結翔「鶴乃はあの時から強くってさぁ、ギリギリだったよ」
まさら「鶴乃とは…そうね、一度本気で戦ってみたいわ」
こころ「鶴乃さんだったら、案外引き受けてくれそうで怖いんだけど…」
メル「ボクの…ボクの出番がぁ…」
結翔「はいはい、文句言わないの。ちゃんと見せ場は作ってあるんだから」
ももこ「お待たせしました、三十六話をどうぞ!」
──みふゆ──
「水女の子!?でしょ〜! どうよ、暇だったらこの後遊ばない?」
「良い所知ってんだよ俺たち! 楽しめるぜ?」
「えっと…ワタシ、お友達と約束が…」
「まぁまぁ〜」
今現在、ワタシはフィクションでしか見た事のない軟派な人たちに絡まれていた。
魔法少女の力を使えば悠々と彼らをいなせるだろうが、それはしてはいけない。
この力は、ワタシたちが人を守るための力だ。
決して人を傷付ける為にある訳じゃない。
迫り来る手、ワタシはどうする事も出来ず、恐怖から目を閉じた……が。
待てど暮らせど、手がワタシの体に触れる事はなく、聞き慣れた優しい声が耳に響いた。
「すいません、お兄さん。俺の連れに軟派するの止めてくれます?」
「……はぁ、ガキがよぉ〜。お兄さんたちの怖さを知らねぇみてぇだな」
「いっちょやるか相棒」
「…後悔しても知りませんよ」
険悪な雰囲気の中、ワタシがそっと目を開けると、そこには結翔君が居て軟派な二人と殴り合いの喧嘩をしていた。
…いや、喧嘩とも言えない代物だ。
なにせ、結翔君は相手の攻撃をいなしたり受け流すだけで、一切攻撃をしてない。
それ所か、チラチラとワタシに目線を送って、「少し待っててください」と伝えてくるような力の差。
相手も、段々と可笑しい事に気付いたのか、数分も経たない内に逃げ出してしまった。
軟派な二人に相応しい最後、そう言える。
喧嘩──もとい小競り合いを終えた結翔君は、ワタシを見てにへらっと笑いこう問い掛けた。
「大丈夫ですか? 何かされてません?」
笑っている、笑っているのに、瞳の奥底にあるドロリとした黒いナニカが、チラリと顔を出す。
笑顔だけど、笑顔じゃなくて。
笑顔じゃないけど、笑顔で。
矛盾の塊のような少年がそこに居た。
昔より男の子らしくなって、時折人を勘違いさせるレベルの事を言う。
やっちゃんの教育の賜物か、立派な紳士に育った。
些か紳士過ぎて、少し心配な部分はある……例えば複数の異性に迫られたり…とか。
「問題ありません。結翔君、いつもありがとうございます。何年やっても、ワタシはあまり力を加減できるタイプではなかったので…正直に助かります」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」
スマートな返しで、ワタシが持っていた部活用の少し大きい荷物を、自然な流れで奪い去る。
女性に重い荷物を持たせない…と言ったところだろうか。
気が利くのは良いが、気にし過ぎだとワタシは思う。
それぐらい持てるから大丈夫です、と言っても、彼は持ちますよと返してくる。
底なしの優しさ、と言えば聞こえはいいが、もしその優しさが底に辿り着くような事があればどうなるのだろうか?
天使のような慈悲を持ち合わせる彼が、もし優しさも正しさも何処かに捨ててしまったなら。
一体どうなるのだろうか?
