Ein Mann, der seinen Heimatort verloren(テスト版イバラシティED) 作:刹那 澪
天使は膝立ちのまま、くせの強い赤毛の少女を睨みつけた。
当の本人は気にすることもなく、3歩ほどルクルーゼに近づいていた。
「エルーニャ、お前には関係のない話だ。
そっちこそ身内が関係していないのならば、出る幕ではあるまい」
「残念ながら私にも、役目というものがあるの。
折角開けてあげた片眼をまた閉じてしまうほど、落ちこぼれた僕とは違ってね」
あどけない顔で微笑を浮かべたまま、エルーニャと呼ばれた少女は言い放つ。
2人のやりとりを聞きながら、アズライトのすぐ後ろに近づいたオリヴィアが彼の袖を引っ張った。
「お兄ちゃん……あの人は、なに?」
「ああ確かナコちゃん、えーと、以前一緒に行動したことある人の知り合いだよ。
いろいろすごい力を持っていてね、ルクルーゼとも因縁があるみたい」
ルクルーゼという単語を聞いて、少女は体をぶるりと震わせた。
エルーニャは声がする方向、アズライトの方に視線を移した。
「記憶が戻ったのね、あおくん。
自分自身にかけた魔法を解く鍵がアルコロックから負った傷であり、
相棒のルクルーゼが同じ場所を斬ることで記憶が蘇るなんて、皮肉なこと。
これも呪いの反作用かしら」
「自分、自身……?」
話の一部を飲み込めないまま、アズライトは首を傾げた。
白いワンピースの少女は見張ると言わんばかりの雰囲気で、ルクルーゼを見据える。
「引きなさい、ルクルーゼ。
薄々あなたも勘づいているのでしょう? 彼は『干渉者』ですよ。
我々神性を持つものが、最も苦手とする相手。戦うだけ無駄です」
込み上げるものを我慢しながらなんとか立ち上がったルクルーゼは、
『干渉者』という言葉を聞いて、勢いよく顔を上げた。
右目から血を流すアズライトと、側で身を寄せるオリヴィアに関心を向ける。
「そうか……あいつはもう、異世界の住人だったのか。
ならばここに用はない、3度も『干渉者』と争うなぞ御免蒙る」
そう言ってルクルーゼは白と黒の翼を広げ、宙に浮いた。
「もう2度と、オリヴィアを狙わないのか?」
「新しい相棒のためだったが、流石に『干渉者』と戦うほどの義理はない」
アズライトの問いに、天使は素っ気なく答える。
「なるほど。自分が犯した罪の裁きを受ける覚悟は、出来たようね」
したり顔で見送るエルーニャに口を曲げながら、さらに高度を上げた。
「同業のよしみで忠告しておく。
昔の仲間に肩入れしているようだが、あいつの力は『救世主』へと繋がっているぞ。
あいつだけじゃない、下手をしたら小娘のほうも……」
「知ってますよ全部。だから、この世界をずっと観察していたの」
ルクルーゼが話している途中で、エルーニャは言葉を被せた。
頷いた天使は全身に光の微粒子を纏わせ、夕日が沈む空の彼方へ消えていった。
□□
天使を見送った3人の視界に、薄く夜の帳が天にかかっているのが見えた。
同時にアズライトは自分が怪我をしていることを思い出し、眩暈で体がぐらついた。
「お兄ちゃん!? しっかりして!?」
「大丈夫……とりあえず、敵はいなくなったようだから『造られしもの』を片づけるよ」
オリヴィアに体を支えてもらいつつ、『荒神の造られしもの』へ左手をかざす。
アズライトの手が人形に触れると、すぐさま微粒子まで分解されて空気の波に溶けていった。
無へ還ってゆく人形を見て、オリヴィアは目を丸くする。
「私が治療しましょう、あおくんの体を移動させてください」
ご神木の根元にアズライトを連れて行き、幹を背にして座らせる。
エルーニャは彼の右目に己の右手をかざし、傷を淡い光で包み込んだ。
「早く傷を治さなくては。この世界線はあと数日もせず消えてしまうのですから」
逸る気持ちで治療をするエルーニャの話を聞いて、付き添いの少女は驚いた。
「世界線が……消える?」
「私はこの世界の住人ではないので専門外ですが、
1つの大きな世界に、重なるようにして世界線が並行している。
そういう構造の世界があります。
IFの世界、と申し上げればいいでしょうか」
「並行する世界線……」
一抹の風が少女達の間を通り抜けた。
神妙な表情をするオリヴィアをよそに、エルーニャは続ける。
「イバラシティにもどうやらIFの世界線があり、それが今、崩壊を始めたところです」
「何故、わかるの?」
「これでも神の端くれですから。
だから貴女も、早くご主人様の元へ帰った方がいいですよ」
今まで茫然と話を聞いていたアズライトは、ゆっくり左目を瞬きさせた。
ご主人様とは、一体どういうことだろう。
「……知ってるの? あたし達のこと」
「別に特定する気はありませんが、おおよそは。
貴女のご主人様は世界線を移動できるようですから、迎えに来てくれるかもしれませんね」
オリヴィアは天を仰いだ。
上を向いたまま少し考え、その後アズライトの隣に移動して膝をつく。
「カスケードさんが来るまでは、お兄ちゃんの傍にいる。
なんにもできることはないけど」
「そうですか。私は治療を終えてから、あおくんを別の世界線に送り届けるつもりです」
治癒の光に照らされた傷痕は少しづつ閉じてゆく。
痛みが引いていく感覚に、アズライトは久しぶりの安らぎを感じていた。
「私の力が至らないので、傷は治せても呪いまでは無理でしょう。本当にごめんなさい」
「謝らないでください、治療してくれるだけで十分ですよ。
そもそもエルーニャさんは、ナコちゃんの関係者であって僕とは他人じゃないですか」
「ええ……その通りですね」
エルニャは右目から治療の光を一旦離す。
アズライトの顔は傷が治ったどころか、血の跡までもなくなっていた。
表情を曇らせたエルーニャが、アズライトの左目を見てぽつりと呟く。
「だからね、あおくん。私は貴方を『彼女』ほど信用できないんですよ」
すぐさまエルーニャはアズライトの額を右手で押さえ、詠唱をはじめた。
額に小さな魔法陣が浮かびあがり、頭が締め付けられていく。
「我は過去の縁を手繰る母の御子、片羽にして劫火のエルーニャ。
かの者の痕跡を辿り、追懐の封印を復元せん。
出生、家族、高校時代、暁の少女。
『干渉者』は従順なる子羊に、再び相まみえることはないだろう――」
魔力が注がれるまま、少しづつ意識が遠くなっていく。
アズライトは何が起こったのか理解できず、顔を強張らせていた。
「……あおくんには、もう少しイバラシティを欺いてもらわないと困るの。
異世界に居るはずの貴方が、イバラシティへ来訪した理由。
それが判明するまでは、例えこの世界が壊されようと、引かせる訳にはいかない」
アズライトの額から魔法陣が消える。
体勢が崩れないようにエルーニャはそっと額から右手を離した。
「だって記憶が戻ったら、
あおくんはイバラシティを去って、親戚を頼りに行くでしょう?
私は別世界を守護する女神として、貴方の行く末が知りたいのよ」
アズライトの返事はない。
近くにいたオリヴィアは、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、少し眠っているだけですから。
おやすみなさい、あおくん。次の世界線でも見守っていますよ――」
瞳を開けたまま意識を失っている、アズライトの瞼をエルーニャが閉じた。
日は完全に暮れて、神社から仰ぐ夜空には星々が瞬いていた。
To be continued......