ててやれ。俺は出かけてくる」
剣崎一真は、ユウスケを見てそう告げると、椅子を立った。
「待て。俺はもういい、大丈夫だ。ユウスケ、お前も行け」
「えっ……でも」
「大ショッカーと戦うんだろ。なら、お前は行って戦え。みんなを守るんだ」
言葉ははっきりとしていたし、士はまっすぐにユウスケを見ていた。ユウスケは剣崎を見てから士を見ると、力強く頷いた。
ふと何かに気付いたようにユウスケは穏やかに士を見て、口を開いた。
「なあ士。この世界も、お前の世界じゃないって思うか?」
「さあな、まだ分からん。だが爺さんに言われた。本当の自分なんて言葉に惑わされるなとな。俺は惑わされていただけだったのかもしれない」
「そんな事はないと思うけど……」
「その事は後でもゆっくり考えられる。今は考えてない」
「……そっか、分かった」
ユウスケは明るく笑ってみせてから、剣崎の後を追い部屋を出た。
廊下に出ると、剣崎が少し先で立ち止まり、ユウスケを見ていた。
「さっき、怪我をしていたな。もう大丈夫なのか」
「俺って、何だか知らないけど、怪我とか治るのすっごく早いから。もう全然何ともない」
笑ってみせると剣崎は、何か辛いものでも口にしたような、不思議そうな顔をした。
何か変な事を言ったろうかとユウスケは首を傾げたが、剣崎が振り向いて歩き出したので、それを追いかけた。
「生まれた時からの特異体質か?」
剣崎が歩いたまま尋ねる。
「いや、クウガになってからだよ」
「君はそれを、おかしいとは思わなかったのか」
「クウガになったからかなって思ってたけど……なんか、おかしいのか?」
「見返りの要らない力なんてない。それが強い力であればあるほど、払う代償も大きくなる筈だ」
言われても、ユウスケには全く心当たりが浮かばなかった。
共に戦う八代を失ったという犠牲はあったが、ユウスケ自身の体や心が、クウガの力を使う事によって何か犠牲になっているという感覚は、全くなかった。
「クウガについてそう詳しく知っている訳じゃないから何とも言えないが、いい感じはしない。気を付けるんだな」
「……心配してくれてるのか?」
「言った筈だ。俺は君を助けたい」
振り向かないまま剣崎は言ったので、ユウスケは剣崎の背中を見た。
肉付きの良くない、薄い背中だった。剣崎は何かを、代償として支払ったのだろうか。ユウスケは知らなかったし、知る由もなかった。
***
数日前から、救急車やパトカーのサイレンの音がひっきりなしに外から流れて来ている。夜ともなれば、昼よりもずっと頻度が高い。
夏海はテーブルに肘をついて、ぼんやりと絵のない背景ロールを見つめた。
ユウスケは出る前に声をかけてくれたが、夏海は着いていくのを断り、ここで待っていると答えた。
怖くなってしまった。
士は一体何だというのだろう。母と、何の関係があるというのだろう。
訳の分からない事が多すぎたし、整理する暇もなかった。
士を信じたいと思うし、側にいて何とか助けたいとも思う。だけれども夏海は、今のままでは、戸惑っている士に矢継ぎ早に答えのない質問をヒステリックに浴びせるだろう。それも怖かった。
息を吐いたが、ここで考えていても何の答えも出ないのは明白だった。
ふと、何かが聞こえた気がして夏海は耳を澄ました。
「何……?」
少しずつ少しずつ、近づいてくる。あれは、そうだ。
「グオオオォォォゥゥウウウ‼」
獣の雄叫びだ。
それに伴って、何かがぶつかる音、何かが崩れる音。銃撃の音。
近くで、戦いが起こっている。
思わず走り出し、外に飛び出していた。
行ったところで自分が危険になるだけだし、邪魔になるだけだった。だがそんな事も、夏海はすっかり忘れて駆け出していた。
外に出て路地を曲がると、そこでは青い鉄の甲冑が、大振りのマシンガンを構えていた。
「G3‐X……」
向かい合っているのは、ステンドグラスの意匠を全身に散らせた、馬の姿をしたファンガイアだった。
G3‐Xが引鉄を引いて、弾丸が一斉にファンガイアに向かって掃射される。ファンガイアは後退りながらそれを浴びて、暫くの後に、ガラス細工が床に落ちて壊れるように弾け飛んだ。
「芦河ショウイチ……さん?」
夏海が角を曲がりきって姿を見せると、G3‐Xは振り向いて彼女を見た。
「お前は確か……門矢士と一緒に居た……」
「光夏海、です」
頷いた夏海を、G3‐Xの複眼が淡く光りながら見つめていた。夏海も黙ってG3‐Xを見つめた。
「……何だか変な事になってるが、大方お前等が絡んでいるんだろう。どういう事なのか説明してくれ」
「芦河さん、お願いします、士君を助けてください」
「どういう事だ?」
説明を促すショウイチに夏海が答えを口にするその前に、闖入者が割って入った。
「グオアアアァァッッ!」
