Over the aurora《完結》   作:田島

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(3)俺の夢、俺の居場所

 水に沈み流される感覚に、士は何故か懐かしさを覚えていた。

 以前もこうして、水に呑まれた事が、あるのかもしれない。

 こうして流されてしまって、息絶えでもすれば、煩わしさもなくなるだろう。そう思った。

 だけれども、彼は意識を手放した後暫くして、自分が目覚めるのを感じた。

 そこは、薄暗い。次第にに目が慣れていくと、天井がやけに高く、組まれたコンクリートの柱がむき出しになっているのが見えてきた。

 何処かの工場か何かなのだろうか。

 外から光は差し込むが、弱い光が天井の影を一層際立たせる。柱のあちこちには、雨漏りの跡だろうか、澱んだ色の染みが滲んでこびりついていた。

 火が燃えている、木の爆ぜる音がずっとしている。首を横に動かすと、背中が灼けるように痛んだ。

「ぐあっ……あ……」

「やっと起きたのか、いいからまだ寝てろ」

 どうにか首は横に向いたので、士は自分に声をかけた男を見た。

 歳の頃は二十五ほどだろうか。業務用で使う醤油の一斗缶を刳り抜いた容器の中で、薪をくべ火を燃やしている。肩ほどまで髪を伸ばし、削げた頬の上で爛々と光る瞳は、手元の炎を見つめていた。

「あんた……誰だ、ここ、は、何処だ」

 声を出す度に背中が熱く焼ける。なんとか言葉を捻り出したが、男は何も答えなかった。

「おい、あんた……」

 力が入らない腕を何とか立てて、士が体を起こそうとすると、突拍子もなく、高い声が響いてきた。

「あーーーーっ! 駄目じゃないですか乾さん‼」

「るっせえな、俺は何もしてねえよ。お前こそ怪我人の前でそんな大声出してんじゃねえよ」

 男は驚いて右手を見やり、言葉を返した。士もそちらを見たいが、体が思うように動かない。だが、士が体を動かすまでもなく、素っ頓狂な声の主は士に駆け寄ってきた。

「ひどい怪我なんですから、まだ寝ててください。体を動かさないで。そろそろ目が覚めるかなって思って今、おかゆを作ったんです。俺のおかゆ美味しいから、びっくりしますよ。その人も悪い人じゃないんだけど、愛想がないから」

「俺は普通だ、あんたがお喋り過ぎるんだろう」

 駆け寄った男は士を支えて寝かしつけた。明るい声で、次から次へと良く喋る。

 火の側にいる男は、不服そうな顔をして、ぶっきらぼうに反論を投げつけた。

「俺は一体、どうして、こんな所に……いるんだ、あんた達、誰だ」

「こんな所で悪かったな、今すぐ出てって貰ったっていいんだぜ」

 士が明るい男に質問を投げかけると、それを聞き咎めたぶっきらぼうな男の言葉が横から入ってきた。

「乾さんは黙っててください、聞かれてるのは俺です」

「……」

 明るい声の男は、存外にぴしゃりと乾と呼ばれる男に言ってのけた。

 乾と呼ばれる男が不機嫌そうに黙りこむと、明るい声の男は士に向き直った。

「あなたが川で溺れて岸に上がってたのを、そこの乾さんが見つけたんですよ。俺は反対したんですけど、あなたが破壊者だからって八人がかりで潰すなんてのは気にくわないって、皆さんと喧嘩別れするもんだから、間に入った俺が大変ですよ」

