Over the aurora《完結》   作:田島

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(5)蠢動

 士の後を追って、下流へと進んでいた渡は、見慣れた顔を行く手に見つけた。

「……よお」

「あなたは、ここで何をしているのですか?」

 乾巧は、服のまま泳ぎでもしたのか、ずぶ濡れの姿で、睨みつけるように渡を見つめていた。

 同じくずぶ濡れとなった青年の左腕を肩にかけ、支えていた。顔は下を向いており判別出来ないが、門矢士に間違いなかった。

「彼を、どうするのです」

「溺れて死にそうなんだ、放っておけない、それだけだ」

「彼が破壊者でも、ですか」

 その言葉に、巧は訝しげに渡を見た。渡の表情に変化はない。

「……お前は、死にそうな人間が目の前にいたら助けないのか? それが誰かを選んで助けるのか?」

「普段はそんな事はしません。今は非常時です」

「死にかけてる奴を殺したがってる奴に渡すような悪趣味な真似はしたくないね。仕留められなかったのはお前の責任だろう」

 乾巧はファイズギアを持ってはいなかった。だが彼は、彼の本質――ウルフオルフェノクへと姿を変え、キバエンペラーと互角に戦う事も可能だろう。

「……あなたの言う通り、ディケイドをきっちりと倒せなかったのは僕の至らなさ故だ。だがあなただって知っているだろう、止まらない破壊を、世界の終わりを。それをディケイドは再び巻き起こす。それを許せるのですか」

「そうなるかどうか分かんねえだろう。大体俺は、世界を救うだの何だのっていう大袈裟なのは胡散臭くて好きじゃないんだよ」

「ならばあなたは、何故ここへ来た」

 その質問に巧は眉を寄せ、鋭く渡を睨みつけた。その視線を受け止めても、渡は動じず、表情も変えなかった。

「……こんな俺でも、何か出来る事はあるのかもしれない。そう思いたかっただけだ」

「ならば、何故それを為さないのです」

「うるせぇな。何でお前の話を鵜呑みにしてはいはい従わなきゃなんないんだ? 戦わなきゃなんないって思ったら戦う、それだけだろ。俺がすべき事は俺が決める、お前の指図は受けない」

