TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… 作:ベリーナイスメル/靴下香
運命の日……と言うには少しだけ早いか。
「巫丞弥生……か、置き土産は一つで良かったんだがな」
「……斎藤、一」
薫さんが剣心、弥彦、由太郎を連れて出稽古に行って。俺は残念ながら買い物だなんだと家事の日につきお休み。
帰ってきてみれば道場は派手にぶち壊れてるし、左之助は血まみれだ。
「ほう……? 何処でどうやってその名を知った?」
「答える義務があるとでも?」
ふつふつと怒りが湧いてくる。
左之助に重症を与えたことも、道場をぶち壊したことも。
だから自然と、無意識に持っていた竹刀を構えた。
「確かにそうだ、そんな義務は無い。だが……今それを知っている人間が居ると少し困るんだよ」
「ええ、理解していますよ。今貴方の正体を知っている人間がいるのもそうでしょうし、わざわざ緋村抜刀斎を焚きつけるために悪役を買って出た意味もなくなってしまいますもんね?」
言ってみれば斎藤の眉が僅かに動いた。
そうだな、今俺は冷静じゃない。
この場でベストな展開は怯えて尻もちでもついていることだったんだろう、それもわかる。
だけど、それを実行する気は欠片もねぇや。
「貴様……何処まで知っている?」
「さぁ? 掌の上で転がしてみればどうですか? ……そうしたようにっ!!」
竹刀を振るう。
簡単に避けられてしまうけど。
「舐めないでっ!!」
「……ほう」
転がそうとしてきたんだろう、足を躱すと同時に再び竹刀を振ってみればそれを斎藤は右腕で防御する。
あぁ、弥生センサーは今日も絶好調だ。
わかってる、わかってるさ。
今の俺じゃどうやっても斎藤一に勝てるわけがないってのも。
こんなことする意味が欠片もないことも。
さっさと左之助の傷を手当する方が百倍大事だってことも。
「どうしました? 新撰組三番隊組長の名前が泣いてますよ?」
「ち……」
少しの苛立ちを見せる斎藤。
誇りを挑発に使われたことに対してか、思った以上に俺が面倒くさい相手だと感じたのか。
そんなのはわからない。
こんなあいつから見ればへなちょこ剣術だろうこの腕。
何度ぶつけたって、何度躱したって、斎藤にとっては何のダメージにもならない。
それでも、だ。
「――っ!」
「ふん、どうやら牙突についても知っているらしい。安心しろ、今日はさっき折れた仕込み杖以外持ち合わせていない」
刀こそ持っていないけど、牙突の構え。
まだ繰り出されていないのにも関わらず弥生センサーがビンビンに警鐘を鳴らしているのがわかる。
そう、それでも。
「友人をあんな目に遭わされて、道場をこんなにされて……黙っているわけにはいかないんですよ」
「……いい覚悟だ」
別に斎藤一を嫌っている訳じゃない、いけ好かないやつだとは思うけど。
ただ悪即斬の意志へと一念に従い戦い続ける姿には憧れる。
そんな気持ちももちろんある、あるだけにここは折れてはいけない場所で退けない場所。
集中しろ、集中。
剣心もやってたじゃないか、あの返し技。
出来る。
俺なら出来る。
壬生の狼が持つ牙を躱して刃を突き立てられる。
床が軋む音がした――来るっ!!
「――なっ!?」
「知ってると! 自分で言ってましたよねっ!?」
ここだっ! 右側面にある死角っ!
後は思いっきり――!!
「んなっ!?」
「……寝ろ」
当たった。
振った竹刀は当たったはずなのに……意にも介されない。
センサーは反応したけど、流石に振ってる最中に別の動きなんて出来ねぇ。
一瞬感じる浮遊感と、強く後頭部に走る衝撃。
あぁ、ほんっといけ好かない。
相手が女でも遠慮なしっすよ、ほんと……。
これは夢だと一瞬で理解した。
「はじめましてっ! ……というのもおかしな話ですか、ではこんにちは……いえ、貴方はまだ起きていないのですからどう言えば良いのでしょうね? 何回やっても未だにわかりません」
「あ、はぁ」
あぁ、そうだ。
起きていない、つまり眠っている時に見るものってのは夢なわけで。
だけどそうだから夢を夢と判断できたわけじゃない。
「ん? どうしました?
