Over the aurora《完結》   作:田島

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(16)最後から二番目の真実

 アックスの刃は全て盾に遮られるが、彼の剣もカブト迄は届かない。

 大ショッカー大幹部・アポロガイストは、その大仰な肩書きに見合うだけの実力は持っているようだった。

 だが、カブトに焦りは感じられなかった。彼は的確に、アポロガイストがひやりとする角度からアックスを当てにいった。

 成程強い。改めて相対しその力を肌身に感じて、アポロガイストは唸った。

 だが、神を名乗るほどの圧倒的な力でもない、というのもまた事実。

 アポロガイストにとっての神は大ショッカー。今は、それ以外に拝すべき神は持ち合わせていない。

「どうした、貴様の力がその程度とは思えんぞ! 手を抜いているのか!」

「いや……」

 天道は短く言葉を返し、盾を跳ね上げるようにアックスを下から上へ振り上げた。アポロガイストの手から盾は離れなかったが、左腕と盾が浮き上がる。

「この角度を待っていただけだ」

 呟いて天道は、腰のゼクターのホーンを引いた。

「キャストオフ」

『Cast Off,Change Beetle』

 即座にアーマーがパージされ、高速で迫ったマスクドフォームのアーマーの部品が、避けきれかなったアポロガイストの全身に叩きつけられた。

 胸部プロテクターが引き上げられ、兜虫の角が現れる。力と防御のマスクドフォームから最速のライダーフォームへ。二度目の変身ともいえるフォームチェンジが完了する。

 吹き飛ばされたアポロガイストが立ち上がった時には、クナイガンの刃は既に、その首筋に迫っていた。

 その斬撃をすんでで躱し、アポロガイストがやや後方に飛び退いた。

「手を抜いているのはお前ではないのか。必死で抗わねば、死ぬぞ」

 天道の声には余裕と笑みすら含まれていた。それを受け、アポロガイストは剣の柄を握り直した。

「その態度が小賢しいというのだ」

「俺が聡明なのは事実だから認めざるを得んが、小は余計だな」

「ごちゃごちゃと御託を!」

 斬り掛かったアポロガイストの剣の先をクナイガンで捌き、天道は右回りにステップを踏みつつ、素早くクナイガンをガンモードに切り替え、続け様に放った。

 一発、二発。最初の何発かがアポロガイストの鎧を叩くが、それ以降は突き出された盾に阻まれた。

「ふん、如何に貴様の能力が優れていようとも、貴様が我輩に決定的なダメージを与える方法は、あの必殺キックしかないのだろう。ならば我輩は、それだけを警戒していればいいのだ」

「聞いてもいない事をぺらぺらと囀る。弱者の証だな」

「何!」

「この太陽の神の力が、そんなものだと思うか、貴様は」

 天道総司は決して全力を出してはいない。それは、アポロガイストの低くないプライドをいたく傷つけた。

 いきり立ち怒濤の勢いで繰り出される剣の軌跡を、天道はいなし躱した。

 時折、攻撃に必死になるあまり甘くなった防御を突く事は忘れない。だがアポロガイストもただの怪人ではない。クナイガンの切っ先は悉く太陽を象った盾に阻まれた。

「本気で戦え、天道総司!」

 アポロガイストが叫んだ。それを受けて天道は、盾ごとアポロガイストに回し蹴りを叩き込んだ。アポロガイストはよろけ後退り、我彼の距離がやや開いた。

 距離が開くと、アポロガイストは剣を鞘に収めた。二連式の銃を腰から取り出し、天道目がけ銃を向け引金を引いた。

 ぎりぎりで天道は身を躱した。天道から更に後方にあったビルの残骸に、ぼこりと穴が開いて派手な音が鳴った。

 続け様にアポロガイストは銃を放ち、その内の一発、二発がカブトの肩、胸を捉えた。

 流石に大幹部、一筋縄ではいかない。

 貫通こそせずアーマーも無事だが、弾丸が当たった衝撃によるダメージは侮れない。じくじくと、骨に響いている。

 この誇り高そうな武人に使うのは少々気が咎めるが、やむを得ない。これからの事を考えれば、決して長引かせてはいけないのだ。

 天道は立ち上がると、ベルト脇のスイッチを掌でタップした。

「クロックアップ」

『Clock Up』

 その瞬間、天道の姿はアポロガイストの視界から消え去り、それを認識する間もなく、アポロガイストの体は宙に舞って、盾は手を離れアスファルトを転がっていった。二度三度、落ちかけた所をまた舞い上げられてから、強い力で遥か後方に叩き付けられた。