 絶望の淵で足を滑らせ転げ落ちそうになりながら、ずっと戦い続けていても、乾巧は人を信じ続けている。守りたいと願い続けている。

 強い人なのだ、と渡は思い、嬉しくなり頬を緩めた。

「何が可笑しいんだよ」

「僕はあなたと戦いたいわけではないですし、あなたの言う通り、虫の息の相手をいたぶるのは悪趣味だ。あなたの好きにすればいい」

「言われなくてもそうする。大きなお世話だ」

 言うと巧は士を抱え直し、何処かへと歩き始めた。

 渡は二人の背中を、目を細め、見送った。

 何処からか、彼の相棒――黄金の蝙蝠が、彼の元へと羽ばたいてきた。

「いいのか渡、あいつを見逃して」

「キバット、僕は分からないんだ。僕は間違ってるかもしれないのに、君はどうして僕に付いてきてくれる?」

「そりゃ、俺様が付いてないと渡は危なっかしくてしょうがないからだろ。渡が間違ったら、俺様が引っぱたいてやる」

 そうだね、と呟いて、渡はにこりと笑った。

「光夏海や乾さんの言うことも、分かるんだ。でも僕はもう二度と、世界が壊れてしまうなんて、見たくない」

「そうだなあ。あんなのはもう、御免だなぁ」

 絶望だとか恐怖だとか、そんなものを感じる暇もなかった。渡の世界は、一夜にして壊滅した。

 誤解、行き違い、悪意。そんなものの為に。

「お前も甘いな」

 後ろから声がした。剣崎が追いついてきたようだった。

「あなたに言われたくはないですよ」

「こういうのは不慣れなんだ。俺はずっと、甘いって怒られる側だった」

 振り向くと、剣崎の口元は、薄く微笑んでいた。その顔を見て、渡もつられて笑った。

「どうするつもりだ、あまり時間がない」

 剣崎の言葉に、渡は表情を引き締め、小さく頷いた。

 どうにも解せなかった。つい先日安定したばかりの世界が、こうも早く引き合うというのは、今まで例がなかった筈だった。

 今までは、それぞれの世界はもっと時間をかけて安定し、もっとゆっくりと徐々に融合していた。

 安定が早まったのはディケイドの仕業だが、それにしても引き合う速度が速すぎる。

 そして、九つの世界が一度に融合しようとするなど、それこそ例がなかった。

 いつ融合し、崩壊を始めてしまうのか、正確な事は分からないし誰も予測出来る者がいない。だが、時間がないのだけは確かだった。

 間違いなく何者かが裏で糸を引いている。それが出来るのは、ディケイドを作り出し、不完全ながらも世界を渡る力を得ている者達以外には有り得なかった。

 ディケイドを倒すのは、本当の本当に最後の手段としたい。その甘さは渡の中に確実に存在している。

 だからこそ渡は、ディケイドを旅に送り出し、事態が退っ引きならない状況になるまで、待ったのだ。

 渡の不在に皆の元を飛び出した乾巧がここにいるのならば、彼を追ったという津上翔一もおそらく一緒だろう。

 ディケイドを一刻も早く倒さなければならない、最早猶予などないのは事実だが、仲間割れで、本当に倒さなければいけない敵――大ショッカーと戦う戦力を削ぐのは得策とは思えなかったし、そもそも、あの二人を向こうに回して、渡が勝てる確証もない。ディケイドのように、もし勝てないとしてもどうしても倒さなければならない相手というわけでもない、彼らは仲間なのだ。

 言い訳だというのも分かっていた。だが渡は、恐らく剣崎も、乾巧が正しいと何処かで思う気持ちを捨てきれない。

「大ショッカーを先にあたるのか」

「そうですね。僕も憎まれ役はあんまり得意じゃない」

「猶予が伸びたところで、結果は同じだぞ。引き伸ばしても、後で辛くなるだけだ」

「そうですね……それでも、待ったらどうにかなるなら、時間を作ってあげられるなら、そうしたいと思いませんか。それに剣崎さん、彼に教えたんでしょう、ロックの事を」

「……」

 剣崎は答えなかった。渡はその沈黙を肯定ととった。

「なら、少しの間だけでも、時間が必要です。門矢士の傷さえ癒えれば、ディケイドにまた戦いを挑んでも、乾さんももう文句は言えないでしょう。僕らの為にも、引き伸ばす必要はある」

 やはり剣崎は何も答えなかった。渡は穏やかに、笑いかけた。

「僕と剣崎さんがいれば充分だ。他の人達は、もう入り込んできている奴らを探してもらいましょう」

「もう来ているのか」

「ええ、そのようです。ディケイドが奴らの手に渡るような事はないとは思いますが」

「そうだな、そんな事はディケイド自身も、あいつの仲間も許さないだろう」

 剣崎と渡は頷き合い、歩き出した。

 ディケイドは倒さなければいけない。それは恐らく変わらない。だが本当に倒さなければならないのは、ディケイドの力を利用して世界を我が物にしようとする大ショッカーだ。

 それを小野寺ユウスケや光夏海に話せれば良かったのだろうか。

 だが、そんな事を話したところで、ディケイドを倒さなければいけない事実に何ら変わりはないのだ。

 どうすればいいのかなど、渡にも剣崎にも分かってはいない。

 繰り返したくない、ただその思いだけが、彼らの脚を動かしていた。

 

***

 

