Over the aurora《完結》   作:田島

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(6)そのひとつは希望

 士が光写真館に帰り着くと、鍵は開いているものの、中は誰もおらず留守だった。

 帰路を辿る途中、やけに救急車や消防車のサイレンの音が多かった。

 大ショッカーとやらが暴れていて、それでユウスケは不在なのかもしれない。そう考えたが、それでユウスケと夏海がいないのは分かるとして、栄次郎は何処へ行ったのだろう。

 テーブルの上には、額に入れられた一枚の写真が置かれていた。

 栄次郎が飾るつもりで置き忘れたのだろうか。セピアの写真には、立派な洋館が写し出されていた。

 その風景に、士は違和感を覚えた。

 知っているような感覚が胸の何処かに湧き上がるが、絶対に知らないという確信も同時にある。

 手にとって眺めてみるが、何も思い出す事はできない。

 それはそうだ、俺はこの風景など全く知らないのだから。何故か、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

「素敵な家だろう」

 士が振り向くと、栄次郎が、士が閉めなかった為ドアが開けっ放しになっていた入り口から入ってきた。

「何処にいたんだ」

「士君こそ、今まで何処にいたんだい。夏海とユウスケ君が心配していたよ」

「ふん、俺がどうにかなるわけないだろう。世界が俺を必要としているんだからな」

 いつもの調子で、深く考えずに口にすると、栄次郎はさもありなんといった様子で深く頷いた。

 いつもそうだ。

 栄次郎は、士が必要とされている事を知っているのではないか?

 今まで士は、深く考えすぎだと思い追及しなかったが、そもそも、士をこの写真館に連れてきたのは栄次郎だ。

 目が覚めて何も覚えていない士は、辺りを当てもなくふらついていた。それを栄次郎が呼び止めた。

 素敵なカメラだね、と。

 何故か士は、自分でも理由など分からないまま、そのカメラで栄次郎を撮影した。体が覚えている、カメラを自然に操った。

 写真館をやっているからそこで現像しようと言われ、ここまで付いてきてコーヒーを飲んでいる内に夏海が現れ、何も覚えておらず、名前以外の何一つも思い出せない事を話した。そうこうする内に光写真館の空室に泊まる事となり、以来士は写真館の居候となった。

 ただの偶然、巡り合わせに過ぎないと思っていたが、世界を移動するようになり解せない点が増えてきた。

 そもそも何故光写真館は、背景ロールを切り替える事によって世界を移動する事ができるのか。

 偶然ではなかったとするならば、仕組んだのは栄次郎以外には有り得ない。

「おい、爺さん、前も聞いたがもう一回聞くぞ。何故この世界では、何も絵が出てこないんだ」

「さてねえ……私にはさっぱりだよ。元々絵なんか何も描いてなかった筈だったんだから、元に戻ったって事じゃないのかな?」

「惚けんな。全部あんたが仕組んだって言われた方がまだすっきりする。あんたは何者だ。本当に夏海の祖父か」

「何を言ってるんだい、士君」

 栄次郎は実に意外そうな顔をして士を見ていた。士はその不思議そうな顔を見ても、厳しい表情を崩さなかった。

「今まで何だかんだとはぐらかされたが、今日という今日はそうは行かない。答えてもらうぞ。何故この写真館は異なる世界を行き来できるんだ? そもそも何の為に。あの日、あんたが意味もなく背景ロールを下ろそうとしなきゃ、クウガの世界に移動する事はなかった。あんたが何も知らないっていう方が不自然だ」

 士の口調は知らず、きつくなった。栄次郎はしょんぼりとして息を一つ、深く吐くと肩を落とした。

「君には、認識の誤りが多少あるみたいだねえ。まず、この写真館には次元を移動する力なんかない」

「まだそんな事を」

「ただ、ディケイドが世界から拒否されずに別の世界に渡る為の、シェルターの役割を果たしているんだよ。世界を渡る力自体は、ディケイドのものだよ」

「…………何?」

 驚いて士が栄次郎を見つめると、栄次郎はにこりと笑った。普段どおりの、好々爺然とした人の良さそうな笑顔だった。

「過去、ディケイドは世界を渡ろうとして、渡ろうとした世界に拒絶され続けていた。ディケイドは創造者だが、どの世界に所属する者でもない、何処へ行っても異物だ。この写真館は、ディケイドを世界の拒絶から守る為の砦なんだよ」

