逆手に持ったクナイガンを振り上げると、戦闘員の喉元の辺りから血が噴き出した。
戦闘員達はカブトを遠巻きにし、襲い掛かっては致命傷を食らう前にさっと引く戦法を取り出していた。
まともにぶつかっては勝てない為、疲れさせようという肚だろう。それはそれで、正しい作戦といえた。
無論カブトにはクロックアップがある。ハイパーカブトにフォームチェンジし、広範囲を一気に殲滅する事も出来る。本来であれば、こんなちんたらとしたやり合いに付き合ってやる事もなかった。
だがカブトには、出来るならばクロックアップを使いたくない理由があった。使って使えない事はないが、出来れば避けたい。
それは、紅渡に連れられて自分が居たのと別の次元に来た当初から感じていた違和感だったが、こと黄色いディケイドが現れて世界が急速に融合崩壊し始めてから、はっきりとしてきた。
クウガと出会った際に、彼を助ける為にクロックアップを使用して、くっきりとその思いが浮かび上がった。
今のここでクロックアップを使用するのは危険だ。ましてやハイパークロックアップは。
時間流が歪んでいた。
クロックアップは、ライダーシステムが内部に流れているタキオン粒子を操作して時間流を制御するものだ。それを上手く制御できない。歪みに巻き込まれそうになり、冷や汗を垂らしながらクロックアップを解除し、それ以来使っていない。
恐らくの話になるが、九つもの世界が融合しかけている影響で、時間流もそれぞれの世界のものが混ざり合い、そして完全に融合しきっていない為に混乱しているのだろう。
響鬼も電王も、近くには見当たらなくなっていた。彼らも自分も多少なりとも戦闘員の数に流され、離されてしまったのだろう。
ふと見ると、今カブトが立っている斜め後ろの一角から、戦闘員達の囲みが崩れ始めていた。
しかし不思議な事に、戦闘員と戦っている者の姿が、一向に見えない。
ファイズアクセルフォームならば、姿を見せずにそうして敵を殲滅する事も可能だろう。だがアクセルフォームがその高速移動能力を維持できる十秒は、とうの昔に過ぎ去っている。
それであれば、ワームと大ショッカーとの仲間割れという可能性も、低いとはいえゼロではない。
そしてもし仲間割れをしているのだとしても、天道はワームを、一匹たりとも生かしておくつもりはない。
「クロックアップ」
『Clock Up』
ベルトの脇部に備え付けられたスイッチを押し、カブトはクロックアップの機能を起動した。
途端に周囲の時の流れは、まるで自分以外が全て凍りついたかのようにゆったりとする。
そして、カブトは見た。眼前にいる男を。仮面ライダーカブトを。
何だ、ワームの擬態か? そう思うと、目の前のカブトは声を発した。
「また俺の擬態か。いい加減しつこいな」
天道が怪しんだのと同じ事を、目の前のカブトが口にした。
その声は天道のものではなかった。という事は、カブトに変身している者は、天道とは別人、擬態でもない。
「俺が擬態、ワームだと、馬鹿馬鹿しい」
「ほう。どうやら違うようだな。しかし何故、カブトがもう一人いるんだ?」
吐き捨てるように天道が口にすると、カブトは感心したような不思議そうな、やや明るい声を出した。
「お前、リ・イマジネーションか」
「……何だそれは?」
「事情を話してやるからクロックアップを解け。この世界の時空間は歪みがひどすぎて、制御が難しい。狭間や虚数空間に落ち込んで抜け出せなくなってしまうかもしれん」
もう一人のカブトは、天道の言葉にやや俯き考え込んだ後、首を何度か横に振った。
「悪いが無理だ」
「どんな事情があるかは知らんが早くしろ」
「壊れてて止まらないんだよ」
「…………何?」
もう一人のカブトの言葉に、天道は首を傾げた。クロックアップには制限時間がある。長時間連続で使用し続ければ、使用者の体に多大な負担がかかるからだ。
そのクロックアップの制御機構が壊れて止まらなくなってしまったというのであれば、使っている者の体もただでは済まない筈だった。だのに目の前のカブトはピンピンとしている。