 写真館を出てバイクで走り始めたものの、ユウスケに当てがあるわけではなかった。

 鳴滝はいつも唐突に現れ、好き勝手に去っていく。

 居場所など分かる筈がなかったし、探して見つかるとも思えなかった。

 だが、ユウスケはとにかくじっとしてなどいられなかった。時間がないとは言われたが、どの位の時間が残されているのかも全く分からない。

 段々と焦る気持ちを抑えながら走り続けていると、次第に、進行方向から、慌てた様子の人々が転びそうになりながらユウスケが来た方向へと駆けて行く様子が増えてきた。じきに、進行方向に黒く上がる黒煙が見えてきた。

 何かあったんだ。ユウスケはハンドルを握り、アクセルをかけてバイクの速度を上げた。

 暫く進むと、人の姿が見えなくなった。道の先に、横転した車が何台か見えた。

 そして、転げた車を背景にして、三体の異形と一人の戦士が戦っていた。

 見覚えがあるようで知らない姿だった。電王に良く似ているが、姿形や色合いが微妙に違う。

 そして、ユウスケが知っている電王と決定的に違うのは、その動きだった。

 奇妙な形の剣を持っているが、重すぎるのか、前のめりになり攻撃に体重が乗っていない。三体の異形の攻撃をやり過ごす事で精一杯の様子に見えた。

 何にせよ、放っておく事もできなかった。

「変身!」

 バイクに乗ったままユウスケの姿は、胴、脚、肩、腕、頭と、順に赤のクウガへとモーフィングを遂げた。

 クウガはそのままバイクを走らせ、電王らしきものに襲いかかろうとしていた異形をバイクで轢き飛ばした。

「うわっ⁉」

 突然の事に電王が驚いて叫んだ。クウガはバイクを止め、飛び降りて駆け出した。

「何だか知らないけど加勢する! あんた、この世界のライダーか⁉」

 突然の事に驚いている様子の電王らしきものの、後ろの異形にパンチを浴びせながら、クウガは叫んだ。

「えっ、えっ、この、世界って……言われても……」

「何なんだよ、はっきりしない人だな!」

「ええと、多分違います!」

「じゃあ何なんだよ!」

「何って言われても……話せば長くなっちゃうんですけど」

「じゃあ今はいい、こいつらが先だ」

 クウガが二体を引き受け、電王らしきものは残りの一体と撃ち合い始めた。確か、ワームの蛹とかいう奴だったと、ユウスケはカブトの世界の記憶から目の前の敵を思い出していた。

 蛹はクロックアップはしない、蛹のうちに倒せばなんとかなるのだと、あの世界のアラタという戦士はユウスケに語っていた。

 クウガは一度身を引き、車が激突したのかワームの攻撃の為か、折れかけていた鉄柵をもぎ折った。

「超変身!」

 見る間にクウガの姿は、青いクウガ――ドラゴンフォームへと変貌した。

 素早さとリーチを活かして、クウガは二匹のワームを寄せ付けず、封印エネルギーを溜める為の間合いを作る。

 ドラゴンロッドに意識を集め、力が満ちていく。蛹は動きを止めたユウスケを薙ぎ倒さんと迫るが、時既に遅かった。

「はあっ!」

 水の如く流れるような動きで、クウガはロッドを二体の蛹に続けざまに叩き込んだ。エネルギーの過負荷に耐えきれず、ワームの体は内部から爆発を起こし、四散した。

「やああ~っ!」

 振り向けば、電王らしきものも、必殺の斬撃で蛹を倒していた。

 ふう、と一つ息をついてから、クウガは辺りを見回した。他の蛹はいないようだった。横転した車を見ると、幸いガソリンは漏れていない。姿勢を戻そうと手をかけようとすると、電王らしきものが彼の横で、同じように車に手をかけた。

「手伝います」

「あ、ありがとう」

 この電王らしきものは、見た目とはまったくそぐわない話し方をする。どうも調子が狂うのを感じながらクウガは彼と一緒に車の姿勢を直し続け、可能なものは道の脇に避けた。荷物を運んでいたトラックから転げ落ちたらしき荷物も、可能な限りトラックの側へと運ぶ。

