まさら&こころ『……………………』
みたま&ももこ『……………………』
鶴乃「えへへー、あれだね、面と向かって言われると照れるね?」
結翔「お前、状況理解してる?滅茶苦茶みんなに睨まれてるんだけど」
鶴乃「それだけ羨ましいって思われてる事だよ〜!」
結翔「ポジティブお化けかお前は!!…怨嗟の視線が恐ろしいが、皆さんは楽しんで五十八話をどうぞ!」
──結翔──
遊園地のうわさを倒し、鶴乃とこころちゃんを救出してから二日。
昨日、鶴乃のお陰で大分楽になった筈の心は、今さっきまで見ていた夢で最悪な状態まで急降下していた。
まさか、地獄が夢にまで侵食してくるとは…。
寝覚めが悪いし、しかも、今日は朝から嫌な予感がしていた。
ボヤける視界の中、左右の差に辟易としながらも、俺は傍に置いていたスマホを取り、メールやその他の通知を確認する。
多くが、やっているゲームアプリのどうでもいい通知だが、その中で一つ、メールが見えた。
送り主は──
「まさか…な」
藍川
メールの内容は簡潔に纏められており、ただ一言、正午に家に着きます…と。
スマホに表示される時計の時刻は…ジャスト十時。
寝坊が過ぎるのはさて置き…あまり良い休日にならない事が確定した朝だ。
適当な服に着替えて下に降りると、リビングでは部屋着の二人がソファで寛いでいた。
「随分な顔色ね、寝たの?」
「寝たよ。夢見が悪かっただけ」
「…ご飯、どうします? さっき、まさらとホットケーキ作ったんですけど、まだ生地は余ってますよ?」
「んー、じゃあ、それで。次いでに、コーヒーもお願い」
「ミルクと砂糖は?」
「ありありで」
会話を終えると、こころちゃんはソファの端に掛けていたエプロンを取り、キッチンに向かう。
…俺は、ソファに座るのではなく、イスに座りテーブルの上にあった新聞をとった。
一応、あの遊園地のうわさでの被害者は微々たるものだったと、調査結果が出された。
新聞には、デカデカと集団催眠事件…なんて書かれているが、あながち間違えとは言えないので笑えない所だ。
先に持ってこられたコーヒーをチビチビと口に含みつつ、他の記事にも目を通す。
地域新聞と言う事もあり、案外細かな記事が目立つが、これと言って事件の匂いがするものはない。
まぁ、まさらが開口一番に事件を口にしなかった時点でお察し…と言うやつだったが、確認は大事だ。
「お待たせしました、どうぞ」
「ありがとね、こころちゃん。…いただきます」
置かれたホットケーキにはシンプルに、メープルシロップだけが掛けられており、甘い香りだけで上手いと分かる。
唯一の欠点は、右側の視界が惨憺たる光景の中、食べなければいけないと言うことだけだ。
美味しいよ、と一言、感想を言ったあと、黙々と食事を終えた俺は…母さんが来ると言う話をサッと済ませる。
「結翔さんの、お母さん?」
「あぁ、あと一時間ちょいで来る。気不味かったら、上に行っててもいいから」
「別に、ここに居ても良いってこと?」
「まぁな。どっちでも良いよ、好きにしてくれ。…ただ──」
「ただ?」
「見てて、気分の良いものじゃないかもな」
不穏な言葉は、場の空気をどんよりとしたものに変える。
聞きたい事は山ほどあるし、俺は…自分を抑えられる自信がない。
いつもの、ヒーローとしての俺ではなく、正真正銘…ただの人間である藍川結翔を俺はきっと抑えられない。
家の事情も相まって、見ていて気分の良いものでは絶対ない。
正直、不倫現場を年端もいかない子供に見られるような、そんな複雑な気分になる。
言い表し難い、ドロドロとした不快感を産む可能性は0じゃない。
それでも二人は──
「なら、居るわ」
「私も…居ます。ご挨拶、したいですし」