「それは、どういう……」

「あと夏海は、本当に、正真正銘私の孫だよ。それは嘘じゃない」

 きっぱりと言い切った栄次郎の眼はまっすぐだ。老獪さを生かして嘘をついているならば、もっと違う顔をするだろう。

「……後何か、認識の誤りはあるか」

「後は……そうだねえ。ああそうだ。君は、記憶を失ったわけじゃない」

「…………何だと?」

「君には、思い出すべき記憶はない。君は情報は持っているが、記憶は元から持っていないよ」

 言って栄次郎は、にこりと微笑んだまま少し歩いて、士がテーブルに伏せた写真を手にとった。

「君は門矢士だけれども、門矢士なら、この家を知らないはずがないんだよ。だってこの家は、彼の生まれ育った家なんだからね。君は知っている気はするけれども、絶対に知らないだろう?」

「……門矢士ってのは、何者だ」

「それは、私が教える事じゃない。君が自分で見つけなきゃいけない。君は門矢士なんだから」

 まっすぐ士を見上げた栄次郎の眼差しからは、少なくとも悪意は感じ取れなかった。

 しかしだとすれば、栄次郎は何故、士を旅へと導いたのだろう。

「君は旅をしてきた。旅の途中で、少しずつ、君は君自身を見つけた。そうじゃなかったのかい」

「……そうだ。俺が何者なのかは分からなくても、俺は俺の道を歩いた筈だ。でも俺は、それとは別に、本当の俺がいるんだと思ってた」

「そうじゃないよ。君の心こそが、君自身を知っている。君が誰なのかを知っているのは、君だけだ」

 士には、栄次郎の言う事が、()()()()()()()()。小さく、頷いてみせた。

「本当の自分、なんて言葉に惑わされちゃいけないよ。君は門矢士なんだ。君が持っていたのは情報だけだ、記憶はない。だけど、決めたのは君自身だ。君が辿ったのは、君自身で切り開いた道だ」

 大体は分かったが、まだまだ分からない事も多い。だが、光栄次郎は、少なくとも敵ではないようだった。

 事情があるのか趣味なのかは分からないが、全部が全部一切合切を説明する積りはないのだろう。

 しかし、それももう関係はない。栄次郎が敵ではないならここですべき事はない。士がすべき事は決まっている。

「爺さん、ユウスケと夏海は何処だ」

「鳴滝さんを探してるのと、ついでに、何だか大ショッカーとかって悪い奴らを退治してくるんだって、随分前に出ていったよ」

 鳴滝。意外な名前を耳にして、士は眉を顰めた。

 何故、ユウスケと夏海が今更鳴滝を探しているのかは分からないが、大ショッカーときっと戦っているのだろう。合流しなければいけなかった。

「そうか。じゃあ俺も行ってくる」

「ああ、気をつけてね。あっ、もしキバーラちゃんに会ったら、早く帰っておいでって言っておくれ」

 士がヘルメットを手にとり歩き出すと、栄次郎はいつものように、にこやかに手を振った。

 士は口の端を上げて彼の言葉に答えると、ドアを潜り閉めた。

 

***

 

