Over the aurora《完結》   作:田島

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エピローグ1:Perfect World

 ディエンドは変身を解除し、海東大樹の姿へと戻った。

「じゃあ、僕は行くよ。こういう雰囲気は好きじゃないんだ」

 左手を上げ、士に笑いかけて歩き出したが、何か思い出して足を止め、振り向いた。

「ああ、そうだ士。キバーラから伝言を預かってる」

「……何でお前に?」

 ディケイドの疑問には答えないで、海東は曖昧に笑った。

「光栄次郎に伝えてくれないか。キバーラが、『帰れなくてごめん、大好き』と言っていたって」

「……あいつは?」

「死んだ」

「……分かった」

 短いやりとりの後で、ディケイドが頷いた。海東は、それをやや目を眇めて見た後で、右の口の端を上げて笑ってみせた。

「じゃあね士、またね」

「ああ、またな」

 海東大樹が歩き去っていって、入れ違いに反対の方向から歩いてくる者達があった。

 黄金のキバと二人のブレイドだった。

「おうおう、無事だったね!」

「……まあ、あいつらと天道は別に心配はいらねぇだろ」

 ヒビキが三人に向かって手を振って見せて、横で乾が呟いた。

 振られた手を見たのか、ブレイドが駆け寄ってくる。

「チーズ! ユウスケ!」

「おうカズマ、無事だったか」

「……うん、まあ……何ていうか……怖かった……」

 呟いてカズマは長く息を吐いた。一体どんな目にあったというのだろうか。かける言葉も見つからない内、歩いていた二人も一団の元へ到着する。

「皆さん、無事で何よりです」

「剣崎君と渡君も無事で良かった。他の人達は?」

「まだ分かりませんが、きっと無事です」

 ヒビキの言葉に、黄金のキバは強めの声で答えて、ヒビキもそれに大きく頷いた。

 そして黄金のキバは、ディケイドを見た。ブレイドキングフォームも、ディケイドを見ていた。

「さて……あんたらはどうするんだ? 俺を倒すのか?」

「ちょ、何言ってんだチーズ!」

「カズマは黙ってろ」

 見つめられたディケイドも、二人を正面から見つめ返し、両者は暫し言葉なく目線を合わせた。

 やがて、ブレイドキングフォームが動いた。腰のバックルに手をかけ、レバーを引く。オリハルコンエレメントが彼の体を通り抜け、剣崎一真がディケイドを見た。

「……やめておこう。ディケイドの機能にロックがかかった以上、俺には無理に君を倒す理由はない。それに俺は、剣立の命令には逆らえないんだ。そいつが君と俺達が戦うのを許すと思うか?」

「許さないだろうな。それは違いない」

 当たり前だよ、とカズマが横でぷんすかと不平そうな声を上げたのを見て、黄金のキバも剣崎に倣い変身を解除した。

「まずは感謝します、ディケイド」

「よせよ。別にあんたに礼を言われたいとは思わない」

「僕は自分の行動が間違っていたとは思わないけれども、それでもあれ以上戦わずに済んで、良かったと思っています。ありがとう」

 紅渡はにこりと笑った。優しげなその笑顔を見て、ディケイドはばつが悪そうに横を向いて黙った。

 横を向くと、カズマが首を傾げながらしきりに頭を振っていた。

「……カズマ、お前一体何してるんだ?」

「おっかしいんだよ。本部との通信が全然出来ないんだ。ついさっきまで出来てたのに。チャンネル開いてもホワイトノイズだし……ブレイドは何処も壊れてない筈なんだけどな」

 カズマは、ブレイド内部に搭載されている通信機能でBOARD本部と通信を行おうとしているらしかった。しかし、チャンネルを開いてホワイトノイズが流れるという事は、こちらが壊れているのか相手側が機能していないのか、もしくはその両方か。