 倒れている人がいないのは救いだった。仮初の世界だ何だと言ったって、生きている人なのだ。クウガにとっては、どの世界だって気持ちは変わらない。

「これで大体大丈夫かな、手伝ってくれてありがとう」

「こっちこそ、助けてもらってありがとうございます」

 再び周りを見回して、一つ息をついてから、ユウスケは変身を解除した。

 電王らしきものもそれに倣う。目の前に現れた青年は、あまり気は強くなさそうだが、意志の強そうな光を瞳に宿していた。

「あの……さっき、この世界のライダーとか言ってましたけど、あれってどういう事ですか?」

「どういう事って……ライダーっぽかったから、この世界のライダーなのかなって」

「うーん、多分、それは違うんですけど」

 目の前の青年はどうも歯切れが悪いものの言い方をする。ユウスケも巻き込まれて、訳が分からなくなるような気がした。

「俺は小野寺ユウスケ。仮面ライダークウガです」

 まだ名乗っていなかった事を思い出してユウスケが名乗ると、青年は実に驚いたような顔をしてユウスケを見た。

「……何? 何かそんなにおかしいですか? 俺の名前」

「いや、そうじゃなくて……。僕は、野上良太郎。君は知ってると思うけど、この世界じゃなくて、別の世界から来たんです」

「えっ……」

「僕、仮面ライダーっていうの? 電王です」

 先程見た二人との余りの落差に、ユウスケは開いた口を塞ぐのを忘れた。

 彼らこそが、ディケイドが生み出したのではない「ほんとうの」ライダーだと士は語った。だとすればこの良太郎も、恐らくはそうなのだろう。

 …………それなのになんだろう、この緊迫感のなさは。

「……紅渡とかの、仲間?」

「あっ、そうです。渡さんと仲間です!」

 知っている名前が出て、共通の話題が出来たのが嬉しかったのか、良太郎は明るい声で告げた。

 ユウスケには、この温度差を如何ともし難かった。

「……俺が、ディケイドの仲間だって知ってるんだろう?」

「はい、聞いてます」

「戦わないのか?」

「えっ…………どうしてですか。小野寺さん、僕を助けてくれたし、ディケイドの事だって助けようとしてるし、いい人なのに」

 答えを聞いて、ユウスケはますます混乱し、訳がわからなくなってまじまじと良太郎を見た。

 良太郎の眼は真剣そのもので、何かブラフを張っている事など考えられなかった。

「いやだって、あんたたち、ディケイドを倒す為に来たんだろう?」

「そうなんですけど……正直、良く分かんなくって。本当に世界が滅んじゃうんだったら戦わなきゃいけないんですけど、いい人っぽいし……」

「士がいい人かどうかは関係ないって紅渡が言ってたけど…………」

「そうらしいんですけど……僕、だからって、小野寺さんみたいな人とは戦えないです」

 困ったような顔をして、良太郎はやや俯いて目を伏せた。

 彼の言葉に嘘などないだろう事は、ユウスケにも充分理解出来た。

「悪かったよ。別に困らせるつもりじゃなかったんだ。ただ、俺と戦うつもりなのかなって」

「僕、出来れば一緒に戦えればなって思ってたんです。僕弱いから、皆さんに迷惑かけてばっかりだし。大ショッカーと戦うのに、沢山の仲間が要るって思うんです」

 聞き慣れない単語が混じっていた。ユウスケは思わず聞き返した。

「……大ショッカー?」

「そうです。世界を征服しようとしている、悪い奴らなんですって」

 その意外な答えに、ユウスケは事態を把握出来ず、ぽかんと良太郎を見つめた。良太郎の眼は、相変わらず真剣そのものだった。

 

***

 

