目が覚めると、何故か天道総司が横に座っていて、何か本を読んでいた。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。日は翳り始め、窓から斜めに天道の背中を照らしていた。
「目が覚めたか」
ユウスケは、天道を見て頷いた。
「……何で、あんたが?」
「暇だったからな。水はいるか」
天道の声は相変わらず上からの一本調子だったが、もう慣れた。ユウスケは再び頷いた。喉はからからだった。
体は睡眠をとったお陰だろうか、思いのほか軽かった。体ももう起こせる。腕に軽く力を入れると、上半身は思い通りに起きた。
天道が脇に置いてあった水差しからコップに水を注ぎ、コップを差し出した。それを受け取り、一気に飲み干した。
「っ……ふはー、生き返った」
「もうすっかり元気そうだな。腹は減ったか」
「……そういえば、昨日から殆ど何も食べてないな」
言われて思い出すと、急に空腹感が意識を覆った。
その様子を見ると天道は軽く笑って、待ってろ、と言い残して部屋を出て行った。
十分弱ほど待っただろうか、天道はトレイを持って帰ってきた。
「熱いから、ひっくり返さないように注意しろ」
そう言って、ユウスケの膝にトレイを乗せた。載っていたのは、一人用の土鍋に入ったお粥とスプーンだった。真ん中に梅干が一つ乗せられている、シンプルなものだった。
「……これ、あんたが?」
「お前に、真の粥の味というものを教えてやる。有り難く味わうがいい」
「ありがとう、いただきます」
ユウスケは既に、天道への対処方法をほぼ完璧に身につけていた。礼を言って笑うと、天道は表情を変えないままで軽く頷いた。
トレイを左手で押さえ、スプーンで掬って軽く息を吹きかけてから口に運ぶと、甘い。米の柔らかい甘さが口に広がった。
米の糠臭さはないが水臭くもない。米の粒も一つ一つがしっかりとしているが、固いわけではなくさらりと口の中でほぐれる。
粥といえば、ねちょっとしてどろどろしているイメージがあったが、今口に入れたこの粥は、今まで食べたものとはまるで別物だった。
「……うまい。すっげえうまい」
「当然だ」
さも当たり前であるかのように天道は言った。美味しいものを食べると、何だか嬉しくなる。ユウスケが笑うと、天道も微かに笑った。
何も入っていなかった胃に染み渡る。食べながら、思い出した疑問をユウスケは、ふと口にした。
「そういえば、聞きたかったんだけど。あんた、最初会った時に、俺の事をリイマなんとか言ってたけど、あれって何なんだ?」
「リ・イマジネーションか」
「そう、それ」
「ディケイドライバーがデータを再構成する事による創造。ディケイドが作り出した世界のライダーを、便宜的にそう呼んでいただけだ」
ふうん、とユウスケは分かったような分からないような返事を返した。
「ついでにもう一つ。今ひとつはっきりしないんだけど、あんた達はオリジナルの世界ってやつの人間なのか? なんかそうとも言えるし違うとも言えるとか、はっきりしない事しか言わないからさ」
「正確に言えば、城戸だけはそうだが他の人間は違う。俺達はオリジナルと異なる可能性の道を辿った世界の人間だ。だが、オリジナルに限りなく近いと言っていいだろう」
「……城戸さんだけ?」
「あいつの世界は、可能性が全て潰されて一つの結末しかなかったらしい。特殊なんだ」
「何か、色々ややこしいんだな」
言ってユウスケは、土鍋の底に残った粥を掬い集めて最後の一口を口に運んだ。
「ああ、美味しかった。ご馳走様」
にっこりと笑って手を合わせると、天道が、ふっと笑いを漏らした。
「お前は変わった奴だ。単純で向こう見ず、そして暑苦しい所が、俺の知り合いに少し似ている」
「それって……褒めてないよな……」
「さあな。そうだ、最初に会った時、質の悪い模造品と言ったが、あれは撤回しよう。お前は、別の物語を持った、全く別の存在になったんだからな」
薄く笑ったまま天道は言って、ユウスケの膝の上からトレイを持ち上げると、そのまま部屋を出て行った。
