東京の人口が概ね千二百万人として、その千分の一なら一万二千人、万分の一だとしても、千二百人。
人がオルフェノクに変じる割合など統計は出ていないだろうし、分かりもしない。故に、オルフェノクの総数など推測の付けようがない。
それだけの数のオルフェノクが息を潜め誰かの隣人となっているという想像もぞっとしないものだったが、デルタへと変じた三原にとっての目下の問題は、十体強のオルフェノクに取り囲まれているこの現実だった。
次から次に迫り来る攻撃の対応に追われ、巧か啓太郎に連絡をとり助けを呼ぶ余裕も与えられない。里奈の、創才学園の事がひたすら気掛かりだったが、この囲みを突破する事は、相当に困難なように思われた。
デルタムーバーを構えて幾筋か光弾を放ち、ハリネズミらしき奴を威嚇する。このままではどうにもならない。
ジェットスライガーは先程呼び出しコードの入力に成功したが、到着する迄には未だ少し時が必要だろう。
デルタは高出力だが、複数を一気に相手取れるような装備はない。ファイズのような拡張性がなく、追加武装もなかった。
三原自身も、援護に徹するのが自身の本領という自覚がある。一人だけでこんな数の敵を相手に、上手く立ち回り倒す技量はなかった。だが、例えばファイズの援護に回れたなら、デルタはきっとファイズを守りつつ協力して、多くの敵を倒せるだろう。
じりじりと、デルタを囲む輪は狭まりつつあった。輪を穿ち脱出すれば背中を狙われる危険があり、ジェットスライガーの到着にはまだ間がある。デルタは動けず、威嚇の為の発砲を続けた。
このままでは。
デルタの焦りを見透かしたように、輪が一気に狭まった時、一方のオルフェノクの背中で火花が散った。
「ゴガッ!」
跳ね飛ばされたオルフェノクがひしゃげた叫びを上げた。オルフェノクの向こう、暗がりには二台のバイクが停車していた。
赤いバイクには、橙色のスーツに緑の複眼、銀の鎧と仮面を身に付けた戦士が跨り、銃らしき武器を構えている。その隣には、緑のバイクとスーツ、金の鎧に紫の複眼。
「その姿はデルタ……三原くんか?」
銃を構えた橙色の声に、デルタは聞き覚えがあった。
「その声、橘さんですか!」
三原の問い掛けに、橙色は力強く頷いて、隣の緑を顧みた。あれが橘ならば、あの姿は壊れていたというギャレン、そしてその隣は、レンゲルという戦士なのだろう。
「よし、行くぞ睦月」
「はい!」
睦月と呼ばれて歯切れよく返事を返した、恐らくレンゲルは、バイクからひらりと軽やかに降りるや、隙のない動作で錫杖を構え、駆け出した。
ギャレンもバイクを降り、レンゲルを援護すべく、オルフェノクの群れへと銃撃を放つ。
『Fire』
『Rush』
二人はそれぞれの武器にカードを滑らせ、効果を告げているのだろう、電子音声が響いた。
リーチを生かしたレンゲルの打撃と、正確なギャレンの射撃。突然現れ意表を突かれた事もあり、オルフェノクは二人に翻弄され、次第に輪は崩れ散らされていった。
そこへ、輪を崩したオルフェノクを跳ね飛ばして、ジェットスライガーの巨体が到着した。駆け込んでコクピットに収まると、映し出されたモニターのタッチパネルを操作、オルフェノクを次々ロックオンしていく。
「橘さん達、避けて!」
『Fire』
叫ぶと、デルタはモニタに表示されたスイッチを押した。ギャレンと、やや遅れてレンゲルが離脱し、後を追い掛けたオルフェノクは、追尾弾の直撃を背中に食らって、青い炎を上げた。
動揺し被弾したオルフェノク達を、向き直ったギャレンとレンゲルが、戦い慣れた様子で灰にしていく。デルタも車上から援護の射撃を放つ。
気付けば、先程の絶望的な状況が嘘のように、辺りは静かになっていた。やや黄色掛かった灰が、音も立てずさらさらと、風に流される。
「すいません、助かりました」
「何て事はない、間に合って良かった。だが、今はどこもかしこもこんな状況のようだ。三原くん、良ければ俺たちと一緒に、奴らを倒すのを手伝ってくれないか」
