──結翔──
左右で分断された世界を見ながら、俺は学校への道のりを歩いた。
吐血と味覚障害はあったが、まさか幻覚を見ることになるとは…到底思ってもみなかった。
力を求めた弊害、というものなか。
理由は分からないが、一つ分かることがある。
…このまま生活し続けるのは、無理があると言う事だ。
健康──それは、WHO風に言わせれば、心身共に健やかであること…らしい。
身体の方は寝ればなんとかなるが、心の方はそうもいかない。
あくまで幻覚、夢にまで侵食されることはないと思うが、もし侵食されたら?
俺は寝てる時も、起きてる時も、地獄の光景に魘され続ける事になる。
「…最悪だな」
考えただけでも恐ろしい。
身震いする体を抑えながら、歩を進める。
学校の近くになってきた事で、チラホラと、俺と同じく制服を着て登校する生徒が目に入った。
尤も、目に入った途端、左側では談笑してても、右側では斬殺遺体になってるのだが……
笑えない冗談だ、全く。
すれ違う知り合いと朝の挨拶を交わしながら、学校の中へと入っていった。
下駄箱で靴を履き替え、そそくさと自分の教室に向かう。
魔法少女の多いこの街では、一つの学校に下手したら二桁以上の魔法少女が居る。
そいつらをあまり視界に入れないように移動して、ようやく辿り着いた教室。
時刻は朝の八時半前。
教室は、俺より前に登校してきた生徒で賑わっている。
昨日のドラマやアニメの話題で一喜一憂する生徒が居た、ファッション誌片手に放課後の買い物の相談をしてる生徒が居た、今日提出の宿題を必死に終わらせようとしている生徒が居た。
でも、俺の右側の世界では、その全ての人物が物言わぬ死体に変わっている。
正気を失いかねない光景を見た俺は、逆流し口から吐き出しそうになる胃酸を、ギリギリの所で食い止め、それを悟られないようなテキトーな声音で挨拶を済ませる……が、どうも約一名には効かなかったようだ。
バックから取り出した最低限の荷物を机に置き、椅子に座ったあと、俺は机の横にあるフックにバックをかける。
出来るだけ自然な動作で、流れで、俺はやったつもりだが…やはり効いてない。
隣から感じる、訝しむような視線に、俺はため息を零しつつも反応する。
「…見つめられとる照れるんだが?」
「嘘こけ。演技はバレバレだ。役者には向いてない、やちよさんと一緒にモデルでもやってた方が良いよ」
「アドバイスありがとな…。んで? 何の用だよ、俺、滅茶苦茶眠いから、一限が始まる前まで寝たいんだけど」
「…ハイハイそうかよ。悪かったな、話しかけて。一つ、聞きたいだけだ。お前──何を隠してる? さっきまでの一通りの動き、パッと見ただけじゃ、いつも通りの自然な動きだったけど……アタシの目は誤魔化せない。自然過ぎると違和感だよ、それ」
流っ石ももこ、略してさすもも!
…いや、そんな事言ってボケてる場合じゃないな。
バレたらバレたで面倒だ。
コイツ、咲良さんから魔眼やそれ以外の異能力のことを色々と聞いてるから、案外そう言うのに聡いんだよなぁ。
早朝にあった鶴乃の告白から、まだ数時間程度だが、俺を取り巻く環境は目が回るほどのスピードで変わっている。
あれだ、ラノベやシリーズ物の本を一巻から読んでるのに、途中で何故か数冊飛ばしたみたいな感じだ。
あれ、やだよな。
主人公が違う力を手に入れてたり、ヒロインが何故か闇落ちしてたり、なんて超展開があったら、その原因分かんないし。
シリーズ物は一巻飛ばすとだけでも、前回読んだ巻の事件や事故から、数ヶ月後とかざらだ。
…さっきから不味いな、現実逃避しようとしてるのか、俺?
