TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、女体へ飢えすぎにつき

 鳩が平和の象徴?

 いや、断固として俺は否と言うね。

 

 おっぱい。

 

 そう、おっぱいこそが平和の象徴なのだよ。

 

 鳩が揺れて幸せな気持ちになるか? ならないだろう?

 鳩がチラリズムに身を任せたってドキッとしないだろう?

 

 考えてみて想像してみてくれよ。

 

 おっぱいが揺れ描く歪な曲線。

 まさにそれは幸せの軌跡。

 チラリと服の合間から見える谷間なんぞ鼻血を止められない。

 熱く流れる血潮が一部に集まっていく事を実感してしまう。

 

 男なら。

 男なら、その様に遭遇し、実感してこそ世界の平和に思いを馳せてしまうってもんだ。

 

 実際あっただろう? 知ってるんだ俺は。

 おっぱい募金とかいう幸せ企画。

 

 ありゃ天才だよ。

 募金をして救われる命。

 募金をして得られる謎の満足感と陶酔感の嵩増し。

 

 そういう形ないもんをちゃんと手にできるんだ。

 真面目にその言葉、概要を聞いたときには目から鱗が落ちたよ。

 

 ……残念ながら生まれも育ちもど田舎の俺は出来なかったけどさ。

 

 いやさ愚痴じゃねぇけどさ!!

 そんな幸せイベントってやつは何で都会でやるんだよ!!

 

 こちとら! 駅まで三時間に一本しか出てないバスに乗り込みっ! 無人駅の改札くぐって二時間に一本しか停まらない電車に乗りっ! 何回乗り換えたらようやくマンションらしきものが見えると思ってんだっ!!

 

 電車が通ってることが奇跡だよ! むしろバスもだよ!!

 

 うん、落ち着こう。

 

 いや、いいんだ。

 実際にその機会を得ることが出来て失われる夢ってもんがあるはずだから。

 こうして想いを馳せているくらいが丁度いいんだろうさ。

 

 だけどさ、やっぱさ。

 

 住んでる所、ど田舎。

 一番近い年齢の異性なんて言えば二周りくらい離れていて、畑仕事に綺麗な汗かいてる肝っ玉系かーちゃんなお隣さん。

 

 ……性の目覚めではお世話になりました。

 

 それはさておき、同年代の女の子がいねぇんすよ。

 限界集落って知ってるか?

 もう見渡す限り人の良い爺ちゃん婆ちゃんばかりなんよ。

 すんげーお世話になってて感謝の気持ちに絶えないけどさ。

 今も謎の行事と言わんばかりによくわからん注連縄巻かれた岩を磨いてるけどさ。

 

 でもさ!

 

 お祭りで! 浴衣着た可愛い女の子のうなじを辿って見える二つのお山。

 ちょっと何処見てるのよ! なんて顔を赤くされながら言われたりさ。

 もう、えっちなんだから、あとでゆっくり、ね? なんて色っぽく言われたりさ。

 見たいの? もーしょうがないなぁ! はいっ! なんて無邪気にご開帳されたりさっ!!

 

 ご都合主義? 知らんがな!

 エロゲ脳? 二次元に求めるくらい許せ!

 

 そういう青春が! 送りたかったんだよ!!

 

 え? おっぱいおっぱい煩い?

 

 あぁいや、わかってる。

 よしよしわかってるさ。

 

 お尻もいいよな? うんうん、俺だって大好きさ。

 

 例えば食い込み。

 

 ありゃロマンだよ、そうだよそうに決まってる。

 ましてやその食い込みを直すシーンなんぞたまんねぇよな。

 

 太ももだって実に良い。

 

 ムチムチが重なってむっちり。

 最高じゃねぇか挟まれたい。

 

 わかる、理解している。

 

 要するに、だ。

 

 女体は素晴らしい。

 変態と言われようがキモイと言われようがこれだけは譲れねぇ真実。

 

 何度も言うが、俺のようにしわくちゃに囲まれて育った人間は余計に憧れるんだよ。

 ぼっち飯なんていいじゃん、周りには関わりなくてもいるんだろ? 男も女も。

 だけどさ、俺、学校とか行ってもさ。

 教師すらいねぇんだぞ? 教壇に立ってくれてたの爺ちゃん婆ちゃんだぞ?

 

 限界集落で限界だったんだよ、青年の迸るリビドーを胸に秘め続けるのはっ!