「…良いよ、好きにしろって言ったのは俺だし」
時間だけが、流れるように過ぎていった。
テレビがついて音が出ている筈なのに、壁に掛けられた時計の秒針が嫌にハッキリと聞こえる。
目を細め、視界を最低限確保し、残ったコーヒーを口にした。
緊張感が、鼓動を早くする。
静まれ、そう何度も言い聞かせても、聞いてくれる訳はない。
落ち着きのなさは、いつの間にか最高点に達し、無意識に貧乏揺すりを始めた所で、玄関から懐かしい声とドアが開く音が聞こえた。
「ただいま」
迎えに行こうかと思ったが、足は動かず、俺は母さんがリビングに足を運ぶのを待つ。
リビングのドアを開け、久しぶりに目にした母さんは…一切昔と変わっていたなかった。
腰まで伸びた落ち着きのある黒色の髪に、優しい温かみのある焦げ茶色の瞳。
三十代とは思えぬシワひとつない潤った健康的な肌に、綺麗と可愛いが同居してるかのような端正な顔立ち。
服装は紺のロングスカートに横縞の入ったロンT、その上に黒色カーディガンを羽織っている。
息子の俺から見ても、美女と呼べる…そんな母さん。
お帰り、その一言は上手く喉を通らず、俺は一言。
「久しぶり」、と呟いた。
母さんも、俺の様子を見て何か気付いたのか、少し悲しそうな声で「久しぶり」と言った。
キャリーケースを引いている母さんはテーブルの横にそれを置き、俺と向かい合う形でイスに腰を下ろす。
初めに、母さんは俺ではなく、横のソファに居た二人に話しかけた。
「ええっと、銀色の髪の子か加賀見まさらちゃんで、茶色い髪の子が粟根こころちゃんよね? 結翔が世話になってるって聞いたわ。ありがとう」
「い、いえ! こ、こちらこそ、結翔さんにはお世話になっていて…。寧ろ、私たちがお礼を言いたいと言うか……」
「えぇ、私たちは世話をする事もあるけど、世話になる事が多いわ。…助けられと事も多い」
「あら、そうなのね?」
絵に描いたようなテンプレートな微笑みを浮かべつつ、挨拶を済ませた母さんはこちらに振り向く。
すると、思い出したように、キャリーケースを開けて、中から色々な物を取り出した。
大半は、俺が好きな特撮ヒーローの玩具で、中には数個だが時計やネックレスと言った、アイテムも入っている。
一瞬、なんでそんなものを出したのか分からず困惑していると……
「結翔、こう言うの、好きだったわよね? …色々な国に行ってきたから、お土産にって…思って買ってきたの。どうかしら──」
……お土産…か。
喜ばせようって善意なんだろう、そうなんだろうけど、久しぶりに会った息子にそれかよ。
分かってる、分かってるけどさ…!
違うだろ!
そうじゃないだろ!!
普通、謝るんじゃないのか?
父さんの死後、すぐに蒸発して四年間も放置し、金だけ送り続けた事を、謝るんじゃないのかよ!
居なくなった理由を説明するんじゃないのかよ!
普段なら湧かない、不安定な状態だからこそ湧いた怒りが、俺が守っていた最後の一線を切り捨てた。
バンッ! と、強くテーブルを叩き、俺はイスから立ち上がる。
決めた、吐き出す。
全部、吐き出してやる。
辛かったこと、苦しかったこと、悲しかったことも全部。
「…今更、母親面しないでくれ!!」
「っ!? …ご、ごめんな──」
「もう、謝って欲しくない。俺は聞きたいんだよ! なんで…なんで、俺を置いて──俺を捨てて行ったんだ?」
ずっと心に閉まってた。
最初の疑問、根源たる疑問。
居なくなった当時、俺は暇があればずっと考えていた。
どうして、母さんは俺を置いていったのか?
何かしてしまったのか?
俺が悪い事をしたから、置いていったのか? 捨てていったのか?
なんでだ?
なんでなんだ?
