Over the aurora《完結》   作:田島

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(17)勇気ある者たちへ

「野上さん、あれを、デンライナーで抑える事は出来ませんか」

 電王達を見つけた黄金のキバは、彼等へと駆け寄っていった。野上良太郎――電王ライナーフォームへと語りかける。

 彼が指し示したものは、頭上高くに聳える空中要塞だった。

「キャッスルドランは残念ですが暫く動かせません。だけど、このままあれを野放しにもしておけない」

「俺達がやっておく。野上、お前はあの黄色いのと戦うんだろう、俺達に任せろ」

「そうだ、爺ちゃんと大きい爺ちゃん。あれにイマジンが一杯乗ってるっていうなら、俺達がなんとかしなきゃいけない。とりあえずは俺と侑斗とデネブに任せて」

 ゼロノスベガフォームと電王ストライクフォームがそれぞれに発言する。

 二人の言葉に、ライナーフォームは力強く頷いた。

「うん、任せたよ。皆気をつけて」

「お前等しっかりやれよ。こっちは俺様がきっちりシメとくからよ」

 電王クライマックスフォームがぴしりと二人を指差すと、ストライクフォームは呆れたように肩を竦めた。

「あれの周囲には、強力なバリアが張られているようです、気をつけて下さい。苦しい役目を頼んでしまいますが、お願いします」

 黄金のキバの言葉に二人が頷くと、すぐさま二台の時の電車――デンライナーとゼロライナーが空から降り立ち、二人をそれぞれの車両へと拾い上げて空へと飛び立っていった。

「渡君、俺もあっちに行こうと思う。そっちは人数充分でしょ。鬼の皆の力を借りたら、多分俺の音撃、あそこまで届くと思うんだよね。魔化魍じゃないけど、でかい奴は俺の担当だしさ」

 ヒビキの申し出に渡は頷いた。一行はそれぞれの方向へと駆け出した。

 

***

 

 その光景は、夢で繰り返し見たものに良く似ていた。

 ディケイドを取り囲み、彼を狙うライダー達。

 だけどこれは違う、夢とは違う。そう夏海は思った。

 士はきっと、この果てのない不毛な繰り返しを、ここで終わらせる事ができる。

 その間にも、再び、路上を埋め尽くそうと数を増やす者達がいた。各世界の怪人や大ショッカー戦闘員――クライス要塞から続々と降り立ち、彼等はライダー達に襲いかかる。路上は再び乱戦となるが、対峙した二人の門矢士は、睨み合ったままだった。

「お前は自分と戦わない。与えられた力を振り回す事しか知らないし、それを疑問にも思わない。だから、戦う前から負けてるんだ」

「寝言は寝て言え、と言った筈だ。同じ事を何度も言わせるな!」

 黄色い奴は駆け出しソードモードのライドブッカーを上段から振り下ろしたが、それはマゼンタのディケイドに届く前に、割って入った曲刀に遮られた。

「もうこんな事はやめて下さい! 世界は壊させない、皆の居場所を、門矢さんがやっと見つけた居場所を、壊させたりしない!」

「アギト……!」

 左のシャイニングカリバーでライドブッカーを受け止め、銀のアギトは空いた右のシャイニングカリバーを横に払った。飛び退る黄色い奴を、カリバーの剣の軌跡が幾度か追いかける。

「そうだ、俺達はたとえ神とだって戦う!」

 叫び、金のアギトは腰を落とし脚を肩幅に開いて、構える。彼の足元に、アギトの力が紋章を描く。

「アギトの為に、そして、人間の為に!」

 金のアギトは高く跳び、銀のアギトの二本のカリバーが、より激しく舞った。

「……ちっ!」

『Form Ride Faiz‐Accel』

 黄色い奴がカードをドライバーにセットする動きを、見逃さない者がいた。

「させるかよ!」

『Complete』

 ファイズが叫び、アクセルメモリーをファイズフォンへとセットする。胸のフルメタルラングが開かれ肩へと収まり、中の回路は剥き出しとなる。体表を循環するフォトンブラッドの色は赤から、より高温の白へと変化した。右腕を曲げたまま肩まで上げ、伸ばして手首を一度振れば、かしゃりと音がした。

 金のアギトの渾身の蹴りが掠るか掠らないか。

『Start Up』

 二方向からほぼ同時に、電子音声が響いた。と同時に、黄色い奴とファイズアクセルの姿は周囲の者の視界から消え去る。

 五、四、三、二、一……。

『Time Out』

 やはり音声がほぼ重なりあって響いた時、黄色い奴は先ほどとほぼ同じ位置で、ファイズアクセルの蹴りを食らい後ろへ吹き飛んでいた。

「今だ、やれ尾上!」

 ファイズアクセルの視界の先では、既にファイズポインターを右脚にセットした、ブラスターフォームが待機していた。

「僕は、夢を守る! お前には壊させない!」

 ファイズブラスターのテンキーををブラスターフォームが押す。五、五、三、二、エンターが素早く押され、電子音声が響く。

『Exceed Charge』

 地面にファイズブラスターを置き、ごく短い助走の後、ファイズブラスターは飛んだ。

「やああぁぁぁっ!」

 ポインターから放たれた真紅の円錐形の光が、黄色い奴を捉える。

「くそっ!」

『Attack Ride AccelVent』

 往生際悪く、黄色い奴はまたカードをセットする。だが、発動がやや間に合わない。

「ぐあぁっ!」

 フォトンブラッドの超高熱が、黄色い奴の肩を焼いた。高速移動で逃れたものの、走り続ける事ができず、黄色い奴は脚を縺れさせ、アスファルトの上を転がった。

 黄色い奴が頭をもたげ、立ち上がろうとするその後ろから、声が響く。

「終わりにしよう。お前は、ディケイドは、存在していてはいけない」

「何だ……と、剣崎、一真……だと?」

 黄色い奴が振り返ると、そこに立っていたのは、自身が封印した筈の仮面ライダーブレイド・キングフォームだった。

 キングラウザーを右手に提げ、剣崎一真は黄色い奴を見下ろしていた。

「お前は、確かに封印した筈だ!」

「お前の言葉を借りれば、何度も同じ事を言わせるな、という事だ。お前は俺を殺せない、それならば最後に勝つのは、俺だ」

 彼の横に、ブレイド、ギャレン、レンゲルが集う。

「そうそう何でも思い通りになると思うなよ! 世界を壊させてたまるか……俺は、俺達は、全ての戦えない人達の代わりに戦う! それが、俺達の仕事だ!」

 ブレイドが叫び、ブレイラウザーのカードトレイを開く。ブレイドとレンゲルは何枚かのカードをラウズした後、共に駆け出した。

『Slash,Thunder――Lightning Slash』

『Screw,Blizzard――Blizzard Gale』

 何か対抗策を。カードを取り出そうとした手を、ギャレンの銃撃が弾いた。

「うおおおおおおおぉぉぉぉっ!」

 ブレイラウザーの一閃とレンゲルの冷気を纏った拳を、黄色い奴はライドブッカーの細身の刀身で何とか受け止めたものの、弾き飛ばされる。

 立ち上がると、キングフォームがキングラウザーを上段に構えていた。

「また、それか……俺には使えない事が、分かっているだろう!」

 キングフォームはそれには何も答えなかった。黄色い奴は立ち上がりながらカードをドライバーにセットする。

『Royal Straight Flash』

『Attack Ride ConfineVent』

『Strange Vent――Confine Vent』

 横合いから、黄色い奴のものでもキングフォームのものでもない電子音声が響いた。

 そこにいたのは、二人の龍騎。龍騎サバイブが、ドラグバイザーツヴァイにカードをセットしていた。

「……俺は、あんたと戦いたくない、人間と戦いたくない。だけど、仲間を、倒させたりもしない!」

 コンファインベントがコンファインベントに打ち消された。という事は、ブレイドのカード効果の発動は、止まらない、という事だった。

 キングフォームと黄色い奴を結ぶ直線上に、ギルドラウズカードの金の絵柄が浮かび上がる。不死のトライアルを消し飛ばす威力を持ったエネルギーがキングラウザーに纏われ、キングフォームは一直線に駆け出した。

 あれを食らってはいけない。天道総司に何か考えがある様子が引っ掛かり使えずにいたカードを、黄色い奴はドライバーにセットした。

『Attack Ride ClockUp』

 刀身が胴に届くすんででカードの効果は発動し、黄色い奴は後ろへと逃れた。

 そこに、二人のカブトのキックが襲い来る。

 想定の範囲内。黄色い奴は再度バックステップを踏み、それを躱した。

「予想していた、といったところだろう。だがこれは、俺もどうなるか予測はできんぞ」

 告げて、ハイパーカブトは左腰のハイパーゼクターをタップする。

「ハイパークロックアップ」

『Hyper Clock Up』

 高速の時間流の中にあって尚速い流れへと、ハイパーカブトは乗り換える。その姿は最早誰にも視認できない。

 時の流れが、捻れ、捩れ始める。

 ――何だ、これは? 一体どうなっている?

