後日、二郎丸は用意された自分の屋敷に訪れていた。一人で住むには広いような気もするが、質素で落ち着いた雰囲気があり、庭に咲く藤の花がとても印象的であった。
「ほう、ここが二郎丸の屋敷か。」
「杏寿郎、何でいんの?」
「今日は非番だったんだ。」
「そうなんだ、とりあえず入ろ。」
「そうだな!」
何故か付いてきた杏寿郎と共に屋敷に入り中を物色する、広い居間と小部屋が幾つかあり、台所に風呂、そして稽古場まである、更に机や箪笥等の家具に、皿、丼、箸までも用意されていた。
「衣服や食料以外の必要な物は全て揃っているようだな。」
「隊服は沢山あるけどね…あ、あった!」
押入を漁っていた二郎丸が背負い紐が取り付けられた大きな木箱を引っ張り出した。木箱を開けると中から杖や菅笠、足袋等の様々な道具が出てきた。
「二郎丸、それは?」
「御館様が用意してくれた旅道具一式だね。」
「なんと!そんなものまで用意されていたのか!」
まさか本当に用意してくれていたとは思わなかったけど、と呟いた。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
ある程度確認が終わった後、杏寿郎が訪ねてきた。
「うーん、今から実家に帰ろうと思う。」
「む、それは何故?」
影柱(仮)に就任した日の夜、二郎丸は鎹烏を飛ばして家族に柱(仮)に就任した事と、近い内に帰ることを伝えていたのだ。
「そうなのか、だったら俺もついて行ってもいいか?」
「え、なんで?」
「今日は非番なんだ。」
「そうだったね。」
「それに、久しぶりに親父殿達とも会っておきたいからな。」
「そうか、ならいいよ。準備するからちょっと待ってて。」
「うむ!」
そして旅装束に着替え、木箱を背負った二郎丸が戻ってきた為、二人は二郎丸の実家に向かうことになった。
「はぁ、やっと着いた。」
「想像以上に時間が掛かってしまったな!」
夜、二郎丸の実家に到着したした二人は息が上がっており肩で呼吸をしていた。
実はこの二人、最短距離で向かおうとして、野を駆け、山を越え、森を抜け、途中で鹿や熊を狩りながら走り続けたのだが、当然、足場が悪く障害の多い中を走り抜けるにはそれ相応に大変なものであり、普通に向かうよりも時間が掛かってしまい、実家にたどり着いた時には既に日が沈んでしまっていた。
「今度からはちゃんとした道を通ろ?」
「うむ、そうするべきだな!」
そして二郎丸は玄関を開けた。
「ただいま戻りました。…あれ?」
「失礼します。…む?」
声をかけるが何も反応がない、誰もいなければ当然なのだが屋敷には灯りが灯っているためそれは無い、本来であれば必ず誰かが迎えにくるのだが、それがないため二郎丸はおかしいと思っていた。
「二郎丸「まぁ、いいや。みんな忙しいかもしれないし、杏寿郎も上がって。」う、うむ。」
屋敷に上がった後、杏寿郎にも上がるように促すと、二郎丸はやや駆け足で居間へと向かった。
「父上、母上、三郎助、あと兄上。いたら返事、を…」
そして二郎丸は居間に集まる家族を見つけた。が、
二郎丸は見てしまった、床に広がる血溜まりを、折り重なって倒れる、父、母、弟を、そしてそれを見て佇む刀を持った兄を。
「二郎丸…な、なんだ!?」
遅れてきた杏寿郎も、これには驚きを隠せなかった。
「…久しぶりだな、二郎丸、杏寿郎。」
「一朗兄、まさか!」
この惨状から、一朗太が家族を殺したと理解したが、それ以上に衝撃的なものがあった。
虚無の表情を張り付けて、振り向いた一朗太の顔は血に塗られており、縦長の瞳孔を持った翡翠色の瞳がギラリと輝き、口元からは、長く鋭い牙が見えていた。
墨影一朗太は鬼となったのだ。
「兄…上?」
本当は気づいていた、屋敷に漂う血の匂いに、潜む鬼の気配に。だが二郎丸は、よりにもよって自分の家族がそんな筈はないと、
「…じゃあな。」
「ま、待ってくれ!」
「影の呼吸 壱の型 『黒霧』。」
「な!?」
立ち去ろうとする一朗太を引き止めようとした杏寿郎だったが、一朗太の起こした霧によって視界を遮られてしまった。直後、物を砕く大きな音がした後に霧が晴れると、既に一朗太の姿はなく、代わりに部屋の壁に大きな穴が開いていた。
「兄…ぅ、」
この間、二郎丸は変わらず放心状態であった。
「おい、二郎丸!しっかりしろ!」
「……」
「二郎丸!?」
どうしようもない二郎丸の肩を揺さぶり杏寿郎は呼び掛けるが、二郎丸は既に気を失っており、そのままゆっくりと床に崩れ落ちた。
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隊士訓練で二郎丸が不在時の炎と恋の話
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スケベ隊服について
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炎蛇影の合同任務
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