──結翔──
…俺は今、先程までの自分の言葉を死ぬほど後悔している。
調整屋にて、俺は先日、夜遅くに家にお邪魔した件で何かお詫びをしようとして、こう言ったのだ。
「俺に出来る事ならなんでもない構わないですよ」
みたま先輩の事だから、調整屋の近くに居る魔女や使い魔の退治や、ご飯を作って欲しい…なんて可愛らしいお願いが来るものだと思っていたのだが──現実は違った。
俺の言葉に、彼女はこう返したのだ。
「じゃあ、女の子になってぇ、わたしとデートしてちょうだい?」
「デートですね。それくらいならお安い……ちょっと待って? 今、デートの前になんて言いました?」
「だからぁ、女の子になってぇ!」
「……それは…流石に」
「えぇ…。でも、結翔くん…なんでも構わないってぇ…」
目をうるうるさせながら上目遣いでこちらを見つめるみたま先輩。
この時、俺の選択肢から『断る』は消えた。
機嫌を損ねたら、それこそ不味い。
調整無しで今後を戦い抜くのは、不可能と言っても過言じゃないのだ。
「分かりましたよ。…でも、俺、女物の服なんて──」
「大丈夫よぉ、わたしがちゃーんと持ってきてるからっ!」
「…用意が良い事で」
このやり取りを経て最初に戻る訳だが……
魔法少女になるのと女装するのでは、なんだかんだ違いがあることが分かった。
慣れているので羞恥心はあまりないが、メイクをされるのはむず痒いし、スカートはスースーするし、ムダ毛は残らず剃られたし、胸も盛られた。
カツラ──この場合はウィッグと言った方が正しいのか?
黒髪ロングのそれを付ければ、はい完成。
鏡の前に居るのは、どこからどう見ても男には見えない自分の姿。
服装は、白いタートルネックに、膝丈ほどの黒白ギンガムチェックのスカート、最後は黒パンスト。
色合いはシンプルで、派手なわけでも地味過ぎる訳でもない。
メイクだって、薄化粧と言った所で、そこまで丁寧に仕上げられた訳じゃないのに、ちゃんと女の子してる。
…どんなマジックだよ。
「さぁ〜て! 結翔くん──ううん、結翔ちゃんのお着替えも終わった事だし、街に繰り出すわよぉ〜!」
「…分かりましたよ」
声帯弄って声色を変える訓練…こんな時の為にしたんじゃないのに!!
何時もの魔法少女服のままのみたま先輩に連れられて、俺は歩き慣れた街に繰り出した。
中々に歩き辛いヒールに四苦八苦しながら、最初にやってきたのは良く行くショッピングモール。
正直に言おう、生きた心地がしないと。
バレたら、一生ネタにされるのは確定。
しかも、親しい知り合いや友人にバレたら、俺は恥ずかしさの余り外を歩けなくなりそうだ……
…まぁ、そんなのお構い無しに、隣に居るみたま先輩はずんずんと進んで行くんだが。
「みたま先輩っ! もうちょっとゆっくりと歩いて下さいよ。こっちは、ヒールなんて初めてなんですよ!」
「大丈夫、大丈夫〜! 結翔ちゃんは可愛いからぁ〜」
「そう言う問題じゃ──」
そう言いかけた瞬間、目の前から、今一番会いたくない二人が歩いて来た。
まさらにこころちゃんだ……
買い出しの日は…今日だったな。
二人して両手に買い物袋を持ち、談笑しながらこちらに向かってくる。
頭で判断するより早く、俺は逃げようとしたが、腕をがっしりとホールドされていた為、ぎこちない形で動きが止められる。
そーっと振り返ると、天使のような悪魔の笑みを浮かべたみたま先輩が、テレパシーで伝えてきた。
(…もしこのまま逃げちゃったらぁ〜、わたし口が滑っちゃうかもなぁ)
(くっ! ひ、卑怯ですよ! こんなの横暴です!)
(別にぃ、わたしは滑っちゃうかもなぁって言っただけよ? 本当に滑るとは限らないじゃない?)
(…どれくらいの確率で、滑るんですか?)
(そうねぇ…少なくとも、0が二つは付くわねぇ)
0が二つ…か。
普通に考えたら、小数点が着く、0.01%とかなんだろうけど……
凄い、嫌な予感がする。
(小数点って着きます?)
(小数点? 着くわけないじゃなぁい)
(100%じゃん! 確実に100%じゃん!! 滑らせる気満々じゃん! 何が、滑っちゃうかもなぁ…だ!)
(酷いわねぇ、結翔くん。もしかしたら100%以上かもしれないでしょ?)
