Ein Mann, der seinen Heimatort verloren(テスト版イバラシティED)   作:刹那 澪

3 / 4
急章 ヤガミ神社

青年のかすかな声は、静まった境内の空気を震わせた。

 

「お兄ちゃん……記憶、戻ったの……?」

 

オリヴィアはゆっくりと、後方で転がっているアズライトの方へ視線を向けた。

 

「西宮碧……そうだ、アルコロックを刺した男。これも運命か」

 

懐かしさの答えを見つけたルクルーゼは、大鎌を構え直した。

男が動く気配を察し、オリヴィアは屈んだままゆっくり距離を取る。

 

「だが今は娘、貴様の始末が先だ。

 あの場に偶然居合わせたことを地獄で後悔するといい」

「居合わせたって、悪いのはそっちでしょ!

 西宮のおじさんとおばさん、殺したのは、あなたたち……!!」

 

少女は恐怖で口がうまく回らないが、気力を絞って反論する。

 

「神の御信託に背き、私情の赴くまま殺戮を繰り返した『相棒』はすでに亡き者。

 『相棒』はすでに別の個体として生まれ変わっている。

 前の個体の罪で今の個体が裁かれる道理はなかろう」

 

ルクルーゼは軽く地を蹴り、大鎌の一振りがオリヴィアに届く位置まで詰め寄った。

少女は逃げようとするが、アズライトの靴先が当たる場所で止まる。

オリヴィアの体が靴先と触れたあと、アズライトの左手がぴくりと動いた。

 

「俺はこの時のために、数々の世界線を超えていたのだ。

 貴様さえ居なくなれば、アルコロックの罪は立証できなくなるのだから」

「それはつまり、僕の両親を殺したことは『裁かれるべき罪』なんだね?」

 

大きく振りかぶったルクルーゼが、そのまま動きを止める。

アズライトは右目の傷口から細かいガラス片を払ったあとに身を起こした。

 

「僕はずっと、僕やナコちゃん達の家族が殺されたのは、神とやらの命令かと思っていた。

 あなたたちは所詮、使い走りに過ぎないのかと」

 

右目から顎にかけて流れた血液を左手で乱暴に拭う。

そして自身の血が纏わりつく左手を固く握り、左目でルクルーゼを見据えた。

 

 

「必要もないのに人の家族を奪っておきながら、今度はオリヴィアまで殺すのかい?」

 

 

左手についたガラス片が皮膚に食い込み、新たに血が滲んでいる。

温厚な青年には似つかわしくない低い声を聞き、ルクルーゼは無意識のうちに後方へと下がった。

 

「今度は俺を欺くために娘を刺すか? 代わりに殺してくれるなら願ったりだ」

 

気迫に押されてしまった自身を鼓舞するように、ルクルーゼが軽口を放つ。

アズライトは静かに左目の瞼を閉じた。

 

間接的とはいえ、自分のために殺されてしまった両親。

そして恐らくは、現場を目撃してしまったオリヴィア。

家族をこれ以上犠牲にするつもりはない。

 

それならば、考えなければならない。

今持っているだけの力で、ルクルーゼに対抗するための手段を。

 

「残念ながら、一度失敗した手をもう一度使うほどの勇気はないね。あなた達とは違うから」

 

アズライトの声色は、落ちついたものだった。

 

偽りの島と現在の自分、2つの差は何だろう。

島での戦闘は、彼女の戦う背中を見てるだけ。ルクルーゼ達の認識もそこで止まっているはずだ。

 

今の自分には、合成術だけで戦うノウハウがある。

それはイバラシティで出会った人達によって培われたもの。

あとは戦う材料と、戦闘イメージを構築すればいいだけだ。

 

「俺達とは違う、か。無力な貴様に何が出来る?」

 

ルクルーゼの口角が吊り上る。

アズライトはその様子に気づかなかったが、気持ちに余裕があることは声の調子で察した。

 

何か使えるものがないかと、手探りで上着の内ポケットをさがす。

指先に小物入れの蓋が当たり、イノカクの部室で無くしかけた石のことを思い出した。

 

八木が天然石だと言っていた石は、かつて偽りの島で手に入れたものだ。

彼女とかつての仲間達が『人形』を倒した、勝利の成果であった。

まだ西宮碧であった頃の過去が、目隠しの天使との戦闘イメージを作り上げていく。

 

「確かな勝利。僕があなた達の負けパターンを知っている限り、揺らぎはない」

 

閉じた瞼を開き、左手で石を握り右手には白杖を持つ。

石を握ったまま拳で地面を突き、拳を開いて石を地面に押し付けた。

 

「両親を殺めた『相棒』の罪、その対価をあなたにも支払ってもらおう!」

 

左手に意識を集中し、手の内にある素材の全てを情報として読み解く。

地面からは分解に伴って土煙が起こり、天使の視界を一瞬遮った。

 

 

「『露草宝石』と『ヤガミ神社の土』を強制合成して

 『荒神の造られしもの』を合成する!!

