Over the aurora《完結》   作:田島

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(7)君は海を見たか

 二人の士は、互いを見つめ合っていた。

 士は、自分に瓜二つの顔を、気味悪そうに眺めた。

 彼は自分の容姿をそれなりに気に入っていたし、人後に落ちるものではないという自負もあったが、それにしてもその顔が、鏡に映っているわけではなく実体として目の前にあると、言い知れぬ気味悪さと不快感を覚える。

「お前が俺ってのは、どういう事だ」

「俺はお前じゃない」

「じゃあ誰だってんだ」

「門矢士だ、さっきも言った」

「門矢士は俺だ」

 二人の士は、容姿、雰囲気、口調から性格まで、瓜二つに夏海とユウスケには思われた。

「おい、紅渡。さっき、剣崎は、あんたをやった奴は役者が揃うのを待ってるって言ったな。これはその事か」

 紅渡はユウスケの質問に、僅かに頷いた。

 失血が酷いのだろうか、彼の意識は今にも途切れてしまいそうに見えた。

「門矢士とは……本当はもういない筈の男……。だから……こそ、何回でも繰り返される……」

「何だそりゃ……もっと分かりやすく話せないのか」

 だが紅渡は口を閉ざして目を瞑り、ユウスケの質問には答えなかった。

 汗が酷い。これ以上喋らせるのは無理なようだった。

「この人……すごく冷たいです、どうしようユウスケ」

 夏海がおろおろしてまくし立てたが、もとよりユウスケに答える言葉などない。

 ――これを士が、やったというのだろうか?

 ユウスケは眼前で睨み合う二人の士を再び見た。

 士には出来るのかもしれない。だが士がこんな事をするとは、ユウスケにはどうしても信じられなかった。

 それに、もういない筈、とはどういう事だ。士は目の前に、二人もいる。

「お前、一体ここに何しに来たんだ」

「俺は……夏海とユウスケを探して来た。そういうお前こそこんな所に何の用だ」

「俺か? 俺は、この茶番劇を終わらせに来た」

「何……?」

 告げて士はディケイドライバーを取り出し腰に当てた。ベルトが生成され、ドライバーが腰部に固定される。

 そして士がいつもするように、一枚のカードを目の高さに掲げ、示した。そのカードにはディケイドが描かれていた。

 但し、色違いの。

「変身」

 士は告げると、カードをドライバーにセットし、ドライバーをクローズした。

 次元を越えてアーマーが彼の体を包み、飛来したライドプレートが頭部にセットされて、モノクロに沈んでいた彼の鎧が鮮やかに彩られる。

 その色は、黒とシルバー。そして目に焼き付いて離れないような、鮮烈なイエローがラインを走らせる。大きな複眼は鮮やかなコバルトブルー。

「何なんだ……お前?」

 士は、目の前の()()()()()を目を見開いて見つめ、呻くように言葉を吐き出した。

「何度も言わせるな。俺は門矢士、そしてディケイドだ」

 言い切って、ディケイドは駆け出した。

「‼」

 士に避ける暇のあろう筈がない。ディケイドのタックルを食らい、士はまるで、丸められた紙屑のように吹っ飛んだ。

「士!」

 黄色いディケイドは、士を一瞥もせず、悠々と歩きだした。

 一歩一歩を踏みしめて、ユウスケと夏海が、どうすべきかなど分からず硬直している場所へと歩を進める。

「待ちやがれ……このっ!」

 立ち上がって士は、駆け出しながら己のドライバーとカードを取り出し、ドライバーを腰に当てた。

「変身!」

 彼もまた、先ほど眼前で行われたプロセスを繰り返し、夏海とユウスケにとっては馴染み深いマゼンタのディケイドへとその姿を変えた。

 マゼンタのディケイドは、ライドブッカーをガンモードに構えて、先を行く黄色い奴に何発かの射撃を浴びせた。

 彼の向こうには夏海と変身していないユウスケがいるが、狙いを外すような士ではない。

 放たれたエネルギー弾は黄色い奴に命中し、黄色い奴は派手に吹っ飛ばされた。

 だが、吹っ飛ばされた黄色い奴は、地面に叩きつけられる前に空中で回転して、何事もなかったように着地してみせた。

「これは、お前の為でもあるんだから邪魔をするな」

「……俺の為だと?」

「ライダー共を全部叩き潰せばそれで終わる。お前も、破壊者だの何だのと命を狙われずに済むようになるだろう。まずは手始めに、そこで死にかけてる奴からだ」

「待て、……っつってるんだよっ‼」

 士は、自分の射撃のせいで開いた距離を埋めるべく駆け出しながら、一枚のカードを取り出してドライバーにセットした。

『Kamen Ride Kabuto』

 テンションの高い電子音声が鳴り、マゼンタのディケイドの姿は瞬時に仮面ライダーカブトへと切り替わる。士は続けて、もう一枚のカードをドライバーにセットした。

『Attack Ride ClockUp』

 その瞬間、周囲の時の流れが急にゆったりとする。

 今士は、普段の時間とは切り離された時間流の中にいる。速いとか遅いとかではない、違う流れにいるのだから、クロックアップを使えない者にクロックアップ状態の者を捕捉する事は理論上は出来ない。

 このまま、奴を追い抜いて、夏海と紅渡を担いでこの場を脱出すればいい。ユウスケは自分で何とかするだろう。

 そう考えた士は、次の瞬間、驚きに目を見開いた。

『Attack Ride ClockUp』

 それまでぴくりとも動かなかった目の前の黄色い奴が動き出し、走り込んだ士に蹴りを浴びせた。

 急に止まる事も出来ない士は蹴りをカウンターで喰らった格好となり、大きく後ろに吹き飛ばされる。

「なん……だと?」

 地面に叩きつけられると同時に、カブトへのカメンライドも強制解除された。士は上半身を起こして、黄色い奴を見た。

「俺はディケイドなんだ、使えて当然だろう。何を驚いているのかが分からん」

 ぴしりと、士がするように軽く両手を叩いてから士を指さして言い放って、黄色い奴は背を向けて、また夏海達の方へと歩き出した。

 使えて、当然。それはそうかもしれないが、士のディケイドとは決定的な違いがあった。

 黄色い奴は、カメンライドをしないまま各ライダー固有のアタックライドを使用した。

 今まで士が各ライダーにカメンライドしてから各ライダーのアタックライドを使用していたのは、そうしなければ使えないのを()()()()()()()()()()からだ。

 そのひと手間が必要のない黄色い奴は、さらに改良強化されたディケイドなのではないだろうか?