一人になったが、特にする事はないし、眠気も消えてしまった。
ユウスケがベッドから降りようと体を動かすと、ドアが開いた。
「天道はここにいると聞いたが」
剣崎一真がドアを開いて、肩から上だけを中に差し入れて尋ねた。
「ん、ああ、食器を下げに行った」
「……君は、ベッドから出ようとしていたのか?」
頷くと、剣崎は部屋の中に入り、ドアを閉めた。そのまま歩いて、先程まで天道が座っていた椅子に腰掛ける。
「まだ寝ていろ。大体聞いたぞ。盾になるとかそんなのは嫌いじゃなかったのか」
「……仕方ないだろ、体が勝手に動いたんだ。別に俺だって痛い思いしたいわけじゃない」
「そうだろうな、俺もそうだ」
答えると剣崎は、口の端を軽く上げて笑った。
逆らわせないつもりなのだろう、剣崎は天道を探しに行くでもなく、座ったまま動かなかった。
ユウスケは体をベッドに戻し、上半身は起こしたままベッドに座って剣崎を見た。
「……あんたが、解放されてて、びっくりしたけど……、何か声かけそびれてて。本当に良かった。でもどうやって?」
「クラブのテン、リモートというラウズカードがある。それを使えば、アンデッドをカードから解放し、思いのままに操る事ができる」
「それで……カズマの命令には逆らえない?」
「そうだ」
剣崎は頷いて、苦く笑った。剣崎が元からアンデッドなのか、それとも作られたのか、それは分からなかったが、どう見ても彼は人間にしか見えなかった。
何だかユウスケはふと悲しくなった。剣崎は、何もない世界に一人で取り残された、と言っていた。それを思い出した。
「俺も、君に礼を言いそびれていた」
「……礼?」
助けてもらったのはユウスケの方なのだから、全く心当たりがない。ユウスケは怪訝そうに眉を寄せた。
「門矢士を助けてくれて、ありがとう」
「……え?」
全く思ってもみない、剣崎の口から出るとは想定していなかった事を言われ、ユウスケは戸惑って剣崎を見つめた。
「……俺じゃない、士が自分で見つけたんだ、俺は何もしてない」
「門矢士に聞いてみるか。きっと、君がいたからだと答える筈だ」
ふるふると首を横に振ったユウスケを見て、剣崎はまた、軽く口の端を上げて笑った。
「君が信じ続けたから、信じる事をやめなかったからだ。それでもどうにもならない事はあるだろうが、今回は、それでうまくいった」
「そんなんじゃ、ないよ、きっと」
「そうなのかもしれないな。だが、そう思わせてくれないか」
その言葉に、ユウスケは返すべき言葉を持っていなかった。
ユウスケは士を信じていたけれども、信じただけだ。具体的に士に示してやれた事は、ないように思う。
士はきっと打ち勝てる。見つけられる。そう思い込んでいただけだ。
「……あんたは、帰るのか?」
ユウスケの質問に、剣崎は表情を動かさずに軽く頷いた。
「何もないって、前言ってたよな」
「そうだ。だが、あそこが俺の世界だ。帰るさ」
言って剣崎は薄く笑った。そんな所に帰らなくても、と次の言葉を続けられなくなって、ユウスケは黙り込んだ。
「君はどうするんだ。君にも君の世界がある。ディケイドの戦いも、取り敢えずは終わった」
逆に聞き返されて、ユウスケは俯いて、首を横に振った。
そんな事、全く考えてなかった。
そうだ、ディケイドが世界を救う為の旅はもう、決着したのだ。旅は終わったのだ。
言われてようやくその事実に行き当たり、ユウスケは動揺した。先の事なんて何も考えていなかったし、どうしたいのかもまるで考えていなかった。目の前の事で手一杯だった。
「分からない……」
ぽつりと零れたユウスケの呟きを耳にして、剣崎は、仕方ないといった様子で軽く息を吐いて笑い、椅子を立った。
「帰るなら、他のライダーと一緒に渡が送ってくれるだろう。そんなに時間があるわけじゃないが、考えてみるといい」
大人しく寝ていろと言い添えて、剣崎は歩きだしドアを出ていった。
今までは、あまりそんな事を考える必要はなかった。士を助ける事が世界を救う事に繋がるという目的があった。
みんなの笑顔を守るって、俺、その為に何をすればいいんだろう?
