Over the aurora《完結》   作:田島

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(4)Beautiful World

 時間は、士が川に叩き落とされた所まで遡る。

 クウガもブレイド相手に劣勢を強いられており、後退また後退で、キングラウザーの重そうな斬撃から身を躱し続けていた。

 士からどんどんと引き離されていく。近寄る事ができない。

 ブレイド相手に有効なダメージを与えられる打撃が、クウガにはなかった。

 彼が変身可能なフォームの中で、最もパワーのある紫のクウガの攻撃が軽くあしらわれたのだ。

 封印エネルギーを込めたキックをたたき込めれば勝機はあるかもしれない。ブレイドは間合いを遠めにとっており、決める機会を作り出せないわけではなかった。

 だが、クウガには躊躇があった。

 もし、それさえ通用しなければ、本当に打つ手を全て、失ってしまう。それが恐ろしかった。

 クウガは仕掛けられず、ブレイドは自分からは動かない。戦局は膠着状態に陥っていた。

 クウガは迷っていた。勿論、攻撃が通用しないブレイドへの警戒もある。だが、それだけではなかった。

 俺は、信じているのではなく、信じようとしているだけなのではないだろうか?

 沸き起こったその疑問を、クウガいやユウスケは、はっきりと違うと否定する事ができなかった。

 動きらしい動きといえば、武器を落としたクウガが赤のマイティフォームへと戻った事。それ以外は、ただ睨み合ったまま時間が流れていく。

 均衡を破ったのは、夏海の絶叫だった。

「止めて!」

 その声にクウガは、眼前のブレイドの存在など忘れて振り返ったが、ブレイドは動こうとしなかった。

 ディケイドが闇の中に吸い込まれて行く。転げ落ちて行く。

 駆け寄る事も、手を差し伸べる事も、叶わない、間に合わなかった。

「士……君、士君‼」

 周囲は急に明るくなって、キバは紅渡の姿に戻っていた。

 夏海の声だけが甲高く辺りに響くが、クウガにはその声もどこか遠く、現実味がないように思われた。

「……畜生、畜生……畜生!」

 振り向くとクウガは、腰を落として構えを取り、その右足に力を溜め始めた。

「そんな事に、何の意味がある?」

 ブレイドの声は変わらず低く単調で、感情が篭っていなかった。何も起こっていないかのような変わらなさは、ユウスケを苛立たせた。

「うるさい……うるさい、うるさい! 士が何をしたっていうんだ! あいつは俺と、皆を守る為に戦ってたのに!」

「守りたかったなら、何故もっと早く、そうしなかった?」

「黙れ、お前の御託なんか、聞きたくない!」

 クウガが右足を後ろに摺り、さらに深く構えを取ると、それに応えるように、ブレイドの体の各所に埋め込まれたレリーフが光を帯びた。

 左の上腕、右の下腕、右腿、左脛、右脛。

 光は力の奔流となり、ブレイドが両手に持ち右上段に構えたキングラウザーへと吸い込まれていった。

『Straight‐Flash』

 機械音声が響き、キングラウザーが力を得て光り輝く。

「おりゃあああっ!」

 僅かな助走の後、クウガは雄叫びを上げて宙に舞い上がり、ブレイドへと向けて、充分に力の溜まった右足を繰り出した。

 その動きに合わせるように、ブレイドは剣を振るった。

 二つの力は交わって、反発しあい、閃光が生まれて、離れた場所にいた夏海の長い髪が巻き上げられ、翻った。

 光の眩さに夏海は目を閉じ、風が止むのを感じて、恐る恐る顔を庇った手をどけ、目を開いた。

「……ユウスケ…………!」

