Over the aurora《完結》   作:田島

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(14)果てなき償いの地にて

 このままではまずい。

 苛立って天道は忙しなく左右に視線を送った。

 大量に湧いていたミラーモンスター達が増える勢いは未だ衰えないし、後方からも、オルフェノクだのファンガイアだの、続々新手が現れている。

 いくら個々の能力が高くても、戦いの基本は数。物量に勝る力などない。

 ライダーといえど人間。戦い続けていれば疲弊していく。

 特にずっと戦い詰めのガタックとレンゲルの疲れは目に見えて現われていた。

 こちらのガタックも力を抑えて戦う事を知らないのかと天道は思ったが、それを咎める気にはならなかった。

 ただ一人の友を思い起こさせる不器用なひたむきさは、美点だと思われた。

 しかし、このままではいずれどうしようもなくなる。奴はまだ現れないのか。天道の表情は険しくなっていた。

 突然、後方――戦車が展開して、新手と戦っている側――が、騒がしくなった。

 見ればそこには、ファイズエッジを構えたファイズが二人。

「っしゃあ!」

 そして城戸が気合いを入れる声、龍騎サバイブと龍騎が駆け込んでくる。

 その後ろに、キバと黄金のキバ、それにアギト。

 黄金のキバ――紅渡は、天道の方へと駆け寄ってきた。

「すみません、遅くなりました」

「構わん。それより剣崎の姿がないようだが、何処にいる? お前と一緒じゃなかったのか」

「……黄色のディケイドに、封印されました」

「何だと?」

 天道は動揺を隠し切れず、声を大きく上げて渡を見た。

 彼は不死、他の誰が犠牲になっても、恐らく彼は最後まで残るだろう。

 誰もがそう考えるように、天道もそう考えていた。

 加えて、彼は強かった。もし敵が封印の為の手段を持っているとして、おいそれと封印されるような不覚をとるとは考えづらい事だった。

「門矢士達が剣立カズマに、解放の方法がないかを聞きに行った筈です」

「剣立ならもう来ているが、何も聞いていないな。とりあえずその話は後にしよう。お前も行ってくれ、手が足りん」

「分かっています。では」

 マントを軽く翻して長剣を右手に構え、渡もファンガイア共の群れへと向かい駆けていった。

 

***

 

 倒しても倒しても敵がいくらでも向かってくる、きりがない。

 この二、三日はずっとそんな状況だったが、今日は特に酷い。

 カズマも疲れていないではないが、それより、カズマが到着する前から戦い続けていたレンゲル――ムツキの足元が、やや覚束なくなってきている。

 背後からレンゲルをその爪に掛けようとしたゲルニュートを袈裟に斬り付けて、返す刀でその後ろにいたやはりゲルニュートに刃を浴びせる。

 剣崎一真のように、ブレイドが空でも飛べたら、こいつらも一気に片付けられるのに。

 無いものは仕方がないが、だんだんぼんやりとしてきたカズマの頭には、そんな思考が浮かんでいた。

「くそっ!」

 呻いてレンゲルが、カードを一枚ラウズした。

『Blizard』

 レンゲルラウザーから生み出された冷気が、眼前のミラーモンスター達を襲い、何体かを一気に凍り付かせる。

 それを見て、カズマは何か強い違和感を感じていた。

 何かとても重要な事を思い出せていない気がする。

 だが、一体何について思い出せないのかが全く分からないうえ、思い出す為にゆっくり考え込んでいる余裕などない。後ろから殴り付けられ、カズマは前へとよろめいた。

 前から迫ってきた腕の横薙ぎを身を低くして躱し、膝のバネを使って、体を起こしざま、斬り付ける。

 ぼうっとしていてはいけない。分かっていたが、思い出せないのが気になり過ぎて、目の前の事に集中しきれない。

 ムツキとカズマは、いつの間にか敵の群れの奥深くまで踏み込み、完全に孤立していた。二人とも向こう見ず、当然の結果とも言えたが、これはまずいという事は、カズマも恐らくムツキも感じていた。