「……勿論です、是非!」
暫しの後に、デルタはギャレンの問い掛けに力強く答えた。
里奈はきっと大丈夫。皆と、逃げている。そう信じている。里奈は強いし、三原自身より何倍も頼りになる女性なのだ。
一人では足りないけれども、橘とその連れも頼もしそうだし、ならば三原は自分の出来る事をすべきだと思われた。
「あ、ちょっと待ってもらっていいですか」
ギャレンが頷くと、デルタはデルタムーバーに電話番号を告げ、耳に当てた。啓太郎には連絡をとっておかなくては、まだ三原を待っている可能性もあった。今の状況では危険過ぎる。
「あ、もしもし菊池さん、行けなくてごめん……うん、ちょっと……うん、そう。それで、乾は? ……そうか、うん、……うん、分かった。俺は橘さんと合流したから、こっちで戦ってるって、もし連絡あったら伝えてくれるかな。うん、じゃあ」
通話を終えて顔を上げると、ギャレンが軽く頷いてみせた。
「こっちにも、始と乾達が戦ってるって連絡は入ってる」
「そうですか。じゃあ、行きましょう」
ギャレンはもう一度頷くと、バイクに跨りエンジンをかけ、レンゲルもそれに倣う。
図体の大きいジェットスライガーは普段乗りには不向きだが、このような非常事態には頼もしい。二人の発進に合わせて、デルタもアクセルを踏んだ。
***
暗がりから突き出た槍の鋭い突きを、やや姿勢を崩しながら避ける。
避ける動作に巻き込んで突き飛ばした形となったG5隊の高宮隊員は、既に姿勢を立て直し、GM‐01スコーピオンを構え直して、G3‐Xを追撃しようと迫ったオルフェノクへと発砲した。
鉄球を軽々と砕き、生身で使えば肩を壊す強い反動と威力を持ったこの銃器も、アンノウン相手には後退らせる程の効果しかなかったが、それはオルフェノクに対しても、程度の差はあれ同様だった。
続け様に胸や腹に銃弾を浴びたオルフェノクはよろめいて怯んだが、致命傷となるようなダメージを与えるには至らない。低く呻いた後、やや足取りを乱れさせつつも、オルフェノクは首を二三度振ると再度前に向き直った。
その様を見て氷川は、人間じゃない、と感想を頭に浮かべた。
その異形へと変じた姿を見れば、オルフェノクが人間ではない事など一目で分かるというのに、今更、氷川はそんな思いを抱いた。
「氷川さん、もっと動いて! 囲まれます!」
無線ごしに尾室の指示が飛んできた。至極もっともな言い分だが、G3‐Xの動きは精彩を取り戻せない。久しぶりのG3‐Xが動かし辛いというわけでもないのに、氷川の身体は重かった。
殲滅する気でかからなければ、オルフェノクの力を押さえられなどしない。見た目だけではない、アンノウン達に優るとも劣らない程、オルフェノクの身体能力は高く、生半可な攻撃など通用しない。
蹴りを躱して、左の拳でパンチを叩き込んだ。正装着員を務めていた時ほどではないにせよ、氷川は日々の鍛練を怠っていない。身体が動かなくなっているというわけではない。
どこかで迷っているからだ。その自覚はあった。
氷川の心は、スマートレディに甘さを指摘された時点から、何も変化していない。割り切る事は困難だし、そんなに容易に踏ん切りが付くはずもない。
ただ、なにかしなければという焦りが、彼を動かしているに過ぎなかった。
ただ、目の前で戦うG5部隊を見ているだけではいられなかったから。
どっちつかずの中途半端だと、自身でも感じた。アギトの時は、アギトは人間でアンノウンは人間ではなかったから、はっきりとアギトの味方でいる事ができた。だが今は氷川には、誰を守るべきなのかなど、まるで分からなかった。
オルフェノクは人かもしれない、きっと人だろう。だが彼らの力は暴力は、最早人のそれとは比すべくもない程、強く恐ろしい。
オルフェノクと戦い殲滅するか、人は殺せないからオルフェノクとは戦わないか。
どちらかを選ばなくてはならないが、どちらを選んだとしても、どちらも間違いだ。そう思った。