 カブトの蹴りを避ければ、思いもよらぬ方向から視認出来ぬ攻撃を食らう。そして、よろけた黄色い奴は、捻れた空間へと脚を踏み入れかける。

「うあああぁぁっ!」

『Attack Ride Time』

 またしても間一髪、カードの発動が間に合い、時は完全に停止する。

 カブトとハイパーカブトも動きを止めるが、ブレイドの持つスペードスートのカテゴリーテン、タイムスカラベの効果では、静止した対象に触れる事はできない。

 二人のカブトと充分な距離をとり、黄色い奴はカードを一枚ドライバーにセットした。

『Form Ride Kabuto‐Hyper』

 クロックアップ、タイム共にカードの効果が切れ、時間の流れは通常に戻る。黄色い奴は続けざまにカードをセットした。

『Final Attack Ride Ka‐Ka‐Ka‐Kabuto』

 黄色い奴の後ろに現れたハイパーカブトが、黄色い奴の動きに倣い、パーフェクトゼクターをガンモードに構える。

 まずは全て吹き飛ばす。形勢を立て直さなければならない。大ショッカーの戦闘員達も巻き込まれるだろうが、構っていられなかった。

 だが。

『Kabuto‐Power,Thebee‐Power,Drake‐Power,Sasword‐Power――All Zecters Combine』

「おばあちゃんが言っていた。愚か者は物事が一気に片付けられると思っている、米の一粒さえも時間をかけて育てなければならない事を悟れない、とな」

 突如正面に現れたのは、背後に立っているそれと同じ、ハイパーカブトだった。

 ハイパーカブトの装甲――カブテクターが展開し、時間をも超える羽がその背中から現れ出づる。

『Maximum Hyper Cyclone』

 二つのマキシマムハイパーサイクロンのエネルギーの奔流がぶつかり合い、弾け飛んだ。

 黄色い奴も爆風に巻き込まれ、遙か後方へと飛ばされる。

 黄色い奴が立ち上がると、元々薄暗かった周囲は、闇を深めていた。

 空にかかっているのは、満月。

「ウェイクアップ、フィーバー!」

「ウェイクアップ!」

 右と左から声がした。右に黄金のキバ、左に黒いキバ。

「滅びなさい、ディケイド」

「僕の民を、部下を、返してもらう!」

 鎖から解き放たれた蝙蝠は闇夜を飛翔する。一直線に、砕かんとする相手へと向かう。

 直撃だけは避けなくてはならない、何としても。

『Attack Ride GuardVent』

 左肩から下を覆った大きな盾を立て、黄色い奴はその陰に身を隠した。二つのキックは、盾を貫かんとし、その力が拮抗する。

 やがて、力の釣り合いが崩れ、両者は弾き飛ばされた。

 周囲は昼の光を取り戻す。だが、黄色い奴が倒れ込んだ先で、また彼を見つけ出した者が声を上げた。

「へっ、やっと現れやがったな。雑魚相手じゃクライマックスが始まらないんだよ。行くぞ良太郎!」

「うん! 何を企んでるのかは分からないけど、時間も世界も壊させない、僕達が守る!」

『Charge And Up』

 クライマックスフォームの右足に三つの電仮面がレールを通って移動し、オーラで形成されたレールがライナーフォームと黄色い奴の間を繋いだ。

「行くぜ、俺達の必殺技、クライマックスバージョン!」

「電車斬りーっ!」

 猛スピードで、オーラを纏った刃と蹴りが迫る。

『Form Ride Kuuga‐Dragon』

 二人の電王がすれ違い通り過ぎる刹那、黄色い奴はそれをすり抜けて、空高く飛んだ。電王のそれぞれの必殺技は、周囲にいた怪人や戦闘員達を襲う。

 素早さとジャンプ力を強化したクウガドラゴンフォームの力が、黄色い奴を空へと救い上げた。

 その時、痛めた左肩に、強い衝撃が炸裂した。

 見えた。緑のクウガが、黄色い奴を見据え、ボウガンを構えていた。

 黄色い奴はそのまま地上に叩きつけられる。そこに、二人のクウガが、戦闘員達の作る人垣を割り、やって来る。

 緑のクウガは赤へと色を変えていた。

「もう、やめよう。お前だって、士みたいに、自分のあるべき場所を探せる筈だ。そうすればディケイドは破壊者じゃなくなる。お前だってきっとそうやって生きて行けるんだ」

「……安っぽい同情なんぞ、糞喰らえだ。俺はライダーを倒す、その他にしたい事はない」

「何でそうやって、自分から一人になろうとするんだ!」

「俺は、指図されるのが一番嫌いなんだ。一人で充分なんだよ、弱いから寄り集まるしかないんだろう、お前等は!」

 黄色い奴の言葉に、赤いクウガはやや俯いて、首を横に振った。

「弱いから群れるんじゃない。絆って、繋がっていくものなんだ。仲間を信じるから、信じてもらえるから、強くなれるんだ。逆なんだよ」

「夢見すぎだな……道徳のお勉強じゃないんだぞ」

 ゆらりと立ち上がって、黄色い奴はそれでも悪態をついた。

「綺麗な事を、綺麗だって思えなくなったら、何を信じるんですか。何の為に戦うんですか。怖くて苦しくて、でも守りたくて、そんな自分と戦うから、強くなれるんじゃないんですか」

