TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… 作:ベリーナイスメル
夢を見た。
どんな夢か思い出せないとか言う言葉はない。
だってそうだろう?
ただ目の前に弥生が立っているだけの夢なんて忘れられるはずもない。
その弥生はじっと俺を見ているだけで、ただただ本当にじっと見ていただけで。
不意に笑顔を覗かせたと思った時に目が覚めた。
何だって言うんだろうね、ほんとに。
鏡越しじゃなくて見る弥生は俺がやる弥生よりも弥生らしく笑ったから、多分言うところの本物ってやつなんだろう。
枕元に立つとか怖すぎるからあんまり考えたくないけど、怖いもんだっていうふうには捉えられないから不思議なもんだ。
まぁそんな事はいい、些細なことだ。
「さ、三条燕です……よろしくおねがいします」
そうだよ今日は燕ちゃんが赤べこにやってきた日なんですよ! テンションあがるね!
やっぱりおどおどしてる様だけど可愛いからオッケーです、これから一緒に頑張りましょうねどうぞ。
ほらほら妙さんもニコニコ頷いている。
――東京府士族! 明神弥彦だっ! よろしくおねがいしますっ!
先に働き出した弥彦ちゃんの挨拶を思えばなぁ。
礼儀正しいのかどうなのか。その挨拶はどうなの弥彦ちゃん。妙さんも苦笑いしてたし。
もちっと言葉使いをですね? いやまぁ頼もしい雰囲気ではあったけど。
まぁ可愛いってレベルで考えてくれてるかな?
「燕ちゃんは……そうやね、弥生はん?」
「あ、はい?」
「最初のうち、燕ちゃんの面倒見てもらってかまへんやろか?」
おっとぉ……こいつぁときめきイベントが来やがりましたね?
アルバイト先に新人がやってきた、そして先輩として教える日々。
最初はミスしまくるドジっ娘を優しく手ほどきしていくうちに信頼されて……ぐふふ。
はっ!
いかん、燕ちゃんだぞ俺。
燕ちゃんは弥彦の嫁、異論は認めない。それはもちろん俺に対してもだ。
「はいっ! お任せ下さいっ! よろしくおねがいしますね? 燕ちゃん!」
「は、はい! よ、よろしくおねがいします! えと、弥生さん」
おぉっとそいつはちょっと待ってくれ。
弥彦との仲を邪魔する気は欠片もないが、邪魔にならない程度にならわがままを言わせておくんなまし。
「違いますよ燕ちゃん」
「え? ち、違うって……な、何がですか?」
「先輩」
「はい?」
「私のことを呼ぶときは、先輩と呼んで下さい。あ、弥生先輩でも構いませんからね?」
これだけは譲れない。
可愛いおどおど系後輩がちょっと顔を赤らめながらも一生懸命に先輩にちょこちょこついていこうとする様子。
たまんねぇな?
「わ、わかりました! 先輩!」
「うん、大変良く出来ました。それじゃあ説明するから来てくださいね」
あ、なんですか妙さんその顔は。
大丈夫安心して下さい、すぅぐ一人前にして差し上げますから手取り足取りうへへ。
「……馬鹿姉弟子」
「なんですか? 弥彦ちゃん」
「なんでもねぇよっ!」
大丈夫だって、綺麗な身体で返してやっからよぅ……ぐへへのへ。
さてまぁそんな感じで燕ちゃんと弥彦が赤べこで働くようになって数日。
弥彦は逆刃刀を買うために、燕ちゃんは……まぁ、お家事情というか、没落した士族とは言えかつての主君である長岡幹雄に赤べこで強盗するための協力を強いられて。
弥彦も言っていたがこの明治って時代になっても旧柄に囚われてしまうのは馬鹿らしいのかも知れないけど。
やっぱりそれも一つ燕ちゃんの魅力なんだろう。
実際るろうに剣心の明治時代はもちろん、俺が知っている明治時代だってそう詳しくはない。
何が普通で普通じゃないかなんていまいち判断が付きかねる。
素直で実直。
気弱なところも守ってあげたい系女の子ってなもんで。
それに加えて美少女、俺にとっちゃもうそれだけで百点満点文句なし。
守らないと……使命感ってなもんだ。
とまぁ小難しく原作知識から考えてみるけど。
「せ、先輩。も、戻りました」
「うん、おかえりなさい。炭、重くなかったですか?」
「あ、あの。弥彦ちゃ……弥彦くんが手伝ってくれて」
あーそかそか。弥生ファンの相手だなんだで忙しかったけど。
なんか見覚えある顔が座敷に座ってるなとは思ってたんだ、もうそんな時期か。
やだなぁ、こんな俺を先輩として頼りにしてくれる幼気な美少女に行かせたくねぇなぁ。
「コラァ! 注文遅いぞぉ!」
「江戸っ子は気が短いですねぇ……ちょっと待ってて下さいね、行ってきますから」
「あ、あの! わ、私が行ってもいいですか?」
よくないです。
あーとってもよくないです。
けどなぁ……これってあれだよなぁ……弥彦の所謂初お披露目に繋がるイベントだよなぁ……。
「……大丈夫ですか?」
「はい、いつまでも先輩に迷惑かけてられませんから」
やだなにこの子尊い。
っく! てやんでぇこのやろぅめぇ! 泣かせるじゃねぇか! くぅー!
