TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… 作:ベリーナイスメル
海上で宇水の対策というよりは襲撃者がいた場合について対策を検討し合ったり。
これから起こることを考えれば焼け石に水なんて言葉が似合うのかも知れないなんて思ったり。
ただ予想を裏切って、宇水の襲撃は神戸滞在中に訪れなかった。
嫌な変化だった。
皆には神戸から京都までの道中襲撃に気をつけましょうと言っていたから肩透かしを食らったのは俺だけ。
それは不幸中の幸いと言うべきだろうけど、予想していたケースの中で最悪のモノでもあった。
何故襲撃されなかったのか。
警戒の仕方が露骨過ぎたのだろうか、事前に用意周到も良いところだったんだ、察知された可能性は高い。
だけど何度か味わった原作通りへの流れ。
その経験が宇水の襲撃はあって然るべきだと俺に告げる。
だったら結局の所知っている俺がなんとかするしか無いんだ。
原作で詳しい日時が記されていない以上、この日この時に来るってのがわからない。
ならば神戸から京都までの道中、俺が常に気を張らないとならないわけで。
「大丈夫かい? まだ日程には余裕がある、少し休んだほうが……」
「いいえ、大丈夫です。余裕があるなら余裕がある分進みましょう。休むのはそれからでいいです」
基本的に神戸からの道中は徒歩だ。
日中に動けるだけ動いて、夜間は俺を全面的に前へと出した安全確保。
そりゃ疲労も溜まるってもんで。
神戸を出発して道程はおよそ半分くらいだろうか。
今、俺の体力気力は限界に近い。
策士策に溺れるなんてまさにこのことだろう。
検討した内容はやりあっている最中を想定してばかりで、肝心の察知するって部分が薄いものだったと気づいた時には後の祭り。
「俺たちなら大丈夫だからさ、ほんとに少し休んだほうが良いよ」
「……お気持ちは、ありがたく」
我ながら頑なだなんて思いもするけどこればかりは仕方ない。
守ることの難しさ。
救えなかった命を救う難しさ。
三島一家を救ったことでそれに気付かされた。
確かに俺は救ったさ、傷は多少つけてしまったけれども命を守った。
それでもそれが薄氷の上を歩いた結果には変わりない。
もしも、あの時尖角が俺の予想以上に強かったら。
もしも、尖角が手段を選ばず途中であの両親を人質にとったら。
……いかん、疲労でだいぶネガティブな思考になってる。
頭は鉛でも入ってんじゃねぇかって位どんよりしてる実感があるし、身体を動かしたくないなんて倦怠感に苛まれる。
一緒にいる人達から見れば何をそんなに必死となっているのかと疑問が浮かぶ様だろう。
実際に何度か心配と呆れ混じりに言われたんだ。
そんなに俺たちは頼りないかと。
もちろんそんなつもりはない。
一緒に稽古したからこそわかるけど、剣心や斎藤が雲の上過ぎる存在なだけでこの人達も十分に強い。
仮に弥生の異能がなければ手も足も出ないレベルの人達だろう。
もっともそれは弥彦や、もしかしなくても由太郎だって素の俺からすれば雲の上の人種なんだが。
しかしながらにひしひしと感じる意識の差。
宇水の強さを知らないからこそそんな言葉が出るんだろう。
手も足も出ず……かどうかはわからないけど。
視覚に頼らない奇襲を得意とする宇水。そんな相手に夜間戦闘を強いられて無事である理由が見つからない。
加えてガチのタイマンでも斎藤に手傷を負わせた相手。
甘すぎるにも程があった。
やっぱり、知っているっていうだけでこうも明確に差が生まれる。
この人達の力量も理解しているし、信頼もしている。
だけど、ここにはいざとなったらの剣心も斎藤もいない。
なら万が一にもを許せないし、全ては俺が解決しなければならないこと。
「弥生ちゃん……」
「……行きましょう」
なら気張ろう。
気負いすぎると言われても、呆れられようとも。
俺の望む未来を掴むために。
果たして。
これは奇跡というべきだろう。
「ほう? 俺を察知できるとは中々……ただのネズミじゃないらしい」
「はは……そう言って頂けるなら幸いですよ」
あれから更に進んで。それと共に疲労は積もって。
限界って言葉が頭に浮かんだその日の夜、宇水は襲撃を仕掛けてきた。
決まっていたかのように背後から俺の首筋を掻っ切ろうとしてきたらしい攻撃を躱して。
自分の身体とは思えない身体を動かして振り向いて、剣先越しに覗けばそこには薄ら笑いを浮かべた心眼さんがいる。
「しかし随分と……ククク、弱った様じゃないか?」
「っ……ええ、お陰様で」
あぁ、そうだな今の言葉で確信した。
自滅を誘われたと。
「あぁ、貴様の考えていることはわかるぞ? どうしてと驚いているんだろう?」
「その下り、私としては飽きているんですよね。それに……驚くのはあなたの番ですっ!!」
心底自分でも爆竹を持っていてよかったなんておも――
「あぁ、火薬の匂い……これは爆竹、か? よく考えたものだと褒めておくぞ」
「なっ――」
む、胸元に入れてたのに!? て、てめ、うら若き乙女の胸元弄りやがったな!?
