Over the aurora《完結》   作:田島

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(11)危機

 嵐のうねりの様で、もっとかすれている。その音は大きく耳を震わせたかと思うと小さく弱まっていき、また、クレッシェンドの指示が書き込まれている楽譜を演奏しているかのように大きくうねる。何のものなのか分からない、轟音が天を震わせている。

 BOARDの正門にいた警備兵達は、突如湧きだした異形に銃弾を放っていたが、その銃弾は悉く跳ね返されていた。

 走りながらドライバーを腰に当て、カードを取り出し装填する。

「変身!」

 叫んでドライバーをクローズし、マゼンタのディケイド(破壊者)へと姿を変えた士は、ライドブッカーをソードモードに切り替えて、警備兵の一人に爪を振り下ろそうとしていた異形――ワームの蛹の背中を袈裟掛けに斬り付けた。

 後からクウガ、ブレイドも駆けてきて、それぞれに蛹と組み合い始める。

「士! どうするつもりだ!」

 蛹を蹴り付けながらクウガが叫んだ。

「元を叩かないときりがない! 奴を探す!」

「探すって、どうやって⁉」

 クウガの声は、半分泣きだしそうにも聞こえた。

 ライドブッカーの刃が蛹の胴に深々と刺さり、それを引き抜いて後ろ飛びに距離を空けて、ディケイドはクウガを見た。

「知るかそんな事、何とかなるだろ!」

「おいこら、適当ってレベルじゃないだろそれ!」

 蛹の、人間で言えば延髄の辺りに右の足の甲を叩き込んで半回転の後に構えをとって、クウガはディケイドを指差した。

「いちいち細かい奴だ、今迄だって何とかなったろう、黙って俺に任せておけ!」

 反論してディケイドは、後ろから鋭い爪を振りかぶっていた蛹の腹を横薙ぎにした。

 あいつは必ず自分の前に現れるだろう。根拠はないが、確信が士にはあった。

 だがそれがいつ、何処でなのかは分からない。

 そして、前に進もうにも、蛹が後から後から、何処からともなく姿を現す。

 既に彼等は、このBOARD前に釘付けにされ、身動きがとれなくなっていた。

「ちょこまかちょこまかと面倒くさい……!」

 独りごちてディケイドは、携帯ゲーム機のような端末――ケータッチを取り出し、蛹の攻撃を躱しながらタッチパネルをタップした。

『Kuuga,Agito,Ryuki,Faiz,Blade,Hibiki,Kabuto,Den‐O,Kiva――Final Kamen Ride』

 肩から胸にかけ、ヒストリーオーナメントが刻み込まれ、その装甲は黒とシルバーに、鮮やかな若草色の複眼は、マゼンタへと変化した。

 仮面ライダーディケイドコンプリートフォームが、切り刻まれながら融合し崩壊しようとする世界に、降り立った。

「一気に片付ける。ユウスケ、カズマ、どいてろ!」

「そんな簡単にどいてられる状況かこれが!」

 蛹三体に囲まれてクウガが叫ぶが、ディケイドは彼の言葉など耳に入っていないように、ケータッチをベルトから外し、画面をタップする。

『Kabuto――Kamen Ride Kabuto‐Hyper』

 コールの後、ディケイドの脇に、パーフェクトゼクターをガンモードに構えたハイパーカブトが出現する。

 射程範囲内から逃れようと、クウガが死に物狂いで周囲の蛹を殴り蹴り、囲みを割って走り出す。その必死な様を見て、ブレイドもようやく事態の深刻さに気付いたのか、蛹の群れを割って駆け出した。

『Final Attack Ride Ka‐Ka‐Ka‐Kabuto』

「いいっ‼ マジかよ士!」

 カードをドライバーにセットしてディケイドは、ソードモードのライドブッカーを機銃のように左脇に抱えた。その動きを、横で物言わぬハイパーカブトが、ほぼ同時にトレースしたように正確になぞる。

 次の瞬間、高まりきったエネルギーは解き放たれ、目を開けている事はおろか立っている事もかなわないほどの猛烈な暴風の奔流を巻き起こした。

 ディケイドの前に立つワームの蛹達は悉くその風の流れに呑まれ、巻き上げられて、その中に流れる、攻撃エネルギーと化したタキオン粒子の散弾を全方位から否応なしに浴びせられ、次々爆散していった。