異形が恐ろしい怒声と共に倒れこみ、夏海とG3‐Xの方へと滑り込んで止まった。見たところグロンギのようだった。
その向こうの闇に、光が浮かぶ。赤い光がラインを描き、黄色く大きな複眼が、グロンギを照らす。
『Exceed Charge』
電子音声がした。G3‐Xは、夏海の肩を抱えて路地脇へと身を寄せた。
立ち上がったグロンギへと、そのサイクロプスを思わせるような複眼が一直線に駆け込んでくる。
「やああーっ!」
赤く発光したファイズエッジが闇を切り裂き、グロンギの体を貫通して溢れたフォトンブラッドが
「乾巧さん……?」
「君、門矢士と一緒にいた……?」
夏海は路地から出て、声をかけた。こちらを見たファイズの声は乾巧のものではなかった。という事は。
「尾上タクミ君……?」
ファイズは変身を解かないまま、小さく頷いた。
「お願いします……二人とも、士君を、助けてあげてください……」
「だから、説明しろと言っているんだ。この化物どもは何だ、一体何処から湧いてきている」
「ディケイドのせいです……。ディケイドがいるから、世界が融合している。そして、滅びようとしているんです」
「……何?」
「えっ」
G3‐Xもファイズも、驚いて夏海を見た。夏海は泣きたくなった。ディケイドこそが原因だと知らせなければいけない、今の状況が辛かった。
「でもそれは、お二人の知ってるディケイドだけのせいじゃありません。もう一人、黄色いディケイドが現れたんです。そのせいで、急激に融合が進み始めて、こうして急に滅びの現象が起きているんです。仕組んだのが全部、大ショッカーっていう悪の組織なんです」
「悪の、組織……ねえ。確かにあの黒いのは、それっぽいといえばそれっぽいが」
「……何だかちょっと、急には信じられない、かな」
二人の感想を聞いて、夏海はしょんぼりと肩を落とした。
この二人の言う事も尤もだった。急に信じろと言われて、こんな荒唐無稽な話を信じられる筈がない。
夏海だって、何も見ないうちから一遍に全部言われたのであれば、訳が分からないと一笑に付しただろう。
「それで、門矢士は何処にいる」
G3‐Xの言葉に、夏海は顔を上げた。彼の表情は勿論伺うべくもない。
「まずは話を聞いてからだ。奴に会わせろ」
「……士君、今ちょっと遠いところで怪我してて……動けないんです」
「成程、それで助けてか。よし、そこに案内しろ」
「えっ?」
夏海がG3‐Xを見つめると、G3‐Xは、くいと親指を後ろへ向けた。そこには、ガードチェイサーが停めてあった。
「別にあんたの話を少しも信じない訳じゃないが、こっちも鬼のような上官の命令を放り出す事になる。門矢士の口から聞きたい」
G3‐Xの言葉に、ファイズも頷いていた。
夏海は何だか泣きたくなってしまった。湧き上がった気持ちが抑えられなくて、涙が零れた。
二人が協力してくれるつもりなのが嬉しかったのもあるし、うまく説明できなくて、少しも士の力になれない自分が情けなかったせいもある。
「おい、何で泣く⁉ まるで俺が泣かせてるみたいだから勘弁してくれ! おいあんた、何とかしろ」
「え、えっ? ぼ、僕ですか? 僕に言われても……」
言われておろおろしながらファイズは、夏海の顔を覗き込んだ。
「あの……よく、分からないんですけど、門矢士が大変なんだったら、僕も何かしたいです。あの人には助けてもらったし、大切なこと、教えてもらったから」
「大切な……こと?」
「僕、正体を知られるのが怖くて、嫌われるのが怖くて、逃げてました。でも、あの人は人間でもオルフェノクでも関係ないって言った。僕、思ったんです。人間の僕だって、別に嘘じゃない。本当の僕なんだって。由里ちゃんの夢を守りたいんだって心から願った気持ちが、本当の僕だったんだって」
その場には夏海はいなかった。でも、その光景は目に浮かぶようだった。
きっと士はカッコつけて、でもまっすぐな目で、言ったのだろう。
通りすがりの仮面ライダーだ、と。
そう思うと、止まりかけた涙がまた溢れた。
士が何だって関係ない、それは夏海だって思っていた、思っていた筈なのに、どうしてその気持が揺れてしまうのだろう。
母親の事、世界の事。分からない事ばかりで、動揺する。それでも、それと士を信じている事とは、きっと別の事だ。
「おい、ますます泣かせてどうするんだ!」
「えっ、だって、あの……ねえ、泣かなくても大丈夫ですから、早く行きましょう?」
ファイズがおろおろして宥めるが、夏海は暫く泣き止まなかった。
そうだ、本当のこと、本当の自分なんて、分からない。それでも、本当のことは、自分の中にしかない。
夏海の中で今本当だと思えるのは、士を助けたいと思う気持ちだ。
きっとそれに嘘をついちゃ、いけないんです。
そう思って夏海は、きゅっと唇を噛んで、借りたヘルメットを被り、ガードチェイサーの後部座席に跨った。