TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、生き慣れにつき

「おいこらぁ! 表出ろぉ!」

 

「あー? いや、俺ぁ弥生を迎えに来たってだけで……」

 

 今日も今日とて赤べこは平和です。

 

 必死に弥生ファンが左之助に絡んでいる光景から目を逸して平和を想う。

 

 最近、非公式ファンクラブの拡大ぶりが酷い。

 いや、理由は言わずともがな燕ちゃんだったりするわけで。

 守ってあげたい系女子の燕ちゃんと面倒見の良い快活系女子弥生。

 そんな二人が揃えば無敵も無敵すぎるわけだ。

 

 ……あくまでも客観視した感想です。

 異論は大いに認める、いや異論ください。

 

 ともあれ時代の最先端を行き過ぎてる赤べこのお客様達はほんとにどうかしている。

 妙さんは繁盛して嬉しいわぁなんとか言ってるけど結構困ってたりもするんだ真面目に。

 というのもファンクラブ内で派閥のようなものが出来てしまったんだよな。新参と古参の間で。

 元々はマナーが良い……ってか、お仕事の邪魔にならない程度だったり、今みたいに俺や燕ちゃんをだしにして喧嘩を売ったりはしなかった。

 古参と言うにはあまり時間が経っていないはずだけど、大人しい人達は既に古参扱いで、現状に対して思うことがあるのかよく俺に謝ってくれる。

 

 ――少し悪調子が過ぎたね、ごめん。

 

 そんな風に。

 

 ただそれでも若い男ってのは流行には敏感というか、ミーハーというか。

 認めたくないけど剣術乙女なんて名前が広まったと同時に、凛々しい名前と割烹着姿な俺とのギャップが相まって爆発的な人気を生み出してしまった。

 いや、ほんとに認めたくないけどそういうことなんだ。

 

 人が集まれば当然マナーってラインはあやふやになるし、その線を軽々と超えることに躊躇しない人間だって出てくる。

 実際燕ちゃんの押しに弱そうな雰囲気を見てグイグイと来すぎる(・・・・)人だって居たりもしたし、酒を理由にがっつりセクハラを狙ってくる奴も居たわけで。

 おまけで言うならそんな馬鹿の中に、弥生に怒られたいがために燕ちゃんへとちょっかいをかけようとする、なんて馬鹿……もとい変態すら居たりしたのも困ったもんだ。

 

 ただまぁ。

 

「おい弥生、おめぇからもバシッとなんか言ってやれよ」

 

「あーははは……ほら、それもボディガードのお役目ですよ、ね?」

 

 あ、おかえりなさい。

 ちゃんと手加減は……うん、大丈夫なはず。今回は断末魔みたいな悲鳴は聞こえなかったから。

 

 そう、左之助の存在である。

 妙さんがのほほんと繁盛を喜んでいられるのも、左之助のおかげで。

 赤べこの用心棒として雇われたわけだ。

 と言ってもマジの用心棒というわけじゃなく、来た時に面倒事へ対して睨みを利かせてくれたらそれでいいって感じで軽いもの。お給金はお店に来た時タダ飯が食える。

 大体俺が赤べこに仕事へ来ている時は必ず迎えに来てくれるから、マナーの悪いファンクラブの奴らに対して抑止力となっててでかい行動に踏み切れないわけだな。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「んあ? いや、良いってことよタダ飯食わしてもらってんだ。これくらい構わねぇよ」

 

 うんうん燕ちゃんもお礼言っといて? あ、でも後ろですんごい目をしてる弥彦もかまってあげてどうぞ。

 

 まー流石に弥彦を用心棒と言うには少年がすぎるからね、仕方ないね。

 

「あ、弥生ちゃん。堪忍やけどあれお願いできる?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。次の時に持ってきますね」

 

 しれっと返したけど危ない忘れかけてた。

 月岡津南、隻腕の伊庭八郎の錦絵頼まれてたんだよな……ん? ってかこれって……。

 