 戻るにも、敵の数は多く完全に包囲されている。

 ブレイドは、ラウズカードによって剣やキックを強化して戦う、一対一の近接戦闘を基本的に想定している。

 基本的に全て敵同士で群れる事がないアンデッドと戦う為に開発されたのだから当然だったが、今のような多対一の状況には、向いているとは言い難かった。

 さらに状況は悪化していく。ミラーモンスターの群れを割り、一体の新手が現れた。

 そいつは、極彩色のミラーモンスター達とは少し様子が違っていた。

 髑髏のような顔立ち。体色は、暗い臙脂と黒。あちらこちらからパイプのような物が飛び出し、体の別の箇所に接続されている。そしてパイプの他に、体に直接鋲が打ち込まれ、紫色の金属のような質感のバックルが腰に光っていた。

 世界の融合が始まって以降、今まで何体もの怪人を見てきたが、その姿は融合が始まって以来動きを見せていないアンデッドに一番近かった。

 そいつはまず、手近なレンゲルへと攻撃を繰り出す。パンチをレンゲルラウザーで捌き、レンゲルは蹴りを見舞う。当たりはしたが、大して効いていない様子で、そいつは再度、レンゲルの胸を殴りつけた。

「うわっ!」

 レンゲルが吹っ飛ぶ。覆いかぶさるように襲い来るミラーモンスター達に斬りかかり追い払い、カズマはもう一度、アンデッドのようなそいつを見た。

 本部からの連絡は何も入ってこない。アンデッドサーチャーには依然として何もかかっていないのだろう。ならばこいつはアンデッドではないのだろうか。

「カズマ、このままじゃ!」

 やや情けない声で、レンゲルが叫んだ。

 ――……レンゲル。

 一瞬、何かを思い出しかけて、カズマはレンゲルを見た。

 そうだ。レンゲル、ラウズカード、そして剣崎一真。やっと思い出した。

 レンゲルには、会社の規則で許可のない状態での使用が禁止されているカードがあった。それを自分の判断で使えば、ライダーの資格を剥奪されて即解雇。非常に危険なカードだからだ。

 そういう話は聞いていたが、カズマはレンゲルではなくブレイド。そのカードを実際に目にする機会もなかったし、ムツキは当然使った事はない。記憶の中に紛れ込んでしまっていたのだ。

 だが、それを使えば、今のこの状況は恐らくひっくり返せる。

「ムツキ、リモートのカードを貸せ!」

「えっ……あれは使用禁止だし危険だ、何を血迷って……」

「だから俺が使うし、何なら俺に無理矢理奪われたって報告して構わないから! 考えがあるんだよ、いいから貸してくれ!」

 カズマに強く言われ、レンゲルは渋々、カードホルダーからリモートのカードを取り出し、カズマへと放った。

 カードを受け取ったカズマは、ラウザーのカードホルダーを展開してカードを一枚取り出す。そして、受け取ったクラブスートのカテゴリーテン、リモートのカードをラウズした。

