TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル

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その男、再出発につき

「弥生、殿……?」

 

「お久しぶり、ですね剣心さん」

 

 紀尾井坂の変。

 大久保利通が暗殺された。

 

 表立っての発表は石川県士族による犯行だとされているけど、やっぱり俺も斎藤も……剣心もそうだとは思っていない。

 

「まずは心配をかけてごめんなさい。そして、混乱しているでしょうけど今はまず川路さんの所へ」

 

「……わかったでござる」

 

 事の次第を聞きに来たんだろう剣心。

 俺の姿を見て一瞬色々な思考が過ぎったんだろうけど、それもすぐ収めてくれた。

 

「よし、揃ったな(・・・・)。行くぞ」

 

 落着と見たんだろう、斎藤が案内するかのように先を進んで。

 俺と剣心は黙ってその背を追う。

 

 そうだ、まずは全員が現状を正しく認識しなければならないんだ。

 確かに全貌を知っている俺だけども、剣心も斎藤も予測でしかない。

 それをそうだと断言するのは簡単だけど、確証があるわけでもなし、説得力もないわけで。

 すこしもどかしい気持ちはあるけれど、仕方ない。

 

「これが志々雄のやり方だっ!!」

 

 ドアを開けて入った一室。

 中に居た川路さんが俺たちの姿を認めれば、すぐ吐き捨てるようにそう言った後机を大きく叩いた。

 

 あぁ、本当に慕っていたんだな。

 

 背を向けて肩を震わせているその姿は、そんなちっぽけな言葉では言い表しきれない程のものを孕んでいるように見えて。

 本気で大久保利通と共に日本を善き道へと歩ませたい、歩ませられると信じていたんだろう。

 

 その意気も、志も。

 

 ここで潰えてしまったと、心の底から怒りと共に絶望を吐き出しているようだ。

 

「……国民国家(ネイションステイト)。御上が全てを決めるのではなく、国民一人一人が自分の道を選ぶ国家か……壮大過ぎる理想だな」

 

 斎藤が言う理想の時代で生きていた俺からすればあまりピンと来ないものではある。

 幕末、幕府の終焉を目の当たりにした志士達の気持ちを図るには到底。

 

 もしもここで大久保利通が生きていたのなら。

 時代は圧縮、あるいは短縮されて、本当に国民国家……民主主義の時代がやってきていたのかな?

 

 わからん。

 それを覗こうとしても手に負えないし、何よりも野暮だ。

 

 こうして歯車は大久保利通、あるいは川路さんの思い描いていたものとは違うものと噛み合った。

 

「時代が、流れ始めた」

 

「……そうだ巫丞弥生。今まさに明治という時代は再び動き直した」

 

 これから。

 やっぱり俺が知ってる日本史の道を歩んでいくのだろうか。

 

 るろうに剣心の後世で生きていた俺が知っている日本史。

 

 第一次世界大戦、第二次世界大戦。

 

 そうやって、戦争の歴史へと向かっていくのだろうか。

 

 それもわからないけど。

 少なくとも、ここで国民国家という一つの理想への道は閉ざされ、別の道へと進んでいくんだろう。

 

 それだけはわかった。

 

 

 

「そう、でござるか」

 

「……ええ、改めてご心配おかけしました」

 

 恐らく左之助が重傷を負ったあの日以来俺の行方は知られてなかったんだろう。

 薫さんや弥彦、多分由太郎だって見つけようと奔走してくれたはずだ。

 自業自得とはいえちゃんと説明しなきゃと警視庁を後にしようとした剣心と話す。

 

 剣心自身も色々混乱しているんだろう。

 何処かぼんやりと……いや、頭の中にある色々な考えを整理しようとしてるんだろうな。

 これからまず間違いなく剣心は薫さんへと別れを告げる。

 それは今の剣心であっても心を痛めることに違いはない。

 

「記憶喪失は、嘘だったのでござるか?」

 

「いえ。ですけど……そうですね、私は記憶喪失でしたし、記憶喪失を利用もしました」

 

 あぁ確かにそういう意味では嘘をつき続けていたことになる。

 それは否定しないしする気もない。

 

 どう言い繕おうたって、自分が動きやすく、生きやすくするための術にそれがあって。

 その手段を取ったのは俺だから。

 

「流石薫殿……といったところでござるな」

 

「え?」

 

「薫殿は気づいていたでござるよ。自分の知らない弥生殿であると」

 

 うっそ、まじで?