「わかりました……じゃあ、お願いできますか?」
「はいっ!」
はー健気。
このイベント終わったら輪をかけて可愛がろ。
「あ、妙さん。出した分の炭補充行ってきますね」
「え? ええの? 汚れてまうよ?」
「構いませんよ。燕ちゃんもそろそろ接客中心で頑張ってもらわないと」
「そうやね……うん、燕ちゃんも独り立ちせなあかんね。じゃあお願いしてもええ?」
うんうん任せてくださいやし。
まぁ、この後の顛末を見に行くためなんですけどね。
あ、ちゃんと戻ってきます。我慢できなくなって返り血で汚れてたら許してねてへぺろ。
赤べこ裏で弥彦が頑張ったのを見て。
燕ちゃんが殴られた瞬間飛び出そうになったのをなんとか堪えて。
弥彦が頑張ってお手製の対複数相手への訓練道具を作ったけど一蹴されて。
「じゃあ他に何か良い手があるのかよ!!」
「そ、それは……」
さて、それじゃあ剣心のありがたーいお言葉を……ってあれ? 薫さん? 何で俺をチラ見してるんですか?
あ、なんですか弥彦ちゃん、何で続いて俺を見るんすか?
「なぁ馬鹿姉弟子」
「……なんとなーく嫌な予感がするんですけど、なんでしょう弥彦ちゃん」
「俺に……避け方教えてくんねぇか? 複数相手はやっぱり、その、なんだ。一度態勢を崩されたらなし崩しにやられちまうだろ? 頼む」
はいきましたー。そうですよね、そういう可能性もありましたね。
「いやいや、私なんて教えられるほど――っと」
「へぇ? 後ろから投げた石をまるで見えてるかの如く避けられるってぇのになぁ?」
左之助ぇ!! おまえ、おまえなぁ!? ニヤニヤしてんなし!?
しかも割と思いっきり投げただろ! 脅威判定バッチシなくらい! 何すんだよこのボディガードは!
「頼む」
「あ、あは……あはははは……はぁ」
ちらっと洗濯してくれてる剣心の方を見るけど……あーダメだよあの人ニコニコしてるだけだよ。
ありがたぁい教えを弥彦に言い渡してやってくれよ、俺じゃあ説得力ないってば。
あれですか、俺が過去のことをほじくり返すなんていやらしいですよなんて龍巻閃のこと煙に巻いた仕返しですかそうなんですか。
「……弥彦ちゃん」
「おう」
言ってもなぁ……。
ほんとに俺は弥生の異能を深く考えずそういうモノとして納得しただけなんだ。
細かい理屈だとか、どうやって察知してるのとかそういうのはさっぱりなんだ。
だからまぁ、そうだな。
「私だって、一度にそんな多くの相手から攻撃されたらひとたまりもありませんよ。飛天御剣流を修めているとかなら兎も角ですけど?」
「おろ?」
あー白々しいなぁ剣心は! ほら、笑ってんじゃねぇかちくしょうめ!
「そっか……」
「私と弥彦ちゃんに大きな差なんてありません。私が見切れる攻撃なら弥彦ちゃんにも見切れます。それでも言えることがあるとすれば、そうですね。複数を相手にしなければ良いんじゃないですか?」
「相手に、しない?」
はいはい、じゃあ剣心の台詞を容赦なく奪うことにしますね? 弥彦ちゃんのリスペクト成分奪っちゃいますからね!