『Remote』

 ラウザーから射出された緑色の光に、取り出したカードを放り入れると、カードは光を発して掻き消えた。

「……剣立カズマ、感謝するぞ。俺を、この戦場へと再び呼び戻してくれた事を」

 目の前には、カズマの思惑通り、封印された男――剣崎一真の、ひょろ長い痩躯があった。

「俺に何か命令するといい。何でも聞いてやる。そういうカードだ」

「……俺は命令はしない! あんたの好きなようにやってくれ!」

「そうか、分かった。そうさせて貰う」

 襲いかかるミラーモンスター達を生身のまま、蹴りで捌きつつ、剣崎は答えた。いつの間にかブレイバックルをその手に持ち構えている。

 レンゲルは再度、先程の正体不明の怪人に襲いかかられていた。援護に向かおうとして、カズマは何か思い出したように剣崎を振り返った。

「あっ、やっぱり一つ命令!」

「何だ?」

「もう絶対封印されるな、これだけ守ってくれ!」

 その命令を聞くと、呆れた様子で、剣崎一真は口の端を歪めて笑った。

「分かった、出来るだけ努力しよう」

 言って剣崎は振り返ってカズマに背中を見せ、ブレイバックルを腰に当てた。ベルトが瞬時に生成され、バックルのレバーが引かれる。

「変身!」

『Turn Up』

 生成されたオリハルコンエレメントが剣崎の先に立つ敵を薙ぎ倒し、止まる。剣崎がそれに走り込み潜ると、もう一人の仮面ライダーブレイドが現れる。

 剣崎はすぐに踵を返すと、カズマ達の方へと駆けながら、左腕アタッチメントのカードホルダーからカードを取り出していた。

「うわあっ!」

 レンゲルは依然、正体不明の怪物相手に苦戦していた。蹴り倒されアスファルトに転がったレンゲルを庇うように、カズマではないもう一人のブレイドが立ちはだかった。

「あいつの名前はトライアルD、お前達では倒せない、下がっていろ」

「……あなたが、カズマが言ってた剣崎って奴なのか? 何でリモートで、あなたが出てくる」

「その質問に答えている時間はない」

 背中からレンゲルの不審そうな眼差しを受けるが、構わずに剣崎は、カードをアタッチメントにセットし、もう一枚のカードをラウズさせた。

『Absorb Queen,Evolution King』

 カード名がコールされると、ブレイドの体から光が発せられ、十三枚のカードの力が、その鎧に宿っていく。

「何だ……何なんだ、あなたは?」

 目の前に立っていたのは、ムツキが見た事もないブレイドだった。その鎧は黄金に輝き、装甲はより厚く、右手には大剣が握られていた。

 剣崎はゆっくり振り向いて、ムツキを見た。

「俺は、仮面ライダーブレイドだ」

 答えて、重醒剣キングラウザーを左下段に構え、剣崎は走り出す。

「剣立、どけ!」

 後ろからの声にカズマが反応して、脇へと飛び退ると、キングラウザーの突きは正体不明の怪人の胴を(あやま)たず捕らえていた。

 怪人は後ろに吹っ飛び倒れこみ、腰のバックルが開く。

「……! やっぱりアンデッドか!」

「待て、あいつは封印出来ない」

「えっ」

 コモンブランクを取り出し投げようとしたカズマを、剣崎が手で制した。

 怪人のバックルは再び閉じ、ゆらりと立ち上がる。

「あいつはトライアルD。アンデッドと人間の遺伝子を掛け合わせ生み出された改造実験体だ。トライアルは、アンデッドと同じく不死な上に、封印出来ない」

「そ……それって、どうするんだよ! アンデッドは殺せないから封印するんだろ?」

「消滅させる」

 低い声で剣崎は告げ、キングラウザーを右上段に構えた。右上腕、右肩、左肩のレリーフ、そして胸部の一際大きなコーカサスオオカブトのレリーフと、腰のブレイバックルが光を帯びる。

「ケンザキカズマ……オマエハ、ユルサレナイ……」

 トライアルDと呼ばれた怪人は、そう声を発した。ゆっくりと剣崎に向かっていく。

 レリーフとバックルの光は、キングラウザーへと吸い込まれていった。

「俺は許されようなどとは考えていない。お前は、滅びろ!」

『Royal Straight Flash』

 剣崎とトライアルDを結ぶ直線上に、エネルギーで描かれた五枚のラウズカードが、ホログラムのように浮かび上がる。

 キングラウザーが振り下ろされると、閃光が走った。

 それは瞬く間にトライアルDを飲み込み、そしてその後方にいた、無数のミラーモンスター達をも、包み込んでいった。

 爆風が吹き荒れる。カズマは飛ばされないように足を踏ん張ったが風に押され、やや後方に後退った後、風が止んだ。

 カズマは顔を上げると、剣崎を見た。

 眼前にあれだけいた怪人達は、何処へ行ってしまったのだろう。まだ残っているにはいるのだが、まばらに散らばっていて、アスファルトは黒い焦げ跡がずっと向こうまで続いていた。

 カズマは声を発するのを忘れたように、剣崎の背中を見つめた。

 本当に、消滅させてしまった。

 これが、ブレイドの力だというのだろうか? これが?