 ……いや、まじでとか言えるくらい演技出来てねぇよな普通に考えて。

 元々の弥生像すら知らなかったんだし、当たり前といえばそうなのかも。

 

 だけど。

 

「それでも自分の妹分に変わりはないから。そう言っていたでござるよ」

 

「そう、ですか……」

 

 ……薫さんには弥生としても俺としても一生頭上がらねぇんじゃないかって。

 あぁ、そうだな、だから剣心の大事な人になるんだ。

 その一角をようやく実感できたよ。

 

「だからこそ、でござるが――」

 

「それは出来ません」

 

 わかってる。

 だから薫さんの側に居てやってくれと言いたいんだろう?

 気持ちも理解できるさ分かりたくないくらいに。

 

「私は、志々雄討伐作戦に組み込まれています」

 

「――」

 

 驚く、よな、うん。

 

 どういう風にかって部分は政界のごたごたで斎藤に現場の指揮権が移らないと決められないだろうけど、とりあえず京都へ向かうことには決まっている。

 

 流石にこの辺り、弥生の出生を利用したこともあってごまかしきれないわけだ。

 

 それはもちろん、剣心に対しても。

 

「だからこそ剣心さん、その言葉の先は自分にも問いかけてみて下さい。それに頷けないのなら、私もきっと頷けません」

 

「弥生、殿……」

 

 明治時代を生きる、じゃあないんだ。

 るろうに剣心の世界を生きる、なんだ。

 

 何度でも思うけど、このまま東京で留守番して、赤べこで働きながら客をあしらって。

 のんびり道場で稽古をしながら、一人のなんちゃって剣客として過ごすって選択肢もある。

 

 けど、そうはしない。

 

 この状況で結局動かなかった人は誰一人剣心組の中で居なかったし、涙を堪えてここに残った人もいる。

 

 自分に出来ることがあって、出来ることから目を逸らして我関せずで生きること。

 それこそ、弥生を想ってくれた薫さんの気持ちを無碍にすることだと思う。

 俺が京都へ行って戦うことを望んでいるんじゃない。

 

 弥生()が俺らしく生きることを望んでくれてるんだと思うから。

 

「剣心さん」

 

「なん、でござるか?」

 

 じっと目を見据える。

 人斬り抜刀斎という過去、狂気を己の内に宿していると実感し直した剣心、葛藤している剣心。

 その姿はらしいんだろうけど、らしくない。

 

「私は、もう答えを見つけています。だからあなたも……いえ、緋村剣心としての答えを、どうかこの先で手にして下さい」

 

「……」

 

 抽象的が過ぎるけど、言えることはこんなこと。

 俺が言ったところで……誰が言ったところで、結局答えは自分で見つけなきゃいけないし、剣心はいずれ(・・・)それを手にする。

 

 ほんっと。

 知っているって、嫌だなぁ。

 

 

 

「弥生っ!!」

 

「あはは……お久しぶりです、にょっ!?」

 

 おわ痛ぇ!? 肩!? 力入れすぎですってヴァ!?

 

「どこ行ってやがった!? 俺たちがどんだけ心配したか!!」

 

「わかってます! いえ軽々しく言えないですけどわかって、わかりましたからぁ!? ちょっと落ち着いて下さいぃ!?」

 

 心配が、心配の気持ちが痛い!?

 これじゃあ話になんないっすよー勘弁してくださいよー。わざわざこうして夜に来たって言うのにご近所さんの注目ばっちりですよきっと。

 

「わかってねぇ! が、まぁいい! おい! 道場には行ったのか! あいつらも(つら)ぁ見せてやんねぇと――」

 

「いえ、左之助さん。その必要はあるけどないんです」

 

「……あぁ?」

 

 はいはい、いいから落ち着いて下さいね? どうどう。

 うん、睨んでくれてもいいから……あーこっちのがもっといてぇや。

 

「必要はねぇって……どういうことだ」

 

「……いつものとこ、行きましょっか」

 

 あぁ、始めから話を聞いてもらえるとは思ってないさ。

 話になんないって、話にする気が無かったのは俺、か。

 

「いつものとこって……弥生、まさか」

 

「そ、いつも喧嘩してるとこですよ。私と……ね」

 

 それで一旦終わりにしなくちゃな。

 このわけがわからないままに始まって培った関係。

 剣心にとって薫さんとの別れがそれならば、俺は左之助との別れが必要だ。

 

 東京編。

 

 弥彦や由太郎とも培ったものはある。

 けど、あいつらにとって俺は追う存在。

 言い方は悪いけど、追う立場なら勝手に必死で追ってくるといい。

 

「いい風、ですね」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 目的地はすぐだ。

 そんな距離があるわけじゃないから、なんだか勿体ない気がする。

 

 すぐに着いてしまうから、話す言葉はいっぱいあるのに。

 ごめんなさいだって、ありがとうだって。

 たくさん、たくさんあるはずなのに。

 