「なんでぇ? 何処か寄るのか?」

 

「あー……えっと、はい。少し買い物に付き合ってもらいたいんですよ」

 

「うふふ、伏せやんでもええよ。月岡津南の剣客、伊庭八郎! その錦絵を頼んでるんです」

 

 あ、大丈夫なのね伏せなくても。

 ここらへんは明治ならではの価値観なんだろうか? いやほら、推しの絵を集めるとかって所謂オタク趣味じゃないか。そういうのオープンにしてもええもんなんかね。

 いやまぁ現代でもオープンオタクってのはいたらしいから、おかしいわけじゃないんだろうけど。生憎同年代やらそういう趣味を持ってる人が周りに居ないもんでいまいちわかんねぇんだよな。

 だから単純にエロ本を通販で買って、親にばれないようにあの手この手を駆使してた俺の感覚での配慮だったんだけど……。

 

「言いたいことはハッキリ言ったほうが良いぜ? なぁ? 小さい嬢ちゃん」

 

「いえ……」

 

 ああうん、そんな性少年時代の話はいいな、うん。

 

 そうだよ、これってアレだよ。

 左之助と月岡津南……もとい、元赤報隊、月岡克浩の再会イベントだよな。

 

「そんじゃ月岡津南、伊庭八の錦絵……二枚で良いんだな」

 

「っ!」

 

 あーはいはい左之助かっこいー。

 だけど駄目です、燕ちゃんは弥彦の嫁です。男気見せるのは俺だけにしてください。

 

 ……ん?

 いや違う、相手を選んでくださいということで一つ。

 

「仕事さえなけりゃ俺だって……」

 

 弥彦はもっと頑張れ。

 

「弥生」

 

「あ、はい。表で待っててくださいー!」

 

 

 

 そんなこんなで。

 すっかりゴタゴタ続きで忘れてたけど、左之助に相楽総三の錦絵を買うってのと忘れてごめんなさいで伊庭八の代金も払って。

 

「細けぇことは気にすんねぇ! ブッ潰れるまで飲んで騒げっ!!」

 

 左之助の奢りというかたかり。

 旧知……赤報隊で培った間柄、月岡克浩の金で宴会が始まったわけだ。

 

 妙さんや燕ちゃんは居るけど、残念ながら由太郎はいない。

 流石のお金持ちとでもいうか、雷十太の件があってから夜間の外出は控えていると残念そうに……ものっすごく残念そうに言ってた。

 

 だから今度ウチで宴会しましょう! 二人で!

 

 二人で宴会とはこれ如何に。

 そんなお誘いを帰り道に俺を守れる位強くなったらぜひと断っておいた。由太郎はやる気になった、ふふん。

 

 お酒は二十歳になってからが基本の俺としては弥彦がグビグビ飲んでる姿にはちょっと違和感を覚えるってもんだけど……まぁ俺は良いけどさ。

 

「弥彦ちゃん? あんまりグイグイ飲みすぎると後がしんどいですよ?」

 

「るっせぇ馬鹿姉! こんな時は飲まねぇとやってらんねぇんだ!」

 

 あ、ふーん?

 良いんですか俺にそんな口を聞いて。ふーん?

 

「……その姿、燕ちゃんが見たらどう思いますかねぇ」

 

「ぶっ!?」

 

 うわきったねぇもったいねぇ!

 あーていうか明治の酒って強いね、アルコールの匂い凄い。鼻から酔っ払いそうだ。

 

「なななな、なんで燕の話が……ってかあいつは関係ねぇだろっ!」

 

「べっつにぃ? 私はどう思うか聞いただけですよ? ええ、弥彦ちゃんがそう言うなら関係ないんでしょうね? まぁ私としても楽しむことこそ宴会の作法だと思ってますし? 止めませんよ? ええ」

 

 さぁて弥彦はどう出る? 出ちゃいます? あ、嘔吐は勘弁なっ!

