Dead Man Walking《完結》   作:田島

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カインの子、約束の地にて天に召され(6)

 流星塾敷地をやや外れた場所に、地下への入り口はあった。

 三人とも取り敢えず、変身状態は解除して先へと進む。翔一はともかく、ファイズは身体への負荷があり、海堂にしてもオルフェノクの姿のままでいれば、湧き上がる破壊衝動を抑え込まなくてはならない。

 百瀬がこうも簡単に本拠地と思しき場所を明かすのに違和感はあったが、誘い込む罠にしろ中に踏み入らないという選択肢はないし、そんな策略がもしあったなら、琢磨も逃げていればいい。何もないだろう、というのが、差し当たりの判断だった。

 何より、ロブスターオルフェノク――影山冴子は、自分の不死に恐らくは絶対の自信を持っている。下手な策を弄するとは考えにくかった。

 正直な話、巧には自信などなかった。二年前に、影山がどう不死であるのかは目撃したし、もしブラスターの火力を用いたとして、彼女の再生を上回る速度で身体を崩せるのかは全く分からなかった。

「おい乾」

「何だ」

 海堂に呼び掛けられ振り向く。暗く湿った階段で、靴音だけはいやに乾いて響いた。

「さっきから気になってたんだけどよ……」

「何だよ」

「……お前、ファイズブラスターはどしたんだ?」

 言われてはたと気付く。そういえば、巧は両手に何も持っていない、完全に手ぶらの状態だ。そもそもサイドバッシャーを降りる際に、持って降りた記憶がなかった。

「まさか、まさかとは思うけどよ……」

「……忘れてきた、みたいだな」

「何他人事みたいに呑気に言っとるんだ己は! あれがなかったらどうすんだよ!」

「っせえな、何とかなるだろ多分」

「なるかーっ!」

 海堂の必死の叫びは地下へと降りるじめついた階段に谺したが、巧の心には別段響かなかったようだった。

 

***

 

 囲みを構成するオルフェノクの数は目に見えて減っていた。

 赤い蟷螂はオルフェノクの攻撃など蚊に刺されたとも思っていないような平然とした様子で、次々に彼等を灰に還していく。無慈悲とも映る、圧倒的な強さだった。

 G5の五人も大分状況に慣れて余裕が生まれてきたようだった。ケルベロスの銃弾に撃ち抜かれたオルフェノクが灰に還り、空いた隙間に杉田と岡村が駆け込む。彼らは前と後ろから、GXランチャーを抱え構えていた。

 G5は汎用機で、装備条件もG3‐Xよりは格段に緩やかな反面、能力的には劣る。ケルベロスの反動も、独りきりでは支えられない。

 なればこそ、彼らの武器は部隊行動、チームワークにこそあった。そしてそれを統制するのが、Gトレーラー。

「よし、杉田と岡村、四時の方向に発射!」

 無線を通じて尾室の指令が飛び、ロケット弾が放たれ炸裂する。

 オルフェノクは人を越えた存在とはいわれるが、銃器の類が全く効かない程に頑健ではない。ましてや火力の高い武器は、彼等を灰に還すのに十分な威力を持っていた。

 戦える、対抗できる、という十分な手応えがある。昂揚した気分は何かを夢中で楽しむ心理に似て、それに没頭しきれない事が氷川の胸を微かに棘刺した。

 ややすると、囲みの後方が騒つき、潮引くように割れていった。預言者気取りで杖を携え闊歩してくる存在は、よく見覚えがある。

「後方からアンノウン出現、各自警戒せよ!」

 無線を通じ尾室の声が響く。

 よく見ればアンノウンは、左手に見覚えのない物を持っていた。銀色の、小振りのアタッシュケースのような箱だった。

「人の子よ、アギトとエノクの子らはあそこか」

 魚類を思わせるぬめった皮膚を持った、あかつき号を襲撃したというアンノウンが声を発した。倒した筈、という不可解さは蟠ったが、そんな事を言っている時ではない。

 恐らくは自分に聞いているのだろうと思い、G3‐Xは軽く頷く。

 肯定を確認すると、アンノウンは廃墟に向き直り、真直ぐに歩を踏み出した。尾びれに似た装飾の付いた杖を軽く振るって生み出された、水の固まりとも見えるエネルギー弾が、前方を塞ぐオルフェノクを一気に薙ぎ倒し吹き飛ばした。

 彼を阻める者などそうそう多くはないだろう。実際に相対し戦った氷川はその力の恐ろしさをよく知っていた。

 悠々と歩を進め、アンノウンは進んでいって、後には、追撃するか否か迷い惑ったオルフェノク達が残された。

「尾室さん、こちら氷川」

「どうしました」

 G3‐Xのカメラやマイク、計器類もGトレーラーでモニタリングされている。尾室からの返事はすぐに返ってきた。

「こちらの状況は大分落ち着いてきたように思えます。拠点と思われる廃墟の調査を……」

 話している途中で、また群れがざわつき割れた。

 今度現れたのは、金の鬣を持った、剣持つアンノウン。そして空に、白い鳥の姿をしたアンノウンが進んでいた。

 他に比較して特に強い力を持った三体のアンノウンが、一同に会する事となる。この廃墟に、何かあるのは動かし難い事実と思われた。

「人の子よ、汝は近付くなかれ」

「……何故です、何故僕が近寄ってはいけないんですか」

 地を行く金の鬣が告げた言葉に、G3‐Xは納得いかない声色で返した。

 翔一が、氷川はここに残るように言ったのには、何か理由があるのではないか。アンノウンすら同じ事を言う。不審は確信へと変わった。だが、氷川としても、この廃墟の実情を調査しないまま引き下がる訳にもいかなかった。