 

 

石の分解物と土煙が混ざり合い、人型を形成する。

精悍な顔立ちをした、大柄で筋肉質な若者の姿。

逆毛の若者が持つ鍛え抜かれた拳を見て、ルクルーゼははじめて明確に動揺して見せた。

 

「久しぶりに、己を倒した男の姿を見る気分はどう?」

 

アズライトの脳裏に、ありし日の仲間の姿が蘇った。

自分が羨望していた力を持ち、彼女の隣で戦い、彼女の運命を救った人物。

心が掻き乱されるが、唇の端を噛んでやり過ごす。

 

「いい趣味をしているな……相も変わらず、性根の悪い男だ……!」

 

ルクルーゼが『荒神の造られしもの』に斬りかかった。

人形は精密さに欠く一撃を軽やかにかわし、そのまま前進して天使の鳩尾に膝蹴りを入れた。

後方に蹴られた天使は、鳥居付近まで下がって体勢を立て直す。

 

「この威力……、能力は確かにあの男を反映しているようだな」

 

口内に溜まった液体を吐き出し、ルクルーゼは立ち上がった。

天高く掲げた大鎌が光を放ち、四散したあと輝く7つの目玉に変化する。

 

「今度こそ、神の力というものを見せてやろう」

 

天使の肉体にも7つの輝く紋が浮かび上がった。

この変化はアズライトが見たことのないものだったが、

天使が纏う力は聖なるものであると、本能で察知した。

 

「――『剛拳』『忍術』『叫喚地獄』『如法暗夜』『鏡花水月』――。

 『荒神の造られしもの』にこれらの能力を授ける」

 

『荒神の造られしもの』のはるか後方にいるアズライトから、意識を通して命令が伝わる。

屈強な人形は、前を見据えたまま頷いた。

 

……ナイトフォッグ……電光石火……!」  

 

闇色の闘志を纏った『荒神の造られしもの』は、片手を水平に上げた。

腕を伝わって闇の気流が拡散してゆき、境内の一帯を漆黒の霧で満たしてゆく。

 

ある程度霧が拡散してから、胸の位置で拳を合わせ一瞬だけ火花を発生させた。

ビリっという音を立てて、『荒神の造られしもの』に小さな電流が流れていく。

 

「偽りの島そのままの能力を再現できるのか、なかなか良くできた人形だ」

 

漆黒の霧を発光する目玉で照らしながら、ルクルーゼが呟いた。

 

「あの島を真面目に探索していないあなたには分からないだろうが、

 素材さえ良ければ『合成術』はオリジナルを超える。憶えておくことだ」

 

霧の中で反響するように、アズライトの声が聞こえる。

ルクルーゼはやや鼻白みつつ再び前方に意識を投じるが、すでに人形の姿は見当たらなかった。

『荒神の造られしもの』の気配は拳とともに、天使の脇腹を捉えていた。

 

「ぐっ、速いっ!?」

……ドレッドノート!

 

逆毛の人形は左ストレートを1発お見舞いしたあと、一旦距離を取る。

 

ルクルーゼはよろけて崩れかけた体勢を立て直そうとしたが、

両脚で地をふみしめた途端に、脇腹にあった光の紋が黒い痣に変化した。

痣と同時に発した激しい痛みがルクルーゼを襲い、天使は呻くような声をあげた。

 

脇腹の痛みに耐えつつ、ルクルーゼは右手を高く掲げる。

7つの目玉が天使の頭上に円を描くように集まり、人形に向かってそれぞれ光線を放った。

『荒神の造られしもの』は不規則な動きをする光線をすべて回避し、

自身の表面に薄い鏡のような幕を形成した。

 

「人形にしては動きが複雑だ……そうか、あいつが操っているのか」

 

脇腹を手で押さえつつ、気配を見逃さないように集中する。

 

……マーク……!

 

『荒神の造られしもの』は拳に闇の闘気を纏わせ、地面を突いた。

その場で土煙が起こり、漆黒の霧と合わさって微粒子がルクルーゼに襲いかかった。

 

微粒子を飲み込んでしまった天使の体、そこにある全ての光紋が闇の痣に変化していく。

ルクルーゼは胸の苦しさのあまり咳き込んだ。

 

「調子に……乗るな!!」

 

再び目玉から鋭い光線が放たれた。

しかし『荒神の造られしもの』は避ける様子を見せず、一直線に近づいて行く。

光線は鏡の幕で反射し、いくつかはルクルーゼの元へ返っていった。

不意打ちで足元を撃たれ、天使は膝をつく。

 

「ぐっ……偽りの島の頃より戦術レベルが成長しているか」

「僕の戦術が勝っているのではなく、彼らに戦術が皆無だっただけだよ」

「抜かせっ……! いいだろう、俺を本気にさせたツケは高くつくぞ」

 

アズライトはこの漆黒の霧でも、状況を的確に把握している。

傀儡と戦うよりも本体を叩くのが正しいと分かってはいるが、

本体を攻撃しようとすれば、必ず人形は主を守るだろう。

どちらにしても、人形から倒す結論は変わらない。

 

ルクルーゼは空から目玉達を呼び寄せて、元の大鎌に戻す。

そして気配のする方向へ、大鎌の刃を斜めに一閃した。

 

「鏡が光線を跳ね返すというのなら、薄い幕ごと斬ってくれる!」

……鏡面世界!

