──ももこ──
調整屋──みたまから連絡を貰った翌日であり、結翔と和恵さんが仲直りをした翌日。
アタシと結翔はいつも通り、学校で授業を受けていた。
先生が黒板に書いた内容を板書しながら、チラチラと結翔を見つめる。
調整屋が言うには、今の結翔の状態はお世辞にも良いとは言えないらしい。
なんでも、致死量を優に超える血を吐いたとか……
本音を言うと、気が気じゃない。
魔法少女だから死にはしない、死にはしないが、心配なのだ。
凄く苦しい筈なのに、コイツはいつも大丈夫ってフリをする。
…最近は作ったような笑顔は見せなくなったが、それでも誤魔化す癖は消えてない。
だから、こうやってアタシは結翔を見ている。
もし、何かあってもすぐに対応出来るように。
時々、アタシの視線に気付いた結翔が首を傾げていたが、テレパシーで気にするなと伝えておいた。
まぁ、休み時間になるとアタシの行動に誤解した友達が「アツアツな視線送ってたねぇ〜!」とか、「恋する乙女って感じで可愛いよ〜」とか言ってきた所為で、気恥ずかしかったが、なんとか耐えて誤解を解いた。
そうして時間は経ち、アタシの心配が現実になったのは、五限目が丁度半分終わった辺り。
アタシが板書をしていて見ていなかった数秒の間に、これでもかと言うくらい顔色を真っ青にした結翔が、席を立ち教室から体を引きずるように出て行った。
一瞬、何が起こったのか理解出来なかったアタシだったが、考えるより先に行動に移す事を決め、席を立つ。
「先生! …すいません、結翔を追います」
「お、おう。体調が悪そうだったら、そのまま保健室に連れてってやれ」
「はい」
先生に信頼されている事実を上手く使い、アタシは後を追うように教室を出る。
意外にも、こう言う時に、自分の人望の厚さを再確認できるのだ。
尤も、今はどうでもいい話。
今、最も重要なのは、結翔の状態を知る事。
最悪に近いのは知っているが、どれほどなのか自分では見た事がないから。
一番近くの水道に足を運ぶと、明らかに何かを吐いているような人の声が、聞こえた。
恐る恐る近付くと……口元と手を血で染めた結翔がそこに居た。
真っ青を通り越して白くなりつつある顔色は、血を吐いた所為で余計に体調が悪くなった事を、如実に表している。
「ゆ、結翔!? しっかりしろ! アタシが誰が、ちゃんと分かるか?!」
「…大丈夫…だよ。お前の事くらい、しっかり見えてる」
「ふざけんな!! 大丈夫な訳ないだろ! 引き摺ってでも保健室に連れて行くからな!!」
一通り怒鳴り追えると、アタシは保健室の先生に配慮し、血を落とす。
近くにあったハンドソープを使い、結翔の手を洗う。
力がまともに入ってない、弱々しい手だった。
血の跡が残らないように、優しく洗い流していく。
爪の隙間に入った血は上手く取れなかったが、それ以外は全部落とせた。
口元は……しょうがない。
スカートのポッケからハンカチを取り出し、水に濡らす。
「我慢しろよ」
「…ん」
少し強引だが、口元を水に濡らしたハンカチで拭いていく。
粗方、血で汚れた部分が無くなったのを確認すると、アタシは結翔の手を引いて保健室に向かう。
…抵抗は、されなかった。
いや、出来なかったのかもしれない。
力のない手は、強く握ったら折れてしまいそうで──とても怖かった。
──結翔──
保健室に着くと、戸の前に出張中の張り紙が貼ってあり、小さく自由に使えと書かれていた。
…養護教諭としてそれはどうなのか、薬の危険性を説く立場の人間が、勝手に使えとかこの学校ヤバいな。
そんなどうでもいい事を考えて意識を飛ばしていると、いつの間にか部屋の中に入っていて、ベットに座らされていた。
ももこは薬が置いてある棚を漁りながら、俺に話し掛けてくる。
「痛い所とか苦しい所、分かるか?」
「分からん」
「分からんって……言ってくれなきゃ、薬を──」
「いや、お前が一番知ってんだろ。俺に薬が意味ないの」
「……そうだった。調整屋に頼む…訳にはいかないし。頼れるあてはいろはちゃんくらいか?」
「そんなとこだな」
薬が効き辛く、治癒魔法もほぼ効果が見えない。
唯一、まともに回復出来る手段があるならみたま先輩の調整か、いろはちゃんみたいな、願いによって固有の能力──固有魔法が治癒の魔法少女に見てもらうことだ。
どちらにしろ、今の状況でみたま先輩は呼べないし、いろはちゃんを呼ぶ事も難しい。
それに、さっきは痛い所や苦しい所が分からんって答えたけど、本当は──痛過ぎて、苦し過ぎて、どこがどう痛くて苦しいか分からない…と言う意味だ。
吐血した所為で、余計に体調は悪化したし、嫌な鉄の味が口の中に残っている。
…これ以上、ももこに迷惑を掛けるのはあれだな。
「…ももこ、俺はここで寝てるから、お前は早く戻れ。心配しなくても、寝てれば少しは──」
「嫌だ。アタシも残る。少なくとも、いろはちゃんがここに来れるようになるまでは…な」
「でもなぁ、ここに居たって時間の無駄だぞ? 暇潰しの一つも出来やしない」
「アタシは、お前のアホ面見てるだけで十分暇潰しになるよ」
「ひでぇな」
軽口を言い合っている間は、少し気が紛れる。
…まぁ、本当に少しだが。
体の節々が痛いし、疲労感と虚脱感が大きい。
一度寝たら、そのまま起きられない…そう感じてしまう。
でも、寝ないと楽にはなれない。
少しでも休憩しないと、体が壊れる。
あの地獄を見るよりか幾分かマシだ、今は我慢するしか方法はない。
マギウスの計画を阻止するまで、死ぬ訳には──いや、消える訳にはいかないんだ。
座っていたベットにそのまま横たわり、布団を掛けて目を瞑る。
…温かい手が俺の頭を撫でて、優しく手を握ってくれた気がした。
何故かそれだけで、体が楽になって、俺は浅いながらも眠りにつくことが出来た。
──ももこ──
眠りについた結翔の手を握りながら、寝顔を眺める。
相変わらず、眠っている時の顔だけは年相応に子供っぽい。
…いつも、無理して気を張りつめてるから、こうやって眠っている時しか気の抜けた顔は見れない。
本当にコイツはバカでアホな奴だ。
アタシの事を『大切』だとか、『親友』だとか言って特別扱いするクセに、全然気を遣ってくれない。
何も言われないのが一番辛いって、コイツは知らないのか?
