TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ……   作:ベリーナイスメル

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その男、剣客もどきにつき

 さて、いい加減自分で身支度が出来るようになった俺。

 髪を結ってくれていた薫さんは何やら寂しそうではあったものの喜んでくれたり。

 

 ていうか、だ。

 

 いちいち距離が近くて女の人の香りがヤバイ。

 

 そうなのだ。

 剣術小町だなんだ言われてる薫さんは美人なのだ。

 性格はまぁ男勝りであってちょっとアレかも知れないけどそうなのだ。

 そして女耐性ゼロの俺はとってもドギマギしてしまうのだ。

 

 ……いやさ、当たり前かもだけど初めて知ったよ女の人の匂いってやばいのよ。

 漫画とかでさーそういう描写あるじゃん? 想像力貧困もええところの俺は香水か何かなのかな? 

 なんて思ってたけどさ、そうじゃないんだよ。

 

 女の人はいい匂いがする。

 

 これは心のノートにしっかりと記載しておかねばなるまい。

 正直初めて女の身体で良かったなんて思う、ありえないけど男だったらもう大変なことになってる、下半身的な意味で。

 

 とはいえ。

 

「よし」

 

 鏡に映る自分の姿は道着。

 サラシもしっかり巻いたしクーパー筋もきっと負担は無い。

 それにこうしてみれば道着姿もクるものがあるわけで。

 

 ……ん?

 

「じゃねぇえええええ! よし! じゃねええええええええ!!」

 

 男!! 俺は男なんすよ!!

 なんで着付けというかこんなに手際良くなったの!?

 

 道着だけじゃないよ! 日中着の着物もそうだよ!

 このままじゃ着付け屋できちゃうよ!!

 

 ゴロゴロと畳の上で悶てしまう。

 

 何処に着付けが上手い男がいるんだよ、いやいるのかも知んないけどさ!

 少なくとも俺の頭には居ないよ!

 

 いやだ……このまま女装趣味が目覚めたらどうしよう。

 なまじっか弥生は可愛いから困るんだ、そうだこいつが悪い。

 

 改めて鏡を見てみれば若干憔悴しているけど、可愛い顔。

 一五歳らしいこの少女は年齢に見合わずちょっと色っぽい。

 ぷっくらとしてる唇にしても、右の目尻にある泣きぼくろにしても。

 ちょっと肩をはだけてみれば耐性ゼロの俺には素晴らしいおかずになること間違いなし。

 

 おっぱい信者を自称してやまない俺であっても百点満点を出したいこのサラシの下にある物体。

 そうだよ、一五歳にしてはおっきいんスよこのお胸様。

 明治時代において女性は一五歳から結婚できるが適齢期は一八歳、ようするに薫さんは適齢期真っ只中。

 これが自分じゃなければきっと結婚を前提にお付き合いを申し込んでいただろう弥生ちゃん。

 

 ふと気づいた。

 

「これ俺だあああ!! なんで自分に結婚申し込むとか考えてんのおおおおおお!!!」

 

 ゴロゴロリターンズ。

 

「……何やってるの? 弥生ちゃん……」

 

「はうあ!? か、薫さん?」

 

 ジト目で見られてドキドキしちゃう。

 えへへとごまかすように笑ってみれば額に手をあてて呆れてる薫さんだけど。

 

「もう、もうすぐ始めるから早くおいでね?」

 

「は、はぁい」

 

 切り替えよう。

 ため息とともに道場だろう向かった薫さんの後を深呼吸してから追いかける。

 

 そう、道場。

 

 道着を来ていたのは別にコスプレショーをしたかったわけではない。

 今から受ける神谷活心流の稽古、そのためだ。

 

 なんでも比留間兄弟の件、つまり偽抜刀斎騒動が始まる頃に弥生から打診していたらしい。

 この騒動が終わったら稽古をつけて欲しい、と。

 

 で、まぁ俺がこんなだから今日まで延びていたわけだ。

 

 当然だけど寝耳に水ではあった。

 

 ――稽古の件、どうする?