(どこが? どこら辺が酷いの? 俺なんか酷いこと言いました?)
(もう! 煮え切らないと、1000%になっちゃうわよぉ!)
ぷんぷんと可愛い感じで言っているが、全然可愛くない。
いや、可愛いけど、悪魔にしか見えない。
と言うより、1000%って何?
100%ならまだ分かるけど、1000%って何が起こるの?
(…分かりましたよ、やりますよ)
(物分りが良い子は好きよぉ! それじゃ、行きましょ〜!)
バレないと鷹を括ってるから、こんな事をさせられるんだろうが……多分まさらにはバレる。
アイツの直感と観察眼を軽視してはいけない。
…絶望しながら、俺は帰ってからどう弁解するかを考えていた。
「あっ、みたまさん」
「どうも」
「こころちゃんにまさらちゃん。奇遇ねぇ、こんな所で会うなんて」
「そうですね。…お隣に居るのは?」
「わたしの友達なのよ、名前はぁ──」
「
柔らかく甘ったるいとも思える声音で、二人に偽名を伝え挨拶を交わす。
咄嗟に思い付いたやつだから、俺の名前を少し変えただけに過ぎない。
…どうだ、これなら少しは──そう思ったが、まさらはこちらをジーッと見つめていた。
やっべぇよ、マジでやべぇよ。
確実に怪しまれてるよ……
ど、どうにかして、注意を逸らす方法は……
チラチラと辺りを見回すと、目に映った婦人服店に『セール』の三文字が見えた。
これだ!!
「ねぇねぇ、みたまちゃん〜? あそこ見てみようよ〜! セールだって、セール!」
「良いわねぇ! ちょうど、冬服を買おうか迷ってた所だったのよ。会ってすぐで悪いけど、それじゃあねぇ〜」
窮地をギリギリの所で脱した俺とみたま先輩。
…ドクンドクンと脈を打つ、心臓の鼓動が煩い。
死ぬ所だった──主に社会的に。
その後は、特に何も起こらずに済んだが…今後は二度と勘弁して欲しい。
そう、強く思った。
──みたま──
「わたし、案外写真家の素質があるのかもぉ〜!」
そう一人笑いながら、スマホの写真フォルダに大量に保存された、今日の写真を漁る。
久しぶりの羽根伸ばしだったので、少しハシャギ過ぎてしまった。
反省するべき所はあるが、今はお気に入りである彼の写真を、存分に堪能しようじゃないか。
鼻歌交じりに、一頻り彼の写真を堪能し終えると、ある違和感に気付いた。
「これ…ただの手ブレ…かしらぁ?」
数十枚ある写真の中で一枚、たった一枚だけ、手ブレの所為か何の所為か分からないが、普通じゃ有り得ない写真が有った。
黒いモヤのような何かが、結翔くんに纒わり付く気味の悪い写真。
「悪魔?」
最近見た、SFドラマの影響だろうか、わたしにはそれがこの世のものではない、異形に見えた。
怖くなって、写真を消去しようとも思ったが、どうしてか後一歩のところで指が止まる。
消してはいけないと、誰かが言っているように感じた。
わたし以外誰も居ない、自分の家の筈なのに。
急に寒気が強くなって、わたしはスマホの写真フォルダを閉じた。
その日は、無性に、人肌が寂しくなった。
最低最悪な願いをしておきながら…わたしは、誰かに寄り掛かりたいと思っている。
嗚呼、わたしに都合の良い味方に──ヒーローにもっと前に出会えていれば、そんなたらればを想像しながら、グチャグチャな感情を押さえ付けるように眠りに着いた。
『調整屋の手記』──藍川結翔について──
神浜市のみに存在する
男性でありながら魔法少女になり、他の魔法少女からも一目置かれている、逸材。
一連の過去の出来事の所為か、死生観に歪みがある。
街や、街に存在する他者の生存を第一優先とし、自分の命を二の次三の次にする程、自己犠牲を厭わない。
英雄願望に取り憑かれており、自ら進んで修羅の道を歩んでいる。
属性魔力への適正も、異常な部分が見える。
本来、属性魔力は赤が緑に強く、緑が青に強く、青が赤に強い三竦み。
加えて、黄と紫の対立関係がある。
適正は基本、三竦みから一つ、対立から一つの、計二つ。
三竦みから二つなんて事も無ければ、対立から二つなんてことも無い……その筈なのに。
だけど、結翔くんは三竦みから赤、対立からは黄と紫の二つ、計三つに適正がある。
彼は危険だ。
もし、敵対するなら、彼の一線は超えない方が良い。
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次回もお楽しみに!
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