「もうずっと止まらない。俺はもう、この時間の流れから抜け出せないだろう。せめて、あんた達が戦ってる手助けを陰ながらする位しかできないな」
言ってカブトは肩を竦めた。
何でもリ・イマジネーションの影響、という事で片付けてしまうのは面白くなかったが、現に彼は今こうして目の前で元気だ。そして今はその原因を究明している時間もない。それよりも、この状況を何とかする方が先だった。
「……悪いが、そう簡単に楽をさせてやるわけにもいかん。人手が足りないんだ。さっきも言ったが、ここの時空間はひどく歪んでいる。それを利用してうまくすれば、あんたを出してやれるかもしれないが、失敗すれば俺達は何処か分からない流れの中に飛ばされて、二度と出られなくなるだろう。どうする?」
「俺はどっちにしろこのままじゃ出られないんだ、もし出られるかもしれないなら賭けてみたいとは思う。だが、それにあんたまで付き合う事はないんじゃないか?」
そのカブトの言葉を聞いて、天道はふっと笑いを漏らした。
そして、左手を高く、天に掲げる。
「俺は、天の道を往き総てを司る男。俺が進む先に道は出来ていく。それを遮る事は、何人たりとも出来ん……!」
その左手に、彼は己の未来を掴み取る。ハイパーゼクターが時空を超え現われ、天道はそれを、ベルト左脇に装着する。
「ハイパーキャストオフ」
『Hyper Cast Off――Change Hyper Beetle』
天道がハイパーゼクターのホーンを一度押し込むと、彼のヒヒイロカネのアーマーに光の帯が走り、それが上に下に流れて、流れた後に再構成された装甲が現れた。
それを見たカブトは、思いもしなかった展開にただ驚いているようだった。彼の知らないカブトの姿――カブトハイパーフォームが、その眼前に姿を現していた。
「さて、行くぞ、しっかり掴まっていろ」
言ってハイパーカブトは、右腕をカブトの腰に廻し抱え、左手でハイパーゼクターを一度タップした。
『Hyper Clock Up』
背部アーマーが展開し、光を受け虹色を帯びた羽根が展開する。天を翔け、時をも越える為に。
クロックアップやハイパークロックアップは、通常の時間流で行うのならば問題なく制御可能だ。だが、今のように歪んだ時間流の中で行えば、制御に失敗すると歪みに己を捻じ切られたり、虚数空間へと転移して戻ってこられなくなるような可能性も考えられる。
だが、歪んでいるという事は、割れ目、裂け目のようなものも生まれているかもしれない。
ハイパークロックアップが時間流の歪みを拡大させれば、このカブトをクロックアップの時間流から引きずり出す事が出来るかもしれない、と天道は考えた。
問題は、それによって起こる衝撃が計算できないという事だ。カブトはおろかハイパーカブトも耐え切れない事も十二分に有り得る。
かもしれないとか有り得るなどといった不確定要素だけで動くのは天道の主義には反していたが、背に腹は換えられない。
ハイパーカブトがカブトを抱えて飛ぶ。天道は必死に探し続けていた。裂け目、割れ目を。
じきにそれは見つかった。止まっているようにしか見えない時の流れの中、一部分だけが、ハイパーカブトと変わらずに動いている。戦闘員達の脚が、せわしなく動き回っている。
机の引き出しほどの隙間だった。それを目がけ、ハイパーカブトは飛んだ。
衝撃があり、光が炸裂した。ライダーシステム内のタキオン粒子の流れを、周囲の空間の維持と防御に回せるだけ最大限に回す。押しつぶされそうな圧力がハイパーカブトの装甲を襲っていた。
やがてふっと負荷が消え、カブトとハイパーカブトはもつれ合って、戦闘員達の頭上に落下した。
勿論二人とも、中空で体勢を整え、戦闘員達を踏み散らかしてから綺麗に着地をする。
「驚いたな、本当に戻ってこられるとはな!」
叫んだカブトの装甲はそこかしこがへこみ、ベルトからも少々火花らしきものが飛んでいた。
