まさら「加えて、結翔が私とこころのヒーローになったわ。序に、結翔の傷を抉ったりした」
結翔「言うことに人の心が全く感じられないのは気の所為なのか?」
まさら「気の所為よ。貴方、私の事を馬鹿にしてるの?」
こころ「幼稚な喧嘩が起こりそうですが、気にしないで九話をどうぞ!」
結翔「幼稚じゃない!」
まさら「幼稚じゃないわ!」
──結翔──
同居が始まり、区切りよく今日で二ヶ月。
ルーティーンとまではいかないが慣れてきた生活。
まさらにこころちゃんも、実家に居た時のような落ち着いた暮らしができているらしい。
……まぁ、一番良かったことは、まさらの夜這いがなくなった事だ。
理性が持つか持たないかの瀬戸際の時もあったから、大分助かる。
でも、結局の所、まさらの積極性が消えた訳では無く、急に頼み事や質問をしてくる。
今、まさにそれが起こったところだ。
「…俺の職場が見たい?」
「そう。一度、見ておきたかったのよ。構わないでしょう?」
「………………」
曇りなき眼が、俺を見つめる。
いや、見つめるだけに留まらず見定めようてしているのだ。
末恐ろしい奴だ、俺が隠している事を触れていい範囲で根こそぎ持ってこうとしてる。
…職場──もとい事務所に連れて行くのは不味い。
何せ、あそこには魔女や魔法少女の因果関係を纏めた書類だったり、世界の裏側に通じる機密書がわんさかある。
目敏いまさらの事だ、何か見つける可能性がある。
魔法少女の真実を、今知られるのは不味い…非常に不味い。
どうせ耐えられるまさらは良いとして、こころちゃんにとっては惨い話になるだけだ。
それに、それを知られたら俺の過去も話さなければならない。
関係が未だに不安定な状態で話すべきではない事。
深くため息を吐いたあと、確認するように聞き返した。
「本当に見たいんだな?」
「勿論。見たくなかったら言わないわ」
「…あの、実は私も……」
「行くのはいいけど。あんまり資料とかに触ったりしないでね?」
「貴方の上司に、もし許可が貰えれば良いかしら?」
「その場合は良いよ」
まるで、俺の言葉を先読みしていたかのように、まさらがするりと強引な方法を口にした。
鼻にかけない天才肌は、嫌いになれそうでなれない。
彼女は特にそうだ。
「そう言えば……ももこさんは、結翔さんの職場に行ったことがあるんですか?」
「ももこだけじゃなくて、やちよさんも行ったことはあるよ。…あの二人はなんて言うか、保護者としてって感じだったけど」
「やちよ…この前来ていた」
「そっ。西側のトップでありまとめ役みたいな人。実力は言うまでもなく最強クラスだよ。まさらでも勝てない」
やちよさんに対する正直な言葉を口にすると、まさらが少しだけ顔を顰める。
怒っているのか、はたまた少し不快になっただけなのか?
表情の機微は段々と分かるようになってきたが、内にある感情は見通せない。
「実力順に並べるなら──俺≧やちよさん>鶴乃=まさら≧ももこ>こころちゃん。って感じかな」
「…随分な評価ね。貴方が一番上なんて」
「で、でも、実際その通りなんじゃないかな?」
「理解してると思うけど、俺は魔法少女の前に超人だ。超人としての異能力や別の力が有る限り、同じ土俵に立ったら俺の方が強いのは当たり前だ」
超人、それは人を超越する力を持った人。
異能力を使う者や、魔術を行使する者。
他にも、血筋の関係で異能力ではない不思議な別の力を持っている者も居る。
その全てを一緒くたに纏めて超人と呼ばれている。
少し前に、まさらにこの説明をしたら、「魔法少女も定義的には超人じゃないのか?」と聞かれた。
鋭い指摘に目を見開いて驚こうとしたが、以前咲良さんに魔法少女は別のベクトルの存在と言われていたのを思い出して、一人何とも言えない気持ちになった。
「取り敢えず、話はこれくらいにするか。今から行くぞー!」
「えぇ!? い、今から行って大丈夫なんですか? もう八時過ぎですけど?!」
時刻は八時半手前。
どうせ、今の時間なら咲良さんは残業中だ。
悲しいかな、最近は魔女が多くなった所為で、色々と作業に追われている。
…入る前から聞いてはいたが、世界の裏側に在るだけあってブラックな組織だ──本当に。
──まさら──
結翔の職場はパッと見たら、二階建てのどこにでもある事務所だ。
カモフラージュなのか、なんなのか?