両の瞳に映るのは、心配そうにこちらを見つめる幼馴染。
訝しむような視線は若干残ってるが、それでも心配の感情の方が上だろう。
俺には勿体ないくらいの良い幼馴染なんだ。
そうなんだ、そうなんだけど、右側の地獄で彼女は──死んでいる。
まさらやこころちゃん、朝にすれ違った生徒とも違う、死に方で。
ナイフやダガーと言った、短い刃物で心臓をひとつき、それが死因だろう。
死に顔は…困惑と驚きの表情。
まだ、数十分ほどしか、この地獄と戦っていないが、分かってきた事があった。
それは、地獄ではどう言う風に死んだのか、誰に殺されたのか、それがハッキリせず、死んだ後の体──死体だけが映るのだ。
だが…最悪な事に、この数十分で更に成長したのか、地獄ではももこが息絶えるまでの過程が流され始めた。
しかも、音声付きで。
『なんで…どうして? …
困惑と驚きの表情の正体は、これか。
そりゃ、そうなるは、だって──
ももこでさえ、いや、ももこだからこそ…か?
けど、問題点はそこじゃない。
発狂するのが先か、幻覚が治まるのが先か、現状では分からない。
今必要な行動は一つ、人との接触を最低限に保つ事だ。
勿論、仕事はするし、困っている人は助けるが……それ以外は、出来るだけ人を避けよう。
「大丈夫だよ、大丈夫。ちょっと徹夜明けで気分が悪いだけさ、すぐに良くなる」
「…今は、その言葉を信じる。何かあったら、ちゃんと言えよ?」
「りょーかい」
わざと間延びさせた気の抜ける返事をし、ももこの注意を退かせる。
悪いな、ももこ。
お前に知られるのは、ちょっと不味いんだ。
──鶴乃──
お昼休み。
それは、みんなでワイワイしながらご飯を食べる、わたしの楽しめる時間のひとつ。
だと言うのに…今日は一人面子が欠けていた。
いつもなら、わたし、いろはちゃん、ももこ、かえで、レナ、結翔の六人で食べてる筈なのに、一人居ない。
…その人物は──
「結翔、来ないね」
「すぐ追いかけるって言ってたんだけどな…」
「結翔さんの事ですし、どこかでお手伝いでもしてるのかも?」
「あー、有り得そう、それ。…でも、まぁ良いんじゃない? 来れないなら来れないで、連絡の一本くらい寄越すでしょ、アイツ」
「だね。ユウトくんだったらそうするよ、きっと」
中庭で食べる昼食は気持ちがいいし、箸が進むが…如何せん物足りない。
告白にキスも添えたのだ、顔を合わせたら合わせたで上手く喋れないかもしれないが、それでも結翔と居たいんだ。
想いが通じ合ってれば、その人を傍に感じられる、わたしはフィクションで聞くその言葉を信じている…けど、それとこれとは話が別だ。
傍に居る、それは感じられるが、できるならわたしは結翔に触れたいし、触れられたい。
…我儘になり過ぎたわたしの想いは、留まることを知らなかった。
みんなと話していて、それだって楽しい筈なのに、なんでだろう、うわさから助けて貰ったあの時と同じようには笑えない。
作り笑い…じゃないけど、苦笑いをしてるような感じになってしまう。
最初に違和感に気付いたのは、いろはちゃんだった。
「…鶴乃ちゃん? どうかした?」
「へっ? い、いや、なんでもないよ?!」
「声裏返ってるぞ、鶴乃。…結翔に用でもあったのか?」
「ええっと…それは…。ある言われればあるし、ないと言われればないと言うか……なんと言うか……」
に、煮え切らない回答になってしまった。
こ、このままじゃ不味い。
今朝のようなポカはごめんだ。
いろはちゃんやかえで、レナに想いを知られるのは問題ないが、ももこは不味い。
わたしの直感が叫んでるよ、彼女もきっと…と!
だからこそ、バレるなんてのは論外だ。
話題…話題…なんでも良いから、変えないと!!
ヤバいよ、最悪だよ…。
都合良く、そんな良い話題が浮かぶほど、わたしにはネタのストックがない。
じりじりと近付いてくるももこ。
どんな時代も、ゴシップは女性の興味を惹く。
ニヤニヤと笑みを浮かべる彼女と、後ろにずり下がりながら、嫌な汗をかくわたし。
そして、口は開かれた。
あぁ、終わった。
宣戦布告はしたけど、関係を壊したかった訳じゃないのに……
諦観するわたしの耳に入ったのは、想像していたものじゃない、いつも通りの言葉だった。
「新作料理の味見、してもらいたかったんだろ?」
「……そ、そう! 実はそうなんだよ!! 察すがももこ、分かってるねよね!!」
「だろー? アタシらで良けりゃ、味見くらいするぞ? どうだ?」
…セーフ。
なんとか、首の皮一枚繋がったらしい。
その後、わたしは弁当箱の中に入っていた試作品を、少しみんなに味見してもらい、感想を貰った。
まぁ、案の定、五十点だった訳だが…気にしないでおこう。
うん、それが良い。
結局、結翔はお昼休みギリギリになっても、連絡の一つもしてくれなかった。
可能性は低いが、顔を合わせるの…気不味く感じてたのかな?
