TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル

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すまねぇちょっと死にかけてましたが私は元気です


その男、開き直りにつき

 由太郎を助けよう。

 

 いや、簡単に決めた訳じゃない。

 正直原作改変なんて大それたことをしたくない気持ちは未だにあるし、その結果バタフライエフェクトよろしく変わった未来に対して責任を取れるのかなんて不安だってある。

 それでも、だ。

 

「しっ!」

 

「……良い太刀筋です」

 

 振るわれる剣閃。

 俺みたいな素人だって剣才に溢れたものだと理解できるほど。

 

 それだけじゃない。

 由太郎の剣は既に弥生センサーにバッチシ引っかかっている。

 これはもう控えめに言ってヤバい。

 

 弥彦が真面目に稽古しだしてからそれなりに時間は経った。

 そう、経ってようやくセンサーに引っかかる様になった弥彦に対して、由太郎がこの域に辿り着いたのは道場に来てまだ一月どころか一週間でこれだ。

 

 剣心が唸るわけだと納得が行き過ぎるし、ブランクがあっても神谷活心流の師範代までなるわけだ。

 

「ど、どうですか!? 弥生さんっ!」

 

「あはは、さっきも思わず言ってしまいましたが大したものですよ、ほんとに」

 

 あぁ~純真な笑顔が眩しいんじゃあ~。

 

 いやまて俺はショタにときめく心は持ち合わせていない、いいね?

 

 言葉通りどうですかと笑顔を向けてくる由太郎の後ろから恨めしそうな視線を送ってくる弥彦はまぁ置いておいて。

 あの件、雷十太の手駒というか真古流の門下生と言うべきか。

 奴らがうちに話し合いという名の襲撃事件があってから。

 

 剣心の強さを実感したのだろうことも踏まえて、強さへの憧れをより輝かせた由太郎の力量はメキメキと向上している。

 

 元々弥彦と同じように漠然とした強さへの憧憬、飢えともいうかね、そんなもんがあって。

 それを半ば雷十太の邪魔をしてはいけないと、稽古をつけて欲しいと訴えられない、無理やり押さえつけていたってのが大きな一因なんだろうな。

 

 言ってしまえば振りまくったペットボトルの炭酸飲料みたいなもんだ。

 溢れ出ないように無理やりキャップを閉めていたけど、何かの拍子で開けられてしまえば勢いよく出てきてしまう。

 

 剣を振るたびに何かの手応えを得て。

 凄いと言われるたびに手応えを確信して。

 

 由太郎は今まさに進化の時真っ只中なんだろう。

 

 わけも分からず弥生という異能を持っていたハリボテの強さで強者を演出している俺には少し眩しいと感じてしまう姿。

 もしも自分がそういった才能を持ち合わせていて、それが伸ばされる最中に居たのならきっとこの子と同じ様な顔をしていたと確信できる。

 

 正直に言ってしまえば嫉妬すらしてしまう。

 

 才能。

 それは誰もが欲しいと願いながらも誰もが持ち合わせているわけではないだけに。

 

「弥生さんっ! それじゃあおねがいしますっ!」

 

「……ええっ! 今日も手加減はしませんよっ!」

 

 だから、だからこそ。

 

 雷十太についでの如くその道に土をつけられてはいけない。

 そんな風に思ってしまった。

 

 高みを目指して欲しい。

 後ろで不貞腐れている弥彦と肩を並べて、お互いを刺激し合って。

 

 原作の未来と同じ結末を迎えて欲しい。

 それと同じかそれ以上に、その気持ちは強いと認めてしまったから。

 

 

 

「や、やっぱり敵わないか……」

 

「あら、勝てると思っていましたか?」

 

 とは言えまだまだ簡単に踏み台とされるわけにはいかないわけで。

 

 自分のポジションはよく理解してるんだ俺は。

 弥彦が打倒弥生と燃えているのにも関わらず、如何に才能豊かな由太郎とは言えぽっと出に負けるなんて駄目でしょう? 駄目駄目。

 仮に由太郎が無事に雷十太イベントを超えることが出来てこの道場へと通う身となれば。

 

「つ、次は絶対勝ちますからっ!」

 

「ふふふ、はい! 楽しみにしていますね」

 

 弥生を目標とする人間が一人増えるわけで。

 

 ……いやね? 別になんかしたわけじゃないんですよ? でもね? こう、由太郎君の目つきがまるっきり憧れのお姉さんを見るような目でですね?

