Dead Man Walking《完結》   作:田島

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林檎と見紛う実を口にし(2)

 助手席に陣取った始は、携帯電話を取り出してボタンを操作し、電話帳を開いた。

 始自身は特に必要性を感じなかったが、虎太郎に、来訪前には必ず事前に約束をしておく、俗にいうアポをとる必要がある事を熱弁された。虎太郎の話は論理的というよりは情緒的で、始にとって、あまり興味の沸き起こらない内容だった。

 聞き続けるのも面倒に感じたので素直に従う事にし、始は開いた電話帳から橘を選び発信した。

 しばらく呼び出し音が鳴った後に、唐突に繋がる。

「はい、橘だ」

「相川始だ。今日これから会えるか。話したい事がある」

 名前と用件を告げると、電話の向こうの橘は驚いたのか、息を呑んだようなはっきりしない音が漏れてきた。

「……丁度、俺もお前に連絡しようと思っていたところだ」

「……お前が俺に? 何故?」

「まず、お前の用件から聞こう」

 橘に促され、始は先程虎太郎とハカランダで話した内容を告げた。

 始としても橘が何か知っているかどうかについては懐疑的だったが、彼が恐らく、そのような情報を一番得やすい立場にいる。

 橘は相槌もろくに打たず始の話を黙って聞いていたが、話が終わると、やや長めに息を吐いてから口を開いた。

「……心当たりがないこともない。こちらに来てくれないか? お前に渡したい物もある」

「既にそちらに向っている。あと二十分程で到着する」

「分かった、待っている」

 電話を切ると、信号は赤だった。携帯電話は畳み、ポケットへとしまい込む。

 なぜ橘が始に連絡をつけようとしていたのか。渡したい物とは何か。

 まるで見当がつかなかったが、橘はこちらの話にも心当たりがある風だった。何か知っていて、その絡みで始に用があるのかもしれない。

「橘さん、何だって?」

 電話が終わったのを見計らい、虎太郎が始にちらと目線を向けて、首尾を訊ねてきた。始もちらりと虎太郎に目線を向けたが、すぐ前に向き直った。

「心当たりがあるそうだ。何か渡したいものもあるらしい」

「渡したい物……? 何だろ」

「さあな」

 虎太郎の質問に短く答えると、信号が青に変わった。始にも虎太郎にも橘の思惑を知る材料はない。程なくBOARDに到着すれば、焦らなくてもそこで橘の意図は分かる。

 剣崎が姿を消した後、橘は烏丸と共にBOARDを再建した。

 烏丸は不死の秘密を解明する夢を捨てていなかったし、橘には剣崎を人間に戻す方法を探し出すという新たな目標が出来ていた。

 今向かっている施設は、一ヶ月ほど前に完成したばかりの、新しい研究所だった。始は以前のBOARDを知らないが、前ほどは大きくないと橘が苦笑していた。

 橘は時折ハカランダへとやって来る。元々口数の多くない彼は、何をする訳でもなく、黙ってコーヒーを飲んで帰っていく。

 ここのコーヒーが気に入っただけだ、と言っていた。それも理由としては確かにあるのだろう。

 広瀬栞ももう白井家の居候をやめ、BOARDへと復職して、部屋を借り引越していた。

 睦月と山中望美は、デートでたまにハカランダへとやって来る。

 日々は、始が想像した事もない穏やかさで流れていた。ただ、いるべき人が一人だけ足りない。そんなひっかかりを中に埋めたままで。

 

***

 

 BOARDに到着した始と虎太郎は、ロビーの奥にある小さな部屋へと通された。ソファに並んで座り待つと、じきにスーツ姿の橘が現れた。

 眼鏡をかけ、戦士だった過去が連想できない程、研究者然とした雰囲気を纏っている。

「待たせて済まない」

 短く言い、橘は始と虎太郎の向かいへと腰掛けた。

「早速だが、仮面ライダーの都市伝説の出所がBOARDのライダー以外にあるのでは、という件だが。結論から言うと、俺達の他にもいる。仮面ライダー、という呼称は使っていないがな」

 橘のいやにはっきりした答えに、虎太郎は、やっぱり、と呟きを漏らして食い入るように橘を見つめ、次の言葉を待った。

「俺もつい最近知ったことだが、俺達のライダーシステムも、そのライダーが使うシステムを参考にして作られた部分がある。そしてそのシステムの所持者は、アンデッドとは違う敵と戦っていた」

「……お前はそれを、どうやって知った?」

「つい先日、政府筋から遺伝子解析の依頼が舞い込んだ。極秘という事で俺が担当しているが、それが、俺達以外のライダーが戦っていた、オルフェノクと呼ばれる存在の物だった。人間に似ているが決定的に違う。所長を問い詰めて聞き出した」