「いやいや、ようやくちょっと慣れてきたって姿が目の前にありゃ誰でも驚くって」
目の前に弥生がいる。
非現実的だから非現実、夢だと理解できたんだ。
俺の知らない弥生はこれこそが弥生だと示す……いや、きっと本物だからそう思うんだろう。
浮かべる表情も、仕草も……雰囲気でさえ。
全て俺とは全く違うと言っていい。
「そうですね、そうですよね。はい、わかります。そういう反応を見たことも少なくありませんから」
「ちょっと言ってる意味がわからないです、はい」
んーと唇に指を添えて可愛らしく悩む弥生だけど、どことなく艶を感じるのは何故だろうか。
ある意味俺が思う理想の女の子を体現してるって感想だけど、不思議とそう思ってはいけないと壁があるように感じる。
「貴方で弥生は……何人目でしたか。もう数えるのにも飽きてしまったので覚えていません。そんな中で今の反応もきっとたくさんありました」
「何人目って……待ってくれ、一体なんの話をしているんだ?」
いつもの弥生口調で話されているせいかね、自然と元の口調が口からでる。
ただそれ以上にこいつが言っている意味が欠片もわからなくて混乱した。
何人目? 数えるのに飽きた?
「巫丞弥生という存在は異物である」
「――っ!」
混乱はすぐに収まった。
弥生は俺の知らない、浮かべたことのない表情で簡単に混乱を鎮めて来た。
暗い……いや、昏い瞳と薄ら笑い。
「酷い話ですよね? そんな存在だと知らない私は、新月村から東京に出て来て出会った緋村剣心という存在に恋をしたというだけで何度もこの時を繰り返している」
「時を、繰り返している?」
昏い瞳は少し危ない光を放っている気がする。
狂気。
一言で言ってしまえばそんな色。
想像上の弥生がまず間違いなく持ち合わせていないだろうそんなもの。
「私だけならまぁ……いや、もちろん嫌ですが。それは私の後世の存在すらも奪ってこの時を巻き戻しています。……そう、貴方は私という異物をこの世界に閉じ込めるがために弥生としてここへ連れてこられた」
「連れてこられた……って、ちょっと待ってくれ。お前の後世? ってことは俺は――」
「察しが良いですね? そう、貴方は遥か未来の血縁者。……男性が私になるというのは初めてですが、間違いありません」
……いや。
それが、もしも本当の話ならば。
俺が生きていた現代、あの限界集落で女体へ憧れ悶々としていた世界は。
「……るろうに剣心の未来?」
「……一人、また一人と時を巻き戻すために弥生としてこの世界を生きる。ある人は諦めて子を為し生を終え、ある人は絶望の中自死を選び……ある人は戦い、その半ばで生命を散らしました。得た経験を、知識を弥生に宿して」
それは、どんな人生だったのだろうか。
俺のようにわけがわからないままこの世界に連れてこられて、弥生という役割、ポジションを与えられて。
「誰一人としてこの繰り返しを終わらせることが出来ませんでした。ええ、正直今の私でも思います。不殺を心に宿している人に殺されることなんて……ましてや緋村剣心。不可能が過ぎます」
「剣心に殺される? よくわかんねぇけど、それがお前の言うこの異常な状態を解決する方法なのか?」
言ってみれば頷く弥生。
弥生の言う巻き戻し、あるいは繰り返しがどれほどの異常なのかはわからない。けど、確かにるろうに剣心の世界にやってくるなんて異常なことだとはわかる。
そしてその解決方法が剣心に殺されること。
……うん、無理ゲー。
どうやったら