 自分の装着しているライダーシステムに、薄ら寒いものを感じて、カズマは息を飲んだ。

「おい、他の奴等はどうしている」

 剣崎が振り返り、そうカズマに訊ねていた。カズマはもう一つごくりと息を飲んだ後、声を出した。

「向こうで、戦ってる」

「よし、合流するぞ」

 やや躊躇った後、カズマは頷いた。

 剣崎は彼を暫く眺めていたが、何も言わずに、合流する為に走り出した。

 ぷるぷると何度か首を横に振り、何かを振り払って、カズマもそれに続いた。

 

***

 

 背後で巻き起こった轟音と爆風に尾上タクミは気をとられ、動きを止めた。

 だいぶ離れた場所で、閃光が煌めいて消えた。爆風と思しき強い風が、ここにまで届く。

 気配を感じ取り、タクミは身を捩った。

 丁度脇腹のあった部分を、刺だらけの鞭が掠めていった。

 センチピードオルフェノク。門矢士と共に倒した筈だったのに。

 恐らくタクミの世界とは別の世界から来たのだろう彼は、続け様に鞭を振るって、横に後ろに逃れるタクミの動きを追った。

「チンタラやってんじゃねえよ!」

 横合いから柄の悪い声が響いて、もう一人のファイズが駆け込んできた。

 彼は鞭を躱しながらセンチピードオルフェノクとの距離を瞬く間に詰めて、ファイズエッジを突き出した。

 センチピードオルフェノクはたまらず後方のオルフェノクを巻き込んで倒れるが、すぐに体勢を立て直し立ち上がった。

「おいお前、ぼんやりしてんな!」

「は、はい、すいません!」

「謝る間に、とっとと戦え!」

 もう一人のファイズは舌打ちをして、横から迫ったグロンギに、脚を高く上げて正面から足の裏を当てにいく、所謂ケンカキックを見舞っていた。

 たぶん悪い人ではないが、柄と口が悪い。タクミが乾巧という、この自分とは別のファイズに抱いた印象だった。

 同じファイズでも、世界が違えばここまで性格が異なるというのが、不思議だった。

 タクミは、ただ、由里の夢を守る為にオルフェノクと戦うという事しか、考えていなかった。それは今も変わっていないのかもしれない。

 このもう一人のファイズは、何の為に、戦っているのだろう。

 気にはなったが、そんな事をのんびり聞くゆとりはなかった。

「うあっ!」

 乾巧の声が聞こえた。センチピードオルフェノクの鞭に捉えられたのか、吹っ飛ばされ後ろに転がっていく。

 タクミは駆け出した。

 センチピードオルフェノクに向けてファイズエッジを横薙ぎにするが、簡単に躱される。それでもタクミは構わず、もう一度ファイズエッジを上段から振り下ろした。それも躱され、やや距離が開く。

 負けない、絶対に負けたくない。強くそう思う。

 人類の進化だとか世界の征服だとか、そんな訳の分からない事の為に、踏み躙られて、いい筈がない。

 タクミはただ、普通に学校に通い、由里の夢を応援していられれば、それだけで幸せだと思えた。きっと誰にだってそんな、ささやかだけれどもかけがえのない、小さな幸せがある。

 それを守りたい。それがきっと、今のタクミの夢だ。

「やあああぁぁっ!」

 タクミは既に、センチピードオルフェノクの鞭の内側に踏み込んでいた。振り下ろされた拳をぎりぎりで躱し、空いた胴目がけて、ありったけの怒りを込めて、ファイズエッジを振るった。

 高熱の刃はセンチピードオルフェノクの胴をしっかりと捕らえていた。右肩を捕まれたが構わず、左手で腰のファイズフォンのカバーをスライドさせ、エンターキーを押し込む。

『Exceed Charge』

 電子音声を合図に、左手をファイズエッジのグリップに戻し、一気に振り抜いた。

 ファイズエッジが通り抜けた後、センチピードオルフェノクの体は青い炎に包まれる。体を駆け巡り燃やし尽くしたフォトンブラッドが溢れ出しΦ(ファイ)の字を赤く描いて、灰が崩れ落ちた。