「BOARD壊滅か」

「……えっ、そんなの困るよ! 給料日明後日なのに給料出ないじゃん!」

「まず金かよ」

 やや呆れがちに士が言ったが、剣崎も不審そうに首を捻った。

「BOARDが壊滅するような事態があったなら、壊滅する前に剣立に何らかのコンタクトがないとおかしいだろう」

「それもそうか」

「そうだよ、出任せ言うなよチーズは!」

 給料がかかっているカズマはかなり必死な様子だった。しかし、何があったのかなど今の時点では分からない。

「そいつの世界が、ここからなくなったという事だろう」

 声の方を見ると、天道総司とソウジ、津上翔一と芦河ショウイチがいた。既に変身は解除している。

 天道の言葉を聞いて、カズマは動揺した様子で慌てて天道に詰め寄った。

「何だそれ! なくなったって、どういう事だよ!」

「どういう事なのかは知らん。ZECTともその部隊とも通信出来ん。そして、二つあった筈のキャッスルドランの片方が消えている。芦河が引き連れてきた戦車もなかったし鬼達もいない。時間流の歪みも消えている。だがそれぞれの世界のライダーは消えていない。これらの事象から導き出される結論は一つ」

「……融合していたそれぞれの世界が、分離した?」

「そうだ、そして剣立も他のリ・イマジネーションも、置いていかれた、という事ではないか」

 渡の言葉に、天道は大きく頷いた。

 えっ、と短く声を出して、カズマは先程までの勢いを失って、腕を下ろした。

「それどういう事だよ……訳分かんないよ」

「落ち着けカズマ」

「これが落ち着いてられるか!」

 取り乱して声を荒げてカズマが叫んだ。

 気持ちは分かる、冷静でいられる方がおかしいかもしれない。だが士は、息を一つ吐いてカズマを見た。

「いいから落ち着け。まず今の状況を調べないと何も話が進まん。まだお前が置いていかれたのかどうかなんて何も確かな事は分かっちゃいないし、万が一置いていかれたんだとしても、帰る手段がないわけじゃないだろ多分」

「え……」

「お前、世界を越えて来た奴がここに何人いると思う? ブレイドの世界が消えたんじゃなきゃ、お前をそこに返す方法はあるんだ」

 言われて、カズマは黙って士を見た。言葉はないし、空気はまだややぴりぴりとしている。

「そうです、世界が分離しただけというのならば、皆さんをそれぞれの世界に送り届ける事は可能です。まずは戻って状況を見ましょう。皆さんも疲れているでしょうし、休息が必要です」

「そうだねえ、お腹も空いたし眠たいし」

 横から渡とヒビキも口添えをする。カズマは大きく息を一つ吐くと、バックルのレバーに手をかけ引いた。展開したオリハルコンエレメントが彼の体をすり抜け、変身が解除される。

 まだ納得していない顔をして、士から目を背けて黙っていたが、落ち着きは取り戻したようだった。

 それを見て士も他の面々も、続々と変身を解除する。ただしヒビキとアスムは顔だけを戻した。

 変身を解除したワタルがまだ幼い少年だった事に、彼の周りにいる者は一様に驚いている様子が伺えたが、慣れているのか本人は周囲の視線を気にも留めていない。

「俺は別に休息は必要ない。大ショッカーの残党が残っていないかを調べてから戻る」

「俺も残るぞ。城戸と辰巳と尾上がまだ来てないから探してくる」

「お願いします。ドランは元の場所に動かしておきます」

 剣崎と乾がそれぞれ言い、渡が頷くとそれぞれに歩いていった。

「俺は一度戻る。後で行けばいいか」

「そうですね、できれば顔を出してください。きっと津上さんが美味しい料理をご馳走してくれますし」

「そりゃ食わなきゃ損だな。あと、ユウスケと、こいつも連れて行ってやってくれないか」

 言って士は、親指で五代を指し示した。指し示された五代は、ぽかんとした顔で士を見て、渡を見た。

「その方は?」

「五代雄介、クウガだ。鳴滝に連れてこられたんだ。まだ事情も何も説明してないから、教えてやってくれ」

 渡はやや驚いた顔を見せた後、頷いた。

「分かりました。五代さん、どうぞいらして下さい。他の皆さんもどうぞ、寝る場所と食事くらいは用意できますから」

 五代にそう告げてから、渡は踵を返し歩き出した。元々キャッスルドランに居た者達と、今は帰る場所を失った状態の者達もそれに続いた。

 五代は彼等の後ろ姿を見て、士とユウスケをそれぞれ見た後、ぽかんとした顔をした。

「後で俺も行くが、とりあえずあいつらと一緒に行って話を聞いておけ。これからどうするのかはそれから考えりゃいい。そいつもバイクはちょっと無理だろうから、連れていって休ませてやってくれ」