 クウガは、夏海のしゃがみこんだ場所のやや手前に背中から叩きつけられた。したたかに背中を打った後に変身が自動的に解除された。

「ユウスケ!」

 夏海が駆け寄ると、ユウスケは低く呻き声を上げながら、のろのろと体を起こそうとした。

 肩を支えて起こしてやると、ユウスケは夏海は見ず、前方を睨みつけた。

「あいつは……」

 土煙の向こうに、無残に抉り取られたアスファルトが見えた。その更に向こうに、ブレイドは倒れ込んでいた。

 だが、ややあって、その金の鎧は、何という事もなかったように、平然と体を起こした。

「何だよ……あいつ、何て奴だ……」

 大きく肩で息をしながら、ユウスケは目を見開いて、呆然とした顔で、動こうとしないブレイドを見つめていた。

「ごめんな夏海ちゃん。俺、勝てないわ」

 口の端を手の甲で拭って、ユウスケは、あまり悔しくもなさそうに呟いた。

 平坦なその声があまりにもユウスケらしくなくて、夏海は無性に悲しくなった。

 ブレイドは腰のバックルに右手を当てると、レバーを引いた。青いオリハルコンエレメントが彼の体を通過して、消える頃には、そこには何の喪に服す為なのか黒に身を包んだ剣崎一真が立っていた。

「何なんだよ、あんた……俺の事を、馬鹿にしたいのかよ!」

 ユウスケはよろめきながら立ち上がって、ふらつきながら剣崎に向かって歩き、そう叫んだ。

「馬鹿に……? 違う。俺は、君を助けたい」

「助けるだって⁉ どうやって! 俺は、あんたの助けなんかいらない!」

 怒りを顕わにしてユウスケは叫んだが、すぐに、何かに思い当たって、泣き出しそうな顔をした。

「助けなくちゃいけないのは、俺じゃ、ないだろ……」

 川から吹き込む緩やかな風にも飲み込まれてしまいそうなほど、ユウスケの言葉は弱々しかった。

 夏海は、ますますやりきれなくなり、締め付けられるような胸の苦しさに息を吐いた。

 こんな戦いに、何の意味があるだろう。

 門矢士が消えれば、全ての世界は平穏を取り戻すのかもしれない。

 街が喰われ、砕かれていく、あんな破壊が、何処かでひっきりなしに起こっているのかもしれない。

 それでも夏海もユウスケも、士を犠牲にして得る平和など、納得出来ない。

 夏海は剣崎一真を見た。彼の表情は、何も映し出してはいなかった。ユウスケをただ見つめているだけだった。

「……昔の話だ。俺には、親友がいた」

 唐突な言葉に、ユウスケと夏海は剣崎一真を見つめた。剣崎はそんな視線など意に介さない様子で、言葉を続けた。

「俺は彼を助けたかった。そうだ、丁度、今の君のように。何か方法があるはずだ、そう考えて、結論を出すのを引き伸ばしていた」

 ユウスケも夏海も、彼が何を言わんとしているのかが分からず、黙って彼の言葉を聞いていた。

 剣崎は尚も言葉を続けた。

「そうして、何か見つかったと思うか。全て手遅れだと気付いた時には、何もかも取り返しがつかなかった。大切なものも、どうでもいいようなものも、何もかも、なくなった」

「……何も、かも?」

「そうだ、何もかもだ。俺は一人で、何もない世界に取り残された」

 何もない、というのが、何かの喩えなのかは判然としなかったが、平坦な調子で語る剣崎の感情のない声は、嘘を語っているようにはどうしても聞こえなかった。

「君が友達を助けたい気持ちは、誰よりも分かるつもりだ。俺だって、絶対に助けられると信じていた」

「あんたなんかに何が分かる!」

「分からないのかもしれないな。だが君は、門矢士をどこまで信じる事ができる。世界が本当に崩壊を始めてから気付いたって、もう遅いんだぞ。最後まで信じきる事が出来るのか? そして、信じていた気持ちは間違っていなくても、滅びの時が訪れたなら、君は一体どうするんだ」