どうやら異常な圧力と衝撃で、クロックアップシステム自体が完全に壊れてしまったのかもしれなかった。
「……そのままだと、ライダーシステム自体が壊れそうだな。一時撤退するぞ」
「了解した!」
意気揚々とカブトは答え、二人は一直線に、一つの方向へと向かって囲みを破り始めた。
***
ワタルはひどく困惑していた。
見も知らぬ怪物達が溢れ出し暴れだしてから、部下達の様相は一変した。
皆、見慣れないオーロラが辺りを覆って後、心を忘れたように、まるで獣のように暴れだしてしまったのだ。
ファンガイアは獣ではない、十三魔族の頂点に立つ誇り高き種族だ。人間と同等か、それ以上の知能と理性と、人にはない高い魔力を持っている。
だが今はワタル以外の誰もが、それを忘れたように辺り構わず殴りつけ壊し、引き裂いていた。
怯え逃げ惑う人間達が幾人もファンガイアの爪にかかり、見も知らぬ魔物とファンガイアが戦っている。
一体何が起こったのか、どうすればいいのか。
ワタルは訳も分からず、キバの鎧を纏い、見知らぬ魔物達と戦い、部下達からの攻撃を避け続けていた。
ある時魔物達はふっと消え、凶暴さをむき出しにした部下達だけが残った。
ついさっきまでワタルを支えてくれていた部下達だった、攻撃は出来ない。ワタルは逃げ出した。
裏路地を選び走り続け、どれくらいが経ったろうか。辺りはもうすっかり暗かった。
「ワタル、おい……大丈夫か?」
「うん、大丈夫だ、キバット……僕は王なんだ、これ位大丈夫……」
辺りに気配はない。やっと脚を止め、キバは壁にもたれて息を吐いた。
天を仰いだキバの顎を止まり木から見上げて、キバットも一つ溜息を吐いた。
「一体何だってんだろうな、こりゃ……。訳が分からんぜ」
「何とか、何とかしないと……みんなを、元に戻さなきゃ」
キバは言って、小さく壁を打った。コンクリートの壁は軋みもせず、鈍い音を立てただけだった。
「何とかするったってなあ……」
溜息混じりにキバットが弱音を吐くが、答えたキバの声はしっかりとしていた。
「……あのオーロラだ。キバーラは、あれを使っていなかったか?」
「あ……そうか! でもキバーラを探すっていってもな……」
「弱音を吐くな、キバット。僕達が頑張らないと、どうしようもないんだぞ」
父を倒し、門矢士と小野寺ユウスケが去って以来、ワタルはすっかり王としてふさわしい心の強さを見せるようになっていた。いじけたような弱音を吐く事もあるが、それもキバットの前でだけだ。
うまくいっていた筈だった。だがその調和は、突然、何の前触れもなく崩れ去ってしまった。
呆気ないもんだ、とキバットはまた溜息を吐いた。
キャッスルドラン付近はキバットの散歩コースだ。大体の道を把握しているが、先ほど角を曲がると、全く知らない風景が広がっていた。何が起こっているのかは不明だが、得体の知れない何かが起こっているのは明らかだった。
その時、ふと、何かが聞こえた。
何か金属で、硬いものを殴りつける音だ。それが次々に耳を打ち、近づいてくる。
まさか皆、今度は、仲間割れでも始めてしまったのだろうか?
そう思い、いてもたってもいられず、キバは角からそっと、路地の表を覗いた。
そこに居たのはキバの部下フロッグファンガイアと、知らない戦士だった。
戦士は赤い服、銀の鎧に、騎士のような鉄仮面を身につけていた。片手に青龍刀のような刀を持ち、それを用いてフロッグファンガイアの振るう剣と斬りあっている。
フロッグファンガイアはワタルのバイオリンの師だった。決して態度が優しかったわけではない、稽古は厳しかったが、彼は音楽を愛し、バイオリンを愛していた。
ワタルは最初、嫌々バイオリンを弾いていたのだ。誰にも近寄ってほしくなかったし、最初のうちは音もまともには出せず、何が楽しいのかなど分からなかった。だが彼は熱心だった。根気強く、彼は厳しい指導を続けた。
そんな彼が何故どうして、あんな暴れ方をしなければならないのだろう?