 嵐が止むと、蛹の姿はない。多少巻き込まれ吹き飛ばされたと思しきクウガとブレイドが小走りに駆け寄ってきた。

「つっかっさー…………お前は! 俺達を殺す気か!」

「あれくらい避けろ。大体、お前等は現に死んでない。問題なかったって事だ」

「一つ間違えば死ぬところだったわ!」

 クウガの抗議にもディケイドは全く耳を貸さない。ブレイドが、ふと道の先を見る。

「……二人とも、じゃれ合ってる場合じゃないって事忘れてないか」

 途端、また激しく地面が振動する。

「おいおい……こりゃ、やばいな」

「お前でも、そう思う事って……あるんだ……」

 そこに突如現れていたのは、山ほどもある土塊が板の形になったようなものだった。頭部には、蛞蝓(なめくじ)のような頭が付いている。

 それには足らしきものがあり、三人に気付いたのか、脚を這わせ地面を震わせて歩み寄り、迫ってくる。

「ヌリカベ……か」

「今度は魔化魍かよ……どうすんだよ」

 あくまで平然としたディケイドと、うんざりした様子のクウガの横で、ブレイドは見た事もない巨大な化け物の出現に慌てふためいた。

「マカモウって……マカモウって、一体何なんだよ!」

 

***

 

 時刻は少し戻り、夜明けにはまだ少し間がある頃。ディエンドは、郊外にある廃工場の敷地内を進んでいた。

 彼の後ろには、響鬼が居た。

「しかし、悪いね少年君。急なお願いだったのに」

「師匠の頼みです、聞かないわけにはいきません。この先にあるんですね」

「そうだ」

 工場の中に侵入し、暫く進むと、暗がりの中に人影が見えた。

 そこには数名の大ショッカー戦闘員と、指揮官なのだろう、キャマラスワームの姿が見える。彼等は、何かの装置を取り囲んでいた。

「あれが……あれのせいで」

「そう、あれさえ壊せば、奴らはこちらにやって来る事はできない筈さ。行くよ少年君」

 大ショッカーが守っているものは、次元移動の為の場であるオーロラを発生させる装置だった。

 一人二人を運ぶのであればあんな大掛かりなものは必要ない、それこそ随分昔にディケイドライバーやディエンドライバーにも搭載出来るほど小型化されていた。だが、今大ショッカーが行っている大規模な侵略では、より多くの人員を一度に移動させる必要がある。

 その「場」を発生させるのが目の前の、高さ三メートルほどはある装置だった。

 大ショッカーは数日前からこの世界に侵入し、何箇所かにこの装置を設置しているらしかった。ディエンドが侵入してブレイドとキバが襲撃した廃施設も、設置予定の場所だったようだ。町中に溢れ返る大ショッカー戦闘員は、この装置が作り出すオーロラを通ってこちら側へとやって来ていた。

 他の場所には、響鬼の仲間達が向かってくれていた。

 アスム以外の者達は海東大樹を信用していなかったが、アスムが一人でも協力すると言い出した為、放っておけなくなったようだった。

 海東大樹の目的はただ一つ。大ショッカーの邪魔をする事だ。

「僕は装置をやる、援護を頼む」

「はい、分かりました!」

 ディエンドと響鬼は柱の影から駆け出した。戦闘員達が気付き駆け寄るが、響鬼は素早く飛び出し、二本の音撃棒でたちまち彼等を叩き伏せた。

 その間隙を縫い、ディエンドがカードをディエンドライバーにセットする。

『Kamen Ride Drake, Kamen Ride Sasword』

 瞬時に二人のゼクトライダーがデータから組み上げられ、具現化する。サソードがその刀を構えキャマラスワームに立ち向かう背後から、ドレイクが援護する。

「さて、と、仕上げだ」

『Final Attack Ride Di‐Di‐Di‐Diend』

 ディエンドライバーに切り札のカードをセットし引鉄を引くと、ディエンドライバーから、エネルギーの奔流が射出される。それは二人の傀儡に手間取っていたキャマラスワームを飲み込み、オーロラ発生装置へと炸裂した。