改めて考えてみると、よく分からなかった。ユウスケはクウガになってから、目の前の敵と戦ってきただけだったし、そんな事を考えるゆとりもなかった。
俺は、どうしたいんだろう、何をしたいんだろう。
改めて考えてみても、特に何が浮かぶわけでもない。ユウスケは頭を抱えて、何度か横に振ったが、答えは出てこなかった。
***
テーブルに置かれたタロットカードには、絵が描かれていない。本来はカードを表す絵があるはずの部分は、漆黒の闇で塗り潰され、幾つもの地球が、ある程度の距離を置いて浮かんでいた。
紅渡は、カードを繰る次狼の後ろからその様子を覗き込んだ。
「何故、分離したのでしょう」
「さあなぁ。そんな事俺達には分からんよ。一般的な話をするなら、今まで働いてた強烈な融合の力が急になくなったんだから、反作用でも起きたんじゃないのか」
次狼が気怠げな口調で言った。言う通り、推測以上の事は出来ない。渡は目線をテーブルから外して、向かいに立つ天道と剣崎に向けた。
「取り敢えず、それぞれの世界は無事存在しているようです。ですが、気掛かりがあります」
その言葉に、天道と剣崎は訝しげな眼差しを渡に向けた。渡は言葉を続けた。
「今の所は、それぞれの世界は距離を置いて安定しているようですが、これが再び引き合う可能性がないとは言い切れない」
「確かにな……だがそれこそ、俺達ではどうしようもないんじゃないか?」
剣崎の言葉に、渡は頷いた。
「どうにかできる方法、か。あるかも知れんぞ」
天道が呟き、渡も剣崎も彼を見た。天道はやや俯き、考え込んでいる風だった。
「今俺達がいる世界、それに光夏海の世界。この二つは本来、生まれたばかりで融合などまだ起こらない筈だった。ディケイドが他の世界をここに引き寄せていた」
「そうですが……」
「それがディケイドの力ならば、逆の事を出来る可能性も、あるのではないか?」
「力を、逆の方向に、制御する。という事か」
剣崎の言葉に、天道は強く頷き、言葉を続けた。
「本来、ディケイドライバーには単体で次元を越える能力があるはずだが、門矢士はそれを使いこなせていない。彼がディケイドライバーをより使いこなせるようになれば、あるいは世界を安定したまま保つ事も可能になるのではないか。推測の話しか出来ないのが気に食わんが……」
実に面白くなさそうに天道が言い、息を吐いた。
こんな話で確信を持って解決策を提示できる者など、神や仏位だろう。だが天道のプライドは、推測で話を進めざるを得ない事を嫌っているらしかった。
「それが正解かどうかはともかく、力を正しく制御出来ない状況は好ましくない。特にディケイドのような大きな力であれば、尚更」
渡がそう口にして、剣崎も天道も、静かに頷いた。
彼等にはもうディケイドを倒そうという意志はない。そして、倒さなくてはならない状況が再度生まれてほしくないとも考えている。
それならばどうするか。
「門矢士の戦いは、当分終わらない、という事だな」
剣崎が低い声で呟いて、渡と天道は、何か考え込むように目線を逸らし、それぞれの方向を見た。
***
紙袋を持った門矢士がキャッスルドランを訪れたのは、辺りがすっかり暗くなった頃だった。
「生きてるかユウスケ」
「そう簡単に死ぬか!」
体を起こして返事をしたユウスケを見て、士はにやりと笑った。
左腕は包帯で吊されている。
「ここまでどうやって来たんだ?」
「途中まで、爺さんに車で送ってもらった。ほれ、服だ」
「あ、ありがと」
士が差し出した紙袋を受け取り、ベッドの脇に置く。士はそのまま、傍の椅子に腰掛けた。