抜刀斎として覚醒させてしまって後の人生を孤独に生きろと言うのか。
あぁ、無理だ。
原作至上主義の俺には到底出来ない。
「これが最初で最後の機会ですし一応言っておきます。私のために死んでもらえませんか?」
「……」
無理だ。
何度も言うけど無理無理の助だ。
けど……。
「考えておくよ」
「……あら? ふふふ、やっぱり男の人はちょっと違うのでしょうか? それは初めての答えです」
保留としたことをだろうか。今までの人達はイエスかノーかをすぐに答えていたのだろうか。
それを考えることに意味はない、か。
むしろそれ以上に気になることと言えば今更だけど、どうしていわばオリジナルの弥生とこうして話が出来ているのかって部分なんだけどな。
最初で最後と言われたんだ、ならこれから先を気にする必要はない。
まぁそれを含めて、だ。
「もう答えは出ているんだ。俺は俺の望む通り、感じたままにこの世界を生きるって。その途中、もし剣心に殺されたいと思えばそうするよ」
「なるほど。なら、私はそれを期待することにしましょう。ずっと見てきた私じゃない弥生の物語、飽ききって久しいですけど、今回は少し面白そうですから」
あぁ、そうだな。
もしもこのやり取りで心に決めることが出来たとすれば。
「あぁ、まぁ……期待しといてくれよ」
「はいっ! 楽しめるものにしてくれること、期待しています!」
それだけだ。
「――っは!?」
目を開けてみれば知らない天井。
何処だここと思うよりも先に、頭の中がめちゃくちゃだ。
「いつっ……」
めちゃくちゃ痛い後頭部を抱えてみれば、思い出した斎藤との闘い。
そして確かに覚えている弥生とのやり取り。
あぁ、そうだ全部覚えてる。
「目が覚めたか」
「っ!? 斎藤、一……さん?」
ドアノブが回る音に目を向けてみればやってきたのは斎藤。
「ほう? てっきり襲いかかってくるとでも思っていたんだがな」
「……頭痛くてそんな事できませんよ。大丈夫でもする気はありませんが」
何が楽しいんすかねぇ……? やな感じに笑わないでくださいよ。
ほんっとこの人の嫁さんはどんな感じなんだ……マジで菩薩の可能性がありますねこれは。
「それで? ここは何処です?」
「おいおい、随分と余裕だな巫丞弥生。意識が戻れば見知らぬ場所にいたとしては冷静が過ぎる」
いやだからその笑いやめてくださいよ。
こっちは真面目になんも楽しくないんですってば。
「ここは警察署の一室だ。しばらくここに居てもらう」
「取り調べは結構ですよ?」
「……阿呆が。洗いざらい吐かせるに決まっているだろう? 俺の目的……任務を知っているということは、何故の部分も知っているということだ。そしてそれは国家機密に抵触している」
ですよねー。
全くさっきの俺をぶん殴ってやりたいっすよ、どうしてベストを尽くす……いや、選ばなかった俺。
いやわかってますよ、そういう風に生きるって決めたばかりですもんね俺。
「諦めて吐いて潔く処分を受けることだな」
「ですよねー……って! 処分!?」
処分って何!? 処分って、処分されるってことっすか!?
待って待って俺ってば重犯罪人ですかっ!?
「当たり前だろう。疑わしきは罰せよとは好みじゃないが、
もしかして俺……またやっちゃいました?
違うそうじゃない。
うそん、ここでるろ剣ライフのエンディングはじまっちゃう?
……ん?
「え、今、今の所って言ったよね?」
「……」
いかん素が出た。見ろ斎藤さんを、呆れていらっしゃ……らない!?