 

 なんて、さっき朝食の場で言われた時はびっくりしたもんだ。

 それでも薫さんはウキウキしてるのは頑張って抑えようとしているのがわかるくらいには俺と稽古をしたかったらしく。

 そんな薫さんの希望を叶えたいって思いもあってお願いしますと口にしたんだ。

 

「神谷活心流、か」

 

 そんな建前はあるけど、俺自身も楽しみだった。

 竹刀なんて握ったことないけど、限界集落故に誰かと一緒に部活動に励むなんてことも無かったし。

 何よりここはるろうに剣心の世界。

 

「やっぱ、刀を持ってこそ、だよな」

 

 剣客として名を馳せたいなんて大それた考えはないけど、そんな世界にあった自分ではいたいもんだから。

 

 

 

「ど、どうですか!?」

 

 竹刀の持ち方、足の運び方。

 なんやかんやと手取り足取りにいちいち反応する男心へ安心しながら教えてもらった後。

 めーんめーんと叫びながら竹刀を何回振っただろうかいい加減疲れてきたってのもあり、薫さんを見てみれば。

 

「……私、弥生ちゃんに初めて教えるわよね?」

 

「え? そ、それはもちろんそうですけど……」

 

 なんてすごく難しそう? 複雑な顔をしながら言われてしまった。

 さっきまで道場の外で洗濯しながらチラチラと様子を窺ってたらしい剣心もいつの間にか道場の中にいて。

 

「まぁ、いいわ。そうね、少し休憩したら一度私と打ち合ってみましょ」

 

「えぇっ!?」

 

 打ち合いって……!

 いやいや、絶対ムリっすよ!? 俺、初心者。ユー師範代。

 

「安心するでござるよ、薫殿も師範代。それをする必要があると判断したのでござろう」

 

「で、でも……」

 

 必要って言われても。

 

「拙者の目から見ても……そうでござるな、わからない。というのが正しいでござろうか……弥生殿の剣には、そういった不思議を感じるでござる」

 

「不思議、ですか?」

 

 何が不思議なんだろうか。

 も、もしかしてものっすごい才能が眠ってるとか!?

 

「左様。確かに初めて竹刀を握った者らしい(・・・)動きでござるが……それに違和感を覚えるのでござるよ」

 

「違和感……」

 

 どういうことだろう?

 紛れもなく俺はドが付くほどの初心者なのは間違いない。

 それでもその様に違和感を覚えるってのはちと意味がわからない。

 

 要するに、周りから見れば初心者の振りをしているように見える、ってことだよな?

 

 ……いや、マジで初心者なんですけど。

 

「まぁとにかくやってみるでござる。それで薫殿もわかることがあるであろう……拙者としても」

 

「はい?」

 

「なんでもないでござるよ。さ、薫殿」

 

「うん。……さ、それじゃあやりましょう! 剣心、合図お願いできる?」

 

 心得たと笑って俺と薫さんの間に立つ剣心。

 未だに困惑してる俺を他所にすっと右手をあげて――

 

「――はじめっ!」

 

「めえええええん!!」

 

「いいっ!?」

 

 手が下ろされたと同時に薫さんが突っ込んできた!?

 いやいや手加減とかねぇっすよこの人! 大人げない師範代っすよ!?

 

 ――それに、しても。

 

 綺麗な剣閃。

 純粋に、剣へと打ち込んできたなんて、素人でもわかるくらいに。

 床を蹴ってまっすぐ。

 動いているのに重心はブレず、きっと正しく竹刀を振るために。

 

 そんな、薫さんの竹刀が、ゆっくりと俺の眼前に。

 

 危ない。

 素人の俺は、この剣に対して為す術がない。

 それがわかる。

 

 もしも。

 

 もしもこれが、真剣だったのなら。

 

「――っ!」

 

「な!?」

 

 簡単に刈り取られるだろう命。

 神谷活心流は人を活かす剣、故に命を奪うことはない。

 だけどそれでも。

 

 脅威(・・)

 それに変わりはない。

 

 だから避けた。

 

 見切ったわけではない、避けようと思って避けたわけじゃない。

 いわば反射。思考が避けろと言う前に行動を実行した。

 

 そして。

 あの時空振った手には既に得物が握られていて。

 

「くっ!! ってええええ!!」

 

「!?」

 

 動こうとした瞬間、薫さんの竹刀が俺の手首を捉えた。

 

 ……痛い。

 

「一本、でござるな」

 

「……え、あ?」

 

「……ありがとうございました」

 

 ……えっと?

