TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、交渉につき

「なるほど、な」 

 

 京都警邏という名前の地理把握。

 指示されてから剣客隊の人達と京都大火が実行に移された際の打ち合わせを行いながら京都をぐるぐると歩き回る毎日。

 中には地図上で確認するよりも遥かに家屋同士の幅が狭く、火をつけられたらあっという間に燃え広がってしまうだろうなと思える場所も幾つかあったり。

 

 ……あったりというか、多すぎたりと言うべきだろうか。

 

 地理把握に努めてから僅か数日だ、それだけで既にここは急所だなと思える場所が既に剣客隊の五十名でまかなえるキャパを超えた。

 いや、当日は京都御庭番衆との連携もありなんとか事なきを得るってことになるだろうから問題では無いんだけど。

 もっと言えば京都警察の人員、動かせるだけ全員……確か付近の人も集めて五千人だったか、物量だけで言えば足りるのかも知れない。

 

 けども単純な数を重ねたとしても、それを誰が指揮するんだって問題。

 一緒に来ている剣客隊の一人一人、それぞれある程度の人数を束ねる能力も実力もある、正直剣客隊中でその能力が一番足りてないのは俺だ。

 単純計算しても五十人で五千人だから一人頭百人の指揮を執らないといけない。

 それは現実的な数、だろうか?

 軍隊行動というかそっち方面はちんぷんかんぷんだが、もう殆ど時間は残されていない、そんな中当日初顔合わせでいきなり指揮下に置く。

 

 無理だ。

 

 仮に十全な連携を取れるとしても、さっき言ったように指揮官の数を急所と思われる場所は超えた。

 

「……やはり、協力者が必要ですね」

 

「協力者か。確かに戦力として見れるかつ信頼できる存在であればという言葉がつくが、喉から手が出るほど欲しいな。だが、そのあてはあるのか?」

 

 それはもちろん。

 ただ、警察側として正式に御庭番衆へと依頼って形式を取れたとして、それを受理してくれるかはわからないけど。

 あれは剣心が頼んだからこそすぐに動いてくれたんだろうなって考えがある。

 加えて御庭番衆と警察の関係。

 これもいまいち見えない部分であって想像が及ばないところ。

 

 そうやって思えば原作であの時あのタイミングでしか為し得ないことだったのかも知れないのよな。

 

「言ってみろ」

 

 む、表情読まないでくださいよ斎藤さん。

 まぁもったいぶる余裕は色んな意味でないか。

 

「京都御庭番衆の力を借りれないでしょうか」

 

「御庭番衆、か」

 

 少し難しそうな顔をする斎藤。

 存在は認知していたんだろう、もしかしたら考えたことなのかも知れない。

 

「難しい、ですか?」

 

「まぁな。御庭番衆お頭、四乃森蒼紫は東京警察が追っている存在だ。その(ともがら)の力を借りると警察から正式に依頼するのは難しい」

 

 むーそっか、そうだよなぁ。

 それ以外に理由があるのかも知れないけど、今言われた理由だけでも十分か。

 四の五の言ってられる状況では無いんだけどな……。

 

 いや、待てよ?

 

「警察としてじゃなければ大丈夫ですか?」

 

「あぁ、その言葉を待っていた。巫丞弥生、貴様ならそれが可能かもしれないからな」

 

 言わされたっ!!

 あーあーその顔! その顔だよ! そういうところだぞ斎藤一! そのにやけ面をやめるんだっ!

