Over the aurora《完結》   作:田島

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(2)物語のない世界

「わかった、他に女がいるのね!」

「うおっ、とっ」

 狭い部屋の中をキバーラに追いかけられ走り回っていた小野寺ユウスケは、ディエンドの世界が描かれた背景ロールに勢い余って激突した。

 足をもつらせ転ぶ事こそなかったものの、衝撃で新たな背景ロールが降りてくる。

 新しい背景ロールが降りてくる事によって、光写真館は未知の次元へと移動し、ロールに描かれた絵が新しい世界を示す。ここ最近の、光写真館の恒例行事だった。

 いつも新しい世界が描かれた絵に秘められた謎やドラマに一同は喧々囂々となるのだが、今回はあまりに勝手が違っていた。

「おじいちゃん……」

「うん、何も、描いてないねえ」

「どういう事だ、爺さん」

 三者の戸惑った様子に、背景ロールを下ろした当の本人も描かれている筈の絵を見ようと振り向いたが、そこには光栄次郎の言葉通り、何も描かれていなかった。ただのまっさらな、生成り色をした背景ロールが吊り下がっていた。

「もしかして、旅が、終わった……って、事?」

 意味ありげに呟いたユウスケを、他の三人は一度に見やった。恐らく思いつきで口にしただけなのだろう、ユウスケは見つめられて困ったように頭をかいた。

「いやだってさ、ここ、何もないって事になるじゃん。絵がないんだから。でも外はちゃんと建物建ってるみたいだし。訪れるべきって決められた世界がないのに何処かの世界にいるんなら、士の旅が終わったって事なんじゃないの?」

「分からんぞ、俺達は何らかの陰謀で集団催眠にかけられているかもしれん」

「……本当ですか?」

 士があまりに真顔で口にするので、光夏海は思わず心配になり、真剣な眼差しで士の顔を覗き込んだ。

「そんな訳があるか。まあ、俺の旅が終わったっていうのと同じくらいの確率で有り得るかもな。大体集団催眠って誰がかけるんだ。爺さんか、それともそこの怪しい銀コウモリか」

「あっ、キバーラなら超音波出せそうだから、集団催眠とかいけるかもね」

「そうそう私の自慢の超音波で…………って、そんな訳ないでしょ!」

「私は真面目に話してるんですから、皆茶化さないでください!」

「お前は学級委員長か。ミカンでも愛媛ミカンクラスとか和歌山ミカンクラスとか、静岡ミカンクラスとか熊本ミカンクラスとかあるのか」

 尚も茶化そうとする士を睨みつけ、夏海は拳を作って突き出した親指を士の首筋に当てた。

「光家秘伝、笑いのツボ!」

「だっはははははっはははははは、あっははは、はっ、てめっ、はははははははは、なつみ、はははははっ」

 笑い続ける士が耐えられなくなって膝を折り、勝ち誇る夏海を見てユウスケと栄次郎も釣られたように笑い出す。

 本当にいつも通りの光景だった。

 ――実は、ディケイドの旅が終わるっていうのも、満更でたらめでもないんだけどね。

 栄次郎の肩に収まって、まだ回復しない士を見下ろしながら、キバーラは心の中でだけ呟いた。

 

***

 

 外に出ると、夏海は周囲の風景が、あまりに見覚えがありすぎる為に戸惑いを見せた。

 士の服装も何の変化もない。彼はこの世界での役割を割り当てられていないようだった。

 この風景は、つい先日も目にしたものと同じだ。ネガの世界――夏海の世界の、鏡写しの姿――と、まるで同じだ。

 ネガの世界でもそうだったように、あの日炎に飲み込まれようとしていた母と子が、夏海の脇を通り過ぎていった。

「また、ネガの世界に、来ちゃった……んでしょうか?」

「それなら絵は出るだろ。おい夏ミカン、お前の親友とかいう……千夏だったか? そいつと連絡は取れるか」

 士の言葉に、夏海ははっとなって携帯電話を取り出した。ネガの世界では千夏はもう亡くなっていた。ダークライダー達の宝を奪い取る為に命を落としていた。ネガの世界でも連絡をとろうと、何度も自宅に電話をしたが、いつでも留守電だった。彼女がもし生きているのなら。

