TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル/靴下香

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その男、危うくにつき

「やれやれ、貴様には驚かされてばかりだな」

 

「あぁ、拙者としても弥生殿に残ってもらって良かったと心底思うでござる」

 

「いえいえ、私としても新撰組の生き残りさんと剣心さんにそう言って頂けて一安心というものです」

 

 死者ゼロ、重傷者八人、軽傷者多数。

 家屋の損害は小火程度が数件。

 

 まさしく出来過ぎと言っていいくらいの勝利だ。

 重傷者も命に関わるような人はおらず、治癒後も日常生活に影響はないだろうという見立て。

 

 言葉通り一安心ってもんだ。

 重傷を負った人には申し訳ないと思うけど、やっぱり死者ゼロって言葉は大きい。

 署長さんにしても、変に自分の手柄へとせず俺の功績だと斎藤に言っていたらしい。

 

「やはり剣客隊が全員無事だったということが大きいな、貴様が居なかった場所で随分と活躍してくれたようだ」

 

「そのようですね。あの人達の誇らしい顔、見てもらいたかったですよ」

 

 皆が皆俺に向かって、どうだ俺たちもやるだろう? なんてドヤ顔してきたのがほんとに嬉しかった。

 実はちょっと泣きそうなくらいだったもんだ、あの人達含めて今回の結果は本当にこうなって良かったと思う。

 

 原作では死者が少ないながらも出たはずだ、それを俺だけの力じゃないにしてもゼロにできて、無事な笑顔を見れて。

 直接的にも、間接的にも。多くの人をその運命から逃れさせたという実感が胸をついてくる。

 

「まぁこっちのことは良いんです。そちらの首尾はどうでしたか?」

 

「あぁ……比叡山に志々雄のアジトがあるらしい。そこで決戦だ。俺と、抜刀斎……それにあの阿呆の三人でな」

 

 おっと、わかってますよそこには巻き込まないって顔しなくても、わざわざ三人と強調しなくても……ね。

 

 残念……と言えばそうだろうな。

 志々雄との戦い、いや、志々雄アジトでの戦いは原作内屈指の盛り上がりどころだ。それを目の前で見たいなんて気持ちは物凄くある。

 けど敢えて合っているかわからない言葉を使えばその戦いへ参加する権利がない。

 

 俺は明治政府に何かしら思うことがあるわけでも、人斬りとしての責任があるわけでも、悪即斬という信念があるわけでもない。

 

 そんなミーハーな心で参加するなんてとてもじゃないけど言えたもんじゃないわ。

 

 加えて言うならついていって誰と戦うのかと言う問題。

 行きたいと言う気持ちはあれど冷静に考えれば、あの戦いは全てが後に繋がっている。

 安慈と戦うのは左之助以外考えられないし、斎藤は宇水と戦ったからこそ意識の中から外れられた。

 蒼紫にしても、宗次郎にしても剣心が戦わなければ救えない。

 あの場所に俺の戦う舞台がないんだ。見るだけしか出来ない、いや由美さんのおっぱいは見たいけど。

 

「弥生殿……」

 

「わかってます。志々雄一派の強襲が京都……いや、葵屋へ来ないとは言い切れない。私はその備えとして葵屋で待機することにしましょう」

 

 複雑な顔をしているのは剣心。

 巻き込みたくないという気持ちはもちろんあるだろう、だが葵屋で備えるという俺に嬉しいとも思っている様子で。

 

 二律背反、なんだろうな。

 俺を頼れる仲間と思ってしまう(・・・)気持ちと守護すべき存在と思いたい(・・・・)気持ちは。

 

 実に俺の実力は中途半端だ。

 斎藤、剣心、左之助に並ばないまでも影を踏んでいる。そんな位置。

 だからこそ、葵屋を守るには十分と思ってしまえる。

 

 思い上がりなのかも知れないけど、大枠で見た時の俺は紛れもなく強者の位置づけなんだろうから。

 

「すまぬでござるな」

 

「何に対して謝っているんですか剣心さん。まさかこの戦いへと……志々雄のアジトへと一緒に乗り込めないことを謝っているんですか? そうだとするなららしくもないのでやめて下さい」

 