「汝のみに非ず。人の子が立ち入れば、エノクを倒す事能わなくなろう。彼の者を倒すのは、人でもアギトでもない」

「では、誰が……」

「エノクはその子に倒される。あの方が子の変じたアギトにより身体を喪ったように」

 エノクの子。オルフェノクを指し示すと推察される名を口にすると、金の鬣はG3‐Xから廃墟へと向き直って、再び滑るように歩を踏み出した。

 彼を阻める者はここにはいないだろうし、氷川には彼を留める理由がない。

 人の子は近付いてはならぬと言う。だがこれは、人間の戦いではないのか。

 納得がいかない。

 眼前の状況は考える余裕を容赦なく奪った。左右から飛び掛かられて片方の拳をいなすも、もう一方の蹴りを食らって後退る。

 まずはこの状況の打開が先決だった。もやもやとした気持ちは一時胸の奥に押し込めて、G3‐Xは体勢を立て直すと、飛び掛かってきた拳を躱してカウンターの一撃を、蛾のような羽根を背中になびかせたオルフェノクの腹へと食らわせた。

 

***

 

 どこまでも続くように思われた下りの階段にも、終わりはあった。

 地下三十五メートル、地の底に校舎の廊下が伸びている。

 所々崩落して瓦礫で埋まってはいるが、埃の溜まった教室は、この校舎に子供達が居た頃のままの姿を留めていた。

 絶え間なく水の音が続く。水に照らされているのか、ある筈のない光がぼんやりと薄く辺りを包んでいた。

 よく見れば非常灯は灯っている。どうやってか電力が供給されているようだった。

 廊下には、以前巧が迷い込んだ際にはなかったものが散らばっていた。

「……これ、薔薇の花びら……? ですかね」

 青黒い何かの花びらと思しきもの。薔薇か何かのように思われた。翔一が屈んで、それを手にとろうとした。

 触れようとした刹那、指先と花びらの間に火花が散って青く炎が燃え上がり、花びらは一瞬で灰に変わった。

「何だ、今の……」

「分かりません、でも、良くない感じがします」

 立ち上がって眉を寄せた翔一の代わりに、巧が軽く屈んで花びらを手に取る。何事も起こらずに、花びらは巧の指先に摘み上げられた。

 花びらは海堂へと手渡される。やはり何事も起きずに、海堂の掌に青い花びらが乗せられた。

 オルフェノクならば平気だが、アギトが触ろうとすると花びらは何かに拒否されたように燃え尽きた。

「……もしかして、これか? 空からばら撒かれるのは」

「そうかもしれませんね……薔薇だけに」

 巧の呟きに打たれた翔一の相槌で、その場は凍りついた。翔一だけが意に介した様子もなく、一人納得した様子で頷いている。

「ここが本当に本拠地で、オルフェノクが潜伏してた。人間をオルフェノクにする為にその薔薇が作られた……っていう所ですかね」

「思っても恥ずかしいから口にしない事をいけしゃあしゃあと……」

「えっ、何がですか?」

 きょとんとした顔で聞き返され、巧は継ぐ言葉を失った。話が噛み合う気がしない。津上翔一は、巧にとって依然として謎の多い男だった。

「……いや、いい。そんな事は今はどうだっていい。しかし、今まで見た感じだと、ここに空から撒けるほど大量の薔薇があるようには見えなかったな。もう運び出した、って事か」

「全人類、っていうからにはもっと凄い秘密工場とかありそうですけど」

「それは、分かんねえな。取り敢えずここを調べるのが先だな」

 巧の言葉に残り二人は頷いて、再び歩き始める。

 進むにつれて、闇は濃くなっていく。一つ一つ教室を覗きつつ進むが、どの部屋も最近使われた形跡はなく、埃や粉塵が白く机やリノリウムの床を覆っていた。

 とうとう最下層、本来の地上一階へと到達する。靴底が床を擦る音が耳に障った。自然、一行の息は詰まり口は閉ざされた。

 澱み沈んだ、濁った空気の中に、その存在は確かに感じられた。それは、幽冥の底から正体も分からずに響いてくる、深く低い唸りのように感じられた。

 ここは、その存在に包まれている。成程あの黒い青年の言う通りに、眠りについていようとも、王の意志は地を覆っているのかもしれなかった。

 廊下の埃は、両脇に固まり積もっている。夜目の利く者なら、足跡も見て取れただろう。辺りはほぼ闇に沈んで、手探り爪先探りで歩かざるを得なかったが、向かうべき方向については苦もなく判別できた。