 

「あ、ありがとうございました」

 

 礼に始まって礼に終わる。

 それくらい知ってるよ、うん。

 

 で?

 

「お……わ、私は、一体何を?」

 

「……なるほど」

 

「うん、そうね。私にもわかったわ」

 

 わかった?

 えぇっと? 一体何がわかったんでしょうか?

 あのあの、二人でウンウン頷いてないで?

 

「弥生ちゃん」

 

「は、はい!」

 

 なんかよくわかんないけどすごく真剣な顔をした薫さんは。

 

「明日から、がんばりましょう」

 

「……? は、はい」

 

 そんなことを言ってきた。

 

 

 

 さて、そんな稽古が終わってみれば騒がしい表。

 なんとなく思ったのは町で剣心に起こった騒動から入門希望者がぞろぞろイベントかなって予想は的中して。

 

 ――悪いけどお引取り願うでござるよ

 

 って剣心の一言で散り散りになっていった。

 

 薫さん涙目。そして怒りの剣心虐待。

 

 そんな光景を尻目に思ったことはいくつかあって。

 やっぱり強さに憧れる日本男児はまだまだいるんだって実感と、どうやら正しく漫画通りにコトが進んでるってことだ。

 

 もしもまさしくそうならば。

 出かけていった二人はこれからスリに逢うだろう。

 

 明神弥彦という名前のスリに。

 

 そしてまぁなんやかんやあってボコボコにされた弥彦がここに来るわけだ。

 

 留守番して、帰ってくる二人のためにわざと一人分多くの料理を仕込む。

 無駄になったのならまぁ俺が食えばいいだろう、この細い身体に入り切るかは不安だけど。

 

 つまるところ。

 きっとこの世界は剣心が過去を乗り越えて薫さんと結ばれるエンディングに向かってるんだろう。

 弥彦がここに来ればきっとその証明になる。

 

 だからこそ意味がわからない。

 

 意味。

 

 ここに存在する、意味。

 俺が居なきゃ剣心が過去を乗り越えられないわけじゃないだろう、それこそ俺が神谷薫としてこの世界にいるとかなら別だけど。

 正直なところ、それを邪魔したいとかそんな気持ちは欠片もない。

 

「なら、このままなんちゃって明治をエンジョイ――っつぅ!」

 

 なんて考えたのと同時に頭痛がやってきた。

 

 いてぇ……なんなんだ、この頭痛は。

 もう剣心を見て心が粟立つことはない、だけども何かに囃し立てられる。

 

 剣心の逆刃刀を見る度に、剣心がその刀を振る度に。

 

 ――、――と囁かれる。

 

 それは一体誰にだろうか。

 頭痛に耐えながら想うのは自分となった巫丞弥生。

 未だ慣れない自分自身。

 

 きっと、こいつは何かを求めている。

 それだけが何故か分かる。

 

「分かってる……分かったから、いてぇんだって……!」

 

 自分に言い聞かせるように言ってみれば引いていく頭痛。

 

 大きく、深呼吸をする。

 巫丞弥生は、一体何を俺に求めているのだろうか。

 もしかしたら、その求めこそがここにいる意味なのだろうか。

 

 わからない。

 わからない、けど。

 

「ただいま、弥生ちゃん」

 

「おかえりなさい、薫さん」

 

「ちょっと(くるま)を呼ぶから、ご飯待ってもらっていい?」

 

「はい、わかりました」

 

 あぁ、とすればやっぱりか。

 明神弥彦はここにやってくる。

 そして剣心の勧めで神谷活心流の門下生となるだろう。

 

「早くも姉弟子になる、か」

 

 出来ることなんてわからない。

 だったらわかるまではエンジョイしよう。

 

 折角可愛い……いや、生意気な弟弟子が出来るんだ、それくらいはいいだろう?

 

 ……ん?

 

「なんですんなり姉弟子とか思ってんだ俺は……」

 

 無性に肩が重くなったけど、まぁとりあえず。

 

「メシ、作ろ……」

 

 ――このブスからっ!?

 ――この子を門弟にっ!?

 

 そんな声を聞きながら、慣れてしまった割烹着を着込んだ。

 


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