Dead Man Walking《完結》   作:田島

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カインの子、約束の地にて天に召され(5)

 新手は際限もなく現れる。戦場は完全に膠着状態にあった。

 よりにもよって、こんな所で、何を企んでいるというのだろう。

 小さく舌打ちをして、ファイズは振り下ろされた灰褐色の棍を躱し、左足を軸に身体を捻って右の蹴りを眼前のオルフェノクに叩き込んだ。その直後、背中を強く殴り付けられて前のめりに地を嘗める。

「くっそ、この……」

 大したダメージはない。直ぐに起き上がるとファイズは、続く拳に向き直ってそれをいなした。

 いい思い出は一つもない。真理や三原にとっては思い出の場所だろうが、巧にとっては、悪夢のような血と断末魔の断片、混濁した記憶しか残っていない場所だった。

 この場所は、紛う事なく、流星塾跡地。間違える筈などない。

「乾、お前は津上と行け!」

 いつの間にか近くにいた相川始の化身した黒い蟷螂が、低い声で叫んだ。

「これがお前の戦いだというなら、お前が行け。雑魚は俺とあの青い奴等がいれば足りる」

「……分かった」

 ファイズが頷くと、黒い蟷螂はカードを一枚取り出し、化身の際と同様に、バックルの縦に刻まれた溝へとカードを滑らせた。

『Evolution』

 次の刹那、腰のカードホルダーと思しき場所から光が溢れ、黒い蟷螂の頭上に集うと、その身体へと吸い込まれていった。

 それはファイズドライバーの再起動にも若干似ていたかもしれない。化身の際のように水煙が蟷螂を包んで弾け消え、その姿を更に変じさせた。

 体色は緋色に、複眼は鮮やかな緑に。発する気配は、危う気なく凛としていた。

「道を開けてやる、真実とやらを見てくるんだな」

 言うと赤い蟷螂は、腰のバックル部を外して手にした弓にセットした。軽く左腕を掲げると、再びカードホルダーを飛び出したカードが手元に集い、一枚のカードに姿を変えて、赤い蟷螂の左手へと収まった。

『Wild』

 カード名と思しき音声が響いて、赤い蟷螂の構える弓には、夜目には小さい太陽とも思えるような眩ゆい光が灯り、膨張していった。

 放たれた太い光は、射線上にいたオルフェノクを次々に巻き込んでいった。光に触れるとオルフェノクは蒼い炎を短く上げて、次々灰となり、直進する光が持つ熱量の生む空気の流れに吹き飛ばされて、まるで最初からいなかったように跡形もなくなった。

 光がやんで辺りが夜の闇を取り戻した頃には、宣言通りに、流星塾まで続く道が、眼前に穿たれていた。

「ここは俺一人でも十分な位だ。さっさと行け」

 低く静かに始の声がファイズに告げる。頷くとファイズは道を駆け出した。

 後ろにスネークオルフェノクとアギトが続く。

 アギトをG3‐Xが追おうとするが、アギトは立ち止まって振り返り、それを制した。

「待って、氷川さんはここを」

「何故です? あなた方だけを行かせる訳にはいきません、それに僕はここを調査して、報告しなきゃいけないんです」

 心外そうにG3‐Xが語気強く反論し、その言い分を上手く躱す言い訳が思い付かないのか、アギトは軽く首を傾げて唸った。

「お前は邪魔だ、ここに残れ」

「……なっ、君、失礼じゃないですか、大体にして君は何者なんですか!」

 赤い蟷螂の言葉は単刀直入に過ぎ、侮られたと感じたのかG3‐Xはいきり立って、食ってかからんばかりの勢いで赤い蟷螂に怒鳴りつけた。

 G3‐Xの力は、共に長く戦った翔一がよく知っている。決して役に立たないと思っている訳でも、邪魔だと思っている訳でもない。

 だが、王のもとに立たれては困るのだ。氷川は純然たる人間、あの黒い青年の愛する存在そのものだった。

 まさか、人間だから駄目です、などと言える筈もない。翔一がそれを口にするのは、アギトを人と信じて戦い抜き、オルフェノクを人ではないかと迷った氷川を、ひどく侮辱し傷つける行為のように思われた。