 タクミの息は上がっていた。動かなければ、そう思ったが、思いとは裏腹にタクミは、緩慢な動作で振り返り風に撒かれる灰を見ていた。

 もう、勘や本能しか働いていない。後ろの気配に回し蹴りを見舞うと、やや体がふらついた。

 本能だ。それに、呑まれそうになる。呑まれたら戻って来られなくなる。力に溺れて、仲間を増やす事しか考えなくなる。

 由里の顔と、彼女の撮影した写真を、必死で、思い出せるだけ思い出そうとした。

 当然隙を狙われる。タクミに飛び掛かった何か――恐らくグロンギを、乾巧が横合いから押さえ、膝蹴りを叩き込んだ。

「ぼやっとしてんなって言ってんだろうが! 死にたいのか!」

 グロンギを殴り飛ばして乾巧は叫んだ。タクミは、何度か首を横に振った。ようやく、体のコントロールが戻り始める。

「……すいません、足手纏いになってしまって!」

 ファンガイアの振るう爪を躱してタクミが叫ぶと、乾巧は面白くなさそうにグロンギを殴り付けて、叫んだ。

「誰がそんな事言った! やるじゃねえかって言いたかったのに、お前がボヘッとしてるから言えないんだろうが!」

 タクミは、乾巧への印象を、改めなければいけないと思った。多分物凄くいい人だが、非常に分かりづらくなってしまっているのではないか、これは。

「はい、すみません!」

 タクミが答えると、乾巧は詰まらなさそうに、ふんと鼻から息を吐いていた。

 

***

 

 芦河ショウイチは、いつの間にか孤立してた。

 なるべく他の者達と離れないようにと気は使っていた筈だが、敵の数が多すぎ、いつの間にか流されてしまっていたようだった。

 捌いても捌いても現れる敵と戦っていると、だんだんと訳が分からなくなってくる。

 一体どれだけ殴り倒したのか、どの位の時間戦い続けているのか。あやふやになってくる。

 そこに、アギトが現れた。自分とは別の、もう一人のアギト。紅渡の仲間にアギトがいると聞いていたから、驚きはしなかったが、自分ではないアギトの姿を見るのは妙な感じはした。

 彼は無駄のない流れるような動きで、次々にミラーモンスター達を叩き伏せた。隙のないその動きは、武道の達人を思わせる。

 そして、現れたもう一人のアギトは、腕を伸ばし体の前で交差させるとそれを脇腹に引き、逆手に両手の拳を握った。

 ゆっくりと左腕を伸ばし、右腕を伸ばして再度交差させる。

 腰のベルト――オルタリングが、芦河ショウイチが見た事のない形に変化した。中心の宝玉の色は紫、赤い爪が三つ付いている。

 両腰に手を当てると、アギトの姿が、変わっていく。

 額のクロスホーンは展開され、赤く色が変わっている。そして全身も、アギトの黒と金から、黒と銀、赤へと変わっていた。

 その姿が感じさせるのは、漲る力と、静かながらも確かな強い意志。

 彼は、薙刀を二つ連結し、片手で扱う為に柄を短くしたような武器をベルトから取り出す。それを二つに分け、二刀流でそれぞれの手に持つ。

 そして、まるで舞でも踊るかのように、彼は両手の曲刀を舞わせ、滑るように敵を薙いだ。

 見る間に、もう一人のアギトとショウイチの周囲に空間が出来ていった。

 なんて速さだろうと、ショウイチは内心で舌を巻いていた。

 すると、銀のアギトがこちらへと駆け寄ってくる。彼はショウイチの横で立ち止まると、二つの曲刀を一つに連結し戻した。

「大丈夫ですか、怪我とかないですか!」

 銀のアギトの声は、若い男のものだった。武道の達人、とはあまり縁の無さそうな、ごく普通の青年といった印象の声にショウイチは違和感を覚えながら頷いた。

「良かった。皆と離れてるのはあんまり良くないですから、合流しましょう。危ないですから、ちょーっと離れてて下さいね」

 明るい声だった。

 ますます意外さに違和感を強めて、ショウイチはやはり頷いて後ろに下がった。下がればミラーモンスターがまた襲いかかってくるが、ショウイチは銀のアギトから出来るだけ目を離さないよう、向かってくる攻撃を躱す。

 銀のアギトは、アギトで言えばオルタリングの中に武器を仕舞いこむと、構えをとった。

 銀のアギトの前に、紺碧の色をしたアギトの紋章が、一つ、二つ、浮かび上がる。力の凝り固まったようなその紋章は、ミラーモンスター達をはじき飛ばしているようだった。前方で、声が幾つも響いた。

 何だ、あれは?