「もしもし、光夏海です。おばさん、お久しぶりです。……はい、はい。千夏は…………あ、そうなんですか。夕方ですね。分かりました、また電話します」

 携帯電話の終話ボタンを押して、夏海は振り向いて士を見た。

「千夏は今、学校に行ってるから留守でした。でも夕方には戻ってくるって千夏のお母さんが」

「ここが元の夏ミカンの世界だと確定はできないが……少なくともネガの世界じゃなさそうだな」

 大して面白くもなさそうに士は呟いた。

「もし夏海ちゃんの世界に戻ってきたなら、ここにはライダーはいないわけだよな。士のする事もないって事かな?」

「夏海の世界は崩壊に巻き込まれていた。それが平然と何事もなかったかのように元に戻っているわけがない。ネガの世界でも言ったろう」

「それはそうなんだけどさ、じゃあこの世界は何なんだよ」

「そんな事俺が知るか」

 辺りを適当に歩き回りながらユウスケが感想を口にしたが、ネガの世界で感じたような違和感は士にないのも事実だった。

 まだまだ世界が無数に広がっているというのならば、そちらを回らせるのがあの青年――ディケイドを破壊者と呼び、九つの世界を回るよう告げた――の目論見ではないかとも考えたが、本当に彼の意図で士の行き先が決められているのかも分からない。もしかしたら、もっと別の力が作用しているのかもしれない。

「よっ、夏海ちゃん、旅行から帰ってきたのかい?」

「あ、和田さん」

 通りすがりのルーフ付きスクーターの青年が、夏海に声をかけた。士も何度か会っている。光写真館に飾る花を仕入れている花屋の店員だった。

「旅行って何処行ってきたんだい?」

「あの……色々、ちょっと。旅行っておじいちゃんが言ってたんですか?」

「えっ、張り紙してあったじゃない。入り口のドアに。自分で書いたんでしょ?」

「え……ああ、そうですよね。ど忘れしてました」

「ははは、夏海ちゃんらしいけど。帰ってきたなら明日にでも花持ってくから、よろしくね」

「はい、お待ちしてます」

 和田が笑顔で手を振って、ルーフ付きスクーターは走り去っていった。

 どういう事なのだろう?

 夏海が旅に出る事になったのは世界が崩壊しようとしていたからで、張り紙など自分も祖父も書いてはいない。勿論士がそんなマメな事をする筈がない。

「やっぱりここは、私が元いた世界じゃ、ないんでしょうか」

「さあな。まだどっちとも言えないな」

 尚も三人は歩き続けるが、以前と変わった事といえば、季節が冬から夏になった事くらいだった。

 夏海が、仮面ライダーなどというものの存在を知る事もなく暮らしていたその街と、何も変わっていない。

「出る前に新聞も見たけど、別に変な事件とかもなかったしなあ。全然手がかりがないな」

「結論から言うと、この世界にはライダーがいないからさ」

 通り過ぎかけた道の脇、街路樹に寄りかかっていた海東大樹の言葉に、三人は足を止めた。

「どういう事だ、海東」

「言った通りだよ。この世界にはライダーはいない。それどころか、生まれて間もないみたいだ」

「生まれて、間もないだって?」

「そう。さしずめ『物語のない世界』とでも言うべきかな。物語っていうのは、勿論ライダーの、だけど」

「ライダーがいないのに何故俺達がこの世界に降り立った?」

 士の問に、海東は目を伏せて、一拍置いて明後日の方向に視線を向けた。

「さあね。これから生まれるんじゃないの。ライダーが」

「これから、生まれる?」

「ディケイドの影響で生まれた世界は、ライダーという『核』がなければ世界を安定させる事が出来ない。だからディケイドの存在を媒介としてライダーを生み出すんだ」

「何を言っているんだお前は」

「君がこの前聞いたんだろう。自分の過去を教えてほしいって」

 その言葉に、士は不本意そうに頷いた。それは確かに自分が口にした事だ。

「待って下さい。この世界が、ディケイドの影響で生まれたって、どういう事なんですか」

「そのままの意味だよ。ディケイドっていうのは一種の暴走機関だ。クラインの壺から溢れ出す無尽蔵のエネルギーが、新しい世界を作り続けていく。世界は安定すると今度は互いに引き寄せられて融合し、ある時限界質量を超えて消滅を始める。それが別の世界を巻き込む事もあるし、消滅の際のエネルギーがブラックホールのようなものを生み出して、それがどんどん大きくなってるなんて事も聞いた」