 クウガは、倒しても倒しても何処からか湧いてくる大ショッカー戦闘員に囲まれ、彼らと組み合っていた。

 一人一人の戦闘力は仮面ライダーに比すべくもないが、ここに居るだけで十数人。倒したと思えば起き上がり、徐々に数も増やしている。

「イーッ!」

「くそっ……邪魔なんだよ!」

 ドラゴンロッドを振るうと、それに巻き込まれ数人が吹き飛ばされるが、脇からロッドを掻い潜った何人かがクウガにパンチを、キックを浴びせた。

 一撃一撃は何という事はなくても、数で攻められると動きも取り辛く、分が悪い。

 このままでは。クウガが焦り始めた時、突如、彼を囲んでいた数名の戦闘員が、何の前触れもなく吹き飛ばされた。

 勿論クウガの攻撃ではない。ぽかんとしていると、彼の周りの戦闘員達は、不思議な事に何もしないのに吹き飛ばされている。

 やがて、沈黙が訪れて、彼の眼前に唐突に、瞬間移動してきたかのように、一人の男が現れた。

『Clock Over』

 電子音声が響いた。すっくと背筋を立て、背を向けている男は、ゆっくりとこちらに振り返った。

 カブトムシを模した赤い鎧、碧色の複眼。彼の目の前に現れたのは、仮面ライダーカブトだった。

「リ・イマジネーションのクウガは、随分とぼんやりとしているな」

 カブトは姿勢を崩さないまま、低くやや甘い声で呟いた。

「リ…………イマ……? あんた、何言ってるんだ」

「別に理解を求めて説明しているわけではない。だらしがない、と言っただけだ」

 さすがにかちんときたクウガが抗議の為声を上げようとすると、カブトは、右腕を上げ人差し指で天を指した。

「おばあちゃんが言っていた。本物は本物であるだけの理由がある、それをいくら真似ても勝てはしない、とな」

「何だと……」

「ディケイドというのは、質の悪い模造品を作り出すしか能がないようだ」

 カブトの声は淡々としていた。良太郎は別として、剣崎といい紅渡といい、本物だか何だか知らないが、何でディケイドを倒す為にやって来たライダーはこうも癇に障る物言いをするのだろう?

「……あんたもしかして、喧嘩売ってるのか」

「何でお前に喧嘩を売るなどという、エネルギーの浪費をせねばならん。俺は忙しい」

「助けてれくたのは礼を言うけど、忙しいならこんな所で油売ってないで、さっさとどっか行けよ」

 思わず苛立たしい声が出た。だがカブトは全く意に介していない様子で、動かなかった。

「そういう訳にもいかん」

「何でだよ」

「……そろそろだ」

 カブトが言い終わるのとどちらが早かっただろう。カブトが立っているそれよりも向こうから、クウガの視界いっぱいに、あの銀のオーロラが広がり、迫ってきた。

 避ける暇などなくクウガはそのオーロラに巻き込まれる。物陰に隠れていた夏海も呑まれたようで、ふと見やると道脇に立っていた。

 今まで戦っていた場所ではない、知らない街角の交差点に、クウガとカブトと夏海は立っていた。夜が明けたばかりなのか、ほの青くまだ鋭くはない黎明の日差しが辺りを照らしていた。

「来るぞ」

 カブトが言って、夏海も辺りを見回す。

 何も現れはしないが、遠くから何か、羽音のようなものが段々と近づいてくる。

 その方向を見ると、そこには信じられないようなものがいた。蜻蛉のような海老のようなもの、ウツボに羽が生えたようなもの、形容し難い巨大な異形が群れをなして、空を滑走していた。

 彼らの幾つかは手頃なビルに取り付き、そして幾つかはこちらに向かってくる。

「なっ、何だ、あいつら!」

「あいつらはアミキリとウブメ、魔化魍だ」

 カブトが答えると、地響きも響いて近づいてくる。

「ツチグモ、ヨブコ、ヌリカベ……地上も魔化魍で溢れているようだな。俺がここに来たのは適切ではなかったな」

 彼らはビルの谷間を通り過ぎる際に姿を覗かせた。小山ほどもある巨体が動く度に、地面は揺れる。

「一体……一体、どういう事だよ!」

「分からないのか。世界が融合し始めている。しかも悪い方にな。お前がディケイドを倒すのを阻んだせいで、だ」

 カブトにぴしりと言われ、クウガは言葉に詰まって黙り込んだ。

 魔化魍は浄化の音がなければ倒す事はできない。ここでこうしていても、クウガもカブトも、せいぜい魔化魍共の足止めをする程度しか出来はしないのだ。

 クウガは呆然と空を見た。ビルと山の向こうから差し込む朝日が、ビルを食らうウブメを陰影深く照らし出していた。

 

***

 