「津上、いいから早くしろ!」

 先を行くファイズが叫んだ。アギトはちらとそちらを見ると、G3‐Xへと視線を戻した。

「氷川さんは、G5の皆さんと一緒に戦って下さい。皆さんを守るの、氷川さんにしか頼めません」

 アギトが言うと、今度はG3‐Xが言葉に詰まって黙った。その様子を見届けると、アギトは踵を返して再び駆け出した。

 駆けていく三人の背中を覆い隠すように、オルフェノクが再び散開し数を増す。やや茫然としていたG3‐Xも、向かってくるオルフェノクを目にして構え直した。

 いがみ合う余裕などそこには残されていない。赤い蟷螂も手にした鎌を構え直すと、群れへと斬り掛かっていった。

 

***

 

 Gトレーラー付近を抜け門の中に入ると、敵の影はなかった。

 今は更地となり、雑草が生い茂って枯れ、足元でかさかさと音を立てる空き地。そこには嘗て、流星塾と呼ばれた児童養護施設があった。

 同窓会の夜、真理を含む塾生はここでドラゴンオルフェノクに惨殺された。たまたま通り掛かり、助けようとしてオルフェノクの姿を晒した巧は、暴力を希求する本能に呑まれ、その夜の記憶を失った。

 その後何故か校舎は地下深く埋められ、ベルトの研究が何者かによって続けられていた。

 逃げ出した巧と草加を追って、影山冴子もそこに足を踏み入れた事がある。王の隠し場所として使われる可能性は大いにあった。

 土は乾いて白く、足を踏み出すと軽く埃立つ。茫漠とした荒地が広がっているだけだった。

「なーんもねぇじゃねぇか。ほんとにここに何かあるってのか?」

 海堂の声が、いつもよりは抑えた音量で感想を告げた。

「多分、間違いない、気がする」

「あぁん、間違いないのか多分なのか、どっちだよ。日本語は正しく使えってんだ全く」

 海堂の声の軽口に、ファイズは反応を返さないで、ずんずん歩を進めていった。彼にとって、ここに何かあるのは既に確信。ならば、地下に降りる道が必ず付近にある筈だった。

「くっそ、あっちの奴ら一人ひっ捕まえて、入口聞いとくべきだったな……」

「だから、こんな所に何があるんだっちゅうの」

「何もない、ようには見えますけど、それならあんな沢山のオルフェノクがこの付近にいる理由がなくなります。俺も、何かあると思いますよ」

 海堂の声の悪態に、横からアギトが答えを返して、ファイズに倣って付近を探り始めた。

「でも、乾さん、何で入口があると思うんです? 地下に何かあるんですか、そして乾さんはそれを、知ってる?」

「……そうだよ」

 如何にも気乗りしていない、気怠そうな声で、ファイズが応じた。

「何せ俺は潜った事があるからな。もっと違う所から迷い込んだだけだけどな」

「……何?」

「ここは流星塾。昔、真理と三原と、草加がいたとこだ。そして多分、海堂、お前の使ってた量産型のベルトが、ここの地下で開発されてた」

 スネークオルフェノクはその答を聞くと黙り込み、ややあって、二人と一緒に枯草を掻き分け始めた。

「前の入り口ってもう使えないんですか」

「ああ、多分、もう潰されてるな」

「何でそう思うんだよ」

「出入口はスマートブレインに通じてたんだよ」

 淡々としたファイズの答えの内容に、スネークオルフェノクはぎょっとしたのか、頭を上げてファイズを見た。

「スマートブレイン……って、大分離れてんだろこっから」

「どうなってんのかなんて俺が知るわけないだろ」

「そりゃそうだけ……っ!」

 言葉を途中で飲み込んでスネークオルフェノクは横に跳んだ。彼が一瞬前までいた場所を鞭が掠めた。

「……しつこいっつってんだろう、あぁ?」

 ファイズの苦々し気な声。視界の先には、つい先程ダメージを負わせた筈のセンチピードオルフェノクと、見た事のないどこか虎を思わせる姿のオルフェノク、二体が佇んでいた。

「それはこちらの台詞です。()()()()()()()()()のだから、もう負ける筈がない、死に損ないの貴様などに!」

 センチピードオルフェノクは、先程ハカランダ前での戦闘のダメージなど無かったかのような動きで、ファイズ目がけ鞭を振るった。もう一体も鞭を避けたファイズを追撃しようと動くが、アギトがそれを遮った。