「…………何だ、と?」

「おい、誰も間に入ってくれなんて頼んでねえぞ。俺は一人でいい」

「またまた、そんな事言って乾さん、本当は一人だと心細かったくせに」

「そんな訳ねえだろ!」

「ちょっと、待て……!」

 またも士が体を起こそうとするのを明るい声の男が制し、士に向き直る。

「お前ら、何者、なんだ」

「俺は、津上翔一って名乗ってます。実は……アギトなんです。知ってます? アギト」

「ああ、そりゃ……知って、るが」

 実はアギト、の部分で、津上翔一は声を潜めて口に手をあてて、まるで大切な秘密をこっそり打ち明けるように、士に告げて、にっこりと満面の笑みを浮かべた。

 ふざけているわけではないだろうが、それにしても陽気すぎる。

 士はアギトの世界で出会った芦河ショウイチの事を思い出した。彼に持っていた印象からは、この津上翔一が別の世界のアギトだとは、全く想像できない。

「で、そっちの無愛想な人が、乾巧さん」

 翔一に名前を紹介されると、乾巧は面白くなさそうな顔のままで、そっぽを向いた。

 その乾を見て、翔一は、またにこりと笑った。

「まあ、俺も、意見としては乾さんと同じです。世界が大変なんだっていうのは分かるけど、君が破壊者だとか悪魔だとか言われてもピンとこなくって。それなのに戦えない」

「俺がどんな人間なのかは、関係ないって、紅渡は、言ってたぞ」

「そうなのかもしれないけど、俺はそれじゃ納得できなかったから」

 翔一は緩く微笑んだままで士を見ていた。士は、何だか信じられない気持ちで翔一を見つめ返した。

 今までディケイドが悪魔である、という扇動で得られた反応は、悪魔であるというものと、悪魔ではないというもの、どちらかだった。どっちだか分からないというのは、新鮮な反応だったし、真っ当な感覚のようにも思われた。

「おい津上、俺とお前を一緒にするな。俺はあいつらの言ってる事が出鱈目だって思ってる訳じゃない。そいつを庇おうとも思ってない。やり方が気に喰わないって言ってるんだ」

「またまた。乾さんは本当に素直じゃないなあ」

「勝手に決めつけんな!」

 必死に否定する乾巧とそれを軽くあしらう津上翔一のやりとりがだんだん遠くなっていって、士の意識はまた、眠りの中に落ちた。

 

***

 

 何処か、ここではない、遠い山の中だ。

 中腹の開けた場所に、俺の家があった。

 妹が、いた気がする。

 俺は妹を置いて、いつも遊びに出ていた。

 あれはいつの事だったんだろう? 妹はどんな顔で俺を見送っていたのだろう?

 

「お前に、妹なんていない」

「お前は、ずっと一人だったし、これからも永遠に一人だろう」

 

 誰だろう。良く知っている声なのに、誰なのかが思い出せない。いや、そもそも俺は、思い出す事など、できるのだろうか。

 呼びかける声が誰のものなのか分からなくて、士はまた目を閉じた。

 

***

 

 うなされる士の汗を拭って、手拭いを側の洗面器に放ると、津上翔一は置いてあった濡れ布巾で手を拭って、馬鈴薯の皮を剥く作業へと戻った。

 微笑を絶やさない翔一を、横に座った乾巧は不思議そうに見つめた。

「この前から思ってたが、お前、皮剥きそんなに楽しいか?」

「ええ、楽しいですよ。料理を作るのって、最高に楽しいです。どんな美味しい食事が出来るのかって、ワクワクするじゃないですか」

「……ふうん」

「美味しいものを食べてぐっすり寝て、一生懸命働いたら、いつだって何処でだって楽しいです。今こんなだけど、俺は結構、今ここでこうしてるの、楽しいんですよね」

「それが、できなくなっちまってたって、事か」

 それには答えず翔一は、巧に向けていた視線を下に落として、口を閉ざして馬鈴薯の皮を剥き続けた。

「それは、あいつのせいか」

「違いますよ、多分。滅びがどうとか融合がどうしたとかじゃないし。色々、誤解とか行き違いがあって、それが解決できなかったんです」

「そうか。俺も似たようなもんだけどな」

「俺の居場所は、なくなっちゃったんですけど、それでも俺の世界だし。なくなってほしくない、皆の居場所は守りたいって思ってます。だけど、門矢さんを倒して、それで本当に解決するのかなって」