「強けりゃ、怖いなんて思う事はない」

「そんなの、本当の強さじゃありません!」

 黒いクウガの言葉は悲しげで苦しげだったが、黄色い奴はそれに、嘲笑を交えて答えた。

 言葉は通じるのに思いは通じない。辿ってみても妥協点など見つからない。

 分かり合えるかもしれないのに、目の前の男も門矢士には違いないのに、どうして戦わなければいけないのだろう。

 甘いと言われても、ユウスケは心の片隅に引っかかったその思いを捨て切れなかった。

 だけれども、答えはとうに出ている。守りたいから戦うのだ。

「それなら……お前等の言う本当の強さってやつで、俺を倒してみせろ!」

『Form Ride Kuuga‐Ultimate』

『Final Attack Ride Ku‐Ku‐Ku‐Kuuga』

 カード名がコールされ、影法師のように、黄色い奴の後ろに黒いクウガが現れる。

 二組は、まるで鏡合わせのように腰を低く落とし構えをとった。やがて、どちらからともなく地を蹴り駆け出す。

 空高く舞い上がった四つの蹴りが、空中で激突した。放たれた四つの封印の力は溢れ混じり、巻き起こった爆発の熱と爆風が辺りを薙いだ。

 やや離れた場所に黄色い奴は投げ出され転がった。影法師はもう消え去った。

 一人だ。ずっと一人だった、これからも一人だ。門矢士はそうやって生きていく。それは、変わらない筈だった。

「お前の負けだ」

 自分の声がして、黄色い奴は、思うように動かない体を腕で支え、前を見た。

 マゼンタの奴が、そこにいた。

 イレギュラー。心を手に入れ、弱さを手に入れ、仲間を、自らのあるべき場所という言葉の意味を手にした、一人ではなくなった門矢士。

 黄色い奴は、そんなものを馬鹿にしていた筈だった。そんなものは必要ない筈だった。だが、今彼の心を埋めていたのは、ただこの目の前のマゼンタが憎い、という事だった。

 憎しみなんか沸き起こる筈もない、相手にもならないと思っていた筈だったのに、どうしようもない強い怒りがこみ上げていた。

「俺が……何で、お前なんかに、負ける訳が、ないだろう!」

「そうだな。勝ったのは俺じゃない」

「……何?」

「お前は、仮面ライダーってやつに負けたんだ」

 マゼンタの奴の声は、ぶっきらぼうだけれども静かで、淡々としていた。それが黄色い奴の怒りを逆撫でした。

「訳の、分からない事を……言うなっ!」

 体の痛みも忘れたように立ち上がって、黄色い奴は駆け出し、ソードモードのライドブッカーでマゼンタの奴に斬りつけた。

 マゼンタの奴も、即座にソードモードのライドブッカーを翳し、剣先を受け止めた。

「それが分からないから、知ろうともしないから、お前の負けだ」

「意味の分からない事を言うなと言っている!」

「目的のない力なんて、力でしかない、誰かの為に、沢山の人の為に使えるなら、そこに願いがあるなら、どんな敵にも負けない、それが仮面ライダーだって、言ってるんだ!」

「目的はある!」

「何の為に、真実を心に問わないから! 自分と戦わないから! だからお前は、持ってる力以上には絶対に、強くなれない!」

 マゼンタの右の蹴りが黄色の腹に入り、両者の距離が空いた。マゼンタはカードを一枚取り出し、ドライバーにセットした。

『Final Attack Ride De‐De‐De‐Decade』

「俺が……負ける、そんな馬鹿な事が、あってたまるか! 俺は、全てのライダーを破壊する者だ!」

『Final Attack Ride De‐De‐De‐Decade』

 黄色い奴も同じカードをセットした。ホログラムのカードが、両者の間に展開される。

 二人はほぼ同時に駆け出した。カードを通り抜ける度、剣に籠められた力は高まり、ちょうど中間の地点で、二振りの剣が交錯した。

 黄色い奴の剣は、マゼンタの左肩に刺さり、止まっていた。

 そしてマゼンタの剣の切先は、黄色い奴の腰のバックルにやや刺さり、止まっていた。

 ややあって、バックルから小さく火花が散り、黄色い奴がマゼンタの肩から剣を抜き出して、後ろへよろめいた。

 マゼンタは左肩を押さえ、左腕をだらんと下げて、もう立っていられない様子で膝をついた。

「……くそ、お前、……なんて事を、最初からそのつもりで……」

「それは、あっちゃ……いけない、ものだ」

 荒い息で、マゼンタはゆっくりと呟いた。

「くそっ……くそ、俺は、負けない、これを壊させたりしない……!」

 黄色の後ろに、銀のオーロラが現れた。黄色い奴は、ふらふらと後ろ歩きで、オーロラに入ろうとする。

 足がオーロラにかかろうとした時、黄色い奴は息を呑んだ。彼の首を後ろから、押さえつける者があった。

「逃がしはしない。ディケイド、お前は、滅ばなくてはならない……!」

「鳴滝!」

 驚きにマゼンタが声をあげた。鳴滝は、黄色い奴の首を両腕でがっちりと掴むと、そのまま後ろへと歩いた。

「お前、一体、何をする気だ!」

「決して抜け出せない次元の狭間……一緒に来てもらう」

「何だと、お前何でそんな事を! やめろ、離せ!」

「何としてもディケイドを滅ぼす、それが私の望みだからだ!」

 かっと見開いた鳴滝の眼は、マゼンタのディケイドへと向いていた。

 オーロラが動き、鳴滝と黄色い奴の二人を包んでいく。

「待て、鳴滝!」

「忘れるなディケイド、お前は悪魔だ、決してお前を許さない者がいるという事を、忘れるな!」

 士は肩を押さえながら立ち上がったが、駆け出して一二歩で、オーロラが二人を包んで消えた。

 鳴滝の哄笑も既に喧騒に溶けて消え、後には何も残らなかった。

 

***

 

 通路は、忘れ去られた洞穴の様に暗く、微かな光が岩肌を照らしている。

 光を弾く岩肌はぬめったような粘ついた湿り気を帯びていた。

 足音を立てぬようにディエンドは慎重に歩を進めていた。装甲は所々欠け砕け、足取りもやや覚束ない。

「しかし、君がこんな事をするなんて意外だな。どういう風の吹き回しだい」

「あたしの目的は最初から一つだったわよ。ディケイドを滅ぼして、大ショッカーを潰す事」

 ディエンドの頭のやや上を、銀色の蝙蝠が飛んでいた。キバーラだった。

 黄色い奴のカウンター戦法の前に手の内を悉く潰され、崩れた建物の瓦礫の中に呑まれたディエンドを救い出したのが、キバーラだった。

 やがて目を覚ましたディエンドは、彼女に連れられるままこの空中要塞に侵入した。

 二人の利害は、大ショッカーの邪魔をするという一点において、完全に一致していたからだ。

「いい機会だし、聞きたい事があるんだけど」

「なぁに?」

「ディエンドの『鍵』さ。こいつには、鳴滝の記憶がデータとして入っている、鳴滝はもう死んでいる。合ってるかい?」

「仰る通りよ。鳴滝士は、ディエンドライバーに自らの全てをデータとして残して、命を絶った」

「なら、僕らが見てた鳴滝は、何者なんだい」

「ディケイドライバーが創り出した士よ。クラインの壺を通じてアクセスしたディエンドライバーから、鳴滝士のデータを読み取って産み出された。そして彼には、あらゆる次元を自由に行き来できる能力が与えられた。彼も士だから、旅人の役割だったの」

「じゃあ、君は?」

「あたしはただのキバット族。ディケイドに世界を滅ぼされて、消える間際に鳴滝に助けられて、次元を渡る能力を与えられただけ」

 ふうん、と興味なさげに流したディエンドの頭の周りを旋回して、キバーラはむくれて抗議の声を上げた。

「ちょっとぉ、聞いておいてその反応の薄さはどういう事なの」

「別に。何となく聞いたけど、僕には関係ない事だし、どうでもいいかなって」

「……女の子の身の上話をちゃんと聞いてくれない男は、モテないわよぉ」

「大きなお世話さ」

 ややむくれたディエンドの声を聞いて、キバーラは可笑しそうに笑い声を上げた。

「もう一つ聞いていいかな」

「何よ。あなた、リアクションが薄いから答え甲斐がないのよね。ユウスケ位とは言わないけど、もうちょっと反応が欲しいわぁ」

「何で鳴滝は、ディケイドライバーの目的を、自分のあるべき世界がどうとか、そんなとんちきなものにしたんだい」

 キバーラの文句には耳を貸さないで、ディエンドは質問だけを口にした。キバーラは、長い息を吐いた。それは質問の内容に向けてなのか、それともディエンドの態度に向けてなのかは、ディエンドには判断がつかなかった。

「知らなぁい。もう一度出会えるとか、そんなとんちきな夢でも見てたんじゃないの。理想の自分なんて、自分じゃないのにね。すぐに間違いだったと思い直してディエンドを作ったわけだし、自分でもおかしいのは自覚があったんでしょ」

「ふぅん」

「やっぱリアクション薄っ! ……まあ、何処か、新しい場所でもう一度やり直したかった、って所なんじゃないかしら」

「何処かなんて場所は、何処にもないのにね。愚かしいな」

 ディエンドの口調は、珍しく優しげで、キバーラは意外そうにディエンドを見つめた。

 喋っているうちに、目的の場所に着いたようだった。

「さて……この中がメインエンジンルーム?」

「その筈よ。サブエンジンも何個かある筈だけど、メインエンジンが潰れちゃえば、出力不足でバリアは多分維持できなくなる。そうすれば後は、外の人達が何とかしてくれるでしょ」

「やれやれ……士の邪魔をしないならしないで、貧乏クジばかり引いてる気がする」

 ぼやいてディエンドは肩を竦めてみせた。それを見てキバーラは、また楽しそうに笑った。

 出入口には、キーコードを入力する為のパネルが付いていた。キバーラもディエンドもキーコードは知らない。そして恐らく、キーコード入力の前にカードキーを読ませる為の物と思しきスリットがパネルの横にあったが、キーなど持っている筈もない。

「中から開けてくるわ、ちょっと待っててね」

 告げてキバーラは、天井に開いた排気口の隙間へと入り込んでいった。ややあって、中から物音が響き、ドアが左右に開いた。ディエンドは身を低くして滑り込んだ。

 中に入ると、鉄柵が両脇にしつらえられた通路が奥まで続いて、奥に巨大な装置が見える。入り口の操作パネルの下には、撃ち抜かれたのか羽に穴の空いたキバーラが転がっていた。