「あっ、おいワタル、どうする気だ!」
何も考えず、キバは駆け出していた。斬りあう二人の只中に割って入り、赤い騎士の腕を掴んでいた。
「やめろ、やめろ、やめろっ!」
「わっ、な、何だお前!」
そうして二人が揉み合う間にも、フロッグファンガイアは手を止めなかった。彼の剣はキバの背中の甲冑を叩き斬り付け、乾いた金属音が何度も何度も起こった。
「おいお前、どいてくれ、邪魔するな!」
「うるさいうるさい、やめろったらやめろ!」
「おいこらワタル、もう駄目だ、お前がやられちまう!」
キバットの言葉にもキバは耳を貸さなかったが、背中を蹴りつけられ、赤い騎士ともんどり打って地面を転がった。
「……王の、命令だ…………。やめろ、やめるんだ!」
立ち上がりキバは叫んだ。よく通る凛とした声には、涙が混じっているように思われた。
フロッグファンガイアはその声を聞くと、構えは崩さないものの、動きを止めた。そのまま両者は暫く睨み合う。
「グゥオオォウ……ガアアァァァッ!」
突然、フロッグファンガイアは獣のような雄叫びを上げると、踵を返し駆け出していった。
「待って……!」
「やめろワタル!」
後を追おうとしたキバが、腰のキバットに窘められ動きを止める。
中途半端に上げた右腕をキバは、ゆっくりと下ろした。腕は力なくだらんと垂れ下がった。
「なあ……今の、あなたの、知り合いか?」
後ろの赤い騎士が声をかけた。キバはきっと振り向いて赤い騎士を見たが、言葉は発さなかった。
「だとしたら悪かったよ。でも僕も、突然襲われたんだ」
「……分かってる」
「見たところあなたも仮面ライダーっぽいけど……一体何が起こってるんだ? 何か知ってる事はないか?」
赤い騎士の問いに、キバはふるふると首を横に振った。
「……まあ、そうだよな」
「心当たりは……ある。キバーラと……ディケイドだ」
「……ディケイド、門矢士か?」
赤い騎士は驚いたのか、声が上ずっていた。この知らない騎士が門矢士を知っている事に、キバとキバットも驚いていた。
「予言された。ディケイドはいずれ世界を滅ぼす悪魔だと。僕はディケイドに助けてもらった、そんな事信じちゃいなかった。だけど、他に思い当たる事はない」
「僕も……助けてもらった、一緒に戦った。そんなの、信じられない……」
如何にも信じられないといった風情で、赤い騎士は肩を落とし、首を小刻みに横に振った。
「おいワタル、まずは、ディケイドを探さないか?」
キバの腰のキバットが声を上げた。キバも赤い騎士も、不思議そうにキバットを見た。
「本当にディケイドが原因ならどっかにいるし、関係ないなら探しても見つからないだろ」
「でもキバット、門矢士はユウスケ達と一緒に別の世界に行ってしまった」
「だーかーら、あいつが何か原因なんだったら、戻ってきてるだろきっと。あいつが全宇宙の支配者! 離れた星も自在に操る! なーんて凄い力を持ってるなら別だが、見たところそこまで全能でもないだろ、ありゃ」
「そうか……よし」
キバットの言葉に、キバはしっかりと頷いて歩き出した。当ては全く無いが、とにかく探すしかない。
「待ってくれ、僕も、一緒に行っていいか?」
赤い騎士からそう声をかけられ、キバは振り向いた。
「正直な話をすると、僕、あんまり戦い慣れていないんだ。ライダー裁判で二三回戦っただけだし……」
「……裁判?」
「そう裁判……って、知らないんだ。この話はちょっと長くなる。今ここまで逃げてくるのも、結構やばかったんだ。それに、士にも会いたい。僕も一緒に探させてくれ」
特に断る理由もなかったので、キバが頷いてみせると、赤い騎士は安心したように肩を窄めて息を吐いた。
「ああ、良かった。あ、名前まだ言ってなかったな。僕は、辰巳シンジ。仮面ライダー龍騎だ」
「シンジか。僕はワタル、こいつはキバットだ」
「おう、宜しくな、シンジ!」
威勢のいいキバットの挨拶に、シンジはぺこりと一つお辞儀をした。
「前に士達が来たときに、それまで喫茶店だった場所が写真館になった事がある。士達が消えたら、そこも喫茶店に戻ってた。まずはそこを目指してみないか」
シンジの言葉にワタルは頷いた。そういう手がかりがあるのであれば手っ取り早い。
二人は人気の無い道を歩き出した。あちこちで何かが燃え、何かが崩れ転がっている。彼らの歩いた後を、乾いた風が渡っていった。