「……な、何だ、と?」

『Clock Over』

 音声が鳴り響き、カブトの姿がアポロガイストの視界へと戻ってきた。天道総司は、アポロガイストを見下ろして佇んでいた。

「……それが、クロック、アップ……」

「そうだ。一対一の立ち会いには使うまいと思っていたが使わされた。生き死にではお前は負けたが、この勝負、お前の勝ちだ」

「…………嬉しく、ないものだ」

「そうだろうな。死ねばそれで終わりだ」

 俯せに倒れこんだアポロガイストの腕が動きかけて、力なく落ちた。

 アポロガイストの体は、やや光った後に、炎を上げ爆発を起こした。

 天道はアポロガイストに落としていた視線を上げ、燃え盛る炎の向こうを見た。

「待っていたぞ、貴様を確実に葬る為に」

 天道は、少し前まではアポロガイストだった炎の向こうに立っていた男に、声をかけた。

「無能な部下を持つと苦労する、ってのは本当だな。俺はこんなに簡単にいくと思わない事だ、天道総司」

「お前は精々俺を侮っていろ、門矢士」

 黄色いカラーリングのディケイドに向けて、天道は右の腕を上げ、クナイガンの切っ先を向けた。

 

***

 

 それを、最初に目にしたのは、キャッスルドランを駆りサバトと戦っていた、二人のキバだった。

「おいっ、ワタル、何だありゃあ!」

 腰のキバットの絶叫に、幼き王ワタルは、辺りを見回した。

 東の、左程距離は離れていない空の上に、巨大なオーロラが出現していた。

 そして、そのオーロラから、何かが、出てこようとしていた。

 それはゆっくりとゆっくりと、その巨大な姿を徐々に、現しつつあった。

 

 地上でも、いち早くその気配に気付いた者があった。

 電王・クライマックスフォームは、空にそれが現れ始めると、気もそぞろの様子で空を見上げた。

「おいモモタロス、何余所見してるんだ、集中しろ!」

 青の電王――ストライクフォームが声をかけるが、まるで話を聞いていない様子だった。

「おい幸太郎、ありゃ、やばいぞ」

「今お前が動かないで固まってるこの状況よりやばいのか!」

 ミラーモンスターの爪をマチューテディで受け止めつつ、幸太郎が苛立って叫んだ。クライマックスフォームはややぼんやりとその言葉に頷いた。

「やばいなんてもんじゃねぇよ。大ショッカーってのは何考えてやがるんだ」

「何が言いたいのかもっとはっきり話せ!」

「あの空のデカブツから、こんな所までぷんぷん臭ってきやがるんだよ」

 それを聞いて幸太郎もはっとした様子で空を見た。

「イマジン臭すぎて鼻が詰まりそうだぜ。いくら俺が鼻がいいからって、こんな離れた所にまで臭ってきやがるなんて、あれには一体、どんだけの数のイマジンが乗ってやがるんだ……?」

 

***

 

