──結翔──
事件と言うのは、その全てが唐突に起きるものだ。
窃盗も、殺人も、強盗も、詐欺も、なにもかも。
犯人だけが、いつ、どこで、何をするか知っている。
だから、被害者は何も出来ない。
脅迫状や犯行予告でも送られない限り、自分が明日死ぬなんて分からないし、分かるわけがない。
……だから、これは俺の無謀な迷走だった。
一週間前、電話越しのやちよさんから言われた言葉を、俺は最初理解出来なかった──いや、理解したくなかった。
『みふゆが……居なくなった』
たった一言。
その、たった一言を、俺は理解するのに時間を要した。
一分だったか、五分だっから、はたまた一時間だったか?
正確な時間など憶えてない、けど時間を要した事だけは憶えている。
理解したあとは、すぐさま行動に移る。
コネと言うコネを使いまくり、彼女を──梓みふゆという女性を探す。
先ずは、東のテリトリーを纏める十七夜さんと、南のテリトリーを纏める
次に、組織の事務所に行き、咲良さんにお願いして、街中のカメラの映像を見せてもらえるようにした。
それ以外にも、手段は尽くせる限り尽くした。
一日の流れとして、早朝から学校に行く時間まで聞き込みをして、学校が終わったら聞き込みを再開し、深夜になるまでそれを続ける。
深夜になったら、事務所に行きその日一日のカメラの映像を確認。
魔法少女としての力と、超人としての力をフルに使って探す。
でも、一週間掛けても見つからない。
一睡もしてない所為で、意識はハッキリしてない。
酷い時は電柱や看板を人に見間違える。
寝れる時間はあるにはあった。
だけど、最悪の事を想像したら寝る事なんて出来なかった。
無駄な時間は一分一秒作らず、探し続ける。
薄々、気付いていた。
探すなんて、無謀な事だと。
もし、みふゆさんが自分から居なくなって、全力で逃げる事に──隠れる事に徹してるなら、俺たちには到底見つけられっこない。
幾ら魔眼があっても、見通すことは出来ない。
何故なら、彼女の魔法少女としての固有の能力は幻覚。
やろうと思えば、カメラに映る姿さえも誤魔化せる。
魔眼の特性を知っているみふゆさんなら、俺に見つからないようにする事なんて、難しくない筈。
考えれば考える程、無茶だと、無謀だと、現実を突きつけられる。
けど、諦めるなんて出来ないし──したくない。
喪失、それを二度だ──二度も味わった、三度目なんて真っ平だ。
あんなに苦しいのは、あんなに辛いのは、あんなに悲しいのは、もう味わいたくない。
その思いを胸に、夕暮れ時の街を歩く。
限界に近付く体にムチを打ち、聞き込みを続ける。
スマホに入った写真を見せて、知らないか聞いて、それで終わり。
単純な
だがしかし、俺の体はとっくに限界など超えていたらしい。
ふとした拍子に、段差も何もない場所で転んで、頭から地面に突っ込もうとした。
ぶつかる、反射的に目を瞑ったが、数秒経っても痛みは訪れず。
何故か、顔全体が柔らかい感触に包まれた。
何が起きたか分からぬまま、顔を上げると、そこには白髪ロングの女性が穏やかに微笑んでいた。
理解した、自分の顔を包んでいた柔らかい感触が何かを。
急いで体を離し、その女性に謝った。
「す、すいませんでした!! その、えっと、あ…あの……」
「大丈夫ですよ。気にしてませんから。……それにしても、酷い隈ですね? しっかり寝てますか?」
「ちょっと…色々あって最近寝不足で」
優しそうな殿茶色の瞳や、パッと見で目を引く白髪、それに加えてモデル顔負けのスタイル。
一瞬、みふゆさんかと思ったが違う。
と言うより、俺は彼女を
時間が惜しかったので、申し訳ないが先を急ごうとした途端、俺の制服の袖を彼女が掴んだ。
「あんまり無茶すると体に障ります。あそこのファミレスで、少しゆっくりしませんか?」
「……分かりました」
断ろうと思ったのに、彼女の言葉に俺は逆らえなかった。
実際、彼女の言う通り、これ以上の無理や無茶は体に障る。
……ももこや鶴乃にも大分心配を掛けているし、ゆっくりするのは悪くない。
流れるようにファミレスに入店し、席に着く。
それにしても、変な人だと思った。
あくまで俺と彼女は他人だ。
なのに、幾ら俺みたいなガキが酷い隈を付けて、目も充血させて、挙句の果てにフラフラと歩いて転けそうになったからって、ファミレスなんかに誘うか?
……いや、俺なら誘うな。
心配だし、見ていて怖いもん。
…この人も、そんな感じなのかな?