「そんな……ディケイドが、いるだけで?」

 スケールが大きすぎて想像も追いつかない。驚愕のあまり言葉を失った夏海から視線を外して、海東は士を見た。

「君は昔、原因など知らずに、世界の融合を阻止する為にライダーを討伐する旅をしていた」

「何?」

「それはある意味正しかった。ディケイドの力が作り出した仮初の世界は、基盤も脆弱だ。核となるライダーの存在が消えれば、その世界は消える。消えてしまえば融合もしないし消滅の過程で他に影響も与えない。ディケイドが作り出した世界を、一番穏便に処理する方法だ。だが君にその方法を吹き込んだ奴らの狙いは世界を救う事なんかじゃない」

「奴ら? 奴らって誰だ」

「悪の秘密結社・大ショッカー。奴らは、オリジナルへの『橋』を作り出す為に君を利用していた」

「……オリジナルって何だ」

「君も気付いているだろうが、今まで見てきたライダーは、レプリカに過ぎない。ディケイドが作り出した世界ではない、ライダーが死んでも消滅しない世界がある。大ショッカーはそのオリジナルの世界が欲しいのさ」

「今日は随分と懇切丁寧に解説してくれるじゃないか」

「気まぐれだよ」

 にやりと笑いかけると海東は、士達に背を向けて歩き出した。

「おい、何処に行く、まだ聞きたい事が」

「時間切れだ。僕は君と戦うなんてリスキーな事をしたくないのさ」

 一瞬、海東は振り向いて、遠く――士達の後方を見やる。つられて士達も振り向くと、そこには、あの日の青年が立っていた。

「話を聞いたなら理解できましたか。あなたは巡った世界で、ライダーを、倒さなければならなかった」

「お前……」

 少女のような顔立ちに、細い亜麻色の髪。赤いストールを首に軽く巻きつけた青年が、そこに佇んでいた。

 間違いなく、夏海の世界が崩壊したあの日現れ、ディケイドに旅立つよう告げたあの青年だった。

「タイムリミットです、ディケイド。君が僕達の望む事を為してくれなかった以上、僕達のとるべき道は、君を滅ぼす以外にない」

 

***

 

「お前一体、何者なんだ……?」

「僕は紅渡」

 士の質問に、青年は名前だけを名乗った。

 何処からともなく、黄金の蝙蝠と、同じく黄金の小龍が飛来する。

 二匹は、紅渡に付き従うように、彼の背後で滞空している。

 紅渡の瞳は、魔性の光を灯している。やや色素の薄い瞳が、赤みがかった鋭い光を帯びていた。

「ちょっと待ってくれよ、滅ぼすしかないって、他に何か方法はないのか!」

 今まで横で成り行きを見守り、情報量の多さに翻弄されていたユウスケが、ようやく事態を把握したらしく、紅渡に向かって呼びかけた。

 射抜くような眼光で士を睨めつけていた渡は、視線を和らげて、ユウスケを見た。

「小野寺ユウスケ、君も理解した筈です。ディケイドは、世を滅ぼす意志を持つから悪魔と呼ばれるのではない。存在そのものが、世界を破滅に導く破壊者なのです」

「だからって、そんなの、士の責任じゃない!」

「責任があるかどうかは関係ありません。彼を排除しなければ、滅ぶのは君の世界です」

「士を倒したら世界の崩壊が止まるっていう根拠は何だよ、そんなの、止まるかどうか分からないじゃないか!」

「少なくとも、ディケイドが機能を停止すれば、新しい仮初の世界が生み出される事はなくなり、無秩序に平行世界(パラレルワールド)が増えていく事もなくなる。融合と崩壊のエネルギーも今以上に高まる事はなくなります」

