今回の幕間登場ヒロインは、次の話から本格的に登場する元気一杯なあの子です!
──結翔──
チームを離れて、三週間ほどが経った。
今日も今日とて、お仕事の為に一人で魔女狩りだ。
……最近、魔女を倒すのに、果てしない罪悪感を持ち始めていることに気付いた。
そりゃあ、あんな現実見せつけられたら、誰だってそうなるだろう。
弱体化の件もあり、酷くボコボコにされたものの、なんとか辛勝を得た。
体中に浅くはない傷が所狭しと出来ており、骨まで到達してないのが唯一の救いである。
最も、叩きつけられたり、吹っ飛ばされたりした所為で、内臓器官にダメージが入ってるし、骨にも少々ヒビが入ってしまった。
外見の傷だけ生と死の魔眼で限界まで消した──治したが、痛みは消えてないし、内臓器官や骨のヒビはまだ治せてない。
お陰で、酔った中年オヤジのように、千鳥足で帰り道を歩いている。
帰ったら帰ったで報告書を書かないと駄目だし、ももこも飯を作りに家に来てる筈だし……はぁ……
別に、報告書は良いのだ。
あった事をあったまま書けばいいのだから。
問題はももこだ。
この状態をももこに見られれば、お説教コースは免れない。
自宅に着くまでに治る怪我じゃないのは明らかだし、治ったとしても痛みは完全には消えない。
バレるのは確定事項だろう。
「…参京区か」
この街のどこになにがあるか、大体の事は把握している。
ここから一番近くて、尚且つ俺が休めそうな場所は……あそこしかないか。
フラフラとした足取りで、商店街の道を歩く。
見慣れた光景の中に、久しぶりに見る看板が見えた。
中華飯店『万々歳』。
「鶴乃が居ないことを祈るか……」
付き合いがそれなりに長い鶴乃は、俺の不調に気付く。
それでも、必死に笑顔を貼り付けるだろう、俺を安心させるために。
それだけはさせたくない、家の為に必死に頑張っていて、仲間を一人失っても笑顔であり続けようとする彼女に、俺を安心させるために無理を強いたくない。
……それでも、心のどこかで、俺は鶴乃の姉のような──母のような安らぎを求めていた。
普段通り──には到底及ばないガサツな開け方で引戸を開ける。
中には、鶴乃の父さんが夜に向けての仕込みをしていた。
時刻は四時過ぎ、妥当な仕込みのタイミングなのだろうか?
「あれ? 結翔君じゃないか!? どうしたんだい、随分久しぶりじゃないか!」
「あぁ、最近は結構自炊してるんで、来る機会が減っちゃって……」
「…………顔色悪いよ? 奥の座敷で休むといい、空いてるから。お冷いるかい?」
「じゃあ、お願いします」
不味いな。
鶴乃の父さんにもバレるレベルで、顔色悪かったのか……
こりゃ、帰ったら速攻バレてたな。
案内されたままに、俺は奥の座敷へと歩いていく。
座敷前に辿り着いたら、靴を脱いで上に上がる。
ここの座敷は一つだけ、六人が座れるスペースがあり、座布団も勿論六枚ある。
他のテーブル席からは仕切りで見えないようになっている。
……ここまでくれば分かるが、鶴乃は居ない。
二階にいたとしても
そして、客が俺だと知ったら飛び付くまでがセットだろう。
「居ないなら……ゆっくり──」
座布団を三枚ほど重ねて枕代わりにすると、着ていたブレザーを脱ぎ、掛け布団にして目を瞑る。
その日、俺の精神的疲労と肉体的疲労はピークに達していたのだ。
だから、目を瞑った数秒後には意識は僅かしか残っておらず、その僅かに残った意識を俺は放り捨てた。
──鶴乃──
偶然見つけた魔女を退治して家に帰ってきたわたしは、お父さんからの言葉に相当驚いたと思う。
「結翔君が来てるぞ。…悪いが、少し体調が悪そうなんだ、奥の座敷で眠ってるから様子を見ててやってくれ」
「へっ? ……え? え?」
あまりにも驚いて、開いた口が少しの間閉じなかった。
いきなり結翔が家に来ていた事も驚いたし、体調が悪そうなのにはもっと驚いた。
……最近は、ももこがご飯を作ってあげに行ってるから、来ないと思ってたんだけど。
何かあったのかな?