「同じです。私の世界が壊れてしまった時と……同じです」

 まるで出来の悪い怪獣映画のように、異形共が街を、我が物顔にのし歩く。

 魔化魍共はあまりの数の多さに、互いに食い合いすら始める。林立するビルがへし折られ、食われていく。

「何なんだよこれ…………どうすれば、どうすればいいんだよ」

「どうしようもないな。俺もお前も、あの妖怪共と戦う事は出来ても、倒す事はできん」

 クウガとカブトはただ天を見上げた。彼らには為せる事がない。

 その時、魔化魍共の雄叫びを切り裂くように、金管の音が朝の空気のなか、鋭く響いた。

 クウガは低いビルの屋上を見た。空を飛ぶウブメに、その金管楽器型の銃を向け、鬼石を打ち込んでいる者がいた。

「あれは……威吹鬼…………いや、天鬼?」

「音撃射・疾風一閃!」

 凛と叫び、金管の旋律が響き渡る。鬼石を打ち込まれていたウブメ共が四、五匹ほど、一斉に砕け散った。

「もしかして、小野寺さんですか!」

「お前……アスム?」

 角を曲がり駆け寄ってきたのは、ヒビキと呼ばれる鬼だった。ヒビキは命を落とし、その意志と力は今は弟子のアスムに受け継がれている。

「一体どうしてこんなに魔化魍が」

「僕達も分かりません。記録にある、オロチと呼ばれる現象が近いんですが、今までそんな気配もなかったのに」

「だからさっきから言っているだろう。ディケイドの力で世界が融合しようとしているからだ」

 カブトの言葉に、ヒビキは、えっと短い声を上げて彼を見たが、すぐに後ろに向き直った。

 地上にあふれた魔化魍は、大型種だけではないらしい。バケネコ、カッパ、火車……道の向こうからマンホールの下から脇の建物の窓から、人型の妖怪共が溢れ出してきた。

「はーっ!」

 ヒビキは音撃棒を振るい、溢れ出した敵を打ち倒していくが、倒すスピードは彼らが数を増やすスピードには遠く及ばない。

 クウガは夏海を守って迫り来るバケネコを殴りつけるが、決定的なダメージは与えられない。何より数が多すぎる。

 クナイガンを振るうカブトも、次から次に敵を斬り伏せるものの、クウガ同様に数の多すぎる敵を捌ききれていない。

 トドロキ、ザンキのものと思しきギターの音も漏れ聞こえてくるが、誰もそちらを見る余裕はなかった。

「くっそ、このままずっと戦い続けてたら、こっちがスタミナ切れだ!」

 破れかぶれにバケネコに右フックを叩き込みながら、クウガは叫んだ。

「よく見ろ、これがお前が招いた世界の終わりだ! こんな事態を引き起こさない為に、ディケイドを倒す必要があった! お前は実際にこれを見てもまだディケイドを庇うのか!」

 カブトに言われて、クウガは何も言い返せずに、カッパを殴りつけた。

 言われなくても分かっている。そう反射的に思ったが、ユウスケは分かっていなかったのかもしれない。

 世界の終わりなんて、見た事もないし、想像だってつかなかった。

 ユウスケはただ、未確認が楽しそうに人を殺すのを許せなくてライダーになった。それ以上の理由なんてなかった。

 だからそんなユウスケが、士を殺して世界の崩壊を止めよう、などと、思える筈がなかった。

 突然、クウガと夏海、そしてカブトを囲んでいた魔化魍が引いた。取り残された三人の眼前に、またもオーロラは現れる。

 現れて引いたオーロラが消え、辺りは闇に包まれた。

 いる、五人、六人、いやもっと。

 街灯はない。墨を撒いたような闇の中、クウガとカブトの複眼は、辺りを取り囲む異形を捕らえていた。

「移動したと思えばまた囲まれているのか、厄介だな」

「だけど……こいつ等なら、さっきみたく手も足も出せないって訳じゃないだろう」

「それもそうか」

 闇が動き出した。クウガは夏海の側を離れず、カブトが動いた。

「臍を狙えっ!」

 跳びかかってきた異形の腹を目がけて右の拳を振り抜いて、クウガが叫んだ。

 今彼らを取り囲んでいるのは、クウガがよく知る、グロンギだった。

 グロンギの弱点は、ユウスケの世界でも警察の調査により判明していた。下腹部に埋め込まれたアマダムと類似した石が、封印エネルギーを受けると爆発を起こす。

 カブトの狙いは正確だった。ミドルキックの爪先が一体のベルトを射抜いて、それに巻き込まれ二体が倒れ込んだ内に、クナイガンの射撃が続けざまに他の二体のベルトを貫いた。