 ショウイチはそこに、途轍もなく強い力を感じていた。銀のアギトは深く腰を落とすと、眼前の一つ目の紋章目がけて、飛んだ。

 紋章を潜ると、驚くべき事に、銀のアギトは地面と平行に、二つ目の紋章へと猛スピードで飛び続けた。周囲の怪人達を蹴散らしながら、だ。

 やがて止まり着地し、銀のアギトはショウイチに向かって、手招きをした。

 モンスター達は次々爆散し、銀のアギトが進んだ後には道が出来ている。ショウイチは襲ってきた敵を蹴りつけてうっちゃって、その道へと駆け込んだ。

 銀のアギトは再び二つの曲刀を手にし、眼前の敵を薙ぎ払っていた。

 このアギトは一体何者なのか。そもそもこれは、アギトなのか。

「あんた……アギトなのか」

 銀のアギトに追い付き、ショウイチは思わず疑問をそのまま口にしていた。

 銀のアギトの横に並んで、前方の敵を殴りつける。

「そうですよ、俺、アギトです!」

「その姿は何なんだ?」

「アギトって、人間の可能性、進化し続ける力って、言ってた人がいました! そういう事なんだと、思いますよ!」

 その答えに、ショウイチは驚いて、銀のアギトを見た。

 ショウイチはただ、変わってしまったものは仕方がないと、己の置かれた状況を諦めていた。

 これから自分のような、アギトへと変化する人間が増えていくというならば、助けになりたいとは考えている。だが、この力を進化だとか肯定的な言葉で考えた事はついぞ無かった。

「あんたは、進化だと思ってるのか!」

「……俺、人間の事もアギトの事も、信じてますから! 人間もアギトも、前に進んで行ける、進化できる。そして絶対、信じあえるって!」

 敵をひたすらがむしゃらに蹴り付け殴り付けつつ前に前にと進むと、詳しい名前などは知らないが、他のライダーらしき者達が戦っているのが見えてきた。

 この銀のアギトは、本当に受け入れて信じているというのだろうか。この、まるで怪物の如くに変化してしまった自分を、受け入れられるというのか。

 宿命だと諦めるのではなく、信じ合い分かり合えると。

 ショウイチは、もっとゆっくりとこの銀のアギトに、アギトについて話を聞きたいと思った。

 囲みが破られて、道が切り開かれる。いつでも、こんな風に進んでいけたなら。

 

***

 

 ゼロノス・ベガフォームが構えた剣を横薙ぎにする。二体の怪物が、後ろに吹っ飛ぶが、致命傷には至っていないようだった。

 一体何なんだ、この状況は。侑斗は内心で毒づきつつ、周囲を見た。

 

