Over the aurora《完結》   作:田島

18 / 22
(15)明日にとどく

 空を覆うように、虹色の欠片が集い、舞い踊り集まっていく。やがて、砕かれし同胞の欠片が寄り集まったものは、形を成した。

 ――サバト。

 天を塞ぎ陽光を遮るその巨大な異形を、地を駆け回る者達が見上げた。

 それはまるで、美麗なステンドグラスで彩られた、巨大なシャンデリアのような形をしていた。

 クレーンのような腕が蠢き、獣の頭が咆哮を上げた。

 それには見境がない。青白く輝いた熱の塊が幾つも幾つも地上に向け放たれる。その熱量は、敵味方の区別などせず炸裂し、地を焼いた。

「おい、渡っ!」

「分かってるよ。頼む、キバット」

 ()()を知る者、紅渡は、天を睨みつけながら、腰脇に取り付けている幾つものフエッスルのうち一つを取り出した。

「キャッスルドラーンっ!」

 高らかに角笛の値が鳴り響いた。やがて、微かに、段々と音量を増して、羽搏きが近づいてくる。

 その羽搏きは、二つの方向から迫っていた。

「ありゃあ……どっちも反応しちまったみたいだな」

「問題ないよキバット、キバは二人いるんだ」

 言って渡はキバを見た。キバは、分かっている、と言うように軽く頷いた。

 黄金のキバと黒のキバ、二人はそれぞれの方向に駆け出した。

 

 二つの巨大な城――キャッスルドランがサバトに食らいつき火球を浴びせる様を見て、剣崎は上に向けていた目線を眼前の天道に戻した。

「お前は封印されたと紅から聞いたが」

「それは今問題じゃない。解放されたばかりで状況が分からない。今の状況とお前の考えを聞かせろ」

 ぴしゃりと言われ、だがしかし、天道は可笑しそうに軽く笑った。

「見ての通り融合が再開した。再開してもうだいぶ経つ、状況はあまり良くないし、このままではジリ貧だ。だが俺は、奴が現れるのを待っている。俺の目の届く所に出てきてもらう、その為にここに戦力を集めた」

「……成程、奴はまだ現れないのか」

「そうだ。何か、待っているのかもしれん」

「……何を?」

 剣崎の疑問に、天道はかぶりを振った。

「分からん。奴の必勝法は滅びをただ待つ事の筈だが、奴は恐らく自分でライダーを倒す事に拘っている。性格から考えてもただ待つなど絶対にしないだろう。にも関わらず姿を見せないのは、何かを待っているから、位しか理由が浮かばないな」

 確かに、黄色いディケイドが姿を見せる事がなければ、こちらの打つ手はなくなる。

 ディケイドは、その存在自体が世界を崩壊に導く切り札。

 だが、奴はそれを絶対にしない。奴の目的はライダーを滅ぼす事。リ・イマジネーション達は世界と共に消滅させられるとしても、天道や剣崎のような別の世界から来た者達は、この世界が滅んでも消えはしない。必ず自分の手で片付けようとするだろうし、何人居たところで自分が負ける筈がないと考えているだろう。

 天道の考えは、概ね正しいように思われた。剣崎はやや考え込んだ後、分かった、と短く言った。

「それなら俺は、戦って待てばいいという事だな」

「精々気をつけてくれ。お前がいるといないとで俺の目算が大きく狂う。元々が城戸並に甘い奴なのは察しがつくが、程々にしてくれ」

「……そこで城戸に勝ってもあまり嬉しくないからな。気をつけよう。」

 剣崎の答えは、相変わらず低く抑揚のない声だったが、それを聞いて天道は、可笑しそうに笑いを見せた。

 それには反応を返さず、ぷいと振り向いて踵を返し、剣崎は駆け出していった。

 

***

 