「するんだろ。渡の奴は自信たっぷりなんだからよ。他に解決方法がないのも確かだろうしな」

「でも俺、思うんですよ。門矢さんの居場所は誰が守ってくれるんだろうって。俺も昔記憶喪失だったし、今自分の世界で居場所ないから、何か他人事に思えなくて」

 士を少し見て、翔一は微笑んでいた表情を悲しげに歪めた。だが、次の瞬間には、見慣れた微笑が口元に戻っていた。

 誰だって守りたいから戦っている。だけれどもその思いは、叶わない事もあれば届かない事もある。

 巧は、ふと思った。門矢士は、何を守りたいのだろう、と。

「……お前がお人好しすぎるからそう思うだけだろう」

「でしょ?」

 全く悪びれずににこっと笑った翔一の顔を見て、巧は呆れたように息をついた。

「お前と話してると調子が狂う」

「はは、よく言われます。でも乾さんだって、俺に負けないくらいお人好しだから、門矢さんを助けたりするんじゃないですか」

「違うって言ってんだろ」

「ははは、ホントに照れ屋さんだなぁ」

「やめろっつってんだよ!」

 怖い怖い、と半笑いでいなしながら、翔一は馬鈴薯を剥き終わり、他の材料を取りにいく為か立ち上がり、裏に歩いていった。

「あ、ちゃんと門矢さんの汗、拭いてあげてくださいよ」

「分かったよ、やっときゃいいんだろ。適当にやっとく」

「任せましたよ」

 眉を寄せて唇を突き出して、翔一は大仰に巧を指さした。分かった分かった、と投げやりに応じて、巧は左手をひらひらと振った。

 皆納得ずくで戦っているわけではない。それは巧も十分理解していた。時間が無いのだ。

 そして、この世界に、ディケイド一行と自分達以外の外の存在が、入り込んできている。

 今度こそ、『橋』を架ける為に。

 だが、それでも、巧は、望まない戦いを挑めない。

 巧は真理の、啓太郎の夢を守りたかった。きっと、木場の夢も長田の夢も。

 夢は、夢そのものが美しいのではない。届かないものに必死に手を伸ばす、人の姿が心が、美しいのだ。

 美しいから、守りたいと思った。

「なあ、お前には、夢ってあるか」

 再びうなされ始めた士は答えなかった。巧は息を一つついて、洗面器から手拭いを取り出して雑に絞り、水気がたっぷり残ったそれで士の汗を拭ってやった。

 

***

 

 士の回復振りは目覚ましいばかりだった。

 二三日も休んでいると、背中の傷は完治はしていないものの、体を起こす事もできるようになっていた。

「凄い回復力ですね。アギトの力でもこうはいかないですよ」

 包帯を替えながら、比較対象が分かりづらい感嘆を翔一が漏らした。

 ディケイドのスーツが優秀なせいもあるだろうが、確かに士の回復力は人並みを外れていた。

 今回はまともに食らいすぎた為、自分でももう駄目だと思ったほどだった。それなのに、この回復の速さは何なのだろう。

「それにしても、門矢さんのお友達、心配してるんじゃないですか? 携帯は大丈夫みたいだし、連絡を取ってみたらどうですか?」

 防水機能付きではあったものの、あれだけ水を飲む状況で、携帯電話が無事だった事は奇跡的だったかもしれない。

 電源を入れたが、着信の記録はなかった。

「……いや、いい。今の俺が連絡をしても、迷惑をかけるだけだ」

 軽く首を振った士の背中で包帯を縛り、翔一は、そうですかと残念そうに呟いた。

「はい、包帯終わり」

「世話になるな」

「困ったときはお互い様、ですよ」

 初日は、大量に失血して川で流された士の体が冷えていた為側で火を焚いてくれていたが、本来季節は夏だ。包帯を巻いた位の姿でいるのが丁度いい。

「ほら、乾さんもいい加減起きて下さい。何時だと思ってるんですか」

「わーったよ、起きる、起きるよ」

 側に置いてある、破れたソファで眠っていた巧を翔一が揺すり起こした。

 夜の間巧はそのソファに座って、士がうなされないかを見守っていた。

 包帯を巻こうとしては上手く巻けず、汗を拭く手拭いの絞り方が雑すぎると注意され、むくれていたと思ったら、夜の間はずっと士を見てくれている。分かりづらいやり方をする奴だと思った。だがそういう不器用さは、士は好きだった。

 士には分からなかった。

 自分が破壊者だというのはよく分かった。自分の意志など関係なく、世界を巻き込んで壊してしまう。

 世界、なんて、一言で言ってしまえば簡単だが、今まで回ってみてきただけでも分かる。例え仮初の世界でも、沢山の、沢山の人が暮らしていて、皆必死に生きているのだ。それを自分は、ただ存在するだけで勝手に生み出して勝手に壊してしまうのだ。

 そんな事勿論望んでいるわけがない。だが、そうなってしまう。

 証拠はないが、海東や紅渡の言っている事は嘘ではないだろうという妙な確信が士にはあった。勘だが、士の勘は外れた試しがない。

 自分は、どうすればいいのだろう。言われるままに消えればいいのか、戦えばいいのか。そもそも、何と戦うのだろう。

 全く分からなかった。

「ねえ、門矢さん」

 いつの間にか翔一は、暖かいおかゆを皿によそい、運んできていた。渡された皿を受け取って士は、翔一を見た。翔一はいつになく、真剣な眼差しで、士ではなく、おかゆを食べる為のレンゲを見ていた。

