TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、剣客につき

「お、重くないですかっ!?」

 

「あぁ? 全然軽ぃ軽ぃ、ちゃんとメシ食ってるか?」

 

 左之助の背中におぶられて進むは観柳邸。

 とりあえず女として言っておかないといけない台詞を言ってみればカカカと笑う左之助。

 

 外とは違って中は私兵と思わしき奴らは居ない。

 なんでだろうね、御庭番衆が自分たち以外がいることを嫌ったとも取れるけど、鉄砲なんしの火器は狭い室内でも有効だと思うけど。

 

 まぁ都合がいいのには変わりない。

 外から見た景観から予測して、何ていう誤魔化しを交えつつ道をこっちじゃないかと誘導しつつ。

 触れられなかった般若の過去を、ここまでして四乃森蒼紫に仕えようとするなんてとか、なんちゃってなフォローをしつつ進んでいけば。

 

「っとぉ!」

 

 でっかい鉄球が飛んでくる。

 

「ぷぎ」

 

「あ……」

 

 そして鉄球を避けた左之助の背中から落ちる俺。

 ……か、顔打った……。

 

 お、お嫁にいけ……行く気はないっ!!

 

「ここまで来るってこたぁ般若が倒されたってわけかい……なかなかやるねぇ」

 

 あ、あざーっす! 式尉さんあざーっす!

 微妙な雰囲気に流されず原作展開まじ感謝っす!!

 

「江戸城御庭番衆、本丸警護方式尉――アイサツ代わりだっ! もう一丁!」

 

「オラァッ!」

 

 ナイスキャッチ左之助。

 良いですよ、俺を落っことしたのは不問にしますよ? うん。

 

「さっさとあのヒネクレ女引っ張ってこい!」

 

「左之……弥彦、行くぞっ!!」

 

「応っ!!」

 

 はーいいってらっしゃいませー……あーどっこいしょ。

 やっぱすげぇな剣心、弥彦担いであの身のこなしとか真似できる気がしないよ、なんだよ階段の手摺を飛び跳ねるって。

 まじ超人……。

 

「弥生、わりいな」

 

「いーえ結構です。それに……」

 

 ――かっこいいとこ、見せてくれるんですよね?

 

 そんな挑発をしてみれば。

 

「ハッ! しゃあねぇ、おめーのぼでぃがぁどが如何に強いか……見せてヤんぜ!」

 

 にっかり笑って言ってもらえた、流石です。

 

「三下とは言え喧嘩屋斬左なんて言われたぁヤツが、いまや女の前で粋がる男になっちまったとはねぇ」

 

「あ?」

 

 おっと式尉さん、なかなか挑発の腕前がよろしいですね。

 というかやめろ、色々俺に効く。こんなナリですけど男です……心は。

 

「斬馬刀も無くなっちまってなぁ。まぁ一番いいとこはお頭に譲って、俺様はお前で我慢してやるぜ」

 

「勘違いしてんなよツギハギダルマがっ!!」

 

 はい、じゃあ俺はもうちょっと休むので後よろしくおねがいします。

 

「三下で我慢してやるのは! 俺の方だぜ!!」

 

 

 

 安心して腰を落ち着けて見てられるってのはもちろん原作知識って存在もあるけど。

 

「どいつもこいつも強ぇだけなんだよ。強者どうしが集まりゃそりゃ強ぇ……だが、それだけだ」

 

 ――緋村剣心は、違うぜ。

 

「強さに溺れて武田観柳の走狗に成り下がったてめぇらなんざと! 緋村剣心は器が違うんでぇ!!」

 

「くぉ……のっ!!」

 

 強さに溺れているのが今の江戸御庭番衆なら、暴力に溺れていたのは左之助。

 

 そこからすくい上げたのは剣心だけど、先を歩み始めたのは間違いなく左之助だ。

 その一歩は重いもんだっただろう。

 負けました、間違ってましたと言われてすんなり納得できるヤツなんていない。

 だから恵さんのことだって最初は渋った。背負う悪一文字が左之助を囃し立てた。

 

 それでも、今。

 左之助は戦っている。

 

「大口を叩くのはこの式尉様を倒してからにしな!!」

 