 ユウスケは、返す言葉に詰まり黙り込んだ。

 絶対の確信をもって、肯定する事ができない。本当に何があっても気持ちが変わる事はないとは、言い切れなかった。

 ユウスケは、士を信じたい。

 士を信じている気持ちのうちどの位の部分が、士を信じたいという願望なのかが分からない。

「でも少なくとも、ここで士を見捨てたら、俺は一生後悔する。そんなの、俺は嫌だ」

 俯いて、弱い声で、ユウスケは搾り出すように呟いた。

 助けられないんじゃない、諦めて助けない。そんなのは嫌だった。

 八代藍を失って、決めたのは、大切と思うものを、できる事を全部して、守りたいという事だった。

 彼女がいくら満足して笑顔で居なくなったとしても、そんな事をユウスケは納得できない。

 できないのもしないのも嫌だった。士の力になろうと、世界の融合なんていう事を止めようと思ってここまで来た自分を、全て否定する事になる気もした。

「教えてくれ。士を倒さないで、どうにかなる方法があるんだろ」

 顔を上げてユウスケは、はっきりとした声色で、質問を投げ掛けた。

「ディエンドにヒントがある」

 告げられてユウスケと夏海は互いを見て、剣崎一真に向き直った。

 ディエンド。海東大樹の所有する、ディケイドとよく似たライダーシステム。確かにディケイドと何らかの関連があるのだろうが、一体あのスーツの何処に士を倒さずに解決するヒントがあるのかは、皆目見当がつかなかった。

「あのシステムはディケイドを倒す為に、ディケイドを基に開発されたものだ。だがディエンドは、ディケイドが持つ、世界を作り融合させる力はない。それは何故だと思う」

「ディケイドを倒すにはいらないから、つけなかったんじゃないのか」

「違う。ディエンドは、その機能に鍵をかけ、ロックしている」

 何故剣崎がそんな事を知っているのかは分からなかったし、鍵、という言葉の指すものもよく分からなかった。

「鍵って何だ、どうすればかけられるんだ」

「それが分かれば、俺達だって無理にディケイドを倒そうとは思わない」

 剣崎の言葉がどこまで本当なのかは分からなかったが、確かに希望はあるようだった。

 まずは海東に聞けばいい。知っているかも分からないし、知っていても教えてくれるのかも分からないが、すべき事は見えてきた。

「方法があるんなら、俺は諦めない。あんたが止めようとしたって、絶対に辞めない。俺と夏海ちゃんで、士を助けてみせる」

「君がディケイドを倒すのを阻むなら、次は君を倒さなくてはいけない」

「鍵がかけられれば、そんな必要はなくなるんだろ」

 ユウスケに迷う理由はなかった。

 さっき、ブレイドに向かって行けなくなったのは、自分が迷っていたからだ。ユウスケはそう思った。

 剣崎の言う通り、もっと早く、向かっていけばよかったのだ。そうすれば、ああすればよかったこうすればよかったと、ユウスケは後悔しなくてもよかった。全力を尽くさなかったのが、一番悔しい。

「行こう、夏海ちゃん。海東を探そう」

「でもユウスケ、士君を探さなくちゃ……」

「あいつは生きてる。絶対だ。絶対戻ってくる」

 海東が歩き去った方向へと脚を踏み出して、ユウスケはもう一度剣崎を見た。

 剣崎は相変わらず、何も思っていないような、何の感情も映し出していない目をしていた。

「お前達が巡った九つの世界。それがもうすぐ、融合する。今までにない大規模な融合だ。時間が無いんだ」

「それまでに、間に合えばいいんだろう?」

「そう言うだろうと思った。だが、間に合わなければ、待っているのは破滅だ」

「……間に、合わせるんだよ。世界も士も、諦めたりしない」

 剣崎はもう何も言わなかった。ユウスケは最後に剣崎をもう一度睨みつけると、歩き出した。夏海もやや遅れてその後を追った。

 スーツの内ポケットから先程外したサングラスを取り出して身につけ、剣崎は空を見た。

 美しい世界だった。

 優しい風が空を渡り、濃い緑のにおいを運んでくる。青い川はさざめいて、遠くに海鳥が飛んでいるのが見えた。

 全てが、彼の世界からは失われたものだった。

 

***

 

 「始も世界も救う方法」を、ついに剣崎は見つけ出す事ができなかった。

 ダークローチは鼠算式に数を増やし、手に負えなくなり、恐ろしい勢いで世界を覆い尽くしていった。

 彼らの一番恐ろしいところは、彼らが怪物であり人間を襲うという事ではない。

 彼らの排泄物は、毒そのものだった。

 土からあらゆる栄養を奪いただの砂に変え、水を飲めない物に変えた。彼らの排泄物が溜まり湧き出たガスが、彼らの攻撃から逃れていた多くの人を死に至らしめた。勿論動物も植物も、恐らく土や水の中の微生物に至るまで、彼らはその暴力的な数で、ありとあらゆる命を刈り取り、蹂躙していった。