「そんなの……そんなの、何か他に方法があるだろう!」

 渡はあくまで淡々と言葉を繋ぐが、それが一層ユウスケを苛立たせた。

 士は悪魔なんかじゃない。素直じゃないだけで、本当は人一倍思いやりの気持を持っている、仲間思いの奴だ。そして、人一倍寂しがり屋なんだ。

 一緒に旅をして、ユウスケの士に対する印象は、確信に変わっていた。

 最初は尊大で嫌な奴だと思っていた。だけれども、ユウスケが立ち上がる切っ掛けをくれたのは彼だ。ユウスケの笑顔を守りたいと言ってくれた人は、彼が初めてだった。

「方法……いや、希望、それは確かにある。だが、彼を放置すればするほど、野放図に世界は増えていき、破滅への道を加速度的に辿ってゆく。君にもその理屈は分かる筈です」

「俺は……俺は、そんなの、分かりたくない! 俺は士の仲間だ、何があっても味方だ!」

「もういい、ユウスケ」

 静かな声だった。ユウスケは士を見やった。彼の表情も、いつも通り静かだった。

「そう言ってくれる奴がお前一人でもいれば、俺にとっちゃ上出来だ。感謝してる」

「……そういう事、言うなよ。お前らしくない」

「俺は悪魔じゃない、そう信じてくれる奴がいるから、俺は戦えるんだろう、多分」

「そんな、そんな事、言うな」

 ほんの数秒だけ、ユウスケに笑いかけて、士は渡に視線を向けた。

「一つ質問がある。お前が、オリジナルってやつか」

「そうとも言えるけれども、違うとも言えます」

「前々から思ってたが、歯切れの悪い奴だな。奥歯に物が挟まったみたいな言い方しかできないのか」

「はっきりと告げる事だけが真実ではないです」

 渡はそれ以上士に何かを言うつもりはないらしかった。

「キバット、タツロット!」

「おうっ、キバっていくぜっ!」

「テェンショォン、フォルテッシモぉ~♪」

 渡が凛とした声で従者の名を告げ、右手を掲げると、黄金の蝙蝠は彼の右手に収まり、黄金の小龍が彼の周囲を旋回する。

「変身」

 渡がそう告げ黄金の蝙蝠を己が左手に噛み付かせると、右腕から首筋、頬を辿り、ファンガイアの血の証、ステンドグラス模様が、まるで毛細血管のように張り巡らされていく。ややあって水面のような鏡が彼の全身を包んで波打ち、皇帝の鎧を形作る。

「あれは……キバ、ワタル⁉」

 キバの世界で目にした鎧が、別人の体を包んだ事に、ユウスケは驚きを隠せなかった。士が、前を見たままそれに応える。

「紅渡、あいつこそ、ほんとうの仮面ライダーキバだ。あいつの言いようを借りれば、本物かもしれないし違うのかもしれないがな」

 力を縛する鎖を、黄金の小龍が解き放っていき、蝙蝠の王の真の力がその鎧を包み込む。

 次の刹那、士達の眼前には、眩い黄金の鎧と真紅のマントに身を包んだ『仮面ライダー』が現れていた。

 彼は剣を手にしていた。柄に細かい装飾の施された長剣だった。それを中段に構えると、柄側に付いている蝙蝠を象った部分を切先に向かってスライドさせ、一気に引き戻した。

「夏海、逃げろ!」

 士は叫ぶと、腰に当てたドライバーにカードをセットし、起動させる。見る間にイリュージョンが士に重なり、幻が現実となって士の体を包み込む。頭部に飛来したライドプレートがセットされ、ディケイドが顕現する。

 キバの、蝙蝠の羽を模ったような赤い瞳は、ディケイドをまっすぐに捉えている、夏海に危害が加えられる危険などないだろう。だが、巻き込まれる可能性なら、今までのどんな戦いより強いかもしれない。

 世界を滅ぼすと言われたキバの力。士の失われた記憶の中からその情報が断片的に浮かんでいた。

 紅渡は、このディケイドが生み出した仮初の世界でなら、世界を滅ぼす事も厭わずにディケイドを倒す事のみを優先するのではないか。そう思われた。

 ディケイドはすぐさまライドブッカーを構え、袈裟懸けの斬撃を受け止めた。

「士!」

 ユウスケが駆け寄ろうとするが、その背後から、知らない声が響いた。

「甘いな。そんな事では、君の守りたい物は、何一つ守れないだろう」

 突然呼びかけられたユウスケが振り向くと、見知らぬ青年が、すぐ側を流れる川の柵に腰をかけていた。長身痩躯、黒のスーツと黒いカッターシャツの出で立ちに、サングラスをかけている。