 どうしてこうなった……これじゃそのうち赤べこ(あそこ)で非公式ファンクラブに加入しかねないぞ?

 

 由太郎は本来誰にでもタメ口というか……内心とは別に少年っぽいというか、そういう言葉使いをするわけですよ。弥彦と同じように。

 現に薫さんや剣心に対してはわりとそんな口調をする中、弥生に対してはこうなんですよ。

 

 やばいね。間違いない。

 ていうかまじでなんかしたっけ? ほんとに心当たりがない。

 ここに由太郎が通う事になってから、薫さんが由太郎に教えてその成果を俺にぶつけるって形。

 ぶつけてる間に薫さんが弥彦の面倒見るって感じでだな。

 

 うーん。

 

「あ、あの……その、だ……ですね?」

 

「うん? どうしましたか? 由太(・・)君」

 

 声のする方向を見れば顔を赤らめながら俯いてる由太郎。

 何だこいつどうしたの?

 

「弥生ちゃん……またやってるわよ?」

 

「え……? あ、あぁ! ごめんね由太君! つい無意識に」

 

「い、いえ!」

 

 あー……そうかこれか。

 うん、心当たり有ったわ、これだわ間違いない。

 いやいや、ほんとこう弥彦にしてもそうなんだけどいい位置に頭があってつい……。

 

「……裏切り者ぉ……」

 

「うん? 弥彦ちゃんもされたいんですか? どうぞどうぞ? いつでもどうぞ?」

 

「ち、ちげっ!?」

 

 ほらほら遠慮せずにウェルカムですぞ?

 頭撫でるなんていつでもやりますよほら。

 

 いやさ、俺ってば限界集落人じゃん?

 だからこう自分より小さな子っていないわけよ。居てもすぐ都会に出ちまうからなあいつら。

 わりとずっと兄貴分というか、そんな風を吹かしたかったわけですよ。

 

 兄貴分?

 ええそうです、兄貴分です。姉貴分じゃ断じて無いです。

 

「弥生ちゃん……もしかして恵さんの悪い影響受けた?」

 

「悪い影響、ですか?」

 

 いやん、何だか険しい目ですよ薫さん。

 わたくしが影響を受けるには少しどころじゃなくて色気が足りませんことですわおほほ。

 

 ……はい、反省します。

 

 これが無自覚系か、許せねぇ。

 大いに反省する所存だ。いたいけな純真弄ぶやつは俺がぶっ飛ばしてやる。

 

 ともあれ。

 

「っと、そろそろ赤べこに行かないといけませんね。ほら、弥彦ちゃん。いじけてないで準備して行きますよ」

 

「い、いじけてなんかねぇぞっ! この馬鹿姉っ!!」

 

 はいはい、ごめんなすってねー。

 

 

 

 そんなこんなで赤べこでのお仕事を終えて。

 由太郎の気持ち、雷十太の下で強くなりたいという決意表明を聞いて。

 夜も遅くなったからと、皆で由太郎を家まで送ることに。

 

 多分……いや、間違いなくここで雷十太は剣心に戦いを仕掛けてくるだろう。

 

 由太郎の回想。強さへの憧憬、その源泉。

 

 正直、ネタを知っている俺としては心が痛い。

 作り上げられた舞台の上で、そうなるように仕向けて。

 ただただ自身のバックボーンを作りたいがために都合よく扱われた塚山家。

 

