TSしたけど抜刀斎には勝てなかったよ…… 作:ベリーナイスメル/靴下香
柄にもなくってほどでもないか。
緊張しているのは当然、落ち着けるわけもないこの夜。
葵屋の一室を借りて身体を休めてるつもりだけど、どうにも手足の震えが収まらない。
わかってる、わかってるんだ。
何処かこの事態を傍観している、第三者的な俺は言っている。
何を今更びびってるのか、死線は幾つか潜ったし剣心達のお墨付きだってあるんだぞって。
それを受け入れられる位には冷静なつもりだし、理解もしている。
今、ここに至るまで俺は小賢しい知恵で生き抜いてきた。
自分自身の選択だ、悔いなんて無い。この世界で思う通りに生きると決めてからずっと、そういう覚悟は心に決めていたはずだ。
実際先の京都大火阻止だって、剣客隊護衛だって。
位置づけの中で俺は上手く立ち回ってきたつもりだし、その自負だってある。
それでも初めてなんだ、そう思ってしまう。仲間と呼べる人達、見知った人達。
漫画の中で勝手に知って、この世界で深く知った人達の中で一番という位置づけは。
そういう目で見られているのだって、信頼されているのだって初めてなんだ。
プレッシャー。
これはそれだろう。
弥生になる前からずっと憧れてた架空の人物。弥生になってから見上げて、背中を追い続けた人達。
戦いに対する恐怖はもちろん今までだってある。
戦うことに恐怖を感じなくなりゃそれは狂人の域だ、なれるともなりたいとも思わない。
ただただ信頼に応えられるのかという重圧に息が詰まってしまう。
「……怖い」
信頼に応えたいと思えば思うほどに。
勝利なんかじゃない、信頼されている弥生という俺の像を保ち続けられるかが怖い。
「ったく、顔ださねぇと思ったら」
「っ!? 左之助……?」
こいつノックもなしに……俺が着替え中とかだったらどうすんだよ? デリカシーって言葉を教えてやろうかこんちくしょう。
あぁ、でも嫌だな。すごく嫌だ。
「んで? 何そんな腑抜けたツラしてんでぇ」
「……そんな顔してるつもりはないですよ。それより私が着替え中とかだったらどうするんですか」
「そんときゃ役得ってヤツだ」
あーどっこらせってなもんで左之助は目の前にあぐらをかいてきた。
ほんっと左之助は……。
「んなこたぁ良いんだよ。そんなんで明日は大丈夫か? わかってんだろ? お前はここの最大戦力ってヤツなんだぜ?」
「……」
あぁ嫌だ。
どういう顔かわかんねぇけど、左之助が言う腑抜けヅラってやつをこの人に見せたくなかった。
折角友人と一方的かもしんないけど思えるようになったってのに。
これじゃあ失格も良いとこだ。
「うるさいですね、そんなことわかってるんです。ほっといてくださいよ」
「……ったく、こりゃほんとにダメだな」
肩すくめられた。似合わねぇなこの野郎。
あーでもダメだ、言う通りダメダメだ。
ほっといてくれなんて何処のガキだよ、精神年齢そんなの言うくらい幼かったっけかちくしょう。
「話せよ、弥生。今のツラはてめぇがしていて良いツラじゃねぇ」
「……」
見られたもんは仕方ない。
そうだよな、仕方ない。
最初っからそう思って相談すりゃ良いのに。
どうしてだろう、口が開かない。
「……思えば、ほんとにおめぇは強くなったよな」
「……え?」
不意に懐かしむような表情になった左之助。
それこそ似合わない穏やかな顔。
「覚えてっか? 俺に河原で負けてよ、それからよくわかんねぇ
「ええ、もちろん。覚えていますよ」
それは俺の軌跡だ。
その中で俺は少しずつ、少しずつ自分の道を探して、見つけて。
今に至って生きている。
「誰が今のお前を想像できた? 少なくとも俺ぁ欠片も今を想像できなかった。後ろをちょこちょこしてる、多少腕の立つ神谷活心流の使い手で終わると思ってたぜ? 俺は」
「でしょう、ね。私だって今を改めて思えば驚きますから」
だろ? なんて得意げに笑う左之助。
実際そうなる道のほうが大きく広がっていたはずだ。
過去の弥生達がどういう道を歩んだかはわからない、だけど今こんな状態にたどり着いている弥生なんて……俺だけなのかも知れない。
訳の分からないままこの世界で過ごして。
もしかしたら認められないままに死んだ人だって多いのかも知れない。
そんな中できっとか細い道を選び続けた結果が今だろう。
「てめぇは強い。強くなった。誰もが想像しなかった弥生になった。てめぇの弱さが霞んで見えなくなっちまうくれぇに」
「……」
俺の、弱さ。
「いつだって余裕そうな顔して、愛嬌を振りまいて、期待に応えて、誰も信じられねぇような結果を出して。お前の弱さの上にはドンドン荷物が増えていきやがった。そりゃあ俺にも背負えねぇかもしんねぇくらいの」
そう、なのかも知れない。
強がって、こうすることが自分の望みなんだからと心を奮わせて。
気づけばハリボテの強さでもカバー出来ないくらいの荷物が伸し掛かっていて……それに今気づいただけなのかも知れない。
「だからよ。良いんだぜ? また俺がぼでぃがーどになってやっても」
「……はい?」
そういう左之助の顔は至極真剣で。
ほんとに背負ってやると言っていて。
「お前はよくやった。京都大火を犠牲者無しに仕舞えるなんて俺にゃ無理だ。それだけじゃねぇ、ここに来るまでにあった出来事の中で俺じゃ手に負えねぇことだってあったかもしんねぇ」
「それは……!」
よくやったんじゃない、自分で勝手に首を突っ込んで自分でケツ拭いただけのことで!