 ユウスケも己の世界ではグロンギと、そして士と共に様々な世界の異形達と戦いを重ねてきた、それなりに場数は踏んでいる。それなのにユウスケは、目の前の男に圧倒されていた。掴みかかれば折れてしまうのではないかと思われるほど薄く細い彼の体は、近寄りがたい威圧感に包まれていた。

 男はサングラスを外した。その眼光の冷たさは、何も映し出していないように見えるが故なのだろうか。

「何だあんたは、あいつの、紅渡の仲間か!」

「俺の名は剣崎一真。またの名を、仮面ライダーブレイド」

「ブレイド……カズマ……?」

「俺には君と戦う理由はない。だが、君が門矢士に与するというなら、俺はそれを阻止しなくてはならない」

 剣崎はだらんと下げていた腕を懐に入れ、掌から少し余るほどのサイズのバックルを取り出した。ユウスケもそれには見覚えがある。

 ブレイバックル。ビートルアンデッドの力を借り、使用者を仮面ライダーブレイドへと変身させるツールだった。

「ちょっと待てよ。士を倒して崩壊が止まるかなんて分からないんだろ。それよりも、士を倒さなくたって、崩壊を止める手段があるんじゃないのか」

「それは、あまりに望みが薄すぎる。決断が遅れれば世界は無に帰す。君の世界も、他の世界もだ」

「やっぱり、何かあるんだな⁉ なら俺は、それを諦めたりしない、士を見捨てたりしない!」

 ユウスケがそう宣言すると、剣崎は一瞬、ひどく苦しそうに眉を顰め、そして再び冷たい眼差しでユウスケを見た。

「その逡巡が何を生むか、君は知らない。俺は二度と繰り返させないと決めた。だから渡の邪魔はさせない」

 言うと剣崎は、スペードエースのラウズカードをブレイバックルに装填し、腰に当てがった。ベルトが生成され、ブレイバックルは剣崎の腰部に固定される。

「変身」

 そう告げ剣崎は、こめかみの辺りまで上げた腕を引き下ろし、バックルに据え付けられたレバーを引いた。

『Turn Up』

 無機質な機械音声が発せられると、剣崎の全面にヘラクレスオオカブトの描かれたスペードエースのラウズカードと同じ図案の、ほの青いオリハルコンフィールドが展開される。ゆったりと歩いた剣崎がそれを潜ると、彼の姿は紫紺の戦士へと一瞬にして変貌していた。

 ユウスケも腰に手を当てがい、変身ベルト・アークルを出現させる。

「変身!」

 裂帛の気合とともに脇部のスイッチを押すと、彼の体は赤のクウガへと瞬時にモーフィングした。

「俺は、仲間を信じる心を、世界と天秤にかけたりなんて、出来ない!」

「それが、甘いと言っている!」

 ブレイラウザーの斬撃をバックステップで躱したクウガは、その勢いを利用して半回転し、右手の裏拳から左ストレートと、続けざまにパンチを叩き込もうとする。無論それが通じる相手ではない。左腕のガードは崩れない。だが、クウガの打撃の威力は彼の足を後退らせていた。

 入りさえすれば、勝てるかもしれない。

 その予感を得たクウガは、続けざまに左ジャブ、右ストレートから右のローキックと、息継ぐ間もなく打撃を繋ぎ繰り出した。ブレイドはその攻撃が見えているのか、的確に打撃を逸らし、捌いていく。

 攻防が数合続いた後、クウガの左ハイキックが、ブレイドの胸部を捕らえていた。

 衝撃に、ブレイドは大きく吹っ飛び、数メートル飛ばされた後に背中からアスファルトに叩きつけられた。

「やった!」

 確かな手応えがあった、しっかりと入っていた。その感覚があったユウスケは、思わず喜びの言葉を漏らす。

 だが次の瞬間、彼は動きを止め、前方を凝視した。

 ブレイドは何事もなかったかのように、素早く飛び起き、全くダメージなどない様子で再びブレイラウザーを中段に構えていた。

「…………何?」

「お前の力はこんなものか。こんなキックでは、俺を黙らせる事はできないぞ」

 言うとブレイドは、剣の切先をゆらりと左右に細かく振った。ダメージはほぼない様子だった。

「舐めるなっ!」

 吠えたクウガは、再び素早い連撃をブレイドへと繰り出した。それをブレイドは、一つ一つ淡々と受け流す。

 ブレイドが本気を出していないのは明らかだった。彼らの攻撃の要ともいえるラウズカードを、ブレイドは全く使用する気配がない。隙を見てブレイラウザーがクウガに振り下ろされるものの、クウガが見切り躱す事は容易な太刀筋だった。