 だが誰が、何の為にそんなものを。そしてそれが大ショッカーの仕業なのだとしても、士がもう一人いる事や、ディケイドが二つもある必要性の説明にはならない。

 そして今は、そんな分からない事を延々と考え続ける時間もない。

「待て、止まれって言ってるんだ!」

「そう言われて止まる奴がいるか? 馬鹿かお前は」

「ぜってー止める!」

 叫んで士は、更に一枚のカードをドライバーにセットした。

『Final Attack Ride De‐De‐De‐Decade』

 士が飛び上がると、宙空にホログラムが展開される。高く舞った士は、そのホログラムを通過して、黄色い奴を撃ち抜くべく右足に力を込めた。

 士自身もこの技を自分が喰らえば只では済まないだろうと常日頃思っている。それならば奴にも効果がある筈だった。

 だが、いつもは心強い、テンションの高い電子音声が今日は耳障りでならない。

『Attack Ride GuardVent』

 そうだ、こいつは、今まで俺がそうしてきたように、カードの力を使って状況に的確に対応する、そして向かってくる敵を倒す。

 必殺のディメンションキックは、黄色い奴の左肩から手の先までを突如として覆った巨大な盾に、弾き返された。

「だから言った、お前は俺じゃない、と。俺はお前のように、弱くはない」

 

***

 