「お前は、あれを待っていたという事か」

 天道は空を見上げた。

 既に半分ほど姿を現したそれは、岩を削り出して作った彫刻のようにも見えた。

 下から見上げると、虫の腹のような形をしているようにも見えたが、大きすぎて全貌は掴めない。

 その巨大な岩の固まりのような物が落とす影で、辺りはすっかり暗く翳っていた。

「大ショッカーの大首領としての仕事だからな。この、九つと新たな一つの世界の融合と崩壊のエネルギーを利用するんだよ」

「あれが大ショッカーの本体という事か。随分親切に教えてくれるものだな」

「待たせた詫び代わりだ」

 全く悪びれた様子など窺えない声で、黄色いディケイドが嘯いた。

「まあ、主役は多少遅れて来ないと話が盛り上がらないからな。その辺りは(かたき)役は我慢してろ」

「……まだ茶番劇のつもりか」

「俺の勝利が分かりきってるんだ、茶番以外の何だ?」

 天道の声には、怒りの色があった。だが黄色いディケイドは、意に介した風もなかった。

「主役が遅れて来るんなら、やっぱり主役はお前じゃない、俺って事だな」

 天道から見て黄色いディケイドの後方に、三人は立っていた。

 門矢士、小野寺ユウスケ、そして見知らぬ青年が一人。

 黄色いディケイドは振り返り、門矢士を見た。

「雑魚が雁首揃えて何の用だ。纏めて始末出来るんだから手間が省けて丁度いいが、鬱陶しいな」

「俺達はお前なんかに負けない。俺達はきっと、いくらだって強くなれるんだ」

「今度は寝言か。そんなに寝言が言いたいなら永遠に寝かせといてやる」

 ユウスケの言葉を悪態で返し、黄色いディケイドはライドブッカーをソードモードに切り替えて、右手に提げた。

 今まで黙っていた見知らぬ青年が、口を開いた。

「あなたに聞きたい事があります。俺、ここに来るまで、酷い……景色を見続けました。人がこんなに、こんなに沢山簡単に、死んじゃいけないんだ。こんな事を許せるっていうんですか。あなたは、何とも思わないんですか」

「……何を言ってるんだ、お前は? 質問の意味が全く分からん。ここはディケイドの作り出した世界、偽物だ。崩壊してくれないと俺は困るし、そもそも俺が崩壊させてるんだ。何でそれを見て俺が何か思うんだ?」

 青年の質問は天道からしても突飛に思われたし、黄色いディケイドの答えも想定の範囲内だった。

 だが、答えを聞いた青年の顔色は明らかに変わった。溢れているのは怒りなのだろう、目を見開いて、黄色いディケイドを睨みつけていた。

「…………許せない」

 青年は、搾り出すように低く呻いた。悔しそうな悲しそうな声で。

「そうだろうな。だから止めるんだ。行くぞ」

 告げて士はディケイドライバーを取り出し腰に当て、ユウスケと青年はそれぞれにほぼ同じ構えをとった。

「変身!」

 掛け声はほぼ同時だったが、とった姿は三者三様だった。マゼンタのディケイド、赤のクウガ。

 そして見知らぬ青年、その変化した姿をまじまじと見つめて、天道は驚きのあまりに呟きを漏らしていた。

「……クウガ、何故」

 究極の闇と化してしまったクウガ、五代雄介。

 彼は闇に呑まれて”凄まじき戦士”となり、自分を失っていた。だから、紅渡の仲間にクウガはいなかった。

「おい小野寺、そいつは……”凄まじき戦士”じゃないのか!」

「大丈夫です!」

 ユウスケははっきりと答え、”凄まじき戦士”も、天道に向かって、軽く頷いてみせた。

 驚くべき事に、五代雄介は、自分を取り戻したようだった。

 その凄まじい力は天道も話に聞いただけだが、もし彼が力になってくれるのであれば、これ以上心強い味方もなかった。

「……厄介なのが増えたようだな」

 大して困ってもいないような平然とした声で言い放ち、黄色いディケイドはライドブッカーを、ひゅっと空を一振りさせて構え直した。

 

***

 

 ゼクトルーパー三人に囲まれて、夏海は黒いバンへと向かって歩いていた。

 気ははやるけれども、ソウジの言う事が正しい事は充分分かっていたし、逆らう気になれなかった。

 ――私が行ったって、何も出来ないんです。足手纏いなだけです。

 恐らくすぐ近くで士達が戦っている。そこに行かなければいけない。そう強く思う気持ちと、夏海は必死に戦っていた。

 俯いて歩いていると、薄暗かった空が、急に明るくなった。

 見上げると、キャッスルドランと戦っている、シャンデリアのような物が吐き出した、青白い熱の塊が、遥か頭上にあった。

「やばい、逃げろっ!」

 ゼクトルーパーの一人が叫んで、一人が夏海の腕を掴み、走り出した。

 走って逃げて、避けられるんだろうか。その熱球は大きい。さっきは、空の高いところにあるのに、バレーボール位の大きさがあるように見えた。それが地上に到達したなら、どれくらいの大きさになるのか。