 

 つまるところ俺は。

 

「女の身体が見たいっ!!」

 

 

 

 とは言った。

 間違いなく言った。

 

 だけどさ。

 

「弥生ちゃん! 大丈夫っ!?」

 

「は、はぇ?」

 

 目を覚ましてみればすんごく心配そうな顔を俺に向けてくる女の人。

 

 女の人?

 

「良かった……身体におかしいところはないでござるか?」

 

 ござる?

 え? てか髪長っ!? 赤っ!? 女の、人……?

 

 いや、違う。

 

「けん、しん……?」

 

「おろ? 拙者、名乗った覚えはないでござるが……」

 

 左頬に十字傷。

 忘れようにも忘れられんでしょ、るろうに剣心の主人公。

 

 え? いや、はい?

 

「良いじゃない剣心、もしかしたら眠っている間に聞こえてたのかも知れないじゃない」

 

「そう、でござるな。なんとなくは感じていたでござるが、薫殿はやはりおおらかな御仁のようだ」

 

「何よ、別に良いじゃない」

 

「悪いとは言ってござらんよ」

 

 てことはこの人神谷薫……さん?

 目の前で夫婦漫才を繰り広げてるこの二人。

 

 あ、いや、確かにこの二人は結ばれるけど――

 

「づっ!?」

 

「! 大丈夫!?」

 

 いってぇ……頭、めっちゃズキズキする……なんだ、これ?

 風邪、でも引いてたっけか? 俺……。

 

「私、先生引き止めてくるっ!!」

 

「薫殿っ!? ……これは」

 

 バタバタと薫……さんらしき人が部屋から出ていった。

 いてぇ……いてぇよ、クッソ、まじ……。

 

「弥生、殿でござったか? お主は、何を探しているでござる?」

 

「探し、て……?」

 

 んだよ、別に何も探してなんか……。

 

「ここには……拙者の逆刃刀以外、刀はござらんよ」

 

「っ!?」

 

 思わず、顔が上がった。

 俺の意思じゃない、上げようとなんて思ってない。

 だけど確かに俺は目の前で目を真っ直ぐに見てくる剣心らしき……いや、剣心の顔を見て。

 

「なるほど。先の件、やはりあれは拙者を狙ったものでござったか」

 

「先の、件?」

 

「覚えて、ござらんか? あの抜刀斎を騙る大男とその手下。拙者が叩き伏せていく中感じた剣気……お主のものでござろう?」

 

 気づけば、頭痛は気にならなくなっていて。

 目が覚めていきなりわけわかんないことになってて、混乱しているはずなのに。

 何故か思考は冷えていて。

 

「……どうやら拙者は、ここに居てはいけないのかも知れないでござるな」

 

 そう言って立ち上がろうとする剣心。

 その目は近い内に話を必ず聞く。

 だから今はゆっくり休めと言っていて。

 

「駄目……です」

 

「……」

 

「出てっちゃ、駄目、です」

 

 剣心の着物の裾を無意識に握っていた。

 

 それは、何でだろう。

 

 なんとなく、この手を離したら剣心は薫さんの下からも離れると理解できた。

 それはいけない。

 この人は薫さんと幸せになる人で。

 ここから離れると、漫画で語られたように孤独と罪の意識で押しつぶされるように生涯を終える。

 

 そう思ったから。

 

「……ふぅ、やはり同じ場所で過ごす人とは似るものでござるな」

 

「……」

 

「薫殿と、よく似た目でござる」

 

 そう言って、漫画で見慣れた困った笑い顔で座り直してくれた。

 

「落ち着いたら、教えてほしいでござる。もしも拙者に……いや、拙者の過去に起因するものがあるのなら、尚更」

 

「あり、がとう……」

 

 再び頭痛が苛む。

 だけど妙な安心感があった。

 

 この人を、この場に留めることが出来た。

 

 何故かそんな確信。

 それに、酷く安堵した。

 

 横になってみれば硬い枕。

 いや、そもそも俺が枕と思っているもんじゃない。

 

 妙に高いし、頭を包む感触すらない。

 あぁ、そうか、明治時代にポリエステルなんぞありはしないか。

 

 明治時代。

 

 そうだ、るろうに剣心って言えば確か明治十一年。

 ざんぎり頭を叩いて見れば文明開化の音がする。

 そんな歌が歌われてから十一年。

 

 あぁ、変な実感の仕方をしてしまったな。

 

 ここは、間違いなく。

 俺の知ってる世界じゃねぇや。

 

 

 

「大丈夫? 弥生ちゃん」

 

「え、ええっと、はい。もう大丈夫です」

 

 心配ですって顔に書いてる薫さんの膝の上。

 

 くっそ柔らかいんですけど……これが、女の人……。

 

