TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、美少女につき

 正直なところ。

 

 よくあるじゃん? 漫画でも、アニメでも異世界に転移しましたっ! なぁんて展開。

 んでそんなお話の中に出てくるやつは最初からして違うんだよ。

 

 とりあえずここが何処か把握しないとな。

 まずは人のいるところに行かないと。

 

 とかなんだ言ってすぐ動けるやつ。

 

 そりゃあ後で英雄だ勇者だなんて言われるよ、なんなら世界に注目されるよ。

 

 ちょっとどころか違うのかも知れねぇけど、事実は小説より奇なりな体験をした俺はただひたすらに動けないまま戸惑っていた。

 そう思えばそんな主人公たちが主人公足る理由の第一歩には到底及ばない。

 

 確かに知ってる世界だ、ここは。

 漫画で知ってるってだけだし、何なら舞台が明治時代ってことで日本が歩んだ歴史の軌跡ってやつの中。

 だったらそんな突拍子もない創作物の主人公を見習って何らかの行動を起こすべきなんだろう。

 

 だけど言わせて欲しい。

 

「……やわらけぇ」

 

 胸を触ればそれなりの膨らみ。

 限界集落生活で培った筋肉なんて何処へやら、ぷにぷにと柔らかい腕や太もも。

 

 現実逃避をするならば挟まれてぇなんて思っていたこと請け合いだろう。

 どうやっても自分の太ももに挟まれるなんてことはできないわけだが。

 

 要するに俺にとって自分の身体が女になったって事実は他の何を差し置いても重要過ぎる変化だった。

 

「何やってるの? 弥生ちゃん?」

 

「え? あ、その、ボディチェックを……」

 

「ぼでぃちぇっく?」

 

 自分のおっぱいから視線を上げてみれば見たことのない自分とその後ろで髪を結ってくれている薫さん。

 鏡にいる薫さんは不思議そうな顔をしながらも手を止めないまま、俺の長い髪を弄ってくれている。

 もう何度もやってくれているんだろう、熟練というかなれた手付きで。

 

 みるみるうちに和服黒髪サイドテール美少女が目の前で出来上がっていった。

 

「ありがとう、ございます」

 

「良いのよ、いつもやってることだし私も楽しいから……って、うーんやっぱりなんだか落ち着かないね」

 

 そう言われても苦笑いしか浮かべることができない。

 

 神谷活心流道場、その奉公人。

 それが俺こと、巫丞弥生(ふじょうやよい)

 

 事前に、というか小国先生から色々聞いていてよかったと改めて思う。

 頭を打ったことによる記憶の混乱。

 そんな診断で落ち着いたからこそ訝しまれることなく自然に色々聞くことが出来た。

 

 聞けば薫さんのお父さんが存命だった頃から神谷活心流道場でお世話になっていたらしく、俺と薫さんは姉妹同然に育ったとかなんとか。

 きっとそう言われるくらいには仲睦まじい二人だったんだろう、だから俺の変化に薫さんは戸惑ってる。

 そりゃそうだ、ガワは巫丞弥生でも中身は全然違う、それも男なんだから。

 

 こんなに近くで年頃の女の人と接したことは無いし、会話することだってそうだ。

 ぶっちゃけ、きょどるのを必死で堪えてるってわかって欲しい。

 

「うん、出来たっ!」

 

「あ、はい」

 

 我ながら完璧ってな具合でウンウン頷く薫さん。

 やっぱり苦笑いを浮かべながら鏡を見直すと。

 

「こ、これが……俺……」

 

 やだ、何この美少女。嫁にしたい。

 

 ……いやいやいや。まぁ落ち着こうか。

 

 思わず自分(・・)の姿に惚れそうになってる場合じゃないというか落ち着け。

 

「もう、弥生ちゃん? そんな風に自分を呼んじゃダメよ? 女の子なんだから」

 

「あ、う……はい」

 

 女の子、女の子、女の子……うごご。

 

 そうやって誰かに言われるととても辛い。

 急に身体がそうなったとしてもやっぱり俺は男なのだ、いや男の身体を持っていたのだ、それを急に変えられるわけもない。

 

 とは言え流石に自分の呼び方くらいは意識して変えるべきだろう。

 

「私、私、私……」

 

「うんうん! さ、それじゃ朝ごはん食べに行きましょ!」

 

 そうだよな。

 まぁここで俺は男なんだなんて喚いてもきっと何にもならないわけで。

 とりあえず元の身体なんし場所に戻るのは後で考えよう、まずは腹ごしらえだ。

 

 ……ん?