 戦闘員は数こそ多いが、大した敵じゃない。問題はアポロガイストという、この奇妙な鎧を纏った怪人だった。

「どうした、どっちのブレイドかは知らんが、その程度か!」

「うわっ!」

 ラウザーを盾に阻まれ、袈裟懸けの斬撃を浴びる。鎧に阻まれ体まで刃は届かないものの、衝撃は相当のものだった。たまらずカズマは後ろに吹き飛ばされた。

「カズマッ!」

 余裕綽々と歩いていたアポロガイストに、銃撃が浴びせられる。振り向けば、ギャレン――菱形サクヤとレンゲル――黒葉ムツキがそこに駆けつけていた。

「サクヤ先輩、ムツキ!」

「やっぱりこっちがカズマか……あっちは何か違う気がしたけど、正解とはな」

 体を起こそうとするカズマを庇うように駆け寄りながら、菱形サクヤが呟いた。

「そりゃそうですよ……あんなアン……」

「? 何だ?」

「いえ、何でもないです、二人とも来てくれてありがとうございます」

 サクヤとムツキは言葉は返さず、頷いて周囲の敵を見回した。

 もう一人のブレイドと赤いカブトムシ、二人の動きは余裕すら感じさせた。二人は無駄のない動きで、楽々と戦闘員の囲みを崩していく。

 ギャレンとレンゲルも、それぞれに周囲の戦闘員と応戦し始めた。アポロガイストはやや怯んだものの、体勢を立て直すと再びカズマへと迫ってきた。

「おい、お前では奴の相手は荷が重いようだ、代われ」

 いつの間に近づいてきていたのか、見れば赤いカブトムシが隣に立っていた。

「うぇっ、何だあんたいつの間に、っていうか一言多いだろ! 大体あんた、いい加減名前を教えろよ!」

「……カブト。仮面ライダーカブトだ。太陽の神と覚えておけ。それと、俺はきちんと本名を名乗ったぞ」

 言いたいだけ言ってカブトはクナイガンを逆手に構え直すと、アポロガイストに向かっていく。

「くっそ、いつだよいつ! 名前なんて聞いてないぞ! つうか神って何だ神って! 自称すんな!」

 手近な戦闘員に斬りつけて囲みを破ると、そこにブレイドがいた。

 まるで前後左右に眼があるかのように、ブレイドは前の敵斜め後ろの敵と、最低限の動きで、自分の位置は動かさずに戦闘員を打ち倒していた。

「…………」

「一つ聞いていいか」

 カズマは無言で周囲の敵と当たり始めたが、意外な事にブレイドから口を開いてきた。

「何だ、今忙しいだろうが!」

「彼らは、君の仲間か」

 後ろの戦闘員にエルボーを食らわせながら、ブレイドはギャレンとレンゲルを見ているようだった。

「……そうだけどっ! だったら何だよ!」

 左手から迫ってきた戦闘員の腹にミドルキックを食らわせながらカズマは答える。とても会話をするような状況ではない。

「いや……何でもない。ただ……君は絶対に何があっても、君の世界を、守り抜け」

 ブレイドがどんな顔をしているのかは分かる筈もない。先程の様子から考えれば、恐らく無表情だったのだろうし、声も抑揚がなかった。

 大体にして、前から来た敵を切り伏せた後に後ろの敵にアッパーを食らわせながらの台詞だ。

 だがカズマは、何故だか、彼がとても寂しいのではないだろうかと感じた。

 そして小野寺ユウスケの言う通り、本気でこの混乱を何とかしようとしているのだろうと。

「こう数が多いと、俺はいいが君らが潰れるな」

「何だって? ぼそぼそ喋られても聞こえないよ!」

「今、派手に片付けてやると言ったんだ。見分けも付くようになるし、丁度いいだろう」

 やはり低い声で告げてブレイドは、カズマのブレイドにはない左腕のアタッチメントのカードホルダーを展開し、二枚のカードを引き出した。

 一枚をアタッチメントにセットし、もう一枚をそのアタッチメントにラウズさせる。

『Fusion Jack』

 ブレイドの鎧が光を帯びて、背中に天翔ける為の翼が生成される。オリハルコンの鎧が金色に彩られる。

 やや刀身の伸びたラウザーを構えて、ブレイドは二枚のカードをラウズした。

『Slash Thunder――Lightning Slash』

 ブレイドの背中の鷲の羽は、光を帯びて、ブレイドは宙空高く舞い上がり、急降下した。

「……嘘だろ、空、飛んでる」

 ディアーアンデッドの雷の力を帯びた刀身が、その進路にいた戦闘員を一気に刈り取っていく。

 戦闘員達の群れを通り過ぎたブレイドは急旋回し、今度は逆方向へと空を駆けた。

「何だあれ……反則だろあんなの!」

 ブレイドの刃にかからなかった周りの敵を切り伏せながら見れば、アポロガイストはカブトと斬り合い続けている。一進一退、全くの互角だった。

「あっちは何だよ……なんなんだあの二人、おかしいだろ! 特にブレイド!」

 ギャレンとレンゲルの参戦もあり、戦闘員はあらかた片付こうとしていた。

 やや余裕が生まれたカズマが岬の方を見ると、そこには、ディケイドと、もう一人、ディケイドがいた。

「チーズが…………二人?」

 思わずぽかんとしてしまう、その隙を見逃してくれる筈はない、戦闘員がカズマ目がけてタックルしてくる。

「うわっ!」

 すんでの所で、戦闘員は、垂直に降下してきたブレイドジャックフォームの踵に踏み潰されていた。

「何をぼんやりしている」

「だってあれ、何でチーズが二人いるんだ!」

「……チーズ? ジャムおじさんの所の犬か」

「違うよディケイドだよ!」

 言われてブレイドも岬を見た。彼の複眼にも、二人のディケイドの姿がはっきりと映っていた。

「役者が揃ったから現れたんだろう」

「……? あんた、知ってたのか?」

「勿論だ。俺と渡は奴にやられたんだからな」

「えっ……って、チーズがそんな事するわけないだろ! ああもう何なんだあんた、ちょっといい奴だと思ったのに!」

 ぷんすかと怒り始めたカズマを無視してブレイドは振り返り、声を上げた。

「天道! 片をつけるぞ!」

 すると、カブトは後ろに跳び、アポロガイストとの距離を開けた。

「分かっている」

 やや振り向いて頷くとカブトは前に向き直り、再びクナイガンを構え直した。

「おい、ブレイド、お前もだ。いい加減あいつを片付ける」

「えっ、どうやって」

 言われてカズマは、言いようのない違和感を覚えた。ブレイドにブレイドと呼ばれるというのは、どういう冗談なのだろう。

「適当にライトニングソニックでも出しておけ」

「そんないい加減な……」

 カズマの抗議も虚しく、ブレイドはさっさとホルダーを展開し、カードを引き出してラウズしていた。

『Mach』

 カード名のコールが終わるや否や、ブレイドは再び宙高く舞い上がり、アポロガイストに向かって急降下していた。

「くっそ、やりゃいいんだろ、やりゃあ!」

『Kick Thunder Mach――Lightning Sonic』

 やや自棄糞気味に、カズマは三枚のカードをホルダーから取り出し、ラウズした。

 アンデッドの力が、オリハルコンの鎧を通して体へと満ちて行く。

 剣を砂浜に突き立て、カズマは走り出した。マッハジャガーの効果により、その速度は距離が短くとも最高速へと導かれ、さらに上がっていく。

「くそっ、貴様ら、三人がかりとは卑怯とは思わんのか、おあぁっ!」

 ブレイドジャックフォームの急降下がアポロガイストを襲う。たまらず吹き飛ばされる横を、影が横切って追い越していった。

『1,2,3 Rider Kick』

「ライダー……キック!」

 アポロガイストの着地点には、カブトの必殺の後ろ蹴りが待っていた。

「ぐあああぁぁっ!」

 吹き飛ばされた、そこに。

「うおりゃああああぁぁっ!」

 待っていたのは、カズマ渾身のライトニングソニックだった。

「ぐおぉ……、お、おのれライダーどもめ……!」

 アポロガイストはよろよろと立ち上がろうとするが、ダメージが大きく脚が立たない様子だった。

 三人が更に構えようとすると、銀のオーロラが現れアポロガイストを飲み込んですぐに消えた。

「……片付け損ねたな」

「奴は、次があるからいい。次がないのは……あっちだろう」

 悔しそうな様子もなくブレイドジャックフォームが口にして、カブトがそれに応じた。

 岬を見れば、ディケイドが、黄色いディケイドの盾に吹き飛ばされているところだった。

「あっ! チーズっ!」

 たまらずカズマは駆け出した。ブレイドとカブトも後を追う。

「困った奴だ」

 走りながらブレイドが呟くと、カブトが首を少し動かして、ブレイドを見た。

「どうせお前も、昔はああだったんだろう」

「……どうして分かる?」

「俺に分からん事はない」

 分からない事が多すぎるからこうして五里霧中で戦っているのだが、それには敢えて触れずに、ブレイドは無言で前に向き直った。

 図星を言い当てられたのは事実なので、何も言い返せない。

 

***

 