 

 くっそーいやそうだよな、ワンチャンありますよね俺なら。

 

 翁がもう今は倒れているだろう、蒼紫の手によって。なら今は巻町操がお頭だ。

 交渉するとなれば面識のある人間がいい、そうなると俺か斎藤だ。

 でも斎藤は立場も時間も許してはくれない、なら俺しかいないよなぁ……。

 

「どうだ? やれるか?」

 

「……」

 

 そりゃ出来ると思う。

 巻町操一人、いや、操ちゃん率いる御庭番衆なら難しかったかも知れないけど、今はあそこに薫さん達がいる。

 だったら身元の保証は十分だし、薫さんを通じて俺も信頼されるだろう……ってのは打算が過ぎて嫌になるな。

 

 ともあれ交渉がうまく行かなくても京都大火を知って動かない御庭番衆というか操ちゃんじゃない。

 だったらそれとなく情報を零すだけでもいいと思うけど……やっぱり組織的に動いた方が被害は少なくなるよな。

 

 ってなると俺は今回煉獄出港阻止メンバーには入れない。

 当然だろうけど、そうやって依頼した人間がその時いないなんてありえないだろうしな。

 

 実際煉獄出港阻止メンバーになっても出来ることなさそうだし仕方ないか。

 でも出来ることなら志々雄に会ってはみたかったな……いや嘘です、由美さんの半出しおっぱいが見たかったです。

 

「正直に言えば、だ」

 

「はい?」

 

 そこで表情を斎藤は変えた。

 漫画だけで知る斎藤は所謂ヤなやつだけど凄いやつで剣心のライバルというか、そんな感じだったけど。

 この世界で斎藤は俺に色々な表情を見せてくれた。

 

「たまに我へと返る時がある。年端も行かぬ女に使えるからと何を求めているのかと」

 

「……」

 

 これもその一つだろう。

 後悔しているような、本当に自分のやっていることに疑問を感じているような。

 それでもその顔を浮かべさせた感情は心配というものから来ているとわかる。

 

 それは、とても。

 

「……なんだその顔は」

 

「いえ~? べっつにぃ~?」

 

 とても嬉しいもので。

 

「いやー! やっぱり斎藤さんは優しいですねぇ! 良いんですよ? ほらほらもっと私に頼っちゃって下さいどうぞ!」

 

「……猫娘が」

 

 思えば今の発言が出るまで、斎藤は俺を男でも女でもなく俺として……一人の剣客として扱ってくれていた。

 使える手駒の一つってだけだったのかも知れないけど、それは今の俺を望んでくれていると感じてしまえて。

 

「……了解しました。誠の旗の下散っていった狼達、その鎮魂のためにも……お任せ下さい」

 

「……そういうところだぞ、貴様」

 

 仕方ないなんて気持ちじゃなくて、快く受け入れることが出来た。

 

 

 

「弥生姉ぇ!!」

 

 京都御庭番衆拠点とは裏の顔。表の顔は料亭葵屋なんて場所。

 その入口に何故か弥彦が立っていて、こちらから声をかけるまでもなく近寄ってきた。

 

 やれやれ、そんなに俺が恋しかったかね? 可愛い弟分ですよほんと。

 

「ふんっ!!」

 

「――やれやれ、久しぶりの挨拶がこれとは勘弁してほしいです」

 

 とか思ってたら間合いに入るなり竹刀ぶっ放してきやがった可愛くねぇ。

 せっかく熱い抱擁で迎えてやろうと思ったのになぁ、ほれほれぽよぽよだぞ?

 

「るっせぇ! いきなりいなくなる馬鹿姉にはこれで十分だっ!」

 

「……ええ、本当にそう思います。ごめんね、弥彦ちゃん」

 

 まぁ、おちゃらけるのもこの辺で。

 

 本当に申し訳なく思ってる。

 今回ばかりは、どうしようもなく、疑いようもなく俺が自己中に突っ走った結果だ。

 

 斎藤と道場で戦ってからなし崩し的にではあった。

 それでも俺はきっと神谷道場で、皆と一緒に剣心の行動へ落ち込み、一緒に京都へ来る道もあったはずだ。

 色々な要素が絡み合った、仕方ない。

 そう言いたい気持ちは微かにあるけれど、それを言っちゃかっこ悪い。

 

「反省してんだな?」

 

「ええ、もちろん」

 

「なら、ヨシ!」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って弥彦は笑ってくれた。

 あぁ、やっぱり心地が良いな。

 

「それで? いきなり顔だしてどうしたんだ?」

 

「あら? もうちょっと会えて嬉しいなんて言ってくれても良いんですよ?」

 

「バッ!? バカヤロウッ! いいからさっさと要件を言えっ! ってか薫も心配してたんだ! 用がなくても会っていけっ!」

 

「ええ、もちろんそのつもりですし、頭を下げる準備もしています……ですが、今はそれより先に――」

 

 ――京都御庭番衆お頭に、繋いで頂けますか?