 オニ一族との戦いも終わって、良太郎が子供のまま戻らないのを除けば、平穏が戻った筈だった。

 だがそれも束の間。時間の中が、歪み始めた。

 あちこちの線路は切れ切れに分断され、迷路さながらに曲がりうねった。何の前触れもなくトンネルがどんどん増えていく。

 折角、路線を人間の未来に繋げた筈が、今度は何処にも繋がらなくなってしまった。

 そして、見も知らぬ怪人達が街に溢れた。

 もう一人の良太郎が現われたのは、そんな時だった。

 子供の良太郎と大人の良太郎が並んでいる様は、かなり奇怪だった。

 以前、牙王との戦いの際にも同じような状況があったが、この良太郎は過去や未来から来たのではないという。

 大人の方の良太郎は、話を聞きデンライナーに駆け付けた侑斗を、暫く何も言わないで見つめ続けていた。

「お前……野上か? 何で野上が二人居る?」

 声をかけると、大人の良太郎は堪えきれなくなったように顔を歪めて、ぼろぼろと涙を零し始めた。

「侑斗……侑斗が、生きてる……」

「人を勝手に殺すな」

 大人の良太郎の言葉は不可解だった。見れば、後ろでコハナが、弱った様子の顔で肩を竦めていた。

「どうしたんだ野上、何が悲しいんだ? それとも何処か痛いのか? デネブキャンディーあげるから、これ食べて元気出して」

 侑斗の後ろにいたデネブが、どこから取り出したのか飴を、大人の良太郎に差し出した。

 それを受け取って、掌の中のデネブが描かれた包装紙の飴を見下ろして、大人の良太郎は、止まらない涙を拭いながら、ぐしゃぐしゃの顔で笑った。

「ありがと……デネブ、やっぱり優しいんだね。僕の知ってたデネブと、一緒だ」

 この大人の良太郎は、間違いなく本物の良太郎だろう。どういう理由でこの場に居るのかは分からないが、この青年は野上良太郎その人としか、侑斗には思えなかった。

 ふと見ると、イマジン達に混じって、一人、知らない男が座っていた。

 目が合うと、三十を過ぎた程の年齢と思われるその男は、にこりと笑った。

 今まで男の存在に気付かなかった理由が、何となくだが分かった。男は、首から下が、どことなくイマジンに似ていた。黒とも紫ともつかない体色の体は、異様に発達した筋肉に覆われている。

「……取り敢えず、こんなんじゃ話も出来ない。野上……の大きい方。お前、落ち着くまで別の車両行ってろ」

 大人の良太郎は、侑斗の言葉に頷いて、侑斗とデネブの脇を通り、食堂車を出ていった。カウンターの中にいたナオミが、心配そうな顔をしてその背中を見送っていた。

「おい亀、お前あの大きい方の良太郎に憑いた時、何か分からなかったのか」

 今まで黙っていたモモタロスが、珍しく神妙な口調で口を開いた。

 問われたウラタロスは暫し考え込み、首を横に何度か振った。

「何でぇ、何も分からなかったのかよ」

「……これは、僕から話すべきじゃないと思う。あの良太郎が話す気になれたら、話してくれると思うよ。今の状態についてはヒビキさんに聞けばいいんだし」

 ウラタロスの言葉を受けて、不審な男が、その通りと言いたげに大きく頷いた。名前はヒビキと言うらしい。

「ヒビキ、っていうのか。あんた何者だ。何で良太郎がもう一人居る。今のこの状態について、何か知ってるのか」

「うん、これから説明するけど、君達の名前も聞いていいかな?」

「桜井侑斗だ」

「デネブです。初めまして、侑斗を宜しくお願いします」

 無言で侑斗は、後ろのデネブにチョップを浴びせた。痛い、と抗議の声が上がる。

「お前ちょっと黙ってろ、話がややこしくなる」

「酷いよ侑斗……ヒビキさんにもキャンディー食べてもらいたいのに」

「話の後にしろ」

 そのやりとりを見て、ヒビキがくすりと笑った。

「……やっぱ、京介じゃないんだなぁ」

「何だ? 誰だって?」

「あ、何でもない。君が知り合いにあんまり似てるもんだから、ちょっと思い出してただけだよ」

 やや寂しげに笑ってから、ヒビキは経緯を掻い摘んで話した。

 ディケイドという存在が原因で九つの世界が融合し、放っておけばやがて消滅してしまうという事。裏で糸を引く大ショッカーという組織、黄色いディケイドの存在。ヒビキと良太郎はそれを阻止する為に別の世界からやってきた存在で、他にも仲間がいる事。

 あまりにも荒唐無稽な内容だった。普段の侑斗なら、一笑に附していたかもしれない。

 だが、ヒビキの語る融合の現象は現実に起こっている。そして、話の内容の荒唐無稽さは、電車が空を飛んで時を超えるのと同程度のものだ。それなら、少なくともこの場にいる者達にとっては、有り得ない事ではないのだ。

 やがて大きい方の良太郎も落ち着きを取り戻して、食堂車へと戻ってきた。ヒビキと大きい良太郎に協力を頼まれ、侑斗達はこうして、異常発生した怪人の群れのただ中に来たのだった――。

 