「察しが良い奴は嫌いじゃあない。そうだ、その通り今の所は、だ。だが、まずは洗いざらい吐かなければ避けられない道でもある」
「……」
わかるな? と言った感じに目を向けられる。
なるほどなんとか首は繋がりそうだ。
要するにこれは協力要請になるか尋問になるかの瀬戸際なんだ。
斎藤……警察に対して情報提供を行えば命は繋がるだろう、どういう形になるかはわからないが。
ここで変につっぱねて断れば、げに恐ろしやな尋問ルート突入だろう。
流石にドMでもないので協力する方向を考えたいけど問題は何処まで話すかという点。
実は未来の人間なんですよとか言い出したら別の意味で収監待ったなし。
斎藤というか警察側が欲しているのは志々雄真実についての情報なんだから、そこらへんのことを話す必要がある。
だけど、今この場で比叡山にアジトあるらしいっすよなんて言ったら駄目だろう駄目駄目。
それはまず間違いなく俺の手に負えないかつ未知の志々雄一派打倒ルートに突入してしまう。
それが原因で剣心があの道場に戻らなくなるような結末を迎えてしまえば目も当てられない。
「どうした、黙り込んでいるならそれ相応の手段を取ることになるが」
「……っ」
やばい、尋問に切り替わりつつある。
そりゃそうだ、時間をかけたらそれだけ怪しまれるのは当然だ。
ええい、ままよっ!
「志々雄真実の暗躍……それを止めるために緋村抜刀斎に協力を要請。しかし、抜刀斎の力量がどれほどのものかを確かめるそのために貴方は今動いている」
「……続けろ」
知っている理由。
原作知ってますから、じゃあない。
この世界に生きる人間が納得できる理由が必要だ。
弥生が志々雄真を知っていておかしくない理由、弥生のルーツ……。
そうだ。
「私は、新月村の出身です」
「新月村……? 少し待て……場所は?」
「東海道……沼津から少し離れた半林、半農の小さな村です」
手帳を取り出して、何かを確認しながら問われた。
ヤバいくらいに心臓がドキドキしてる。
闘いの緊張とはまた別の、いやな緊張だ。
どちらにしても命がかかってるからそれもまぁ仕方ないことなんだけども……。
「なるほどな。それで? どうやってそれを知った?」
「三島栄一郎という名前に覚えがあるのでは?」
ここが賭けどころ。
もしも三島氏が署内勤務の密偵だったらアウト。
仮に弥生と面識があったとしても、俺と面識がない。そこで必ずボロが出る。
「ち……密偵だというのに……同郷の間柄で何を話していやがる」
セーフ! これはセーフの気配ですよ!
それと三島さんごめんなさい!
「既に奪還を諦められている新月村。そんなこと政府は表立って認めないでしょう。表では動けない、ならば残る手段は裏しかない」
「……わかった。気になることはあるが、一先ずそれで納得しよう。だが、巫丞弥生。貴様は随分と他人事のように話すんだな?」
「っ!」
心臓がめっちゃ跳ねた。
それがわかるくらいにビビった。
だって正直他人事だもんよ……知ってるだけですもの……。
「……そう見えたのなら、光栄ですよ」
「ふ……」
あーもう! だからそういう笑い方すんなし! あんたの内心なんてほんっとよくわかんねぇんだからさ!
「今はここまでにするか。しばらく貴様はここに居てもらうことに変わりはない、処分は追って伝える」
「処分!?」
え!? もしかして俺都合よく扱われた!? 都合のいい女!? ぽいされちゃう!?
「安心しろ。どのみち抜刀斎がどう動くかによって先は変化する。それ次第で貴様をどう利用するかも変化するが、悪いようにはしない」
「そう、ですか」
それだけ言って斎藤は席を立つ。
ただ、なんだろう、その背中から……。
「剣心さん……いや、抜刀斎と戦いに行くのですか?」
「……ふん。前言撤回しよう、察しが良すぎるのも困りものだな」
迸る戦いへの覚悟とでもいうのか。そんなのを感じて。
それ以上に何も言わないで去っていた背中を見送って。
「……ぷはぁー……あー、まだ心臓うるせぇ……」
とりあえず乗り切ったと思っていいよね。
「だけど……」
あぁ、そうだな。
これから先、どうするか考えとかないとな。