 

 続けた俺の顔を見て、弥彦が生唾を飲み込む。

 何か重大で重要な案件があると感じ取ったんだろう、いい勘してる。

 

「……わかった。ちょっと待っとけ」

 

「はい」

 

 言いたいことはあったんだろう、それをも呑み込んだ。

 

 少し見ない間に、随分と男の表情をするようになった。

 流石薫さんのケツを叩いただけあるなんても思うけど、本当にあの歳位の成長は一瞬だ。

 背もこれからどんどん大きくなって、剣術の腕もメキメキ上達させて。

 

 あっという間に世間に名を知られる剣豪になる。

 走っていった背中を見ながら、そんな事を確信した。

 

 その時俺はどうなっているんだろう。

 目指すこと、やりたいことは見つかった。

 それを為しているんだろうか? 皆が想像つかない未来で、俺は胸を張れているんだろうか?

 

 そうあって欲しい。

 そしてそうあるためにも。

 

「あんた……弥生?」

 

「ええ、久しぶりですね操ちゃん」

 

 葵屋の玄関から顔を覗かせた操ちゃんに向かって笑いかけた。

 

 

 

「京都、大火……!?」

 

「はい」

 

 部屋に通されて、事情を説明して。

 その途中薫さんがバタバタと部屋に入ってきて、一瞬すごく嬉しそうな、安心したような顔をしてくれたけど、雰囲気を察して静かに座ってくれて。

 後を追うように弥彦や御庭番衆の面々も入室して、薫さんに倣って腰を落とした。

 

御庭番衆(・・・・)としての情報網でどの程度情報を掴んでいるかはわかりませんでしたが。どうやら初耳のようですね」

 

「お増さん?」

 

 操ちゃんがお増さん……確か御庭番衆としての名は増髪だったか。窺うような目を向けたけどその首は横に振られた。

 俺としては現段階では知らないと把握していることではあるけど、確認しながらのほうが無難かつ確実だ。

 思い込みで動くのが一番怖い、もう何がきっかけでどう変わってるのかは分からないんだから。

 

「私は今警察側の協力者として……というか志々雄一派討伐の協力者として動いています」

 

「ええ、新月村での事があったしそれは何となく分かる。だけど……」

 

 情報の信憑性を疑っているんだろう、少し難しそうな顔を浮かべてる。

 なんだ、お頭なんて似合わないと思ってたけど中々どうしてそういう(・・・・)顔をするんだな操ちゃん。

 

「操ちゃん」

 

「ん? 何? 薫さん」

 

 そこで今まで黙ってた薫さんが口を開いた。

 

「弥生ちゃんの言ってることだもん。きっと本当よ」

 

「……わかった」

 

「……薫さん」

 

 思わず薫さんの方へと目が泳いでしまう。

 そこには凛とした顔で、変わらない信頼を俺に向けてくれている人がいた。

 

 ――大丈夫、信じてるから。

 

 そんな風に目が言っている。

 

 ちょっと泣きそうだ、俺はきっと何も薫さんの信頼を得られるようなことはしていない。

 ただ自分勝手に好きな事を好きなようにしていただけのはずだ。

 

 だと、言うのに。

 

「――そこで、です。今回の志々雄一派による京都大火計画。その阻止に御庭番衆の力をお借りしたいのです」

 

「なるほど、ね」

 

 だめだぞ俺、目を潤ませている場合じゃない。

 信頼してくれてるんだ、なら応えないと。

 応えるためには今ここで泣いて頭を下げてる場合じゃない、それを望まれてもいないだろう。

 

