Ein Mann, der seinen Heimatort verloren(テスト版イバラシティED)   作:刹那 澪

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破章 ヤガミ神社

――《響奏の世界》イバラシティ タニモリ区『ヤガミ神社』

 

イバラ創藍高校から北側へ進んだ街中に、『ヤガミ神社』はあった。

名物の大きなご神木は、街の住人や観光客などに親しまれていた。

 

急ぎ気味に歩いてきたアズライトは、参道の入り口近くで息を整えた。

強烈な西日に晒されながら、ハンカチで額の汗を拭う。

 

「もう17時超えてる……?

 随分明るいから、まだ時間に余裕があると思ってた。

 ほんの数か月ほど前は、日が沈みかけていたというのに」

 

境内には子供の話声や祖母とおぼしき女性の声がまばらに聞こえていた。

アズライトは参道を少し進み、ご神木の前で立ち止まった。

 

「そういえば、小島さんと出会ったのもこの神社か」

 

懐かしさのあまりご神木に近づき、左手で樹皮に触れる。

 

「豚の骨で魔術儀式をやろうとする、変わった人だったけど……。

 そうか、もう季節が終わるんだ。月日が経つのは早いなぁ」

 

しばらく下宿先の主人との思い出に浸っていたが、ふいに我に返る。

神主に話を聞くという本来の目的を心に止め、

神社の関係者がいるであろう社務所に向かおうと左手を引っ込めた。

 

そこでアズライトは、背後に人の気配を感じ取った。

 

「あなたは『イバラシティ側』の人ですか?」

 

鈴のように高い、少女の声。

瞬時に江戸名の話が頭で反芻され、アズライトの全身が硬直する。

彼女の言葉を吟味している余裕はないが、何か返答しようと彼は振り返った。

 

「厳密には違いますが、そう考えて頂いてかまいま――」

「……お兄ちゃんっ!?」

 

聞き慣れない言葉を聞いて、アズライトは続く言葉を飲み込んでしまった。

 

アズライトの目の前には、赤毛で小柄な少女が立っている。

八木のスマホ画像に写っていた人物と寸分違わぬ少女は、そばかす顔をほころばせた。

 

「やっと見つけた……! カスケードさんが言った通りだった!!

 狩られる前に発見して、本当に良かったよ……!」

「か、かられる……!?」

 

狩っているのはそちらではないのか、という言葉がアズライトの口から出る前に、

少女は両手を胴に巻きつけるようにして彼に抱きついた。

女子中学生の重みが全身に圧し掛かるものの、両脚に力を入れて安定させた。

 

「ずっと心配してたんだから!

 あの日から行方不明だって親戚中が言ってて、殺されたんじゃないかって……。

 お兄ちゃんは一族の中でお祖母様に似て、

 日本人離れした、病んでいるあたしを対等に扱ってくれた、

 ただ1人のひとだもの」

 

時折涙まじりの声になりながら、少女は続ける。

 

「だからお兄ちゃんが生きてるって知ったときは嬉しかった。

 あたしの出来ることは、何でもしようと思ったの。

 お兄ちゃんを勝たせるために」

 

話の内容が四方八方に飛んでいくものの、アズライトは集中して中身を聞き取ろうとしていた。

少女の言葉が途切れたのを見計らって、彼は口を開いた。

 

「……つまり、君は僕の、おそらくは親類だってこと?」

「そうだよ? おそらくってなに?」

「いや……大変申し上げにくいんだけど、僕には過去の記憶がないものだから」

 

少女は勢いよく顔を上げたあと、軽く突き飛ばすようにしてアズライトから離れた。

 

「記憶がないって、憶えていないのあたしのこと!?」

「残念ながら。ただ、うちの生徒を襲う理由は何となくわかったよ。

 勝たせる、という部分が不明ではあるけどね」

 

生徒達の命を狙うというよりは、自分の味方をしたかったのだとアズライトは解釈した。

騙されるなと叫ぶ江戸名の顔が思い浮かんだが、目の前の少女から敵意を感じないのは確かだ。

 

アズライトは後ろに倒れかかった体勢を直しつつ、表情を引き締めた。

 

「お互い、危ないことは止めてくれないだろうか。

 イバラシティの住人は異能使いが多い、下手をすると怪我じゃ済まないよ」

「うん……できるだけ闇度が低そうな学生を選んでたけど、思ったほど成果が上がらなくて。

 お兄ちゃんが見つかったし、丁度やめよっかなと考えはじめたとこ。

 あ、そうだ――」

 

風が運んできた葉っぱを軽く払いつつ、少女は襟元を直した。

 

「あたし……あたしの名前は梼原オリヴィア。ちゃんと憶え直してね」

「あ、うん。僕はアズライト・シィ。よろしく」

 

名前を聞いてオリヴィアは最初に軽く首を傾げたが、すぐさま手を差し出した。

アズライトは彼女の微細な表情に気づかないまま、左手を伸ばした。

手の甲がぶつかった感触で、アズライトは少女が右手を出していたことに気づく。

 

 

気まずそうに指を弾いたとき、ふいに彼の耳にかすかな羽音が入ってきた。

 

 

烏や小鳥などではない、もっと大きな翼が羽ばたく音。

羽音を聞き分けようとするほど、アズライトの心臓は激しく波打っていく。

気の遠くなるような感覚をおぼえるが、『ある種の懐かしさ』が彼を正気に保たせていた。

 

――忘れるわけがない、全てを奪った存在を。絶対に忘れてなるものか。

 