そのまま、何をするでもなく、士はただユウスケを見ている。照れ臭くなり、ユウスケは気持ちの悪そうな顔をした。
「何見てんだよ……」
「馬鹿の顔だ」
「また馬鹿って言う……」
「お前が馬鹿以外の何だっていうんだ。そんなぼろぼろになりやがって」
士の声には、やや怒りが含まれていた。困ってユウスケは、目線を逸らした。
「お前だって、怪我してるだろ」
「俺の事は言ってない。俺の為にそんな有様になられても、困る」
「……士の為だけじゃない」
意表を衝かれたのか、士は口を開いたまま、言葉は継がずにユウスケを見た。
ユウスケも、視線を士に戻した。
「俺は、俺の為に戦ってたんだ、って思う。俺がどうしてもそうしたかったから」
「……まあ、そうだろうがな。そんな死にそうになるなって言ってるんだ」
実に面白くなさそうな顔で、士はそう吐き捨てた。
何だか嬉しくなってユウスケが笑うと、士はますます面白くなさそうに顔を歪めた。
「笑うな」
「何でだよ。嬉しかったら笑うだろ」
「俺は何も嬉しくない!」
不貞腐れた声で言って、士は横を向いた。可笑しくてユウスケはくすりと笑ったが、士はそれ以上文句を付けようとはしなかった。
「なぁ、士」
「何だ」
「これから、どうするんだ?」
質問に、意外そうな顔で士がユウスケを見た。
「……さあな。暫く写真でも撮って考えるさ。旅暮らしが俺の性には合ってたからな、また旅するのも悪くない」
「そっか」
士は存外にすらすらと質問に答えた。彼はいつもそうしてきたのだから、今度もそうするのだろう。
「これから、だもんなぁ、お前はさ」
ユウスケは、目を細めて、士を見た。
士は、自分を、自分で掴み取った。凄い事だと思ったし、もう士が、自分が何者なのかだとか、何故世界が壊れるのか、なんて事で悩み傷付かなくてもいいのが、素直に嬉しかった。
「何を偉そうに……そういうお前はどうするんだ」
「それなんだよな……」
士の反撃に屈して、ユウスケはしょんぼりとした様子で、弱く長く息を吐き出した。
元々ユウスケは、クウガになる前も、自分の世界で、何かはっきりした目的を持って生きていたわけではない。家族もいない、しがらみらしいしがらみもない。目的らしいものを持てたのは、八代との出会いが初めてだった。
士は呆れたようにユウスケの横顔を見つめた。
「人の心配をする前に自分の事をなんとかしろ。だから馬鹿だって言われるんだ」
「……それは、正直、その通りだと思う」
「お前はお前の気が済むようにすりゃいい。記憶のない俺にあるんだ、何か、お前にだって、大切なものくらいあるだろ」
言われて、ユウスケはじっと士の眼を見た。
「男に熱い視線を向けられても気持ち悪い、そうまじまじと人の顔を観察するな」
「俺だって気持ち悪い」
「じゃあよせ」
苦り切った士の顔を見て、ユウスケはにんまりと、満面の笑みを浮かべた。
「……人の顔を見て笑うな。気持ち悪い奴だな」
「何でもいいよ。俺は俺が気が済むようにするって、決めたから」
「そうか、そりゃ良かったな。だが別に俺の顔をじろじろ見なくたって決められるだろう」
「いいだろ、別に減らないんだから」
「気持ち悪さで心がすり減りそうだ……」
苦虫を一気に五匹も噛み潰したような士の顔を見て、ユウスケは噴き出して、声を立てて笑い始めた。
それを見て士の顔は、ますます苦り切った。
***
もう太陽は殆ど沈んで、山の際から微かに残光が見えるだけだった。
窓から良太郎はそれを眺めていた。隣では、小さい良太郎も、同じように外を眺めていた。
もう一人自分がいるというのは、やはり慣れない。慣れるのはそれはそれで問題があるだろうが、こういう状況に置かれると弱りきってしまう。