…もし、そうだったなら、申し訳ない気持ちになる。
想いを伝えたのはわたしで、受け取ったのは彼。
…わたしは、彼を困らせたかった訳じゃない、ただ伝えたかっただけなんだ。
ダメだ…モヤモヤする。
心をグチャグチャに引き回されている気分。
全部が全部分からなくなって、凄く不安になる。
受け入れてくれたのは、夢だったんじゃないか?
姉として振舞っていたのに、想いを伝えた所為で困惑させてるんじゃないか?
長い口付けの所為で、重い女だと思われたんじゃないか?
考えれば考える程、底なし沼に沈むように、ズブズブとはまっていく。
被害妄想が過ぎるのか、最後にはわたしの事を本当は嫌いなんじゃないか?
そう思い始めてしまった。
家である万々歳に着いたわたしは、引き戸をガラガラと開けて中に入る。
…今日は営業していない、お父さんが熱を出したからだ。
当然と言えば当然、居なくなったわたしの事を心配して、行きそうな所全部を、隈無く回ったと聞いていたから。
気持ちを切り替える為にも、わたしは店を掃除し、明日の仕込みを迅速に済ませていく。
お客さんはまばらな為、量は最低限。
だけど、不測の事態があっても良いように、少し多めに作っておく。
集中していたお陰か、余計な事を考える事無く、わたしは仕込みを終えた。
今は……七時前くらいか。
手持ち無沙汰になったわたしは、お父さん用にお粥を作り、自分の晩御飯用にチャーハンと即席スープを作っておく。
お盆に乗せて、奥の部屋で休んでいるお父さんにお粥を届け、帰ってきた丁度良いタイミングで、誰かが店に入店した。
「いらっしゃいませー! …って言いたい所なんですけど、今日は──」
「悪い、鶴乃。…休業してんのは分かってんだけど、なんか作ってくれないか?」
「結翔…!? ど、どうして? 最近は家で食べてるって……」
「ちょっとな…色々あってさ」
「チャーハンとスープならすぐ出せるよ、晩御飯用に多めに作ってたの。…半分こしよっか?」
そう言って、わたしは大きい皿にこれでもかと載せられたチャーハンと、小さいお椀に入れられたスープをカウンターに置いた。
結翔も、それを見て自然とカウンター席に座る。
テキトーな小皿を二皿持って、わたしも結翔の隣に並ぶように座った。
『いただきます!』
お互いに合わせ訳でもないのに、自然と声は重なって、店内に響く。
朝のように二人して笑って、食事を始めた。
…と言っても、わたしは彼の食べる横顔を見るばかりだ。
いつもいつも、美味しいなんて言わない癖に、彼は笑顔でわたしの料理を食べてくれる。
もどかしいけど、それが堪らなく嬉しく感じた。
言葉にしなきゃ伝わらないけど、言葉にしなくても伝わるものがあった。
笑顔を見てればわかる。
…正直に言えば、うちの五十点料理を好き好んで食べる人は多くない。
みんながみんな、この味が安心するんだと言って、万々歳に足を運ぶ。
結翔もきっと──
「────お前の──好きだわ」
「…へ?」
…わたしが好き?
いや、いやいやいや、有り得ない。
き、昨日の今日どころか、今日の今日、告白したのはつい半日前だ。
い、幾らなんでも、早過ぎるよ!?
暴れ出す心臓を抑え込むように、わたしは胸に手を当てる。
大丈夫、落ち着け、わたし。
そうだ、きっとこれは聞き間違いだ、そうに違いない。
だったら、結翔に聞き直せば済む話だ!
「ゆ、結翔? さっきなんて言った?」
「いや、だから、好きだって言ったんだよ」
「はぅぅ〜……」
ヤバい、ダメだ、恥ずかしさと嬉しさで心臓が限界突破して爆発しそうだよ!!