「仲間だったら、迷惑かけてほしいって思うと思うんです、俺。俺が門矢さんの仲間だったら、凄く心配するだろうし、連絡してこない事に腹を立てると思う」

「それはあんたがお人好しだからだろう」

「それはそうなんですけど、門矢さんの仲間だって、きっといい人達ですよね。会った事ないですけど、そんな気がします」

 士は答えられず、視線を落として皿を見た。ユウスケは言わずもがな、夏海だって相当のお人好しだ。お人好しでなければ、記憶喪失の士を文句をいいつつも居候などさせまい。

 だからこそ士はもう、二人が傷つく必要はないとも思った。

「門矢さん。俺も昔、記憶喪失だったって、話しましたよね」

「……ああ、聞いた」

「その時俺、自分が誰なのか分からなくて、世界の何処にも居場所がない気がして、凄く心細かった。でも、助けてくれる人がいたから、その時の俺は記憶がないままでも、自分の居場所が見つけられた。門矢さんにもそういう場所、あるんじゃないんですか」

「…………俺の、居場所」

 ねぐらに丁度いいと思って居着いた写真館。そこが間違いなく士の今の居場所だった。

 夏海がいて、栄次郎がいて、ユウスケとキバーラがいる。海東が時々意味もなくやってくる。士は失敗した写真を撮り続け、現像代という名目で借りを作っていく。

「無理強いするわけじゃないんですけど……このままでいいのかなって」

 士はレンゲを受け取って、おかゆを食べ始めた。翔一の言う事は分かる。だけれども士は、今はどうする事も出来なかった。

 巧は何も言わず、こちらを見る事もなく、一心不乱におかゆに息を吹きかけている。

 もう体は大分回復していて食欲も出ている。何口かで一気におかゆをかき込んだ。

 その時。

 突如、けたたましい音が外から響き、ドアが大きな音を立てて倒れ込んだ。

 巧と翔一、そして伏せったままの士は、ドアを破り入り込んできた闖入者を見やった。

 ステンドグラスを思わせる独特の文様が体に刻み込まれた、キバの世界を裏で支配する魔物、ファンガイアだった。

 全部で五体のファンガイアが、どかどかと入り込んでくる。

「お前達、大ショッカーか!」

 巧と翔一は立ち上がり、士を庇うようにファンガイア達の前に躍り出た。

「分かっているなら、何も言わずそのお方を渡してもらおうか」

 ヒトデに似た姿を持つシースターファンガイアが、どすの利いた声で告げる。

 大ショッカー。翔一が簡単に話してくれていた。世界を渡り、全ての世界を支配する事を目的とする秘密結社。全ての悪の組織を統合した大結社。それが今、この世界に入り込んでいるのだと。

 巧は何も言わないままで、黒いアタッシュケースからベルトを取り出すと、腰に巻き付け、一緒に入っていた携帯電話にコードを入力し、エンターキーを押す。

 翔一が構えを取ると、変身ベルト・オルタリングがその腰に出現する。

「変身!」

 二人ほぼ同時に叫び、数瞬の後には、その場には仮面ライダーファイズと仮面ライダーアギトが立っていた。

「そのお方を渡せば、お前らは見逃してやる」

「あぁ? 誰に向かって口きいてんだ、このヒトデ野郎」

「門矢さんはあなた達なんかには渡しません!」

 ファイズはだらんとした構えをとって、右手首を二三度素早く振り、一方のアギトは肩幅に脚を開いて腰を落とし、どっしりとした構えをとった。

「お前達を殺して奪っても、私達にとってはどちらでも同じ事、死んで後悔しなさい!」

 シースターファンガイアが吠え、それを合図に五体のファンガイアは、一斉にアギトとファイズへと突撃を始めた。

「後悔するのがどっちか、分からねえとはな!」

 二発、三発、ファイズの体重の乗ったパンチが続けざまにシースターファンガイアを捉える。

 シースターファンガイアは怯むが、すぐさま横からトータスファンガイアのタックルがファイズを襲った。

「ぐあっ」

「乾さん!」

 アギトも、三体のファンガイアに囲まれていた。超越精神の青のフォーム・ストームフォームへと変化する事で自身のスピードを上げ、攻撃をいなしては隙を見て反撃を加えている様子で、とてもファイズを助けにいく状況ではなかった。