 気を使うところが間違っているというかズレているだろう。ほんと、らしくない。

 

「私は……あなた達が勝利して、生きて帰ってくると心の底から信じています。なら、帰る場所を守ることはとても大事な役目です」

 

 きっと薫さん達への心づもりが決まっていく中で、俺への扱いはまだ定まっていないんだろうとも思う。

 

 俺と、剣心。

 

 この関係は最初から今まで、本当に微妙な間柄だから。

 

「ありがとう、でござるよ」

 

「……信用、信頼しろなんて言いません。言えるわけもない。ですけど、あなたを信じている人は沢山……身近にもいます。そして私は、その人達の幸せを心から願っています。その為には剣心さん……あなたがきっと必要です」

 

 じっと剣心の目を見つめる。

 逸らすわけでもなく、剣心は俺の目を見つめ返してくれて。

 

「……心に、刻んでおくでござる」

 

「ええ、生きるという意思は何よりも強い。そうでしょう?」

 

 そう言ってみれば一瞬驚いた顔をした後。

 

「あぁ。その通りでござる」

 

 いつもの笑顔で笑ってくれたんだ。

 

 

 

 そんなこんなで今回の戦闘、その処理を手伝う中考えるのは葵屋での攻防。

 

 配置はやっぱり弥彦と……恥を忍べたなら蝙也。

 薫さんと操ちゃんが鎌足を相手して、夷腕坊を御庭番衆の四人が相手することになるか。

 破軍の不二に関しては匙を投げると言うかどうやっても無理だ。比古師匠の到着を待たざるを得ない。

 

 てか、そうだ不二だよ。

 アイツは警察署襲撃してから葵屋へとやってくるはずだ。

 変にそこで犠牲者を出すのは癪だしなんのための京都大火阻止だったんだって話になるから署長さんに言って当日は警察署を空にしてもらおうか。

 

 いや、そうしてしまえば葵屋へ破軍の二人というか不二の到着が早まって早期決着につながってしまうかも知れない。

 そうすれば比古清十郎の到着が間に合わず俺たちが全滅ってことにもなる可能性がある、か。

 比古清十郎を先に葵屋に案内するってなれば……いや、全部あの人に任せれば良いんじゃない案件になるか。そうなってしまえば誰も得るものが無くなる。

 

「……だからといってここを犠牲にするのも、なぁ」

 

 志々雄との戦いに決着がつくまで剣客隊は京都に居てくれているらしい。当然その役目は志々雄一派の動向に備えるため。

 言ってしまえば不二の相手をすることは本懐でもある。

 避難しろって言うのは指くわえてみてろと言うに等しい。

 情報提供して不二の詳細を伝えるのも変な話だ。あの戦いで姿を確認したわけでもなし、なんで知ってんだと疑惑が生まれかねない。剣客隊の人達は無条件で信じてくれそうだけど、京都警察の人達はそうでもないだろう。

 先の戦いで生まれた信頼関係に賭けるのは分が悪いと思う。

 

「やっぱ……警戒を促すだけになる、か」

 

 まぁ変な話、不二を見て戦意を保てる人間はそうそういないだろう。

 弥彦には申し訳ないが俺だってハナから諦めてるというか無理だ。知ってるだけにそう思う。

 勝てるなんて思うには身体が小さすぎる。

 

 ここに来てお祈りゲーとは歯がゆいけど、剣客隊の人には上手く強力な兵器を持ち込まれる可能性があるとでも話して立ち向かうよりも退く心づもりをしてもらおう。

 俺が警察署に待機してその先導をしても良いのかも知れないけど……それは剣心への約束を反故にするってことだし。

 

 じゃあ改めて俺が相手にすべきは誰だろうか。

 消去法で言うなら夷腕坊……か。

 

 相手としてはどうだろうかと考えるまでもなく戦いの相手としてなら相性は最悪だろう。

 俺の得物は木刀、打撃は絶対に通らない夷腕坊への勝ち筋は薄い。

 

 だが負ける相手でもない。

 

 夷腕坊の種……中に操縦者がいるという情報を持っているのはもちろん。

 相手も俺に対して有効な攻撃を持っていない。

 もちろん俺の体力が続く限りって限定はあるけど、それでもそれまでは引き分け続けられる。

 