彼の優しさは、ワタシの心をポカポカと温めてくれる。
彼の正しさは、ワタシを眩しいくらいに照らしてくれる。
ワタシは、彼の優しさを褒める、失って欲しくないから。
ワタシは、彼の正しさを羨む、そう在りたいから。
善性の塊である結翔君が、もし…もしも悪に染まったなら、それは世界の終わりに等しい事態だ。
テレビか本の受け売りだが、理由も無しに人を助けられる人は──救える人は、理由も無しに人を殺せる素質があるらしい。
彼の目指す理想の
幾つもある答えの中で、有力なのは三つ程。
一つは、自分を犠牲にし続けて誰かを助ける果てに死ぬ結末。
もう一つは、一つの事件をトリガーに彼の善性が反転し──英雄や天使でもない──誰もが恐れる悪魔になる結末。
最後は、救ったはずの誰かに殺されてしまう…そんな結末。
「……………………」
自分の隣を歩く彼を、ワタシは見つめる。
一年半、それは一緒に過ごす中で、絆を育むには十分過ぎる時間。
本当に愛おしい存在になった。
弟のようで、時折友達のようで、それでもやっぱり男の子らしくさっきみたいに守ってくれて。
結翔君は好きだけど、彼の在り方までは好きになれなくて。
その在り方が身を滅ぼすことを、容易に想像できてしまうのが怖い。
頭の悪いワタシは一つの事にしか集中できなかったから、気付ける訳なかった。
もっと早く気付けば良かったのだ。
彼が既に、自分の身を滅ぼし掛けてることに。
後の後悔の引き金であり、マギウスの翼に入る切っ掛けとなることに。
救いたいし救われたい──そうやって肥大化する自分の果てしない欲望に……もっと早く気付けば良かった。
そしたら、取り返しのつかない一線を、超えることなんてなかったのに。
──結翔──
「ゲホッゲボッ!」
「風邪か〜?」
「いや、噎せただけだよ」
キッチンに立ち調理をするももこに、俺はそう返したが──本当は嘘だ。
噎せてなんかいやしない。
本当は……吐血したのだ。
最近、段々と手強くなる魔女に対して自爆技を連発していたのが、主な原因だろう。
固有の能力が封印された事で、俺の一番火力が出る技は一つだけになった。
その他はあまり戦闘では力を発揮しえないものや、使えるには使えるが効率の悪いものばかり。
最終的に使うのは大抵が自爆技に限られる。
もっとも、自爆技に使用していた能力も上手く機能していない為、俺の生と死の魔眼で代用している始末。
威力はあるが、多用や連発のし過ぎはこうやって過度に体に負担を強いる。
吐血する回数は、少しづつ増えていった。
一日に一回や二回程度だったのが、今日なんて二桁は優に超えている。
鉄分やらなんやら、必要な物はサプリで補っているし、生と死の魔眼が俺を死なせようとしないが、辛いものは辛い。
みふゆさんをみかづき荘に送る途中や、送った後に部屋の中で駄弁ってる時ですら、吐血するのを必死で抑えていたぐらいだ。
…今は、バレてない事を祈るしかない。
自爆技を禁止されたら、守れなくなる命が一気に増える。
ギリギリのラインで今は守れている街の人も、守れなくなる可能性は0じゃない。
みんなの事だって──
「結翔? 本当に大丈夫か? もう、飯出来てるぞ?」
「…さっきも言ったろ、大丈夫だよ。ぼーっとしてただけ」
「ならいいけど…。冷めないうちに食っちゃってくれ」
「おう。…いただきます」
一口、俺は目の前に見える料理で一番好きな唐揚げに箸を伸ばした。
ジューシーな肉感と、ご飯が進む旨味が口に広がる──筈だった。
歯応えは確かにあるのに、まるでゴムを食べているような感覚。
味はしない、何の味もしない。
噛み続けたガムの方がまだマシだと思えた。
それ程に、何も感じられなかった。
どう反応したらいいか分からず、そっとももこの方を見る。
彼女は、美味しそうに唐揚げを頬張り、納得のいく出来だったのかウンウンと頷いていた。
…コイツが料理でミスるなんて億が一にも有り得ない。
しかも、唐揚げは大皿に載っけられている物で、二人でつついている状態だ。
一つだけ味を感じないなんて…有り得る筈がない。
…怖くなって、唐揚げに手を付けるのを止めて、副菜であるきゅうりの浅漬けを口に運んだ…が、これも同様。
食感は確かにある、食べてる感覚はあるのに、全く味は感じない。
呆然としている俺は動きが止まってしまい、それを疑問に思ったももこに声をかけられた。
「どうした? …もしかして不味かったか? 今日は、ももこさん会心の出来だった気がするんだが…」
「…あぁ、いや、美味いよ! めっちゃ美味い! 美味すぎて意識飛んでたくらいに美味い!」
「そうか!? なら、良かったよ」
嬉しそうに微笑むももこの顔が脳裏に焼き付く。
コイツの笑顔を守りたいと思った…その心は嘘じゃない。
だけど、こんな嘘で…守りたかった訳じゃない…そうじゃないんだ。
食事を食べ尽くしたあと、俺はすぐに家を出てツテを使って病院に駆け込んだ。
知り合いの先生に見てもらった結果、一時的な味覚障害だと分かった。
加えて、原因は過度な身体的疲労やストレスによるもの、と言う事も分かった。
悲しい事に、俺はとっくに超えてはならないラインを踏み越えていたらしい。
生と死の魔眼は俺を生かす…だけど、完全な形でずっと生かし続けることが、段々と難しくなってきている。
自爆技を封印するのが先か、はたまた俺が生きる屍になるのが先か、最悪なチキンレースが始まった。
次回もお楽しみに!
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