話しかけようにも、どう呼んでいいのか分からない。
「ねぇ」
「何?」
分からなかったので名前は呼ばずに呼び掛けた。小さい良太郎も、名前は言わずに呼び掛けに応じて、大きい良太郎を見た。
「侑斗を、守ってくれて、ありがとう」
「……」
「僕の世界の侑斗は、消えちゃったから……久しぶりに会えて、嬉しかった。別の侑斗なのは分かってるんだけど」
「……いいよ、無理に話さなくても。辛いでしょ」
「うん、すっごく辛かった。今も、どうして侑斗がいないんだろうって思う。でもそれが、僕の辿り着いた結果だから。それに、僕は、忘れない」
小さい良太郎は大きい良太郎を見たけれども、大きい良太郎は前を見たまま、目線を外から外さないで、ゆっくりと話した。
「僕が忘れなかったら、侑斗は、いなかった事にはならない。たとえもういなくたって、僕は知ってるんだもの。桜井侑斗はいた、確かにいたって。そうすれば、侑斗はいる。そんな気がする」
山の端の光ももう消え、星の輝きが窓の外に見えた。
桜井侑斗の愛したものだった。
「僕も、そう思うよ……きっと僕も、そう考えるって思う」
「ありがと」
大きい良太郎は、ようやく小さい良太郎に目線を移して、笑った。
***
準備が整ったという事で、紅渡が出立を告げたのは、次の日だった。
士は写真館に帰る。ここでお別れだった。
男ばかりが二十人以上、むさ苦しい光景ともおさらばだ。
「あんたに、借りを返せなかったな」
翔一に話しかけると、翔一はいつものように翳りのない明るい笑顔を浮かべて、首をゆっくり二回、横に振った。
「昨日お皿洗いを手伝ってもらった分と、門矢さんが世界を救ってくれた分で、三倍位にして返してもらいました」
皿洗いはくじ引きで負けた。いつもは大きい方の野上良太郎が(必ず)負けるらしいが、昨日だけは士が外れくじを引いた。
いつも大きい野上に皿洗いをさせている面々は、まるで天変地異でも起こったような驚き方をした。野上が外れを引かなかった事に対して。
「あんたに返した事にならない」
「いいんです、俺がいいって言ってるんですから。お皿洗いは大事なんですよ、後片付けまでが料理なんです」
言っている意味が全く分からなかったが、翔一が引き下がる様子がない事だけは分かり、士は苦笑を漏らした。
「どうするか決めたか」
剣崎に尋ねられて、ユウスケは強く首を縦に振った。
「俺、残るよ」
「……残って、どうするんだ?」
「分かんないけど、俺、士の相棒だから。士がこれから考えるなら、俺も一緒に考えるさ」
しっかりと、ユウスケが言うと、剣崎は表情を変えないで、軽く息を吐いた。
「そうか。その方が都合がいいかもしれないな」
「……? それって、どういう事だ?」
「門矢士に、新しいお願いがあるんですよ」
渡が口を開き、ユウスケを見てにこりと笑った。
「……お願いはいいが、今度はちゃんと説明しろよ」
「分かっていますよ。小野寺君に怒られてしまいますからね」
心から嫌そうな顔で、士は渡を見たが、渡の笑顔は崩れない。
「門矢士、君に、旅を続けてもらいたいんです」
「……何? 何の為に?」
「今回融合しようとした十の世界は、今のところ分離安定していますが、この状態がこれからも続く保証はない。他にも、ディケイドは今まで無数の世界を産み出した。それらは、今後も融合崩壊を続けるかもしれない。君には、それを防ぐ方法を探してもらいたい」
「……どうやって」
「それは君自身で探してください。ディケイドライバーには、世界を引き寄せる力がある。君がディケイドライバーの全能力を引き出せるようになれば、その逆ができるかもしれない。旅をして、ディケイドライバーを使いこなせるようになってほしいのです」