 二つの城と巨大なシャンデリアの死闘は、遠くからでも目視する事ができた。

 士とユウスケ、五代も、バイクを走らせながらその光景に気づいていた。

 先を行くマシンディケイダーが一度止まり、続いてトライチェイサーがその脇に停止した。

「おいユウスケ」

「ああ、あれは、キバだな。キャッスルドランが二つって事は、二人ともいるんじゃないか?」

「だな。あそこを目指すぞ」

「…………何ですか? あれ」

 五代は、ぽかんと上を見上げて、城とシャンデリアが怪獣大決戦さながらに空中戦を繰り広げる様を眺めていた。

 どうにも説明が難しい。士はヘルメットの上から軽く頭を押さえた。

「……きっちり話すとやたら長くなるから省略して説明するとだ。俺とユウスケの他にも戦ってる奴等がいて、あの城はそいつらの内のキバって奴の持ち物だ。今それを使って戦ってる、様だ」

「へぇ……世界は広いんですね。あちこち冒険したけど、あんなの初めて見た」

「……それは、そうだろうな」

 何があったのかは詳しく聞いていないが、まだ自分に起こった事が割り切りきれていないのだろう。五代雄介という青年の表情はあまり明るくはなく、口も重かった。だがそれでも、彼がとてもマイペースな人物であるという事は言葉の端々から十二分に伝わってきた。

 何せこの状況に対するリアクションが薄すぎる。対応しきれていないにしても、あまり動揺していないという事だ。

 そのマイペースな彼が、先程驚きを見せた。思い出しながら士は、再度アクセルを回しマシンディケイダーを発進させた。

 

「本当にすいませんでした!」

「いやもう、いいですよ。五代さんだって別に好きでやってたんじゃないし、ほらもう割と平気ですから」

 何度謝っても気が済まないとばかりに謝り続ける五代に、ユウスケが飽きずに同じ答えを返して、左腕を動かしてみせた。

「本当にもう……大丈夫なんですか? そんなに時間も経ってないのに……?」

「はい、そりゃ痛いけど、動かせないわけじゃないし」

 五代が顔を上げて、訝しげな眼差しでユウスケを見た。

 自分も黒いクウガの時は斬られた傍から皮膚が再生していたのに、驚きすぎではないだろうか。五代の様子に、士は不審を覚えた。

「どうせクウガだから大丈夫とか言うんだろ。本人が大丈夫って言ってんだから、あんたももう気にするな」

「はい……でも……」

「でも、何だ?」

 五代は答えづらそうに目を伏せた。士は面白くなさそうな顔で、鼻から長めに息を吐いた。

「アマダムが傷を治してる、だがその代わり、クウガの体はアマダムに乗っ取られていく。あんたが言いたい事はそれだろ」

「……知ってたんですか」

「まあな。だがそこまで詳しくは知らん。他に何か気になる事はあるか?」

 当の本人にとっては初耳の話だった。ユウスケはびっくりしたように目を見開いて士を見た。

 士の言葉に五代は頷いたが、やはり言い辛そうに目線を外した。

「……俺も、何回か死にかけてアマダムに治された事はありますけど、こんなに早く治った事はありません」

「クウガのあんたから見ても、異常だって事か?」

「はい……。小野寺さんは、もしかしたらアマダムと()()()()()体質なんじゃないかって。クウガは俺一人だったんで、そういうのがあるのかどうか分からないんですけど」

 ふむ、と士は感心したような声を上げたが、ユウスケは困惑した表情で五代を見ていた。

「例えばだ、ユウスケ。お前、俺と会ったときに最初に戦ってた未確認は、確か七号だったな」

「……そうだけど、それがどうしたんだよ」

「その頃お前は、もう赤と青と緑と紫、四つの力を使えるようになっていた」

 やはり驚いた顔で、五代はユウスケを見た。ユウスケはますます困惑する。

「……俺が、四つ全部使えるようになったのは、ええと確か……二十一号です。俺は、桜子さんが解読してくれた古文書を頼りにしないと、力の使い方が分からなかった」

「ユウスケ、お前はどうやって四つの力を見つけ出した?」

「それは……何となく」

「……何となく、ビジョンが見えて? どう使うのかをはっきりと?」

 五代は厳しい顔をしていた。困惑したまま、ユウスケは頷いた。それがおかしな事なのだとは、ユウスケは露程も思っていなかった。

「……何なんだよ、二人して。何て言われたって、俺は、戦うからな」

 泣き出しそうな、怒ったような、困り果てたような顔をして、ユウスケは憮然とした声を上げた。

 そう言うだろうとは思っていたが、あまりにも予想通りすぎた。

 士は呆れ果てた顔でユウスケを見て、五代は止めないのか、苦しそうな顔をして俯いた。

 顔まで憮然とさせて肩を怒らせながら、ユウスケはバイクを取りに歩き出していった。

 