「そういうところが……強さに溺れてるってんだボケェッ!!」

 

 式尉の両手から嫌な音が響いた。

 

 勝負あり、だ。

 

「いくら頭が固くても……中身はそうじゃねぇ、だったよな」

 

 左之助の拳打を額に受けて、ずるりと床に沈む式尉。

 

「てめぇも機会があったら剣心と戦ってみな……なくしちまった大事なもんをもしかしたら取り戻せるかもしれねぇぜ」

 

 不意にふらつく左之助の身体。

 その身体を。

 

「……そういうところ、ですよ? 左之助さん」

 

「……けっ」

 

 しっかりと受け止めた。

 

 どことなく満足げな表情で気を失った左之助。

 

「剣心さんの器が違うって言えるあなたも……負けないくらいでっかい器なんですよ」

 

 面と向かってなんて恥ずかしくて言えたもんじゃないから今のうちに。

 

 ほんとに、この世界にはかっこいい奴らが多すぎる。

 これじゃあ俺、女になっちまうよ……いやいや勘弁してくれ。

 

 とりあえず。

 左之助を床に寝かせるのはちょっとあれかなと思って膝枕。

 むしろ俺が弥生に膝枕されたいのでちょっと嫉妬する気持ちが無いことは無い。

 

 まぁこっからは左之助含めて式尉、般若の覚醒待ちだしもっと言うなら剣心と蒼紫の戦いに決着がつくのを待つ他ない。

 

 それが終われば……。

 

「……江戸、御庭番衆の終焉、か」

 

 四乃森蒼紫というお頭が存命で終わる以上消滅というわけではない、形だけ、ではあるけど。

 それでも蒼紫は修羅道を往くことになる。

 

 どうにか、それを回避する手段はないかとも考えるけど。

 

「……辛い、な」

 

 それはきっとやってはいけないこと。

 

 江戸城御庭番衆の終焉は、京都御庭番衆との絡みへと繋がる。

 そして修羅の道に堕ちた蒼紫と剣心は志々雄真実のアジトで対峙しなければならない。

 

 もしかしたら、それをなさずに全員が救われるルートなんてのもあるのかも知れないけど。

 残念な俺の頭はそれを思いついてくれない。

 

 それが、悔しい。とても悔しい。

 

「……巫丞弥生と言ったか」

 

「っ!?」

 

 声に視線を上げてみればそこには。

 

「……いやー、ほんと般若さん(・・)の顔はびっくりホラーですよ」

 

「ほらぁ?」

 

 般若さんが立っていた。

 いやほんとこの人の顔は夢に出てくるわ、今日寝られるかな。

 

「……式尉も、負けたか」

 

「ええ、左之助さんの勝ちです」

 

「お前は……いや、肝が座っているのは先でわかっているが……それにしても」

 

「寝首をかいてまで得る勝利に価値なんてないでしょう?」

 

 まぁあなたの台詞なんですけどね。

 そういって見れば表情がわかりにくいはずの般若さんは穏やかに笑った気がした。

 

 

 

「行かない、のですか?」

 

「お頭の邪魔をする気はない」

 

 そういう般若さんは心の底から蒼紫の勝利を信じていて。

 左之助は狂信と評したけど、俺にはどうもそんな風には思えなくて。

 

「それにお前へ負けた私だ、どの面を下げて会えと言うんだ」

 

「……お得意の変装でそこは一つどうでしょう? そのためのお顔でしょう?」

 

 一本取られたと小さく笑う般若さん。

 

 こうして敵対が終われば、なんてことはない平和を感じてしまいそうで。

 

 もし。

 もしも、ここで武田観柳がガトリングガンを準備していると言えたのなら。

 

 そんな考えが過って、口にすることを堪える作業に苦労する。

 

「もし、もしも……」

 

「言うな巫丞弥生。我らは御庭番衆、もしもの話に興味はない。それがたとえどのような空想であってもだ」

 

 溢れ出そうになった想いを止められる。

 そうじゃない、そうじゃないんだと言いたいけれど。

 それすらも止めるかのように、現実をいつでも、どこまでも現実として受け止める覚悟を示された。

 