 それは、BOARDにとって断りきれない依頼だった。

 天王寺。BOARDの元理事長にして、莫大な資金力を誇り、日本の闇の帝王とまで呼ばれ、政財界に多大な影響力を持っていたその男は、野望が潰えギラファアンデッドに殺害された。しかし、生前の彼の行動が明るみに出れば、今は関係がないとはいえ、BOARDも無傷ではいられない。

 依頼者達は、BOARDがアンデッドという超常生命体の研究を行い、スマートブレインとも技術提携があった事実を知っている。それを買っての依頼だった。

 研究者上がりで政治力に長けているとは言い難い烏丸に、断る術はなかった。

「死んだ筈の人間が蘇り、人を超えた力を得る。だが人間の肉体はその大きな力に耐えきれない。やがて肉体は灰になり崩れ、命燃え尽きる時には蒼い炎が身体を燃やし尽くし、完全に灰となって消え去る。それがオルフェノクだ」

 橘の説明に、虎太郎と始は目線を合わせた。蒼い炎を上げて燃え尽きる。ネット上の書き込みと一致する表現だった。

「そして、仮面ライダーの都市伝説の元となっているのは恐らく、オルフェノクと戦っていた、スマートブレイン製のベルトの持ち主だ。これについては悪いが俺も詳しくは知らん」

「烏丸はそんなものの存在までお前に教えたのか?」

「いや。だが、天王寺の研究所から持ち出したファイルの中に、技術提携の記録が残っていたんだ」

 始の疑問への答えは明快だった。基本的な仕組みや設計思想は違うものの、両者はいずれも人外の存在と戦うためのツール。色々と黒い噂の絶えなかったスマートブレインと、負けじと後ろ暗いであろう天王寺ならば、利害さえ一致するのならば、手を組んでいたというのも有り得るかもしれない。

 恐らくスマートブレインにとってアンデッドは手に余る存在だったし、天王寺にとっては、スマートブレインの非常に高い技術力の恩恵に与れるのは悪い話ではない。

「じゃあ、今襲われてるのがそのオルフェノクって奴らだとして、奴らを襲ってる怪物は何なのさ」

「知るか。以前、不可能犯罪とかいう連続殺人で世間を騒がせたアンノウンとかいう奴らに似ていて、警視庁でも対策本部が作られるらしいが、それ以上はまだ何も分からない」

 アンノウン、という存在は、始は聞き覚えが無いものだった。やや怪訝そうに眉を寄せると、橘は懐に手を入れ、スーツの内ポケットから何かを取り出した。

 テーブルの上に置かれたのは、トランプほどの大きさの、薄いカードケースだった。

「始、お前のラウズカードだ。返しておく」

 渡したい物、とは、これのようだった。

 始は不機嫌さを隠そうとせず、眼差しを険しくして橘を睨み付けた。

「……どういうつもりだ?」

「念の為だ。何があっても、お前に二度とジョーカーの姿になって欲しくないからな。それならまだ、カリスの方が良いだろう」

「俺に何をさせたい?」

「使わないならそれでいい、それはお前がそのまま持っていろ。だが、何があるか分からん。お前は、人間の為でなくても、ハカランダを守る為でいい、何かあれば戦え」

 橘は、低い声で訥々と、始に告げた。

 あいつの代わりに戦おう。そうは考えていたものの、まさかラウズカードを返されるとは考えていなかった。始は戸惑って、無言で橘を見た。

「ギャレンバックルはもう使う事もないだろうと思って一年前のままだ。完全に壊れていて、直すにも少し時間がかかる。睦月はもう巻き込みたくない。だから、お前が天音ちゃんと遥香さんを守ってやれ。あいつもそう望む筈だから、所長とも相談して、お前に返す事にした」

「……分かった」

 低く呟くと、始はのろりと腕を伸ばして、テーブルに置かれたカードケースを手に取った。

「俺が知っている事はこれで全部だ。また新しい事が分かれば知らせる、お前たちも何か分かったら教えてくれ」

「うん、分かったよ。橘さん気を付けて」

「……白井、もう遅いかもしれんが、お前こそあまり首を突っ込みすぎるな」

「もう遅いよ。まああんまり危ない事はしないようにするから安心して」

 心配ないと言いたげに、にこりと笑った虎太郎の顔を眺めて、橘は苦笑を頬に浮かべた。

「お前が直接何か関係している訳でもない、もしかしたら何も無いかもしれないし、今すぐどうこうという事はないだろうが……警戒してくれ」

「分かっている。お前こそ何かあったら遠慮なく知らせろ。俺が戦う」

「……何? 何を言っている、始」

「お前たちに死なれたら寝覚めが悪いからな。それに、あいつにもう一度会った時に、怒られるネタを増やしたくもない」

 始がにやりと笑ってみせると、橘は困惑した顔のまま、軽く頷いた。言葉は何もなかった。

 

