TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… 作:ベリーナイスメル
「巫丞弥生、どちらかを選べ」
「は、はぁ」
唐突ですが姉さん事件です。
斎藤一が今目の前で日本刀か木刀か選べと言ってきます。
道場のような一室。
多分警官達の訓練場的な場所だろう、連れてこられて直様こうです。
周りには警官だろう道着を着た人が何人かいて俺達の方へと視線を向けている。
ちらちらと……ではない、むしろガン見も良いところ。
その証拠に落ち着かない俺が周りへと視線を回して、誰かと目をぶつけても逸らされることはない。
「どうした? 得物を選ぶだけだ、早くしろ」
「いや、えっと? 何故と聞いても良いのでしょうか?」
言いながらもなんとなくわかっちゃうんですけどね! これってあれですよね! 多分俺の実力を測るためになんかするんですよね!
まだ顔や身体、ところどころに包帯を巻いたちょっと痛々しい姿の斎藤。
昨日剣心と戦ってきたばかりだってのに元気だねほんと、流石不死身と呼ばれた男。
「貴様の処遇を決めるためだ。いいから選べ」
「処遇って……もう」
そう言われちゃ選ばないといけない。ぐぅの音も出ないってこのことよな……いや、出させないって方がそうか。
とは言え。
「……」
木刀と、刀。
単純に使いやすい方を選べと言われているわけじゃないってのは流石にわかるさ。
聞かれてるんだ、お前は人を殺せるかどうかと。
木刀でだって人は殺せる。
そりゃ剣術を学んでる身として十分に理解できる。
だけどこうやって生身の刃を見て、どうしても命って言葉に直結するのは刀だと実感できた。
「……やはり貴様は察しが良い。良いだろう、しばらく悩め。待ってやる」
何か言われた気がするけど、頭に入ってこない。
処遇を決めるため。
確かにそうなんだろう、だけどこれは前提として既に志々雄真実討伐、その作戦の中に組み込まれている。
どちらかを選び、選んだ先に戦いはもう決められているんだ。
神谷活心流巫丞弥生。
その存在として選ぶのならば間違いなく木刀。
活かすために適しているのは木刀。
ただ、そう。
巫丞弥生という俺が選ぶ道はどちらなのか。
緋村剣心が選んだ不殺という道。
そのため手にした刃は逆刃だけど、それは裏を、刃を返せばいつだって人を殺せるということ。
本人がどう考えてるかなんてわからない、けど俺はこの先そんな中途半端な道を選ぶわけにはいかない。
当然だ、それほど器用でもないし強くもない。
切り裂ける刃を持てば、峰打ちという選択肢を取る余裕なんざ簡単に消えてしまう。
だからどう言っても、どう言われても。
「人を殺せるか、否か……」
そういう選択。
この世界を生きると決めた俺はどう道を歩んでいくのかその決定。
急すぎるとも思う。
今ここで決めなければならないのかと愚痴すら零したくなる。
「一つ、教えてやろう」
「……はい?」
不意に言葉調子が変わった斎藤の声に目が持ち上がる。
そこには多分原作では見られなかった表情。
何処か俺を労るかのような、心配するかのような。
「貴様とやりあった時、俺の牙突を返したあの一閃。あの時貴様が持っていたものが真剣だったのなら……今頃抜刀斎と戦えてはいなかっただろうな」
「っ!」
わかりやすく明示されてしまった。
それこそが差だと、竹刀では到達出来なかった域だと。
勝敗の域を左右できたものではないかも知れない。
だけど、少なくとも後に影響はあっただろうと。
そして。
「そうだ、巫丞弥生。貴様は戦力足り得るんだ。事情に精通したそれなりの腕を持つ剣客としてな」
光栄と思うべきだろう。
幕末を生き抜いた人間であり、戦い抜いた唯一の新撰組。
そんな人間にここまで言ってもらえたんだ。
「その葛藤を未熟だなんだと言うつもりはない。誰とて最初の一歩は躊躇するものだ、よほどの狂人でもなければな。故に貴様の選択に対して何か言うつもりも感じるつもりもない。貴様は幕末ではなく、この明治を生きる人間だ」
随分と優しい事を言ってくれる。