 操縦者……確か外印だったか? そいつに対して交渉するってのも手段の一つかもしれない。

 

「って、そうじゃなくてだ」

 

 最初から勝ちを諦めたら駄目だ。

 何かその場所に勝つための手段は無かったか? 弥彦だって戸を羽代わりに跳んで蝙也に勝利を収めたじゃないか。

 姉弟子がこんなこと考えてどうするんだ、情けない。

 

 勝つための方法……方法……。

 

「おーい、危険物は何処に集めてたっけ?」

 

「危険物? ……っておい!? 何だそりゃ!? 藤田警部補呼んでくるわ!」

 

 ん? 何騒いでるんだ?

 危険物って……!!

 

「それです!!」

 

「わっ!? や、弥生さん!? ど、どうしましたか!?」

 

 はい、悩み解決ですね! 素晴らしい!

 これがあればバッチリですよ!

 

「私が直接さいと……ううん、藤田さんに持っていきますよ。丁度用事もあったことですし」

 

「え、ええ? いや、そうですか。ならお願い……してもよろしいですか?」

 

「はいっ! お任せ下さいっ!」

 

 よっしゃよっしゃ。

 後はこれを一部ちょろまか……いや、ちゃんと説明した上で貰うか。

 斎藤も許してくれるだろう、許して下さいお願いします。

 

 これさえあれば……うん、なんとかなるだろう。

 

 

 

 すんげー訝しまれましたが私は元気です、はい。

 上手く説明できなかった自分が情けないというかなんというか。

 ともあれお目溢し頂けたのでなんとかなるでしょう、うん。

 

 同時に先に葵屋へと向かった剣心達へと伝言を頼まれた。

 言わずともがな、志々雄のアジトへと乗り込むのは明朝になるという件だ。

 俺としても今日中には葵屋へと向かうつもりだったのでオッケーです。

 斎藤にも葵屋であるかも知れない襲撃に備えるためにと説明して了承は得ている。

 

 そうしてたどり着いてみれば残念なことに操ちゃん号泣イベントは既に終わっていたようで、悲しいね。

 

 蒼紫を無事に連れて帰るという約束。

 

 こうやって考えれば剣心は約束に生かされているなんて面も見えてくる。

 過去にしても、生き様にしても……現在にしても。

 きっと誰かとの約束や己との誓い。そういったものでいつだって崩れそうな心を支えているんだななんて改めて思ったり。

 

 一言それはすごいことだと思う。

 現代っつか、もともと俺が居た時代で。言ってしまえばなんとなくでも生きていける時代、そういうものを心に旗して生きている人間なんてどれくらいいるだろう?

 家族のため、愛する人のため。

 そういうのはきっと沢山ある。けど、目に見えない何かで生きるっていうのはとてもむずかしいこと。

 

 だってそうだろう?

 無欲に生きるって言えば少し違うのかも知れないけど、剣心は間違いなく見返りを求めていない。

 あなたにパンを焼いたから私にもパンを焼いてくれ。

 無欲そうに、人が良すぎる風に。そういう欲を見せない人は大勢いるし、俺だってそうだ。

 

 あえていうのならば、救った人、手を貸した人が幸せに生きてくれたらそれが見返りに足る。

 

 そんな風に考えて生きるなんてどうやっても俺には出来ない。

 

 今はまだ贖罪の意識からそうなのかも知れないけど、剣心の本質は間違いなくそこにある。

 

「……恐ろしいとも、思えます」

 

「そうじゃな。弥生君、お主は見た目の割に本質をよく見ているの。操にも見習ってもらいたいものじゃ」

 

 今、目の前に座っている木乃伊(・・・)、もとい翁さん。

 皆へと斎藤の伝言を伝えた後、先の御庭番衆の活躍、助力に対するお礼を述べるため面通しをしてみれば話題は剣心の事になっていた。

 

 この人はほんとにメリハリがすごい。

 最初俺を見た時にはうひょひょーい! なんて怪我を感じさせないテンションのあげっぷりを披露してくれたが話し始めてみればこうだ。

 人の呼吸をよく掴んでくるというか、上手く自分のペースに持ち込む。

 