 良太郎曰く。大ショッカーとは、あらゆる次元に存在する、全ての悪の組織を統合した超巨大組織、なのだそうだ。

 グロンギ、ワーム、イマジン、ファンガイア、オルフェノク、魔化魍……様々な怪人達が、全次元の支配を旗印に集っているという。

 その大ショッカーが、世界の統合の為、今この世界に入り込んできている。先程のワームもその尖兵だった。

 自分の存在だって絵空事のようだといえばそうだが、あまりに現実味のない話に、ユウスケは半信半疑にならざるを得ず、不思議そうな顔で良太郎を見るばかりだった。

「正直言って、全く実感が湧かない。今日はそんな話ばっかりだ」

「やっぱり、そうですよね。僕もあんまり、実感ないです」

 先程から少し離れた場所で、縁石に腰掛けた二人は、顔を見合わせて溜息をついた。

「まあ、一番びっくりしたのは、野上さんだけど」

「えっ、何でですか」

「だって何か、全然、さっきの二人と雰囲気違うし」

 ユウスケの素直な感想に、良太郎は喜べばいいのか悔しがればいいのか分からないらしく、複雑そうな顔で曖昧に笑った。

「うーん、まあ、そうですよね。でも、僕もあの二人も、気持ちは同じです。世界の崩壊なんか止めたい。だから、僕達、仲間なんです」

「じゃあ、やっぱり野上さんも、ディケイドを倒そうと思ってる?」

「それはまだ、分かんないです。どうしても必要ならきっとやると思うんですけど、出来ればそうしたくないなっていうのは、思ってます」

 良太郎は、隠したり誤魔化したりするのが、苦手なようだった。彼の言葉は辿々しいけれども、正直でまっすぐだった。

 しかし、分からない事があった。仲間がいるというのに、何故良太郎は今こうして一人でいるのか。

「ところで、他の人達は?」

「あ、はぐれちゃって。僕ってちょっと人より運が悪くて、それが原因でいつも皆より遅れちゃうんです」

「……? 運が悪いって、ウンコでも踏んだのか?」

 怪訝そうなユウスケに、良太郎は呆れたように諦めたように力なく笑いかけた。

「まあ、それもいつもやるんですけど……今日は、まず転がってた缶を踏んづけて、それで滑ったんですけど、上り坂を登ってる途中だったんです。犬とか巻き込んでごろごろ転がって一番下まで落ちたら、目の前にさっきの奴らがいました」

「……で、仲間は?」

「僕、こんな調子でいっつも遅れるもんだから、多分先に行ってるんだと思います。でも今日は、小野寺さんのお陰で大ショッカーもちょっとだけ退治出来たし、すごくツイてました」

 それがツイてるという感覚がユウスケには理解出来なかったが、いいこと探しに成功した良太郎は、すっかりご機嫌でニコニコと笑っている。

 いくらポリアンナだって、そんな逆わらしべ長者的な不運は背負っていなかっただろう。

「……そういえばさ、全然話変わるけど、気になってた事があって」

「ん、何ですか?」

「野上さんの仲間には、クウガはいるの?」

 単なる素朴な疑問だった。ディケイドが巡った世界で共に見ただけ、自らの世界が消えても存在が消えないライダーがいるなら、「ほんとうのクウガ」というやつも存在しているのだろうか。ふと思いついただけだった。