 

「あ、あの、薫さん? 朝ごはんの準備は……」

 

「私がやったわよ? いつも弥生ちゃんに任せっぱなしだったからね! ちょっと張り切っちゃった!!」

 

 ……あー。

 

 メシマズショックで元の世界に帰れたりしないかな? ワンチャンねーですか? ねーっすか、そうですか……。

 

 

 

 ――こ、今度からは拙者も手伝うでござるよ。

 

 剣心と二人で味噌汁プシャーするのを堪えながらの朝食が終われば冷や汗をかきながら剣心はそんなことを言った。

 悔しげというかなんと言うかな薫さんだったけどまぁ仕方ない、早く自分で身支度を整えられるようになって食事作りに励もう。

 

 料理? 出来るよ? 限界集落人舐めんな、おふくろの味はまかせろー。

 

 ともあれ俺に加えてもう一人緋村剣心という居候が住むことになった神谷活心流道場。

 何故か剣心が洗濯物を干しながら、門下生が入ってこないと苛立つ薫さんを宥めている。

 

 比留間伍兵衛と喜兵衛。

 あの二人によって嵌められたうちではあるが、剣心が言うようにこの明治という時代では一度離れれば中々新しく門下生が入らない。

 

 刀の時代は終わり、近代国家を目指し国は火器、兵器を求めた。

 

 黒船来航によって齎されたものの一つにそれがある。

 

 結局剣心のように超人的な剣術を修めている人間はまだしも、銃に刀は勝てないのだ。

 ガトリングガンに刀を持ってどう挑めば良いのかという話。

 故に兵器の扱いだったり、軍艦の操舵技術であったり。

 戦い、戦争という面から見ればそういうものが時代に求められた結果でもあるんだろう。

 

 男の子の浪漫から思えば少し切ないとも思うけど、やっぱり現代人な俺は何処か冷めてるというか。

 仕方ないよな、なんて思う部分もあった。

 

 ――と、に、か、く! 買い物に行くわよっ!

 

 ――おろ?

 

 曰く、居候が一人増えた分の食材を用意しなければならないとのこと。

 俺としてはようやくというべきか、外がどうなっているのかなんてことを考えていたところでもあったので一緒について来たわけだ。

 

「馬上から失礼。警察署に行くにはこの道でよろしいのかね?」

 

「うわっ!? あ、えと……」

 

 うわー馬車なんて始めて見たよ……って、誰だっけかこの人……。

 ていうか警察署の場所なんてわかんねーです、助けて薫さん。

 

「あ、すいません。ええと、警察署でしたら――」

 

 やっぱ明治なんだなって。

 道に車といえば馬車なんだなって。

 人力車とかはもうあるんだろうか、それともまだ籠をえっほえっほと担いでいるんだろうか。

 

 じゃなくて、思い出した。

 山県有朋。

 国軍の父なんて呼ばれたりしてたって歴史好き爺ちゃんが言ってたっけ。

 

「ありがとう」

 

「いえ、お気をつけて」

 

 馬車が去っていくのを見送って。

 思わぬビッグネームに出会ったななんてぼーっと思ったりして。

 

「――なんだか騒がしいわね」

 

「え?」

 

 薫さんの怪訝な声色によって意識が戻って騒ぎに気づいてみれば。

 

「捕物だってよ。廃刀令違反者を警官が追ってるんだとよ」

 

「へ?」

 

 あ、大根が落ちた。

 

 じゃなく。

 それってもしかしなくても。

 

「薫さん!」

 

「うんっ! 行くわよっ! 弥生ちゃん!」

 

「はいっ!」

 

 剣心のことだよなぁ。

 

 ってか待って。

 山県有朋と出会って、捕物騒ぎって……もしかして。

 

「剣心っ!!」

 

「――!? 薫殿来るなっ!」

 

 剣客警官隊。

 その言葉を思い出したのと薫さんのリボンが斬られて地面へと舞ったのは同時。

 

「次は着物を斬り刻んで辱める……もう一度言う、抜刀したらどうだ?」

 

「お前は、本当に警官でござるか?」

 

 あぁ、そうだしっかり思い出した。

 剣心の言葉を受けてにやにや語っているヤツの言う通り、合法的に帯剣を許可された警官隊。

 ……いや、アイツの言葉を借りれば、合法的に人を斬れる、か。

 

「ふざけんなっ! 横暴だっ!」

 

 取り巻いていた人たちが言うけど……って、待て待て、これって漫画そのまんまなんじゃ……?