いや、優しいのかはわからないけど……志々雄真実は幕末の残り火だ。そんな存在相手に明治に生きる人間を使うってのに抵抗があるんだろう。
あぁ、そうだとするのならやっぱり優しいんだろうな。
口調は厳しくても、目的遂行のため冷徹になれる人間でも。
だから多分こんな言葉をかけられるのはこれで最後だ。
瀬戸際に居るからこその言葉なんだ。
どちらを選んでも、示してしまえば俺は……。
運命の五月十四日、その日を迎えるまで俺はひたすら稽古の日々だった。
外と連絡を取ることが許されたわけでもなかったから、やることが無かったという面はあるけど。
剣心達はどうしているのか……ってのは漫画の通りなんだろうけど、それでも心配だ。左之助とか弥彦とか由太郎とか。
けどまぁどうすることも出来ないわけで。
志々雄真実編に絡まないという選択肢もあったんだろうけど、残念ながら重要参考人的なポジションに収まってしまったが故にもう無理。
上手く使い潰されないためにも、何より今から起こる話の中で俺が俺の意思に沿って動けるためにも強くなる事が必要で。
「つ、次っ! おねがいしますっ!!」
「おうっ! 剣術乙女の技、しかと確かめてやる!!」
最初こそ舐められてた……いや、ぶっちゃけ警官にあるまじきというか、巷で噂の剣術乙女と手合わせかーぐふふ。
みたいな空気があったのは間違いないけど、それを払拭するのに時間はいらなかった。
「おおおおっ!!」
「っ!」
斎藤が集めた人達だ、流石と言うべきだろう。
それぞれが剣心や斎藤のような超一流とまでは言わずとも、一流を称して不足はない人間ばかり。
恐らく志々雄真実に対する主力とでも言うべき存在。
一人一人と相対する度背筋に流れる冷や汗を止められない。
目の前、鼻先を掠める剣閃に躊躇はない。
相手の目はまっすぐ俺を貫いてくるし、一刀一刀が確実に命を狩ろうと襲いかかってくる。
それでも。
「甘いですっ!!」
「っつぉ!?」
払拭した。
何よりも自分の手で。
今ではもう良き稽古相手ですらない、超えるべき、打倒すべき相手として見られているのは――
「はぁ……はぁ……次ですっ!!」
「おうっ!!」
俺がそんな人達の上に位置しているからだ。
選択の後続いた稽古。
舐めた剣閃を叩き折って。
生半可な気持ちでこの場に居るわけではないと示して。
俺は、選んだ。
ならそこにあるのは責任。
責任を取るに足る人間であらねばならないという義務。
権利があった。
権利を得た。
ならば生じる義務からは逃げられない。
生きると決めたんだ、なら殉じよう。
「やっているな」
「……斎藤さん」
やっぱり鼻につくその笑い顔。
現れた斎藤に思うのはそんなこと。
「貴様が指定した日は今日だったな」
「ええ、五月一三日……今日で間違いありません」
立てかけられてる刃引きされた訓練刀を手にとった斎藤は鞘から刃を抜いて感触を確かめてる。
俺もその姿を見て上がった息を整えるため深呼吸。
「随分と体力がついたみたいじゃないか」
「……お陰様で」
そりゃ毎日毎日荒行という言葉が温く感じるほどでしたから。
ボロカスになりながらも続けられたこの稽古はマジで地獄でしたよほんと。
「ついたのは体力だけじゃないですよ?」
「ふん」
お互いわかってる。
たかが一週間程度で体力はつかない。
身についたのは戦い方。
余計な力の抜き方であったり、より長期的に戦い続ける力。
「貴様は言ったな? 殺さなくても殺す道を選ぶと」
「ええ、一言一句間違いありません」
そうさ選んださ。
木刀で日本刀の道を征くと。
先を知っているからこそ、選ぶ前の俺ではいられないんだ。
「抜刀斎……いや、緋村剣心の影響でないことを願うばかりだ。……来い、甘ったるい貴様を否定してやる」
「認めさせてあげます……私の道を……!」
神谷活心流巫丞弥生。
それは知らないうちに、わけがわからないうちに与えられていた名前。
それでも俺はこの道でいい、この道が良いと決めた。
誰憚ることなく進んでやると。
「……やはり貴様は牙突を知っている」
「ええ、知っていますとも。それは