「俺は、大丈夫だよ」

「いいから大人しくしてろ。そんなぼろぼろの格好で、大丈夫も何も説得力がないんだよ。後で着替えを持ってってやるから休んでろ」

 てきぱきとした士の言葉に、ユウスケは不満げに返したが、士は態度を変えなかった。

「……分かったよ。じゃあ後で」

 五代は、分かりました、と言って笑うと、再びユウスケの腕を持って肩を担いだ。口で大丈夫と言いつつ、体は大分辛いのだろう。ユウスケは肩に捕まって、たどたどしく歩いていった。

 

***

 

「よう、しけた面してんな」

 角から出てきたのは、バイクを押した乾巧だった。先頭を歩いていた城戸真司は足を止めた。

 後ろには辰已シンジと尾上タクミがいる。

「乾、無事だったのか」

「当たり前だ。取り敢えず片が付いたみたいだから一旦戻るぞ。尾上、バジン呼べ」

「あっ、はい」

 言われてタクミはファイズフォンを取り出して、コードを入力した。

 城戸は乾の顔を見た後、目を伏せた。乾はその様子を見て、軽く息を吐いた。

「……俺、また止められなかった」

 斜め下を見下ろしたままで、城戸がぽつりと呟いた。

 言うだろうと思ってたが、本当に言いやがった。

 やや呆れ半分に、乾は溜息を吐いた。

「もう終わったんだよ。別にお前が何もしなかった訳でもない」

「でも……」

「俺は、最後に、何か出来て良かったって思ってる。お前は後悔してるのか?」

 乾の口調は静かだったが、城戸はそれを聞いて顔を上げて眉を顰め、怒ったような困惑したような表情を浮かべた。

「……何だ、最後って何だよ、どういう意味だよ」

「深い意味はねぇよ」

「意味ないって事はないだろ! お前、何隠してるんだよ!」

「隠しちゃいねえよ。どうせもうすぐおさらばなんだ、お前には関係ない」

「何だと、ふざけんなよお前!」

 城戸は走り出して、左腕で乾の胸倉を掴み上げたが、乾は表情を変えないで城戸を見たまま、黙っていた。

 シンジにもタクミにも事情は全く分からない。二人はただ呆然と二人のやりとりを見ていた。

「……お前はどうか知らないが、俺は、元の世界に戻ってめでたしって訳じゃない。俺が何か出来るのも、多分これで最後だ」

「……!」

「でも、だから俺はここに来た。そしてそれを後悔したりはしない」

 乾はまっすぐに城戸を睨みつけていた。城戸は右の拳を振り上げたけれども、それを振り下ろさないままゆっくりと下げて、左手を乾から離した。

「俺……どっちつかずで、何にも出来なかったって思う」

「嬉々としてディケイドを倒すお前なんざ見たくねぇし、本当に何もしないのもそれはそれで困る。お前はそれでいい」

「良く……ないよ…………。俺、やだよ、お前そうやって、もうすぐ自分が死ぬみたいな事言って……」

「俺は元々随分昔に死んでたんだ。長生きしすぎた位だ」

 城戸の声は、まるで涙を堪えているみたいに揺れていた。

 自動操縦で走ってきたオートバジンがタクミの横に止まる。それに気付くと乾は、ヘルメットを城戸へ差し出した。

「……今は、終わったって喜んでりゃいいんだ。ディケイドはもう世界を破壊しない、そういう事らしいからな」

 乾が言うと、城戸はヘルメットをようやく受け取った。

「お前等もボケっとしてんな。さっさとしろ」

 メットを被りながら乾ががなると、シンジとタクミは顔を一度見合わせて、タクミが躊躇いつつ取り出したメットをシンジが受け取った。

 タクミには、何となくだがどういう事なのかは理解出来た。

 オルフェノクは短命な生き物だ。死の恐怖に怯えて、人を襲う者も多い。