 

大鎌は『荒神の造られしもの』を斬ることに成功したが、

両断したかのように思えた一瞬に、人形は2つに分裂していた。

1体は胸の傷を庇うようにして前のめりに倒れてゆき、

もう1体は腕を守るようにして後ろに下がっていった。

 

「分身か……曲芸レベルなのは昔と同じだな。人と神の違いを思い知れ!」

 

ルクルーゼは後方へ下がった人形を狙い、光のオーラに身を包んで加速する。

天使の羽ばたきで『荒神の造られしもの』の目の前まで進み、

人形が反応する前に、心臓めがけて大鎌の刃を深々と差し込んだ。

 

「次は貴様の番だ、アルコロックの仇めが!!」

「また繰り返すつもりかい? あの時と同じ過ちを――」

 

黒い霧のなかに響く、アズライトの静かな声。

ルクルーゼが言葉の意味へ辿り着く前に、状況は動いていた。

 

……ジャガーノート!

 

ルクルーゼの背後に現れた殺気は、急所に向かってありったけの拳を叩き込んだ。

最初に倒れた方の『荒神の造られしもの』は、急所だけではなく黒い痣も両拳で捉えていく。

百裂拳にも見える拳撃に打たれ、天使はその場に倒れた。

 

「……同じ過ち……、俺が……?」

 

闇の一撃に精神まで吸い取られたかのようなか細い声で、ルクルーゼが呟く。

 

「あの島で俺は、転生体である小娘の魂を狩るために戦って……、

 神の子羊と子飼いの男に干渉され……その後は……?」

 

擦れゆく記憶を呼び起こそうと、ルクルーゼは意識を集中させた。

天使の自我は真実を求め、記憶痕跡回路を遡ってゆく。

 

 

そうだ、あの時も背後の奇襲で負けたのだ。

小娘だけ渡せば良いのに、暇を持て余した神々が

よりにもよって異世界の神まで巻き込んで、小娘を守ろうとした戦い。

おかげで『干渉者』と戦う羽目になった、割に合わない仕事だった。

 

所属世界に住む民の運命に関わり、

運命を変える力を持った異世界の住人は、『干渉者』と呼ばれていた。

『干渉者』は異世界の住人であるため、神性を持つ者はその力を十分に発揮できない。

 

当時の苦い気持ちを思い出して、天使は眉間に皺を寄せる。

次に意識に想起されたのは、西宮家を襲撃した当日のことだった。

 

俺と別行動をすると言い出したのは、アルコロックだ。

相棒は子飼いにしていた、カスケードとかいう手癖の悪いソウルイーターと共に、

怪しい場所を調べに行くと言っていた。

ここは敵対する女神の勢力下だから派手なことはするな、と制止する俺に、

奴は口角を吊り上げてこう言った。

 

「この世界の安寧の為にも、『救世主』と思しき器は削除しておいた方がいいだろう。

 なに、迷惑ついでのサービスというやつだ」

 

異世界に顕現する『救世主』の話は、噂程度に聞いたことがあった。

不完全な世界の穢れを払い『正しく』創り変える、完全なる神性。

恐らく現在はこの世界で眠っているようだと、神からお告げがあったばかりだ。

 

違和感があった。

無から有を創り出す、という能力は数多ある力のなかでも特殊なものだ。

例え組成を組み替えるだけだとしても、神が作った設計図を乱すことにかわりはない。

そんな不遜な能力、たかが民草に扱えるはずが――。

 

 

自分が相対した力の本質に気が付いたとき、ルクルーゼの意識は現実に立ち戻った。

大鎌を握る手には、じっとりと汗をかいていた。

 

「無力な少年? 馬鹿を言うな、相棒よ」

 

複数の足音が近づいて来るのを聞きながら、ルクルーゼは続ける。

 

「我らはどうやら、とんでもない思い違いをしていたようだぞ」

 

『救世主』と考えるには規模が小さいけれど、『創造』を本質とする能力。

相棒がアズライトにしでかした事を思い出すと、身震いせずにはいられない。

 

ルクルーゼが起き上がろうとした所で、境内の中央につむじ風が起こった。

 

「また負けたんですか、ルクルーゼ。

 余所の領域(シマ)を荒らすのは、いい加減止めたらいいのに」

 

『荒神の造られしもの』の傍に寄ったアズライトと、彼を介抱しようとするオリヴィア。

その前に降ってきたのは、杖を持った白いワンピースの少女だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。