向かってきたオルフェノクの胸部に、綺麗に蹴りが決まり、(恐らく彼女ではなく)彼は緩く放物線を描いて吹き飛ばされた。息吐く間もなく灰色二人が獲物を振り上げて襲い掛かってくる。
攻防は一進一退、しかし、このままではどうにもならない事は明らかだった。数があまりにも違いすぎる。
どうにかしようと思うならば、オルフェノクを「殺さなければならない」のだろう。例えばアンノウンが人を襲うのを食い止めるため、爆散させたように。
「氷川さん、GX‐05を使用して下さい! アクティブにしてあります、解除コードを!」
またも、尾室から無線で指示が飛ぶ。ちらと、Gトレーラー付近に置かれたアタッシュモードのケルベロスを顧みるが、それを使用しよう、という意識は持てなかった。
また、ケルベロスを取りに走る時間も今は惜しかった。
永田隊員が蹴りを喰らって大きく吹き飛ばされる。胸の装甲からぱちぱちと、軽く火花が爆ぜる。当然の成り行きとして永田隊員を蹴り飛ばしたオルフェノクが追撃をかけ、周囲を囲んだ奴等も永田隊員を狙って動き出す。G3‐Xがスコーピオンを構えたところで、対処しきれる筈がなかった。だが、ケルベロスを取りに戻って電子ロックを解除し、ガトリングモードに変形させる時間などありはしない。
その時。
『Start Up』
バイクのエンジン音が幾つか近付いてきたと思うと、聞き覚えのない電子音声が、乱戦のざわめきを切り裂いた。
まるで、時が凍り付いたようだった。
突如、空中に幾つも幾つも、半透明で巨大な紅の円錐形が浮かんだ。円錐の先は一様に、オルフェノクを向いている。
「やーっ!」
若い男の気迫の籠もった叫び声が、折り重なり積み重なり響いて、幾体ものオルフェノクが、一斉に青い炎を上げて燃え、すぐに燃え尽きて崩れた。
その間、十秒ほどだろうか。
『Three,Two,One...Time Out』
また電子音声が響いて、灰が舞い散るアスファルトの上、灰が積み重なってぽかんと空いた隙間に、突然見覚えのない、人型の何かが現れた。
『Reformation』
肩の装甲が動いて、胸を覆って静止する。顔全体を覆うような黄色の複眼、銀の装甲。夜の闇に溶け込んだ黒いスーツの上を、赤いラインが走っていた。
「氷川さん!」
聞き覚えのある声のした方向を見ると、アギトが駆け寄ってきた。海堂の変じたオルフェノクと、もう一人見覚えのない、鎧を纏った人型がその後ろにいる。
「津上さん……来てくれたんですね」
「しっかりして下さい氷川さん!」
叱咤するように、厳しい声でアギトは叫んだ。
「俺だってこんなの嫌です、殴りたいわけない。でも、こんな事絶対、許すのはおかしいから、だから!」
最後まで言わないで、アギトは駆け出して、未だ戦意を失わないオルフェノクの一体と組み合い始めた。それをだるそうに首を傾げて見つめ、黄色い複眼が、若い男の声で独りごちる。
「っとに……お節介な奴だな。おい津上、これは借りにしといてやる!」
叫ぶと右の手首を二三度振って、黄色い複眼も駆け出して、数を大分減らしたオルフェノクへと向かっていく。海堂も、もう一人も、G5達も。懸命に殴り、蹴り、組み合い転げて、投げ飛ばし飛び起きる。
躊躇する自分を氷川は恥じた。
皆が何かを守るため、懸命に戦っているのに、満足に動けないでいる事を恥じた。
アギトと海堂と共に現れた二人が何者なのかはよく分からなかった。だが二人は躊躇などする事なく、相対するオルフェノクを殴り蹴り、突き薙ぎ払い、時に青い炎と共に灰へと還していった。
彼等だって守らなければならないのに、自分は何をしているんだろう。そう思い直して、右手に提げたままだったGM‐01を構えて、G5の一人の背後を狙っていたオルフェノクの横っ面へと銃弾を放つ。狙いは誤たず、目に顎にダメージを受けてオルフェノクは倒れもんどり打った。
「氷川さん、下がって!」
横から呼ばれた声に反応して、G3‐Xが飛び退さると、入れ替わるように青いアギトのハルバードが、後ろから飛び掛かろうとしていた二体を一度に薙いだ。二体は蒼く炎を噴き上げると、ややあって崩れ落ち、一握りの灰が後に残された。