 ディメンションシュートを受けた箇所がまず爆発を起こし、その爆発が他の箇所の爆発を誘発して、最後に装置全体が炎に包まれた。

 爆風にディエンドと、やや後方の響鬼は背中を向け、飛び散る破片を凌ぐ。

「やりましたね、師匠!」

 爆風が止んで、二人は顔をあげる。弾んだ声色で響鬼が声を上げた。

 巨大な装置は黒く焦げ、もう原型を留めていない。

「そうだね。これで一個。まだある筈だから、そっちもどんどん片付けていこう」

「はい!」

 ディエンドが歩き出し、響鬼がそれに続く。

 その後彼等は、大ショッカーの軍団が出てくる場所を探し、同じように装置を破壊した。

 そして三つ目の装置の破壊に成功した頃、夜が明けかけていた。

「少年君の仲間の皆さんも頑張ってくれたみたいだし、これで大体の装置は破壊し終えたみたいだね」

 ディエンドが珍しく、ほっとしたような緩やかな声を出す。

 ここに来るまでの道のりでも、大ショッカー戦闘員の数は、夜中よりも明らかに減っていた。

「もうこれくらいでいいだろう。少年君、付き合ってくれてありがとう」

「いえ、何て事ないです。師匠、これからどうするんですか?」

「僕かい? そうだな……」

 響鬼に問われ、ディエンドが考え込む。そこに、足音が響いた。最初は微かに、段々と大きくなり、近づいてくる。

「これから……? 考える必要なんてないぜ。お前等はこの世界共々、破壊されるんだからな」

 そこには、奴がいた。もう一人の、門矢士。

「やってくれたな、海東大樹。ただの鼠と思って放置しておいたが、ここまでされたらいくら寛大な俺でも許しておけないな」

 響鬼は黄色いカラーリングのディケイドを見て、戸惑っているようだった。

「ディケイド……?」

「……少年君、君は逃げたまえ」

「えっ」

 ディエンドが呟いて、驚いて響鬼はディエンドを見た。

「どうしてですか」

「あいつは、全てのライダーを破壊する者……ある意味本物のディケイドだからさ」

「師匠は戦うんですか」

「そうだ」

「なら僕も」

「駄目だ!」

 ディエンドが鋭く、大きな声を上げた。響鬼はびっくりした様子で、何も言わずに彼を見つめた。

「……僕と君二人じゃ、あいつには勝てないだろう。僕一人ならどうとでも逃げられる。君は足手纏いなんだ」

「でも……」

「少年君、逃げるんだ。これは師匠としての命令だ」

 命令、と叩きつけるように告げられて、響鬼は一歩後退った。

「行け! 早く! 士達と合流して、戦え!」

「……はい、師匠……」

 響鬼はまだ決心がつかない様子で、何度かディエンドを振り返ったが、やがて振り切ったように後ろを向いて、走り去っていった。

「どうした、盾がいないとお前が狙われるぜ」

「悪いが、僕は子供を盾にするほど腐っちゃいない」

「ふん、良く言う。たかが鼠一匹の気まぐれ、どうでもいいがな」

 ディエンドはカードを一枚取り出し、構えた。所作に動揺や怒りは見えない。

「僕はそういう、この僕をたかが鼠一匹と侮る態度が気に喰わないんだよ。このディエンドライバーはディケイドを倒す為に作られたものだ。君と戦えないとでも思っているのかい」

「俺がお前に……? 有り得ないな、負ける訳がない」

「……ほざくな!」

 ディエンドは駆け出して、カードをディエンドライバーにセットする。ディケイドもカードを取り出し、それをドライバーへとセットした。

『Attack Ride Invisible』

『Attack Ride ConfineVent』

 ディエンドの姿が一瞬虹色に滲み、周囲に溶けてしまうが、すぐにその姿は元に戻り、視認出来るようになった。

「……なん……だって…………?」

 立ち止まってディエンドは一瞬混乱しかけた思考を、必死に立て直す。ディケイドが今使ったカード。確かそれは、ディエンドライバーに記録された情報によれば、龍騎の世界で仮面ライダーガイが使用していたアドベントカード。発動されたカードの力を無効化する、カード。

 それはつまり、このディケイドライバーには、マゼンタの物とは違い九人の仮面ライダー以外のライダーの技や力も、カードとして利用できる状態で収納されている、という事を意味するのではないか?