「こんなもんが、何だっつうんだよ!」

 ファイズはすぐ体勢を立て直し、脚を前方に高く上げて、かかとを落とすのではなく足の裏を相手の顔面めがけて放った。

 こいつらは、俺を狙ってきた。それは士にも分かった。だが、ファイズとアギトには、命を狙われるならまだ分かる、守ってもらう理由が見当たらなかった。

 理由は一つだ。彼らはその力を、誰かを守る為に、使うからだ。目の前の事を見過ごせないからだ。

 それはきっと、紅渡も、あの剣崎という男も、同様なのだろう。彼らは、仮面ライダーなのだから。

「門矢士、答えろ!」

 ファイズが、後ろの士を見ないまま叫んだ。

「お前は、何の為に戦う!」

「何の…………為……?」

「お前は、戦う理由もなく戦ってんのか! 何の当てもなく! それじゃ、本当に破壊者だろ!」

 ファイズの叫びは、悲鳴のように聞こえた。

 この男は、本来なら命を狙うべき相手を命がけで守って、本気で呼びかけているのだ。

 何故、どうして。理由は分からなかったが、乾巧は津上翔一の言う通り、心底お人好しなのだろう。

 そうだ。士は、こういうお人好しが好きだった。憎めなくて、見捨てられない。

 ユウスケもそうだった。姐さんの笑顔を守りたいなんて言っていたけど、それも本当だろうけれども、結局は見過ごせなかったから戦っていたのだ。理不尽な暴力を許せないから、戦っていたのだ。自分が痛くて苦しい事なんて構わないで。

 そしてユウスケは、何故だかは知らないけれども、必死に士を理解しようとしてくれていた。

 ぶっきらぼうで尊大で天邪鬼。そんな自分をだ。

 士は、理解なんてされなくてもいいと思っていた。だけれども、それでは寂しいという事も、少しずつ少しずつ、分かってきた。

 そして夏海は、ディケイドを破壊者ではないと、最初から庇い続けてくれた。

 本当は破壊者かもしれない、なんて、言ってみた事もある。だけれども、士は、夏海が自分を知ってくれていたから、記憶など何もない空っぽの自分を、信じていられた。夏海を信じるから、夏海が信じる自分を信じていられた。

 戦い始めたのは巻き込まれたからだ。それは否定できない。だけれども、戦い続けてきたのは、理不尽さが許せなかったから。戦い続けられたのは、ユウスケが夏海が、士を信じてくれたから、だった。

「俺の居場所は、あいつらが守ってくれる。俺の居るべき所は、あいつらの所だ」

 ラットファンガイアの攻撃をかいくぐって、アギトはちらと士を見て、小さく頷いた。

「俺は、あいつらが信じてくれるから、信じてくれる人を守りたいから、戦う!」

 士は、そう噛みしめるように、叫んだ。

 間違っていたっていい。取り返しがつかなくても構わない。裏切られてもいい。

 何もない自分が手にする事が出来たもの、巡り会う事が出来たもの、心から大切だと思うもの。それだけを信じていたかった。

「そうだ、それでいい、お前は、お前の為に戦えばいい!」

「そうですよ、戻ってあげて下さい、仲間の所に! あなたの、居場所に!」

 叫んでファイズはベルト左脇からファイズショットを取り外して右手にセットし、ファイズフォンをベルトに装着したままで蓋だけを九十度スライドさせて開き、エンターキーを押す。

 アギトのクロスホーンが展開され、足元にオーラで紋章が描かれる。

 襲いかかるファンガイアの群れに、ファイズの右ストレートが、アギトのハルバードが、丁度カウンターとなって放たれる。

 ファンガイアのうちニ体はファイズショットの連打で超高熱を体内に注ぎ込まれ爆散、もう三体は、ストームハルバードの一薙ぎに刈り取られ、同じく爆散した。

 士は、寝かされていた机から立ち上がった。傷が完全に癒えたわけではないが、歩けないわけでもない。

 自分は、自分の足で、歩いていかなければいけないのだ。そう思った。

「お前は悪魔なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。そんな事は俺には分からない。だけどお前は、戦うんだろう」

 ファイズが、立ち上がった士を見て、呼びかけた。士ははっきりと首を縦に振った。

「ああ、俺は戦う」

「何と戦う気だ?」

「とりあえず大ショッカーを潰す。後の事は、後で考える」

 その答えに、ファイズは、ふん、と鼻で答えた。でもそこに、憎々しさや刺々しさはない。

「俺達もとりあえず、二人で大ショッカーと戦います。門矢さん達と、俺達で、力を合わせられるようになるといいんですけど」

「気にするな。あんたらと戦わなくていいなら、俺はそれでいい」

 ディケイドと力を合わせるという事は、残りのライダーを敵にまわすという事だ。そんな事をこの二人にはさせられない。

 敵対しない、理解してくれた。それだけで十分すぎるほど十分だった。

「じゃあな」

 士は手を振って振り向いて、外へと歩き出した。夏の朝だ、真上から照りつける鋭い光が目を灼く。だがそれでも士は、何処に行くのかは分からなくても、自分のいるべき所へ帰る。

「ええ、また!」

 アギトは変身を解除して翔一に戻り、士の背中に手を振った。

 巧も変身を解除したが、何も言葉はかけなかった。

 二人は、歩いていく士の背中が見えなくなるまで、立ったまま見送り続けていた。


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