 世界の終わりを目撃しながら、まず睦月が力尽きた。剣崎はすぐ近くで戦っていたが、ダークローチに囲まれ睦月まで辿り着けなかった。

 次に、望美を守りきれず失い、烏丸が死に、橘が力尽きた。

 剣崎が、始を封印しようと、確かに決意した時には、もう事態はどうにもならなくなっていた。

 栗原遥と天音も、ダークローチの爪にかかり死んだ。それを知ったジョーカーから、とうとう、人の心が消えた。

 広瀬栞も、虎太郎も失った。

 そして、見つけ出したジョーカーまでようやく辿り着き封印した時、事態は更に悪い方向へと傾いていった。

 ライダーシステムを使いすぎた剣崎の体は、アンデッドと融合しすぎて、ジョーカーと戦う最中にアンデッドそのものに変化していた。

『ジョーカーをもう一体確認、バトルファイト続行――ジョーカー封印を確認した。勝者はお前だ』

 現れた石版は音は発していない。頭の中に直接意志が響く。

 ふざけるな、剣崎は叫んで石版を殴りつけ、叩き割ったが、石版は粉々になった姿をすぐさま復元し、何処かへと飛び去っていった。

 ジョーカーを封印してもダークローチは消えなかった。剣崎が、新たなジョーカーとして確認されてしまったが為に。

 世界中が、数を増やし続けるダークローチに覆いつくされた。

 元凶として、剣崎はミサイルの雨を浴びた事もあった。いち早く滅んでしまった為、もう生命の存在しない日本に、核ミサイルも投下された。だが彼は、不死身であるが故に死ぬ事はなかった。燃え尽きても粉々になっても、気がつけば目が覚めていた。覚めない悪い夢のようだった。

 そんな攻撃も段々となくなり、そう長くかからずに、ダークローチどもも消え去り、静寂が訪れた。

 もう緑などない。砂と、建物だったものの残骸が、大地を平坦に覆っている。

 そして、地球上から生命が消えるという事は、進化したいという地球上の生命の意志が、その集合体が、消えるという事でもあった。

 モノリスももう二度と剣崎のもとを訪れる事もなく、残ったのはただ、見渡す限りの砂と、何もない大地を渡る風、無意味に差し込む太陽の光、毒に満ちた水、そして孤独と永遠。

 もうバトルファイトは起こらない。生命が再び芽生える事もない。

 何日、何年、そんな概念も思い出せなくなるほどの時間が経った頃、迎えは来た。

「俺はもう、ライダーなんかじゃない。俺にはもう、守れる人がいない」

 一体、どれだけの間、言葉を発していなかったのだろう。考える事すらやめていた。思考を紡ぐのには、少しの時間を必要とした。

 やはり、どれくらいその姿を見ていなかったのかも覚えていないほど久しぶりに見た人間は、剣崎の言葉にかぶりを振った。

「あなたの犯した過ちが繰り返されようとしている。あなたはそれを、止めなければいけない」

 こんな事が、繰り返されようとしているのだろうか。

 こんな何もない世界が作られようとしているのだろうか。

 それだけは、許してはいけないと思った。

 

 そして剣崎は今、ここにいる。過ちを正すその為に。

 門矢士を探しているのであろう紅渡に合流する為、彼も下流に向かい歩き始めた。

 今度こそ間違わない為に。その為に、ディケイドを倒さなければいけない。

 サングラスの奥の瞳の色を窺い知る事はできない。剣崎はユウスケが去っていった方向をちらと見ると、すぐに下流に向かって視線を戻し、足早に歩き去った。

 

***

 