 眼前に、大振りの引き戸が現れる。硝子は嵌め込まれておらず、中の様子は窺い知れない。先頭を歩いていた巧は、足を止めて一度息を飲むと、一息にその扉を開けた。

 その部屋には、薄く明かりが灯っていた。

 何かの実習室だったのかもしれない。六人掛けの机と椅子が六つ、広めに間隔をとって並び、奥の黒板の前に教壇が据えられている。

 教壇の横にロブスターオルフェノクの懐かしくすらある変わらない姿があり、少し奥に百瀬。教壇の上に王は安置されていた。

「アンデッドを上まで連れてきてくれて有り難う。礼を言うわ、坊や」

 艶めかしいアルトの声が響いた。二度と聞きたくないと思っていたその音は不愉快に過ぎ、巧に苦々しく舌打ちをさせた。

「あれがお前らなんかにどうこう出来ると思ってんのかよ。手が付けらんねぇぞ」

「確かに、アンデッドは戦う為に存在する不死者、その力は恐ろしいもの。だけど、王と戦って、アンデッドといえど無事でいられるかしら?」

「……何?」

 ロブスターオルフェノクの含み笑いの混じった言い様は、よく分からないものだった。王を目覚めさせるのにアンデッドが必要なのに、未だ目覚めない王がどうやってアンデッドと戦うというのか。

「……おい乾、あの百瀬って野郎!」

「今更気付いても遅すぎる、百瀬!」

 気付いた海堂は直ぐにオルフェノクへと化身しつつ駆け出すが、間に合う筈もない。百瀬の両手の十の指は伸びしなって触手へと変わり、王の胸に纏わりついて、先端が王の身体へと刺さり吸い込まれた。

「あっはは、王の復活よ! 乾巧、あなたを今度こそ王の贄にしてあげるわ、その為に待ってたんですもの!」

 触手が抜き取られ戻り、耳に響く正体のない低い呻きは、幾重にも重なって密度を増して感覚を圧迫した。

 まるで天使か何かのように、重さなどないかのように、ふわりと。

 蘇ってはならない者、エノクは、身に宿す膨大なエネルギーの故か、白く闇を照らし切り裂いて顕現した。

『Standing By』

「くっそ……アンデッドが居なきゃ復活出来ねえんじゃねえのかよ!」

「……まだ、不完全なんじゃないですか。今のうちに倒すしかありません!」

 ファイズフォンにコードを打ち込みつつぼやいた巧に、構えながら翔一が答える。

 とにかく今は、抗しうるかなど考えている余裕はない。目の前の存在を倒さなくては全て終わるのは自明の理だった。

「変身!」

『Complete』

 乾巧はファイズフォンをベルトにセットしファイズへ。津上翔一はいつもよりは複雑な構えから、灼熱の力宿すアギトバーニングフォームへと。それぞれ変身を完了させて、王に向かい構えた。

 

***

 

「北條さん、かかりました。入間の空自基地です。予定にないトラックが今日夕方、五台入庫してます」

「時間から見ても間違いなさそうですね。輸送機の稼働状況は」

「今日は輸送任務がない為、全台格納庫にあるはずですが、滑走路に何台か出ていると」

 報告を受けると、北條は深く頷いて立ち上がった。

 敵の狙いが分からない。人類を一気にオルフェノクへと変じさせる為ならば、予告なしに撒くのが一番効果的に思われる。北條が(有り得ないが)作戦を立案・実行するならばそうするだろう。

 危惧していた通り、海外にも同様の騒乱は飛び火していた。スマートレディのメッセージはインターネット回線を通じて複数の動画共有サイトに掲載され、瞬く間に広がった。ご丁寧に英語や中国語の翻訳字幕付きだった。それを見て暴れだすオルフェノクが現れ、日本と違い軍隊が出動するかしないかという騒ぎとなっている。

 報告によれば、オルフェノクは強靱な肉体を持つとはいえ、重火器をものともしない、というまでではない。

 軍隊が出ればオルフェノクの勝利はないにも関わらず何故。

 考えるにも手掛かりが少なすぎる。どちらにしろ、オルフェノク達が暴れているのが陽動なら、敵の真の狙いは、この謎の輸送機には違いなかった。動かせる人員が圧倒的に少ないのは不安要素だったが、とにかくやるしかない。

「しかし自衛隊……やり辛い相手をぶつけてくれますね」

 先程の報告を行った刑事が、眉を寄せて独りごちた。言う通り、自衛隊の駐屯地となれば、そう簡単には立ち入れない。まして武装した警官が大挙して入れる場所ではなかった。

「……とにかく向かいます。私が出向いて直接指揮を執ります。無線の全チャンネルに、向かえる者は合流するよう流してください。あなた方は逐次状況を私に報告してください。もしG5部隊から通信があれば、すぐ私に回すように」

 北條は歩きながら、本部に詰める四五人の刑事達に指示を出した。

 もしこれが外れなら、とは思わないでもない。その可能性はゼロではない。

 そもそも、津上翔一の不確かな情報から出された結論だ。

 こんな賭けは自分らしくない。北條はふと思ったが、彼の持つ刑事としての鋭い勘は、この選択に非を唱えなかった。


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