「御庭番衆の力と言っても何を貸せばいいの?」

 

「御庭番衆の情報網を使って、京都に住む人々へ警戒を促してほしいのです。決行は恐らく夜遅く寝静まった頃。火付け役は恐らく少数でしょう、犯行現場を見て大声を上げられるように計らって欲しいのです」

 

「警官側の動きは?」

 

「当日、数千人規模の人員が動きます、志々雄一派と正面衝突するために。要するに表の戦いは警官隊で、そして裏の防備を御庭番衆、ひいては京都の人達にお願いしたい」

 

 そこまで言うと操ちゃんは静かに瞑目して考え込む。

 駄目だろうか? やっぱり剣心の口からじゃないと信用されないだろうか?

 自分の心臓の音が煩い、戦い以外でここまで緊張するのも初めてかも知れないけど、ここで狼狽える姿は見せていられない。

 

 黙って操ちゃんの考えがまとまるのを待つ。

 

「――正直なところ」

 

「はい」

 

 やがて考えがまとまったのか操ちゃんは俺の目を真っ直ぐに見て口を開く。

 

「あんたのことは信用出来ない。いや、していない」

 

「……」

 

 それもそうだろう。

 俺と操ちゃんはそういう関係で結ばれているわけじゃない。

 ましてや御庭番衆としての力を求められたのならお頭としての決断は責任を負って然るべきものだ。

 だから当たり前。

 そう言われるのは当たり前。

 

「だけど……もしもそれが本当だったらって可能性の時点で見過ごせないし、何より薫さんが信用できるって言ってる。だから今回は頷いてあげる」

 

「ありがとう、ございます。そして、よろしくおねがいします」

 

 ……ふぅー。

 ほっとした。なんとかこれで少なくとも原作の形を取ることは出来る。

 

 しかし流石だな薫さんは。

 ほんっと、一生頭が上がらない。

 

「良かったね、弥生ちゃん」

 

「ええ……ありがとうございます。薫さん」

 

 じゃ、上がらない頭を下げに行きますか。

 

 

 

「そっか」

 

「はい」

 

 今まで。

 道場で斎藤と戦ってから今まで。

 起こったこと、起こしたこと全部を話した。

 

 そのどれもは紛れもなく自分の意思であり、薫さん達が心配するということをわかった上で選び進んだ道だと説明した。

 話しながら、声が震えないように精一杯の努力をして。

 逸してしまいそうになる視線をぐっと留めて最後まで薫さんの目を見て言いきった。

 

「後悔は、していません。だけど……」

 

「弥生ちゃん」

 

 謝ろうと思った。

 心配をかけたことも、きっと色々気を揉んでくれたことも。

 だけど制された。

 

「後悔していないのなら謝らないで。後悔して欲しいとも思ってない、それよりもただ……無事で良かった。私はそう思ってるんだから」

 

「……薫さん」

 

 きっと。

 薫さんも、成長したんだろう。

 無くしたくないものを無くさないように、心を決めて京都へ来た。

 そうして揺るがず大切なものを大切にする心を手に入れたんだ。

 

「弥生ちゃんは私の妹分。それはあなたがどうであれ変わらないこと。だけどあなたはあなたなんだから、自由に考えて自由に動いていいの。それが弥生ちゃんのやりたいことなら尚更、ね。私は、そうする弥生ちゃんが一番好きだから」

 

「――」

 

 そういって笑う薫さんは……すごく、優しくて。

 この人はずっと……ずっとずっとそうやって弥生を見守って来たんだろう。

 弥生が俺になってからも、ずっと。

 

 変わったけど変わらない目で、変化も成長も何もかも。

 

 あぁ、そっか。

 

「おかえり、弥生ちゃん」

 

 剣心、悪い。

 散々早く実感してとかなんとか心で思ってたけど。

 

「ただいまっ! 薫さんっ!!」

 

 そりゃどうやら俺もだったわ。

 全然わかっていなかったわ、帰る場所の大事さを。

 

 ありがとう、薫さん。


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