 だが良太郎は、その質問を投げかけられると、困ったような顔をして俯いた。

「僕達は、全部で八人です。……クウガは、いないです」

「…………? へえ……」

 あまりに良太郎が困った様子で落ち着きなく左右を見るので、ユウスケはそれ以上その話題を続けられなかった。

 何とはなしに、沈黙が続く。

 思考のない沈黙が暫し続いた後で、ユウスケは思い出した。彼は今、人を必死で探さなければいけない立場だったのだ。

「あの、俺、人を探さなきゃいけないから、もう行きます。色々ありがとうございました」

 立ち上がってぺこりと頭を下げると、良太郎も慌てて立ち上がり、頭を下げ返した。

「こっちこそ助けてくれて、本当にありがとうございます」

 良太郎が下げ返したのを見てユウスケが下げ返せば、良太郎も反射的に頭を下げ返す。

 その不毛なループを見て、よほど可笑しかったのか、ユウスケにとってはよく聞き覚えのある声が笑った。

「あらあら、珍しい組み合わせ。ユウスケもいっそ、仲間に入れてもらっちゃえばぁ?」

 見ればそこには、彼が探し求めていた、手の平サイズの銀の蝙蝠が羽ばたいていた。

「キバーラ! お前一体今まで何処にいたんだよ!」

「あたしは謎の女、知ってるでしょ?」

「何が謎だよ。もうこれ以上そんなものいらないよ」

 うんざりしたようにユウスケが吐き出すと、キバーラはきゃはは、とはしゃいだ。

「鳴滝さんは何処だ」

「あらぁ、あの人結構忙しいのよ? アポはとってある?」

「今はお前に付き合ってる暇はないんだ」

「分かってるわよ。ねえ」

 何もない宙空にキバーラが呼びかけると、そこに銀のオーロラが現れ、引いていったと思うと、トレンチコートにクロッシェ帽、黒縁眼鏡の男が立っていた。

「やれやれ、今日は忙しいな。君は私に一体何の用だ」

「……鳴滝さん」

 太い眉の奥から覗く鋭い眼光が、ユウスケを見つめていた。ユウスケは表情を硬くすると、まっすぐに彼を見つめ返した。

「聞きたい事があります。夏海ちゃんだけが、ディケイドを止める事ができるって、どういう事ですか」

「……どういう事も何も、そのままの意味だ。ディケイドは、彼女にしか止められない」

「鍵がかけられる、っていう事ですか」

 ユウスケが問うと、鳴滝は意外そうにユウスケを見た。暫く彼は無言のままユウスケを見つめ、にやりと口角を上げた。

「そういう事にしておこう」

「……どういう意味です? どうすれば、鍵をかけられるんですか」

「何もない所から、世界は生み出せると思うか? 宇宙の始まりには、卵のようなものがあった。だがその前は? 誰も知らない。存在の始まりは、誰も辿る事はできない」

 まるで素人が聞く禅問答のように、鳴滝の発言は掴み所がなかった。ユウスケには彼の言わんとする事は全く掴めなかった。

「本物の宇宙はそうかもしれないが、人の作り出したディケイドライバーが、本当に何もないところから無数の世界を作り出せると思うかね」

「そんなの俺には分からないし、正直今はどうでもいいです」

「残念だが、私は、もし知っていても君に鍵のかけ方など教えはしない。ディケイドはこの世界で命尽きなければならない」

「鳴滝さん!」

「ディケイドが滅びれば、全ては終わるのだから、鍵をかけるまでもない」

 言い放ち、悠然と笑う鳴滝を、ユウスケはきっと睨みつけた。

「……俺、あなたの事、今まで信じてました。士の事を悪魔って言うのは良く分からなかったけど、世界を救いたいから言ってるんだって、そう思ってました」

「君の認識は誤ってはいない」

「いいえ、違います。ディケイドが滅びなくたって、その力に鍵がかかるんなら、世界は滅ばないじゃないですか!」

 ユウスケの声は荒く、強くなった。鳴滝は笑顔を消して、やや目を細めてユウスケを見た。

「……全てはイメージの産物だ。君も、私もな。そして、ディケイドも」

 唐突な鳴滝の言葉を、ユウスケは理解する事が出来なかった。悲しげに目を細めた鳴滝と、側に寄り添ったキバーラを、突如現れたオーロラが覆う。