 ブラスターは今の俺にはきついと乾は言った。それは、オルフェノクとしての力と命が尽きかけているからではないのか。

 あんな命を削り取るような力を使って戦い続けてきたのなら、当然かもしれなかった。

 それでも尚、彼は何か出来る事の為に来たというのだろうか。乾の語った夢を思い出した。

 理不尽だ、と思った。戦う相手のいない理不尽は、立ち向かいようがない。ただ乾が己と戦うだけだ、手を貸せる事がない。

 そして、それは己の宿命でもあった。

 僕は最後に、こんな選択を出来るんだろうか。

 タクミには分からなかった。でも、出来るようになりたい、と思う。

 

***

 

 物陰に隠れていた夏海を拾い、士は写真館へと戻ってきた。

 ドアを開けると、向かいの壁に、全倍の大きさで、一面の花畑の写真が広がっていた。

 踏み台に乗り、栄次郎が壁に画鋲を打っている。

「ああ、二人とも、お帰り」

 二人を見て、栄次郎はにっこりと笑った。

 黄色、紫、青、赤、ピンク、色々な花が咲き乱れている。地平線まで続くかと思われたその花畑の向こうには、海が見えた。海は空と交わり、雲一つない紺碧が広がっている。

「ただいま……おじいちゃん、その写真は?」

「ああ、これ、素敵だろう? お前がこの前倉庫をひっくり返した時にネガを見つけてねえ。引き伸ばしてみたんだ」

 画鋲を打ち終え、踏み台から降りて、栄次郎はその写真を見て満足げに何度か頷いた。

「これはねえ、彼の写真の中では、一番出来がいいんだよ。文句なしに素晴らしいって思う」

「……タイトルは、あるのか?」

「特にないんだけどね。そうだねえ……名付けるなら、『パーフェクト・ワールド』かね」

 そう言って栄次郎は笑った。つくづく喰えない爺さんだ、と、感想が士の胸に浮かんだ。

 あるべき世界。美しい理想の世界、如何なる時も強く揺るがない理想の自分。あいつは、そんなものが欲しかったのだろうか。

「……まあ綺麗だが、毎日見てりゃ見飽きるだろうな」

 士が興味の薄そうな口調で吐き捨てると、栄次郎は、我が意を得たりといった様子で、大きく頷いた。

 彼は戦えなかった。理想の世界は何処かにあるのだと、いずれ生まれるのを待とうと、夢が向こうから扉を叩いて訪れるのを待っていたが為に。

 人は旅をして、探して行くだろう。夢を、意味を。だけれども、自分にとっての答えが自分の中にしかない事を、旅をして、色々な出来事を経て、誰かに何かを教えられながら、知る。

 殴り合えと言いたかったんじゃない。理想の自分だなんて、自分じゃないんだと、言いたかった。現に門矢士は門矢士でしかないのだから。

 可憐な花の黄色の花びらが、一面に野を覆う景色。つまらなさそうに写真を眺めて士は、本来なら自分もそうなっていたであろう姿を、もう一人の自分の事を思った。

 たまたまだったのだ。本当ならば士も、こうして引き伸ばされた写真を眺めているなんて事はなかったのかもしれない。

 偶然と必然が出会いを作り出し、絆を生んで、心は育まれていく。

 そこには完全などありはしない。だからこそ止まらない、いくらでも広がっていける。調和とは閉じる事でもあるのだから。

「でも、この景色をいつか、探しに行くのも悪くないかもな」

「そうですね、きっと、実際に見たらもっと綺麗ですよ」

 笑顔で言って、夏海は軽く伸びをした。その様子を横目で見て、士もくすりと笑いを漏らした。


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