 ほらほら、言葉に詰まってる場合じゃないっすよ? もっと追求しちゃいますよぅ?

 

「う……」

 

「う?」

 

「うるせぇ馬鹿姉ぇ!!」

 

 あーあー……かっくらっちゃってもう。俺、しーらねっと。

 

「あはははは! けんしーん!」

 

「わ、笑い上戸……」

 

 出来上がるのはっや!?

 薫さん酒に弱かったんだなぁ……さすがの飛天御剣流も酔っ払いに為す術もなしか。

 

 え? なんですか剣心さん。助けて?

 

「無理です」

 

「おろろー……」

 

 俺に何期待してんすかねぇ? こういうのは生温かく見守ることこそ作法だよなぁ?

 大人しくそのまま相手しておいてどうぞ。その姿を俺は心から応援するものです……こんぐらぁ……。

 

 妙さんたちの方を見れば今が好機と言わんばかりに津南さんから自画像描いてもらってるし、良かったですね、お礼はお賃金に。

 ていうか燕ちゃんも大概好きなのね、錦絵。嬉しそうな顔しちゃってまぁ。

 ん? あぁ、俺は良いんですよ、正直自分が女なんだって証拠を増やすのは辛いんです。先輩を差し置いてとか気にしなくていいんだよー。

 

「おう弥生。楽しんでっか?」

 

「ええ、お陰様で。料理も美味しいですし、言うことなしですよ」

 

 あーどっこしよってな感じに左之助が隣に座ってきた、けど近いっすね距離。パーソナルスペースって知ってますか? 知らんがなってなもんだ。

 まぁそんなところが気楽で良いんだけど……いやはや、俺が男だったらなぁ……。

 

 ホモの話はしてない、いいね?

 

「それで? なんでまた急にこんなことを?」

 

「あん? お礼返しだよ、日頃世話になってっからな」

 

 ふぅん……いやまぁ左之助にとっちゃその言葉に偽りはねぇのかも知れないけどもな。

 ネタ知ってる身からすりゃ結構寂しいね。

 

 わかってくれとは言わねぇ。

 

 ここを離れる時に言う左之助のセリフ。

 確かに男として、大人としてその言葉に内包されている意味は察するにあまりある。

 一人の責任を取れる(・・・)男として、ここから先は自分で選んだことだと踏ん切るための宴会。

 そんな風に俺は思ってる。

 

「……私は、そういう事をされたいわけじゃないんですけどね」

 

「どういう意味でぇ?」

 

 もしも俺が今男なら。

 左之助とは友情を結びたいと思う。実際俺はこの人に対してそういう気持ちを抑えられない。

 だから女や原作知識を都合よく利用しているって感は否めない。

 

「赤報隊の左之介相手でも、喧嘩屋斬左相手でも、相良左之助相手でも……別にこういうことは貴方に対して願ってはいないんですよ」

 

「……弥生、おめぇ……」

 

 じっと左之助を見つめてみる。

 珍しく揺れる左之助の瞳には微かな動揺が見て取れて。

 

 もしかしてこれからすることをわかっているのか。

 

 そんな風に思ってるのかも知れない。

 

「止めはしません。その権利もないです。何より私は貴方が左之助らしく生きる様が一番好きですから。ただ……」

 

「言うな、弥生」

 

 あぁ、わかってるよこれは失言だ。

 止める権利が無いといいながら止めようとするのはご法度だ。

 わかってる。

 

「……俺にとっちゃやっぱり赤報隊は特別なんだ」

 

「……」

 

 これは残滓だ。

 過去も経緯も、全てを飲み込んだ相楽左之助をしてもなおその背を引張る過去。

 赤報隊としての残りカス。

 

 未だそれに囚われて動けない月岡克浩を見て、飲み込む前の自身を重ねている。

 

「左之助さん」

 

「おう」

 