 地面に叩きつけられた士は、変身を解除されていた。

 自身の必殺の一撃の威力を、全てまともに跳ね返されたのだ。何処が、というのではない、体が動かなかった。

「くっそ……」

 それでも立ち上がろうとして、黄色い奴の背中を睨みつける。

 ユウスケはクウガに変身をしていた。だが、クウガもきっと太刀打ちはできないだろう。

「片付けるのはそいつが先と言った。順番は守れよ」

 黄色い奴は一応、足を止めていた。クウガは何も答えず、両手を広げた。

 紅渡はまだ目を覚まさないし、彼を抱えて走るのは夏海には無理だった。そもそも人間の足で走って逃げたからといって、逃げ切れる相手とも思えなかった。

「まあどっちでもいいけどな。どの道ライダーは全部潰すんだ」

「……何でだ」

「は?」

「何でだって聞いてるんだよ! 門矢士!」

 クウガの声は鼻声が混じっていた。

 ユウスケはどうして俺の為に泣くのだろう。俺はいつも偉そうだし冷たいから、あんな事を言ってもあんまり違和感ないんじゃないか。

「理由なんてこれから死ぬお前が知ってどうするんだ? そういう労力の無駄は嫌いなんだ」

「うるさい……誰が、お前なんかにやられるか! 叩きのめして、力づくで聞いてやる!」

「ふん、身の程知らずだな」

 黄色い奴が首を軽く捻ったと思うと、右ストレートがクウガの顔に入っていた。クウガは後ろに吹っ飛び、紅渡にぶつかって止まった。

「誰が誰を叩きのめすって?」

 声が冷たい。俺の声はいつもあんなに、冷たいんだろうか。心が冷えていくみたいな、そんな。

 ごめんな、夏海、ユウスケ。俺はいつもあんな。

 士は両腕に力を込めると、無理矢理に体を起こした。次に爪先から先に力を移し、力を振り絞って駆け出す。

「おおおおおぉぉぉっ‼」

 黄色い奴の背後に、渾身の力で体当たりをぶつけるが、ライダーが、生身の人間の力で、少しでも動かされる筈もなかった。

「何だお前、邪魔するんならお前も消すぞ」

 言うと黄色い奴は士の首根っこを掴み上げ、力任せに放り投げた。

「うわああぁぁっ!」

「士君!」

 ここは岬、士が落とされたのは、断崖絶壁の下の海だった。

 夏海が叫ぶが、士はすぐに下方へとその姿を消した。

「あいつの為でもあるって言ってんのに、分からない奴だな」

 さて、と呟いて、黄色い奴は紅渡へと再び向き直った。クウガも体を起こしているが、黄色い奴はもう足を止める事はなかった。

 ふと、風が吹いて、夏海の髪が巻き上げられた。そして頭上を、影が通り過ぎる。

「うおおおおおおぉぉぉっ!」

「うがっ!」

 一瞬の出来事だった。まさに風のようにブレイドは、羽を駆り黄色い奴を突き飛ばしていた。

 その右脇には士、そしていつの間にか左脇に、紅渡を抱えて。

「お前等、そこから飛び降りろ!」

「えっ……」

「つべこべ言わず! 大丈夫だ!」

 ブレイドに急かされ、クウガは夏海を抱えて、岬のへりから下へと飛び降りた。

「今だ、乾!」

 黄色い奴がクウガと夏海の後を追おうと岬のへりへと向かうと、下から、赤いものが浮いてきた。

 赤のスーツに、顔のほぼ全面を覆う黄色の複眼。背中に背負った飛行ユニットで空を飛んでいたのは、仮面ライダーファイズ・ブラスターフォームのフライトモードだった。

「お前なんかに、滅茶苦茶にされて、たまるか!」

『Exceed Charge』

 ファイズが右脇に抱えたブラスターから、太いエネルギー砲が放たれ、正面にいた黄色い奴を襲った。

 流石に、黄色い奴もこれを避けきる事は出来なかったらしい、広がっていく光へと飲み込まれて行く。

 だが、ブレイドもカブトもファイズも、見逃しはしなかった。銀のオーロラが一瞬展開したのを。

 やがて光は収束し、岬から先の地面が太く無残に抉り取られた風景だけが残った。

「ちっ、逃げられたか」

 言ってファイズは変身を解除した。下から、スライダーモードへと変形したマシントルネイダーを駆ったアギトが、ユウスケと夏海を乗せ浮上してくる。

 ブレイドも地上に降り、両脇に抱えた二人をそっと下ろした後、変身を解除した。

「まさかお前達二人もここにいるとは思わなかった」

「俺達だって別にいたくていたんじゃねえよ、こんな所」

 乾巧は忌々しげに言い捨てた。実際に彼らは、天道やユウスケと同様、訳も分からないうちにこの場に呼び寄せられていたのだろう。

「ふん、あいつも役者を揃えすぎたというところだな」

「くそ、何でお前の顔を見る羽目になるんだ。今日は厄日か」

 飄々とした天道の態度にいらつく乾を見て、変身を解除したアギト――翔一が割って入ってくる。

「まあまあ乾さん、ここは俺の顔に免じて水に流して。もう仲間割れとかしてる状況じゃなさそうですし」

「……まあ、そうだけどよ」

 言って乾はちらと渡を見た。

「とりあえず俺達は戻る。そこの彼の事は後回しにせざるを得ない、まずはあの黄色いディケイドを倒す。君らはどうする」

「……俺達にも、ちゃんと話してくれませんか。俺達が敵対する理由なんて、本当はない筈だ」

 剣崎に声をかけられて、ユウスケが、静かな声で答えた。

「そうそう……って、敵対してたんだ」

 いつの間にか変身を解除したカズマも、ユウスケの言葉に頷いた。夏海も勿論頷いている。

 天道は肩を竦め、乾巧は面倒くさそうに頭を掻いた。一人翔一だけが、うんうんと大きく頷いていた。

 

***

 

 深い森の中に横たわるその城からは、竜の首と手足、翼が生えていた。

 キャッスルドラン。かつてユウスケは、別の世界のそれで、暫くの間暮らしていた事がある。

 中に入っても、別の世界の知識など今まで皆無だったカズマは、物珍しそうにきょろきょろとしていた。

 黄色いディケイドが消えた後、融合の現象はすっかり落ち着いてしまった。カズマは後をギャレンとレンゲルに任せて、ユウスケとの約束通り事情を知る為に付いてきた。

 士はまだ前の戦いの傷も癒えきっていないうちに、今回も大きなダメージを体に受けている。部屋を一室借り、ベッドに寝かせてもらえた。

 剣崎は士を倒すと言っていた。この城の主・紅渡もだ。一体どういう風の吹き回しなのかは分からなかったが、話せる機会があるなら分かり合えるのかもしれない、妥協点も見つかるかもしれない。そうユウスケは思った。