 クウガが夏海にグロンギを寄せ付けないように庇う間に、カブトが彼らのベルトを正確に攻撃していく。ベルトを壊されたグロンギは、体を維持できなくなり、弾けて粉々となっていった。

 魔化魍ほど底なしに湧いてくるというわけでもなく、暫くそうして戦い続けると、ようやく辺りは静かになった。

「こう暗いと、ここが何処なのかも分からないな」

「ここが何処かなど、大した意味もあるまい」

「まぁ、それはそうかもしれないけど……」

 クウガが辺りを見回した。彼らの複眼は闇の中でもある程度見通す事は出来るが、新月の夜で街灯の一つもない状況、そして恐らくは全く知らない場所に飛ばされている。見回した所で何か分かる訳でもなかった。

「所で」

「ん、何だ」

「その女は、いつまで付いてくるんだ?」

 カブトは夏海を指さしていた。

「付いてくるって……まさかあんた、ここに放り出していけって言い出すんじゃないだろうな」

「明らかに邪魔だろう」

「邪魔とかそういう問題か!」

 クウガが吠えるが、夏海はしょぼんと肩を落として、下を見た。

「ごめんなさいユウスケ。その人の言う通りです。私がいるから、ユウスケは思いっきり戦えないんですよね」

「な、何言ってんだよ夏海ちゃん! そんな事より、今は早く元の場所に戻らないと!」

 項垂れた夏海を、クウガは必死で力づけようとする。阿呆らしくなってカブトがふと辺りを見ると、彼らはまたもオーロラに包まれていた。

 辺りがいきなり昼の明るさに包まれて、潮騒の音が繰り返しを耳に残して去ってはまたやって来る。

「えっ、何だ何だ」

 彼らは今度は、岬の先に飛ばされていた。もし今までのように敵に囲まれていたなら、相当によくない状況だったに違いない。

 環境の急変に戸惑ってクウガがまた辺りを見回すと、あまり会いたくないと思っていた鎧の戦士が、向こうに立っていた。

 仮面ライダーブレイドが、ブレイラウザーを右手に構えたまま辺りを見回しながら、岬を歩いてくる。

 クウガが一歩後退り、カブトが一歩前に出ると、ブレイドも彼らに気付いた様子だった。

 だがブレイドは意外にも、右手を上げ、こちらにさかんに振ってみせた。

「おおい、夏海ちゃん! 夏海ちゃんだろ! 悪い奴らに捕まってるのか⁉」

「……へっ」

 その声は剣崎一真のものではなかった。そうだ、あれは、剣立カズマの声だ。

「お前、カズマかっ!」

「……誰?」

「小野寺ユウスケだよ!」

「嘘をつくな! ユウスケはそんな顔じゃない!」

 言ってブレイドはブレイラウザーを逆手に構えて、カードホルダーを展開する。

「いや、待て、ちょっと待てよ! そりゃ変身してるんだから違って当たり前だろう!」

「……チーズならともかく、ユウスケが変身出来るなんて話は聞いた事がない」

「出来るんだよ!」

 クウガは辺りをもう一度見回して、敵の気配がない事を確認すると、変身を解除した。

 ブレイドはやけに驚いた様子だったが、展開したホルダーは戻し、ブレイラウザーも腰に戻した。

「ユウスケ、何でこんな所にいるんだ? そっちの赤い人は誰だよ」

「お前こそここで何してるんだ」

「俺はアンデッド退治だよ。アンデッドっていうか、アンデッドサーチャーにかからない変な奴らが一杯湧いてるから、サクヤ先輩とムツキと来てる。お前、何か知ってるのか? チーズはどうしたんだ?」