 熱の塊が、夏海達がそれに気づいた場所より、やや後ろに着弾したようだった。爆風が起こり、夏海の腕からゼクトルーパーの手は簡単に剥がれ、夏海は空へと放り上げられた。

 何もかもゆっくりと動いていくように見える。クロックアップって、もしかしたらこんな感じなのかなと、関係のない事が頭に浮かんだ。

 分かる。地面にこのままの勢いで叩きつけられれば、夏海は死ぬしかない。ただの、生身の人間なのだ。ぎゅっと目を閉じた。

 そう思った瞬間、辺りがふっと薄暗くなった。ごく低い場所から地面に落ち、背中と尻が固いアスファルトへと叩きつけられた。

「……痛あぁ…………」

 声が漏れていた。だけれども、こんな痛みで済む筈がない。体を起こして周りを見ると、先程の場所とそう離れていないようだった。先程向かっていた黒いバンが逆さになって、煙を上げていた。

「危ない危ない、危機一髪ねぇ」

「キバーラ!」

 頭の上で、手の平サイズの銀の蝙蝠が羽ばたいていた。彼女はいつも通りに、含み笑いを浮かべて夏海を見ていた。

「……キバーラが、助けてくれたんですか?」

「だってぇ、夏海ちゃんに死なれちゃったら困るもの」

「……どうしてですか?」

 質問すると、キバーラは、きゃははと高い声で笑った。

「それは、ヒ・ミ・ツ。さっ、門矢士の所へお行きなさい」

「えっ」

「なぁに? 折角助けてあげたのに、行かないの?」

 その質問に、夏海は首を横に振って俯いた。

「…………あの、さっきの、人達は」

「さぁ。運が良ければ、打ち所が良くて生きてるかもしれないけど」

「何で、何でキバーラ、そんな事言うんですか!」

 怒鳴りつけると、キバーラは閉口した様子で、ぱたぱたと羽搏きの音だけ響かせて、夏海の目線の先で滞空していた。

「…………だってさ、夏海ちゃん、他にも一杯死んでる人はいるのよ。一杯倒れてたでしょ?」

「……そう、ですけど」

「あたしには全員助けるなんて無理。門矢士にもユウスケにも出来ないでしょ? 皆を助けるなんて出来ないのよ。優先順位をつけなくちゃいけない」

「ですけど……そんなの、何か、嫌です……」

「だけど、一個だけいい方法があるわ。ディケイドがどっちも滅びれば、皆助かるわよ」

「そんなの、選べません」

 いやいやをするように、夏海は小刻みに首を横に振った。人が死ぬなんて嫌だ。名前も知らない人でも嫌だ。士がいなくなるのも、嫌だ。

「……まあ、とにかくお行きなさい。その為にここまで来たんでしょう。じゃあね」

 見上げるとキバーラは、オーロラの中へと入っていった。オーロラはすぐに消え、夏海は一人になってしまった。

 そんなの選べない。選べる筈がない。優先順位なんか、つけようもない。

 立ち上がって服の埃を払い、夏海は歩き出した。

 

***

 

 拳は鼻先を掠めただけだ。だが、その拳圧が黄色いディケイドの姿勢を崩した。

 続け様、思いもよらないスピードで、右足からの蹴りが襲い来た。

 黄色い奴は、無理矢理足を踏ん張り、後ろへ飛んだ。

 すれすれで黒いクウガの蹴りは空を切ったが、着地点には、もう一人のディケイドの、ライドブッカーガンモードから放たれたエネルギー弾が飛来する。それをソードモードのライドブッカーで斬り、捌くと、赤のクウガと黒のクウガが、追い掛けるように拳を放つ。

 思った通りだ。奴の格闘能力は、決して低くはないが飛び抜けて高くもない。

 天道は戦いを見守りつつ、飛来したハイパーゼクターを右手で受け止めた。

 黄色い奴の持ち味は、豊富なカードの能力を生かしたカウンター戦法。

 無論、カウンターだけの相手ではない。ファイナルアタックライドとかいう攻撃を用いれば、カウンターに頼らずとも充分な破壊力を持った攻撃を行えるという事は、既に聞いている。

 だが、主戦法は、カウンターで相手の手の内を封殺して圧倒的な優位を確保する、というものだ。

 ならばカウンターなどさせる暇を与えなければいいし、こういった自信過剰な相手は、自分のペースを守れないと、意外に脆い。

 黒いクウガの参戦は、嬉しい誤算だった。彼の圧倒的ともいえる素早さと破壊力は、目に見えて黄色い奴を追い詰めていた。

 十二分に勝機はある。そして、決して逃がしはしない。

 天道はハイパーゼクターをベルト左脇に装着、ホーンを押し込んだ。

「ハイパーキャストオフ」

『Hyper Cast Off――Change Hyper Beetle』

 タキオン粒子の光の波がアーマーを駆け抜け、カブトの姿をハイパーカブトへと変えていく。

 更に隙を与えず、好機があればそのディケイドライバーを叩き壊す。

 天道もまた、黄色い奴目がけ駆け出した。

 

***

 

 城戸真司も辰巳シンジも、自分達の置かれた状況を半ば忘れ、天に現れた巨大な戦艦を見上げた。

 これは、現実なのだろうか?