 いつの間にか伏せていた顔を上げてみれば、複雑ながらも笑っている左之助の顔。

 

「また、明日、です」

 

 だから俺はこういうしか無い。

 わかってる、剣心が動いて何事も無かったかのような明日が来ることを知っている。

 だけどそれは俺だけしか知らないことで。

 

 明日赤べこで働いて、左之助が迎えに来る。

 

 やりたいことをやりたいように、言いたいことを言いたいように。

 

 そんな明日を待っていると、左之助に伝えることがきっとそうなんだろう。

 

 

 

「おい、弥生ちゃん元気ねぇぞ……」

 

「お前がこの間やりすぎたからっ!」

 

「ちちちち、違いますぅ! ちょっと愛が止められなかっただけですぅ! 弥生ちゃんも笑って駄目ですよって言ってくれましたぁ!」

 

「いやお前、弥生ちゃん青筋立ってたからな……?」

 

 うるさいよファンクラブ。聞こえてるんだよまったくもう。

 

 まぁアンニュイにもなっちゃうガールですよほんとに。

 結末を知ってるとはいえど、やっぱり複雑なんですよ。

 

 知っているからこそ変えられるってのは由太郎で実感したところだったんです。

 それでも変えられなかったもんがあってへこんでるんです、わかりますか? わからないですよねはい。

 

 いや、そう気持ちを切り替えようと頑張ってるんだけどなぁ……こんなに女々しかったか俺は。

 

「いい加減にしようぜ。いいか? 推しは愛でるもの、愛でるやり方は千差万別あろうとも、超えてはならない一線がある」

 

「そうだぜ? 今みたいな弥生ちゃんを見たかったわけじゃないだろ? ちゃんと守るとこは守ろうや……俺たちゃ弥生ちゃんの笑顔を見に来てんだから」

 

「……そうっすね、間違えてました、俺。ちょっと謝ってきます」

 

「いや、間違ってたのは俺たち全員だ……物々しいかもしれんが、全員でいこう、な?」

 

「……はいっ!」

 

 あーなんすかなんすか?

 何を全員一斉に立ち上がってんすか? 周りのお客さんにそういうのこそが迷惑ってわかんねぇっすか? 出禁にしますよ? 今なら躊躇なくやっちゃいますよ?

 

「うーっす……弥生、迎えに来たぞー」

 

「またてめぇかぁ!?」

 

「な!? なんでぇなんでぇ!?」

 

 あ、一斉に回れ右。ちょっとおもしろい。

 

 はぁ、やれやれ、いい加減マジで切り替えましょ、そうしましょ。

 

「はいはい、他のお客さんの迷惑ですからねー」

 

「そ、そんなぁ弥生ちゃん……」

 

 みっともない顔すんなし!? ってかちょっと気持ち悪いぞ!?

 

「大の男が情けない声出さないでください! ほらっ! 皆さんのおかげで私も元気出ましたから! ね? ありがとうございます」

 

「よっしゃああああ!! 弥生ちゃんがニコッと笑ったから! 今日は笑顔記念日じゃああああ!!」

 

「間違ってなかった! 俺は間違ってなかったぞおおおお!! ひゃっはああああああ!!」

 

 ……サービスしすぎた。

 あ、厨房さんすいません、酒追加だそうでーす。忙しくさせてすんませーん。

 

「……そういうところだぞ、弥生」

 

「知りませんよ全く」

 

 困ったような笑顔は剣心の専売特許です。

 左之助はもっと豪快に笑ってどうぞ。

 

「ま、いいです。左之助さんも何か食べていくでしょう? 今何か持ってきますからどうぞお席へ」

 

「おうっ! ありがとうよ!」

 

 はいはい、いい笑顔っと。

 

 ま、いいでしょ。

 今回はこれでいいんですよきっと。

 剣心達の生き様を変えるなんてそれこそ神様の所業だ。

 俺をこんなにした(そいつ)だけども、まぁ。

 

「よしとしますか」


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