 広間では二人の男と一人の少年が、チェスに興じていた。

「おやおや、また新しいお客さんか。騒がしくてかなわんな」

「あっ、女の子がいるよ、女の子! かわいいよ!」

 入ってきたユウスケ達を見て、壮年の男と少年が思い思いの感想を口にした。

「ただの客人だ、そう長く逗留はしない」

「そうなのか。何なら女だけ残ってもらっても」

「次狼ってば」

 剣崎の言葉にすかさず壮年の男が反応し、少年が窘める。

「あの……あの人達」

「このお城の元からの住人で、助平なのが次狼さん、小さいのがラモン君、大きいのが力さん。キバに力を貸してるアームズモンスターの皆さんなんですって」

 ユウスケが明らかに一番話し掛けやすい翔一に尋ねると、翔一は笑顔で教えてくれた。

 すると、その声が耳に入ったのか、大男が立ち上がった。

「おおお、おお、翔一、どこ、行ってた! メシ、作れ! 早く!」

「力さんご免ね、ただいま! やっぱ力さんは俺の料理じゃないと駄目かぁ、何だか嬉しいなあ」

 駆け寄った力の抱擁を巧みに躱しながら、翔一は奥のドアへと歩き始めた。

「丁度お昼時だし、俺、ご飯作ってきますね。皆さんはごゆっくり」

「おい津上、俺は飯が出来るまで風呂入って寝てる。出来たら起こせ」

「はいはい」

 乾巧は告げると入ってきたドアを潜り戻っていき、翔一も、皆さん待っててくださいね、と笑顔を見せた後ドアの奥に消えた。

「何故だ……俺の料理は完璧だった筈だ…………一体、俺のどこが津上に劣っていると……」

 天道が呆然とした表情で、翔一が入っていったドアを見つめながらぶつぶつと呟いていたが、どことなく怖くて誰も触れる事が出来なかった。

「そいつは暫くすれば元に戻って飯を作りに行くだろうから、そっちにでも適当に座っててくれ。すぐに飯も出来るだろう」

「あんたは」

「残りの連中を迎えに行ってくる」

 彼らは全部で八人と良太郎は言っていた。剣崎と紅渡、天道、津上翔一と乾巧で五人。野上良太郎と残り二人は、恐らくまだ外で戦っているのだろう。

 剣崎が入ってきたドアを出ていき、次狼と呼ばれた壮年の男も、翔一が入っていった奥のドアへ向かった。

 ソファに腰掛けたユウスケと夏海、カズマは、部屋の広さと天井の高さに落ち着かず、何を話すという事もなくただきょろきょろとしていた。

 暫くすると天道がいきなり動き出して早足で奥のドアへ入っていき、入れ違いで次狼がトレイを持って戻ってきた。

「お客さんなら、何も出さない訳にもいかんだろう。ようこそキャッスルドランへ」

 呟きながら次狼はコーヒーカップを三つ、テーブルに置いた。

「あ、どうも……」

 三人がぺこりと頭を下げると、部屋の真中に置かれたテーブルでチェスの駒を弄んでいた、ラモンという少年がこちらを向いた。

「あっ、次狼、ついでに僕にもコーヒー!」

「俺も、俺も」

「お前等、自分の分は自分でやれ!」

「次狼のけちー」

「けち、次狼、けち」

「じゃかぁしい!」

 肩で息をしながらテーブルの二人を黙らせると、次狼は夏海に向き直り、ふっと微笑んだ。

「さあお嬢さん、召し上がって下さい。僕はコーヒーにはちょっとうるさいんですよ」

「……はぁ」

「ははは、そんなに硬くならないで。リラックスしてください」

 明らかに下心丸出しの次狼の爽やかな笑顔に、夏海はあからさまに弱りきった笑顔を頬に貼りつけて応じた。

「あの……」

「何だ? 正直男に用はないんだが」

 ユウスケの声に次狼が反応するが、どう見ても明らかにメンチを切っている。どことなく疲れて、ユウスケは一つ深く息を吐いた。

「いや、じゃああなたじゃなくて、ラモンさんと力さんでもいいです。紅渡って、どんな人なんです?」

「どんなって……言われてもなあ」

「渡、いいこ、でもちょっと、うじうじ。もっと、バーンと、いけっ!」

「うじうじ…………??」

 ユウスケが持っていた紅渡の印象とはかけ離れた感想が力の口から語られた。

「ああ、そうだね、ウジウジしてるっていうのが一番しっくりくるかも」

「全然そんな感じしなかったけど……」

「ふん、そりゃ、そう見えるだけだ。ウジウジウジウジと……最初にディケイドを倒しておけばこんな事にはならなかったんだ」

「……え」

 何か思い出しでもしたのか、次狼は苛ついて眉を怒らせ、舌打ちを一つした。

「簡単に言えばあいつは甘ちゃんだよ。グダグダと結論を出すのを先延ばしにしやがって。目ぇ覚めたらこの俺が性根を叩き直してやる」

 右手で作った拳を左の掌に叩きつけて、次狼が右の口の端を歪めた。

 つまりだ。彼らの言い分によれば。

 実は、ディケイドを倒さずに解決する方法を誰よりも必死に模索していたのは、紅渡だったという事なのだろうか?

「ふん、お前等、渡の気も知らないで好き勝手ばっかり言いやがって」

 小刻みな羽搏きの音が上から降りてくる。そこには、紅渡に付き従っていた黄金の蝙蝠がいた。

 それはそうだ、ちょうど、キバーラとそっくりな蝙蝠だった。

「……あんたは」

「俺様は、キバットバット三世。キバットって呼んでくれていい。誇り高きキバット族の一員で、渡の後見人だ」

 名乗ると、蝙蝠はユウスケの頭の上を旋回した。

「兄ちゃん、渡はなぁ、信じたかったんだよ」

「信じたかった……何を?」

「渡は問答無用で倒すつもりだったんだ。あん時も、そこのお姉ちゃんの世界が他の世界と融合しかかってたからな。やらなきゃだめだって自分に言い聞かせてた。でも門矢士は、そこのお姉ちゃんと、楽しそうに笑っていた。今まで門矢士にあんな笑顔はなかったんだ。そうやって生まれていく事があるんだって、信じたかったんだ」

「笑顔を……信じる」

 紅渡が士の笑顔を信じたい、守りたいと思ったのならば。それは、ユウスケと同じではないか。

 それなら言葉が足りなさすぎる、言ってくれれば。そう思ったが、言ったところでディケイドを倒さなければならないのならば、自分を正当化してしまう事になると考えたのだろうか。