「……士は」

 ユウスケが言い淀んだ後を受けて、カブトが口を開いた。

「今湧いているのはアンデッドじゃない。別の世界の怪物だ。それもこれも全て、ディケイドの力が引き起こした事だ」

「何だと? ていうかあんた誰だよ」

「俺は、天の道を往き、総てを司る男。そして、ディケイドを倒し総ての世界を救う男だ」

 ブレイドに向き直ったカブトは、右腕を目線の高さまで掲げ、人差し指で天を指した。

「何でチーズを倒すのが世界を救う事になるんだよ。因果関係がまるで分からねえ。ついでにいちいちそのポーズ取るのも意味わかんね」

「重要な事を告げるには、それなりの段取りがある」

「あんたの名前がそんなに重要なのか……ていうか名乗ってねえし」

 ブレイドは頭を傾げてしばし考え込んでいたが、何か思いついたように顔をあげた。

「つまり! チーズを狙う悪い奴に、夏海ちゃんを人質にとられてたってわけだな!」

「うん……違う。全然違うよカズマ。何がつまりなのかも全く分からないよ」

「……だって、この人の言ってる事全然意味分かんないし」

「その男の言っている事は本当だ。お前も全ての人を守る仮面ライダーブレイドなら、ディケイドと戦わなくてはいけない」

 むくれたブレイドの後ろから足音が近づき、今度こそ本当に、聞きたくない声がした。

 剣崎一真は、紅渡に肩を貸していた。剣崎は無傷だが服は所々破れ、ぼろぼろになっていた。

 切り裂かれた服の端の辺りには、やや緑がかった白いものがこびりついていた。

 紅渡の方は、顔も上げない。右脇腹に血が滲んで、大きく染みを作っていた。

「剣崎、お前、今まで何処に行っていた」

「野暮用だ。だが、事態は思っていたより複雑だ。どうやら、ディケイドを倒せば終わる、というものでもないらしい」

 渡を地面に寝かせながら、剣崎は答えた。

「おい、紅、大丈夫か」

「…………僕は、大丈夫、です。暫く……休めば、動けます……」

 カブトが話しかけると、渡はやや目を開いて、消え入りそうな声で答えた。

「休めばって、こんなに大怪我してんのに、放っておいたら死んじゃうだろう!」

「普通の人間ならな」

 カズマが慌てた様子で訴えたが、剣崎は振り向きもしないまま呟いた。

 その背中を見て、カズマは急に何かに気づいたように動きを止めて、黙りこくってしまった。

「……おかしくないか。何で、こんな一箇所に集まってるんだ? 俺達……」

「さあな。誰かがここに役者を揃えたいんだろう」

 ユウスケが口にした疑問を、カブトは否定しなかった。ずっと剣崎の背中を見ていたカズマは、やがて意を決したように口を開いた。

「あんたの服……付いてるの、血じゃないのか」

「そうだが、それがどうした」

「あんたの血か」

「だったら何だ」

 見れば剣崎の腕にも、口の端にも、服にこびりついているのと同じ、乳緑色の液体が筋を作りこびりついていた。

 剣崎はそれを、自分の血だと言った。

「…………だってあんた、それ、アンデッドの血じゃないか」

「だから、それが何なんだ」

 カズマは答えないで、一度は腰に収めたブレイラウザーを構えた。剣崎は立ち上がって、カズマを見た。

「お前が、上級アンデッドって奴か! 何を企んでる!」

「上級なんて、そんな良いもんじゃない。殺し屋らしいが、もう殺す相手もいない」

「ふざけた事を!」

「やめろカズマ!」

 ユウスケは駆け込んで、カズマを後ろから押さえた。剣崎一真はいけ好かないし、まさかアンデッドなのだとは思わなかったが、カズマが戦うべき相手ではないという事だけははっきりしていた。