 士はもう諦めていたからいい。ユウスケはどうせ何を言っても聞かない、無理やりにでも戦う事が分かっている。

 だが何故、五代は止めようとしなかったのだろうか? 戦う事がアマダムとの融合を更に進めるのだと知りながら。

 この男にも、ユウスケが止めても聞かないだろう事は分かっていたのだろうか。

 五代は自身が、戦う為だけの生物兵器と化してしまう危険性を認識していたようだった。だがそれでも、戦う事を辞められなかったのだろう。

 だからユウスケの気持ちが、分かったから止められなかったのだろうか。

 ――まあいい、ユウスケがどうにかなったとして、また俺が無理矢理にでも引きずり戻してやりゃいいんだ。

 自棄糞気味に無理やり結論をつけ、士はスピードを上げる為、アクセルを握りこんだ。

 

***

 

 キャッスルドランから、青い流星の如くに射出されたものがあった。

 地に降り立ったそれは、狼のような姿を持っていた。

 ただ、毛並みは、トルコ石のような青。そして二本足で立ち、右手に曲刀、左手に小さなトランクケースほどの大きさの、中心部に穴が開き持ち手が付いた、箱型の機械を持っている。

 その狼――ガルルは、前方に居た二人のファイズ目がけて、箱型の機械を投げた。

「忘れ物だ!」

 ファイズのうち一人がそれをキャッチする。そして、まるで初めて見るように眺めていた。

「忘れたんじゃねえ、置いてったんだよ、余計な事すんな!」

 受け取らなかった方のファイズが、ガルルに向かって叫んだ。ガルルは、斜め後方から迫ったファンガイアに刀を浴びせて、そのファイズを見た。

「使うか使わないかはお前次第だろう、だが持っておけ! 狼の誼みで届けてやったんだから、有り難く思え!」

 言いたい事を言って、ガルルはキャッスルドランに向かって走ると、飛び上がった。チェスの駒のような形に変わり、彼はキャッスルドランへと吸い込まれていった。

「ったく、好き勝手言いやがって! そんなでかいもん、使わないのに持ってたって邪魔なんだよ、クソ狼が!」

 乾巧は、キャッスルドランに向かって大声で悪態をついた。タクミが、不思議そうに乾を見た。

「これは何ですか」

「……ファイズブラスター。それにコードを打ち込めば、ファイズギアが再起動して、ブラスターフォームって奴になれる。強力だが、反動がでかい」

「……反動、ですか?」

「今の俺にはちょっときついんだよ。そうだ、それ、お前が使え」

「ええっ?」

 タクミは、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。迫ってきたグロンギの体当たりを躱して背中を踏みつけて、乾はタクミを見た。

「使い方は教えてやる。別に俺専用のもんって訳じゃない。……ああそうだ、大事な事を忘れてた。お前、どうやってオルフェノクになった?」

「…………えっ」

「割と大事な事だ、答えろ」

 動揺のあまり、タクミは迫ってきた右腕を躱せなかった。ファンガイアに殴り倒されて、地面に転がされてしまう。

 横合いから乾が走り込み、ファンガイアを押さえた。タクミは立ち上がって、乾が抑えている奴を、右の拳で殴り左足で蹴りつけた。

「尾上、答えろ!」

「何で、知ってるんですか! 何で!」

「何でも何も、ファイズはそうじゃねえとなれねえだろうが!」

 乾に怒鳴り返されて、タクミは乾を見て、固まってしまったように動けなくなった。

 ファイズが、オルフェノクじゃないとなれない?