 ドアが閉まり、戦闘員達がディエンド目がけて押し寄せてくる。その向こうに見えるのは、体育館ほどあるようにも見える、巨大な装置。あれが恐らくメインエンジン。

『Final Attack Ride Di‐Di‐Di‐Diend』

 装置と入り口の間が一直線の通路になっており、戦闘員達がその通路を通って押し寄せてくるのは幸い。

 ディエンドライバーにカードをセットし、真っ直ぐ正面に狙いを定めて、ディエンドは引鉄を引いた。

 ホログラムのカードが円を描いて道を繋ぎ、その道をディエンドライバーから放たれた閃光が駆け抜けた。

 その光は戦闘員達を瞬く間に呑み込んで、メインエンジンにまで到達して炸裂した。メインエンジンでは次々に誘爆が引き起こされて、その震動で通路が大きく揺さぶられる。

 ディエンドは入り口に駆け寄り、キバーラを拾い上げると、パネルを操作してドアを開いた。開いたドア目がけて転がり込み、すぐに立ち上がって駆け出す。開いたドアから、爆風と熱が漏れ出してディエンドの背中を焼いた。

「おい、しっかりしたまえ、君らしくもない」

 掌のキバーラに呼び掛けると、キバーラは気怠そうに、そのルビー色の眼を開いた。

「ふふ……私は、もうダメ。鳴滝がいないと、自分のライフエナジーを削らなくちゃ、力を使えない……使い過ぎて、そろそろ限界、だったの……」

「鳴滝はもういないのか」

「そうよ……きっと、望み通り、ディケイドを、滅ぼしたんでしょう……ピンクか黄色かは、知らない、けどね……」

 キバーラは力なく、だがさも可笑しそうに、ふふふと声を立てて笑った。

 通路を走るディエンドの足が止まった。通路を塞いだ異形の姿は、見慣れすぎて見飽きたものだった。

「鼠が……! よくもやってくれたものだ!」

 ジャークは行く手を塞ぐように、大剣を構えディエンドに向けた。

 その様子を見て、ディエンドの喉からくぐもった笑いが漏れた。ジャークは激昂し、叫んだ。

「何が可笑しい!」

「この僕の力を見誤って、鼠だなんだと侮るから、君等には破滅しか残らなかったんだ。精々後悔して死にたまえ」

「減らず口を……!」

 ジャークが剣を振りかぶる刹那、ディエンドはカードを一枚、ドライバーにセットし、起動させる。

『Attack Ride Blast』

 そして、ジャークではなく壁に向けてディエンドライバーを構え、引鉄を引いて、即座にバックステップを踏んだ。

 分厚い壁が、ブラストの効果によって強化された何発もの銃弾によって破られ、漏れ出した爆風と高熱がジャークの体を灼いた。黄金のマスクは見る間にどろりと融けていく。

「おのれ、おのれディエンド!」

 断末魔を残し燃え融けようとするジャークの視界には、ディエンドを包んだ銀のオーロラがあった。それがふっと消え去る頃には、爆発が辺りを包んでいた。

 

 気が付くとディエンドは地上、ビルの陰で、腹から黒い煙をもうもうと上げる巨大な岩の虫を見上げていた。

 目線をディエンドは、掌に落とした。

「馬鹿だな君は」

「ふふ、これでもう本当に、打ち止め……」

 キバーラの体は、ガラスか水晶のように透けて、色を失っていた。ライフエナジーが、もう使い果たされ枯れてしまったのだろう。

「ホント馬鹿……でもね、あの子達と、旅してるうち、こういうのも悪くないって、思うように、なった……」

「何か言い残す事はあるかい」

「じゃ……栄ちゃんに……帰れ、なくて……ごめん、大好き……って」

 絶え絶えの息で、声を振り絞るかのように言葉を紡いでから、キバーラは目を閉じた。

 ガラスの塊が、ディエンドの掌の中でぴきぴきと音を立てて砕け、割れた。

 粉々になった欠片はすぐに風に攫われて、舞い散ってしまった。ディエンドは顔を上げると、歩きだした。

 

***

 

「士!」

 再び膝を付いたディケイドの元に、二人のクウガが駆け寄り、ディケイドに襲い来る戦闘員を追い払う。

「士、あいつは……」

「鳴滝が、連れていった……」

「鳴滝さんが?」

「二度と抜け出せないと、言っていた」

 士の言葉を聞いて俯いたユウスケの心の内がだいたい分かって、士は溜息を大きく吐いた。

 呆れるほどのお人好しぶりだった。

 だがこの、単純で馬鹿正直で、真っ直ぐに笑顔を守りたがる相棒がいてくれたから、士はきっと、守りたいと思えた。

「後はあの浮かんでるでかい奴を片付けるだけだな……」

 空を見上げ士は嘯いた。巨大な虫の腹が陽光を遮り、地に深い影を落としている。

 周囲をデンライナーとゼロライナーが線路を生成しつつ駆け、砲撃を加えている。

「片付ける……って、どうするんだよ、空でも飛べるならともかく」

「俺達は飛べる……俺達二人の力を合わせれば……そうだろう、ユウスケ!」

「……お前がそうやってカッコ付けた言い方をする時は、何か碌でもない事を考えてる時だな」

 ユウスケは言って、警戒した様子でやや後退った。

「空飛べるんですか!? 凄いじゃないですか!」

「俺達に出来ない事などない」

 飛び掛かる敵を殴り付けながら、五代が言ったが、ユウスケはあまり笑う気にもなれなかった。

 二人の力で空を飛ぶ。それなら、()()しかない。

 怪我をしているにも関わらず、士の動きは水を得た魚のように迅速だった。ユウスケに追い付いて肩をむんずと掴み、後ろを向かせ、カードを一枚ドライバーにセットした。

「知ってるだろうが、ちょっとくすぐったいぞ!」

『Final Form Ride Ku‐Ku‐Ku‐Kuuga』

 赤のクウガの体が浮き上がり、複雑な変形を経て、クウガゴウラムへとその姿を変化させる。

「うわっ……何か痛そう……」

 横で敵の群れをいなしつつ見守っていた五代が思わず声を洩らした。

「問題ない。……筈だ、多分。五代、あんたがこいつと行け」

「えっ」

「ゴウラムの扱いはあんたの方が慣れてるだろ、きっと」

「ええまあ……でもゴウラムじゃなくて、小野寺さん、ですよね……」

「今はこいつをゴウラムと思え! 二人ならきっと出来る、俺は二人の力を信じている!」

「士、お前、それっぽい事言って無理矢理纏めるなよ!」

 ユウスケならぬクウガゴウラムが抗議の声を上げたが、士は取り合わなかった。

「他にもきっと、こうして俺の力を必要としている奴が待っているんだ。俺は忙しい、後は任せたぞ」

 右手を上げ、こめかみの横で軽く振って、士は軽快に走り去っていった。

 残された黒のクウガは、戸惑ったように浮いたままのゴウラムを見た。

「とりあえず、やりましょうか、小野寺さん」

「そうですね……こうなりゃもう、あのでかいの叩き落としてやりましょう!」

「……日本語喋るゴウラムって、何か違和感あるっていうか、新鮮っていうか……」

 ホントに動じない人だ。諦めと驚きが混ざりあった開き直りを胸に抱きつつもクウガゴウラムが高度を上げ、その足を黒いクウガが掴んで、二人は空へと舞い上がった。

 

***

 