「津上さん、あなたは……迷わないんですか」
声をかけると、振り返った青いアギトは小さく何度か、首を横に振った。
「それは、俺が悩む事じゃない、俺は力を貸すって決めたから、全力で助けるだけです」
「……誰を」
「海堂さんと乾さんと、それから、氷川さんを。ねぇ氷川さん、氷川さんはアギトを恐れなかった。誰だって怖くなって、アギトになっちゃうって思ったら生きていられなくなる位怖がるのが普通なのに、氷川さんは怖がったりしなかった。小沢さんも、それに真魚ちゃんも。それが俺、凄く嬉しかったんですよ。氷川さんがそうだったみたいにアギトも人間もきっと仲良くやっていけるって、生きていけるって。あの頃はただ戦ってるだけだったけど、段々それが、俺の夢になってったんです」
アギトの面に感情は見えないが、きっと翔一は穏やかな笑顔を浮かべているだろう。彼の笑顔は氷川の胸にあり、声の様子から、まるで眼前にあるように浮かんだ。
「俺は、俺の夢を無くしたりしたくないです。でなきゃ、何の為に木野さんも亜紀さんもあかつき号の他の人も、真魚ちゃんのお父さんも、姉さんも……死ななきゃいけなかったかなんて、本当に意味が無くなっちゃうじゃないですか。俺が氷川さんがそういう風に変えていけなかったら、本当に意味が無かったって事になっちゃうじゃないですか」
穏やかなままの声でアギトは言って、G3‐Xから目を離すと、右脇に抱えたハルバードを構え直した。
津上翔一は明るく動じない男だった。だけれども彼が、彼と彼の姉と、そして関係のない人々を巻き込んで荒れ狂ったアギトへの覚醒という運命に、深く傷付き悩んだ事を氷川は知っている。
その痛みを、無かったことにはしたくないのだろう。あの痛みにも、誰かの死にも、意味を与えたい。本当ならきっともっと長かったはずの、彼等の生に、せめて意味を。その気持ちは、分かりすぎるほどよく分かった。
本来、人の生に意味などないのかもしれない、だが、彼等の生が無意味だったとしたら、何も残せなかったのだとしたら、そんなに悲しく虚しい事が、あるだろうか。
彼らは確かに翔一や氷川の胸に痛みを残し、忘れがたい人々となった。それを嘘になどできない。
「だから俺、どっちか選ぶなら、守らなきゃいけないんだって思いました。だから迷いません。でも、自分が何したのかも忘れない、つもりです」
言葉は決然としていた。オルフェノクが人である事、海堂が憎めない男である事、翔一は氷川と同様に知っていて、それでも選んだ。
そもそも率先して役割を果たすべき氷川がぐずぐずしているから、翔一にこんな決意を強いてしまったのではないか、と思えた。全て自分の身に引き寄せて己の責任を問おうとするのは氷川の悪い癖だった。
身綺麗なままで守り続けられるなら、それが一番いいだろう。だけれどもそんな事は、そもそも望むべくもなかった。
力が足りないから、オルフェノクをどうしても止めたいなら、彼等を灰へ還すしかないのだ。
アギトが駆け出して、やや遅れてG3‐Xは反対方向へと走り出した。Gトレーラー付近へと置いてあったGX‐05へと駆け寄り手に取り、解除番号を入力する。
『カイジョシマス』
音声と共にロックが解除される。手早くガトリングガンモードへと組み替えると、ケルベロスを構え、G3‐Xは踵を返して駆け出した。
「津上さん!」
呼び掛けるとアギトはこれから行われる行為を悟ったのか、組み合ったオルフェノクの腹を蹴り付けて後ろへ飛んだ。体勢を崩しよろめいたオルフェノクに照準を合わせて、腰を落とし引鉄を引いた。
「うおおおおおっ!」
雄叫びを掻き消すような轟音を轟かせて、猛烈な勢いで吐き出された鉛の弾が、オルフェノクの胸を跳ねさせ、じきに弾を受けた胸と腹が、大きく蒼い炎を上げて燃えた。
そんなには時間をおかず、炎はオルフェノクの全身を覆って、やがて灰だけがさらさらと崩れ落ちた。
変わらない。
アンノウンを撃つのと、何も変わらない。