 そんな事、タクミは今まで知らなかった。

 ファイズギアをタクミに渡した人は、渡されて以来会っていない。そんな事は教えてくれなかった。それどころか名前だって知らない。

「……事故で」

「なら多分、大丈夫だ!」

 何が大丈夫なのかがタクミには全く分からなかった。動けないタクミを尻目に、乾は立ち上がったファンガイアをファイズエッジで薙ぎ払いつつ、更に叫んだ。

「変身コードを入力してエンターを押せ!」

 言われてタクミは、ファイズブラスターという名前らしいその箱型の装置を見た。刳り抜かれた中心部の下辺にキーが並んでいる。

 多分これを押すのだろう。でも僕が、押さなきゃいけない?

 タクミはキーを押そうとして、躊躇したまま動けなかった。

「尾上、お前、さっさとしろ!」

 ファンガイアの腕を押さえ、腹に蹴りを叩き込みながら、乾が叫んだ。だが、タクミの手は、動こうとしなかった。

 そうだ、タクミはオルフェノクだ。ずっと隠しながら生きてきた。ばれてしまったけれども、積極的に明かそうとは思わない。

 何で、どうして。その思いがタクミの思考を埋め尽くしてしまった。

 オルフェノクでも関係ないと言ってくれた人はいる、由里だって理解してくれようとしている。だけれども、そんなに簡単に、はいそうですかと割り切れるような問題ではなかった。

 手が動かない。泣きたかった。手が動かせない自分について、乾巧もオルフェノクなのだろうという事について。何故どうして。

「おい尾上、お前、お前に、夢はあるか!」

 唐突な質問だった。タクミはぽかんとして、乾を見た。乾はまだファンガイアと組み合っていた。

「俺はある、その為だったら、何だってしてやる! ファイズブラスターをよこせ、俺がやる!」

「……あなたの夢って、何ですか」

 力の入らない声で、タクミはそう聞いた。

 乾のファイズエッジが、ファンガイアの胸を貫いていた。それを引き抜くと、ファンガイアは硝子の破片に変わり、砕け散った。

 乾は、ぱっと振り向いてタクミを見た。

「世界中の洗濯物が真っ白になるみたいに、世界中の皆が幸せになりゃいいって思ってるよ! お前はないのか、そういうの!」

 およそ、乾巧の今までの言動からは想像がつかない内容だった。それを聞いてタクミは、首を横に振った。

「……僕、由里ちゃんの夢を守りたいです、皆が、見た夢を叶えられるようにしたい。だから、やります」

 小さい声でタクミは告げた。手が、動く。五のキーを三回押して、エンターキーを押した。

『Standing By』

「最初っからグダグダ言ってないでやりゃあいいんだよ! ファイズフォンをセットしろ!」

 言われるまま、タクミはドライバーからファイズフォンを抜き出し、ブラスターへとセットした。

『Awakening』

 音声が響いて、ファイズのスーツが再構成されていく。フォトンストリームを巡っていたフォトンブラッドがスーツに流れ出して、スーツ全体が赤く発光する。逆にフォトンストリームは光を失って黒くなり、背中にユニットがつく。