 しかし、それにしても、数が多すぎる。剣の柄で後ろの敵を殴り付けて、侑斗は舌打ちした。

 つい今さっき、道の先で大きな光が起こり、物凄い風が吹いたが、その様子を確かめる暇もなかった。

 右前方の敵を切り払い、牽制の目的も合わせて、周囲に肩の銃口から弾丸を浴びせる。

「侑斗!」

 横合いから大人の良太郎の声がして、振り向くと、後ろから迫っていたモンスターがライナーフォームの体当たりを受けていた。

「……僕、僕が、侑斗を絶対、守るから!」

 大人の良太郎が叫んで、目茶苦茶に敵へと斬り掛かっていった。

 別の世界の存在だか何だか知らないが、良太郎は良太郎だった。弱いくせに無茶をして、その無茶をやり遂げてしまう強さがある。

 放っておくと危なっかしくてかなわない。だけれども、きっとやってくれると信頼できる。

 ライナーフォームに掴み掛かろうとした異形を蹴り倒して起き上がりざまに袈裟懸けに剣を一閃する。

 また、道の先で轟音が響いた。暫くして、金と銀の二人組が囲みを破って飛び出してくる。その更に向こうでは、金と紺色と緑の三人組が、やはり囲みを破り抜け出してきた。

「翔一君に剣崎君! 無事だったんだ!」

 その二組を見て、近くにいたヒビキが声を上げた。二人組が、それを聞いて一斉に横を見た。

「剣崎さん! 良かった、解放されたんですね!」

「あんた……カードになっちまったんじゃ」

 恐らく剣崎と呼ばれた男なのだろう。鎧を纏った三人組の中で一際重装備の金の鎧が、軽く頷いた。

「細かい話は全部終わってからだ。今の状況を聞きたい」

「ああ、状況なら多分天道君が一番分かってるよ、向こうにいる」

 言ってヒビキが、ずっと危険極まりない場所に武装もせずに立っているのに、何故か誰も何も言わない男を指差した。

 大人の良太郎の話では彼も仲間で、変身してなくても強いから心配いらないと言われた。そうは言われても心配だったが、ややもするとお節介な大きい良太郎が言うのだからと、その存在はあまり気に掛けていなかった。

「暫く頼みます」

「任せといて」

 ヒビキに告げて金の鎧は駆けていった。よっしゃ、とヒビキが小さく気合いの声を上げた。

 先程までに比べると、モンスターの数は随分と目減りしているように見えた。

 状況はきちんと掴めないが、考えている間に敵は襲い掛かってくる。

「よし、頑張ろう侑斗!」

「ああ、そうだな。俺達がかなり強いって事、教えてやらないと」

 胸のデネブの言葉に侑斗は答えて、剣を構え直した。

 

***

 

 BORAD正門前で、夏海が下を向いて、首を横に振っていた。

「絶対、駄目だ」

「そうだよ夏海ちゃん。今度ばっかりは、俺も士も、夏海ちゃんを守る余裕、多分ないと思う」

「大体、お前が来て何をするんだ。笑いのツボ攻撃か」

 口々に士とユウスケが告げるが、夏海は納得できない顔をしたまま、下を向いていた。

「よく分かんないんですけど……私も、行かなきゃいけない気がするんです。危なくないようにしますから」

「だから何でそう思うんだ」

「……分かりません」

 既に士とユウスケ、そして五代雄介と名乗った青年は、ヘルメットを身に付け、バイクを出そうとしているところだった。

 五代雄介はバイクがない為、マシンディケイダーの後ろに乗せていく事になっていた。

「……話にならんな。まあどっちにしろ、理由があってもお前を連れていくつもりはない」

 夏海は下を向いたまま、しゅんと肩を落とした。

「ここなら武装もしてるみたいだし、他の所よりは幾らかは安全だろう。いいか、こん中で大人しく待ってろよ」

「大丈夫。俺達絶対、帰ってくるからさ」

 士とユウスケの言葉に、夏海は返事をしなかったが、先程迄のように頑なに首を横に振る事もなかった。

 三人はそれぞれバイクに跨り、走りだしていった。夏海は顔を上げて、二つのバイクの後ろ姿を見た。

 もし自分がディケイドの夢を見ていた事に何か意味があるのなら。

 夏海はきっと、その場にいて、見ていなくてはいけないのだ。戦いの結末を。夢でそうしていたように。

 何故そんな風に思うのかは説明できなかった。ただ、そう思えて仕方がない。

 道の先を見やるが、バイクは走り去りもう見えなかった。

 何も考えていなかった。夏海は気付けば、駆け出していた。

 危険な事は十分に分かっていたし、足手纏いにしかならないのはこの間、嫌というほど思い知ったのにそれでも、脚が動いた。

 何故こんなにも、心が急かされるのだろう。分からなかった。それでも夏海は、ひたすらに、走っていった。


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