「それは過分な評価です。私は人よりすごく臆病で、石橋を叩いて叩いて……日が暮れるまで叩いてから渡るような人間というだけです」

 

「その割には最初から確信していたように話すのじゃな? ……いや、それを突くのは野暮というものか」

 

 年の功とでも言うんだろうな。

 俺の居た限界集落爺さんもそうだったけど……多くの人と関わるって経験は、やっぱり宝で自分を成長させることに必要なものらしい。

 

「話を戻そう。弥生君はここが志々雄一派に襲撃される可能性はどれほどと見ている?」

 

「ほぼ確実でしょう。万が一剣心さん達が負けたとしても、それは個の力を打ち破ったに過ぎない。組織的な力を潰さないと志々雄側の完全勝利とは言えませんから」

 

 とは言うもののこれは知ってるってだけで、それに尤もらしい理由をつけているだけだけど。

 

「相手にとってみれば剣心さん達がここにいないというのは好機でもあります。その機をむざむざ逃すような真似は……考えにくいですね」

 

「そう、じゃな……。志々雄一派の兵が集団で来る程度であればそう怖いものではないが……そうとは思っていないのじゃろう?」

 

「はい。恐らく十本刀かそれに近い実力を持ったものがやってくるでしょう。私もいることですし」

 

 俺という存在……というよりは十本刀に対抗し得る存在がいる程度には相手も思っているだろう。

 ならば生半可な戦力を送ってくるわけもない。

 

「それじゃよ。弥生君、率直に言ってお主はどれほどの力を持っている? 只者ではないことはわかる、しかし――」

 

 ――恐らく残った者の中では一番強いでござるよ。

 ――あぁ、ちげぇねぇな。

 

 後ろの戸が開き顔を覗かせたのは剣心と左之助。

 

「緋村君、左之助君……いや、しかしじゃの」

 

「こういった方がいいでござるか? 弥生殿は左之助と同じく、拙者が最も頼りにしている人間の一人だと」

 

「安心しろって、そいつぁただの女じゃねぇからよ。俺らにしても弥生がここに居てくれりゃ、安心して戦えるってもんだ」

 

 ……。

 

 ふぅ、駄目だぞ俺。ここで泣くなよ?

 

「私は……守りたい。大事な人達が大事にしているものを、守りたい。それが、私の大事を守ることですから」

 

 心配してくれる気持ちは、嬉しい。

 まさしく翁さんがしているのは心配だろう、操ちゃんと同じ年の瀬の若者……それも女を戦場に立たせるなんて抵抗があるはずだ。

 戦いに生きたわけでもなく、戦いを定められたわけでもない。

 そういう意味ではきっと薫さんだって、弥彦だって本音では戦って欲しいとは思っていないんだろう。

 だからこそ、これ以上って思ってる。

 俺みたいなうら若き乙女が戦いへ身を投じることを嫌がっている。

 

 ……ん?

 

「はぁ……いかんな、老兵は死なず唯去るのみと思ったばかりじゃと言うに」

 

 いやいやいや!?

 今俺ちょっと危なかったよね!? 自分が女だって心底認めそうになってたよね!?

 

「わかった。これ以上は何も言わん。弥生君、どうかよろしく頼む」

 

「え? あ、はいっ! お任せ下さい!」

 

 そう言って俺に手を差し伸ばしてくる翁さん……ってまぁそれはどうでもいいんすよ!

 待って待って? 俺男、あいむあんだすたん? お、と、こ!!

 

 ひゅぅ……危なかったぜ、心だけは男でいたい。マジもマジ。

 

「へへっ! 頼むぜ弥生!」

 

「あぁ、弥生殿。すまぬが力を貸してくれでござる」

 

「はいっ! お任せ下さい!」

 

 まま、ええわ? 

 とりあえずいい流れっぽいし? うん。大丈夫。

 

 だけど。

 

「いつまで握ってさすってるのですかこの助平ジジイ?」

 

「ひょっ!?」

 

 ジジイになってもホモとか救えねぇぞ? ったく。

 

 さ、それじゃ。

 明日は頑張りましょうか、ね。

 大事を守るために。


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