 今の俺にはちょっときつい、そう言った意味が分かる気がした。

 通常のファイズのスーツでも負荷はある。使った後の疲れは酷い。だが今のこのブラスターフォームという姿は、その比ではない。

 まるで命が喰われているような感覚がある。動きは軽いが、精神への負荷が強い。気を抜くと、今自分が何を考えているのかがすぐ分からなくなる。

「そのまま、143を入れろ!」

 左右と、迫ってきたオルフェノクにパンチを入れながら乾が叫んだ。それに従って、一、四、三、エンターとキーを順に押すと、ファイズブラスターが変形を始めた。

『Blade Mode』

 トランクボックスは、大きめの剣へとその姿を変えていた。フォトンブラッドで生成された刃が、赤く光っていた。

 持ち手を握り締め、タクミは乾と組み合うオルフェノクに向かって、剣を突き出した。

 躱す間もなくオルフェノクは刃を受けて、瞬時に砂へと変わり崩れ落ちた。

 なんて、力だろう。

 タクミは、恐ろしくなってこくりと生唾を飲み込んだ。こんな力、こんな強い力が、必要なんだろうか。それが素直な気持ちだった。

「……やりゃ出来るんじゃねえかよ。ったく、手間掛けさせやがって」

 乾は面白くなさそうに言って、再び、ファイズエッジを右下段に構えた。

 そうだ、この人は、何でもやると言った。

 本当に何でも出来るのかは別として、何でもしたいのだろう、きっと。タクミがそうであるように。そう思えた。

「よし、行くぞ」

 乾の言葉にタクミは頷いて、今度は迷わずに、ブレードを構えた。

 

* * *

 

 背後のビルに、キャッスルドランの吐き出した火球が炸裂した。

 後ろで巨大なものが地面に激突する音がした。砂埃が舞い、ぱらぱらと粉塵が落ちてきた。

 それでも天道総司は、そこから動こうとしなかった。

 戦線は膠着状態。ガタックは下げ、マスクドフォームで後方支援を行うよう命じた。一進一退の攻防が続いている。

 だが、とうとう膠着を破るものが現れた。天道が期待しない形で。

 二つの戦線に、怪人達に紛れ闖入してきたのは、大ショッカー戦闘員の黒い姿だった。

 そして、天道の前に、一人の怪人が立っていた。

「先日の屈辱、晴らさせてもらうぞ、天道総司」

 灼けた赤の鎧に白いマント、右手に剣左手に太陽の盾。大ショッカー大幹部・アポロガイストが姿を現わしていた。

「……俺が今会いたいのはお前ではない。今は忙しい、他をあたれ」

「どこまでも吾輩を愚弄するのか! さっさと仮面ライダーに変身しろ!」

 心底興味のない天道の口調を、馬鹿にされたのだと受け止めたらしい。アポロガイストは激昂し叫んだ。

「やれやれ……身の程を弁えないというのは恐ろしいものだ」

 天道が呟くと、時空を割り、カブトゼクターが飛来し、その右手に収まった。

「各小隊に告げる。指揮官・天道総司はこれよりマスクドライダーシステムにて変身し、戦闘態勢に入る。命令は状況が変わり次第順次伝えるが、各小隊長は各々の判断にてライダーを支援し敵を殲滅されたし」

 一方的に告げて、天道はインカムのスイッチを切り、カブトゼクターを既に装備していたベルトへとセットした。

「変身」

『Henshin』

 ヒヒイロカネで生成されたアーマーがハニカムを描きながら、全身を覆っていく。

 仮面ライダーカブト・マスクドフォームは、クナイガンをアックスモードで構え、アポロガイストを見、右手を掲げて天を指した。

「教えてやろう。天に太陽はただ一つ。眩く輝く太陽とは、この俺だ。貴様のような太陽になれなかった亡霊は、本物の太陽の輝きの前に消え去るのみだと悟るがいい」

「抜かせ、小賢しいだけの小童が!」

 いきり立ち振り下ろされたアポロガイストの剣を、アックスの柄ががっちりと捕らえ防いだ。

 

***

 