そう願わなければ穏やかな生活を送れていた! 自業自得ってだけの話で!
「だから……良いんだぜ? 俺が、守ってやる。いつかみてぇに」
「……」
誘惑。
これは誘惑だろう。
あぁ、そうか。
「バカがバカ言ってんじゃないですよ」
「お?」
何度目だこれは。
バカは俺だ、バカって言ったやつがバカってのはこのことだ。
「これは私が選んだ道です。望んで背負った荷物です。左之助、あなたじゃ力不足にも程があります」
なぁに勝手にビビって大げさにしてんだ俺は。
そうだよ、何処まで言っても自業自得。
思うように生きるってのには当たり前についてくる責任。
「らしくないですよ左之助。あなたの思う弥生はそれほどやわじゃねーです」
「……けっ」
未開を切り開いてこそ、未知を突き進んでこそその先に生きる意味がある。
これは過程にある一つの結果だ。
そこで潰えてしまうような自分は何時までたってもこの人達の隣に並べない。
「背負ってみせますよ、左之助。あなたの悪一文字ほどじゃないのかも知れません。ですが、精一杯。私は私の望む未知を掴み取る」
「はっ! そうだな弥生。そうだ、そういうところだぜ? 俺たちが信頼してるのはよ」
あぁ、感謝するよ左之助。
そうさ、何度だって足を止めてしまうようなよわっちい俺だけど。
やってやるさ。
剣心じゃねぇけど言ってやる。
「後は私の心一つ。恐れるものは何もない」
「皆で一緒に、東京へ帰ろうね」
「あぁ」
朝日に向かって……いや、決戦へと向かって歩みを進める三人。
その背中を見送って、大きく深呼吸を一つ。
「皆さん、私の見立てでは葵屋へと間違いなく襲撃が来ます」
「……」
さっきまでの少し穏やかな空気が引き締まる。
薫さんも、弥彦も……操ちゃんや御庭番衆の人達でさえも、静かに覚悟を決めた表情で俺を見てくる。
「恐らく十本刀の三強以外の戦力が、ここに」
見立てもクソもない話だが、葵屋強襲というルートに対して大きく何かを作用させたつもりは無い。
風が吹けば桶屋が儲かるって話じゃないけど、少なくともそういうフラグ管理をしてきたつもりだ。
「全体の指揮は翁さんが執るべきでしょう。そしてその中に私は数えないで下さい。もしかしたら皆さんにとって突拍子もないことをするかも知れない、勝手な行動をするかも知れないですから」
少し驚きの表情を浮かべるのは弥彦と操ちゃん。
一丸となって事へあたろうとしている時に何言ってんだなんて思ってるのかも知れない。
「ふふ……でも、安心して下さい。ここに誓いましょう。絶対に皆さんを守ってみせると」
神谷活心流にかけて。
託された想いにかけて。
そして、自分自身にかけて。
「弥生ちゃん」
「はい」
なんだろうか、薫さんはふっと穏やかな顔に戻して。
「じゃあ私が弥生ちゃんを守るわね」
「だったら俺が薫を守ってやらぁ」
「あ!? じゃ、じゃあ私は――!」
……あぁ。
なんだろう、なんなんだろうなこれは。
皆がお前を守る、じゃあ私があなたを守ると言い合って。
今から決戦だって言うのに笑い合って。
俺が決めた覚悟なんて、すごくすごく小さいことなんだなって思えて。
「あはっ……あははははは!」
思わず俺も笑ってしまう。
ほんとに、この人は、この人達は。
「ええ、ええっ! そうですね! 皆で守りましょう! 皆の帰る場所を! 命を! 力を合わせて守りましょう!」
「ったりめぇだぞ馬鹿姉ぇ! なぁに一人でかっこつけようとしてやがんだ!」
あぁ、あぁ。その通りだよ弥彦。
でも勘弁してくれよ? ちょっとはカッコつけとかねぇとさ、お前らのかっこよさに隠れてしまいそうだから。
「威勢が良いですね弥彦ちゃん? そういうのはもっと強くなってから言って下さい?」
「んだとこのやろう! シメてやる!」
はっ! 十分しまったさ。しめてもらえた。
もう、迷わない。
もう、立ち止まらない。
「……勝ちますよ」
「応っ!!」
そうさ俺だってもう剣心組。
皆に負けないくらいかっこよく生きてやるっ!!