 辰巳シンジは、着いていけない、と思った。今の状況はあまりに現実味がなく、実際に目にしているというのに、一向に自分の事として考えられなかった。

 彼は巻き込まれただけで、つい二三日前までは普通の生活を送っていた。気構えや心構えを持っている訳はなかった。

 今こうして戦っているのも、状況に流されたにすぎない。紅渡を名乗る黄金のキバの説明も荒唐無稽すぎ、とても全部を現実に起こっている事だと納得する事は出来なかった。

 だがそんなシンジにも、これは本当なのだろうと心から思えた事柄はあった。城戸真司と名乗った、このもう一人の龍騎の気持ちは、嘘もなさそうだったし、よく分かる、理解の範囲の及ぶ感情だった。

 人を守りたい。

 ともすれば、照れて素直には口に出せなくなりそうなそんな願いを、城戸真司は何の衒いもなく、まっすぐな口調で口にした。

 それはそうだ。守れるものなら守りたい。

 街が目茶苦茶にされて、人が簡単に命を落としていく、こんな状況は、シンジだって理不尽だと思うし何とかしたい。

 だが、果たして自分は城戸真司のように、こんなにまっすぐ、人を守りたいと口に出来るだろうか。

 怖くてたまらないのだ。逃げ出せるものなら逃げ出してしまいたい。

 そこに、今度は空に、何か虫のような空中要塞。

 一体シンジは何をすれば、どうすればいいというのだろう。

「何だよあれ……大ショッカーか?」

 城戸が力の抜けた声で呟いた。

 要塞の動向を見つめていると、何かがきらりと光った。その光は断続的に続いている。

 瞬く間に光が近づいてくる。

 それは、エネルギー弾のようだった。あっという間に地上に引き寄せられ、シンジも城戸も、慌てて横に飛んだ。

 だが、気付けば弾丸はいくつも放たれていたようだった。まるでスコールみたいに大きく激しく、弾丸の雨が地上を叩き殴り始めた。

 

***

 

 状況は一気に変化した。

 空を行く戦艦から射ち下ろされる砲撃が地上を焼いた。

 砲撃が背後に着弾し、爆風が巻き起こる。突然の事にユウスケも士も対処が間に合わない。二人は爆風に煽られて、それぞれ別の方向へと吹き飛ばされた。

 ただ黒いクウガだけが、そんな事には動じもせず、黄色い奴に向かい、二発三発と拳を繰り出した。

 最後の一発が、避け切れなくなった黄色い奴を捕らえた。黄色い奴は大きく後方へと弾き飛ばされた。

 倒れこんだ黄色い奴にとどめとばかりに、黒いクウガは、爆風を縫い駆け出す。

 黄色い奴はカードを取り出そうと手を伸ばしたが、直後、体を捻り勢いを余らせて再度倒れこんだ。彼の首があった空間を、ハイパーカブトのハイキックの爪先が横切った。

 カードを使う暇を与えてはならない。ハイパーカブトは、全て黄色い奴がカードを出そうとする動作を潰す為だけに動いた。

 黒いクウガの戦闘能力があればこそ、ハイパーカブトは、黄色い奴の動作を潰す事に全力を傾けられる。

 黄色い奴は、手も足も出せない様子だった。黒いクウガとハイパーカブトに加え、赤いクウガとピンクのディケイドもいるのだ。ここまで避け続け立っている事が、常識外れの奇跡のようなものだった。

 立ち上がった赤いクウガとディケイドは、回り込んで黄色い奴の退路を断つ。二人が説明せずともハイパーカブトの動きの意図を汲んでくれたのも、天道にとっては嬉しい誤算だった。