分からないが、悪目立ちはしないだろう。
紛れ過ぎていて、探すのは面倒だろうけど。
玄関のドアをくぐると、大きな下駄箱が一つ付けられている。
見たところ、下駄箱に靴はなく、脱ぎ捨てられた革靴が段差付近にそのまま置かれている。
それを見た結翔は、何事も無かったかのように靴を揃えて中に入っていく。
不思議な事に、中にも異常な点は見当たらない。
玄関を上がって数歩進むと右手に二階へ上がる階段、更に数歩進むと左手にドアがあり、その先が書類作業や事務処理を行う仕事場。
中には既に人がおり、死んだ魚のような目をしてパソコンと睨めっこをしていた。
デスクの周りには、エナジードリンクの空き缶や、栄養ドリンクの空き瓶が所狭しと並べられている。
当人に捨てる余裕もないのだろう、腰まである栗色の長い髪は少しボサついていて、濡れ羽色の瞳も酷く充血していた。
顔立ちは悪くない筈なのに、他の要素が全てを殺している。
女性的振る舞いにどうこう言う人間ではないが、彼女は休暇を取るべきだと一瞬で判断した。
「咲良さん? 大丈夫ですか?」
「…あっ。結翔君。……それに、まさらちゃんにこころちゃん?」
私たちがここに居ることに気付いて、少し顔付きが変わった。
何かを警戒するような、そういう感じがする。
「職場見学がしたいって聞かなくて。…良いですかね?」
「良いよ〜。その変わり、結翔君には私の仕事を手伝ってもらいます。二人の見学が終わるまで……ね」
「含みのある言い方ですね。萌坂咲良さん」
「は、初めまして…!」
温度差…と言うより、態度差のある言葉だが、咲良さんは気にした様子もなく、パソコンに向き直る。
「二階にある訓練室だったら、二人だけで入っても大丈夫だよ。あと、この部屋にある書類は触っちゃダメ。危ないヤツもあるからね。…分かった?」
「分かったわ」
「はいっ!」
注意事項は聞いた。
少し見て回るのも、悪くない筈だ。
そう思った私は、こころを連れて二階に移動する。
二階への階段を上がると、丁度最上段を上がりきって一メートルの所にドアが設置されている。
しかも、ただのドアではない、分厚い金属製の物だ。
金属自体も、鉄や銅ではないのが一目で分かる。
紫色の鉄や銅なんて見た事がない。
興味を引かれるが、中を見るのが先だ。
分厚いドアを難なく開けて、中を見渡す。
……驚いた。
床、天井、地面、壁、全て白で統一されている。
天井までは高さ十五メートル、広さも一階より何故が広い。
所々に弾痕や切り傷、溶けたような形跡が見られるが、この際諸々の事は気にしないでおこう。
彼の事で、疑問を挙げていったらキリがない。
しばらく見渡していると、一つの機械を見つけた。
真っ白な部屋だからこそ良く目立つ、近未来的な機械だ。
後ろに付いて歩くこころをチラチラと確認しながら、機械の前に進み説明書らしきものを読む。
「まさら? これ、なんなのかな?」
「シュミレーションをする装置みたいね。仮想の敵を作って、それと戦えるみたい。仮想の敵と言っても、攻撃が当たったら怪我をするし、攻撃を当てたら、現実の敵と同じく感触もするらしいわ。……便利な機械ね」
説明書の内容は全部英語で書かれているが、内容は読解するくらいなんて事ない。
こころの方に説明書を手渡し、体験がてらに入っている敵の情報から適当なのを見繕う。
…泡の魔女か。
ちょっとした因縁のある相手だが、丁度いい。
結翔との組手や魔女退治のお陰で、実力は向上している筈。