だって、今の結翔は……悪いけどすっごく弱くなってるから。
精神的にも、魔法少女の強さ的にも……
「助けられなかった、俺が殺したようなもんだ」、そう言った彼の物悲しい背中を、今でもハッキリ覚えている。
他には何も教えてくれなかったけど、それだけは教えてくれた。
守れなかった事を、教えてくれた。
きっと、わたしの優しさは結翔にとって猛毒だ。
ももこの幼馴染としての優しさと並ぶ猛毒だ。
わたしの優しさを、結翔は拒む。
誓を鈍らせるから、優しさを貰う資格はないと言うから。
座敷に向かって歩き出す。
とぼとぼと歩いて向かい、仕切りの端から覗くように中を見る。
……結翔は、眠っていた。
気持ち良さそうに眠っていた。
「…………ふふっ」
それがなんだか嬉しくて、無意識に笑いが零れた。
よーく見ると、目の下に隈がある事が分かる。
多分、最近はあまりに眠れてないのだろう。
だから、気持ち良さそうに眠っている姿を見て、嬉しく思った。
弟のような存在、一人っ子のわたしにとって、結翔はそんな存在だ。
頑張り過ぎて、傷つき過ぎて、脆過ぎて、優し過ぎて。
彼の全ては、常人の域を超えている。
「戦わなければ、守れない……か」
いつか、結翔が言っていた。
「戦うのは嫌いだけど、ヒーローだから大切を守らないといけない。守るためには、拳を握らないといけない、武器を取らないといけない、誰かを──傷つけないといけない」
その為の鍛錬はしてきた、とも言った。
戦うのが嫌いなのに、ヒーローとして大切を守るために、誰かを傷付ける鍛錬をした。
矛盾しているように感じた。
それが結翔を傷付けているようにも感じた。
ゆっくりと座敷に上がって、座布団の代わりに、自分の太股の上に結翔の頭を置く。
壁際に頭を向けていた事で、壁に寄り掛かりながら膝枕が出来るのはいい。
耐性は辛いかもしれないが、寄り掛かれる分、幾らかマシだろう。
「わたしが言えた事じゃないけど、頑張り過ぎじゃない?」
答えは返ってなど来ない。
そんなの分かっている。
……わたしは、きっと、結翔にとって迷惑な気持ちを持っている。
それを伝えたら、結翔はどんな顔をするだろうか?
喜んでくれるかな?
気持ち悪いって言うのかな?
……困っちゃうのかな?
喜んでくれるなら嬉しい。
気持ち悪いって言われたら悲しい。
困っちゃったら、やっぱり少し悲しい。
だから、この気持ちは見なかった事にしよう。
全部終わるまで、見なかった事にしよう。
もし、全部終わっても、ここに気持ちがあったなら……その時は──
「ちゃんと、言うから」
報われなくていい、それでも知って欲しい。
貴方が傷付いて、悲しむ人がいる事を。
貴方が苦しんで、自分も苦しんでしまう人がいる事を。
知って欲しい、わたしの姉としては邪な気持ちを。
いつか、君に好きだと叫びたい。
──結翔──
起きたら、目の前に鶴乃の顔があった。
後頭部には、柔らかい感触を感じた。
膝枕されていると気付くのに、さして時間は掛からない。
そして、言い間違えにもギリギリで気付いた。
「かあさ……なんで、膝枕してんだ?」
「んー……気分?」
「まっ、別にいいか」
動きたいが、まだ動ける状態じゃない。
ブレザーのポッケに入れていたスマホを確認すると、時刻は七時を回っていた。
店内にはチラホラと客が居る雰囲気があるし……随分寝てしまったらしい。
ももこからの不在着信もエグい量溜まっている。
……帰るの、嫌だなぁ。
「鶴乃〜?」
「なに?」
「泊まるって言ったら、どうする?」
「…………へっ? そ、それ、はは、ちょっと困る……かも」
「だよなぁ。……しゃあない、帰るか」
名残惜しさを感じながら、頭を上げて体も起こす。
流れでブレザーを着て、そこら辺に投げ捨てていたバックを手に持つ。
スクールバックのようなそれは、持ち運びがしやすそうで壊れにくいから買った、と言うだけのデザイン性度外視の一品。
カッコ良くなければ可愛くもない、シンプルなバックだ。
帰らないと面倒な事になるし、帰っても面倒な事になるが……致し方ない。
今日は甘んじてお説教コースに行くとしよう。
そうして、座敷から出ようとする前に、俺は鶴乃にこう言った。
「今日はありがと。…………またな」
色々と言いたかったが、飲み込んだ。
姉のようで、母のような彼女に甘えたくなくて、その強さに寄りかかろうとした自分が嫌で……飲み込んだ。
その時の俺は、自分が嫌いだった。
自分で自分を殺したいほどに……嫌いだった。
次回もお楽しみに!
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