Ein Mann, der seinen Heimatort verloren(テスト版イバラシティED) 作:刹那 澪
――《響奏の世界》イバラシティ 高度3500メートル
下界の営みが眠り始める夜半頃。
闇に包まれた冷ややかな世界に、1人の少女が立っていた。
白いワンピースを着た小柄な少女は、流れる風を気にすることなく足元を見降ろしている。
「真夜中なのに、街がまるで星空のよう。
こんな栄えた世界が襲撃を受けているなんて、俄かには考えられない」
少女は苦々しいとばかりに、あどけない顔を歪めた。
「あおくん、貴方はどうしてワールドスワップに加担するの?
この街の貴方が真実を知ったなら、多くのものを失うことになるのよ……?」
右手に携えた長杖を、力強く握る。
力強い風が身体をすり抜け、癖の強い赤毛が乱れた。
「貴方のことだから、きっと考えがあるのでしょう。
運命がどう転んでも、何も知らないほうの貴方には厳しい結果になるでしょうけど」
肩につかない程度の髪を手櫛で直しながら、少女は天を見上げる。
「それとも、全ては仮初に過ぎない……?
彼は何も知らないと、自身に錯覚させているだけなのかしら」
夜空には、初夏の星々が瞬いていた。
少女は杖を水平に持ち、腰掛けたと同時に夜闇に消えていった。
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――《響奏の世界》イバラシティ タニモリ区『イバラ創藍高校』
やや熱気を帯びた風が、ノートのページをめくりながら通り過ぎていった。
ノートに映る影が揺らめき、風に攫われたものを追っていく。
ゴールデンウィークの喧騒が落ち着いた初夏のある日、
アズライトは異能総合格闘技部の部室で、備品の整理をしていた。
部屋には男子生徒が2人ほど部屋の掃除に勤しんでいる。
非常勤講師であるアズライトは部活の顧問ではないのだが、
何かと理由をつけては入り浸るので、半ば関係者のような扱いを受けていた。
「アズ先生、落とした石はコイツですかね?」
サングラスをかけた体格のよい生徒、八木千木良が青いビー玉のような石を教師の掌に落とした。
ルーペをかざして必死に床を探していたアズライトは、手の感触に安堵する。
「ありがとう八木君、無くしたらどうしようかと。
修学旅行で使わなかった合成素材なんだけど、
万が一価値のあるものだったらショックじゃない」
「え? 価値が分からないまま粉々にする予定だったんですか……?」
苦笑しながら立ち上がるアズライトに対し、宇宙人を見るような視線を送る八木。
「センセ、ちらっと見た限りだと多分天然石ですよその石。
ブルーサファイアほどの透明度はないが、独特の色ムラがある。
どっちかってーと、オパールに近い感じ?」
首をひねりながらも、彼はアズライトの隣の席に座る。
アズライトの掌で日の光を受ける石は、見る角度によって七色の光を放っていた。
「脅かさないでよ、これ僕の小物入れに入ってた石なんだ。
正直どんなものなのか忘れちゃったけど、そんなの言われたら気になるよねぇ」
「つーことはこの石、メイド・イン・ジャーマンってこと!?
アズ先生、俺に少し貸してくれたら正確な鑑定額を出しますよ?
鑑定料はスマホアプリと同じく鑑定額の3割ポッキリで……!」
テンションの上がった八木が揉み手を始めた頃、両手に荷物をもった人影がもうひとつ。
八木の座った椅子の根元を軽く蹴とばした。
「ヤ~ギィ~! なんで俺だけ力仕事してんだよ!
お前ノート書かないなら、俺と一緒に防具を運べや。
月末までに提出しないと部費出ないかも……って言うから、替わったんだろうが!!」
大きなダンボールの横から、江戸名綴が顔を出す。
彼は引っ越し屋が運ぶサイズのダンボールを上に3つ重ね、2度ほど教室と創藍の社を往復していた。
「エド君、バイト三昧で久しぶりの部活なんだから、みんなにアピるいい機会じゃない。
イケメンは笑顔、笑顔っ☆」
「やぎうぜえぇえぇぇ~~~!!」
体勢を崩しながらも綺羅星ポーズをかます八木に対し、抱えていたダンボールを持ち上げる江戸名。
流石にじゃれ合いの範疇を超えそうだと判断したアズライトは、
『ひまわり先生を呼ぼうとする』というウルトラCを使って2人を落ち着かせた。
「そういやエド君は荷物を運び慣れているようだけど、それもアルバイトの経験?
一旦休憩ということにして、休んでいた間の変わった話でも教えてよ」
「バイトでの変わった話……ああ、あるわヘンな話が」
江戸名は部室の端にダンボールを重ね、水筒代わりのペットボトルを持って八木の隣に座る。
彼は少し考え込んでから、少しずつ話しはじめた。
「俺ね、襲われたんですよ。中学生くらいの女の子に」
真面目な顔をして話を切り出した江戸名の言葉に、2人はしばらく沈黙した。
「やだエド君、いくら健康な男子高校生だからって
昼間に話していい話題じゃないでしょう? ここは学校よ!?」
「だから俺は襲われたんだって言ったよな!? 聞けよ人の話を!!