 ここは、一体何処なのだろう。

 空を飛ぶキャッスルドランが見えたが、それもすぐに高いビルの影に隠れてしまった。

 そもそも走ったからといって、バイクに追い付ける筈もないし、中途半端に融合してしまった街並みは、方向感覚を狂わせた。

 いつまでも走り続けていられるほど、体力があるわけでもない。

 夏海は息が上がり、へとへとの状態になって、それでも歩き続けていた。

 どうして前に進むのかが自分でも分からない。それでも、急き立てられるように脚が動いた。

 ぱちぱちと音がした。道脇で、切れた電線が上からだらんとだらしなくぶら下がって、揺れている。

 割れたガラスを靴裏が踏みつけて、ざりざりと音が鳴る。

 車が何台も横転して、まだ黒い煙を上げているものもある。そして蒼褪めた顔で倒れて動かない人、人、人。

 アスファルトが濡れて黒く染まっている。車から漏れたガソリンなのか人から流れた血なのか分からない。

 逃げ出したい、夏海は確かにそう思っていた。それなのに、脚が中心へと進む。

 脚がやっと止まる。恐怖の感情から、止まらざるを得なかった。

 右と左の横道から現れたのは、ワームの蛹だった。

「……ひっ!」

 しゃっくりをしたような、裏返った高い声が自然と喉から漏れた。

 慌てて振り向くと、後ろにもやはり、ワームの蛹がいた。

 相手も夏海を既に捕捉していた。何匹もの、ぬめった緑色をした虫が、一斉に夏海目掛け走り出す。

「やっ……嫌、嫌ーっ!」

 叫んだ事、そこまでを夏海は覚えている。固く目を閉じて、それからの事を覚えていない。

 

 

 車窓の外には海が見えた。

 どんどん後ろへと流れていく海の風景。鋭く白い日差しが、波頭をきらきらと照らしている。

 向かいにいる男の顔は見えなかった。見ている筈なのに、何故か酷くぼんやりとしていて、認識出来ない。

 ――本当は、思い出さなきゃいけないのは、私の方なんじゃないでしょうか。

 ふと、そう思った。自分はさかんに何かを楽しそうに話しているようだったけれども、自分で話している筈なのに内容が全く分からない。

 列車の、やや薄暗いオフホワイトの車内は、人もまばらだった。ブラウンのシートに腰掛けた男が、ジュースの缶を差し出した。

「それにしても、綺麗な海ね」

「そうだね。今度ゆっくり、二人で見に来たいな」

「あなたが忙しすぎるのがいけないんじゃない?」

「それを言われたら、何も言い返せない」

 男が苦笑した。自分は、苦笑を返したようだった。そんな風に顔の筋肉が動いている、多分。

 男はカメラを首から提げていた。ニコンの、馴染みの深い黒の、古い型のように見える。

 カメラがよりコンパクトな形へ、デジタルへと舵を切るずっとずっと前のもののように見えた。

「あなた、ずっと海を見たいって言ってたんだから、こんど海を撮りに行きましょう。夏のうちがいい」

「夏のうち? どうして?」

「だって海って、やっぱり夏が一番綺麗だもの。人がいっぱいいて、輝いてて、何処までも青いの。春とか冬も趣はあるけど、一番はやっぱり夏じゃない?」

「泳ぎたいとかじゃないんだ?」

「それもちょっとあるかな」

 男は多分楽しそうに笑っていたし、自分も笑っているのが分かる。

 だけれども夏海は()()()()()

 このささやかな約束は果たされる事はない。決して。

 

 