「……全く、弱い奴等は大変だな。群れないとろくに戦えないんだ」

 圧倒的に不利な状況に立たされながら、黄色い奴の減らず口は相変わらずだった。

 爆撃により、あちこちで火の手が上がっている。ぱちぱちと火がビルの残骸を燃やし、黒い煙を空に巻き上げていた。

「そんな口をきいたって、お前はもう年貢の納め時だ。観念するんだな」

 マゼンタのディケイドの言葉に黄色い奴は、ふん、と鼻で笑って返してみせた。

「俺は年貢を受け取る方だろう。納めるなんて有り得ないな」

 そして黄色い奴は、ライドブッカーをガンモードに切り替え、まるで見当違いの方向に構え、弾丸を放った。

 ……何をしている? とうとう万策尽きて破れかぶれになってしまったのか?

 天道が不審に思うより少し早く、マゼンタのディケイドが駆け出していた。

「夏海っ!」

 マゼンタのディケイドが目指す先、崩れかけたビルの影、そこには確かに、光夏海がいた。

 何故あの女が、こんな所に? 天道は焦った。

 天道も、恐らく五代雄介も小野寺ユウスケも、完全にそちらに気をとられていた。黄色い奴の放った弾は、夏海の頭上で斜めとなったビルの残骸を狙っていた、奴は夏海の上にコンクリートの塊を落とす為に弾を撃ったのだ。

『Form Ride Kiva‐Basshaa』

 しまった、と思った時には既に遅かった。数瞬前までアスファルトだった筈の足元は、暗く波打つ水面になっていた。

 これは、バッシャーのアクアフィールド、彼の領域。足首まで水に沈む。それ以上は沈まず溺れはしないが、脚の動きを封じられる。

「甘ちゃん揃いで大助かりだ。お前までそんなに甘いとはな、天道総司!」

『Final Attack Ride Ki‐Ki‐Ki‐Kiva』

 ガンモードのライドブッカーを黄色い奴が天に翳し、アクアフィールドの水が圧縮され巻き上げられて、巨大な水の玉が形成される。

 放たれたそれは、ハイパーカブト、黒いクウガ、赤いクウガを飲み込んだ。

 

***

 

 ライダー達に囲まれ、ディケイドが立っている。それを夏海は見ている。

 ビルは崩れ、アスファルトは砕け掘り返されている。あちこちで火が燃え、ぱちぱちと爆ぜる音がずっと響いている。

「ディケイド……」

 夏海は呟いた。

 ずっと遠くに立っている筈のディケイドには、その呟きが聞こえる筈がない。だけれども彼は、夏海の方へと銃を向けた。

 これはもう、何度も何度も、繰り返されてきた事。

 そうだ、その度に夏海はディケイドを許せない存在だと思った。

 この光景に立ち会えば、夏海は否応なく思い出すようになっていた。そのように決められていた。

 母がどのように、何の為に死んだのか。この世界の一部は母の記憶から作り出されていて、栄次郎と夏海は、何処にでもいる。世界に必要な要素として、必ず。ほんとうは生まれなかった命は、新しい世界を生きる命として、世界が産み出した。