い、いや構わねぇ! 皆が休んでるところとそんな距離は無い! なら叫んでしまえば――
「叫ぼうとした瞬間死にたいならそうすればいい。確かにこんなものを用意されてはかなわん、手土産には物足りないが……無いよりはマシだろう」
「くっ!!」
や、やりづれぇ! ほんっとこのエセ心眼はたまらねぇなぁもう!
叫びながら戦闘なんざ無理だ、叫ぼうとした瞬間にさっくりやられて終いだ。
大きく叫ぶ、それは多量に呼吸を消費するってこと。
筋肉は当然硬直するし、その隙を逃すこいつじゃねぇだろう。
……やばい。
なら戦う? この疲労の極地と言える状態で?
逃げようとしたって簡単に追いつかれるだろう、戦っても……異能についていける身体ではない。
無理だ、策士策に溺れるどころじゃねぇや、策士策に殺されるだなこれは。
詰み。
いや、まじでやばい。
「わかる、わかるぞぉ……手土産には確かに物足りないが、その気持ちで十分馳走にはなれた」
しくじった。
そうだ、そうだよ。
宇水の異常聴覚を封じれば戦えるなんて何故思えたのか。
こいつの真骨頂は襲撃……奇襲だ。
状況を読み取る力、察知する力だってそれ相応に持ち合わせているはずなのに……!
「後悔は十分か? 反省はしたか? ならば……死ね」
「――っ!!」
くそ……やるしか、ねぇ……!
どんだけ絶望的だろうが、俺は俺の名に賭けてここで負けるわけにはいかねぇ!
「今が夜というのが残念だ。高笑いの一つでも贈ってやれたというのに……なっ!!」
「くぅっ!!」
反応が遅い。
センサーが鳴ってからコンマ数秒。
その数秒が何度も知った命の分水嶺。
明らかに、死へと振り幅が寄っている。
「……疲労困憊なはずだが」
あぁ、否定は出来ないさ。むしろ認める。
後何合避けられるかなんて考えるのが怖い。
もう次の一刀を避けられる自信なんて皆無。
ましてや宇水の必殺技なんて絶対に無理。
「ふんっ!」
「っ! はぁっ!」
よ、避けられた……いや。
「なるほど」
避けてしまった。
それは、まさしくそうだ。
だって。
「……あまり時間はかけたくないからな」
必殺技なんて思い浮かべなきゃよかった。
宇水は今、見切ったんだ。
普通には殺れないと。
流石、超一流。
濃密過ぎる殺意に身体が震えておしっこ漏れそう。
いや、そりゃご褒美か……あぁ、駄目だ疲れすぎてて思考回路がおかしい。
来るな、はっきりわかる。
宝剣宝玉、百花繚乱。
手槍……いや、ローチンだっけか?