「俺を挑発して技を出させて、その隙に逃げるつもりだったんだろう。バレバレなんだよ」

「……」

 ディエンドに答える言葉はない。ディエンドライバーを構えて一歩二歩、足を摺り、間合いを空ける。

「お前がそんなに往生際が悪いとは思わなかったぞ」

「僕はね、僕が負ける事が一番我慢ならないなのさ」

 ディエンドは、カードを取り出す。

 それを見たディケイドが、ライドブッカーをソードモードに切り替え、右手に提げてディエンドへと、一歩一歩ゆっくりとした足取りで歩いていった。

 

***

 

 今日は晴れている筈なのに、薄暗い。

 レイドラグーンの群れが空を覆っている。青い体と蜉蝣(かげろう)のような四枚の羽を持ったそのモンスターは、そこらじゅうの鏡やガラスから、ひっきりなしに沸いて出てきていた。

 車が何台も、路上で横転し燃えている。

 倒れている人が、何人も、何人もいる。数えていたらきりがない。その人達は、もうぴくりとも動かない。流れ出した血が血溜りを作っている。構わずに足を踏み入れれば、びしゃりと嫌な音を立てて、彼の右足が誰とも分からない人の血で、血まみれとなった。

 辰巳シンジは今、混乱の極致にあった。

 彼の横では、ワタルと名乗った仮面ライダーらしき男(声からすると少年にも思われたが、身長は彼と同じほどある)が同じように息せき切って走っている。

 レイドラグーンの群れが二人を目ざとく発見し、幾枚もの羽が同時に唸りを上げて、低く地を這うように滑り飛んでくる。

 彼らの顔面を目掛けて、シンジは刀を振るった。横でキバも、素早く何発ものパンチをレイドラグーンに叩き込んでいる。

 彼が知っているミラーワールドは管理された世界だった。

 モンスターが裁判を行っているライダーを襲う事はない。ミラーモンスターはライダーが行使する力の源だったが、人を襲う事のないようプログラムされ、野生種など存在しない。

 ならば、目の前のこれは何なのか。

 一体のレイドラグーンの顔面にドラグセイバーを叩き込むと、ぐちゃりと、骨と肉が潰れたような音がした。硬いのにどこか弾力がある、嫌な感触が手を覆う。シンジは怯みかけるが、顔を潰されたレイドラグーンが地に滑り落ちた上方から、新手が迫る。迷っている暇などなかった。

 そもそも彼は、普通のカメラマンに過ぎない。ディケイドと協力して鎌田――仮面ライダーアビスと戦いそれを倒し、その過程で、本来であれば裁判所に返却しなければならない筈の龍騎のカードデッキが手元に残った。

 門矢士達が去ってからは、特にデッキを使うような事もなく日々が過ぎていた。デッキの事など、半分以上忘れかけていた。

 突然湧き出した怪物から身を守る為に、彼は変身した。

 何なんだろう、一体何が起こっているんだろう。これは何だ。

 訳が分からないまま、シンジはドラグセイバーを振り続けた。

 しかし、二人がレイドラグーンを倒すスピードを、レイドラグーンが増殖するスピードは何倍も上回っていた。

 既に四方を囲まれている。このままでは対処できない事は明らかだった。

「くそ……っ!」

 ドラグバイザーを開き、デッキから取り出したカードを図柄も見ないで挿入しようとしたその時。

 轟音が聞こえた。あれは、バイクのエンジン音だ。

 そして、何かを轢き潰し、跳ね飛ばす音。段々とこちらへ迫ってくる。

 後方をちらと見ると、レイドラグーンの群れを割り、疾走している龍の首が見えた。龍は、走りながら首を右に左に向け、大きな火球を吐き出していた。脇にいたレイドラグーン達が、その火球に呑まれ燃えていく。

 その龍は龍騎が使役しているドラグレッダーに酷似していた。だが、ドラグレッダーではない。

 より雄雄しくなり、体色はドラグレッダーの赤に対して、シルバーが基調となっている。

「ワタルさん、あれ!」

「何だ……⁉」

「とにかく、避けないとまずい!」

 シンジとワタルはそれぞれ左右に飛び上がり、レイドラグーン達の頭を踏みつけ、歩道へと逃れた。

 歩道にもレイドラグーンは溢れ返っている。飛び込んだ彼らにレイドラグーンが襲い掛かった時に、龍が彼らの中間点、車道のど真ん中を通り抜けた。

 龍の吐き出した火弾がシンジのすぐ脇にも着弾し、シンジは爆風に吹き上げられた。体が意思に反して宙に舞い上がる中、彼は見た。

 走っているのは、龍なのかバイクなのかよく分からないものだった。龍だが、前輪と後輪が付いている。

 そしてそれに乗っていたのは、龍騎のように見えた。一瞬の事なのでよく分からないが、よく似ているような気がした。

 ――何で、龍騎が……? 誰かが裁判で配られたデッキを使って……?