 早く士の元に駆けつけたい。そればかりを考えて戦っているユウスケに焦りが生じるのは自明の理だった。

 動きが単調となり、ブレイドの反撃が一撃入り、二撃三撃、気づけばクウガは防戦一方の展開に切り替わっていた。

「くそっ」

 ブレイラウザーの連撃をいなして、クウガがやぶれかぶれの体勢で叩き込んだパンチは、ブレイドの右手首に当たった。

 ブレイドの右腕が高く上がり、その手からブレイラウザーが離れ飛んだ。それをクウガは軽く飛び上がってキャッチする。

「それを、どうするつもりだ?」

 徒手空拳となり、両腕を前に軽く構えファイティングポーズを取ったブレイドの問い掛けには答えず、着地したクウガは剣を構え掛け声を上げた。

「超変身!」

 見る間にクウガの体は銀と紫の鎧に覆われ、その手に構えられたブレイラウザーは、紫の戦士――クウガ・タイタンフォームの専用武器、タイタンソードへとモーフィングした。

 紫のクウガは、リーチの差を生かして、突き主体の攻撃でブレイドを後退させていく。右、左に、横の動きでブレイドは切先を躱すが、次第に後退していくのは避けられなかった。

 何度目かの突きを、左に大きく飛んで躱したブレイドは、左腕に装着した黒いアタッチメントから、カードホルダーを展開させた。

 そこからブレイドが取り出したカードは二枚。クイーンとキング――アブソーブカプリコーンとエボリューションコーカサス――のカードだった。クイーンをアタッチメントに装填すると、キングをラウズする。

 ブレイドの所持する十三枚のラウズカードは黄金のギルドラウズカードへと姿を変え、全ての生命の根源たるアンデットの力が、ブレイドの両足、両腕、肩、胸、全身へと刻み込まれていき、王者の剣がその右手に握られる。

 仮面ライダーブレイド・キングフォーム。剣を構える事もなく彼は、ゆっくりとクウガへと歩み寄る。醸し出す威圧感は、先程までの比ではなかった。

 だがクウガは怯まない。構えていない体勢からでは、大剣を上げて突きをガードするまでには隙が生じる。彼が本気を出すに足りないと自分を舐めているのであれば、付け入る事はできる。

「やあぁっ!」

 怖気付く事なく、クウガは先刻までと同じように突きを繰り出した。だが次の瞬間、彼は呆然とせざるをえなかった。

 ブレイドは彼の突きを避ける事などなかったし、右手に握った大剣を振り上げてガードする事もなかった。

 ブレイドはただ左腕を無造作に、クウガの突きが狙った腹部に構えていただけだった。左腕のプロテクターにクウガの突きは弾き返され、クウガは突いた勢いを全て自身に返されて、剣を取り落とし、やや後方に弾き飛ばされていた。

 クウガを舐めていたのではない。ガードする必要などなかったのだ。

「仲間を助けたいんだろう? ならもっと、本気で戦え」

 ブレイドの言葉に何かを言い返す余裕はない。立ち上がり、今度は自身が徒手空拳で構えるものの、クウガは先程までのように果敢に攻め込む事はできなくなっていた。

 

***

 

 一方のディケイドも、キバエンペラーの素早く鋭い、流れるような剣戟を捌ききれず、劣勢に陥っていた。

 随分と長い事防ぎ、隙を見ては斬りつけ、躱し続けてきた気がする。ふと視界の隅に、追い詰められたクウガが映り、ディケイドの構えに隙が生まれた。それを見逃す甘さはキバエンペラーにはなかった。