「俺を封印するか。それも悪くはないが、今はすべき事がある」

 言って剣崎はやや口の端を上げて、寂しそうに微笑んだ。

「そうだな。今はあいつらと戦うのが先決だろう」

 カブトは浜辺を見据えていた。見れば、浜から、大ショッカー戦闘員の部隊と、赤い鎧の怪人がこちらへと歩を進めていた。

「あいつは」

「アポロガイスト。今回の作戦の指揮者だそうだ。大ショッカーの大幹部、何でも大を付ければいいと思っている」

「渡をやったのは違うな」

「役者が揃うのを待っているんだろう」

「成程」

 カブトの問いに、剣崎は短く答えた。二人は、こちらを目指す軍団に向かい歩き始めた。

「小野寺ユウスケ、君に渡の事を頼んでもいいか」

 剣崎が振り返って、呼びかけた。ユウスケは即座に頷いた。

 夏海の事を守らなくてはいけないし、こんなに大怪我をしている相手を放ってもおけない。

「おいユウスケ! あいつは……」

「いいんだ。カズマ、お前も色々言いたい事もあるだろうけど、今は何も言わないで、あの人達と一緒に戦ってくれ」

「だから一体どういう……!」

「詳しく話してる暇がないんだ。でもあの人達は、世界が滅びるのを止めようって必死で戦ってる。それは本当だ」

 ユウスケはカズマを見た。ブレイドの仮面の奥に隠れたカズマの顔を窺い知る事はできなかったが、やがてカズマはゆっくりと頷いた。

「分かったよ。後でちゃんと説明しろよ!」

「……俺も良く分かってないけど、出来る限り努力する」

 カズマが駆け出していった。その背中をユウスケと夏海は見送る。

 二人の後を追ったカズマが追いつこうとした時、剣崎の腰に、見覚えのあるベルトが巻かれるのが見えた。

 剣崎がレバーを引くと、やはりよく聞き覚えのある電子音声が流れた。

『Turn Up』

 カズマが使役する筈の、ビートルアンデッドのオリハルコンエレメントが展開され、それを剣崎が潜り、そして目の前には、紫紺の戦士、仮面ライダーブレイドが現れていた。

「ちょ……何で、お前が、ブレイド⁉」

「BOARDのライダーシステムは、アンデッドの力を借り、それと融合する事でその力を使役するものだったな」

 カズマの慌てた声に、当の本人は答えず、カブトが横から口を出した。

「……そうだけど、だからあんた誰」

「お前とは違う時間、違う世界で、違う敵と戦う者だ」

 その言葉にカズマはカブトを見て、次に剣崎の背中を見た。

「ブレイドよ、我が大ショッカーの追跡の手から逃げ切れるとでも思っていたのか!」

 戦闘員達が道を開け、奥から、くすんだ紅の鎧と純白のマントに身を包んだ怪人が、後ろ手を組みながら歩み進んできた。

「別に逃げようなんて思っちゃいない。俺の目的はお前達を倒す事だ」

「今更抗ったところでどうにかなると思うのか? 歯も立たなかったお前が」

「全ての戦えない人の代わりに戦う、全ての人を守る。その誓いがこの胸にある限り、俺は仮面ライダー、お前達と戦いお前達を倒す者だ」

 決然と言い放ち、剣崎はラウザーを正眼に構えた。カブトも、逆手にクナイガンを構える。

「ミジンコから太陽まで、全ての命を守るのが、総てを司る俺の使命だからな。お前達のいいようにはさせん」

「……なっ、何だか良く分かんないけど、お前見るからに悪そうだし、俺も戦うぞ!」

 カズマも慌ててラウザーを構える。剣崎がアポロガイストと呼んでいた怪人も、後ろに組んだ手を前に構えた。その手には剣と太陽を模した盾が握られていた。

 大ショッカー戦闘員が一斉に三人に襲いかかったのを口火に、浜辺は大乱戦の様相を呈した。

 それをユウスケは、ひたすら見守っていた。夏海は、寝かされたまま目を開けない紅渡の横に屈みこみ、心配そうにその顔を覗き込んでいた。

 ふと、ユウスケが浜辺から目を外すと、見知ったシルエットが近づいてくるのが見えた。

「…………士……⁉」

 門矢士は特に何の感慨もない表情で、一定の速度で二人へと近づいてきた。

 ユウスケが駆け寄ろうとすると、後ろから絶え絶えの息で、紅渡の声が追ってきた。

「……いけ、ない、行っては、いけない……」

「あんたが止めても俺は士を……」

「違い、ます……」

 紅渡は夏海の肩に捕まって体を起こし、歩いてくる士を鋭い眼差しで見据えていた。

 ユウスケがどうすべきか迷い二人を見比べていると、別の方向から、これまたよく知る声が響いた。

「待て!」

 声の方向を見ると、士が居た。

「えっ…………」

「何で、あっちも、士君……?」

 後から現れた士は、服こそ着替えたのか真新しいが、包帯を巻き痛々しい姿をしていた。

「手前、何者だ!」

「門矢士だよ」

 先に現れた士は足を止め、面倒くさそうに答えた。


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