 だがあんなバイクは見た事がなかった。ミラーワールドと現実世界を結ぶバイク・ライドシューターとも全く違う。

 ATASHIジャーナルは仮面ライダーの特集を精力的に組んでいて、シンジもそれなりにライダーの事には詳しいが、あんな装備など、一度も見た事はない。

 シンジは軽く背中を地面に叩き付けられ、地に伏した。立ち上がらなければいけないが、頭が混乱しているせいなのか、うまく動けない。

 顔だけを上げる。龍が焼き尽くした後には、レイドラグーンはほぼ残っていない。二三匹が、道の向こう側でワタルと戦っていた。

「おい、あんた! 大丈夫か!」

 声がして、シンジは斜め上を見上げた。

「……生きてる。良かったぁ。今ので巻き込んでたら俺もう、どうしていいか分かんねぇよ」

 大声でほっとしたような声を上げた男は、心底ほっとしたように息を吐いた。

 彼は、龍騎によく似ていたが、全く違っていた。鉄仮面はより大きく広く顔面を覆って、触覚のようなものが生えている。プロテクターは鋭角的で龍騎よりもがっちりと体を覆っており、色は燃えるような真紅だった。

「…………何なんだ?」

「へっ?」

「誰だあなた、一体何なんだ!」

 何もかもが分からない。シンジは思わず、ヒステリックな声を上げて、目の前の男を怒鳴りつけていた。

 男はやや戸惑った様子で、右手を胸の辺りまで上げてすぐに下げ、困ったように左手で頭を掻いた。

「ええと……俺は城戸真司。悪いけど、細かい事を説明してる時間がない。こんな事言うともっと混乱させちゃうかもしれないけど、俺は、君とはまた別の龍騎なんだ。とにかく今は、戦わないと世界が滅ぶ。力を貸してくれないか」

 言って、城戸真司と名乗った男は、シンジに向かい右手を差し出した。

 悪い人間ではなさそうだ。それはシンジにも分かった。

 戸惑いながら右手を差し出すと、城戸はそれをがっちりと握り返し、シンジの体を引き起こしてくれた。

「おい城戸、チンタラしてんな。置いてくぞ」

 後ろから声がかかり、シンジは振り向いてそちらを見た。そこにもやはり、仮面ライダーと思しき者が三人いた。

 二人は赤い線が入った黒のスーツに銀のプロテクター、顔面は巨大な複眼でほぼ覆われている。そしてやや後ろに、クワガタとも龍ともつかぬ顔をした、金色の戦士がいた。三人とも、シンジは見た事もない出で立ちをしていた。

「別にチンタラって訳じゃないだろ。龍騎とキバも見つかったんだからさ、彼らにも事情を説明しないと」

「さっさとしろ、さっさと」

「んな……俺だってどうやって説明したらいいのか分かんないんだよ! そんなに言うなら乾がすればいいだろ!」

「やだね。そんな面倒臭い事してられるか」

 乾と呼ばれた大きな複眼のうちの一人と城戸が、口論を始めると、後ろに立っていた金色の男が間に割って入った。

「まあまあまあ、説明してる時間もないのに口喧嘩してる時間なんかもっとないでしょ、落ち着いてくださいよ二人とも」

 龍騎や大きな複眼とは違う、生物の皮膚にも思える生々しさがどこかある鎧を身に着けた金色の戦士の声には、見た目から想像がつかないあっけらかんとした陽気さがあった。口喧嘩をしていた二人は、まるで窘められた子供のように、ふん、とそっぽを向け合った。