 ユウスケと夏海は、海東が去った方角を歩いていったが、じきに大通りにぶつかり、彼がどの方向に行ったのかは皆目見当がつかなかった。

「くそ、これじゃどっちに行ったのか分かんないな……肝心の時には捕まらないんだから」

 呟いてユウスケは眉を顰め、やや苦しげに顔を歪めると、先程打ったのだろう右肩を抑えた。

「ユウスケ、ユウスケの手当もしなきゃいけないし、もしかしたら士君が帰って来てるかもしれません。一度帰りませんか」

「……でも、早く海東を、探さなきゃ」

 夏海の話など耳に入らない様子で、ユウスケは辺りを頻りに見回していた。

 通りは、人がまばらで、道脇の店も閑散としている様子だった。元々が神出鬼没な海東の手がかりを得る術など何処にもないように見えた。

「私……」

「ん?」

 ユウスケが振り向くと、夏海は目を伏せ、俯いていた。

 夏海は、響鬼の世界で聞いた、一つの言葉を思い出していた。

『ディケイドを止められるのは、君だけだ』

 その言葉を語った人物は、何か確信があるからこそ、それを夏海に告げたに違いなかった。

 ”ディケイドを止める方法”を知っているのは、海東ではなくその人物ではないのか? そう思えてならなかった。

「私、士君にもユウスケにも、まだ話していない事があります」

「……何の話だよ」

「ずっと、嘘だ、こんなの夢だって思ってたし、士君は笑うと思ったから、話してませんでした。私、士君と会う少し前から、ずっとずっと、繰り返し、同じ夢ばかり見ています」

「夢?」

「ディケイドの夢です」

 夏海は目を伏せたままだった。ユウスケは、不思議そうに夏海を見つめた。

「とても怖くて、とても、悲しい夢なんです」

「士と会う、前から……?」

「そうです。だから私、ディケイドのバックルとカードホルダーを見つけたとき、これはあったらいけない、これを誰にも渡しちゃいけないって思った。それなのにそれを、士君が持っているのが当然みたいに、士君に渡してしまった」

 夏海はそれ以上言葉を続けられなかった。

 もしかしたら止められたかもしれないのに、何かに気づけなかったせいで、止められなかったのかもしれない。そう思った。

 あの夢が現実になろうとしているのだろうか? それともあれは、既に起こった出来事なのか? 分からなかった。

「……分かったよ、一度帰ろう。コーヒーでも飲んだらさ、落ち着くよ。きっと元気も出る」

 ユウスケが、やっと笑った。いつもの、目尻が下がる様子が人の良さを表したような、屈託のない笑顔だった。

「ごめんなさい。でも私、こんなの、嫌なんです」

「いいんだ。俺こそごめん」

「海東さんじゃなく、鳴滝さんが、知ってるんじゃないかって、私、思うんです」

 夏海の言葉を即座に受け止められず、ユウスケは訝しげに夏海を見た。

「……鳴滝さんが?」

「もしかしたらキバーラも何か、知ってるかもしれない。知らなくても鳴滝さんの居場所だったらきっと」

 合点がいかない様子ではあったが、ユウスケは頷いて踵を返した。夏海も顔を上げて、彼の後を追った。

 

***

 