「君がどう思おうと、私はディケイドを倒さなければいけない。それが、この悲劇を終わらせるただ一つの方法だ」

 言葉があたりに溶け出して、鳴滝はその場から姿を消した。後に残されたユウスケは、呆然とするしかなかった。

 情報量が多すぎるのに、分からない事も多すぎる。結局どうすればいいのかなど、全く分からない。

「あの人……」

 後ろでずっと無言で成り行きを見守っていた良太郎が、言葉を発した。ユウスケが振り向くと、良太郎は訝しげに目を細めていた。

「零れ落ちてしまった人なのかな……」

「こぼれ……おちて?」

「誰にも覚えてもらえていない、誰の記憶にも残っていない人は、時が壊されると、時の流れから零れ落ちちゃうんだ。あの人、そんな感じがした」

 良太郎の言う事も、鳴滝ほどではないがユウスケにはよく分からなかった。だが、零れ落ちたという表現は、分かる気がした。

 鳴滝の事を知る人は、きっといないのだろう。

「あの人が、小野寺さんが探してる人だったんですか」

「あ……うん、そうです」

「何だかよく分からないけど、見つかって良かった」

「結局、何も分からなかったけど」

 良太郎が笑って、ユウスケもつられて笑いが零れた。

「僕ももう、そろそろ皆の所に戻ります。頑張ってください」

「ありがとう、それじゃ」

 また、とは言えなかった。どうなるか分からないが、次会った時は、戦わなければいけないのかもしれない。

 最後ににこりとユウスケは笑って、小脇に抱えていたメットを被り、バイクに跨った。

 良太郎ももう後ろを見ないで、坂を登り始めていった。

 

***

 

 闇に溶け込み移動するには、ディエンドのシアンは少々目立ちすぎる。

 だが、ディエンドは、身を隠しながら、時折出会う戦闘員を声を上げる間もなく沈黙させつつ、とうの昔に打ち棄てられた何かの施設の敷地内を進んでいた。

 既にこの世界に入り込んでいる大ショッカーの尖兵を探し出し、その後をつけてここを見つけ出すまで一日。少々時間がかかりすぎた。

 だが、この場所さえ分かれば、鳴滝に関する情報もきっと手に入る。

 彼らがディケイドの力を使い事を成そうとしているのならば、それ相応の格を持った幹部が必ず送り込まれている筈だし、草創期から大ショッカーを支える者であれば、恐らくディケイドライバーの成り立ちを知っている。

 ああいう連中は、聞かれた事には割合素直に答えてくれる。隠す必要がないのか自慢したいのかは分からないが、見つけ出す事さえ出来れば、聞き出すのにそう苦労はない筈だった。

 だが、風向きが変わり始めた。

 雲に隠れていた満月が姿を表すと、西から急に強い風が吹き込んでくる。

 それに呼応するかのように、廃屋から、続々と戦闘員が飛び出してきた。

 何やら物騒な事態のようだった。道脇から距離を取った木陰にディエンドは身を潜めて、門の方を見やった。

 暗闇を、満月をその背に負い、黄金の飛竜が疾走していた。

 竜の羽搏きが轟く。彼はあっという間に敷地内に侵入し、固まって陣を組んだ戦闘員を蹴散らした。

 蜘蛛の巣を突付いて小蜘蛛が湧き出すように、戦闘員達は散開していくが、竜の羽に爪に、多くの者が巻き込まれて倒れていった。

 そしてそれを逃れた者達の断末魔が、向こうから段々と近づいてくる。

 門付近から、海を割るように戦闘員達を薙ぎ払って道を切り開いてくる者があった。

「ブレイド……」

 ディエンドは思わず声を漏らしていた。

 大剣が振り払われる度に幾人かが倒れ、前に道が切り開かれていく。その中心に、仮面ライダーブレイドキングフォームは居た。

 戦闘員の数は多かったが、飛竜と王の前にはあまりに無力だった。見る間に数を減らし、それでも彼らは、退く事を知らぬように戦いを挑み続けていた。さながら、悪鬼羅刹に群がる餓鬼共の図だ。ディエンドはそう思った。

 やがて、廃屋から怪人が幾人か、ゆっくりと姿を見せた。それに合わせ、黄金の飛竜はどういう仕組みか複雑に変形し、仮面ライダーキバエンペラーフォームへと、その姿を変えると地に降り立った。