***

 

 それから暫くは、特に何事もなく日々が過ぎた。

 不穏な気配も、『アンデッドでも人間でもない』存在も、感じられなかった。

 決して警戒を怠っていたわけではないが、そもそもオルフェノクという存在は始とは何の繋がりもない。何も起きないのも道理かもしれなかった。

 オルフェノクの遺伝子を解析したというBOARDの方が、まだ何か起きる可能性は高いように思われた。

 何も起こらないのならば、ない方がいい。このままただ穏やかなまま、時が過ぎてゆけばいい。

 小春日和だった。冬でも咲く花を天音と始は二人で探して、クリスマスローズの鉢植えを三個、新たに増やしていた。若緑の花弁の縁が愛らしい紅色に染まった蕾が、ふっくらと膨らみを増してきた。

 花がこうして育ち、開くのを見守る。花が咲けば、天音は嬉しそうに顔を綻ばせる。綺麗だねと、花開くように明るく笑う。

 そんな風に穏やかに流れる時間をこそ、始は無くしたくないと思った。

 虎太郎は毎日、情報収集のためにあちこちを走り回っている。

 橘が話していた通り、警視庁では未確認生命体捜査本部が設置された。そして、アンノウンの目撃情報は引きも切らない。ネットでの報告も増える一方。

 何度かG5部隊も出動していたが、成果は未だあがっていないようだった。

 その日も、始はいつも通りにバイクで買い物に出て、帰り道を急いでいた。

 細い一本道の両脇は空地になっている。手入れをされる事もなく、白茶けた枯れ草が一面に野原を覆っていた。その向こうに見えるのは、黒い山とビル。

 通り慣れた道を、始は別段愛しても憎んでもいない。アンデッドにとって他者とは戦うべき存在でしかなく、同族の存在しないジョーカーは、この世で最も孤独な存在であるべきだった。あらゆるものを簡単に愛したり憎んだりできる人間というものが、正直始にはまだよく分かっていない。

 だがそれでも、見慣れた道だ。いつもと違えば、違和感にはすぐ気付く。

 道の先に、三人の男女が立っていた。三人とも黒いスーツにサングラス。バイクが距離を詰めても、避ける気配もない。

 始にはすぐに分かった。人間ではないし、アンデッドとも違う。どちらかというと、アンデッドよりは人間に近い。

 しかし、なぜここで、自分を待ち受けるように現れたのか。それは分からなかった。

 逃げても追ってくるだろう、着いてこられても面倒。ならば。スピードを落とし、三人の前にバイクを停車させた。

「顔を見せてもらえる?」

 真ん中に立った、長い髪を結い上げた女が口を開いた。バイクから降りて素直にヘルメットをとって見せると、女は満足そうに口を歪めて笑った。

「情報が当たってたわね。相川始、一緒に来て頂戴」

「断る、と言ったら」

「どうせあなた死なないんだから、多少手荒な方法を使っても黙らせて、一緒に来て貰うわ」

 云うなり、女と、両脇の男たちの顔には、何か文様のような刺青のような模様が浮かび上がる。それは、段々とはっきり形をとって、異形の姿を形作る。

 背丈は二メートルを優に超えているだろう。全身が石膏像のような灰色をしている。彫像を思わせる姿は、長い角を持った魚類、蜂、ごつごつとした蜥蜴のような爬虫類をそれぞれ連想させた。

「貴様らがオルフェノクか。俺に何の用かは知らんが、死にたくないなら失せる事だ」

「我々は人間を超えた者、人類の進化型。アンデッドだか何だか知らないけど、あまり舐めない事ね!」

 魚類の女がやや苛ついて叫んだ。三体が飛びかかろうとする頃には、既に始の手の中に用意されていたハートスートのカテゴリーエースが、ジョーカーラウザーのリーダー部分を滑っていた。