知っているから何だというのか。
こうして避けられるとは言え、それは牙突を、斎藤を攻略したということにはならない。
「紛れもない事実を一つ言ってやろう。その躱す技術……それは貴様の言うところである必殺技足り得るものだ。だが――」
「わかってます。
木刀。
あの時竹刀での返し技を斎藤に防がれたように。
やっぱりどうあがいても女性の力のもと竹刀、木刀でその腕を叩き折るなんて難しい。
膝挫みたいに相手の力を完璧に利用するって話ならともかく、だ。
日本刀。
正しくそれを扱う技術さえあればそれは叩き折るどころか、その腕を真っ二つにしていたことだろう。
少なくとも生身の腕で防ぐという選択肢は奪えたはずだ。
「わかっているなら良い」
「ええ……だからこそ」
ずっと考えてた、実践だってしてきた。
巫丞弥生の力を活かす方法。
「行くぞ」
「……肯定する準備が出来たなら、どうぞ」
見せられた構えはやっぱり牙突。
不思議と周りに居る警官達の唾を飲み込む音がハッキリ聞こえた。
弥生は脅威から身を躱すことが出来る。
ずっとそうとだけ思ってたこの異能。
それは少し違っていた。
弥生は言っていた、繰り返される巫丞弥生の生と死がこの身体に蓄積されていると。
ある弥生は戦ったんだろう。
ある弥生は逃げたんだろう。
戦った弥生は死を刈り取る技術を理解して。
逃げた弥生は死を避けきる技術を理解した。
そう、つまるところ。
「――っ!!」
死、そのものを察知できる力。
殺すことも、殺されることも。
この世界において、命へと誰よりも早く触れる事が出来る力。
それこそが、弥生に培われた力。
斎藤が床を蹴った。
酷くゆっくりに感じる世界。
伸ばされる左腕、それが目指すは弥生の命。
脅威だ。
これは凶刃だ。
俺の目指す道を断つモノだ。
「――なっ!?」
「――まだですっ!!」
牙突の下へ潜り込む。
出来るさ。言ってたじゃないか、この避ける技術は必殺技だって。
この先を間違えなきゃそれに足り得るって。
だから。
「ぐっ!?」
「ああああああっ!!」
斎藤の持ち手を木刀で思い切り叩く!
非力な女の力と言ってもその模造刀を零させる程度にはあるんだよ!
「ちぃっ!!」
「やらせないっ!!」
咄嗟に沈んだ俺の身体を蹴り上げようとする辺り流石過ぎるぜっ!
でもこの拳の距離ってのは――
「嫌ってほど慣れてるんですよねっ!」
あぁ、左之助に感謝しとかないとね、お陰様ですよコレはほんと。
蹴りの風圧を感じながら、向かうように躱して軸足へと木刀を奔らせ――その足を掬った。
「……肯定、出来ますか?」
「……」
転がせた斎藤に跨って木刀を喉元に突きつける。
「わかってます。貴方が言うところの正真正銘な牙突を使わなかったことなんて……これが真に命のやりとりだったとするなら、私は手も足も出なかったって」
こんな簡単に届く域にある人じゃない。
勝ったなんて欠片も思えない。
「阿呆が……それでも、今この図に変わりはない」
「そうでしょうか? もしも私が貴方の思う悪であるなら……間違ってもこうはなりませんよ、きっと」
言いながらその場所から退く。
ふんっと一息吐いた後立ち上がり、俺の乗っていた場所を手で払いながら斎藤は笑った。
「良いだろう巫丞弥生、よく覚えておいてやる。この先、ある程度貴様の及ぼせるであろう範疇を改めておく」
「……ありがとうございます」
ふぅ……ともあれこれで少なくとも、るろうに剣心京都、志々雄真実編で変に邪魔されるってことはなくなっただろう。
自由自体はあまりないのかも知れないけど、斎藤の理解は得られたと見ていいはずだ。
斎藤にとって……いや、日本、現政権に対して俺は敵ではなくまた志々雄側の人間じゃないという理解。
そして志々雄討伐に対して有益であるという証明。
なんて思っててもバカバカしくなるのは、明日大久保卿が殺されてしまうのにも関わらずそれを伝えていないことあたりだろう。
本当に俺は都合よく色んなものを利用しているなと自省するけど、いいんだ。
開き直ったのはもう前の話。
行けるところまで生きたいように行くだけだから。