アズライトは頭の奥で、水晶が割れるような感覚に見舞われた。

同時にオリヴィアの手首を力いっぱい手前に引く。

 

「下にうずくまって! 早く!!」

 

見かけによらず強い力で引っ張られてオリヴィアは困惑するが、

アズライトの指示通りにその場で体を屈めた。

彼は庇うような体勢で少女の背に覆い被さる。

 

その刹那、アズライトの右目が眼鏡ごと縦に裂けた。

瞼を覆うほどの血が、頬を伝って流れる。

アズライトは想像を絶する痛みに耐えきれず、大きく吠えた。

 

「……仕損じたか……」

 

誰もいないはずの前方につむじ風が起こり、空から1人の男が着地した。

 

白と黒の翼を携え、死神のような漆黒の大鎌を握る目隠しの男。

両目を布で覆っている男は長い白髪を靡かせながら、アズライトの顎先を蹴りあげた。

 

「邪魔をしおって。何故庇いだてするのか理解できん」

 

後頭部を地面にぶつけ、アズライトの意識はさらに混濁する。

 

「あ……ルクルーゼ!? お兄ちゃん!? い、いやだ……嫌あぁあぁぁ!!」

 

オリヴィアは目隠しの男とアズライトを交互に見て錯乱していた。

アズライトを助けたいという気持ちだけが先走るが、彼女の体は身を震わせたまま動かなかった。

 

「はて、この男……どこかで会ったか……?」

 

地面に転がるアズライトへ顔を向けつつ、ルクルーゼと呼ばれた男は顎に指を添える。

仰向けの青年から感じる『ある種の懐かしさ』を彼もまた、手繰り寄せようとしていた。

 

□□

 

アズライトは、頭が割れるほどの痛みに苦しんでいた。

どうにか助かりたいと、右手にある白杖を強く握る。

到底身を起こす力は出なかったが、不思議と頭にかかる霧は晴れていった。

 

 

これだけ右目が痛むのは、何年ぶりだろう?

確かにそう遠くない昔、大切な誰かのために、自分は傷を負ったのだ。

 

 

アズライトの意識と昔の記憶が混ざり合う。

彼の脳裏には一瞬、目隠しの天使が鬼気迫る形相で、自分に向かって大鎌を振う姿が浮かんだ。

 

――ルクルーゼ? いや違う、あの天使はアルコロック。

  外見は同じでも人格が別だ。

 

沸き上がる恐怖で喉の渇きをおぼえながらも、アズライトは自身を奮い立たせた。

時間が少し巻き戻り、不気味に笑うアルコロックと対峙する場面に移る。

 

『所詮、人の情などそんなもの。

 命乞いをするためならば、恋慕など捨てる。

 自分が生き残る為に、愛する女とやらを犠牲にした気分はどうだ?』

 

――違う。

 

『戦など存在しない国で、裕福な家庭に生まれ、何不自由なく育ったはずなのにな。

 酔狂な島と関わって、両親を殺され、挙句、医者未満のくせに人を殺めるか』

 

――違う違う違う……!

 

『こんな無能のために死ぬとは。桜庭撫子も、哀れなものだ』

 

桜庭撫子、この言葉を認識した瞬間に脳裏にある記憶のピースがひとつの形になった。

追憶を遮っていた7つの封印が、アズライトの中で解き放たれていく。

 

 

第1の封印、『出生』。

自分は開業外科医の跡取りとして、日本に生まれた。

ユスハラ理研製薬株式会社の会長とは親戚筋であり、梼原オリヴィアは従妹にあたる。

 

第2の封印、『高校時代』。

自分は私立の中高一貫男子校に通いながら、国立医学部を目指していた。

高校1年時に半年ほど、行方不明だった時期があった。

 

第3の封印、『偽りの島』。

榊と名乗る男から『False Island』と呼ばれる場所への招待状を受け取った。

高校1年と3年の2回にわたり、自分は偽りの島を探索することになった。

 

第4の封印、『家族』。

厳格な外科医の父と慎ましい茶道師範の母、兄弟はいない。

高校3年のある日、自宅にて両親が大きな刃物で殺されている姿を発見した。

雇っている家政婦が気づかなかったことから、再度『False Island』へ向かうことを決めた。

 

第5の封印、『合成術』。

『False Island』では戦うことは出来なかったが、合成術による装備補強を担当した。

島を去ってもなお、能力は保持し続けて現在に至る。

 

第6の封印、『神の使い』。

自分達を抹殺しに来た神の僕で、行動を共にしていたアルコロックとルクルーゼの2人組。

治外法権である『False Island』へ向かわせるため、自分の両親を殺めた。

旅の終わりに、隙をみてアルコロックの鳩尾を短剣で貫くことに成功。

反撃として、右目に回復不能の傷と呪いを受けた。

 

第7の封印、『暁の少女』。

『False Island』で一緒に旅をしていた、戦士の魂が宿る女子高生。

重厚な風車状の武器で魔物を叩き斬る、桜庭撫子という名の勝気な女の子。

アルコロックを油断させるため、裏切る振りをして彼女の右胸を短剣で刺した。

 

 

偽りの島を一緒に駆け抜けた彼女の輝くような笑顔が、記憶の最後に浮かび上がった。

蘇った記憶の全てが、アズライトの意識へ収束されていく。

 

 

「そうだ……僕は、西宮碧。もうこの世界には居ないはずの存在……」

 

 

莫大な記憶が蘇るなか、アズライトは無意識のうちにそう呟いていた。

朦朧とした意識は一瞬現実を捉えようとしたが、また記憶のなかに埋没していった。

 

 

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