「うあっ!」

 ライドブッカーをその手から弾き飛ばされたディケイドの胸部に、キバエンペラーのハイキックが炸裂した。

 吹き飛ばされたディケイドが立ち上がろうとすると、切先が彼の首先に突きつけられる。

「終わりです、ディケイド」

「…………ふん。そう簡単に終わるとでも思ってるのか」

「勿論思ってはいません。だが、君こそ、この劣勢をどうにかできるとでも思っているのですか」

「そんなの、やってみなきゃ分からないだろ」

 憎まれ口を叩いてみるが、どうにかする術などあるわけがなかった。他者からは窺い知る事のできない仮面の奥で士は、瞼を閉じた。

 だが、その時、思ってもみない声が、彼の聴覚に飛び込んできた。

「もう、もう、やめて下さい!」

 瞳を開いたディケイドの視界には、腰まで届く黒髪が映し出されていた。

「どきなさい」

「どきません、士君を殺させたりしません!」

 ディケイドとキバの間に割って入った夏海の肩は震えていて、長い髪が小刻みに揺れていた。

「最早君が何をしようと、何も救われたりはしません」

「あなたの言ってる事、全然分かりません。でも、士君は悪魔なんかじゃありません、それだけは、私にも分かります!」

「彼が善良かどうかは関係ないと説明した筈です」

「そんな事言ってるんじゃありません、士君は私達の大切な仲間です、だから悪魔なんかじゃない、ううん違う、悪魔だったとしても、大切な仲間だから、殺させたりしません!」

 暫く両者はそのままの体勢で睨み合う。ディケイドはその間に体を起こし立ち上がった。

「もういい夏海、どけ」

「どきません!」

「お前がいても邪魔だ!」

「嫌です!」

 夏海は足を肩幅に開いて、両手を緩く開いた。

「私だって、私だって戦います。邪魔かもしれないけど、こんな理不尽な事、ないです!」

 キバエンペラーはただ成り行きを見守っているかのように動かなかったが、ややあって剣先を下ろし、左腕で背中のマントをつまむと、夏海に向かって腕を払った。

「きゃあっ!」

 巻き起こった風に、夏海は軽く吹き飛ばされ、背後にいたディケイドに激突した。咄嗟の事にかろうじて夏海を受け止めたディケイドは、彼女を横へ突き飛ばした。

「手前、夏海はただの人間だぞ!」

「君が受け止めるから、彼女には怪我はないと判斷したまでです」

「そういう言い方が、気にくわないんだよ!」

 ディケイドは体勢を整えると、ライドブッカーを拾う為駆け出すが、キバエンペラーの動作は悠然としていた。

 剣の柄側に取り付けられた蝙蝠からホイッスルを取り出すと、それをベルトの蝙蝠の口にセットする。

「ウェイクアップ!」

 笛の音が鳴り響き、周囲は急に夜になってしまったかのように暗くなった。

 ザンバットソードが赤い光を帯びて、闇に輝く。

 再びライドブッカーを手にしたディケイドはキバエンペラーへと駆け込み、中段に構えた剣をキバエンペラーへと叩き込もうとする。

 だがキバエンペラーは、まるで浮いているかのようなふんわりとした動きでその払いを左に避けた。後ろに回られたディケイドの背後に、ザンバットソードが容赦なく振り下ろされた。

「止めて!」

 夏海は叫ぶが、その声は何処にも届かない。剣撃を受けたディケイドは大きく弾き飛ばされ、その背中に、蝙蝠を象ったキバの紋章が赤く浮かび上がり消えた。その背中は、闇夜の中を転げ落ち、消えていった。

 ややあって、周囲は本来の昼の明るさを取り戻した。キバエンペラーは悠々と、ディケイドが消えた場所へと歩み寄っていった。そこには、川が流れていた。

「悪運が強い。それでこそディケイドの器かもしれませんが、厄介だ」

 その後を夏海が追い、柵から眼下の川を覗き込んだ。この川は川幅があり、底の方は流れが速いはずだった。

「士……君、士君‼」

 キバエンペラーは変身を解き紅渡の姿に戻ると、夏海を一度見つめて、興味を失ったように目を逸らして、下流に向かって歩き出した。

「士君‼」

 下流を見やっても何も浮かんではいない。水面はただ流れている。夏海の叫びは、やはり何処にも届く事はなかった。

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