 なんちゃっての正義感は許せないと叫んでいる。

 そんな声は由太郎を助けるって行動の正しさを証明しているようにも聞こえて。

 

 土壇場。

 こんな土壇場でだからこそ、本当に良いのか? なんて思いが湧き上がる。

 

 わかってるさ、優柔不断だって。

 一度心に決めたのなら、それを貫き通せばいいって。

 

 それでもこれはるろうに剣心という漫画の作者によって作り上げられた世界だ。

 一つ一つの行為には意味があって、結末につながっていく繊細な物語だ。

 

 既に般若さんと戦ったりしておいてなんだけど。

 もう既に言って良い位置には居ないのかもしれないけれど。

 

 それでも――

 

「ぬうぅんっ!!」

 

「っ!?」

 

 それでもこうして時間切れはやってくる。

 完全な不意打ち、誰一人怪我はしていないが、塚山由太郎という剣客を目指した心を打ち砕くには完全な一撃。

 

「違うっ! 今のはただのアイサツ代わりだっ! 全然本気なんかじゃなかった! そうでしょ!? 先生ぇっ!!」

 

「――」

 

 目も向けない。

 心も動かさない。

 

 由太郎以上に俺が一番動揺しているのかもしれない。

 必死に違うと叫ぶ由太郎を見て、実際にまるっきり反応を示さない雷十太を見て。

 

「俺の斬馬刀ん時と同じだな。いくら威力があろうと、当たらなきゃ意味がねぇ」

 

「ぬぅっ!」

 

 そんな愚物の剣なんて当たる剣心じゃあない。

 軽々と躱し、見切る剣心は続いた目潰しさえも意に介さず。

 

 龍槌閃。

 

 綺麗に雷十太の肩口へと決まったけど……そうだな、やっぱりこうなる。

 

「どうやら貴様は纏飯綱(まといいづな)の方では倒せんか」

 

 ――来る。

 飛飯綱(とびいづな)、由太郎の剣生命を一時的に奪う凶剣が。

 

 良いんだな? 本当に。

 これは強さの熱に浮かされたわけでもなく、弥生の心に引っ張られたわけでもなく。

 

 俺の意思。

 

 それでいいんだな?

 由太郎を助けていいんだな!?

 

「――構わないっ!!」

 

「――!? 弥生ちゃんっ!?」

 

 構わねぇ! やらないで後悔するよりやって後悔しようぜ俺っ!

 確かにこれはるろうに剣心の物語だ! だけどそれはそこに生きる俺の物語でもあるんだからっ!

 

「や、やよいさっ――!?」

 

「づぅっ!?」

 

 少し距離のあった由太郎へ走って突き飛ばしてみれば避けそこねた飛飯綱が身を裂く感触。

 あんまりにもすっぱり切れてたから衝撃はねぇなんて思ってたけどそんなことは無かった。

 

「だ、だいじょうぶ、ですか?」

 

「弥生さんっ!? 弥生さんっ!?」

 

 痛くはない、けど熱い。

 ものすごい熱を左肩に感じる。

 

「弥生ちゃんっ!? 大丈夫っ!? 弥生ちゃん!!」

 

「あ、はは……ちょっとは……神谷活心流らしく……出来まし、た……か?」

 

 あー駄目だ。

 なんかすんごく暗い。

 

「弥生殿……っ!」

 

「剣、心さん……後は、おねがいします」

 

 あれなんかなー、これって脳が処理しきれないから意識落とそうとしてんだろうなー。

 なんて。

 やだなー、弥生さん。

 ちゃんと異能、発揮して、くださいよー……。

 

 

 

 そうして、こうして。

 

「シメテヤルッ!!」

 

「はっ! やってみろっ!!」

 

 元気に竹刀をぶつけ合う弥彦と由太郎。

 それをお茶しばきながら眺める俺。

 

 世は泰平事もなし。

 