 敵の囲みを破り、黄金のキバが姿を現した。

「剣崎さん!」

 紅渡は驚きのあまり、珍しく大きな声を上げていた。オルフェノクを一刀のもとに斬り伏せたキングフォームが、その声に振り向いた。

「良かった、解放されたんですね」

「剣立のお陰だ。それより、上の様子が変わったようだ」

「ええ、今なら叩けるかもしれません」

 空に浮かぶ要塞は、その黒い腹から煙を上げていた。周囲を飛び回るデンライナーとゼロライナーの攻撃も、防がれずに当たっているようだった。

 何が原因かは不明だが、バリアがなくなっている。

「後行けそうなのは……乾、城戸と津上か。だが、その前にディケイドを探し出さなければ……」

「それなら心配ないぞ」

 囲みを破り現れたのは、マゼンタのディケイドだった。キングフォームと黄金のキバは、一斉に彼を見た。

「お前が倒したのか」

「倒したっていうかまぁ……そんな所だな。とにかくあいつはもういない」

 ディケイドの言葉に、キングフォームと黄金のキバは顔を見合わせたが、すぐに向き直り、軽く頷いた。

「分かった、ならば俺達は上の奴を叩く」

「ああ、ちょっと待て。折角だからあいつも連れてけ」

 言ってディケイドは握った拳の親指を立てて、やや離れた場所で戦っているブレイドを指し示した。

「……? 俺は飛べるが、あいつを抱えたら何もできなくなる。連れて行くのは無理だ」

「問題ない、ここでちょっと待ってろ」

 言い捨ててディケイドは、ブレイドへと向かい軽快に駆け出した。

「おい、カズマっ!」

「えっ、チーズ何で居るんだよ! 寝てろよ!」

「主役が来ないと話が終わらないだろうが。それより、ちょっとくすぐったいが後ろを向け」

「えっ、えっ」

 あれよという間にディケイドはブレイドの背後をとり、カードをドライバーにセットする。

『Final Form Ride Bu‐Bu‐Bu‐Blade』

「それかーっ!」

 叫びも空しく。ブレイドはやや浮き上がると複雑に変形し、一振りの巨大な剣へと姿を変えた。

「空の旅、一名様ご招待だ! 連れてってやれ!」

 柄を握ってディケイドが投げたブレイドブレードを、キングフォームが受け取る。

「チーズ、ぞんざいに扱いすぎだろ! もっと丁寧にぃっ……」

 カズマの言葉が終わるか終わらぬか。キングフォームは受け取ったブレイドブレードを、片手で軽く振ってみせた。

「……成程、いいだろう。剣にしては随分とお喋りなようだが、キバットみたいなものか」

「いいのかよ! つうか荒く扱いすぎ!」

「同じ扱いなのは、俺様としても心外な訳だが……」

 ブレイドブレードとキバットのぼやきには返事を返さず、キングフォームは背中の重力制御装置を使い、飛行を始める。

「剣崎さん、僕は他の人達に伝えてから行きます、先に行っていて下さい」

「そうだな、お前がやってくれた方が早く終わるだろう、頼む」

 答えを聞くと頷いて黄金のキバは駆け出し、飛び上がって黄金の飛竜へと姿を変え、飛び立った。

「つうか、空まで飛べるなんて、ホント反則すぎるだろそのブレイド!」

 カズマの叫びを残して、速度はそんなに早くないものの、キングフォームは空へと飛び立っていった。

 

***

 

「乾さん!」

 降り立った黄金のキバは、ファイズブラスターフォームへと呼びかけるが、すぐ側に居たファイズが振り向いた。

「何だ、どうした」

「あ、ではこちらは尾上君?」

「そうだよ」

 ファイズもブラスターフォームも頷きを返した。やや考えて、黄金のキバは言葉を続けた。

「では尾上君、上のあれを叩きます。行ってくれますか」

「教えた通りにやりゃ大丈夫だ、行ってこい」

 紅渡と乾巧の言葉に、ブラスターフォームは力強く頷き返した。

 そしてファイズブラスターのテンキーを、五、二、四、六、エンターと順に押す。

『Faiz Blaster Take Off』

 音声の後、背中に背負ったフォトンフィールドフローターが起動、ジェット噴射を始め、ブラスターフォームは空へと舞い上がった。

 

 空を行くキバ飛翔体を、天道総司は見上げた。

 空に浮かぶ要塞を叩くのだろう、ファイズブラスターフォームが飛んでゆくのも見えた。

 ハイパーカブトも、ハイパークロックアップ状態で羽を展開すれば飛行する事は可能だが、時間制限が短い。

 地上の大ショッカー部隊は、既に四分の三ほどが倒されただろうか、陣も大分まばらとなっていた。

 上の戦闘に加勢したいところだが、手段がない。そこに声がした。

「ソウジ、天堂屋のソウジはいるか!」

 右手にソードモードのライドブッカーを構え忙しそうに駆け込んできたのは、マゼンタのディケイドだった。

「紛らわしい呼び方をするな」

「ああ、そうか、あんたも『てんどうそうじ』か。まあいい、もう一人のカブトはいるか」

 天道の文句にもディケイドは全く動じない。きょろきょろと辺りを見回している。

「門矢士か」

 側にいたソウジが返事をする。我が意を得たりといった風にディケイドは何度か頷いた。

「よし、早速だが。知ってると思うが、ちょっとくすぐったいぞ!」

『Final Form Ride Ka‐Ka‐Ka‐Kabuto』

 目にも留まらぬ早業でカブトの後ろをとり、ディケイドがカードをドライバーにセットすると、カブトは浮き上がり、複雑に変形をして、丁度カブトゼクターを大きくしたようなカブトムシへと形を変えた。

 ――何だ、これは、一体どうなっているのだ? 何がどうなればこうなるのだ? 骨は、関節は、内臓は大丈夫なのか?

 天道総司は聡明な男だ。大抵の事には動じない冷静さも持ち合わせている。だが目の前の出来事は、天道の理解を超えていた。

「さあ、乗れ、このカブトゼクターを駆り空を駆けろ、天の道を往く男!」

「……それっぽい事を言って纏めるのはやめないか? 俺は構わんが」

 巨大なカブトムシから発せられたソウジの声は冷静そのもの、全く動じていないようだった。

 ある意味一番恐ろしいのはこの男なのかもしれない。さすが一番遅れてきた男、門矢士の理屈でいけば、主役なだけはある。

 とりあえずこれに乗れば空を飛べるのだろう。ソウジの意識はあるようなので、恐らくその程度の理解で大丈夫だろうと思われた。

「……よく分からんが分かった、有り難く使わせてもらおう」

「そうしてくれ、じゃあな!」

 忙しそうにディケイドは駆けていった。今ひとつ腑に落ちないながら、天道は跳び上がりゼクターカブトの背中に乗った。

 

 黄金の飛竜が目の前に降り立って、黄金のキバへと姿を変える。

 辰巳シンジはぎょっとして動きを止めてしまった。

「城戸さん、黄色のディケイドは倒れたという話です、上の要塞を墜とします、来て下さい!」

「分かった、すぐ行く!」

 城戸真司の返事を聞くと、黄金のキバはすぐに跳び上がり、また黄金の飛竜へと姿を変えて飛んでいった。

「……上の要塞って、あんた、あのキバみたいに飛べるのか?」

「俺は飛べないけど、飛べる奴を呼べばいいだろ?」

 言って城戸は、バックルからカードを一枚引き抜き、バイザーにセットした。

『Advent』

 カード名がコールされ、巨大な龍――烈火龍ドラグランザーが城戸の上空に現れる。

 成程。シンジは納得して、深く頷いた。ミラーワールド外でのミラーモンスターの召喚は、ミラーモンスターが存在していられる限界の時間制限はあるものの、召喚出来ないわけではない。

「納得してないで、辰巳も早く」

「えっ、あ、そうか」

 言われて、シンジもバックルからカードを抜いて、バイザーへセットする。

『Advent』

 彼の使役する、無双龍ドラグレッダーも、何処からか現れ、上空で待機する。

「そうだ、そして、今日はトリプルドラゴンだ!」

 そこに現れたのは、マゼンタのディケイドだった。

「士!」

「久しぶりだなシンジ。だが再会の喜びを味わう暇は今はない。ちょっとくすぐったい筈だが後ろを向け!」

「えっ」

 肩を掴まれくるりと後ろを向かされると、ディケイドライバーから音声が発せられた。

『Final Form Ride Ryu‐Ryu‐Ryu‐Ryuki』

 音声に呼応するかのように浮かび上がった辰巳シンジの龍騎は複雑に変形をし、気のせいかサイズも大きくなって、あっという間にリュウキドラグレッダーが完成、空に浮かんでいた。

「…………何だこりゃ?」

 城戸真司はすっかり呆然としているが、ディケイドはそんな事はおかまいなしに走り出した。

「しっかりやれよシンジ、じゃあな!」

「じゃあなじゃない、ちょっと待て士ーっ!」

 軽快な足取りで走り去っていったディケイドはシンジの言葉には足を止めなかった。

「……とりあえず、行くか。時間も勿体無いし」

「そうですね……」

 一人の龍騎と三体の龍も、上空へと向かっていった。

 