 目が覚めると、青い複眼が視界に飛び込んできた。

「大丈夫か、おい、気付いたか」

 仮面ライダーカブト、でも、天道総司の声ではなかった。

 夏海はぱちくりと何度か瞬きをして、カブトをじっと見つめた。

「……私、ここ、何処ですか」

「何処なのか、っていうのは俺にも分からない。君、門矢士と一緒に居た子だろう」

 夏海はアスファルトの上に寝転んでいるようだった。手をついて体を起こす。何処にも痛みはない。

「……あなたは?」

「天堂屋のマユの兄、って言えば通じるのかな」

 まだ頭はぼんやりしていたが、夏海はその言葉に頷いた。天堂屋のマユといえば、カブトの世界で出会った少女だった。

 そしてその兄・ソウジは、クロックアップシステムの暴走の為に、一人別の時間流に閉じ込められ帰ってこられない筈、だった。

「……ソウジさん、でしたっけ、どうしてここに。クロックアップは」

「色々あってこの通りだ。君は何でこんな危険な場所に一人でいるんだ?」

 聞かれて夏海ははっとして、周囲を見回した。

 ここは何処なのだろう。何処に行けば、士に追い付けるのだろう。

 どうすれば。

「私……私、行かなくちゃいけないんです」

「行く? 何処へ?」

「士君とユウスケに、追い付かなきゃいけないんです、ソウジさんも行くなら、連れて行って下さい!」

 夏海の答えにソウジは、ふむ、と顎のあたりに手を当て、やや考え込んだ。

「門矢士……ディケイドも、大ショッカーと戦っているんだろう?」

「そうです」

「なら、そんな危ない場所に君が行くのは賛成できないんだが」

「でも私、行かなくちゃ」

「どうして?」

「……それは…………分かりません、でも」

 答えられず夏海は俯いた。きちんと説明出来ないのが悔しかったしもどかしかった。

「でも私、ソウジさんが連れて行ってくれなくても、行きます。絶対、行きます」

「……困ったな」

 心底困り果てたような声で、カブトは腕を組んだ。

 暫し俯いて考え込んだ後、顔を上げる。夏海も顔を上げて、カブトを見た。

「……本当に参ったな。安全な所まで連れて行っても、その分だと飛び出しそうだな」

「飛び出します」

「かと言って俺がずっと付いてるわけにもな……」

「ソウジさんは大ショッカーと戦わなくちゃいけないんです、そんな事しちゃいけません」

 何でこんなに必死なのかも、自分ではよく分からなかった。

 ただ感じていたのは、自分が何か思い出さなければいけない、という事だった。

 そしてその答えはきっと、あの戦いの場にある。それはただの根拠のない直感、いや、直感ですらなく唐突に湧き上がった感情だったけれども、それを否定する事が夏海にはどうしても出来なかった。

「…………分かった。連れて行く」

「本当ですか?」

「こんな所にとても置いていけないし、安全な所と言っても、今からZECTまで戻るような時間もなさそうだ。それなら、連れて行って現地に展開してるZECTの部隊に保護して貰った方がまだ安全だと思うからだ。君は俺の指示に従うんだ、いいね」

 ソウジの声は強く厳しくなっていた。夏海はそれに物怖じせず、まっすぐソウジを見て頷いた。

 

***

 