その感じ方が氷川にはひどく厭わしく感じられた。銃で撃てば、林檎を撃つのも人を撃つのも感触は変わらない。それが腹立たしかった。
「……行きましょう、氷川さん!」
「はい!」
アギトの呼び掛けに力強く応えて、G3‐Xはケルベロスを構え直すと、乱戦の只中へと駆け出した。
***
北條の元に、ようやく明るい知らせが届いた。
通報のあった地点の一つにギルスが出現、オルフェノク三体を倒すと何処かへと去っていったという。
何らかのプロテクターを身に付けた所属不明の三人組がオルフェノクを倒している、という報告も、事実関係は未確認ながら入っている。
これも未確認だが、アンノウンらしき怪人が複数出現しオルフェノクと戦っている、という情報もあった。
まだ最悪の状況が続いている事は確かだが、絶望すべき局面でもなかった。
「……それにしても」
机の上に置かれた走り書きに目を落として、北條は目を細めて、首をやや傾げた。
『災いは空より来る、鉄の船から絶望は撒き散らされる』
河野から報告があった言葉だった。例によって出所不明だが、オルフェノクが画策している計画のヒントとして津上翔一が語ったという。
鉄の船、空、とくれば、連想するのはまず飛行機。飛行機から何かをばら撒く算段、という推測は出来る。
だが一体いつ、何を撒くというのか。それによって何が起きるというのか。
何かを撒く、というのなら、旅客機はあまり向いていない。やって出来ない事はないだろうが効率が悪すぎる。
例えば。各地に点在する航空自衛隊の駐屯地にばら撒くものを予め搬入し、輸送機から――。
その馬鹿げた空想を有り得ないと打ち消そうとして、出来ずに口の端を引き結んで歪めて、北條は無線のスイッチを入れた。
何故自衛隊へ協力要請を出す事が出来なかったのか? 北條は今までその理由を、警察上層部がスマートブレイン勢力に押さえつけられているからだと考えていた。
だがいくら何でもそれは無理がありすぎる。
保身を考えれば尚更、騒動が終息すれば、自衛隊に出動を要請しなかった警察幹部の責任が追究されるだろう事は目に見えている。本来であれば迅速に政府に対応を打診し、自衛隊が出動して国民の安全を守るべきだし、それを期待されてもいるのだから。
いくら何でも、警察幹部全員がオルフェノクの勝利を毛ほどの疑いもなく信じている、と仮定するのには無理がありすぎる。どこでもそうであるように警察内部にも派閥や対立構造はあり、一枚岩とは言い難い。ことオルフェノクに限ってだけ、一致団結するというのも考えづらい。もしそうならこの未確認生命体対策班が存在している事自体が理屈に合わなくなる。
もし、既に打診したが対話の余地なく断られた、のだと仮定すれば……? それもまた考えづらい可能性ではあったが、警察上層部が一枚岩よりは可能性が高い。
「未確認生命体対策班より各検問へ。検問を始めてから通過した自衛隊所属の車両を全て報告して下さい。これ以後自衛隊の車両、特に貨物車両は通行を禁止してください。それから空港方面の検問を厳しくするように、貨物車両は積荷を必ず確認・記録してください」
何が撒かれるのかは分からないし、これから運び込まれるのかもう運び込まれた後なのか、飛行機が首都圏の滑走路から飛ぶのか、そもそも飛行機が使われるのかどうかすらはっきりしない。
だが、オルフェノクの画策にもし段階があるとすれば。今街中をオルフェノクが荒らし回っているのが第一段階、「鉄の船が空から災いを撒く」のが第二段階、という事も考えられる。
もしオルフェノクが暴動を起こす目的が陽動であるならば、裏で何か動きがある筈だった。そしてこの規模での蜂起で、陽動以外の効果を狙えると考えているとは想像しづらい。例えば自衛隊がもし出動したとして、対戦車兵器や爆撃機に対抗しうると、いくらオルフェノクが人間を超越していても考えはしまい。
必ず尻尾を掴んで、目論見を阻んでみせる。決意を新たに固めて北條は、虚空を睨みつけた。
誤字報告ありがとうございます☺