 結局口から出るのは困った時に出てくる天気の話。

 そんなもん。

 

 でもまぁそれでいい。

 

「左之助さん」

 

「おう」

 

 俺にとってまず追った人間は左之助。

 その差は縮まっただろうか、追いつけただろうか。

 

「今日、この時、今から……貴方は私のボディガードではありません」

 

「どういう、意味でぇ?」

 

 文字通りそのままだよ、左之助。

 

 これは俺にとってのリセットだ。

 弱い自分をなんとかしてもらうための関係じゃない。

 一緒にしっかり前を見据えて歩くために必要なことなんだ。

 

「解雇ですよ、左之助(・・・)。私より弱い人に守られるなんて……笑い草も過ぎます」

 

「弥生、てめぇ……」

 

 あ、お怒りですよねわかります。

 こんなん言われたら普通キレる、俺もキレる。

 

 許せ、なんて言わないよ左之助。

 

 筋が通ってない上に心無い言葉と聞こえるのは当たり前だけど、これでも心を持って言ってるつもりなんだ。

 いつまでもあんたを庇護者にしてはいられない。

 

 喧嘩で始まった関係なら、喧嘩で一回終わりにしよう。

 

「気に入りませんか? 腹が立ちますか? ……失望、しましたか? ええ、構いません、その方がいい。だから精一杯の感謝を持ってこういいましょう――」

 

 ――かかって、こい。

 

 木刀を構えてみれば、戸惑いながらも怒りに任せて突っ込んでくる左之助。

 

 ほんとうに、ごめん。

 都合よく利用した、あんたの性格をも手玉に取った。

 

 だからもし。

 

「おおおおおおっ!!」

 

「ああああああっ!!」

 

 もしも、俺が無事に生き延びて。

 再び笑い合うことが出来たのなら。

 

 今度は胸を張って友人と貴方を呼びたいから。

 

 

 

「弥生殿……」

 

「あはは、また会いましたね」

 

 あー……身体いてぇ……自業自得だけどもちっと左之助さん手加減してくださいよほんと……俺、女の子っすよ? まったく。

 

 ……いや、もう突っ込むのもしんどい。

 

「随分と、ボロボロでござるな」

 

「それは、剣心さんもでしょう?」

 

 主に心が。

 まぁ俺の心もわりとピンチですけどそれはいいんです。

 

「斎藤さんに許可はもらっています。東海道で京都を目指すのですよね? 私もご一緒します」

 

「それは……いや、弥生殿に隠すことでもござらんか。そういう弥生殿だ、拙者が一人を選んだ理由もわかっているはずでござろう?」

 

 人と関わりたくない。

 関わってしまったが故に今こうして心を痛めてるんだもんな。

 俺もさっきそうやってきたからわかってるよ。

 

「ええ、だからこれは関わろうとしているつもりではありません。ただ、今回の作戦上私も東海道を行く必要があるだけです」

 

「……」

 

 いや、そう訝しまないで下さいよ。

 

「そう思われるほど……私はあなたと関わってきたつもりは、無いのですが」

 

「……やれやれ、随分と人が変わった……いや、それが素の弥生殿なのでござるか?」

 

 素というか前言ったでしょ? 開き直っただけですよ。

 

 それにまぁ、東海道を行く必要があるってのも嘘じゃない。

 新月村。

 あそこに剣心達は寄ることになるんだけど、個人的……いや、弥生的にも気になるんだ。

 実際斎藤も後で来ることになるんだけど、まぁそれの先遣とでもいいますか。

 

 三島兄をダシにしちゃったしな……出来れば、生かしてあげたい。

 

「それはご想像にお任せします。だからそう、これはたまたま向かう方向が一緒で、か弱い乙女の私は、安心を買うためにあなたへと声をかけているだけなんですよ」

 

「仕事上の関係、というやつでござるか」

 

 ええ、その通り。ドライもドライな関係ですよ。

 如何ですか? 泊まる気ないだろうけど望むなら、お宿にも泊まれますよ? 斎藤からそれなりのお金もらってきましたし。

 

 ……いや、連れ込み宿的な意味じゃない。そこは開き直ってない。

 

「もちろん京都に着くまでです。それ以降は別行動、お約束します」

 

「わかった。納得しなければならないのでござろうな……」

 

 そう言って、ほんと久しぶりの困った笑顔を見せてくれた。

 

 うん、やっぱり剣心にはその顔が似合う。

 

 そしてその隣に薫さんが居て欲しいと思う。

 出来れば、多くの仲間達と共に。

 

 その中に。

 

「はいっ! それじゃあ出発しましょう!」

 

 俺も胸を張って笑顔でいられたら、そう思うんだ。


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