「……全く説明になっていないのは気のせいか」
「気のせいです」
士はますます眉を寄せて険しい目で渡を見たが、渡の笑顔は全く崩れなかった。
旅をしてくれ、と言われても。何処を目指せばいいというのか。
だが、世界はきっと無数に広がっているのだろう。様々な世界があるのだろう。
まだまだ士は世界の全てを知らない、カメラにも写しとっていない。
それを見てみたい、という願いが、何もなかった自分が名前の他に持っていた唯一の望みではなかったか。
それはまだ、消えていない。
積極的に引き受ける理由もなかったが、断る理由も今はなかった。
「……分かった。どうせまだどうするかなんて決めてなかったし、旅も好きだ。全ての世界を、写真に収めてみるってのも、悪くない」
「そう言ってくれると思っていました。何か異変があれば、僕がまた伺いますから、それまで精進してください」
輝かんばかりの笑顔で渡はそう言った。
まんまと乗せられたような気もしないでもないが、もうこうなれば自棄だった。乗せられてやる事にした。
「……それでいいかユウスケ」
「勿論、俺に文句はない」
ユウスケは、不敵に笑って頷いた。
「小野寺さん、聖なる泉を涸らさなきゃ、小野寺さんはきっとこれからも大丈夫です。頑張ってください!」
五代雄介は、にこりと笑って、ユウスケに向かって親指を立ててみせた。それを見てユウスケも、同じポーズを返した。
「あまり親切の押し売りをしないようにな」
芦河ショウイチは、やや呆れたように微笑んでいた。
「俺も相棒と頑張るから、士とユウスケもしっかりな!」
辰已シンジは、そう元気に言って右手を上げた。
「僕、もう怖がったりしません、門矢さん達も、精一杯やってください!」
尾上タクミは、微笑んでいた。
「チーズもユウスケも、食いっぱぐれたらBOARDで雇ってやるから、またいつでも来てくれよ!」
剣立カズマは、やっぱり飼い主を見つけた犬みたいないい笑顔を浮かべた。
「師匠に会ったら宜しく伝えてください。僕も、自分の世界で、これからも戦います。困った時はいつでも力になります」
アスムも、微笑んでいた。
「俺もお前も、孤独とかそういうのとはやっとおさらばできたみたいだから、お互い頑張ろう」
ソウジは、ゆったりと笑っていた。
「モモタロスが、風邪引くなよ、って言ってました。気をつけてくださいね!」
子供の良太郎は、にこにこしている。
「士、ユウスケ、僕は王として、これからも力の限り頑張る。二人が、頑張ってるって思うから」
眩しそうに、ワタルは笑っていた。
「ああ、皆、じゃあな、また会おうぜ!」
「ありがとう、またな!」
士もユウスケも、自然と笑顔が零れた。二人は手を振って、ドアを開けて外に出て、駆け出した。
暫く走ってから見上げると、キャッスルドランは空に飛び立って、暫く飛ぶと、ふっと消えた。
二人は黙って空を見つめていたが、士は空を見るのをやめて、また走り出した。
「士、片腕だけでそんな走ったら、転ぶぞ!」
ユウスケは追いかけてくるけれども、士は止まらなかった。
転んだっていい、立ち上がればいい。
自分の足で駆けていけるのなら、何処までだって駆け抜けよう。
こんなにも世界は美しくて、何処までも広がっている。まだ見知らぬ景色が、いくらでもある。
その全てを、心に刻みこんで、カメラに写しとりたい。
恐れはあるけれども、それ以上の大きさで期待があった。息も切らさないで、士は走り続けていった。
《了》
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