分からない。
分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない。
何度考えても、幾ら考えても、答えなんて…出なかった。
だから、聞いたのに……母さんは何も答えない。
じゃあ、次だ。
「じゃあさ、なんで、今更帰ってきたの? ……四年間、父さんの命日にすら、帰って来なかったのにさ!!!」
「ゆ、結翔…違うの! わ、私ね──」
「違わない!! 俺は…四年間ずーっと、命日の日は墓に居た。朝日が登ってから夜が耽けるまでずっとだ!! だけど、幾ら待ってもアンタは帰って来なかった!!」
雨の日もあった、雪の日もあった、だけど俺は待ち続けたのだ。
傘をさすこともなく、雨に濡れながら、雪に凍えながら、待ち続けたのだ。
もしかしたら、その可能性を信じて、待ち続けた。
墓に眠る父さんに、ここ一年の事を話して、笑って…ときに泣いて。
絶対に来ない母さんを待つ。
話したい事が積もる程あって、それは年を重ねる事に増えていく。
来なかった……でも、大丈夫。
来年がある、そんな紙より薄い可能性を期待した。
…けど、現実は甘くない。
何時だってそうだ、地獄を見るのは決まって──信じる奴だ。
「…この家だってそうだ! 思い出があった、色々なものが詰まってた! 苦しくて、あの頃はここに居ることさえ辛かった! だけど…だけど! 帰ってきた時に、お帰りって言いたくて、一秒でも早く会いたくてここを残した、ここに住み続けたんだ!!」
「……違う、違うの…結翔、私は──」
「何も違わない!! アンタは、俺だけじゃない…! 父さんの事さえ裏切ったんだぞ!? 命日にも墓で手を合わせなくて何が妻だよ!! 何が愛してるだよ!! ざっけんな!! アンタなんか──」
「結翔さん!!」
こころちゃんの声で、俺はようやく止まれた。
……今、止められなかったら、俺は一体なんて言おうとしたんだ?
震える手を無理矢理抑えるように握り、俺は無言で部屋を出た。
「…出てってくれ。ここは、
こう、残して。
──和恵──
結翔が出ていったリビングで、私はポロポロと涙を流した。
償って、もう一度、家族としてやり直す為に来たのに…このザマだ。
テーブルに置いたお土産を、壊れないようにそっとキャリーケースにしまい直し、出続ける涙を誤魔化すように、顔を伏せて腰を上げる。
「…ごめんね。嫌な所見せちゃったよね? あの子は悪くないから、これからもよろしくね?」
「ちょっと待って。…私も一言言いたい事があるわ。家族の事情に首を突っ込むのはどうかも思うけど…私も、結翔の家族だから言わせてもらう」
「…どうぞ。私は罰を受ける身ですから」
「私は…両親に愛されて育ったと思うわ。…こんな希薄に育ってしまったのは、偶に申し訳なくなるけど、産んでくれたことに感謝してる。……だから、言わせてもらう。…貴女はどんなに辛くても、親として結翔の傍に居るべきだったと。貴女が、亡くなってしまった結翔のお父さんだけでなく、結翔の事も愛してるなら」
全く以て、最も過ぎる正論だった。
そうだ、そうなんだ、私が傍に居て支えるべきだった。
あの子はまだ…子供なんだから。
なのに…なのに、私は逃げた。
全部捨てて逃げたんだ。
到底許される行為ではない。
あの人だって、許してはくれないだろう。
償いたい、けど、償えない。
償えるものが、私にはない。
一度、捨ててしまった私には、もう何も残っていない。
私はあの日、この家から、この街から、結翔から逃げたあの日に、何もかもを失った。
母親でいる資格も、あの子やあの人を想う権利も、家族の絆さえも……私は──失くした。
「…ありがとう、正面から言ってくれて。優しいのね、まさらちゃんは」
「別に、優しくなんかないわ。見てて、いたたまれなかったから言っただけ」
「そう…それでもよ、ありがとう」
感謝を伝えて、私はキャリーケースを引いて、家を出る。
この家に戻る事は、二度とないだろう。
そう、思いながら。
次回もお楽しみに!
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