 気の回しすぎだ。

「兄ちゃん達から見れば訳分かんなくて嫌な奴だったろうから、好きになってくれとは言わないが、渡は、本当に優しくて、いい奴なんだ。まあ、信じてくれとも言わん」

 ユウスケも夏海も、キバットに返す言葉はなかった。カズマだけは話が見えず、不思議そうにキバットを眺めていた。

 ふと、音楽が聞こえてきた。バイオリンの高い音が、庭伝いにか開け放った窓から漏れ聞こえてくる。

「おう、渡が起きたみたいだな」

「あれは……?」

「渡が弾いてるんだよ」

 切なくて物悲しい、だけれどもどこか懐かしくて優しい旋律だった。

 ユウスケは今まで、音楽が演奏者の心を映し出しているという言葉を実感した事はなかったが、あの言葉はこういう事だったのかもしれないと思った。

「折角のコーヒーがすっかり冷めたな。まあ、そろそろ飯か」

 言って次狼は、冷めたコーヒーが入ったままのカップをトレイに載せると、再び奥のドアへ入っていった。

 昼の日差しは柔らかく窓際に差し込んでいる。遠くから、翔一の賑やかな声が響いてきた。

 もし本当に紅渡が、士の笑顔を信じたかったのなら、妥協点などないのかもしれない。

 今の状態が、恐らくは紅渡が出来る、ぎりぎりの譲歩をした結果なのだ。

「渡さんとキバットさんは、私と会う前の士君の事も、知ってるんですね」

「ああ、そうだな」

「士君、どんなだったんですか」

「まあ、今とあまり変わらんよ。さっきの黄色い奴と今の門矢士の差くらいさ」

 もう一人の門矢士。まるで同じようでいて、決定的に何かが違う士。

 何故だか夏海はとても悲しくなった。彼女にとって士は、横柄で口が悪く図々しいけれども、優しくて傷つきやすい、今の士以外にはいなかった。

「あーっ! 小野寺さん! ほんとに小野寺さんがいる!」

 高い叫び声がいきなり響いて、野上良太郎がドアから駆け込んできた。

「あっ、野上さん、この前はお世話になりました」

 ユウスケも立ち上がり、良太郎に早歩きで歩み寄った。

「僕、本当に嬉しいです。一緒に頑張りましょうね!」

 実に嬉しそうに良太郎は、珍しく大きな声でユウスケに語りかけた。

 良太郎の後からも剣崎と、その他に二人の男が入ってくる。

「しかし、あんたが門矢士を助けるなんて、意外すぎてまだ信じられないな」

 若い方の男が、そう言って剣崎を、心から不思議そうに眺めていた。

「そうかい? 俺はこうなるって思ってたけどね。剣崎君はやる時はやるんだろうけど、基本優しいからねえ」

「ええっ……本当にそう思ってるんですか」

 年嵩の男が、剣崎の代わりに若い男に言葉を返す。若い方の男は、今度は心から不思議そうな視線を年嵩の男に向けた。

「目の前で死にそうな人間を助けるときに、誰なのかを選んで助けるのかって言ってた奴がいた。優しいとかじゃない、それだけの事だ」

 剣崎が相変わらず無表情に答えると、後ろから乾が入ってきた。髪は生乾きのジャージ姿、これから寝るような姿だった。

「おい、盗み聞きってのは趣味が良くないんじゃないか」

「寝てるんじゃなかったのか」

「バイオリンで目が覚めた」

 生欠伸をしながら、不機嫌そうに答える乾に、若い男が駆け寄っていった。

「乾! 本当に戻ってきたんだな! 良かったぁ‼」

「うっせぇな、暑苦しいんだよお前は。今は夏だぞ夏、離れてろ」

 先程までのしんみりした雰囲気が嘘のように、急に賑やかになってしまった。

「あっちの人達も、紹介してもらっていいですか」

「あっ、そうだ、そうだよね。城戸さん、ヒビキさん、こちらが小野寺ユウスケさん」

「小野寺ユウスケです、初めまして」

「城戸真司だ」

「ヒビキです、よろしく!」

 整った顔立ちのまっすぐな目をした青年と、落ち着いているがどこか少年のままでいるような目をした壮年の男が、ユウスケに挨拶をした。

 ヒビキは、親指と人差し指、中指を立てて、こめかみの辺りでポーズをとった。

「あっ、皆さんおかりなさい、丁度ご飯が出来た所なんですよ」

「津上! 津上も戻ってきてくれたのか!」

「ははは、当たり前じゃないですか。心配かけてすいません。それより、今日は天道さんの発案で、城戸さんの大好きなチャーハン対決ですよ」

「おおっ! 津上のチャーハン早く食べようぜ!」

 対決って何だ、というのには敢えて触れない方がいいのだろうか。

 その後ユウスケ達は用意されたチャーハンの量の膨大さに驚くが、それが主に力によってあっという間に消費される様に更に驚かされた。

 

***

 

 士は薄く目を開いた。

 知らない場所に居る。天蓋付きのベッドに、ふわふわとした布団。

 包帯は巻き直されてある。

 ユウスケと夏海はどうなった。それを考えると居ても立ってもいられない気持ちになったが、体が動かなかった。

 瞼が重い。

 何だか、とても悲しい夢を見ていたような気がする。

 何故ディケイドは、世界を破壊してしまうのだろう?

 いや、ディケイドは、そもそも破壊しているのだろうか?

 俺は一人だった、これからも一人だろう。

 見つからないような気がする。

 とりとめのない思考が浮かんでは消えた。

 瞼が自然に閉じて、士はまた眠りに落ちた。

 

***

 

 剣崎一真は、皆の視線を浴びても、いつもの無表情を崩さなかった。

 テーブルに両肘を突き、手を鼻の前で組んでいる。

「それで、剣立カズマ、君はどこまで知っているんだ?」

 剣崎に問われてカズマは困った顔を見せた。

「どこまで……って。チーズと夏海ちゃんとユウスケが色んな世界を回ってるって事しか知らないよ」

「そこからか……まあいい。どうせ、最初から話さなくてはならないだろうしな」

「僕が……話します」

 一同はドアを見た。紅渡が、多少よろめきながら歩き、椅子に座った。

「お前はまだ寝ていろ」

「もう大丈夫です。それに、僕の方が詳しい」

 渡は退く様子を見せなかった。今この食堂にいる十一人――八人のライダーとユウスケ、夏海それにカズマ――の中では、剣崎が最も多く渡と行動している。その彼が諦めたように息を吐いた。

「分かった。言い出したら絶対に聞かないからな、お前は」

 呆れたような剣崎の眼差しを受けて、渡は我が意を得たりと、にこりと微笑んだ。

「まず、ディケイドライバーは、君が今日戦った大ショッカーが作り出したものです」

「えっ、じゃあチーズも大ショッカー?」

「違います。いや正確には、そうなる筈だったのが計画が狂ってしまった」

 話す、と言っておきながら、紅渡の話し方は相変わらず回りくどかった。もっと簡潔に話が出来ないのだろうか。ユウスケはそっと頭を抱えた。

「ディケイドライバーと門矢士は、存在するだけで無数の世界を作り続ける。その世界とは、『仮面ライダー』のいる世界。作られた世界は、安定してしまうと互いに引き合い、融合を始め、やがて消滅してしまう。今までディケイドは、それを繰り返し続けてきました。信じられないかもしれませんが、剣立カズマ、君のブレイドの世界や、小野寺ユウスケのいたクウガの世界も、ディケイドライバーが作り出した物です。そして今のこの状況は、ディケイドライバーの力で九つもの世界が、生まれたばかりの世界と一度に融合しようとしている為に起きている」