あれと柄尻についてる鉄塊。そのコンビネーション。
尖角のとなんて比べるまでもないよなぁ……あー無理だ。
詰みだ。
最後の最後で迂闊な手をうったもんだ。
素人が、中途半端に力を持つからこうなる。
いつだったか天狗になりそこねたから。天狗になってる自分に気付けなかった。
「死ね」
――宝剣宝玉、百花繚乱。
死。
「なん……!?」
「は、はは……」
生きてる。
俺、生きてるよ。
「馬鹿なっ!!」
「あは……あはははははは!!」
あー身体めっちゃ重てぇ。
いや、無理だって無理。
ほら、今目の前を刃が……いやいや鉄塊が。
あぁ、次は足? 手広いねぇ? 腹? はいはい。
なぁんで生きてるのかな? 俺。
もう完全に諦めてるってのに。
もう完全に力を抜いてるってのに。
「あはははははははは!!」
笑うしかねぇ、勝手に笑い声が出る。
頭はもう一歩も動けないと言っている、身体が声なき悲鳴を上げている。
それでもこの身体は全力で死を回避する。
見えた。
掴んだ。
これが、死を乗り越えた先に見える世界。
生と死の狭間で得る力。
「何故……何故だっ!! 何故貴様はっ!!」
「知りませんよ……っとぉ!!」
「ちぃっ!!」
おーいそんなに距離を開けてどうするのさ? 俺、ただ一刀木刀を振っただけですよ? お得意の心眼で俺の心境察知してどうぞ。
「貴様……何故」
「知りませんよ。でも感謝します宇水。おかげで、私のこれは完成に至れそうです」
羽踏。
意識して身を任せるんじゃない。
意識しないで身を任せる。
これだ、これなんだ。
俺の必殺技、その完成形は。
「さぁっ! もっと私に教えて下さいっ! もっと……もっとだ!!」
「ぐ……」
とっかーん。
しようとしたところで。
「全員っ! 投擲用意――てぇっ!!」
「ちぃっ!!」
あー……そうだよね。
こんだけ盛り上がれば……流石に気づくよね。
……残念。
「無事か! 弥生ちゃん!」
「……はい、お陰様で」
あらら、潔い撤退だね宇水さん。流石超一流。
もっともっとあの世界を見ていたかったけど……いいや。
「……後、お任せします」
「弥生ちゃんっ!?」
我に返ったら……もぅまじむり、ねよ。
結局。
「わぁい京都らぁ」
「おう、京都だぜ」
あの襲撃以降俺が歩くことはありませんでしたとさ。
流石の宇水も二度目のリスクを回避したんだろうなんて思うけど、嫌な感じにしこりを残してしまった。
この影響が後に響かないといいけど……次に京都で宇水が現れるのは京都大火実行日、京都御庭番衆の面目躍如というかお手柄になる場面だ。
そこに当然この人達も参加することになるだろう、戦力確保に御庭番衆の力添え。滅多なことにはならないだろうけど……ふぅむ。
ふぅむじゃねぇよ。
歩くことがなかった。
それはもうその言葉通りです。
あれ以来俺に無茶させるなという暗黙どころか露骨な了解があったようで。
代わる代わる俺は背におぶわれてここまで辿り着いた。
……もうね、恥ずかしいのなんのって。
マジで穴があったら入りたいってレベルじゃなかった。
通行人はなんだこいつばりの視線を向けてくるわなんだともう大変に心苦しかったです。
ほんとどうしてこうなった。
「感謝してるんだ、俺達は。同時に何度も言ったがいくら頭を下げても足りないとも思っている」
「いやもう聞き飽きましたからおろして下さい」
間違いなく俺は今死んだ目をしてる。
久しぶりに感じる地面の感触は酷く心を落ち着かせてくれた。
まぁあれだ。
やっぱりこの人達は何処か現状を侮っていたらしく。
どうしてここまで警戒するんだとも思っていた様子。
確かに神戸到着の時は警戒心もあった。
だけど日が経つにつれてその心も落ち着いて、安全な道程に安心して。
警戒がどんどん緩くなってきたところだったんだあの襲撃は。
俺としてはもう疲労でそこまで考えが回ってなかったから反省もしてるんだけど、その気苦労を勝手に慮ってくれたみたい。
だから遠慮しないで八つ当たりにおっぱい押し付けといた。
「あ、あのさ……」
「あぁ、はい。確かに予定よりずいぶん早く着きましたから……まぁ宿場の警官さん達と合流した後はお好きにどうぞ。私は関与しません」
「おおおお!!」
そのせいかこいつらのムラムラは絶好調。
ククク、いいよなぁこの感触はよぅ……! 申し訳ないって気持ちもあるから下心なんて見せられねぇよなぁ!
わかる、わかるぞぉその気持ちっ!
だからこの後遊郭に行こうが何しようが構わねぇよ? あ、でも襲撃には気をつけるんだぞ?
……俺も今男だったらなぁ……くそう。
ともあれ京都入り。
今のシーンはどのあたりだろうかと、皆の背を見送りながら考える。
体感的になんてあやふやだけど、そろそろ剣心は逆刃刀真打を手に入れただろうか。
それとももう既に比古清十郎の下で修行に励んでいるだろうか。
「……とりあえず」
警察署に行こう。
流石に斎藤は先に着いているだろう、情報収集に励んでいるはずだ。
そして。
「左之助との再会、かぁ」
あんな別れ方をしたんだ、何されるかなぁ……怖いです。
斎藤がこっちの警察署についたときには既に勾留されているはずだ、だとするなら再会は避けられないだろう。
ぶん殴られる覚悟はしておいたほうがいいかも知れない。いや、覚悟だけして避けるけど。
「避ける、か」
宇水との戦いで得た感覚、力。
あれから実践する機会は無かったけど、あの時の感覚はしっかりと残っている。
きっと、俺は
だったら少し左之助との
多分……いいや、間違いなく。
あの人とのやり直しはまたそれから始まるのだろうから。