前より強くなったかを確認出来る絶好の相手だ。
「こころ。この緑色のボタンを押すと、エネミーを生成してシュミレーションを開始。赤色のボタンでエネミーの生成とシュミレーションを中止出来るわ。他の設定は済ませてあるから、合図を出したらシュミレーションを開始してちょうだい。……もし、貴方が危険だと判断したらすぐに中止していいわ」
「えっ!? ま、まさら、これ……全部読んだの?」
「ざっくりと読んだだけよ」
そう言って、私は部屋の中央に行く。
着いたら、魔法少女の姿に変身して、こころに合図を送った。
ただ手を振るだけ。
それだけでも立派な合図だ。
彼女もそれを分かっているのか、頷いてシュミレーションをスタートさせた。
徐々に構築されていく魔女を見ながら、落ち着いて武器を構える。
相手の行動パターンは把握しているのだ。
なら、それを加味して作戦を立てればいいだけ。
勝負の結果は──分かりきったものだった。
──結翔──
見学に行ってから三十分が過ぎだ頃。
二人が帰って来た。
何故かこころちゃんはビクビクしており、まさらはこころちゃんの背後に隠れている。
いや、状況的にこころちゃんが隠しているのか……
苦笑いが漏れた。
そんな事しても、隠せるわけがない。
千里眼を使えば、どんな角度からでもものを見る事が出来るのだから。
「こころちゃん。分かってるから退いて。怪我治せない」
「すいませんっ!! 私がしっかり止めてれば……」
「まさらが悪いのは分かってるから。謝んなくていいよ」
影に隠されていたまさらは、俺の前に出て来る。
かすり傷程度だが、複数箇所に怪我が見られた。
……シュミレーションの装置を弄ったな。
簡単には扱えないように、英語の説明書を使ってたのに。
「シュミレーションは楽しかったか?」
「暇潰しにはなった」
「そりゃ良かったよ」
傷口をぐりぐりと弄ってやりたいが堪えて、生と死の魔眼で癒す。
思ったより傷口は浅かったのか、数秒も経たずに傷は塞がり元の健康的な体に戻っていく。
複数箇所あると頭が痛くなるからやりたくないが、深くなかったのは僥倖として諦めよう。
「……咲良さん。悪いんですけど──」
「帰っても大丈夫だよ。私もそろそろ仕事終わるし」
言葉を言い切る前に、咲良さんが微笑みながらそう言った。
上司がそう言っているのだから、部下は帰る以外の選択肢がない。
バツの悪そうな顔をするこころちゃんと、呆気らかんとした表情のまさらを連れて外に出る。
夜は九時を回っており、外にはもうあまり人が居ない。
街灯を頼りに、家への道を進んで行く。
だが、不意に背後からの視線を感じた。
敵意がある訳じゃない。
…少し前のまさらと同じ、興味の視線。
じっくりと観察するかのような視線は、気味の悪さを感じてしまう。
(面倒事に巻き込むのも悪いしなぁ……帰らせるか)
「…ごめん。悪いけど先帰ってて」
「忘れ物かなにかですか?」
「…そんなとこかな。すぐ追い付くからさ」
貼り慣れた作り笑顔を見せて、帰りを促す。
二人とも、渋々と言った様子で帰ろうとするが、まさらだけが引き返して戻ってくる。
「こころ…悪いけど、先に帰っていてちょうだい。私も、用事が出来たわ」
「そう? …分かった。先に着いちゃったら、暖かい飲み物でも入れて待ってます」
寂しげな様子で言葉を残すと、こころちゃんは去っていく。
無言の圧力でまさらを見つめるが、帰ろうとする様子はない。