「うわっ!」

 攻撃が一々大振りなのが轟鬼の欠点だ。注意されてはいるが、一朝一夕には治らない。

 そしてそれが、戦いの場にあっては致命的な隙を生んだ。

 倒れ込んだところに、けばけばしい、ネイティブアメリカンのような大きな羽飾りを付けた怪物――ガルドストームが、とどめとばかりに剣を振り下ろした。

 思わず轟鬼は烈斬を振りかざして目を閉じたが、ひしゃげたような声がして、左に大きく、地面に何かが叩きつけられるような音がした。

「轟鬼君、鍛え方が足りないんじゃないの?」

 右横に立ち、剣を下段に構えていたのは、赤と金の鎧に身を包んだ鬼、ヒビキを名乗る男だった。

 何故か彼は、轟鬼の名前も、斬鬼や威吹鬼の名前も知っていた。天鬼だけは何故か声を聞いて、アキラ、と本名で呼んでいた。

「……すいません、世話かけたッス」

 飛び起きて、轟鬼はぶっきらぼうに、短く答えた。

 悪い男でない事は分かるのだが、それでも充分胡散臭い。

 別の世界から来た別のヒビキ、と言われても、そうなんですねと納得できるはずもない。

 そして馴れ馴れしい。

 あと、剣から清めの音が出ているという説明はされたが、剣が音撃武器なのがどうにも納得出来ない。どう見ても剣だ。

 納得出来ない旨を話すと、頑固な所が轟鬼らしいねえ、と笑われたのがますます納得がいかない。

 強い。とんでもなく強い。それは認める。

 あれだけいた魔化魍を一時的にとはいえ殲滅してこの場に駆けつける事が出来たのは、このヒビキがいたからだ。

 鬼神覚声とかいった、あの剣から生まれる音撃波の威力は凄まじく、そして直進し減衰せず、空の魔化魍をも打ち倒した。

 だが響鬼はもう、アスムなのだ。いや、アスムはもう響鬼になった。そこにもう一人響鬼が来られても困るのだ。

 よく人から不器用と言われる。自分でもそう思う。だが轟鬼は納得出来ない。

 要は、ぽんと出てきていい格好をされたのが面白くないのだ。まるで子供のようだ。自分でも分かっている。

 理屈と感情をなかなか上手く一致させられないのが、轟鬼の長所でもあり短所でもあった。

「轟鬼さん、大丈夫ですか!」

 アスムが駆け寄ってきて、轟鬼の脇で構える。

「問題ないッス」

「……轟鬼さん、あの」

「何スか?」

 跳びかかってくるゲルニュートを烈斬で斬り払い、轟鬼はアスムをちらと見た。

 アスムも同じように、ゲルニュートを音撃棒でいなし、烈火弾を放っていた。

「ヒビキさんが、俺嫌われてるのかなって、気にしてました」

「…………」

 ……嫌うも何も。まだついさっき会ったばかりなのに。

 この馴れ馴れしさは一体何なのだろう? 轟鬼には理解し難かった。

 轟鬼もどちらかと言えば馴れ馴れしいと怒られる側だが、ここまで馴れ馴れしくはない。

「声が、そっくりなんですって!」

 アスムの言葉は唐突で、内容がよく飲み込めなかった。このゲルニュートという奴はいったいどれだけいるのか。正面を蹴りつけ左脇に肘を食らわせて、轟鬼はアスムを見た。

「ヒビキさんの世界の轟鬼さんと、声がそっくりで、他人と思えないって言ってました!」

 アスムは存外、あっさりと彼と馴染んだようだった。

 拘っているのが自分だけのように思えて、轟鬼としてはますます面白くない。

「さっき会ったばっかりの人を、嫌うも何もないッス!」

 答えて轟鬼は、目の前のゲルニュートに、烈斬で斬りつける。

 と、群れが割れて、何か柱のようなものが見えた。

 その柱は斜めになっていて、硬そうな毛に覆われている。見あげれば、関節のような部分で柱は曲がり、それが巨大な蜘蛛の胴へと繋がっていた。

 それは、毒々しい色をした蜘蛛だった。

 大きさとしては、ツチグモよりも小さい位かもしれない。それなら。そう思って轟鬼は駆け出した。

 しかし、その蜘蛛の素早さは、予想以上だった。

 ふっと視界から蜘蛛の脚が一本消えて、気付くと轟鬼は、脚に跳ね上げられ宙を舞っていた。

「轟鬼さん!」

 アスムが叫んで駆け出していた。その横から、『音』が来た。

「はーっ!」

 轟鬼は地面に叩きつけられた。やや口の中を鉄の匂いが覆うが、大した事はない。背中から落ちた、折れている骨もない。

 飛び起きて見ると、また赤と金の鎧のヒビキが、剣を振るっていた。

 その音撃波は、音撃ではあるが、物理的にも殺傷力を持ち合わせているらしい。空気を震わせ対象を切り裂く、衝撃波の性格も持っているのだろう。

 避ける事も叶わず、蜘蛛は綺麗に二つに裂け、粒子となって空に溶け消えた。

「ちゃんと鍛えないと駄目だよ、それと無茶しない」

 ヒビキの言葉は、頑なな轟鬼の気持ちを逆撫しておつりが来た。飛び起きた轟鬼は、思わず叫んでいた。

「放っといてほしいッス! 何で俺の事ばっか助けるんスか!」

 横から迫ったゲルニュートに、見ないままで正拳突きを食らわせながら、ヒビキは困ったように首を傾げた。

「うーん、だってさ、俺が戦ってるのは、君達若い奴等のさ、明日の為だもん」

「……明日?」

「そうだよ。死んじゃったら、明日が来ないんだ。勝ったって、君等が死んだら俺には何の意味もない。そんなの見たくないから、俺はどうしても君を助けたいの。自己満足で申し訳ないけど我慢してくれないかな」

 ヒビキはそう言って、後ろを向いて、跳びかかったミラーモンスターと組み合い始めた。

 今ひとつ納得はしきれない。

 だけれども、轟鬼が危なくなれば、またヒビキは割って入って来るのだろう。

 世の中、納得できる事ばかりじゃない。そんな事の方が少ないかもしれない。轟鬼は息を一つ吐いて、また烈斬を構えた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。