「どっちにしても、あっちの彼も来てから一緒に説明した方が早いんじゃないですか? 渡さんが説明してくれるだろうし」

 金色の戦士が見た方を、シンジも見た。突然の事が多すぎて忘れかけていたが、ワタルが戦っていた。そしてその横で、キバに似ているが全く違う戦士が戦っている。

「フエッスルを使って! 今なら、君にも力を貸してくれる筈です!」

 黄金の鎧に赤いマント、長い剣。キバのような顔をしているが全く異なる姿の戦士に言われ、ワタルは腰の脇に収納したフエッスルを引き抜いた。

 アームズモンスターが倒され、色を失っていた筈のフエッスルに、青い色が戻っていた。

「……よし、キバット!」

 腰の止まり木に止まったキバットの口に、フエッスルを差し込む。

「ガルル、セイバー!」

 笛の音が鳴り響き、キバの眼が黄色から青に変化する。体を覆うキバの鎧もやや形を変えて青くなり、右手には片手刀が握られた。

 ウルフェン族の猛者・ガルルの力を得たキバは、獣を思わせる俊敏な動きでレイドラグーンを切り伏せていった。

 キバと、黄金の鎧の戦士。二人の剣と刀が閃き、暫くすると、レイドラグーン達はもう跡形もなかった。

「助けて貰った事、礼を言います。あなたは一体?」

 フエッスルを引き抜いて元のキバの姿に戻り、ワタルは尋ねた。

「僕は紅渡。君とは別の時間、別の世界のキバ。君は鳴滝の予言を聞いていたのでしたね。その予言通りに、世界は今滅びようとしています」

「予言の通りって言うなら、ディケイドの……せいで?」

 渡は軽く頷いて、言葉を続けた。

「だが、当面の敵は、君の知るディケイドではありません。あちらの龍騎も、事情は知らないのでしょう? 君達の力を貸してほしいのです」

 言われてキバは、やや戸惑いつつ頷いた。

 今のままでは何の宛てもない。別のキバという、この紅渡は得体が知れないが、何の情報もなく歩き回るよりも、彼の話を聞いた方が有益であるように思われた。

 二人の下に、シンジと、三人の戦士が歩いてくる。

「今は先を急ぎます、道々話しましょう」

 言われてワタルは頷いた。六人はがらんとした車道を一団になって歩き始めた。

 

***

 

『Final Attack Ride Hi‐Hi‐Hi‐Hibiki』

「せやっ!」

 ディケイドコンプリートフォームとその後ろに控えた装甲響鬼、二人の構えた剣から放たれた衝撃波が、ヌリカベを貫くと、ヌリカベは声もなく色を失い、ただの土塊となって崩れ落ちた。

 しかし、その土埃の向こうから、迫り来る者達があった。

 尾を何本も持つ猫、炎に包まれた車輪、ぺたりぺたりと水掻きを這わせ歩く河童、ざんばらの髪を靡かせ、毛むくじゃらな体を持ち猿のような顔をした者。

 今は夜ではないが、百鬼夜行とはまさにこの事だったろう。魔化魍どもが群れを成し、道を疾駆していた。

 そして東の空上空に現れた銀のオーロラより、巨大な空を飛ぶ魔化魍どもも現れ、飛び立っていた。

「……ちぃっ!」

 ディケイドの使うエネルギーは、クラインの壷より無限に供給される。今使ってしまったとはいえ、装甲響鬼へのカメンライドは不可能ではない。だが、それであの膨大な数の魔化魍を片付けていくのは、きりがなさすぎるように思われた。響鬼へのカメンライドは尚更だった。