…今日何度目かのため息を吐き、どこかに居るであろう誰かに問い掛ける。
「誰か居るんだろ? 何の用だ?」
「…怒らせてしまったかしら? だったらごめんなさい。少し見ていたかっただけなのよ」
真っ黒いゴスロリドレスに身を包んだ少女が、背後にあった電柱の上から降ってくる。
……ツッコミをするのも億劫だ。
服とは正反対に純白の髪と、ルビーの瞳。
陶磁の透き通る白い肌は、何かの病気にかかってるかのようだ。
「誰だ?」
「初めましてね。私はラプラス。ラプラスの悪魔、と言ったら分かるかしら?」
「ラプラスの悪魔──もといラプラス・デモン。主に近世・近代の物理学分野で、因果律に基づいて未来の決定性を論じる時に仮想された超越的存在の概念。ある時点において作用している全ての力学的・物理的な状態を完全に把握・解析する能力を持つがゆえに、未来を含む宇宙の全運動までも確定的に知りえる、超人間的知性の事」
「正解。お嬢さんは博識だね」
「…別に、暇潰しに調べていた時に見つけて覚えただけ。……でも、貴方がラプラスの悪魔なら可笑しい事がある。貴方は、存在を否定された筈。何故、存在出来ているの?」
俺の目の前で繰り広げられる会話。
関係的には俺の方が深くある筈なのに、まさらが会話の流れを掴もうとしている。
コイツ、もしかしてその為に……
「博識なだけでなく、聡いね。存在出来ている理由だったか……そんなの簡単さ、私を創ったのは『神』だ。例え人間に存在を否定されても、私の存在を完璧に消すことは出来ない。消せるのは神だけ。まぁ、この世界で存在を否定されると、活動はし辛くなるけどね」
カラカラと笑うラプラスの悪魔。
見た目は厨二病拗らせちゃった痛い子なのに、存在的には神の創造物の一つ『悪魔』だ。
「……で。ラプラスは何の用があってここに来たんだ?」
「君も薄々気付いているだろ? 契約だよ。遅くなって悪かったけど、契約を結びに来たんだ。私は君の契約悪魔だからね。私と契約すれば、連鎖的に全ての魔眼の契約が完了する。……因みに、私の魔眼は未来視だ。何時も使ってくれているのは知ってるよ。よ〜くね…」
ペロリと唇を舐める動作は扇情的だが、それ以上に濃厚な魔力を感じる。
魔女や魔法少女、魔術師とも根本的に違う。
彼女が悪魔だと、疑う事は無い。
だが……契約はしない。
「契約はしない。悪魔に魂を売るつもりは無い」
「酷いなぁ。私の魂と半分交換するだけだろう? しかも、信頼の為に」
「フェーズ2にシフトが上がれば、暴走の危険性もある。悪いけど、それぐらいは知ってるよ」
ヘラヘラと笑って、ラプラスに言い放つと、彼女は心底残念そうに呟いた。
「残念だ。…じゃあ、全知である私が予言をしよう。……そうだな、君は私と絶対に契約する。その時の君は、相対する敵に果てしない憎悪と殺意を向けている事だろう。最終的に、藍川結翔──君は大切なものを自分の手で殺す──いや壊す事になる。私の予言は絶対だ」
強い語気でそう言うと、ラプラスは霞のように消えていく。
気が付けば、そこには誰も居なかった。
隣に居るまさらが、刺すように俺を見ている。
帰ってからの質問地獄に辟易しながら、二人で暗い夜道を歩いた。
その日からまた夜這いが始まったが、何も考えなようにした。
お待たせして、申し訳ありませんでした!
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