「変身」

 低い声で告げると、始の姿は瞬時にカリスへと切り替わった。右手に握られたカリスアローを逆手に構えて、カリスも駆け出す。

 負けるなどという発想は微塵も浮かばない。だが、三対一では分が悪いのは確かだった。

 一人目の拳をいなして二人目の腹を殴りつけるが、三人目に後ろから蹴りを浴びせられる。

 出来れば、一人一人を分断して対処したい。飛び退いてやや距離を取り、エネルギー弾を数発放って威嚇する。やや睨み合う体勢が生まれたが、その均衡はすぐに破れた。

「オルフェノク!」

 カリスから見てハカランダ側、空き地の丈の高い草むらからひょっこりと、一人の青年が顔を見せた。

 彼はオルフェノク達を見るや、手にしたケースを開いて、銀色のベルトのような物を取り出して腰に巻いた。

「……貴様、それは王のベルトか!」

「貴様がファイズか!?」

 灰色の異形が口々に青年に言葉を浴びせるが、青年はきりりとオルフェノクを睨みつけつつ、掌に収まるほどの大きさの黒い機械を取り出して、右のこめかみの脇に当てた。

「変身!」

『Standing By――Complete』

 こめかみに当てた端末が、声に反応したのか電子音声を発し、それがベルトにセットされると、白い光の流れが彼の体を覆った。

 一瞬の後には、青年の姿は変わっていた。体は黒いスーツに覆われ、白い線が三角を基調とした文様を全身に描き出している。

「貴様、デルタか!」

 蜂の異形が驚きを隠しきれず、震えた声で叫んだが、デルタと呼ばれた青年は答えを返さずに、一度セットした掌サイズの機械をベルトから取り外し、口元に当てた。

「ファイア」

『Burst Mode』

 何事かを告げる声が響いて、デルタはオルフェノクには返答をせず、丁度小型の銃のような形をした機械をオルフェノクへと向け、幾筋かのエネルギー弾を放った。

「ぐああぁっ!」

 デルタ側に立っていた蜥蜴の異形が銃弾を喰らい、吹き飛ばされ呻き声を上げた。

 良くは分からないが、このデルタはオルフェノクにとって敵のようだった。今が好機。カードを二枚ホルダーから取り出すと、続け様にラウズする。

『Chop Bio』

 音声がカード名を告げる。カリスアローを振るうと、プラントアンデッドの力――伸縮自在の蔦が瞬時に伸び、蜂と魚類を纏めて絡めとった。

「チェック」

『Exceed Charge』

 銃弾を浴びて満身創痍といった格好の蜥蜴を前にして、デルタは銃にコードを告げた。蜥蜴は避けようと身を捩ったが、銃から放たれた白い光に正確に捉えられていた。

 身動きの取れなくなった蜥蜴に向かってデルタが飛び、魚類と蜂を捕らえた蔦はカリスへと向かって一気に戻っていった。

 デルタの蹴りは蜥蜴に当たったと思うや、その体を摺り抜けたように見えた。蜥蜴の背中の更に向こうにデルタは降り立ち、紅の炎を上げて、蜥蜴は灰に変わって崩れ落ちた。

 蔦に捕まった二体の異形も、チョップヘッドの効果により強化されたカリスの手刀を避ける事も出来ずに喰らい、こちらは蒼い炎を上げた後に、さらさらと灰に代わり崩れ去っていった。

 カリスは変身は解かないまま、デルタと呼ばれた青年に向かい、身構えた。

「君は……いや、オルフェノクに狙われてるなら、敵じゃない」

 一人で合点して呟くと、青年は変身を解除しベルトを腰から取り外した。

『Spirit』

 それに倣い、スピリットのカードをラウズして、カリスも始の姿へと戻る。

「……お前が、都市伝説の仮面ライダーの正体か?」

「仮面……ラ……、何だいそれ……? 君はオルフェノク、ではない?」

「あんなものと一緒にするな」

 不愉快さを隠しきれず始が吐き捨てると、青年は、ごめん、と呟いて、困ったように頬を掻いた。

 何故かは分からないが、オルフェノクは何らかの情報を元に、ここで始を待っていた。名前も顔も、アンデッドである事も知っていた。

 全く身に覚えはないが、狙われている、と見るのが妥当だろう。

 ならば、オルフェノクを敵と認識し、これまで戦い続けてきたと推測されるこの三原という青年から詳しい話を聞き出すのが上策と思われた。

「助けてもらった事は礼を言う。狙われる覚えはないが、詳しい話を聞きたい」

「……こっちも、君には聞きたい事が色々ある」

 青年が頷いたのを確認して、始は携帯電話を取り出し、橘へと発信した。

「俺だ。ああ、ああ……そうだ。オルフェノクと、仮面ライダーに、会った。……問題ない。今から連れて行くから、場所を用意しろ。ああ、そうだ。……分かった、頼んだ」

 手短に話を終わらせて電話を切ると、青年はきょとんとした顔で始を眺めていた。

「邪魔の入らない場所を用意させるから、そこで話を聞きたい」

「うん、それはいいんだけど、その前に名前、聞いてもいいかな。俺は三原修二」

「……相川始だ。脚はあるのか」

「え、ああ、向こうにバイクが止めてあるよ。取ってくる」

 青年が走りだす背中を見送りつつ、始は虎太郎へと電話をかけた。店の買い物を、代わりに届けてもらわなくてはならなかった。


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