 センチピードオルフェノクが自在に操る鞭は、捌きが速く、うねりしなり、軌道を読むのが難しい。間合いを詰めるのはそんなに簡単な事ではなかった。

 ファイズを捉えられないセンチピードオルフェノクは徐々に焦りを濃くし、動きが大振りになっていく。

 センチピードオルフェノクの伸びきった左の体側を、横合いから一度、二度、刃が薙いだ。ファイズに意識を集中させすぎていたセンチピードオルフェノクはその斬撃を避けきれずに、脇腹を切り裂かれ吹っ飛ぶ。

「お前等ほんっとに、俺様の事忘れ過ぎだろ! 無礼にも程があるっちゅうの!」

「……黙れ、お前の様な取るに足りない下級が、この私に刃向かって……!」

 両手に円形の、チャクラムに持ち手を付けたような武器を構え、伏兵・スネークオルフェノクが立っていた。

 スネークオルフェノクは使徒再生によってオルフェノクとなった。オリジナルのオルフェノクの中でもトップクラスの力を持ったラッキークローバーのメンバーだったセンチピードオルフェノクに比べれば格下だ。だが、不意を突ければ埋まらない実力差ではない。

 素早く体勢を立て直したセンチピードオルフェノクは、今度はスネークオルフェノクへ向け鞭を振るおうとするが、動きを拘束され藻掻く格好となる。

 これはまずい。センチピードオルフェノクもこの状況には心当たりがあった。人一人よりやや大きいほどの、赤い円錐形のポインティングマーカー、その先端がセンチピードオルフェノクを捉え、動きを制限していた。

「言ったろうが、手前の面は見飽きたってな。そろそろ最後にしようぜ!」

『Exceed Charge』

「百瀬えェッ!」

 ベルトにセットされたファイズフォンのエンターキーを押して、軽くスタートアップポジションを取ってからファイズが駈け出して地を踏み切り、センチピードオルフェノクへと向けて飛び蹴りの体勢となる。ポインティングマーカーを抜けて一度フォトンブラッドへ変換されたその肉体は、超高熱をもってセンチピードオルフェノクの体内を駆け巡った後、彼の後ろへと再構成された。

 アギトと対峙し、隙のない動きに攻めあぐねていたもう一体のオルフェノクは、センチピードオルフェノクの叫び声に反応して大きく後ろに飛び、距離をとった。すわ逃げ出すかと横へ走り出すのをアギトが追おうとするが、予想に反してオルフェノクは立ち止まり、蒼い炎を所々から上げ始めたセンチピードオルフェノクへと向けて左手を翳した。その左手から伸びた幾本もの触手は、通常であれば人間をオルフェノクへと変化させるために伸ばされるものだった。それを何故既にオルフェノクである琢磨へ。

 だが、ファイズとスネークオルフェノクの不審はすぐに驚愕へと変わった。使徒再生の際のようにセンチピードオルフェノクの胸に触手が突き刺さり吸い込まれると、センチピードオルフェノクの全身から吹き出していた蒼い炎は瞬く間に鎮火し、数秒して触手が戻っていくと、何事もなかったかのようにそこに、センチピードオルフェノクが再び立っていた。

「…………何? 何だ、今のは」

 ファイズとスネークオルフェノクは、思いもよらなかった事態に呆然とセンチピードオルフェノクを見た。相手の出方を伺おうとしていたのか動かなかったアギトが、これ以上の手出しを阻止すべく再び百瀬と呼ばれたオルフェノクへと向かっていく。

「見ましたか、彼の力を。百瀬がいる以上私に負けはない。その雑魚の奇襲も最早通用しませんよ」

「どうかな、要はあいつにお前を復活させなきゃいいって話だろ。同じ手が二度と使えないのはそっちも一緒だ」

 言ってファイズは腰を軽く落として構え、また手首を二度振った。

 一方のアギトは、ハルバードを腰のベルトへとしまい込み、構えを取った。ベルトは竜の爪が宝玉を掴む様を思わせる姿へと変化する。

 津上翔一がアギトへ姿を変える時のように、ベルトの両脇を両掌が押し込むと、アギトは更に姿を変えた。皮膚は赤く盛り上がってひび割れ、圧倒的な力強さと、どこか禍々しさすら感じさせる。