つかお前いまIBALINE開こうとしたろ? そうだな??」
江戸名がポケットからガムを取り出し、その1つを八木のスマホに向かって投げた。
八木は反対の手で、銀紙に包まれた小粒の弾を器用にキャッチする。
「襲われたとは穏やかな話じゃないね。怪我はなかったのかい?」
「まぁ攻撃されても避けたんで問題ないっすね。
ああこれ、さっきも言ったように俺がヤガミ神社でバイトしていた時の話なんすけど」
石を小物入れに入れながらアズライトが話を促した。
江戸名の実力を疑うわけではないが、イバラシティには
例え少女であろうと、戦闘力が高い住人がわんさかいることを彼は数か月で学んでいた。
「神社でアルバイト? この時期に?」
「転売屋を捕まえるっつー短期バイトっす。
ヤガミ神社ってごしゅいん……えーと、神社のスタンプみたいな奴だけど、
変わった模様のものがいくつかあるらしくて、テレビの取材が来るくらい有名みたいっス。
んで、本来なら神社に頼めば小銭程度でもらえるものを
5倍以上高くして、ネットで売り払う馬鹿が出てきたんで困ってたとか」
話に集中している江戸名の隣で、眉間に皺を寄せた八木がスマホの表面を指でなぞった。
「んで襲われた日も、異能で姿を変えて、
20枚くらいごしゅいん集めていた阿呆をとっ捕まえて神主の人に渡したりしてたんス。
確か夕方だったっけな? 帰る前にご神木のかげでジュース飲んでたら
『イバラシティの人ですか?』みたいな声をかけられて、
そうだって言ったら、いきなり光る矢を投げられたんだよね。わけがわからん」
理不尽だと言わんばかりに顔をしかめつつ、江戸名はペットボトルの中身を一口飲む。
「それはご愁傷様……無事そうだから良かったけど、それ立派な無差別襲撃だよね。
その女の子、顔見知りではなかったの?」
「俺も何度か思い出そうとしたけど、やっぱ知らない子っすね。
大体、イバラでは見たことない制服だったし。
あとハーフタレントっぽい顔? ちょっと外国人の親戚とか居そうでしたね。
パっと見地味だけど、たぶん会ったことあるなら忘れないと思いますよ」
今までスマホを操作しつつ聞き手に回っていた八木が、江戸名の前にスマホの画面を差し出した。
その画面には、小柄で赤毛、巨乳の女の子が写っていた。
「この子であってる?」
「そうこの子! どこで撮ったんだよ八木!?」
「企業秘密。ただエド君以外にも何人か襲撃された人はいるみたいよ。
無差別襲撃の線で考えた方がいいんじゃない?」
2人のやりとりを聞きながら、アズライトは腕を組んで思考を巡らせていた。
例え相手が誰であろうが、生徒が襲われたのは事実のようだ。
非常勤講師としては上に報告するのが筋であるが、
ひまわり先生に伝える前に下調べをしておいた方がいいだろうと、彼は考えた。
「エド君八木君ありがとう、僕が今日の帰りにでもちょっと神社を調べてみるよ」
「いやいやいや、危ないでしょ!」
きれいに揃った男子高校生2人の声が、放課後の部室に響く。
「アズ先生、女子中学生だと思ってナメてません?
相手は高めの声で『あなたを削除する』って言ってくるサイコすよ?」
「行くなら俺らも付いて行きますよ。物理攻撃ならエド君に任せればいいし」
「君ら、心配してくれるのは有難いけど
僕がまがりなりにも、イノカクの経験者であることを忘れているね……?」
いざとなったらゴーレムでも作って逃げると言いながら、アズライトは生徒達を落ち着かせた。
危険と分かっているからこそ、生徒を巻き込むわけにはいかないだろう。
「まぁ時間も時間だし、神主さんに少し話を聞きに行くだけだから。
あまり多数で押しかけると、あちらも余計な心配をするでしょう?
ひまわり先生に報告するために、情報を集めるだけだよ」
アズライトは笑って誤魔化しながら、机に広げていた備品をまとめる。
「さて、そうと決まればきりのいい所まで掃除を済ませてしまおう。
修理業者が防具を引き取りに来るのが明日だから、今日は残りを運ぶだけだね。
エド君か八木君のサポートがあれば、僕も社まで運べるけど」
右手にいつも持っている白杖を持ち替える。
アズライトは視野狭窄で足元が全く見えないので、
両手が塞がれた状態で階段を移動するのは非常に難しいのだ。
残りのダンボールを数え渋い顔をしている、2人の生徒の間を清々しい風が吹き抜けた。
時計の針はすでに、16時を大きく回った所であった。