特別扱いするなら、最後まで特別扱いしろよ!
何を言っても良いから、全部話してくれよ!
話してくれなきゃ…なんも分かんないじゃんか…。
限度があるんだよ、アタシはお前の全てを知ってる訳じゃないんだよ!!
いい加減……分かってくれよ──気付いてくれよ、アタシの気持ちにさ。
「お前と幼馴染じゃなかったら、こうはならなかったのかな?」
返事が来ないことなんて、分かってる。
だけど、聞きたいんだ。
幼馴染じゃなかったら、ずっと隣に居なかったら……アタシはこの想いを──この苦しみを知らずに生きられたのかな?
…いや、無理だな。
アタシはどう足掻いてもお前と出会って、こんな関係に…なっていた気がする。
それに、今更だが、アタシはお前が隣に居ない日常なんて、想像できない。
「隣が良いんだ、隣じゃないと嫌なんだ…! もう、背中だけ見て生きるのはうんざりなんだよ」
隣に居たつもりで、いっつも後ろを歩いていた。
お前がいつも前に居て、アタシを守ってくれた。
…それだけじゃダメなんだ、それだけじゃ嫌なんだ。
隣が良い。
同じ場所に立って、同じものを…アタシは見たい。
本当に最低な奴だ。
バカでアホでお人好しで、いらない気ばかり回して、アタシを苦しめて…傷付ける。
でも、アタシはそんなお前が──藍川結翔が……
「好きだ、大好きだ。お前の隣に居るのはアタシが良い」
……アタシも最低だから、眠る結翔にイタズラをした。
きっと許されないイタズラだけど、別に良いよな?
初めてはもっと昔に済ませてるから、アタシらには挨拶みたいなもんだよな?
そう自分に言い聞かせて、唇を重ねる。
冷たいけどほんのり温かい、優しく柔らかい感触。
口の中に広がる鉄の味が、少しだけクセになりそうだった。
誰も見ていない事を、誰も来ない事を良いように使い、アタシは何度も何度も唇を重ね、口付けをした。
段々と歯止めが効かなくなって、漫画やドラマ、フィクションの中でしか見た事のない、舌を使った大人のキスに踏み込もうとした瞬間、「ガシャン!」と音を立てて保健室の引き戸が開かれる。
ビクリ、と体が跳ねて咄嗟に結翔から離れた。
…この時に気付けば良かった、自分の唇から糸が引いていることに。
「結翔ー! だいじょう──ぶ…?」
「つ、鶴乃!? …え、えっと、これは……」
「…どうしたの、ももこ? もしかして、看病する筈が、結翔と一緒に寝てたの? …ヨダレみたいの垂れてるよ?」
「っ!? …あぁ、悪い。教えてくれてありがとな」
「いえいえ、どういたしましてだよ!」
気の所為…じゃないよな。
ほんの少しだけ、鶴乃の目が酷く冷たく見えた。
…もしかして、鶴乃も?
あぁ、ダメだ。
今はそんなの考えてる時間じゃない。
五時限目は…そろそろ終わるな。
一応、いろはちゃんを呼びに行こう。
留守は鶴乃に任せればいいんだし、そうした方が良い。
…それに、今、鶴乃と二人で居る方が気不味いからな。
「鶴乃、結翔のこと頼む。アタシ、いろはちゃん呼んで来る。治癒魔法が効くか試したいからさ」
「りょーかいっ! 最っ強の由比鶴乃に任せてよー! ふんふん!」
鼻息荒くそう言う鶴乃に、その場を任せ、アタシはそそくさとその場を離れた。
──結翔──
テレパシーを使って鶴乃を呼んだのは正解だけど、色々な意味で失敗だったな。
見るからに不機嫌そうな顔で、俺を睨んでるもん。
…しょうがなくないか?
寝付けたって言っても浅かったんだから、途中で起きるのもしゃあないだろ!
ももこにキスされてる意味不明過ぎる場面で起きた所為で、起きるに起きれなくてタイミング見失ったんだから。
「モテモテだねぇ〜?」
「らしくないセリフ言うな。ただでさえ疲れてるのに余計疲れる」
「冗談だよ…。それより、どうするの?」
「…待ってもらうしかないだろ。マギウスの一件が終わるまで」
「だよね…」
自分で蒔いた種は自分で拾わないとな。
好意を無下にする行動は屑以下の行為だ。
…二度と、あんな事は起こさせない。
しっかりと答えられるように…決めないとな。
今日、決意がまた少し、固くなった。
次回もお楽しみに!
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