 何も見ないまま真実を知らされると、夏海はディケイドを必ず拒絶する。その失敗を一度犯して、だから、栄次郎は肝心の事を何も言えなかった。

 決めること、それが夏海に割り当てられた役割だった。だから、夏海はどうしても、ここに来なければいけなかった。役割を果す為に。

 毎回同じように、ディケイドはライダーを滅ぼし世界を崩壊させ、夏海はそんなディケイドを幾度となく拒絶した。

 いつでも、いつでも。

 こんな事をいつまで繰り返すんでしょう、いつまで、何回。その度毎に、夏海は思ったけれども、いつだって結局は同じ事の繰り返しだった。

 夏海が拒否すれば、門矢士は存在できなくなる。ディケイドは一時的に止まる。だけれどもディケイドはまた新しい門矢士を生み出す。

 ディケイドは自らのあるべき世界を探す為に世界を生み出すのに、世界は決して門矢士を受け入れない。

 世界が門矢士に望む事を、門矢士が為さないから。

 門矢士は、本当は、世界を求めなければいけなかったのに、彼はいつでも世界を徒に融合させ破壊した。

 求めさえすれば、それはすぐそこにあったのに、彼はいつだって気付かなかった。

 審判が下り、拒否された門矢士は消え去る。そしてまた新しい門矢士が生み出されて、同じ事が繰り返される。

 世界はただ、門矢士が辿り着くのを待っているだけだったのに、彼は道を辿ろうとしなかった。

 ずっとずっと、待っていたのに。

「夏海っ!」

 大きな声がした。

 士の声だ。

 ディケイドが、駆け寄ってくる。いつも遠くから夏海を眺めて銃を向けたディケイドが、どうしたことだろう、駆け寄ってくる。

 ディケイドは夏海を突き飛ばした。夏海は後ろに大きく倒れこみ、ディケイドはガンモードに切り替えたライドブッカーで、上から降ってきたコンクリートの塊を撃ちぬいた。

 細かくなったコンクリートの破片は、それでも充分な大きさを保って、マゼンタのディケイドを瞬く間に埋め尽くした。

「……士、君」

 コンクリートの破片が砕けて粒子となって、もうもうと砂煙を上げていた。

 ぱらぱらと、細かい破片がまだ降ってきている。

 夏海の目の前には、コンクリートの破片が積み重なった小山が出来ていた。夏海はそれに駆け寄って、破片を掘り返し始めた。

「士君、返事して下さい、士君!」

 士は探していた。自分の世界を探していた。最初からずっと側にあった事など気付いていなかったけど、ずっと求めていた。

 世界はただ、世界が門矢士を求めるのと同じだけ、門矢士から必要とされたかっただけだったのだ。気付いてほしかったのだ。

 夏海ではない、彼女が、士ではなく、士を、愛していたから。

 それが間違っているのは分かっていた。そんな事をしても何にもならないのだ。失われてしまったものは絶対に戻ってこない。時は巻き戻らない。門矢士は門矢士でしかないし、光夏海は彼女ではない。

 それでも彼女は、士に振り向いてほしかったのだ。

 そして夏海は、そんな事は関係なく、何も関係はなく、士にいなくなってほしくないと、そう願った。

 また新しく出会える、何度だって新しく始められる。栄次郎の願いはそれだった。

 どんな作為があったって、どんな思惑があったって、光夏海は門矢士と出会った、それ以上の事実なんて、そこにはなかったのだ。

「士君嫌です、お願いですから士君! いなくならないで!」

「……何処見て言ってんだ、夏ミカン」

 横合いから声がした。

 手を止めて、首を動かして見ると、ディケイドがコンクリートの小山の向こうから、ひょいと姿を現した。

「士…………君……」

「まさか俺が埋もれたなんて思ったのか。そんなヘマするか、馬鹿」

 いつもの調子で、面白くなさそうに士は悪態をついた。夏海は笑って、頷いた。

「……士君、私、思い出したんです。お母さんの事」

「……へぇ」

「私の役割、士君の事も」

「……それで? どうすんだ、お前は」

「私、士君がいなくなってもいいなんて、思えないです。それは、変わらなかった」

 そうか、と、興味がなさそうに士は呟いて、夏海に背中を向けた。

「どうでもいいが、こんな所に来るな。俺が帰れなくなる」

「……帰れなく?」

「そうだ。俺が帰る場所は、お前と爺さんとユウスケがいる、あの写真館なんだ。俺が生まれた世界なんてのは始めから存在しなかった。だけど、俺があるべき世界ってのは、きっと俺が自分で決められる。それは、何処かなんて何処でもない場所にあるんじゃない、俺の中にある。世界に許してもらうんじゃない。そんな都合のいい世界なんて、何処にもありゃしない。世界は俺を必要としてるのに、俺が、何処か別の場所にあるんだって思い込んで、それに気付いてなかっただけだ。今ここが俺の世界なんだって、ここにいたいんだって、そう思えばきっとそこを俺があるべき世界にしていける。世界は変えていけるし、俺は変わっていける。そしてそこには、お前等がいないと嫌なんだ」

 士はきっと、()()()()()()()()のだ。夏海はそう思った。

「見つかったんですね、自分の世界」

「そうだな。世界が俺を必要とするように、俺が心から世界を必要とすれば、そこが、俺の世界だ」

 

***

 