 とりあえず頭痛は収まった。

 と言うかあの後どうやら気を失ってたみたいで、その間に先生……ってーと小国玄斎って爺さんだっけか? 神谷活心流道場のかかりつけ医。

 多分その人が診察してくれたんだろう。

 

 聞く所によると特に外傷はでかいたんこぶ以外見られずとのことで。

 頭を打った衝撃がまだ残ってるんじゃないかとか。

 

 まぁ明治時代の医学がどれだけ進んでいるかなんて詳しくないけど、流石にMRI検査だCT検査だなんだがあるわけもないし、そう言った診断結果になるのかも知れない。

 

 んで、だ。

 

 どうしてこうなった?

 

「えっと……薫、さん……ですよね?」

 

「え? うん、そうだけど……どうしたの?」

 

 心配顔から不思議そうな顔へ、そして。

 

「も、もしかして忘れちゃった!? 打ちどころが悪かった!?」

 

「あばっ!? あばばばばば!?」

 

「か、薫殿っ!? 頭を打った人の頭を揺するのはやめるでござるっ!?」

 

 あー……世界ががっくんがっくんするぅ……。

 

 間違いねぇ、神谷薫だ。

 だから何でさっきから変な実感の仕方してんすか……おろろろろー……。

 

「ご、ごめんなさい!?」

 

「だ、だいじょーぶ……れすぅ……」

 

 あっかんて。

 めっちゃ目回ってるって。

 

 ていうかさー……。

 

「ごめんね、ごめんね弥生ちゃん」

 

「は、はい、大丈夫、大丈夫ですから」

 

 うん、謝り続けられるのもあれなんだけどさ。

 それよりも。

 

 これ、誰の声だよ。弥生って誰だよ。

 俺はど田舎育ちの限界青年だぞ。

 

 こんな可愛い声何処から聞こえてんだよ。

 

「ふぅ……とりあえず大丈夫そうでござるな? 流石に婦女子の部屋に居続けるのも気が引けるでござる。薫殿、後はよろしく頼むでござるよ」

 

「うん……あ、改めてありがとうね剣心」

 

 そう言った薫さんに向けて柔らかく笑う剣心。

 そのまま部屋から出ていった。

 

 あーそっか、婦女子の部屋ってことはここ、薫さんの部屋か。

 申し訳ないことしたな、俺みたいなムサい男に寝具まで貸して。

 

「あ、じゃあ自分も……」

 

「え? 弥生ちゃん何処に行くの?」

 

 立ち上がってそう言えばそんな言葉。

 

 いや、何処に行くも何も……何処に行けば良いんだろ……。

 まぁ、雰囲気からして何かしら繋がりがあるっぽいし、一晩だけ泊めてもらえるようにお願いしようか。

 

 明日のことは明日考えよう、なんだか身体も変に……変に、軽すぎる?

 

「い、いや、流石に薫さんの部屋ですよね? ここ。も、申し訳ないんですけど何処か部屋貸してもらっても良いですか? 一晩だけ泊めてもらいたいのですけど」

 

「え? いや、ねぇ? 何、言ってるの? ここ、弥生ちゃんの部屋、よ?」

 

「はい?」

 

 弥生ちゃんの部屋? ヤヨイチャンノヘヤ?

 弥生ちゃんって誰? ヤヨイチャンッテダレ?

 

「ちょっと……本当に大丈夫? もしかして、本当に忘れちゃった……!?」

 

「え? あ、あの? いや、その?」

 

「た、大変っ! けんしーん!! いや違うわね、せんせーーーい!!」

 

「あっ!? 薫さんっ!?」

 

 い、いっちまった。

 

 ええ……? いや、ここが弥生ちゃんとやらの部屋って言われても……ん?

 

「……うそん」

 

 ふと視界に入った鏡。

 明治時代にこんだけ綺麗な鏡ってあるもんなんだなーなんて現実逃避もしたくなる。

 

「こいつ、誰だよ……」

 

 映った自分らしき存在に目を疑う。

 右手を挙げれば目の前の女の子が右手を挙げて。

 頬をつねってみれば同じく綺麗な顔を歪ませて。

 

「……はぁ?」

 

 何よりも。

 

 おっぱいがあった。

 

 浴衣っぽい服を押し上げる胸の膨らみ。

 恐る恐る触ってみれば柔らかい二つのお山はぽよぽよ形を変えて。

 

「うーん……」

 

 何度気を失えば良いんだ俺は。

 

 あぁでもこれだけは言える。

 

「女体にリビドー、こうじゃない」


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