 

「フン、この俺に罵声を浴びせるとはいい度胸だ……官吏抗拒罪(かんりこうきょざい)適用――一人残らずしょっぴけ、抜剣許可っ!!」

 

 あーうん。

 だよな、こうなるよな、そうなってたし。

 てことはこのあとあれか、剣心が抜刀して……。

 

「きええええ!!」

 

「――弥生ちゃん!!」

 

「――は?」

 

 何で俺は今、斬りかかられている?

 違うだろ? ここは剣心が抜刀して、それで騒ぎが収まって。

 誰一人として斬られないはずだ、怪我人は出ないはずだ。

 

 知ってる、知ってるんだ。

 

 だって、そうだっていうのに。

 

「弥生殿っ!!」

 

「いやああああ!?」

 

 目の前に、白刃が迫る。

 酷く、ゆっくり近づいてくる。

 

 このままだと、死ぬ。

 間違いなく、あっけなく、その刃が俺を切り裂く。

 

 だって言うのに剣心はまだ抜刀していなくて。

 到底間に合わないだろう位置に居て。

 

 だから。

 

「!?」

 

「……」

 

 避けた(・・・)

 容易く、呆気なく、完璧に。

 

 命を裂くはずの凶刃は空を裂いた。

 

 よほど手応えがあったんだろう、驚いた目を空振った刀の先から俺へとゆっくり移そうとして。

 その様をどうしようとしたのか俺の右手が腰の辺りで何かを掴もうとして空振った。

 

「……え?」

 

「相手なら拙者がいたす。地べたを舐めたいものはかかってこい」

 

 空振った感覚で我に返り、剣心の声が耳に届いてきた。

 

 ――俺は、今……?

 

 自分の感覚に何故か恐怖を覚え、剣心が警官隊を斬り伏せていく光景。それを薫さんに抱きしめられながら見ていた。

 

 

 

「弥生ちゃん、大丈夫?」

 

「え、ええ……はい。大丈夫、です」

 

「怪我が無くて本当に良かったでござる」

 

 未だに心配そうな顔を向けてくる薫さんと剣心。

 まだ少しぼーっとするけど、特に何処を怪我しただ何だは無くてすこぶる快調。

 

 そんな俺を見て一区切り安心できたのかほっと一息しながら家路ののんびりと歩く。

 

 薫さんはきっと剣心が流浪人になった理由をほんの少し理解できて、剣心はリボンの代償に家事へと勤しむことを促されて。

 

 傍から見れば、この二人は早くもきっといわゆるいい雰囲気を纏い始めてるんだろうやがて結ばれるに向けて。

 

 手を、見る。

 

 あの剣を避けた後、俺は何をつかもうとしていたんだろう。

 もし、空振らず何かを掴んでいたのなら。

 俺は何をしようとしていたんだろう。

 

 避けたって実感はない。

 あの時覚えていることは、驚きの目を向けようとしてくる警官の首。

 それを凝視していたって実感。

 

 容易く、呆気なく、完璧に避けた先で俺は何をしていたのだろうか。

 

 少し、怖い。

 

 改めて俺は何でも無い一般人で。

 限界集落で女の人って存在に飢えてリビドーを持て余しまくってた男、そのはずだ。

 

 それが今、何をどうしてか明治時代。それもるろうに剣心って漫画で描かれた明治時代に居る。

 

 特別な何かを持っているなんて思ったことは無い。

 特別な力が眠っているなんて中学生の頃にあった黒歴史。

 

 言って良いのか悪いのか。

 何処にでも居る男。

 そんな俺は誰もが経験できないようなことを経験している真っ最中。

 

「わけ、わかんね……」

 

 思わず呟く。

 

 ――この世に意味のないことは無い。

 

 酔っ払った近所の爺ちゃんが事ある度に言ってた言葉。

 それがまさしくそうだってんなら、俺がここにいることにも意味があるはずだ。

 

 だけど、それは一体何なのか。

 

 女の身体を持って、架空の世界、架空だと思っていた世界にやってきて。

 

 俺は今、生きている。

 

 意味。

 

 それを探すべきなのか、それともモブとしてこの世界に骨を埋めるのか、はたまた次に目覚めた時はまだ見慣れているだろう天井が見られるのか。

 

 わからない。

 わからないけど、まぁ。

 

「なるようになれ、か」

 

 同じ爺ちゃんが言った言葉。

 意味があって世界は動く、ならまずはその意味に身を委ねよう。

 

「弥生ちゃん?」

 

「弥生殿?」

 

 優しい目が向けられる。

 

 そう、そうだ。

 なら、まずは生きよう。

 

 少なくとも、俺にとって辛い世界じゃないのだから。

 

 


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