 海東大樹は、人気のない跨線橋の上で足を止めた。

 先程士達と別れた河畔もここからは見えるが、今は誰もいないようだった。代わりに、アスファルトが大きく抉れているのが見えた。

 つまらないものを見るようにそれを見て、海東は視線を自分の進路に戻した。

 この辺りはほぼ人気がない。繁華街からはそう離れていないのに、まるでこの一帯が何かの壁にでも隔絶されてしまったかのように、生き物の気配がなかった。

 若い世界だから、まだ密度が足りないのかもしれない。

 辺りを軽くぐるりと見回すと、海東は声を張り上げた。

「いるんだったら出てくればいいだろう、鳴滝さん」

 呼び掛けに応えるように、海東の眼前に銀のオーロラが姿を現し、それが引いて消えていくと共に、鳴滝が姿を表した。

「君から私を呼ぶとは珍しい事だ」

「用があるんでね」

「ディケイドを助けようというのか、君らしくもない」

 鳴滝は、やや大仰に驚いた顔を見せた。それを見て、海東はおかしくなり、噴き出した。

「借りは作らない、出来たら即座に返すのが僕の主義でね。あいつに借りを作っちゃったから、すぐ返したいのさ」

「君すら、ディケイドに取り込まれかけている、という事か」

「やめてくれないか。僕は小野寺君とは違う。士を気の毒だとか助けたいとか、思っていないよ」

 心から不愉快そうな声色で、海東は言い切った。

 鳴滝はその様子を見て、訝しげに海東を覗き込んだ。

「用というのは何だね」

「ディケイドが世界を作り出し融合させるのを止める方法を、知ってるんだろう」

 鳴滝は、その問いに答えなかった。海東と鳴滝はただ、距離を置いたまま目線を外さずにいた。

「私がもし知っていたとして、それを君に教えると思うかね?」

「そんな事はどうでもいい。僕はあなたにそれを教えてもらうだけだ」

 厳しい眼差しで自分を見つめる鳴滝に、海東は微笑んでみせた。

「前々から分からなかった事がある。何故、あなただけが、()()()()()と接触出来る?」

「何の事だ」

「ディエンドが召喚するのは、大ショッカーが収集した情報を元に構成された傀儡だ。だが、あなたが呼んでるあいつら、あいつらはオリジナルか、それに近い存在だろう」

 鳴滝は表情を動かさず、何も答える気配はなかった。海東は言葉を続けた。

「今士を狙っているあいつらにしても、オリジナルに限りなく近い存在じゃないのか。あなたが呼んだのか」

 海東は鳴滝を見据えたまま、答えを待った。

 ディエンドには次元を超え世界を渡る力があるが、何処へでも好きな世界へ行けるわけではない。使い始めてから暫くは、次元を渡る為のオーロラも制御できなかったし、ある程度扱えるようになった今でも、近づく事の出来ない世界がある。オリジナルの世界へ渡る事は、何度か試みたが、いつも何処か別の世界へと飛ばされた。

 大ショッカーの収集したライダーの詳細な情報が、召喚能力を構成し、それを使いこなす為にディエンドに記録されている。記録と照らし合わせると、海東大樹の生まれ育った世界はオリジナルとは比較的近しい位置にあるようだったが、やはりそこからでも、オリジナルの世界へ渡る事は出来なかった。

 オリジナルの世界に渡るには、何かもっと大きな力――そう例えば、ディケイドが世界を作り融合させ、破壊させる事で生まれるような――が必要に違いなかった。

「……私にそんな大それた力があると思うかね」

「何も分からないよ、あなたの事は。今まで興味もなかった」

 その言葉に、鳴滝は、ふんと鼻から一つ息を吐いた。海東は目をやや眇めて、鳴滝の目を覗き込んだ。

「興味をもってみて一つ気付いた事があるよ。あなたがディケイドを滅ぼさなきゃいけないって言ってるのは、名目は世界の為と言ってるけど、個人的な強い恨みから言ってるように思える、って事だ」

 海東の言葉に、鳴滝の口の端はぴくりと歪んだ。

「ディケイドは世界を滅ぼす。私はそれを警告している」

「どうやってそれを知ったんだ」

「そんな事を君に話す必要はない」

 鳴滝の語気がだんだんと荒くなっていく。海東はそれには動じず、ふうん、と口元を上げてみせた。

「そんな与太話をする為に私を呼び出したのか」

「最初に言ったと思うけど、僕は、ディケイドの機能を止める方法を聞きたい。あなたが答えてくれないから、話のついでに素朴な疑問をぶつけただけさ」

 笑いかけた海東を、鳴滝は忌々しげに見た。

「ディケイドは今度こそ、この世界で、最強のライダー達の手によって滅びる。ディケイドの旅は、この世界で終わらなければならない」

「何故そんなに、ディケイドが憎いんだ」

「奴が、悪魔だからだ」

 鳴滝は決然と言った。彼の言葉に揺るぎはない。

「何でディケイドが悪魔なのかっていうのが分からない。あなたの言ってるのは、世界を作り出し融合させる力の事じゃないだろう」

「それは、君に話す必要はない事だ」

 話は終りだとでも言うように、鳴滝は海東を見たまま後ろに歩いた。背後から銀のオーロラが彼を覆い、消えた。

 ちっと舌打ちをして、海東は鳴滝が消え去った地面を見つめた。

 絶対に何かある筈だ。鳴滝は恐らく知っている。

 だがディケイドを滅ぼす為に、その為だけに、破滅を防ぐ方法を明かさないのだ。

 鳴滝とは何者であるのか。それを調べる事が先決に思われた。手札があれば、彼から情報を引き出す事は出来そうな気がする。

 だとすれば、何処を当たればいいのか。

 鳴滝は恐らくディケイドとディエンドの成り立ちを詳しく知っている。その二つは、大ショッカーにあった。

 あいつらは苦手だけれども、これで、士には借りを返しておつりが来るだろう。

 大して面白くもなさそうな顔で考えながら、海東大樹はその場から歩き出した。

 