「例えば、逃げる」
「逃げるぅ!?」
「そうです、逃げていれば当然脚力の差で相手はバラけます。そこを一人ずつ一刀のもと斬り伏せる……まぁ自身に優れた脚力があることが前提ですが。要は一対一で戦える状況を作ることですよ」
そう言ってみれば弥彦は考え込みだして、剣心や左之介、薫さんはなんかわかんないけど感心したような目を俺に向けてきて。
やめてくれぇ……恥ずかしいというかなんというかなんだよってば……。
けど般若に勝ってからってからというものの見方をちょっと変えられた感は否めないんだよなぁ……。
まぁいいや。
とりあえず最後までちゃんと言おう。
「弥彦ちゃん」
「……なんだ?」
「私が言うにはいささか足りない面が大きいですが……神谷活心流は活人剣。その剣を振るう時、必ず自分の後ろには誰かが居ます。自分と、その誰か。二つの命が剣にかかっているんです……敗北は
「……!」
命は投げ捨てるものムーブかましてる俺が言うのはすんげーお門違いなんだけどもね。
ほら、薫さんも困った顔してる、そうだけど弥生ちゃんが言うなって顔してるきっと。
それでもまぁ。
「応っ!」
神谷活心流で強くなってくれな? 弥彦。
「こんな夜更けにお散歩ですか?」
「っ!?」
あーごめんて。びっくりさせたよね、ほらほら怪しいもんじゃなーい。あなたの先輩です。
「弥生、先輩と……?」
「神谷薫、弥彦の師匠よ」
さて……おうおう、やってるね。
しっかり主犯さんとの一騎打ちに持ち込めてるじゃないか、流石です。
「主家に尽くすのが武家士族のしきたりと幼い頃から教わってきました……ですが、他人様にかかる災難は見過ごせません。そう思って是が非でも止めようと思って来たら弥彦ちゃんが」
うん、やっぱり燕ちゃんはいい子だ。
確かに形だけ見れば悪事の片棒を担ぐ真似をしたわけだけど……なぁに、未遂になっちまえばそりゃ無かったで済む話だ。
ささ、薫さん、言ってやってくださいよ。
「……弥生ちゃん」
「……え」
ガッデム! こんなとこで原作改変やめてくれっ!
ここで薫さんと燕ちゃんのキマシタワーフラグを建てないでどうするんだっ!!
あーやめて下さい燕ちゃん! そんな目で俺を見ないで!
「……ここは弥彦ちゃんに任せて下さい。もう、あの男は燕ちゃんじゃ止められないです。でも、その代わり」
「その、代わり……?」
あーもう……どう修正していくかなこのあと……ええいままよっ!
「
「せん、ぱい……」
「そうよ燕ちゃん。四民平等の世になったと言っても、人の心が変わらないと何の意味もないんだから」
「薫、さん……」
うんうん、いい塩梅、かな?
二人の戦いに目を向けてみれば。
「甲元一刀流!! 必殺! 浮足落としっ!!」
「勝って!! 勝ってお願いっ!! 弥彦
勝ちフラグ来ましたーついでに弥彦と燕ちゃんフラグも建ちましたね間違いない。
「俺は、勝ぁつ!!」
見事に弥彦ちゃんは勝利を修めてくれましたよっと。
「いらっしゃいませぇ!」
「なんや燕ちゃん元気になったねぇ」
「ええ、良い事です」
ちょっとだけ前向きに、というか素を出し始めたんだろう燕ちゃんは忙しそうに店を駆け回ってる。
「はいはい、そういうお店へどうぞ!」
「あいてっ! ち、違うんだ弥生ちゃん! こ、これは魔が差した……俺は弥生ちゃんひとすじだあああああ!!」
「……あ、あはは。ありがとうございます、先輩」
気弱そうなところを助平オヤジに狙われそうになってるのは不安だけども。
まぁこの俺が目を光らせてるから大丈夫だ問題ない。
だから安心しろよ弥彦。
「な、なんだよ」
「いや別に何もないですよ弥彦ちゃん。あぁ間違えました、弥彦、君?」
「――ブッ殺す!!」
「あわ、あわわわ!?」
「はいはい、お仕事中ですよお仕事中! 倉庫整理お願いしますね」
「ちっ! 帰ったらシメテヤル……!」
肩を怒らせて倉庫に向かう弥彦にニヤニヤしてしまうのも仕方ないでしょう? 許せ。
当面からかう所存で予定だから。
「あ、あの」
「うん? どうしましたか?」
「わ、私も手伝いに行って、いい、ですか?」
……。
「もちろん構いませんよ。接客は私に任せて行ってきて下さい」
「あ、あう……その目はやめてほしいです」
そう言いながらもパタパタと後を追っていく燕ちゃんを見送って。
うん。
「……来たな」
場所が場所ならガッツポーズを決めていたに違いない。
これで燕ちゃんと弥彦は安泰だろう、安直か?
さて、後は。
「あぁ……俺たちのやよつばが……」
「言うな……弥生ちゃんだけでも最の高だろ……」
俺と燕ちゃんの百合光景かっこ妄想を愛でる会の連中を叩き出すだけだな。