「深夜の来訪、誠に恐縮。このようなむさ苦しい場所に、王と皇帝が如何な用か」

 姿を現した怪人共を見て、ディエンドは軽く舌打ちをした。

 ロブスターオルフェノク、カッシスワーム、ラ・ドルド・グ。いずれも相当な実力の持ち主ではあるが、大ショッカーの生え抜きではない筈だった。大ショッカーは、昔ここではない世界で、十人のライダー達と戦いを繰り広げた悪の組織が母体となっている。今ここにいる彼らは、悪の組織などというものは作らず、悪という概念でもなく、ライダーと戦っていた。それが、大ショッカーに併呑された。彼らは後から入ってきた者達の筈だ。

「お前等に用はない、奥の奴を出せ」

「何の事か」

「何か小細工をしているんだろう」

 ブレイドの言葉に、怪人達は答えずに無言で挑みかかった。

 話によると、奥で大幹部が、何かを行っているのだろう。そちらが本命のようだった。

 答えないところを見ると図星、ビンゴだ。

「絶望しろ、この世に残っているのは大ショッカーが征服する未来だけだ!」

 カッシスワームが叫ぶのと、ブレイドの右上腕が光り、無機質な機械音声が発せられたのはほぼ同時だった。

『Time』

 その刹那、キバに相対していた筈のカッシスワームと、それとは距離が離れていた筈のブレイドは、至近距離で、その剣と爪で鍔迫り合いをしていた。

「貴様……!」

「お前の力と俺の力、どちらが先に尽きるか比べてみるか? お前に分がないから勧めはしないがな」

「どうして俺の力を!」

「お前のやり方は聞いている、カブトがいないからどうにかなるとでも思ったなら甘いな」

 わなないたカッシスワームの声と対照的に、ブレイドの声は低く抑揚がなかった。

 一方キバはロブスターオルフェノクのレイピアを受け流し、ラ・ドルド・グの放つ羽手裏剣を横跳びに躱している。

 今が奥深くへ侵入するチャンスだ。激しい戦いを横目に、ディエンドは闇に紛れ疾走した。裏口付近の破れた窓から中に飛び込み、前転して体制を整え、銃を構えるが、内部にはもう誰もいなかった。

 開け放たれたままの奥のドアを潜ると、階段があった。空気は奥に流れ込んでおり、この奥は使われている様子が感じられた。

 足音を殺しながら、向かいから人が来ればすれ違うのがやっとの細い通路を進んだ。

 地下通路は湿り気が強く、薄暗い。奥から明かりが漏れていた。

 半開きのドアから中を伺うと、一人の異形が、天に両の腕を伸ばしていた。

「ようこそディエンド、我が儀式の邪魔をしようというのか」

「別にそんなつもりはない。僕は君達なんてどうでもいい。ただ僕の質問に答えてくれればそれでいいよ」

 声をかけられ、ディエンドはドアを開けて、中に入り込んだ。

 灼けた紅の鎧と白いマントに身を包んだ異形は、腕をぴっと降ろすと、ディエンドに向き直った。

「我が名はアポロガイスト、偉大なる大ショッカーの戦士だ。ディエンドよ、何用だ」

 やはり聞かれてもいないのに自分から教えてくれる。ディエンドは可笑しくなり、肩を竦めた。

「僕も、ちょっと自分のルーツって奴が知りたくなってね、大ショッカーに興味が湧いたのさ。ねえ、ディケイドライバーとディエンドライバーって、誰が作ったのか知ってるかい」

「ふん、このアポロガイストが、大ショッカーの事で知らぬ事がある筈がないのだ。ディケイドライバーは、一人の研究者が、狂気の果てに作り上げたのだ」

 狂気。気になる単語を耳にして、ディエンドはやや反応を遅らせたあと、口を開いた。

「……あんた達が、次元を統合して橋をかける為に作ったんじゃないのかい」

「あのドライバーが完成したのは勿論我が大ショッカーの偉大な力あればこそだ。だが、あのドライバーを生み出したのは、一人の男の狂気と妄執だ」


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