 黄金のキバから、上空の空中要塞への攻撃を行う旨を伝えられると、銀のアギト――津上翔一は、力強く頷いた。

「分かりました、今マシントルネイダーを呼んで……」

「待て、その必要はないぞ、津上!」

 そこに現れたのは、またしてもマゼンタのディケイド。彼はぴしりと、金のアギト――芦河ショウイチを指さした。

「その男に乗れ!」

「……どうやって、ですか?」

 翔一の疑問は尤もだったが、金のアギトは何かを警戒するように後退った。

「門矢士……俺に、またあれをやれというのか……!」

「そうだ、あれをやってもらう! 孤独に打ち勝ってきたお前なら出来る筈だ!」

「……何かちょっと良い事言って誤魔化そうとしてる気がしなくもないが、まあいい、やれ」

 肚を据えたのか、金のアギトは後ろを向き、ディケイドへ背中を見せた。

「よし、いい覚悟だ、ちょっとくすぐったいぞ!」

『Final Form Ride A‐A‐A‐Agito』

 金のアギトの背中の前に立ち、ディケイドはカードを一枚ドライバーへとセットする。

 やや浮かび上がった金のアギトは、複雑に変形をすると、不思議な事にマシントルネイダーと同じ姿へと変わっていた。

「さあ津上、このアギトトルネイダーを使え! 芦河ショウイチの決意と覚悟を無駄にするな!」

「……まるで俺が死ぬみたいな言い方はやめないか、縁起でもない」

 ショウイチの声は完全に呆れ果てたものだった。銀のアギトは余程びっくりしたのか、アギトトルネイダーの周りをうろうろとしてその姿を眺めていた。

「凄い、凄いですよ! 芦河さん、後で俺にもこの技教えてください!」

「……俺に聞くな」

 その様子を見たのか見ないのか、またもディケイドは駆け出した。

「よし、二人とも頑張ってくれ、じゃあな!」

 黄金のキバ、銀のアギトとアギトトルネイダーは、その慌ただしさを見て呆気にとられた。

「……行きましょう、早くあれを墜とさなければ」

「そうですね、よし、宜しくお願いしますね、芦河さん!」

「任せておけ」

 銀のアギトはアギトトルネイダーの背に乗り、黄金のキバは再度飛竜へと姿を変え、両者は上空の要塞目掛け飛び出した。

 

***

 

「やっと見つけたぞ、ワタル!」

 大きな声に、びくりとしてキバは振り向いた。そこには、マゼンタのディケイドがいた。

「……士?」

「そうだ、今は時間がない、来い!」

「えっ」

「いいから来い!」

 有無を言わさず、ディケイドはキバの左の手首を掴んで駆け出した。

「お前等、どけっ!」

 暫く走ると手首から手を離し、右手だけでライドブッカーを振り回して、ディケイドは立ち止まらず駆け続けた。

 よく見れば、左腕はだらんと下がったままだった。

「士、お前、左腕は!」

「時間がないんだ、急ぐぞ!」

「……分かった!」

 キバも速度を上げディケイドへと追い付き、立ちふさがる戦闘員達を殴りつけ道を切り開く。

 駆け抜けると、ワタルは初めて目にするライダーが二人、戦っていた。

「……士?」

「ディケイド……?」

 割れた桃のような形をした、大きな赤い複眼を持ったライダーが二人、ディケイドとキバを見た。

「モモタロス、お前に頼みがある!」

「ん、何だ、頼み?」

「俺は今、左腕を怪我してて弓が引けん。お前が引いてくれ!」

「弓……って、何処にそんなもんが」

「ここだ!」

 言うが早いか、ディケイドはキバの後ろに回り込み、カードをドライバーにセットしていた

『Final Form Ride Ki‐Ki‐Ki‐Kiva』

「うわぁっ! なななな、何これっ!」

 見ている方の電王ライナーフォームが驚きのあまり変な声を上げた。やや浮かび上がったキバは、複雑な変形の後に、巨大な弓――キバアローへとその姿を変えていた。

「……弓って、お前なあ」

 ディケイドから放られた巨大な弓を受け取り、電王クライマックスフォームがやや呆然とした声をあげた。

「何だ、何か文句があるのか、威力は充分だ、あの要塞まで届く」

「いや、文句はねえけどよ、どうやって使うんだよこれ」

「普通に使えば問題ない。いいからあいつを狙え」

 不承不承ながら、クライマックスフォームはキバアローを引き始めた。

「ぐおっ、こりゃ、中々固い……ふぬっ」

 弓が一杯に引かれたのを見てディケイドは、また一枚のカードをドライバーにセットした。

『Final Attack Ride Ki‐Ki‐Ki‐Kiva』

「キバって、いくぜっ!」

 電子音声とキバットの声が響くと、キバアローに番えられた矢の先端に、力を帯びた光が輝いた。

「よし、今だ、行けっ!」

「何だか知らねえが、行っちまえこの野郎ーっ!」

 限界まで引き絞られた弓の弦がクライマックスフォームの手を離れ、巨大な矢が一直線に放たれた。

 矢は猛スピードで、巨大な虫の形をした要塞へと到達し、硬い外皮を突き破り、炸裂した。

 

***

 

 派手な爆発が上空の要塞で上がった。

「よしっ、皆さん頼みますよ!」

 装甲声刃(アームドセイバー)を垂直に顔の前に構え、ヒビキは後ろを見ないまま呼びかける。振り向かずとも、後ろの鬼達が一斉に頷いたのが分かる。

 地上に展開した大ショッカーの部隊を掃討し、こうして全員一団となって演奏出来る場所を確保するのに、思いのほか時間がかかってしまった。

 現在は、周りをガタック率いるZECT部隊が固めてくれている。地上の大ショッカーも大分数を減らしている。

 まだ幼い響鬼の太鼓が響く。そこに続々、太鼓の鬼達の太鼓の音が合わさっていく。

 そしてリズムギター、ベースが響き始める。幾小節かリフレインを繰り返した後に、管楽器がメロディを奏で始め、恐らく轟鬼だろう、リードギターも演奏へと加わっていく。

 ヒビキは考えた。この装甲声刃は、使用者の声を増幅し、清めの音として波動を繰り出す。

 声だけではなく、周りで響く音撃も、増幅できちゃったりしないか、と。

 要するにこれには、単一指向性のマイクのようなものが搭載されているのだ。全方位の音ではなく、使用者の声だけを拾いやすい構造にはなっている。だが、周りの音を全く拾わないわけではない。念の篭っていない普通の音であれば雑音として処理されるかもしれないが、念の篭った音撃ならどうだ。

 こんな風に力を集めて合わせるという事を、ヒビキは今まで発想した事はなかった。力は合わせるが、音を合わせるという事を考えた事はなかった。

 音楽って、一人でも演奏できるけど、皆でやった方がもっと楽しいもんね。そう思った。

 音って本当は、力とかそんなものじゃなく、綺麗で楽しいものだ、心の内から自然に沸き上がってくるものだ。

 ブラスバンドでドラムを叩いていた少年のあどけない笑顔が浮かんで消えた。後悔は追いつかない、今更取り戻せない。

 今は、ここの事だけ考えればいい。ここにも希望はある、未来はある、明日はある。それを壊させない。

 装甲声刃に、清めの音が力として漲っていく。演奏は最高潮に達し、ヒビキは腹の底から、念を込めた声を発して、高まった力を上空の巨大な虫目掛けて放った。

 

***

 

 地上から飛んできた巨大な衝撃波が、虫の腹を切り裂いた。

 飛び上がったものの、要塞からは迎撃の為、弾丸が途切れなくライダー達を狙っていた。それが、地上からの二発の攻撃によるダメージで弱まっている。

 キバ飛翔体が天を自在に駆け、虫の装甲を切り刻み、吐き出した火球で焼く。

 今が好機。ブレイドキングフォームは高度を上げ、真正面――虫の顔目掛け飛んだ。

 

「よし、行け、カズマ! 仕事だからじゃない、お前のすべき事の為に!」

『Final Attack Ride Bu‐Bu‐Bu‐Blade』

 

 左手に構えたブレイドブレードが力を帯びる。右手のキングラウザーにも力を纏わせ、キングフォームは飛んだ。

 