「お前は強かった。私が負けたということがその証明になるかはわからんが……その強いお前が空想に逃げるんじゃない」

 

「……はい」

 

 それどころか諭されてしまう。

 

 この訳のわからないまま生きることになったるろうに剣心の世界。

 これは紛れもない現実で、簡単に……簡単に人は死ぬ。

 そう、言われてしまったようにも感じてしまう。

 

 俺が思う、最後の覚悟。

 

「私は……剣客として、生きていけるでしょうか?」

 

「剣客として、か」

 

 やっぱりこの人は面倒見が良いのだろう。

 さっきまでまじもんの殺し合いをしていたのにも関わらず、至極真面目な顔をしているであろう様子で考えてくれる。

 

 俺を、操と重ねているんだろうか。

 もう、二度と会えないまま終わる、かつての教え子を。

 

「生きていけるかどうかはわからん。だが、生きていこうとする。その強い意思こそがその成否を決めるのではないか?」

 

「強い、意思」

 

 生きてみせるという、覚悟。

 弥生のせいでこうなった、なんて言い訳しない。

 自分で自分のケツを持つ。

 そんな至極真っ当な覚悟。

 

「お前を詳しくは知らない。ただあの道場の奉公人としか調べがつかなかったからな。だが、紛れもなく私を倒したことはその道を征く歩みだろう」

 

「……」

 

 そうだ、今更だ。

 勝利したということにビビってる場合じゃない。

 

 ビビるなんて情けないんだ。

 それじゃ負けたヤツに顔向け出来ない。

 

 それに俺は神谷活心流。

 負けを許されない。

 勝って笑って守ったものを安心させる存在。

 

「ありがとうございます」

 

「ふん……嫌味にしか聞こえんな」

 

 舌打ちした般若さんだけど、やっぱり何処か笑ってるような気がした。

 

 そして。

 

「っ!!」

 

「……上で何か異変が起きたようだな」

 

 ついにその時がやってきた。

 

「――般若さんっ!!」

 

「む?」

 

 言葉にできない。

 かける言葉も思い浮かばない。

 

 これから死地へと赴く勇士に、俺は何も出来ない。

 

 だから。

 

「……敵に頭を下げるバカが何処にいる」

 

「……」

 

 呆れたような声を頭の上から聞いて。

 それでも俺は涙を堪えて頭を下げ続けた。

 

 

 

 俺は、忘れない。

 幕末、その力を振るえずに終わり。最後の最後まで戦う事を選び続けた御庭番衆を。

 

 二つの結末。

 

 その戦いから逃れられず命を散らしたものに華を添えるため修羅へ赴くものの姿を。

 

 これが、戦い。

 

 守られたもの、得たものはある。

 

「弥生?」

 

「恵さん」

 

 小国先生と共に道場を去ろうとする恵さん。

 やけに心配そうな顔をされてしまう。

 

「……あなたも、本当にありがとうね」

 

「へっ? あ、あう?」

 

 ぎゅっと抱きしめられてしまえばいい香り。

 

 き、き……。

 

 キマシタワー!!

 

「これでも私は名医のつもりだから……いつでもいらっしゃい? おはぎでも用意して待ってるからね」

 

「ひゃ、ひゃいぃ……ありがとうごじゃいましゅ……」

 

 薫さんとは違うにおひ……あー……たまんねぇぜ……。

 

 最後に間近でにっこり笑った恵さんは、いつもの調子で……いや。

 ようやくらしい彼女で門をくぐっていった。

 

「剣心、おめぇ……」

 

「わかってるでござる。きっと蒼紫は傷を癒やして、確実に拙者へと勝てるという自信と実力を身に着けてから再び姿を現すでござろう」

 

 こうして原作通りになった。

 それは安心するべきことのはずだけど。

 

 やっぱり何処か少し、しこりのようなものが心に残り続けていて。

 

「そういえば弥生殿?」

 

「え、あ、はい?」

 

 にかっと笑いながら剣心はおもむろに言った。

 

「般若を倒した時の技でござるが――」

 

「し、し……知りませぇえええん! ひ、ひしょが……ちがう! 身体が勝手に動いただけですぅ!!」

 

 さ、言い訳考えないと。

 それが、問題だ。 


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