 ただでさえ攻めあぐねていた百瀬は、滾る力を炎として噴き出し、尚も燃え盛るその姿、最早人を離れ魔物としか思われない生々しさ禍々しさにやや気圧されたのか、右足を半歩下げた。

 その様子を横目で盗み見たセンチピードオルフェノクは舌打ちをすると、ファイズへと向き直る。

「雑魚だの下級だの人の事好き勝手言いやがってこんにゃろう、いつまでラッキークローバー様のつもりなんだよ!」

「オルフェノクが世界を支配する、そうなればこの私は再び選ばれたオルフェノク達の頂点に立つ事になる。あなた達のような裏切り者を排除して、今度こそ永遠の命を手に入れるんですよ!」

 ファイズが駈け出し、間合いに入れまいと鞭がしなり飛んで乾いた砂や枯れかけた草を幾度も打った。スネークオルフェノクも接近しようと機を伺うが、長い鞭の射程に近付くことを許されない。

「手前はまだそんな寝惚けた事言ってやがんのか! 村上も北崎も喰われたんだぞ、奴が眠りから醒めりゃ生贄が必要になる、お前だってそうなるんだぞ!」

「そうなるとは限らない、現に冴子さんは永遠の命を手に入れた! 死ぬくらいならその可能性に賭けるだけです!」

「……永遠だ? 胸糞悪ぃ。手前はもう死んでるくせに、死ぬのが怖いって事から逃げてるだけじゃねぇか。死ななけりゃ生きてるのか? 俺はそんな生き方は真っ平御免だ。手前の事しか考えられない死人だらけの世界なんか作って、そんな世界で死ねなくなって、何が楽しいんだよ!」

 鞭がファイズの胸のプロテクターを捉え撃ちつけた。火花が飛びやや後退るが、倒れずにファイズは戻ろうとする鞭の棘と棘の間を上手く掴んで、鞭を強く引いた。

「海堂!」

「おうっ!」

 ファイズが鞭を掴んだのを見るや、スネークオルフェノクは返事よりも先に駆け出していた。鞭を手放せず前のめりに姿勢を崩したセンチピードオルフェノクの背中を一薙ぎ、肩を蹴りつけて後ろに吹き飛んだセンチピードオルフェノクが体を起こした所を、斬りつけていった。

「があっ……!」

『Exceed Charge』

 既にセンチピードオルフェノクの眼前にファイズはいた。いつもよりもはっきりと電子音声が耳に響き、ファイズショットを装備したファイズの右拳を避ける暇などありはしなかった。

「往生際が、悪すぎんだよ!」

 その体を覆う鋭い棘ごと、センチピードオルフェノクの鳩尾を振り抜かれた拳が撃ちぬく。

 センチピードオルフェノクは大きく吹き飛ばされ、腹から炎を上げ始めた。

 ここで先程のように復活させられては元も子もない。スネークオルフェノクはもう一方の戦いを見やった。

 戦いは一方的な展開と映った。百瀬と呼ばれたオルフェノクも決して弱くはない、持っている能力から見てもかなりの力を持ったオリジナルと思われた。

 だが、それ以上にアギトの戦い方には、隙がなさすぎた。まるで、次にどこにどんな攻撃が来るかを事前に知っているかのような動きだった。

 そして無駄なく、燃え盛る拳を蹴りを叩き込む。一発ごとによろけふらつき、既に百瀬の動きは足元が覚束ない、グロッキー状態に陥っていた。

「僕は…………僕は、死にたく、死にたく……嫌だ、怖い……、嫌だいやだ」

「言っただろ、お前はもう、本当は死んでるんだよ。そんな事はとうの昔に分かってた事だろ」

 ファイズの言葉に答える事なく、センチピードオルフェノクの体は急に勢いを増して燃え盛った蒼い炎に包まれ、あっという間に崩れ去った。

 灰は風に捲かれて、白く乾いた土とすぐに区別がつかなくなる。

 土から生まれたものは土に還る。ならばオルフェノクは、既に土から生まれた者ではないのか。

 逃げようとする百瀬の後をアギトが追い、ファイズとスネークオルフェノクも後に続いて駈け出した。


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