「あの、お姉さん? なんで俺を誘ったの?」
「あなた、鏡を見た方がいいですよ。不健康まっしぐら見たいな顔付きですから。そんな子を放っておけませんよ」
「…………そうですか、ありがとうございます」
「色々あってと言っていましたが、何かあったんですか? この際ですから、相談くらい乗りますよ? 年長者ですから!」
少しだけ胸を張って、彼女はそう言った。
重なる、みふゆさんだとは思えないのに、不思議なくらい重なる。
鶴乃とは違う形で姉ぶろうとする所が、酷く重なった。
甘えてくるのに、本当に凄く弱いのに、頼られようとする所が──本当に酷く重なる。
だから、俺は言ってしまった。
言えない部分は伏せたり誤魔化したりしたが、言える限りの全てを口にした。
彼女の事を、何も知らないまま。
──みふゆ──
夕暮れ時の街を、ワタシは魔法を使って変装しながら歩いていた。
幻覚の魔法は便利だ。
やろうと思えば、カメラに映る自分さえ消せるのだから。
結翔君は、きっと色々な手段でワタシを探すから、こうでもしないと隠れられない。
バレたら、彼はワタシを止めようとする。
引き戻そうとしてくる、優しく温かい言葉で、ワタシを引き戻そうとしてくる。
だけど、ワタシはもう戻れない。
傲慢だけど、ワタシは一人の女性としての幸せが欲しいのだ。
だから、魔法少女の呪縛から解放されたい。
たとえ、その所為で大切な人の敵になるとしても……
全て解放されれば、苦労は報われるのだから。
我慢しよう、そう思った。
会いたい、会いたい、会いたい。
あの背中に寄り掛かりたい。
幼馴染みの背中に寄り掛かりたい、ワタシのヒーローの背中に寄り掛かりたい。
彼女に解散だなんて、言って欲しくなかった。
人は変わってしまう生き物だとしても、変わらないままでいて欲しかった。
彼に出て行くだなんて、言って欲しくなかった。
ヒーローと言う在り方が全てを背負っていくものだとしても、ずっと傍で笑っていて欲しかった。
ワタシは罪深い。
傲慢で、強欲で、嫉妬深い。
最低だ、死んでいった仲間にさえ嫉妬している。
彼の心に永遠に刻まれる傷になった事に、彼の忘れられない人になった事に、嫉妬していた。
だから、ボロボロになってワタシを探す彼を見つけて、こう思ったのだ。
嬉しい…と。
だけど、同時にこうも思ったのだ。
苦しい…と。
生き地獄、彼の在り方はきっとそれだ。
損し続ける、苦しみ続ける。
自分を犠牲にして、誰かを助け続けるのは──誰かを救い続けるのは、生き地獄そのものだ。
この瞬間、ワタシの中に解放を求める理由が一つ増えた。
彼を──結翔君を救いたい…と。
転びそうになった彼を、ワタシはそっと抱き支えた。
温かい、だけど冷たい。
ボロボロになった彼は凄く冷たかった。
酷い隈に充血した瞳、青白いを通り越して真っ白に到達する寸前の顔。
幻覚の魔法を使い、彼を半強制的に休ませた。
それと、ワタシを梓みふゆだと思わせないようにもした。
ファミレスに入り少し話すと、彼はワタシに気を許したのか自分から話し始める。
魔法少女の事は伏せていたが、ワタシを探しているということを。
「すっごくお世話になった先輩なんです。色々と教えて貰って、家族みたいに接してくれた優しくて温かい…そんな先輩なんです。その人が突然居なくなっちゃって、一週間前から時間を見つけては探してるんです」
「時間を見つけては…ですか。どう見ても、時間を削ってはの間違いでしょう?」
「うっ……それは…その…。まぁ、そうです。…心配で、最悪の場合を考えたら、気が気じゃなくて。とても眠れないんです。…だから、寝る間も使って探してます」
──そこまで、大切に思ってくれているんですね、ワタシのこと。
今すぐにでも、抱き締めたかった。
ワタシはここに居ると、言いたかった。
けど、そんな事言えない、言える訳がない。
だけど、ワタシは強欲だから、こう返した。
「大切に思っているんですね、その先輩のこと」
「…………はい。大切な人です。絶対に替えがきかない、大切な人です」
「………………羨ましいですね、同じ女性として。あなたのように一生懸命探してくれる人は、本当に──羨ましいです」
笑いながら、結翔君にそう言った。
そう言うと、彼は照れを隠すように頬を掻いた後、眠そうに目を擦った。
愛おしい、素直にそう思って、優しく頭を撫でる。
他人からやられたそれは、普通気持ち悪い筈なのに、彼は手を跳ね除けようとはしない。
それが無性に嬉しかった。
先程の言葉も合わせれば、ワタシは天にも登る気持ちだったのだ。
我を忘れないように、ワタシは彼の頭を撫で続けた。
数分もしない内に、彼は眠りに着いた。
「……………………」
「…良い夢を、見て下さいね」
手提げの小さな赤い鞄から、ワタシはボールペンを取りだし、紙ナプキンにメモ書きをする。
『押してダメなら引いてみろ、です。もしかしたら、ひょっこり帰ってくるかもしれません。焦らずゆっくり探すのがいいと思います』
それだけ書くと、ワタシは席を立ち、二人分のお会計を済ませる。
ドリンクバーを頼んだが、最初の一杯以外飲まなかったので意味はなかったようだ。
でも、まぁ……奢れたのだから良しとしよう。
ワタシは最低最悪な優しい嘘を吐いて、ファミレスを出た。
太陽はまだ仕事を終えてないようで、執拗にワタシを照らす。
まるで、今すぐにでも戻れと言わんばかりに。
無言の太陽の圧を無視し、ワタシは街を歩く。
また、大切な人たちと笑い合える日を願って。
次回もお楽しみに!
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