顔も沸騰してるんじゃないかってくらい熱いし……
こ、これ以上は不味い、一旦、距離を離さなければ。
口実を作るために、わたしはお椀に入ったスープを飲み干し、席から立ち上がった。
「わ、わたし、スープのお代わり取ってくるね!」
「お、おう」
困惑する結翔を他所に、わたしは彼の傍を離れ、厨房に籠る。
時間を掛けたら怪しまれるので、迅速にスープのお代わりを済ませ、戻ってくる。
スープを持っている、と言うのは良い理由になる。
走って零さないために、ゆっくり歩いていると言えば、誰もが信じるだろう。
…それをやっているのがわたしじゃなければ。
「どうしたんだ、鶴乃? そんなゆっくり歩いて。いつもなら、スキップしながら持ってくる時だってあるのに」
「あ、あははは、今日は並々入れちゃったから、慎重を期してるんだよ〜!」
苦笑いを浮かべて戻ってる途中、わたしは気付けば良かった。
先程、急いで立ち上がった所為で落とした、手拭きタオルに。
どこかで見る漫才のように、わたしはタオルで足を滑らせ、前方に倒れた。
無論、スープが入ったお椀は手から宙に投げ出される。
運の悪いことに、結翔が居る方へと。
あぁ、と声を発する前に、スープの入ったお椀は空中で静止し、わたしは倒れ込んだ所を、結翔に抱えられるように助けられた。
「…あり、がと」
「どういたしまして」
…あの時のキスと同じように、頭が真っ白になった。
結翔の優しい抱擁と、温かい香り。
安心する…結翔の匂い。
この後、冷静になったわたしがもう一度、結翔に問い掛けた所。
好き、と言うのは、わたしの料理がと言う意味だったらしい。
早とちり&勘違いをしたわたしは更に恥ずかしさがまして、結翔がここに来た理由を根掘り葉掘り聞き出した。
初めは少し渋っていたが、ゆっくりと、話してくれた。
「幻覚と、それに付随した幻聴?」
「あぁ。魔眼のフェーズを無理矢理上げた弊害だと思う。…右眼に映る世界は──地獄だ。何度も何度も、お前が俺に殺される映像が見えてる」
「…ごめん。辛かったよね。…わたしだけ、勝手に舞い上がっちゃって」
「悪くないよ。元々は、俺の責任だし」
空元気を振り絞ったような、そんな笑みだった。
作った笑顔に近い、今出せる限界の微笑み。
……今、わたしがすべきことは多分一つだ。
恋する乙女、その前にわたしは結翔のお姉ちゃんなんだから、家族なんだから。
しっかりと支えて助けてあげなきゃ。
「偉いね。結翔は偉い。半日ぐらいだったけど、その幻覚と幻聴にずっと耐えてたんでしょ? 凄いよ、姉として誇らしいよ! …だから、本気で辛くなったら何時でも吐き出していいんだよ?」
「何時でも?」
「うん。わたしじゃなくても良い。誰でもいいから、何時でもいいから吐き出すの。誰も、そんな結翔をみて軽蔑したりなんかしないよ!」
さっきとは逆、わたしが結翔を優しく抱き締める。
胸に頭を抱き寄せて、心音を聞かせて強ばった心を柔らかく解していく。
辛かったら、苦しかったら、吐き出せば良い。
その為の家族、その為の──仲間なんだから。
──結翔──
鶴乃に慰められて、万々歳を出た後。
スッキリした心とは別に、罪悪感が芽生えた。
彼女は善意で、心音を聞かせて落ち着かせる、と言う方法を取ってくれたのだろうが……逆効果な部分もあった。
頭に残る柔らかい感触が嫌でもフラッシュバックする。
今朝のキスの件と良い、さっきの抱擁と良い……不味いな。
恋する乙女ムーブをする鶴乃だけではなく、自称姉ムーブをかます鶴乃にさえ、俺は反応してしまっている。
「…こんな事で、こんな時に感謝するのは変だけど。今だけは、本気で死ねない事に感謝してるな」
あんなの、諸々含めたら、心臓が幾つあっても足りねぇよ…マジで。
…今後の未来に、一抹の不安を覚える、十五の冬の日だった。
次回もお楽しみに!
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