 

 ファイズブラスターフォームが、手にしたファイズブラスターへとコードを入力する。一、零、三、エンター。

『Blaster Mode』

 ファイズブラスターは展開し、フォトンブラッド砲へと形を変える。

 虫のどてっ腹目掛けて、銃口を構え、エンターを押し込む。

『Exceed Charge』

 

 

「よし、今しかあるまい、行くぞ!」

「了解した!」

 天道総司の声に答え、カブトゼクターは速度を上げた。

 その背に乗る天道総司は、手にしたパーフェクトゼクターを操作する。

『Kabuto‐Power,Thebee‐Power,Drake‐Power,Sasword‐Power――All Zecters Combine』

 

「頼むぞ、最強のお二人さん!」

『Final Attack Ride Ka‐Ka‐Ka‐Kabuto』

 

『Maximum Hyper Typhoon』

 平坦な電子音声が鳴り、ハイパーカブトはカブトゼクターの背を蹴って高く飛び上がった。

 力を帯びて速度を増したカブトゼクターが、虫の腹へと突っ込んで行く。

 パーフェクトゼクターは、カブトムシの角を思わせるエネルギーの刃で大きく見えた。

 ハイパーカブトはパーフェクトゼクターを振りかぶり、それを一気に振り下ろした。

 

 

「よっしゃ、行くぞ、辰巳!」

『Final Vent』

 城戸真司が威勢よく叫んで、カードをバイザーへとセットした。

 彼の駆るドラグランザーが姿を変え、龍騎サバイブはまさにバイクを操るライダーのように、火球を浴びせながら要塞目掛けて走り出す。

 

「シンジ、お前なら出来る、きっと!」

『Final Attack Ride Ryu‐Ryu‐Ryu‐Ryuki』

 

「うおおおおおぉぉぉぉっっ!」

 辰巳シンジの変じたリュウキドラグレッダー、彼の契約モンスター・ドラグレッダーも真司に遅れをとるまいと、要塞へと突撃し、火球を吐き出し浴びせる。

 

 

「よし、今しかない!」

「ええ、行きましょう、芦河さん!」

 アギトトルネイダーは速度を上げた。

 その背中でシャイニングは腰を落として構えをとる。彼の力は、心の中にある。

 

「人の居場所、それを教えてくれたお前等が、負ける筈がない!」

『Final Attack Ride A‐A‐A‐Agito』

 

 シャイニング、トルネイダー、両者は、一筋の眩い光となって、流星のごとく空を駆けた。

 

 

「寄せて下さい!」

 黒いクウガが、この一撃に賭けて貯めた力を感じる。

 クウガゴウラムは、彼を要塞へと送り届けるべく、弾幕をかいくぐり速度を上げた。

 

「人は、笑顔になれるから、大切な人の笑顔があるから、生きていける、強くなれる。それを守らなきゃな、大切なものを、守らなきゃな。そうだろう、ユウスケ!」

『Final Attack Ride Ku‐Ku‐Ku‐Kuuga』

 

「うおおおおおりゃああああぁぁぁっ!」

 クウガゴウラムの足にかけた腕を軸として、体を一度大きく前に後ろに振り、遠心力を利用して黒いクウガは要塞へと向けて飛んだ。

 後を追うクウガゴウラムも、その鍬に力を帯び、速度を益々加速させた。

 

***

 

 炸裂、閃光、轟音。

 巨大な虫は、もうもうと黒い煙を吐き出しながら、徐々に高度を落としていた。

「行かないのかい、士」

 声に振り向くと、ディエンドがいた。ぼろぼろになった彼の装甲を見て、ディケイドは、ふん、と鼻から声を出した。

「一人で不安なら、僕も行ってやってもいいよ」

「……どういう風の吹き回しだ? 明日は槍が降るのか?」

「大ショッカーが気に喰わないだけだよ。単純な話さ」

 ディエンドは肩を竦めただけで、ディケイドの悪態には反撃してこなかった。

 ふん、ともう一度鼻で笑うと、ディケイドは墜落しようとする巨大な空中要塞を再度見据えた。

「俺の戦いだ、俺が終わらせなきゃいけない。行くさ」

「よし、じゃあ行こう」

 ディエンドの言葉に答えないでディケイドは駆け出した。

 これはディケイドの戦い、断ち切る戦い、始める為に終わらせる戦い。

 後にディエンドが続く。彼はこれからも、自分の欲するところの為にのみ、動き戦うのだろう。だけど、それでいい。彼は生き続けるだろう。自らの欲するがままに。

「くぉら、士! 俺を忘れてんじゃねぇぞ!」

「僕も戦います、ディケイド! 皆と一緒に!」

「僕は王になれた、王の心を持てた。だから士、あなたが何者かになろうとするなら、僕は力を貸す!」

 後ろから、モモタロス、野上良太郎、ワタルの声。

「お前等馬鹿ばっかりだな! だが俺も、負けない位、大馬鹿だ!」

「それが分かってりゃあ上等だ、細かい理屈なんざ必要ねぇ!」

 士は愉快そうに、思い切り大声で叫んで、モモタロスがそれに答えた。

「モモタロスと同レベルにされるってのは納得行かないけど、まぁ今日は大目にみといてあげよう。感謝したまえよ士」

「口の減らない奴だな!」

 海東の悪態に答えつつも尚走る。道行で、一団に加わってきた者達があった。

「門矢士、お前の答えは見つかったか!」

 ファイズ、乾巧。

「多分、見つかったぜ、それっぽいのが! 勘違いでも、また探しゃいい!」

「それでいい!」

 乾の声は、気のせいか弾んでいた。

「皆さん、助太刀します!」

「こっちは鍛えてるんだから、あんなでかいだけのには負けないよ!」

 アスムと、ヒビキ。

 そうだ、馬鹿ばかりだ。馬鹿の集まりだ。そう思った。

 戦い続ける事で、大切な何かを、誰かを、守りたいと願い選んだ。

 困難、障害、悪意、裏切り、誤解。そんなものに傷つけられもしただろう。

 道を間違えたり、見失って迷ったりもしただろう。

 それでも、戦い続ける。きっと、命ある限り。理不尽な暴力と。謂われのない悪意と。ささやかな幸せを叩き壊すものと。

 己の心に真実を問い、正しいと思えるものを真摯に選びとる為に、自分と戦い続ける。

 上空の要塞はだいぶ高度を下げていた。

 士は脚を止め、上を見上げた。黒い煙が虫の腹を包み、要塞は既に傾いていた。

「……でも、何であれには、イマジンが一杯乗ってるんだろう? そういえば今まで、全然見てないし」

「オリジナルの世界に渡った後、イマジンを使って過去を改変して、仮面ライダーがいない、大ショッカーの世界にするとか、そんな所じゃないかい。あいつらの考えそうな事さ」