 渡の説明を、カズマはただぽかんとした顔で聞いていた。それはそうだ、いきなりこんな話を聞かされて、即座に理解できる方がどうかしている。

 そうなのか、と推測はしていたが、はっきりと自分の世界がディケイドライバーに作られたものなのだと聞かされると、ユウスケもいささか複雑な気持ちを抱えざるをえなかった。

「ある時、門矢士が大ショッカーから失われました。大ショッカーは彼をすぐに回収しなければいけなかったのに見つけられず、門矢士は人の心を育てるに至った」

「おい、それじゃまるで、士が最初は心がなかったみたいな言い方じゃないか」

 少し引っ掛かりユウスケが口を出したが、渡はそれに目線を向けたのみで、言葉を続けた。

「門矢士とは、ディケイドライバーが自ら作り出した装着者です。だから、ディケイドライバーの数だけ居る」

「…………は?」

「それじゃ、士君は人間じゃないって事ですか?」

 夏海は泣きそうな顔をしていた。怒りに震えているようにも見えた。だが紅渡は、夏海の言葉を、即座に首を横に振って否定した。

「ディケイドライバーが作り出したものが人間でないなら、ディケイドライバーによって作り出された世界の住人である、小野寺ユウスケも剣立カズマも人間ではなくなります。彼らが人間であるように、門矢士も人間です。ただし、二人のように自分の世界はない」

「世界が……ない…………そんな」

 紅渡の言葉に夏海は項垂れた。士は自分の世界を見つける為に旅をしていたのに、そもそもそれが最初から存在しなかったなんて、考えてもみなかった。

 ユウスケも、悔しくなり下を向いた。大して気にもしていない風で、いつも、ここも俺の世界じゃなかったと言っていた士の姿を思い出した。

 求めているものが永久に得られないのならば、人はどうすればいいのだろう。士は帰りたいと思っているのに、帰る場所がないのだ。

「大ショッカーの目的は、世界の融合と崩壊のエネルギーを利用してオリジナルの世界へ渡る事ですが、ディケイドライバーの目的は違う。自らのあるべき世界を作り出す事です。だからあのドライバーは、際限もなく世界を作り続ける。決して壊す為に作っているわけではありませんが、ディケイドライバーの作り出した世界は脆弱で、一度安定してしまうと核同士が引きあってしまう」

「ちょっと待て、ドライバーって、あの腰につけてる奴だろ。あれの意志だの目的だのって、あれは考えてるとでもいうのか」

「考えるベルトですか……その表現も面白い。だけど、考えるのはあくまで門矢士です。門矢士があるべき世界を見つけられれば、ベルトは世界を作り続けなくなる。何故ディケイドライバーがそんな目的を持っているのかは、分かりませんがね」

 あまりに実感が湧かず真司が質問をするが、それを渡は横に軽く流した。

 そしてユウスケは顔を上げた。

 世界を、作り続けなくなる……?

「それが、鍵……?」

「そうです。ディエンドは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()為に、世界を作る機能は働かない」

 しかし、それならば何故鳴滝は、夏海だけがディケイドを止められると言ったのだろう。

「どうすれば門矢士があるべき世界を見つけられるのかは、僕には分からない。それはずっと側に居た、小野寺ユウスケと光夏海、あなた達の方がきっと見つけ出せるだろう」

「……それならそうと、最初にそう言えばいいんじゃ……」

「言ったところで門矢士自身が見つけ出さない限り意味はないんです。それに僕は本当に、融合崩壊までの時間を引き延ばす為に、ライダーを破壊してもらおうと思って言った。それを門矢士が勝手に、ライダーを助けて怪人を退治する事だと思い込んだだけです」

「それで、『創造は破壊からしか生まれませんからね、残念ですが』かよ……一休さんのとんち問題か」

「怪人を倒して平和になるのが何で残念な事になるんですか。その解釈こそ残念です」

「……解釈が必要な説明って何だよ」

 ユウスケはあまりの事に溜息混じりにツッコミを入れたが、紅渡は悪びれなかった。

「……まあまあ、いいんじゃない。チーズの早とちりとあの人の説明不足がなかったら、俺とユウスケはここでこうしてないんだしさ。ちゃんと理解してたら、俺ら倒されてたじゃん」

「お前のポジティブさがちょっと羨ましいよ……」

「何てったって、ゼロから始めたからな」

 そもそもの間違いは、門矢士に話をした相手が紅渡だった、という事なんじゃないだろうか。

 隣に座ったカズマが、ユウスケの肩を軽く二三度叩いて慰めてくれる。

 そうだ。士は旅をして、こうして絆を作ってきた。それは短い間だったけれども、一つ一つ、きっとそんなに弱くはない絆の筈だ。

 それは士が心を持っているからだ。心がない所に絆が出来るだろうか。

「それで、あの黄色いディケイドは何だ」

 今まで黙って聞いていた天道が口を開いた。渡は天道を軽く見て、口を開いた。

「大ショッカーが作り出したんでしょう。あれは、大ショッカーにとっては正常に機能している。恐らく、二つのディケイドライバーがある事によって相乗作用が起きて、世界の融合が異常に速められていると考えられます」

「やはりそうか。つまり」

「ひとまずは、奴を倒せば融合は止まる、筈か」

 天道とヒビキの言葉に、渡は強く頷いた。

「……あー……、えーとつまり…………。……何で、ここにはもっと分かりやすく説明出来る奴がいないんだよ。つまりあれか、黄色いディケイドをブッ倒して、ユウスケ達がディケイドの世界を探し出してやりゃいいんだな。これで合ってるか」