 キャッスルドランの吐き出した火球は、気味の悪い虫を模したその要塞に届く前に、透明な壁のようなものに遮られ、跳ね返された。

 サバトを撃破し、二つのキャッスルドランはオーロラから現れた巨大戦艦へと向かっていったが、どちらも同じように、跳ね返された自らの攻撃に撃沈された。

 片方の城から、黄金の飛竜が飛び立った。振り落とされたキバを拾い上げ、飛竜は地上に降り立って、キバが降りると黄金のキバへと姿を変えた。

「バリア……あれでは、攻撃出来ない」

 渡は上空を見上げ、悔しげに呻いた。

「紅さん!」

 ワタルの声が響いた。地上に降り立てば、融合の現象により異常発生した怪人達が即座に襲ってくる。

 飛びかかってきたゲルニュートの群れをザンバットソードで斬り払おうとすると、ゲルニュートは何故か、刃が届く前に霧散し始めた。

 二人のキバに襲いかかったゲルニュートだけではない。視界に映るミラーモンスターは全て、粒子へと姿を変え、空気に溶け始めた。

「紅さん……これは一体、どういう……」

「……分かりません」

 ミラーモンスターだけではなかった。

 オルフェノクは灰に。魔化魍は土に。ワームは塵に。グロンギは芥に。ファンガイアは玻璃に。

 それぞれの姿で、それぞれに消え去っていった。

「融合が……止まった? 何故?」

 

 上空からの爆撃を食らい、城戸真司は致命傷こそ負っていないものの、大きすぎるダメージの為変身を解除されていた。

 辰巳シンジが必死に彼に襲いかかる怪人を追い払おうとするが、一人では限界がある。

 もう駄目かと二人とも思った。だがその時彼等も、二人のキバと同じ光景を目にする。

 

「どういうこった……」

「さあ……」

 急にがらんとした片側三車線の国道、砕け盛り上がり荒れ果てたアスファルトと、倒壊したビルの残骸。

 戦車の周りの警官達も、辺りを見回しきょろきょろとしている。

 そしてその先に、黄色いディケイド。

 二人のファイズは、ぽかんとその風景を眺めた。

 

「……あれ?」

「何だ、何が起こった?」

 金と銀のアギトは顔を見合わせる。

「えっ、何、何だ」

「……どういう、事だ……?」

「何か、いなくなっちゃったねえ」

 二人のブレイドとギャレン、レンゲル、装甲響鬼や鬼達も首を捻り。

「えっ、おい、何だ、あいつら何処行きやがった!」

「……分からないな」

「何が……起こったんだろう?」

「さあな」

 時の守護者達も一様に呆然とする。

 

***

 

「何だ、どういう事だ! 何で止まる!」

 苛立った声で、黄色い奴が叫び、忙しなく周囲を見回した。

「俺は止めてない、止まる筈がない!」

「お前が止めたんじゃない。門矢士はあるべき世界を見つけた、恐らくそういう事だろう。片方のディケイドの力だけでは、こんな大規模な融合を急激に進ませる事は出来ないんじゃないのか」

 天道総司の声だった。黄色い奴は声の方を顧みた。

 二人のクウガ、二人のカブトが、ビルの影から姿を現した。

「……クロックアップ、本当に鬱陶しい能力だな!」

「お前ほど鬱陶しくはない」

 告げた天道――ハイパーカブトの右手には、時空を超え現れたパーフェクトゼクターが握られる。

「終わりだ。融合は完了せず、お前は今ここで倒される」

「誰が誰に倒されるって? ふざけるなよ。俺を倒せるとでも思ってるのか」

「思うさ」

 声に、黄色い奴はハイパーカブトから目線を外し、振り返る。

 二人のディケイドは、道を挟み、再度相対した。

「おい。お前の世界ってやつを、お前、持ってるか?」

「そんなものは必要ない。この戦いが終われば、全ての世界は俺が支配する事になるんだ」

「世界を支配ね。下らないな。お前は本当にそんな事の為に戦いたいのか。お前が本当に欲しいものは、ないのか」

「俺の望みはライダーを滅ぼす事だ、何度も言わせるな」

 黄色い奴の答える声は、全ての理解を拒否し跳ね返すように尖っていた。

 こんな事は終わりにしなければいけない。門矢士は、もう新しく生み出されてはいけない。

「そうか、分かった。なら俺は戦う。守る為に!」

 門矢士は叫び、ソードモードに切り替えたライドブッカーを構え、切先で黄色い奴を指した。


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