 由太郎は筋を斬られるなんてことなく五体満足。

 俺といえば三角巾をぶら下げてはいるものの傷口がしっかりくっつくための処置ってだけでまぁ剣の道を諦めるなんてことにはならず。

 

 目を覚ました時には全部終わっていて、まぁ原作通りブチキレた剣心によって雷十太は心を粉砕されたみたい。

 そう言ってみれば簡単な話なんだけど、薫さん曰く大変だったそうだ。

 

 俺が怪我した瞬間左之助はブチキレて雷十太に殴りかかろうとしたって話だし、弥彦も似たようなもんだったそうで。

 やっぱり剣心の生き地獄を味わわせてやるという言葉でなんとか収まったそうだけど……。

 

 それもまぁ意外と言えば意外な話。

 

 今までを顧みて、弥生と剣心はそう良好な関係を築いていたわけでもないはずだから。

 原作通り、師匠(雷十太)に裏切られた弟子(由太郎)という構図ではあったが、その怒りの中に俺の負傷という要素も加わっているとなると少し驚いたもんだ。

 

 現に。

 

「傷の調子は大丈夫でござるか? 弥生殿」

 

「剣心さん」

 

 いつものちょっと困ったような笑顔と少し申し訳無さそうな雰囲気で隣に座ってきた剣心。

 その目はやっぱり左肩と三角巾に注がれていて。

 

 自分でやったことだし決めたことだから気にしないでほしいんだけど、どうやらまぁ剣心の庇護対象としてカウントはされているらしいのかな?

 いい機会だし聞いてみるか。

 

「ええ、大丈夫ですよお陰様です。それに、ありがとうございます」

 

「おろ? 拙者、何かお礼を言われるようなことをした覚えはないでござるが」

 

「由太君はもちろん、私のためにも怒ってくれて、ですよ」

 

 そう言ってみればちょっと驚いた後、やっぱりいつもの笑顔を受けべて。

 

「なに、むしろ拙者は謝らなければならぬでござる。纏飯綱……見破る種はあった、だが不覚を取った。その責任を取ったつもり、というだけでござる」

 

 なるほど、やっぱり剣心は距離の取り方が下手だ。

 謙遜、遠慮。

 これはそういったものではなくやんわりと釘を刺しているんだ。

 勘違いするな、と。

 それこそが勘違いなのかも知れないけど、やっぱり原作の知識ってのは額面通りを素直に受け取らせてはくれない。

 

「ええ、そうなのかもしれません。だから感謝の気持ちを伝えたのは私の自惚れで……ちょっとした期待っていうだけですよ」

 

「自惚れと……期待、でござるか」

 

 これから先、俺の行動で何かが変わる。

 今こうして目の前で元気に竹刀を振ってる由太郎。

 まさしくこれは俺が変えた未来の姿。

 

 だったら。

 

「決めたんですよ、私。もう開き直っちゃおうって」

 

「開き直り?」

 

 そうさ。

 原作至上主義。

 それはもちろんそのままに。

 

 俺は確かにるろうに剣心の世界では異物に過ぎないのかもしれない。

 だけど、この世界(・・・・)で脇役ではいられない。

 

「やりたいことをやって、言いたいことを言う。そうやって……この世界を生きようと思います」

 

「そう、でござるか……」

 

 言っていることを理解したわけじゃないだろう。

 あんまりにも不明瞭で、ここから何かを察しろなんて方が無理難題だ。

 

 でもそのおかげで。

 

「俺はっ! 神谷活心流で! 弥生さんを守るんだっ!」

 

「はっ! 生意気言ってんじゃねぇよっ! 弥生姉より弱いくせにっ! まずはこの明神弥彦を倒してから言ってみやがれっ!」

 

 可愛い弟弟子が一人増えたんだ。

 

 あぁ、そうさ。

 そのほうがずっと良い。

 こそこそとこの世界の隅っこで生きて、知った未来へ歩むよりも。

 

 未知へと進んで、苦労するほうが、よっぽど生きてるって思うから。


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