***

 

「何処か知らない、広い場所です。きっと山の中だと思う。たくさんのライダーが走ってきて、空から飛んでくるライダーや電車とか、お城もありました。クウガも、バイクに乗って走っていくんです。皆私の事なんか見えてないみたいで、どんどん私を通り抜けて、一つの場所を目指していくんです」

「一つの場所?」

「ミサイルみたいなものがその方向から沢山飛んできて、走っていったライダーがどんどんやられていって、空を飛んでいるのも、どんどん落とされちゃって、暫くすると、動いている人がいなくなって、しーんとしちゃうんです」

「……それで、終わり?」

「私が、皆が目指していた場所を見ると、そこには一人だけ立っている人がいて、私はその人を見て、『ディケイド』って、呟くんです。いつも、それで、終わり」

「…………ディケイド、なのか?」

「ディケイドです」

 夏海は頷いた。

 ユウスケは驚いた様子で頭を傾げて右手を添え、考えている様子だったが、分からなかったのだろう、顔を上げてコーヒーを一口啜った。

「何で夏海ちゃんがそんな夢を見るんだろう……」

「私にも分かりません。本当は何か知ってて忘れてるだけなのかもって考えましたけど、抜けてる記憶なんてないし」

 ユウスケと夏海は、写真館へと一度戻ってきた。

 ユウスケの手当を済ませると、栄次郎は夕飯の買い物へと出かけた。キバーラはいなかった。

「……でも、鳴滝さんは、私に言ったんです。『ディケイドを止められるのは、君だけだ』って。だから、それと何か、関係があるのかなって思います」

「夏海ちゃんが……?」

「勿論どうすればいいのかなんて、分からないです。鳴滝さんの言ってる事が、剣崎っていう人の言ってた「鍵」と関係があるのかも分からないですし。でも、思いつく事って、それくらいで」

 ユウスケは再び頭を抱えて、夏海も目を伏せて考え込んだ。二人には答えはない、鳴滝に会って聞くしかない。

 だが彼は、海東以上に神出鬼没で、いるのかいないのかもよく分からなかった。

「……ごちゃごちゃ考えてても仕方ない。俺、鳴滝さんとキバーラを探してくる。夏海ちゃんはここで、士を待ってて」

「待ってください、私も一緒に」

 夏海が立ち上がろうとするのを、ユウスケは腕を軽く上げて制した。

「士が帰ってきた時誰もいなかったら、あいつ、絶対寂しがるだろ」

「それは、そうですけど……」

「俺は一人でも大丈夫、無茶はしないからさ」

 ユウスケは強く笑いながらそう言った。彼がそういう顔をしている時は人の言葉は聞かないし、夏海がついていっても足手まといになる場面もある。仕方なく、夏海は頷いた。

「晩御飯までに帰ってきてくださいよ」

「分かってる、お腹空いてるしね」

 ソファに置いてあったヘルメットを取り上げると、ユウスケは足早に外へと駆けていった。

 夏の日は長いが、午後三時ともなると、真上から照りつけていた陽光はいつのまにか、斜め上から差し込んできている。

 開け放たれた窓から夏海は外を見た。世界は何事もなく、さも平和であるかのように見えた。

 遠くで蝉が鳴いている。子供達が駆けていく声が遠くから響いて、近づいてまた遠ざかっていった。

 西からの緩い風が、汗ばむ頬を撫でていく。

 仮初の世界と、紅渡は言った。

 だけれどもここに、人はこうして暮らして生きている。仮初であろう筈がなかった。

 そして、士だって、生きて、夏海達と旅をしている。

 夢じゃない。幻じゃない。士君は、います。

 振り返って夏海は背景ロールを見た。そこには、何も書かれていない生成のロールが、外からの日差しを受けて白く照らされていた。

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