「とにかく……戦って、何とかするしか、ないだろ!」

 クウガが走り出そうとしたその時、ビルの上から誰かが、進行方向の路上へと飛び降り、現れた。

 異常に発達した筋肉で盛り上がった背中や腰、脚、全身は紫とも黒ともつかない不思議な色をしている。

 そして両手には、それぞれ音撃棒。響鬼だった。

「やあっ!」

 外見からは思いもよらない幼い声で、響鬼は気合を発し、音撃棒の先端の石に灯した炎を、魔化魍の群れへと叩き付けるように放った。

「アスム!」

 クウガが呼びかけると、響鬼は後ろを振り向いた。

「小野寺さん、大師匠! 助太刀します!」

「待てよ、お前一人じゃあの数は……」

「心配はご無用です」

 ビルの陰、路地から、幾人もの鬼達が駆け出してきた。彼らは魔化魍に向かっていく。

「魔化魍を倒すのが僕達の仕事です。僕達はあなた方に協力します」

「そりゃ有難いな」

「でも、教えてほしい事があります」

 ディケイドが頷いたが、響鬼は暫しの間、次の言葉を発さなかった。やがて拳を握り締めて、意を決したように声を出した。

「あの、黄色いディケイドは何者なんですか」

「お前……あいつに会ったのか」

「はい。師匠が……逃げろと引き受けてくれました。その時、あなたと合流して共に戦うようにと」

「……海東が?」

 響鬼は頷いた。鏡のようなその面から、感情は読み取れないが声は震えわなないていた。

「……あいつは、門矢士だ。俺とは別のな。そしてこの魔物どもの大発生は、あいつと俺とが引き起こしている」

「……!」

「ディケイドは存在するだけで世界を融合させ、融合した世界は重みに耐え切れず崩壊する。詳しくは分からんがそういう事らしい。お前の世界は、俺が巡った他の八つの世界と今融合しかけている。そして世界が崩壊しかけている為に、今のこの混乱だ」

「あなたは……あなたは、世界を、滅ぼしたいのですか?」

 響鬼の問いに、ディケイドは首をはっきりと横に振った。

「どっちかっていうと、守ってやるって思ってるぜ、これでも」

 ぷいと横を向いて、ディケイドは呟いた。響鬼は彼を暫く眺めた後、力強く一度、首を縦に振った。

「分かりました。僕は師匠を信じています。あなたの事も、今は、信じます」

 告げて響鬼は、仲間が戦っている魔化魍の群れの中へと、己も飛び込んでいった。

 空を飛ぶ魔化魍に、砲撃を浴びせるものがあった。流線型のラインを持った赤と白の電車と、SLを思わせる厳ついフォルムの黒と緑の電車が、空に己が走る為の線路を敷きながら、魔化魍に攻撃している。

「あれは、モモタロス達か」

「あいつらも来てたんだ」

 デンライナーは士達に向かって走ると、警笛を鳴らしながら上空を通り過ぎる。そして、通り過ぎた後に、響鬼が立っていた。

 先程まで話していたアスムと違う点は、左手に剣を持っているところだった。

「よ、小野寺君達。無事で良かった」

 クウガに振り返り、快活に言って響鬼は、人差し指と中指、親指を立ててこめかみの横で回し、敬礼のような独特のポーズをとった。

「ヒビキさんですか!」

「そっ。魔化魍なら俺の出番でしょ。ちょっと行ってくるわ」

 朗らかな声でそう言うと、ヒビキは駆け出し、左手の剣を上段に構えた。

「響鬼、装甲!」

 ヒビキの体は紅の炎に包まれ、四方から鬼の使役するディスクアニマル達が、続々とヒビキの元に集まり、彼の鎧となっていく。

「士、どうする? このままここでこうしてても仕方ないし……」

「そうだな……」

 ふむ、と唸って、ディケイドは顎に手を当て考え込むポーズをとる。

 暫しそのままの姿勢で考えた後、顔を上げ、横手に立つビルを見やった。

「どうするもこうするも、お客さんが多くてここから動けないようだな」

「えっ」

 いつの間にか、彼等から見て右手のビルの前には、見覚えのあるクロッシェ帽とトレンチコートの男が立っていた。

「この騒々しい時に何の用だ」

「もう時間がない。ディケイド、お前を滅ぼさなければ、全てが終わってしまう」

「あんたそればっかりだな。もういい加減聞き飽きた。他に言う事はないのか?」

「……ない!」

 決然と鳴滝が言い放つと、彼の横に銀のオーロラが浮かび、引いていって消えた。

 鳴滝の横には、一人の戦士が立っていた。

「…………⁉」

「……あれって……」

 そこには、黒い甲殻に身を包んだライダーが立っていた。

 刺々しい体には、筋肉を縁取るように金のラインが刻み込まれている。

 目の色は、沈んだ黒。

 姿形はまるで違うものの、その顔、手首足首に嵌められたリングは、よく見覚えがあるものだった。

「そうだ。彼こそ”凄まじき戦士”だよ。ディケイド、君を滅ぼす為にやって来た」

 両手を大きく広げ、まるで詠じるように、鳴滝が高らかに叫んだ。


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