「よく頑張ったな城戸、それで正解だ」

「……なんか釈然としないけど、合ってるならそれでいい」

 天道が肯定してくれたものの、肯定した相手が天道だからなのか、真司は憮然とした表情で横を向いた。

 ユウスケは渡を見た。渡は静かな表情で、そんな天道と真司を見ていた。

「もっと……早く言ってくれたら、良かったのにさ。言われないと分かんないし、俺、分かんないままじゃ何にも出来ないし」

 語りかけると、渡は静かな目をしたまま、ユウスケを見た。

「言われたって、俺、あんたが正しいなんて思わないよ。だって俺、どうしようもなくなったら士を消しちゃえばいいなんて、思えないから」

 努めてユウスケは、きっぱりと言い放った。渡はそれを聞くと、柔らかく微笑んだ。

 にこりと微笑んだ渡の顔は、なるほどキバットが言うように、とても優しげだった。

「まあ、お前達がどう考えようと、俺はいざとなればディケイドを倒す。だが今はまず、黄色い奴の事だな」

 天道が鋭い目線でぴしりと言う。

 確かに、これは問題の棚上げに過ぎなかった。何も解決などしていない。

 だが、棚に上げたままにしておくつもりだってない。

「ったく、何でそういう水を差すような事を言うかね」

「はっきりさせておくべき事は言っておかねばならん。俺は無駄に馴れ合うつもりはない」

「……ああ言えばこう言う……つうかホントお前何様だよ」

「天道様だがそれがどうかしたか」

「……………………いや、もういい。正直俺が悪かったと思う」

 真司は疲れはてたようにぐったりと肘を突いて項垂れた。天道の横に座ってしまったのが運のつきだった。

 

***

 

 時刻は昼下がり、カズマは一足先に帰る為、キャッスルドランを出ていた。

「まあとりあえず事情は分かったから、帰ったら先輩達とも相談するよ。あ、あと、他のライダー見つけたら話しておけばいいんだな」

「そうだな。黄色い奴もそうだけど、大ショッカーも数がやたらいるから、一致団結しないと。門矢士と小野寺ユウスケの知り合いって言えば多分話は通るからさ」

「了解。じゃ、また連絡する」

「気をつけて下さいねー」

 バイクに跨り、キーを回しエンジンをかけて、カズマは走り去っていった。

 見送った夏海とユウスケが中に戻ろうとすると、良太郎が出てきた。

「あっ、野上さん」

「小野寺さん、カズマさん帰ったんですね」

「うん、他のライダーも見つけたら話しておいてくれるって」

「良かった、きっと一緒に戦える人達、増えますね」

 良太郎はにこにこと微笑みながら、二人の横に来た。

 今日、八人揃ったライダー達を見て思ったが、良太郎は明らかに浮いていた。

 皆個性的すぎて、皆が皆浮いているといえばそうなのだが、良太郎のように、道を歩いていたらカツアゲの餌食にされそうなオーラを発している者は他に誰一人として居なかった。

 戦いとは縁遠そうな良太郎の顔を、ユウスケは思わず、まじまじと眺めていた。

「あっ、そうだ小野寺さん、僕の事は、良太郎でいいです。何かさっき、お前等お見合いでもしてるのかって乾さんにも怒られちゃったし」

「あはは。じゃあ俺の事も、ユウスケでいいよ」

 まるで友達になってその日に初めて一緒に帰り道を歩いている小学生のような会話だと、横で夏海は密かに思った。

「それで、さっきの話なんですけど」

「さっきのって……士の?」

「僕の仲間がイマジンなんですけど……」

「うん、多分別の世界の奴らだけど、会った事あるよ」

 モモタロス、ウラタロス、キンタロスにリュウタロス、そしてオーナーとコハナちゃん、変な色のコーヒーを淹れるナオミちゃん。

 騒がしいけれども、楽しくて優しい、いい奴らだった。

「イマジンって、記憶がないんです。だから、契約者と契約しないと実体を持てなくて、砂の姿になっちゃうんです」

「記憶がないと、砂なんですか……?」

「モモタロス達と会ったならこの話聞いてるかもしれないけど……この世界って、記憶で出来てて、誰かが覚えてさえいれば、過去の時間が壊されても記憶から修復する事ができるんです。でも、誰も覚えていないと、その人は時から零れ落ちちゃう。ずっと過去から積み重ねられてる記憶が、今の時間を作ってる。だから、記憶がなくて体もないイマジンは、砂になっちゃうんです」

 そういえば、そんな話を聞いたような聞いていないような。思えばあの世界では、ユウスケはずっとモモタロスに体と意識を乗っとられ、騒動が終わった後も暫く立つ事が出来なかったので、よく分からない。その辺りの話は士と夏海なら聞いているのかもしれなかった。

「それでね、イマジン達がいる未来に道が繋がらないと、存在自体が消えちゃう。あやふやな存在なんです。皆も消えそうになって、でも、僕と一緒に戦ってる事で、記憶が出来たから、戻ってこられたんです」

 ユウスケも夏海も、良太郎の言わんとする事が、何となく分かる気がした。

 士は大丈夫なのだと、きっと一緒に、信じようとしてくれているのだ。

「今ちょっと遠すぎて話すのとか無理だけど、元気かなぁ。……それで、僕思うんですけど、門矢さんもきっと大丈夫だって」

「うん」

「信じて、叶えようとしないと、願いって叶わないから。僕も一緒に頑張ります」

 言った良太郎の眼は、叶える意志に満ちていた。

 この人は強いんだ、とユウスケは思った。ある意味誰よりも強いのかもしれない。

 イマジン達もきっと、良太郎が信じてくれる事を信じていられたから、一緒に戦えたのだ。

 信じられるのは強さだ。ユウスケはそう思う。信じる事を迷う弱さがあるから、思う。

 

***

 

 ずっと森の中にいる。

 海が見たいと、小さい頃は思っていた。

 妹を置いて遊びに出ても、海は遠すぎて見る事ができない。

 

 ――妹なんて、いないのに?

 

 目を開けると、横に翔一が座っていた。

 三角巾を被りエプロンをつけたその姿は、完璧な主夫のそれだった。

「……よう、また会ったな」

「随分早い再会で、びっくりしましたよ」

「夏海と、ユウスケは」

「無事ですよ。怪我とかは……小野寺さんはちょっと怪我してたけど、大した事はなさそうです」

「そうか。ここは?」

「俺達のアジトです。何かちょっと、アジトって言葉、使ってみたかったんですよね。カッコよくありません?」

 士はそれには答えず、翔一に向けていた首を上に向け直した。

 光が眩しい。

「もうちょっと寝てるといいですよ。まだ前の怪我だって治りきってないし」

 そうだな、と短く答えて、士は瞼を閉じた。

「俺は、いるだけで、迷惑をかけるな」

「迷惑なんてかけ合う物なんですから、遠慮しちゃ駄目ですよ」

「あんたに何か、返せる当てがない」

「その内、倍にして返してもらいます。ちゃんと返して下さいよ?」

 翔一の声は押さえ気味だったが、明るかった。

 そうだな、ともう一度呟いて、また士は深い眠りへと沈んでいった。

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