 良太郎の疑問に海東がそれらしい推測を返した。

 要塞のあちこちで、小さな爆発がいくつも起こっているようだった。火が弾け、黒い煙が幾筋も天へ伸びていく。

「よし、お前等の力、借りるぞ!」

「はい……でも何をすれば?」

 尋ねたアスムの肩をぽんと叩いて、ディケイドはアスムに背中を向かせると、ドライバーにカードをセットした。

「まずお前は、ちょっとくすぐったいがこれだ!」

『Final Form Ride Hi‐Hi‐Hi‐Hibiki』

 アスムがやや浮き上がり、複雑に変形すると、そこにはサイズこそ大きいが、紛うことなきディスクアニマルの一種・アカネタカが姿を現していた。

「えっ……えええ? 何、何? 何がどうなってるの?」

 ヒビキが面食らい、驚いた声を上げるが、答えを持っている者などいるはずもない。

 ヒビキアカネタカは高い声で鳴くと、要塞目がけ飛び立っていった。

「モモタロスと……ヒビキだったか? 合図したら、俺を思いっきり、あれにぶん投げてくれるか?」

「えっ……いいけど、何で?」

「左腕が思うように動かないんでな……上手く動けないんだ。あれにぶつける位の気持ちでやってくれて構わん」

 戸惑いつつも、ヒビキもクライマックスフォームも頷きを返した。

「あと乾、ジェットスライガーとか呼べるんならさっさと呼べ」

「この世界にあるかどうかなんて知らねぇし、このファイズからの命令で動くのかも分かんねぇよ。第一、今言われてやっと存在を思い出した」

「試してみれば分かるだろ」

「……ま、それもそうか」

 渋々乾が頷いて、ファイズフォンにコードを入力した。

 士は振り返った。そこには後ろにクライマックスフォームと装甲響鬼、更にはその後ろにキバドッガフォームを従えた、ライナーフォームが立っていた。

「……? あんたが俺を投げるのか?」

「大丈夫大丈夫、絶対こっちの方がスピード出るから!」

 士の疑問に後ろのヒビキが答えになっていない答えを返し、ライナーフォームも頷いた。

「士、僕には何かないのかい」

「お前はどうせ言う通りになんかしないだろ、好きにやれ」

 海東の質問に即座に答えると、海東は、はいはい、と息を吐いて肩を竦めた。

「よし、行くぞ! やってくれ!」

「よっし、良太郎、やれ!」

「うん!」

 見れば、ライナーフォームはデンカメンソードをしっかりと構えている。オーラで生成された線路が、ライナーフォームからディケイドへと伸びていく。

「……お前等、いったい俺に、何をする気だっ!」

「行くぜ行くぜ行くぜーっ!」

 装甲響鬼、電王クライマックスフォーム、キバドッガフォーム。三人が力の限り押した電王ライナーフォームが、オーラの線路を滑り猛スピードで士へと迫った。

「行っけええええぇぇぇ!」

「ちょっと待てーっ!」

 ライナーフォームが胸に構えたデンカメンソードの電仮面部分に胸を押され、ディケイドは音速を超えそうなスピードでオーラの線路を滑っていく。

 進行方向には、ファイズが乗った、バトルモードのサイドバッシャーが待機していた。

「お願いします、乾さんっ!」

「おうっ!」

「お前等、俺を、殺す気かーっ!」

 ライナーフォームが停止してディケイドを力の限り押し、サイドバッシャーの腕がディケイドの背中を受け止めて、そのままの勢いで上に放り上げた。

 確かに、この勢いがあれば届く。やり方の是非はともかくとして。

 使うカードは決まっている。カードホルダーから抜き出したカードを、絵柄を見ずにドライバーにセットした。

『Final Attack Ride De‐De‐De‐Decade』

 元々の勢いにカードの力が加わり、ディケイドは右脚を上げ蹴りの体勢を作って、重力などないかのように、速度を増して虫の腹へと突っ込んでいった。

「お前達の終わりだよ、大ショッカー」

 ディエンドも、その様を地上から眺めつつ、カードを一枚ドライバーへとセットした。

『Final Attack Ride Di‐Di‐Di‐Diend』

 

***

 

 分厚い外壁を突き抜け、要塞へと突っ込んだクウガゴウラムが着地した地点は、イマジン達の巣窟だった。

 何百体、いや何千、何万。その気配を感じるだけで、押し潰されそうになる。

 飛び回り、入ってきた穴へと退避しようとするが、脚を掴まれ引きずり下ろされ、あっという間にクウガゴウラムは、イマジンの群れの中に埋れた。

 殴られ蹴られ、訳も分からずにもみくちゃにされて、ユウスケの頭は、ぼんやりとしていた。

 防ぐという行動自体に意味がない。

 遠くなりそうな意識の中で、いつもならば眠りの中で見えるものが見えた。見た事のない、初めて見る姿。あれは、黒のクウガでもない、もっと別の、何か。

 俺は、あれになる前に、どうにかしなきゃいけない、でも、戦い続ければあれになってしまうなら、どうすればいいんだろう?

 どうして今見えるんだろう?

 答えは見つからなかった。強く地面に叩きつけられて、やや現実に引き戻される。

「小野寺さん!」

 五代雄介の声がした。ファイナルフォームライド状態を維持できなくなり、赤のクウガの姿に戻ってユウスケは、必死に立ち上がろうとした。

「返事をしてください、小野寺さん!」

 返事をしようとしたが、声の出し方を忘れてしまった。とにかく息苦しい。むせてしまいそうだ。

「小野寺さん、立ってください! 絶対、絶対死なせない!」

 五代の声は、今にも泣き出してしまいそうなものだった。

 倒れ込んだクウガを、幾つもの足が踏みつけた。もう立ち上がれる気などしなかった。

 駄目だな、笑顔なんて守れてないじゃん、俺。五代さん泣きそうだ。

 もっと、もっと沢山の人の笑顔を、守らなきゃいけないのに。

 俺がもっと強ければ、もっと力があれば。もっと、強く、力、力が。

 気付くと、赤のクウガの右腕が、振り下ろされた足の裏を掴んでいた。

 ユウスケはまったく意識しないままの行動だった。意識と体の動きが同調していない。ぼんやりとしたユウスケの思考が、ますます混乱した。

 右腕はそのまま、掴んだ足を軽々と放り投げた。右腕は、見たことがないものに変貌していた。

 甲殻に覆われている。どぎつい金色の甲殻は、刺々しかった。

 ――何だ、これは?

 驚愕してユウスケは動けない。だが右腕は、そんな事はお構いなしに、目の前のイマジンの腹に重いパンチを叩き込んだ。

「……小野寺さん、小野寺さん! 駄目です!」

 五代の声は段々と近づいてきていた。大きな音量の筈のその声が、ユウスケにはやけに、遠くに響いて聞こえた。

 何があったのだろう、五代の声はひどく必死な響きを帯びていた。

「しっかりして下さい、思い出して、小野寺さん! クウガの力は、何の為にあるんですか! 俺に教えてくれたのは、小野寺さんですよ! 聖なる泉を、涸らせちゃいけません!」

 右の肩を覆う甲殻も、変貌していた。相手を突き刺す為にあるような、攻撃的な刺。

 

 そうだ、俺、姐さんが一人で頑張ってて、平気そうな顔で頑張ってるの、たまらなかったんだ。

 俺、姐さんに、笑っていてほしかったんだ。だって笑うと、すごく幸せな気持ちになれる。嬉しくなるよ。

 士も、夏海ちゃんも。笑ってる顔の方が、ぜんぜんいいよ。泣いてたら、悲しくなるよ。

 

「そうだ…………俺は、みんなに、笑顔で、いてほしいから……、だから……!」

 稲妻が閃いた。

 黒いクウガは、まるで悪鬼を狩る仁王のようにイマジン達を薙ぎ倒し、小野寺ユウスケを探し回っていたが、煌めいた光に目を奪われて、そちらを顧みた。

 そこにいたクウガの眼は、赤かった。

 

***

 

 閃光が二つ、巨大な虫を突き破り、ついに空中要塞は、上空で大きく爆発炎上した。

 欠片がばらばらと地上に舞い落ちる。

 ヒビキアカネタカに右手だけで捕まったディケイドは、ほどなくして地上に戻ってきた。

「ありがとうアスム……俺は、アスムには、本当に心から感謝している。ああそうだ、この中ではアスムにだけは」

 地上に戻ってきて、再会の喜びもそこそこに士が口にしたのは、その台詞だった。

「いや……もう、そんなに根に持つなよ! ちゃーんと上まで届いたろうが! 文句あっか!」

「モモタロス……それを人は、開き直りと呼ぶんだ」

「うっせぇな、小せぇ事言ってんな! 終わりよければ全て良しなんだよ!」

 士もモモタロスも譲り合わない。ふと横を見たワタルが、あ、と声を上げた。

 片方が肩を貸し、歩いてくる人影が二人。二人は、こちらへと段々と近づいてくる。

「ユウスケっ!」

 キバが走り出していた。皆、その後を追った。ディエンドだけが動かず、ディケイドはゆったりと歩いた。

「ユウスケ、大丈夫なのか!」

「ああ、大丈夫だよ。それより久しぶりだな、元気だったか?」

 ユウスケと五代雄介は、既に変身を解除して、人の姿に戻っていた。

 ユウスケは、酷い姿だった。患者衣は裂けてぼろぼろだし、痣やら傷やらが増えている。だけれども、ワタルを見て、嬉しそうに笑っていた。

「……ありがとよ、ユウスケ」

 士が言うと、ユウスケはディケイドを見て、にっこりと、本当に嬉しそうに笑ってみせた。




明日はエピローグ1とエピローグ2の二話更新となりますのでご注意ください。

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